ホーム 著者 からの投稿 編集部

編集部

編集部
778 投稿 0 コメント

2026年W杯開幕まで1週間、バンクーバーとトロントでも盛り上がりをみせる

FIFA2026W杯北中米大会マスコット。BCプレースに現れる。左から、Maple(カナダ)、Zayu(メキシコ)、Clutch(アメリカ)。2025年10月18日、BCプレース。撮影 斉藤光一/日加トゥデイ
FIFA2026W杯北中米大会マスコット。BCプレースに現れる。左から、Maple(カナダ)、Zayu(メキシコ)、Clutch(アメリカ)。2025年10月18日、BCプレース。撮影 斉藤光一/日加トゥデイ

 FIFAワールドカップ北中米大会は史上初めて3カ国共同開催で、カナダ、アメリカ、メキシコで開催される。カナダで会場となるのはバンクーバー市(ブリティッシュ・コロンビア州)とトロント市(オンタリオ州)。カナダでは計13試合が行われ、バンクーバーで7試合、トロントで6試合。

 カナダでのFIFAワールドカップは女子が2015年に開催されて以来となる。

バンクーバーでカナダ戦2試合、日本代表が来る可能性も

 バンクーバーで試合会場となるのはダウンタウンにあるBCプレース。MLSバンクーバー・ホワイトキャップスFCの本拠地で、現在日本人ゴールキーパー高丘陽平選手が在籍している。収容人数は約54,000人、可動式の屋根を備えた屋内型多目的施設。普段は人工芝だが、W杯のために天然芝に張り替える。このスタジアムでは2015年女子W杯決勝も行われ、日本代表が惜敗したことでも記憶に新しい。女子W杯の時は人工芝のままで大会全試合を行った。

 BCプレースでは、1次リーグ5試合、決勝トーナメント1回戦(ベスト32)と2回戦(ベスト16)が行われる。

 バンクーバーでの開幕戦は、6月13日オーストラリア対トルコ。18日にカナダ代表が第2試合カタール戦、24日に第3試合スイス戦を行う。ここでカナダが1次リーグ突破なるかが決まる。

 もしカナダがグループBで1位になれば、7月2日にバンクーバーでベスト32を戦う。日本代表は、1次リーグはダラス(アメリカ)とモントレー(メキシコ)だが、勝ち上がってくれば組み合わせ次第では決勝トーナメントをバンクーバーで戦う可能性がある。

トロントでカナダ代表開幕戦

 トロントでの開幕戦は6月12日。カナダ代表の初戦ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で幕を開ける。その他1次リーグは4試合。ドイツや南米、アフリカの強豪が対戦する。決勝トーナメント1回戦も7月3日に予定されている。

 会場はトロントスタジアム(BMOフィールド)。収容人数約45,700人の屋外スタジアム。W杯に向けて設備改修が進められ、国際基準に合わせたアップグレードが行われた。MLSトロントFCの本拠地で、トロント出身のカナダ代表リッチー・ラリエラ選手が在籍している。

カナダ代表W杯初勝利なるか?

 地元開催とあってカナダ代表の初勝利と1次リーグ突破に期待がかかる。カナダはこれまで1986年メキシコ大会で初出場し、以来W杯から遠ざかっていたが、前回2022年カタール大会で2回目の出場を果たした。

 3回目となる今回は3カ国共催とはいえ、自国開催のため自動的に出場権を得た。これまでの2大会で勝利はないが、1986年は無得点だったがカタール大会のクロアチア戦でアルフォンソ・デイビーズ選手がゴールを決め、カナダ代表W杯初得点を記録した。この大会では2得点したが初勝利とはならなかった。

 現在のカナダ代表を率いるデイビーズ選手は、バンクーバー・ホワイトキャップス出身。MLS史上最高額でドイツのFCバイエルン・ミュンヘンに移籍した。ただ、現在はけがの影響で万全ではなく、どの試合で出場できるか分からない状態。それでも大きな期待がかかる。

チケットがなくても楽しめるファンフェスティバル

 バンクーバーでも、トロントでも、チケットが入手できなかったファンのために、W杯が楽しめるファンフェスティバル会場を設けている。

 バンクーバーはPNEで、トロントではフォート・ヨーク&ベントウェイで、6月11日から7月19日まで開催される。

 試合観戦はもちろん、コンサートやイベントなど、さまざまな催しが用意されている。詳しくは各ファンフェスティバルサイトを参照。

バンクーバーファンフェスティバル:https://www.vancouverfwc26.ca/fifa-fan-festival

トロントファンフェスティバル:https://torontofwc26.ca/FIFAFanFestival

テレビ観戦

 カナダでのW杯テレビ放送はCTVとスポーツ専門チャンネルTSNで全試合を生中継する。TSNのウェブサイトTNS.caとアプリでも全試合配信、一部はCraveでも配信される。詳しくはTSNのウェブサイト内FIFA World Cupを参照。

https://www.tsn.ca/soccer/fifa-world-cup

 TSNを視聴する場合は契約が必要だが、CTVで放送される場合はテレビ契約をしていれば見られる。カナダの試合は全試合CTVで見られるが、日本は6月14日のオランダ戦のみCTVで放送、あとの2試合はTSNのみでの中継となっている。

カナダでの試合スケジュール(太平洋標準時)

https://www.fifa.com/en/tournaments/mens/worldcup/canadamexicousa2026

バンクーバー(BCプレース)

  • 6月13日(土)21:00 オーストラリア対トルコ(グループD)
  • 6月18日(木)15:00 カナダ対カタール(グループB)
  • 6月21日(日)18:00 ニュージーランド対エジプト(グループG)
  • 6月24日(水)12:00 カナダ対スイス(グループB)
  • 6月26日(金)20:00 ニュージーランド対ベルギー(グループG)
  • 7月2日(木)20:00 決勝トーナメント1回戦(ベスト32)
  • 7月7日(火)13:00 決勝トーナメント2回戦(ベスト16)

トロント(トロントスタジアム)

  • 6月12日(金)12:00 カナダ対ボスニア・ヘルツェゴビナ(グループB)
  • 6月17日(水)16:00 ガーナ対パナマ(グループL)
  • 6月20日(土)13:00 ドイツ対コートジボワール(グループE)
  • 6月23日(火)16:00 パナマ対クロアチア(グループL)
  • 6月26日(金)12:00 セネガル対イラク(グループI)
  • 7月2日(木)12:00 決勝トーナメント1回戦(ベスト32)

日本代表スケジュール

  • 6月14日(日)13:00 日本対オランダ(グループF)ダラス
  • 6月20日(土)21:00 日本対チュニジア(グループF)モントレー
  • 6月25日(木)16:00 日本対スウェーデン(グループF)ダラス

(記事 北野大地)

訂正:日本がバンクーバーで戦う可能性について訂正しました。

合わせて読みたい関連記事

新設のサレー市警察で署長や委員会メンバーが辞任

サレー市警察リピンスキー署長、新しいパトカーと。2024年7月。Photo from X of Surrey Police Service
サレー市警察リピンスキー署長、新しいパトカーと。2024年7月。Photo from X of Surrey Police Service

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州サレー市警察(SPS)で幹部辞任が相次ぎ、混乱が続いている。

 サレー警察委員会は6月2日、SPSのノーム・リピンスキー署長が離職したことを発表した。離職理由については明らかにしていない。

 しかしCBCニュース電子版はリピンスキー氏がサレー市警察組合宛に送った書簡のなかで「正当な理由なく解雇された」と説明したと報じている。

 同日には、警察委員会の議長だったハーレー・チャペル氏も抗議の意を示して辞任した。チャペル氏によると、リピンスキー氏解任は5月29日に開かれた特別会議で決定されたという。チャペル氏自身はその会議に出席していなかったと説明している。

 さらに6月4日には、サレー警察委員会のジェームズ・カーワナ委員の辞任が明らかになった。理由など詳細については公表されてない。カーワナ氏は、2020年にサレー警察委員会が設立されて以来のメンバーで、調停人・仲裁人として活動していた。

 リピンスキー氏は、サレー市が連邦警察(RCMP)からSPSへ移行するプロジェクトを指揮してきた。この移行は長年、政治的な対立の的となっていた。同市ブレンダ・ロック市長はSPS移行に反対、RCMP復帰を目指していたが実現しなかった。SPSは2024年11月に正式に発足、リピンスキー氏が初代署長となった。

 今後はトッド・マツモト副署長が正式に署長が決まるまで臨時で代行する。

 サレー市では近年、南アジア系コミュニティを狙った恐喝事件やそれに関連する暴力事件、ギャング抗争による銃撃事件の再増加が問題となっている。こうした状況下での署長解任と委員の相次ぐ辞任は、SPSの運営体制に不透明感をもたらしている。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

BC州政府、ワールドカップ費用を最高7億2900万ドルと予測

シム市長、ハーバートBCスポーツ大臣ら関係者がカウントダウン時計と。2025年6月11日、バンクーバー市。撮影 日加トゥデイ
シム市長、ハーバートBCスポーツ大臣ら関係者がカウントダウン時計と。2025年6月11日、バンクーバー市。撮影 日加トゥデイ

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州政府は5月29日、バンクーバー市BCプレースで開催されるFIFAワールドカップの費用について最新の試算を発表した。

 政府によると開催にかかる総費用は6億8,500万〜7億2,900万ドル。昨年の試算5億3,200万〜6億2,400万ドルから増加した。費用増加の主な理由は、安全・警備計画の具体化、FIFAファン・フェスティバルの費用見積もりの更新のためと説明。総費用を7億2,900万ドルとして計算すると1試合あたりの平均費用は約1億400万ドルとなる。

 最大の支出項目は安全・警備費で見積額は2億4,200万ドル。ただし、金額は今後変動する可能性がある。決勝トーナメント1回戦(ベスト32)と2回戦(ベスト16)の試合に出場するチームによって必要な警備体制が変わるためという。その他の費用では、BCプレースの改修費に1億7,800万から1億8,500万ドルがかかる見込み。

 一方で予想収入も増加。昨年の試算4億4,800万~4億7,800万ドルから5億9,500万~6億1,500万ドルへと引き上げられた。この中には連邦政府からの拠出金2億1,600万ドルも含まれている。主要な財源の一つは「主要イベント市・地域税」。2023年からバンクーバー市内のホテルで宿泊料金に2.5%を上乗せして徴収されている。

 今回の試算では納税者が負担する純費用は9,000万〜1億1,400万ドル。昨年の予測は8,500万〜1億4,500万ドルだった。

 大会主催者側はワールドカップによって今後5年間でBC州のGDPが10億ドル押し上げられると予測している。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

メトロバンクーバーでeスクーター規制強化、走行禁止の道路も設定

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州バーナビー市で電動キックスクーター(eスクーター)の規制が強化されることになった。5月12日に市が決定し、すでに実施されている新たな条例により多くの主要道路で走行が禁止される。

 BC州政府は現在、バーナビー市やバンクーバー市を含む36自治体でeスクーターのパイロットプロジェクトを行っている。eスクーターは、制限速度50キロ以下の道路で、自転車専用レーンを利用するか、専用レーンがない場合は極力道路の右側を走行するとしている。

 しかしバーナビー市では規制強化により、制限速度50キロ以下でもキングスウェイやヘイスティングス・ストリートなど主要道路ではeスクーターの走行を制限し、分離型自転車レーンや多目的歩道がある場合のみ走行を認めている。

 さらにヘッドホン使用や標識で許可されている場合を除き歩道での走行も禁止。市内の公園でも「特別に指定された区域」を除いて利用できない。

 規制強化の背景には事故への懸念がある。バーナビー市では5月初めにヘイスティングス・ストリートで、eスクーターが関わる衝突事故が起き、子ども2人が重傷を負った。

 昨年公表されたカナダ保健情報研究所のデータによると、eスクーター転倒による入院件数はカナダ全体で1年間に22%増加。5歳から17歳までの子どもに限ると61%増加したという。

 またBC州サレー市ではサレー記念病院の医師らが、eスクーター関連の負傷で治療を受ける子どもが同病院だけで1日あたり15~20人に上っていると報告し、懸念を表明している。

 BC州ではeスクーター利用は16歳以上でヘルメット着用を義務付けている。違反した場合は109ドルの罰金などが科せられる。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

空港で荷物タグすり替え、無実の人々が麻薬密輸で拘束される

トロント・ピアソン国際空港。2026年7月。撮影 日加トゥデイ
トロント・ピアソン国際空港。2026年7月。撮影 日加トゥデイ

 CTVニュースは、カナダ発の国際線フライトで、過去1年間に少なくとも17人の乗客が無実にも関わらず麻薬密輸容疑で拘束されたと報じた。調査報道チーム「W5」によると、被害者の荷物タグが麻薬の入ったスーツケースに付け替えられていたのだという。

 その手口は、まず空港職員が不正に乗客の荷物タグをはがし、それを麻薬入りのスーツケースに付け替える。麻薬入りの荷物が無事にセキュリティチェックを通過すれば、到着地で誰かが回収するという流れだ。トロント・ピアソン国際空港では過去1年で、手荷物担当者やランプ作業員6人が、タグすり替え事件への関与で逮捕されたという。

 麻薬入りの荷物がセキュリティチェックで見つかった場合には、タグに名前が記された乗客に疑いがかかる。

 CTVはその一事例として、トロント在住の女性のケースを紹介している。この女性はニュージーランドに向かっていたが、バンクーバーで乗り継いだ際に麻薬運搬の疑いで拘束された。女性のものではないスーツケースに約20キログラムのメタンフェタミンとみられる物質が入っており、女性の名前のタグが付いていたという。

 女性はバンクーバー空港の留置房に入れられたが、後に釈放された。原因となったタグすり替えはピアソン空港で行われたとみられているが逮捕者は出ていない。

 W5が調べたところによると、カナダからドミニカ共和国、パリ、ドイツ、モロッコ、バミューダ、フィリピン、韓国行きの便が含まれ、これらの国の中には麻薬密輸に死刑が科される国もあるという。

 記事では、実践できる「自衛策」を掲載している。

  • 空港で荷物の写真や動画を撮り、預ける前の状態を記録しておく。
  • 荷物を計量している様子を撮影する。チェックイン後に何か入れられた場合、元の重量を証明する助けになる。
  • 荷物タグがしっかり付いているか、見やすい場所にあるか確認する。
  • 手荷物控えを保管する。
  • 荷物追跡タグを使う。複数の被害者が、追跡デバイスによって本物の荷物の場所を特定できたと話している。
  • 荷物タグ自体の写真を撮る。タグ番号、目的地、乗客名が見えるように撮影しておく。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

アルバータ住民投票、分離独立派と残留派を反映する質問を追加

 アルバータ州ダニエル・スミス州首相は5月21日、州民に向けた演説で、10月19日に行われる住民投票に新たな質問を追加すると発表した。内容は「アルバータ州はカナダの州として残るべきか。それとも州政府はアルバータ州がカナダから分離するかどうかを問う拘束力のある州民投票を実施するためカナダ憲法に基づく法的手続きを開始すべきか」だという。

 つまり州民は、アルバータ州が今後もカナダの一部であり続けるべきか、将来的にアルバータの独立を問う「第2の住民投票」を実施すべきかどうかについて判断を下すことになる。

 アルバータ州では、分離独立派団体「Stay Free Alberta」が請願したカナダ分離独立を問う住民投票の設問を巡って混乱が続いている。質問内容は「アルバータ州がカナダの一部であることをやめ、独立国家になるべきだと思いますか?」というもの。アルバータ州上級裁判所(Court of King’s Bench)は5月13日、州政府には先住民族との協議義務があるとして、Stay Free Albertaの請願を無効とした。

 スミス州首相は、この判決を「法的に誤っており、反民主的だ」と批判。控訴する方針を示していた。しかし今回の演説で最高裁まで争えば数カ月から数年かかる可能性があると述べた。

 一方で、カナダ残留を支持する「Forever Canadian」が求める住民投票の設問「アルバータ州はカナダに残るべきだと思いますか?」は、この演説の数時間前に議会で承認された。

 新たに加えられた質問について、スミス州首相は、カナダ残留支持派の請願と、裁判所に却下された分離独立派の請願、両方の主張を反映した内容であり、裁判所の決定にも従う内容だという。

 同時に州首相は「私はアルバータがカナダに残ることを支持しており、住民投票が行われれば残留に投票します」と強調、政府も統一保守党も同様だと述べた。

 しかし今回の決定については、分離独立派、残留支持派、先住民からも、それぞれ反発の声が上がっている。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

652人が被害を受けた盗撮事件、被告に拘禁4年半の判決

 「カナダで、これまでに起訴された中で、最も大規模な盗撮事件」とされる事件で、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州サーニッチ在住の男が有罪判決を受けた。サーニッチ市警察によると、被害者とされる女性・少女は652人にも及ぶという。

 警察によると、イン・イェン・デレック・チャン被告(39歳)は複数の盗撮関連罪で、5月21日にビクトリア裁判所で拘禁4年半を言い渡された。罪状には、プライバシーが求められる場所での盗撮、性的目的での観察・撮影、児童ポルノ作成、犯罪行為によって得た映像の公開が含まれる。

 警察は2024年1月、何者かがサーニッチ地域から盗撮画像や動画をSNSに投稿しているとして捜査を開始、チャン被告が容疑者として浮上した。同被告は以前にもビクトリア地域のショッピングモールの試着室で女性を盗撮したとして有罪判決を受けている。

 2024年4月、チャン被告はサーニッチの自宅で逮捕された。その際、2017年4月から2023年11月にかけて撮影された28時間以上の動画と数千枚の画像が押収されたという。一部の映像はオンライン上で共有され、海外でも閲覧されていたことが判明。警察はコンテンツ削除を正式に要請している。

 警察は被害者のうち身元が確認できた40人に連絡。さらに被害を受けた可能性があると思う人は警察のメールアドレス(file950@saanichpolice.ca)へ連絡するよう呼びかけている。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

アルバータ州独立派の住民投票請願、裁判所が無効と判断

 アルバータ州で盛り上がりを見せているカナダからの分離独立の是非を問う住民投票請願について、アルバータ州上級裁判所(Court of King’s Bench)は5月13日、請願は無効と判断した。

 請願は分離独立派団体「Stay Free Alberta」代表ミッチ・シルベストル氏が、5月4日にアルバータ州選挙管理委員会に提出したもの。同団体は、必要数178,000件を大幅に上回る302,000件の署名を集めたと主張している。

 これに対し、先住民Athabasca Chipewyan First NationとBlackfoot Confederacyが「独立住民投票はアルバータ州成立以前に王権と結んだ条約に違反する」としてアルバータ州政府、州主任選挙管理官、シルベストル氏に対して訴訟を起こしていた。

 シャイナ・レナード判事は、アルバータ州政府が先住民族との協議義務を果たしておらず、分離独立は条約上の権利を侵害するとし、アルバータ州政府は署名活動を許可する前に先住民族との協議義務があったとした。

 「Stay Free Alberta」による請願は今回が2回目。アルバータ州政府は昨年12月に法改正を行い、「住民投票の設問は合憲でなくてはならない」「州選挙管理委員会は設問の合法性について裁判所の審査を求める権限を持つ」の2項目を撤廃した。

 Stay Free Albertaは改正前に1回目の住民投票請願を提出していた。州主任選挙管理官ゴードン・マクルーア氏は、裁判所にこの請願が合憲かどうかの審査を委ね、州上級裁判所コリン・フィーズビー判事は「州民発議法の下では分離独立は追求できない」と判断した。

 ところがアルバータ州政府の法改正は、この判決が出る前日だったため、独立派は新ルールの下で請願を再提出できるようになり、今回の2度目の請願に至った。

 それでも、レナード判事は独立派は再申請を認められるべきではなかったと判断した。

 一方アルバータ州ダニエル・スミス州首相は、今回の判決について「この判断は法的に誤っており、反民主的だと考えている」とし、控訴する考えを示した。

 分離独立の動きを巡っては、さまざまな問題が噴出している。最近では、独立派とつながりのある団体が違法に選挙関連の個人情報へアクセスしていたことが明らかになり、州選挙当局と警察による調査が始まったことで運動は大きく揺らいでいる。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

カナダ人クルーズ船乗客、ユーコン在住者がハンタウイルス陽性

 カナダ公衆衛生庁は、ハンタウイルス集団感染が起きたクルーズ船からブリティッシュ・コロンビア(BC)州に帰国した4人のうち1人のハンタウイルス感染が正式に確認されたと5月17日に発表した。

 この症例については16日に、BC州衛生管理局長ボニー・ヘンリー博士が「推定陽性」として公表していた。感染者は70代のユーコン準州在住者。ヘンリー博士によると、感染者は14日に発熱や頭痛などの軽い症状を発症し、その後入院した。同行していたパートナーにもごく軽い症状がみられたが検査結果は陰性だったという。

 16日の会見でヘンリー博士は「望んでいた結果ではないが、想定して準備していた事態」と述べた。さらにハンタウイルスは新型コロナウイルスなどの呼吸器ウイルスとは大きく異なるとし、「今回の集団感染によるカナダの一般市民へのリスクは現時点で低いが、このウイルスは重症化する可能性があるため予防的措置を講じている」と説明した。

 クルーズ船乗客の4人は5月10日にカナダへ帰国後、バンクーバー島で隔離生活を始めた。ヘンリー博士によると、移送中、4人は一般市民と接触しておらず、対応した医療スタッフも常時個人防護具を着用していた。

 当初、4人にはウイルス潜伏期間42日のうち、最も感染リスクが高い最初の21日間の隔離が求められていた。しかしユーコンの2人について状況が大きく変わったため、隔離期間について再評価が行われるという。

 欧州疾病予防管理センターによると5月19日時点で、このクルーズ船に関連したハンタウイルス感染者は11人(うち確定症例9人、疑い症例2人)となっている。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

 

カナックス新体制、セディン兄弟がホッケー運営部門共同社長に

 NHL(ナショナルホッケーリーグ)でバンクーバーに本拠地を置くバンクーバー・カナックスは5月14日、新たなフロント体制を発表した。ダニエル・セディン氏とヘンリック・セディン氏がホッケー運営部門共同社長に昇格し、ライアン・ジョンソン氏が13代目ゼネラルマネージャー(GM)に就任した。

 3人はいずれも元カナックスの選手で、それぞれ5年以上にわたりチーム運営に関わってきた。

 セディン兄弟は1999年のNHLドラフトでカナックス入り。すぐにチームの象徴的存在となり、リンク内外での貢献が高く評価された。2017・18年シーズン終了後に現役引退した後、2021・22年シーズンにGM特別顧問としてフロント業務を開始。2022年5月には選手育成部門へ移行、バンクーバー・カナックスと傘下のアボツフォード・カナックス(AHL:アメリカンホッケーリーグ)の両チームで技術向上やトレーニング体制の改善に取り組んできた。

 ジョンソン氏は過去13シーズンにわたり、さまざまな役職で組織運営に携わってきた。直近ではアシスタントGM兼アボツフォード・カナックスのGMを務めている。

 カナックスの2025・26年シーズンはチーム史上最悪の成績で終えた。レギュラーシーズンは25勝49敗8分(延長敗)で、NHL全体で大差の最下位だった。

 低迷を受け、チームは前GMパトリック・アルヴィン氏を解任。前ホッケー運営部門社長ジム・ルサーフォールド氏はアドバイザー職に退いた。

 セディン兄弟とジョンソン氏にはカナックス再建という大仕事が待ち受けている。ジョンソン氏は、まずは選手たちが成長、失敗し、必要なリソースを得られる環境づくりを最優先するとし、「一歩ずつ進めていく。急ぐつもりはなく、あらゆる決定を戦略的にしていく」と述べている。

(記事 高城玲)

合わせて読みたい関連記事

ハンタウイルス感染者が出たクルーズ船からBC州に4人が帰国、オンタリオ州に2人が帰国

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州衛生管理局長ボニー・ヘンリー博士は5月10日、ハンタウイルス感染者が出たクルーズ船に乗っていた4人がBC州に同日に帰国したと声明で発表した。

 発表によると、カナダ公衆衛生庁の検疫官が同行するカナダ政府チャーター機でBC州に到着。4人は全員無症状という。

 到着後は、地域の公衆衛生担当者によるスクリーニングを受け、その後、安全に確保された事前手配済みの宿泊施設へ直接移送される。そこで、公衆衛生チームによる毎日の健康観察を受け、まず21日間の自主隔離を開始。ハンタウイルスの潜伏期間を踏まえ、必要に応じて隔離期間は最大42日まで延長される可能性があると説明している。

 「到着時から隔離期間を通じて4人が一般市民と接触することは一切ない」と断言している。

 4人のBC州到着は、州衛生管理局室、BC疾病管理センター、地域の公衆衛生チーム、カナダ公衆衛生庁、カナダ国境サービス庁、カナダ外務省などの関連機関が緊密に連携し、必要な計画を全て整えて実施。仮に症状が現れた場合でも問題なく対応できると説明している。

 ヘンリー博士は「新型コロナウイルス感染拡大の経験があり、このようなニュースに不安を感じる州民がいるのは当然」と理解を示しつつ、ハンタウイルスは新型コロナのような感染がないため「パンデミックの可能性がある疾患とは考えられていない」と説明している。

 またカナディアンプレスによると、オンタリオ州でもクルーズ船に乗っていた2人が帰国。隔離され、45日間健康観察を受けるという。他にも、ハンタウイルスで死亡した乗船者と同じ航空機に搭乗していたという2人がオンタリオ州で隔離。アルバータ州でも航空機でハンタウイルスにさらされた可能性がある2人が自主隔離となっている。

(記事 北野大地)

合わせて読みたい関連記事

エアカナダ、イラン情勢の影響で運休便を追加

バンクーバー空港に駐機するエアカナダ機; file photo by Japan Canada Today
バンクーバー空港に駐機するエアカナダ機; file photo by Japan Canada Today

 エアカナダは4月に続いて、さらにアメリカへの4路線の運休を5月7日に発表した。日本への直行便路線に影響は出ていない。

 今回は以下の路線の最終運航日が発表された。

バンクーバー・ローリー(ノースカロライナ州)線7月29日まで
トロント・サクラメント(カリフォルニア州)線8月1日まで
トロント・チャールストン(サウスカロライナ州)線9月6日まで
モントリオール・オースティン(テキサス州)線9月7日まで

 上記路線の通常運航は2027年夏に再開を目指すという。同社は、影響を受ける利用者には代替の渡航手段か必要に応じて払い戻しを提供するとしている。

 4月23日には7路線の運休を発表している。

国内線

バンクーバー・フォートマクマレー線5月28日から運休
トロント・イエローナイフ線8月30日から運休

アメリカ線

トロント・JFK(ニューヨーク州)線6月1日から運休(2026年10月25日再開予定
モントリオール・JFK線6月1日から運休(2026年10月25日再開予定
トロント・ソルトレイクシティ(ユタ州)線6月30日から運休(2027年再開予定)

国際線

モントリオール・グアダラハラ(メキシコ)線 就航開始を延期
モントリオール・アルジェ(アルジェリア)線 2026年夏は運休、2027年再開予定

 カナダの各航空会社はイランを巡る情勢により、運休や燃油サーチャージの値上げなどを発表。夏季の旅行シーズンに影響を与えている。

(記事 北野大地)

合わせて読みたい関連記事

Today’s セレクト

ポール・ヴォイダクさん、在カナダ日本国大使館開催プレゼンテーションにて。2026年2月、オンタリオ州オタワ市(本人提供)

シベリアから日本に来た「ポーランド孤児」(後編)「君が代」からたどる父の過去

 ブリティッシュ・コロンビア州タイー・レイクに住むポール・ヴォイダクさんは、父パヴェル・ヴォイダクの生涯に関し調査し、「シベリアからの脱出、記憶からの脱出」(2024年)を出版した。その中で、こう書いている。 --ある日、家に来た日本人の修理工が仕事を終えて帰ろうとしていると、父は直立不動の姿勢になり、日本の国歌「君が代」を歌い始めた。完璧に歌えた。日本語で1から10まで数えることもできた。父は誇らしげだった。 シベリアから日本に来た「ポーランド孤児」(前編)記録が語る父の過去 ■日本で健康を取り戻した孤児たち  1919年、ロシアで「ポーランド救済委員会」を組織したアンナ・ビエルキェヴィッチらは、シベリアで悲惨な状況にあったポーランド孤児たちの同国帰還を計画。日本政府・陸軍・海軍、日本赤十字社がこれを支援した。  1920年7月から21年7月まで、ウラジオストクから5回の航海で375人が福井県敦賀港に到着。東京の福田会(ふくでんかい)育児院が無償で提供する宿舎に向かった。1922年には、さらに390人の孤児が同港に着く。大阪市がやはり無償で提供した大阪市立公民病院の付属看護婦寄宿舎に収容された。  孤児たちは栄養失調でやせ細り、中にはチフス、コレラ、皮膚病を患っている子もいた。しかし、東京や大阪で受けた献身的な看護と栄養ある食事のおかげで健康を取り戻す。着物を着て、日本の子どもたちと遊び、遠足に行った。日本語を学びながら日本の文化に親しみ、ポーランドと日本の国歌も練習した。  「孤児たちは日本滞在が平均わずか3カ月だったにもかかわらず、生涯にわたり日本での思い出を記憶していた。優しい看護、親切、安心感が、彼らの心に深い印象を残したからでしょう」とヴォイダクさんは話す。そして、ある出来事を振り返る。  父パヴェルが45歳ごろのこと、家にきた日本人の修理工としばらく一緒にいた父は、その修理工の帰り際、突然「君が代」を歌い始めた。「驚きました。どんな言葉であろうと、父が歌うなんてそれまでなかったこと。父の心の奥深くで眠っていた日本での温かい思い出が、その日本人と接したことで目覚めたのでしょう」 ■日本での思い出  ヴォイダクさんは「シベリアからの脱出、記憶からの脱出」の中で、ポーランド孤児たちの日本での思い出の数々を紹介している。  「とても低いテーブルで、木製の箸を使って食べた。どう使うのか最初は分からなかったが、すぐに上手に使えるようになった。日本の文化が好きになった」  「初歩の日本語を習った。日本滞在は、まさに日本語の詩にあった『希望の夜明け』だった」  「(病気から回復すると)着物を着せてもらい、草履をはいた。着物は、職業学校の女性たちが縫ってくれた。着物の袖にはお菓子やボール、なんでも入る。そのうち袖が重くなる」  「靴職人が私たちの足のサイズを測った。翌日、全員に靴が配られた」  「日本の国歌や亀についての歌を教えてもらった。今でも思い出す。もしもしかめよ、かめさんよ...」 ■ポーランド大使、孤児ゆかりの場所を発見  ポーランド孤児を受け入れた東京の福田会(ふくでんかい)は、仏教の高僧による発議で1876(明治9)年に創立され、日本初の児童養護施設を運営した。  2010年、渋谷区広尾を歩いていた当時の駐日ポーランド大使ヤドヴィガ・ロドヴィチ=チェホフスカさんは、福田会の看板に目が留まった。日本語には精通している。ポーランド孤児の話については知っていた。「あの福田会のことだろうか」。確認しようと事務所に入り職員と話しているうちに、孤児たちについて書かれた古い新聞記事が発見された。  福田会の園庭には、孤児たちを撮影した斜面が今も残っている。その写真のコピーが入った額を手にロドヴィチ=チェホフスカ元大使は、「今から100年以上も前、この斜面でポーランドの子どもたちが写ったことに感動する。孤児たちが日本で受けた親切はいつまでも人の心に響く」と語る。 ■パヴェルとヴワディスワフ  日本で体力を回復した孤児たちは、順次ポーランドに向かった。東京に滞在した375人は8グループに分かれ横浜からアメリカ経由で。大阪に滞在した390人は神戸からスエズ運河経由、イギリス・ロンドンに至り、1922年11月初旬、ポーランドに着いた。  アメリカに向け出発する最初のグループ56人は、「ポーランド救済委員会」のユゼフ・ヤクブキェヴィッチに引率され、1920年9月28日、横浜から日本郵船・伏見丸に乗船。同年10月12日シアトル到着。  伏見丸の乗船客名簿にヴォイダクさんが父パヴェルだと確信するヴワディスワフ・ヴォイダクの名前がある。  ヤクブキェヴィッチは孤児たちから「お父さん」と呼ばれていた。ヴォイダクさんは父パヴェルから「子どものころ父親に連れられアメリカに行った」と聞いていたが、父親とはヤクブキェヴィッチのことだったのだろう。  さらに、アメリカ到着後に作成されたヴワディスワフに関する記録では、雑誌「極東の叫び」のリストにある情報に加え(前編参照)、「この少年は話そうとしない」、出身地はロシアのノボミコワイェフスク、少年の父親はヴワディスワフ・ヴォイダクとある。これらの記述に関しヴォイダクさんは、この少年はハルビンで発見された時、持ち物に父親の名前が記されたものを持っていたのではないか。しかし、話そうとしないので本人の名前が判明せず、父親の名前がこの少年の名前として使われたのではないかと考える。そうだとすると、いつ、なぜヴワディスワフからパヴェルという名前になったのか。 ■ドイツ軍にいた父  ヴワディスワフはアメリカ到着後、シカゴとミルウォーキーの孤児院で1年3カ月ほど過ごし、その後、ポーランドに送られた。ドイツ国境近くの孤児院に着くと、そこからさらにドイツ系ポーランド人夫婦がもつ農園に移される。労働者として扱われ、納屋で寝た。冬だけ靴をはくことを許された。農園主に連れられ、収穫した作物を国境を越えドイツ側に売りにいくこともあった。  このようにドイツ色の濃い環境で生きる間に、名前がポーランド名ヴワディスワフからドイツ名ポールと変わり、その後ポールのポーランド語での呼び方パヴェルになったのではないか。父がドイツ語を話せた理由も納得がいくとヴォイダクさんは言う。  ドイツのポーランド侵攻で始まった第2次世界大戦の間、父はドイツで働いていた。そう母リッキーから聞いた。しかし、ドイツ軍がポーランド人を招集することは、ドイツ敗北が濃厚になるまではなかった。ドイツで働いていたというのは強制労働だったと考えられる。  ヴォイダクさんは父のドイツ軍歴を調べようと、ドイツ連邦公文書館に問い合わせ、2020年、次のような内容を含む記録を受け取った。  ポール・ヴォイダク、1912年7月27日(ドイツ語表記で)ノボミコワイェフスク生まれ、1944年1月召集、同年3月イタリアに配置。  想像通りドイツ軍での父の名前は「ポール」。1944年であれば、ドイツ敗北は見えてきていた。  先にイギリス国防省から入手していたポーランド軍歴には「パヴェル」とあった(前編参照)。1944年9月、ドイツ軍を離脱してポーランド軍に加わった時点でポーランド風にパヴェルとなったことが分かる。  ドイツ軍への入隊は44年1月。戦争勃発の39年9月以降44年までドイツ国内で強制労働下にあったのであれば、41年リビアの「トブルクの戦い」に父はいなかったことになる。44年1月から5月までのイタリア「モンテ・カッシーノの戦い」にもいたかどうかは分からない。いたならばドイツ側だ。  戦争初期からポーランド軍にいたと言っていたことや、名だたる戦いでの体験談は作り話だったのか。ヴォイダクさんは、「ショックを受け、打ちのめされた」と自著に書いている。 ■記憶からの脱出  「父は孤児院を転々とする理由を十分に理解していなかったに違いない。故郷や文化から引き離された孤児は、言語や文化的アイデンティティを失うことがある。自分がだれなのかという感覚が乏しく、自尊心も低くなる」とヴォイダクさんは説明する。  子どものトラウマ(心的外傷)と記憶喪失に関する勉強をした。そして父パヴェルは、トラウマ後のストレス障害(PTSD)の状態にあったという分析に至る。  シベリアで子ども時代に目撃したと思える両親の死。暴力や苦しみ。厳しい寒さや病気。パヴェルは精神的シックを受け、感情は混乱した。その結果、話すことができなくなった。心の中で、つらい過去の記憶を分離しようとする働きが起こり、自分の名前も両親についても語ることができなくなった。  反対に、体験してもいない軍隊での話は、認識票にあったコンスタンティ・ムロテックの体験をあたかも自分のものとして記憶し語ったと思われる。ムロテックは、パヴェルが入隊した部隊に先にいて戦死した実在人物であったことをヴォイダクさんは後日知った。パヴェル自身は、ポーランド軍に属して以降、部隊の仲間からムロテックについて聞き、彼の軍歴を自分自身の体験として記憶した可能性がある。  パヴェルは除隊となったイギリスで、オランダ出身の女性リッキーと出会い結婚。1948年、ヴォイダクさんが生まれる。一家は52年、カナダに移住。オンタリオ州で堅実な生活を営んだ。パヴェル、1984年11月逝去。  ヴォイダクさんは、「日本での温かい思い出は、孤児たちがよい大人になるのに役立った」と、父の人生と重ね合わせる。パヴェルは花を育てるのが好きだった。特に菊が好きだった。「日本では菊が特別な意味を持っていることを習っただろうか」とヴォイダクさんは言い、自著「シベリアからの脱出、記憶からの脱出」の表紙にあるパヴェルの写真と菊の花の絵を見る。そして、「この本が、日本とポーランド、そしてカナダを結ぶ架け橋になってくれればうれしい」と結んだ。 (取材 髙橋文) <関連サイト> 資料館「人道の港 敦賀ムゼウム」敦賀ムゼウム社会福祉法人 福田会 福田会について | 社会福祉法人 福田会 | 社会福祉法人 福田会日本赤十字社 感染症と赤十字|特別企画|赤十字WEBミュージアム在カナダ日本国大使館開催「日本が救済したシベリアのポーランド孤児に関するプレゼンテーション」日本が救済したシベリアのポーランド孤児に関するプレゼンテーション | 在カナダ日本国大使館 高橋 文(たかはしあや) カナダ在住ジャーナリスト。カナダの文化・歴史に関する記事をカナダと日本の新聞に執筆。 第2次世界大戦中、リトアニアで外交官・杉原千畝から日本通過ビザを受給しカナダ・アメリカ・オーストラリアをはじめとする国々へ渡ったユダヤ難民と子孫らに関する調査・取材記事を多数執筆。カナダと日本での「杉原ビザ」関連の常設・企画展示に参画。関連シンポジウムやセミナー等で講演を行っている。 著書:「太平洋を渡った杉原ビザ:カウナスからバンクーバーまで」(岐阜新聞社、2020年)「命のビザで旅した子どもたち:暗やみから光さすほうへ」(同、2021年) 合わせて読みたい関連記事 シベリアから日本に来た「ポーランド孤児」(前編)記録が語る父の過去 『太平洋を渡った杉原ビザ』

最新ニュース