VIFF上映作品 “Our Mr. Matsura” ベス・ハリントン監督インタビュー「Sense of Belonging」を追って

"Out Mr. Matsura"より。Photo provided by Vancouver International Film Festival
“Out Mr. Matsura”より。Photo provided by Vancouver International Film Festival

写真家・松浦栄との出会い

 今から約20年前、ベス・ハリントン(Beth Harrington)監督はアメリカの有名な写真家による原住民をテーマにした写真展を訪れた。そこには無名の写真家の作品も展示されていた。ふと監督の目に止まったのは、他とどこか違う写真。それは写真家の注文からではなく、モデルが自由に振る舞っている自然な写真だった。写真家の名前はFrank Matsura (フランク・マツーラ)。続けて見ているとまたマツーラの写真の前で立ち止まった。そしてまた…。「あなたは誰?」

 監督はこの写真家とモデルたちの間に、目に見えない愛情ともいえる信頼感があるように感じた。他の写真を見ると今度は意外にも写真家自身が、多くの自撮りの中でいたずらっぽく笑んでいた。その瞬間、監督は彼の人生についてもっと知りたいと思ったそうだ。

ベス・ハリントン監督。Photo provided by VIFF
ベス・ハリントン監督。Photo provided by VIFF

 ベス・ハリントン監督は、アメリカではエミー賞を受賞し、グラミー賞にもノミネートされた監督。ワシントン州のバンクーバーに拠点をおいて、アメリカ文化などのドキュメンタリー映画を作っている。監督以外にもプロデューサー、ライターなどほとんど自分でこなす。そんな彼女が一人の日本人写真家の真実を追うドキュメンタリーを決めた。「リサーチすればするほど彼のことが頭から離れなくなったんです」と話す。PBSなど公共のテレビ番組製作も手掛けているが、このドキュメンタリー製作は全て自分でこだわりながら5年もの時間を費やした。

 今回はVIFF開催前にオンラインでベス・ハリントン監督に話を聞いた。

写真からのぞく松浦栄の生涯

 フランク・マツーラこと松浦栄(1873年-1913年)は、明治時代にアメリカへ渡り、シアトルやアラスカを経て、ワシントン州のコンコーナリーで開拓地の風景を撮影し始めた。そして1907年に同じくワシントン州の田舎町・オカノガンに定住して、自分の写真館を作った。

松浦(右)自身が一緒に写る写真。Photo provided by VIFF
松浦(右)自身が一緒に写る写真。Photo provided by VIFF

 写した風景から絵はがきも作り始め、およそ4,000枚以上の写真を残した。写真技術に優れ、自然で上品、時にユーモアすら感じさせる作品が評価された。彼の残した写真は時代を象徴し、オカノガン地域の大切な遺産として、1世紀を経た今もその子孫たちに受け継がれている。結核で亡くなるまで生涯一度も日本に戻ることがなかった彼の葬儀は、当時、町をあげての最大規模だったそうだ。

 オカノガンに自らの居場所を築き上げた松浦。だが一人の日本人として、差別があった時代に本当に幸せだったのだろうか。なぜ日本を離れてオカノガンという田舎に定住したのだろう。ハリントン監督はその答えを探し求めた。

 監督はまずオカノガンへ出向き、地元の人々から証言を求めた。だが実際の彼を見ていない人たちからのリサーチやストーリーには多くの推測があった。「クレイジーな想像もあって、それはそれでおもしろいけれど…」と、真実を描きたいドキュメンタリー監督にはかなり状況が厳しかった。

 特に生涯独身だった松浦の女性関係についてはうわさが多く、残された写真だけではモデル、友人、または恋人だったのか断定できなかった。地元の人から「正直なところ、この映画にあまり期待はしていない」と言われて、「自分でできるのか」と悩み、「でも私しかいない。辞めたら誰もしない」と思い直した時期もあったという。

 今度は日本へ向かった。松浦は幼少期に両親を亡くして叔父に育てられたので、監督は彼の親戚を訪ねた。そこには3冊の日記が残っていて、当時義務付けられていた徴兵令で軍隊に入り、何かを志願したが身長が足りなくて断念。浅草劇場に行った後、コメディアンになりたいと叔父に相談したが許してもらえなかったなど、彼の素顔を知るエピソードを集められた。だが日記は21歳で終わっていて、監督が最も知りたかった29歳までの8年間に空白があった。「なぜ?って彼に聞きたかった」と語る。

映画のタイトルについて

松浦自身の自撮り写真。Photo provided by VIFF
松浦自身の自撮り写真。Photo provided by VIFF

 単に松浦の記録を残したかった監督は、インタビュー中に何度か松浦本来の明るい性格を指摘した。コメディをしたかった松浦、モデルから女性の帽子を被らされておどけた松浦など、意外なほど明治や軍国・日本のイメージと結びつかない。ハリントン監督は松浦の写真の芸術と、オカノガンでの喜びあふれたシンプルな人生に映画の焦点を当てた。

 日本を離れた理由として、戦争に行きたくなかったのか、アメリカ移住のビザがなくなる直前のチャンスに賭けたのか、あるいは日本で個人的な理由があったのか、映画がオープン・エンドなので感動した後に楽しく討論できそうだ。

 さらに松浦栄のことを知ると映画のタイトル「Our Mr. Matsura」がとても愛おしく感じる。監督によると理由は2つあるそうだ。まず松浦はオカノガンの町の人々に先祖の写真を残して、いまだに感謝されている。「私たちの」は町の人々からの親愛を込めた声を取り上げた。撮影当初辛口だった人も、試写会後には「とても感動した。タイトルもすごく気に入った」とほめてくれたそうだ。

 2つ目の理由は、映画を撮影しながらいろいろな人々に出会ったこと。それぞれが思うカリスマ的な松浦のバージョンに違いを感じながらも「集めたストーリーからこの映画が作られました。みんなで一緒に作ったので『私たちの』がぴったりだったんです」と締めくくった。

 映画はバンクーバー国際映画祭での上映後、他の映画祭、シアトルの日本館、ミュージアム、大学、そして11月にはワシントン州バンクーバー市の姉妹都市・京都府城陽市でも上映される。監督の映画効果で、来年の3月にはポートランド市で写真家・松浦栄の展示会も開催されることになった。

ベス・ハリントン監督のウェブサイト:www.ourmrmatsura.com

「Our Mr. Matsura」

日時:10月4日(日)5:45pm 会場:International Village 10
日時:10月5日(月)10:30am 会場:International Village 10
チケット情報:https://viff.org/whats-on/viff26-our-mr-matsura/

(取材 Jenna Park)

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