Across the Pacific〜日本とカナダの新しき交流 第2回「スポーツ交流JET」

はじめに

 日加トゥデイの読者の皆様、日本とカナダの友好親善協力関係を応援頂いている皆様、こんにちは。

 今月は、カナダと日本の間のスポーツ交流についてです。よろしくお付き合いお願いします。と申し上げた上で、その前に少々前置きを。

 長く職業外交官をしておりましたので、主権国家の間には実に様々な事が起こることを目の当たりにしてきました。心温まる友好親善や人間性溢れる美談もあります。一方、時には、と言うよりも頻繁にと言った方がより現実的ですが、対立や紛争が起こります。行き着く先が武力行使の応酬という事態にも直面します。と同時に、国内においても、激しい権力闘争があります。これは、民主的であるか否かを問いません。愛する者のために身を投げ出すのも人間なら、極悪非道、鬼になるのも人間です。

 かつて、ニューヨークタイムズ紙の敏腕政治記者として知られたヘドリック・スミスは、「The Power Game」という書籍を著しました。タイトルのとおり、ワシントンDCにおける激烈な権力闘争の実態に迫ったものです。ピューリッツァー賞も獲得した傑作です。アメリカ留学中の政治学の授業の参考図書として読みました。今でも鮮明に覚えているのは、アメリカン・フットボールが権力政治を理解する上での比喩として実に効果的に描かれていた点です。歴史を遡れば、古代オリンピックこそ、戦争を休止し、人間の闘争本能をスポーツという形に昇華したものでした。レスリング、拳闘、槍投げなど戦士社会との顕著な連続性があります。アメリカン・フットボールに限らず、スポーツには、競技そのものを超えて人間の社会や国際関係の本質を宿している面があると思います。

 前置きが長くなりました。

最近の日加関係

 そこで、現在の日加関係です。現下の国際情勢を見れば、ウクライナ、中東等は予断を許しません。エネルギー安全保障は日常生活をも直撃しています。それに加え、加米関係も新たな「貿易戦争」として世界の耳目を集めています。

 21世紀の過酷な現実に直面する中で、日本とカナダは、基本的な価値観を共有するG7で、TPPメンバーとしても協働しています。日加両国は、政治安全保障から経済ビジネス、そして文化・人物交流に至るまで深化しています。

 特に、本年3月のカーニー首相訪日は大きな節目でした。その際に、高市総理との間で、内容豊かな共同声明に署名した上で包括的戦略ロードマップに合意しました。6本柱から成るこのロードマップは、現在、着実に実践されています。

 このように、進展著しい日加関係ではありますが、率直に言って、政治系メディアで軽視されがちなのがスポーツ交流です。実は、スポーツは日加間の友好親善の重要な土台となっています。同時に、今後の一層の発展を牽引する重要なファクターです。次に、いくつかの例をあげましょう。

日加スポーツ交流略史

柔道:第2次世界大戦中の日系カナダ人に対する言語道断の非人道的な取り扱いは、カナダ現代史の闇です。戦後、日系カナダ人が誇りを取り戻し、カナダ社会の日本文化への敬意を獲得する上で、柔道の果たした役割は計り知れません。ピエール・トルドーが現職の首相のころ、タカハシ道場で稽古に励み柔の精神を学んだことは、日加関係増進に大きく貢献しました。

野球:昨年のMLBワールド・シリーズでのトロント・ブルージェイズ対ロサンジェルス・ドジャーズの死闘は、日加米の3カ国のスポーツファンを熱狂させました。今も語り草で、記憶に新しいです。日本ではジェイズ・ファンが急増しました。今シーズンは、日本で最も人気の高い読売ジャイアンツのスラッガー岡本和真がジェイズに移籍し、連日大きく報道されています。

 この関連で、バンクーバー朝日について。映画にもなっていますから、ここでは簡単に。20世紀初頭、自治領カナダのバンクーバーで野球熱が高まります。その頃、人種差別に負けず、「日本人の誇りを白人に見せつけたい」という思いから、1914年、日系移民最強のチームをつくるべく“バンクーバー朝日”が誕生します。体格とパワーでは白人チームに劣っていましたが、“スモール・ベースボール”と揶揄されながらも技術と頭脳を駆使し、攻撃ではバント・盗塁・ヒットエンドランの機動力で得点。堅実な守備と連携プレーで失点を防ぎました。また、自らはラフプレーを禁じ、白人チームがラフプレーを仕掛けても抗議せず、フェアプレーに徹したと云います。やがて、日系人の観客だけでなく、白人からも応援される存在になったものの、戦争によって“バンクーバー朝日”は解散。しかし、野球を通じて人種の壁を越えようとした彼らの精神は、戦後の日系コミュニティーの評価とともに復活しました。野球殿堂入りも果たし、日加関係の歴史的な象徴です。

・ラグビー:実は、日加スポーツ交流において、ラグビーも非常に印象的です。何故なら、日本代表の歴史は、1930年のカナダ遠征に始まるからです。初めての海外遠征でバンクーバーに来た日本ラグビーは、未だ発展途上でした。英国の伝統の強いカナダですから、日本代表の相手は、カナダ代表ではなくBC州代表だった訳です。それでも、7戦して6勝1分けで「ジャパン」の存在を示したそうです。

 この時期の日本はと言えば、1928年のいわゆる満州某重大事件以降、柳条湖事件から満州事変が没発し、1933年の国際連盟脱退に至る状況です。実は、ベーブ・ルースやルー・ゲーリックを擁するNYヤンキースの日本訪問が1934年です。それに先立つ日加ラグビー交流は、国際社会で孤立しつつあった日本におけるスポーツ交流の意義を今日に伝えています。

フィギュアスケート:今年のミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケート・ペアで、史上稀にみる大逆転で金メダルを獲得した“りくりゅう”ペア。最近、婚約も発表し、日本で絶大な人気です。彼らの拠点はトロントでした。金メダルは、2019年夏のペア結成以来、一貫してトロント郊外のオークヴィルでカナダ人コーチの指導の下で技量を磨いた賜物です。先のカーニー首相訪日の際には、“りくりゅう”ペアからの歓迎メッセージが大きな話題になりました。一般の日本人のカナダへの関心の拡大に一役をかったと思います。

カーリング等は、日本でも人気沸騰中です。ウインター・スポーツが盛んなカナダですから、日本チームの強化合宿等、選手・コーチの交流が深まっています。

・更に、最近では、カナダでも大相撲への関心が高まっています。今年はアルバータ州で小規模ながら巡業が実現しました。ケベック州やオンタリオ州も関心を表明しています。

JETプログラムとスポーツ交流

 スポーツ交流は、日加関係を映す鏡のようです。上述のとおり、1867年のドミニオン・オブ・カナダ成立以降、二国間関係の進展と歩調を合わせ、暗い時代も克服し、大きく発展して来ました。今日までの進展には心を打つものがあります。

 そして明日からのスポーツ交流を考える時、大きな可能性と潜在力を秘めているのがJETプログラムです。JETと言えば、世界最大級の交流プログラムで、生きた英語教育に大きな比重があり、カナダは米英に次ぐ大きな存在です。従来は、英語教師或いは国際交流調整が主たる任務でした。が、今後はスポーツ交流も重視されると云います。2025年にハリファックスでカナダJET総会が開催され、東京からは政府関係者が来訪。カナダ側のJET参加者やアラムナイ組織リーダー達との間で活発な意見交換が行われました。その際、スポーツ交流についても熱心に議論されたそうです。

 JETには、スポーツ国際交流員(SEA)という仕組みがあるのです。1994年から導入されました。特定競技の専門家として地方公共団体に配属され、学校の生徒や地域の優秀な選手に対するスポーツ指導の補助、スポーツ事業の企画・立案支援、国際交流活動に従事します。

 実は、これまでのSEAの累計参加者数は240名です。JET全体のこれまでの参加者は8万名を超えます。その中で、SEAは僅か240名に留まっているのです。そこには、それ相応の理由と現実があります。

 最大の要因は、“言葉の壁”です。SEAの核心は、全国津々浦々の中高生に外国人の専門家からスポーツを直接教わることにあります。その体験と感動と葛藤は、個々の生徒の将来にとって大きな糧となるに違いありません。同時に、日本と派遣国との間のスポーツと友情の架け橋になることも期待されます。

 しかし、SEAの指導が身を結ぶためには、生徒、日本人教師との間で実質的なコミュニケーションが取られなければなりません。“言葉の壁”があると効果半減です。とは言え、外国語のできる人材確保は言うは易しく行うは難しです。JETを所掌する文部科学省・総務省・外務省、受け入れ側の自治体・教育委員会・学校、そして派遣国との間で、緊密な連携が不可欠です。課題が判明しているのですから、解決策は早晩見つかると期待したいです。

カナダからのSEA

 かつては、カナダからJETのSEAが北海道や長野に派遣され、カーリング指導した例もありました。しかし、近年は残念ながら、カナダからは途絶えていました。

 しかし、2026年、7名のSEAが来訪しました。カナダ、タンザニア、ベルギーの3か国からの参加です。このうち、カナダからは4名が来訪することになりました。日加関係応援団としては、今年のSEAの半数以上がカナダから派遣されるというのは嬉しい限りです。派遣先は、北海道名寄市に、カーリング・バスケットボール・バレーボールそれぞれ各1名の計3名。そして、北海道東川町にバレーボール1名の計4名です。

 例えば、北海道名寄市のカーリングSEAは、ジュニア・ユース選手の指導だけではなく、日本人コーチと年間・中長期の育成計画を作ったり、市民向けの講習を行ったりします。カーリングは、カナダを象徴するスポーツの一つです。それをカナダ人SEAが北海道の若者から一般の愛好家に教える。“言葉の壁”はあります。言語では完全に通じ合えなくても、氷上で一緒にストーンを投げ、「Good shot!」と声を掛け合うのです。そこに生まれる感動は生涯続くことでしょう。

 なお、JETとは別のスキームですが、スポーツ交流の文脈では、岡山県赤磐市が東京オリパラ2020のホストタウンに認定されたことを機に、カナダ・フィールドホッケー連盟との関係を築いています。赤岩市は、その後も「オリンピックレガシー交流」として、カナダからフィールドホッケー選手を受け入れ、地元の子どもたちとの交流を続けています。

 スポーツという共通言語による国際交流は、日本とカナダの草の根レベルでの関係を着実に強化しています。

結語〜日加外交関係樹立100周年

 2028年は、日加外交関係樹立100周年の節目の年です。次の百年に向けての日加関係の進展を思う時、スポーツ交流のインパクトは絶大です。何故なら、スポーツは政治的な忖度や損得勘定を超え得るからです。純粋にスポーツを楽しみフェアプレーの精神で切磋琢磨し、将来にわたる友情を育むのです。

 現在、私たちは困難な時代を生きています。予想だにしなかった事が起こり、ニュースとなって世界を巡っています。それでも、スポーツは我々が希求する平和への道程を照らす希望の灯りだと思います。

(了)

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月から2026年7月まで第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身