Across the Pacific〜日本とカナダの新しき交流 第1回「折り紙・切り紙」

はじめに

 日加トゥデイの読者の皆様、日本とカナダの友好親善協力関係を応援頂いている皆様、こんにちは。山野内勘二と申します。

 実は、私は先月末まで、駐カナダ日本国特命全権大使を務めておりました。2022年3月に発令を受け、4年3ヶ月にわたりオタワに在勤しておりました。その間、この日加トゥデイには、毎月「音楽の楽園〜もう一つのカナダ」と題する音楽コラムを連載させて頂いておりました。そして、駐カナダ大使としての任務を終了し、オタワを離任したことをもって、「音楽の楽園」は49回目のコラムを最終回として終了させて頂きました。

 しかしながら、全く私事ではありますが、長年カナダに勤務している間に、実に様々な分野の方々にお目にかかった訳です。日本とカナダの関係が進化・強化・深化していく様子を目の当たりにして来ました。すると、大使という立場ではなく、全くの私人ではありますが、自分が見聞きした日本とカナダの新しい交流を是非とも皆様に知ってもらいたいという思いが沸々と湧いて来たのです。

 そこで、日加トゥデイに新しい連載『Across the Pacific〜日本とカナダの新しき交流』を始めさせて頂くことになったのです。表題のAcross the Pacificは、ビートルズの「アクロス・ザ・ユニバース」から拝借しました。ジョン・レノンの人類愛は、宇宙を超える大きさでしたが、日本とカナダの地理を考えれば、太平洋を超える交流ですので、アクロス・ザ・ユニバースならぬアクロス・ザ・パシフィックとしました。

 そこで、「アクロス・ザ・パシフィック」の第1回です。今回は、日本の伝統が世界の最先端と結びついている大変に興味深い事例です。

 日本人なら誰もが子供の頃から遊び楽しみ馴染んで来た、折り紙と切り紙です。実は、折り紙は最新宇宙航空工学を含めた最先端のエンジニアリングに応用されています。切り紙は、パラシュートやエアロブレーキの設計に応用されているのです。

折り紙・切り紙と最先端工学〜キリガミ・パラシュート

 折り紙・切り紙は、もはや、子供達のお遊びや伝統文化ではありません。日本独自の伝統文化である、折り紙・切り紙が最先端工学へと発展しています。

 その第一人者と目されている若き研究者が、モントリオール工科大学・機械工学科のフレデリック・P・ゴスラン教授です。ゴスラン教授の本来の専門は、流体構造連成と薄膜・細長構造物力学、生物模倣工学と云われる領域だそうです。具体的には、樹木が風でしなる仕組み、蜘蛛の糸、細胞膜、航空機構造などの「流体と柔軟な構造物の相互作用」を研究されて来ました。

 そして、2025年。ゴスラン教授は、世界最高峰の科学雑誌『ネイチャー』に、「キリガミ・パラシュート」という論文を発表。世界的な注目を浴びています。この論文は、同じモントリオール工科大学・機械工学科のダヴィッド・メランソン准教授との共同研究です。

 この論文の革新性は、1枚のプラスチックシートに、ゴスラン教授らの設計による「切り紙パターン」の切れ目をレーザーで入れるだけで、落下時に重力の作用で自然に3次元のパラシュート形状へと展開することを示したことにあります。

 従来のパラシュートは、数十枚の生地、数百メートルの糸、多数の縫製工程、数十から、時には数百個の部品を複雑に縫い上げて、製作していました。用途に合わせて設計し、生地を裁断し、キャノピーを縫製し、サスペンションラインを取り付け、ハーネス・ライザーを組み立て、それを専門の手順で何百回も収納バッグへ格納します。最後に綿密な品質検査を経て出荷されます。

 「キリガミ・パラシュート」論文は、「縫って形を作る」のではなく「切って形を生み出す」という設計思想の大胆な転換を示したのです。実際、キリガミ・パラシュートは、部品の数や製造工程を大幅に削減できる可能性を証明しました。将来的には、大量生産や低コスト化、更には宇宙機やドローン用の超軽量減速装置への応用が期待されていると云います。

 更に、パラシュートの落下地点の精度についても興味深い研究があります。従来型のパラシュートは、大きく広がって内部に空気を抱え込むことで得られる抵抗力で落下速度を低下させる仕組みです。従って、風や気流の影響を受けやすく、落下地点にばらつきが生じます。しかし、キリガミ・パラシュートの場合は、それぞれの切り込みの抵抗が集積して、自ら姿勢を修正し垂直に落下するため、落下地点を高い精度で把握できる利点があります。

 切り紙が幾何学に基づく最先端エンジニアリングへと発展している鮮やかな実例です。

 このように世界から注目されている、ゴスラン教授とメランソン准教授ですが、実は、先月、オタワの日本大使館にいらっしゃったのです。

Origami and Kirigami: from Art to Engineering

  7月11日(土)、モントリオール工科大学・機械工学科のゴスラン教授とメランソン准教授は、日本大使館の招待を受けて、日本大使館・講堂でのファミリー・フレンドリー・イベント「折り紙・切り紙ワークショップ」に参加して下さいました。

 まず、ワークショップの冒頭で、ゴスラン教授とメランソン准教授は、折り紙・切り紙の歴史から始めて、これらの伝統文化が現代の最先端科学にどのように応用されているかを子供達にも分かりやすく説明してくれたそうです。但し、科学ですから、言葉による説明だけでは足りません。百聞は一見に如かず、です。

 説明の後のワークショップは、参加者(大人42人、子供18人)が実際に、折り紙と切り紙を応用した2つのサンプルで伝統から派生した最先端技術を体感しました。

《キリガミ・パラシュート》

次の手順で製作し実験しました。

  • 1枚のプラスチックシートに、切り紙のように多数の切り込みを入れる。
  • そのシートの中央に重りを吊るす。これでキリガミ・パラシュートは完成。そして、
  • キリガミ・パラシュートを落下させる。
  • それぞれの切り込みが開いて、シート全体が逆さの鐘のような形状となる。
  • どのような角度で投下されても、それぞれの切り込みの開閉・伸縮で空気抵抗が生み出され、落下軌道が垂直に安定する。

《オリガミ・シェルター》

 プラスチックシートに折り紙のような折り目のパターンを施した構造で、空気を送り込むことで、平板な状態から立体的な空間へと展開します。

 通常のシェルターは、骨組みが必要です。或いは、空気を送り込み続ける必要があります。要するに、骨組み、又は空気圧という外部からの力によって支えられる構造です。これに対し、オリガミ・シェルターは、素材そのものの折り目によって、畳んだ状態であれ、展開した状態であれ、自立して安定を保つ構造です。

 従って、骨組みや付属部品を必要とせず、畳むと平らな状態になるため、収納や運搬が容易です。紛争や自然災害が発生した際の緊急避難用の仮設シェルターとしての活用が期待されています。

 大人も子供も、キリガミ・パラシュート作りに興奮したそうです。また、実際のオリガミ・シェルターに用いられる構造のサンプル作りにも皆が熱中していたと聞きました。ワークショップでは、終始、質問も途切れることなく、非常に良い雰囲気だったそうです。日本の伝統文化が世界最先端のエンジニアリングへと進化している実態について、最前線にいる2人の若きカナダ人研究者から直接説明を聞き、手ほどきを受けることは実に貴重な機会です。科学の楽しさや素晴らしさを証明するファミリー・イベントでした。

 そこで、一つ素朴な疑問が湧きます。折り紙・切り紙は、日本独自の伝統文化だといいますが、どのように発展して来たのでしょうか? 

折り紙・切り紙の発展〜原点から現代まで

 歴史を紐解けば、紀元前2世紀の前漢の時代に紙の断片は見つかっています。但し、品質は悪く文字を書くのには適さず、包装資材に使われていました。後漢の宦官、蔡倫が「書写材料」としての紙の製法を確立しました。

 その後、紙の製法は日本へ伝わりました。紙そのものは中国による発明ですが、折り紙は日本で独自に発展を遂げます。その背景には、日本では、丈夫で薄い和紙が作られ始めたことがあります。

 その上で、和紙は、神道の祭礼、仏教儀礼、贈答文化、包装文化と結びついて発展しました。和紙を使った折型(おりがた)、熨斗(のし)、紙垂(しで)、水引などは何百年も前から存在していたそうです。江戸時代になると、鶴・兜・船・奴さんなどを折る、折り紙が子供の遊びとして広がります。

 「遊び」と「礼法」が結びついたことで、日本独自の、一枚の紙を切らずに折る芸術として折り紙が体系化されて来たそうです。従って、今や折り紙・切り紙は、日本語がそのまま英語化されて、origami、kirigamiと呼ばれています。

 さて、このような歴史と伝統を持つ折り紙・切り紙ですが、今や折り紙は、「平面を三次元構造へと転換する設計理論」と認識されています。

 更に、切り紙は、「切れ目を入れることで、材料に新たな機能を与える技術」として、近年、折り紙以上に自由度の高い構造設計として注目されています。

 折り紙・切り紙はともに最先端の分野で応用されています。特に、宇宙、医療、ロボティクス、建築、材料科学が注目されています。

《宇宙》

 一言で云えば、「折り畳んで運び、宇宙で広げる」という発想です。人工衛星の太陽光パネル・大型アンテナ・宇宙望遠鏡の遮光膜などで実用化されています。実際、東京科学大学が開発し、JAXAの実証プログラムで打ち上げられた折り畳み式小型衛星(Origami Sat-2)は、折り紙由来の技術が活用されたものです。

 この分野では、日本の航空宇宙学者・折り紙研究者、三浦公亮博士が考案した“ミウラ折り”が有名です。

《医療》

 折り紙・切り紙は、低侵襲医療とも相性が良い技術と言われています。カテーテルで細く挿入して患部で自動展開するという構造が可能となるそうです。例えば、心臓ステント、人工弁、血管内デバイスなどに応用されています。

《ロボティクス》

 折り紙を活用することで、軽量・柔軟・安価で大量生産が可能となると見られています。例えば、災害救助ロボット、探査ロボット、ドローン、ソフトロボット、水中ロボットに応用できるそうです。折り紙構造は「硬さ」と「柔らかさ」を両立できるため生物に近い動きを再現できる点が注目されています。

《メタマテリアル》

 近年、最も注目されている分野です。メタマテリアルとは、材料そのものではなく、その微細な構造によって新たな性質を生み出す人工材料です。折り方や切れ目の配置を変えるだけで、物質の強度・剛性・弾性・柔軟性・衝撃吸収・振動制御・吸収エネルギー・熱伝導・音響特性などを自在に変えることが可能です。つまり、「“素材”ではなく、“形状”あるいは“幾何学”が性能を決める」という新しい材料設計思想で、折り紙・切り紙は、メタマテリアルを実現する有力な設計手法となっています。

 例えば、超高解像度顕微鏡、宇宙船の温度制御、超薄型防音壁、5G・6G通信など、多岐にわたる分野で実用化が進んでいます。

 この分野で注目されているカナダの研究者としては、名門マギル大学のダミアーノ・パシーニ博士です。同大学のメタマテリアル構築グループを率いて、折り紙・切り紙の構造を応用し、再構成可能構造や逆設計を研究。本年、剛性を再プログラムできる折り紙シェル構造を発表しています。

結語

 最先端の科学技術は、秒進分歩とも言うべき、驚異的なスピードで進歩しています。そして、様々な分野や領域が融合し影響し合い、全く新しい発想と技術で世の中を革新しています。そんな中で、折り紙・切り紙という日本の伝統文化が最先端エンジニアリングを導いているのです。しかも、この分野の第一人者がカナダの若き研究者であるというのは、実に誇らしく興味深いものがあります。

 連載『アクロス・ザ・パシフィック』の第1回に相応しい新しき日加交流だと思います。

 それでは、皆様、また来月。

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月から2026年7月まで第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身