ホーム 著者 からの投稿 Naomi Mishima

Naomi Mishima

Naomi Mishima
1633 投稿 0 コメント

第70回 この世にユートピアはない?!

  この時期、オオ何と多くの移住者の方たちが里帰りをしたり、或いは、今もしていることだろう!日本政府が久し振りに、本当に久し振りに、日本国籍保持者以外の人々にも全面的に門戸を開いたのを機に、ドッと「ふるさと」に向かったのである。

 もっとも規制がまだ今のように緩やかでなかった時期でも、ビジネス以外の私用にもかかわらず、面倒な手続きを踏みながらも何回か日加を往復した強者もいた。

 更には、まだオミクロン株の怖さが世間を騒がせていた頃にも「セールで安かったから・・・」と、クルーズ船でアラスカに行った人もいた。「この時期にまさか!?」と思ったのだが、戻ってからは案の定バッチリ陽性反応が出て、下船と同時に指定のホテルに直行。二週間近く隔離させられたが、ラッキーにも保険を掛けていたため全経費が賄われ、上げ膳据え膳の3食付きのホテル住まい。コロナに罹ったのは二回目とのことだが、元気に元の生活に戻った人もいる。

 だが中には後遺症で味覚が失われたり、長い間痰が喉に絡まったり、ふらついたり・・・。ことほど左様に、その後どのような影響が出るかは、人生と同じで先を予見することは難しい。

移住者の多かった年

 日本から戦後カナダに移住した数が一番多かったのは、今から半世紀昔の1973年で、1100余人であった。もちろんその前後にも、かなりの人々がそれぞれの理由によって海を渡り、怖いもの知らずであった若者たちも、今は殆どが「シニア」と呼ばれる年齢になっている。

 当時カナダの色々な場所に定住した移住者たちは、大小の差はあれ、何らかの形で同胞の集まるコミュニテイーをつくり結束した。「そう言うのは嫌い!」と言う人もいるようだが、さりとて、彼らはカナダ人にもなり切れていなかったりする。

 その長い年月の間に、結婚して家族を形成した人、離婚と言う結末を迎えた人、独身を通した人、仕事で大成功を収めた人、事業に失敗した人、評判のいい人悪い人・・・。人間模様は何処に住んでも同じであると、今更ながら思う事である。

 当然ながら幸福度の指数も人によって異なる。だが一番大事なのは、月並みながら健康に恵まれ日々元気に過ごせることではなかろうか。

日本に戻る選択

 そんな元気印の移住者シニアは多い。最近その人たちが長年のカナダ生活に終止符を打ち、日本に戻ると言う話をチラホラと耳にする。

 曰く、日本には安価で美味しい食べ物が山のようにある。庶民に馴染みのラーメン一つ例に取っても、1000円($10)で食べられる。またコロナで以前にも増して利用する宅配は、あの交通渋滞の大都会でも約束の時間にちゃんと配達してくれる。家のリノベーションに至っては、どんな些細な仕事でも誠心誠意仕事をして予定通りに仕上げる・・・。

 ひるがえってカナダはと見れば、ボール一杯のラーメンが、TAXやサービスの良し悪しにかかわらず反強制的に取られるチップを入れると$20もする。宅配が約束の日に届かず一日パカパカと待たされた挙句に翌日になる事も珍しくない。家の中の小さな修理などには、下見のアポを取るだけで一苦労。加えて近年のカナダは医者不足で、特にBC州では100万人が掛かり付けの医者を持てないでいる・・・。

 とは言え、何と言ってもカナダには雄大な自然と、人々の行動に「右に習え」の風習は少ない。となれば写真撮影で全員が「Vサイン」をすることはなく、女性が脚を組むことに批判が集まることもない。そよ風の吹く海辺でもマスクをすることを不思議と感じない慣らされた従順さ。コロナ禍でテレワークが珍しくないのに解消されない満員電車・・・。

「この世にユートピアはない」ある先人の漏らしたそんな言葉が脳裏をよぎる。

朝日が海の向こうから昇る。美しい自然が身近に一杯のカナダ。
朝日が海の向こうから昇る。美しい自然が身近に一杯のカナダ。

サンダース宮松敬子 
カナダに移住してもう何年になるだろう。指一本を10年と数えると、かろうじてまだ片手で済むが、その年月は我が人生の半分以上になる。世間に発表する物書き業を始めて30数年。世の流れに目を凝らすと「That’s not fair!」と義憤を感じる事が多く私を奮い立たせる。そんな自分の感性を頼りに原稿を書き続けている。
URL: keikomiyamatsu.com/
Mail: k-m-s@post.com
サンダース宮松敬子さんのこれまでのコラムはこちらから

男声合唱団Chor Leoniテナー・林長司さんが語る「Christmas with Chor Leoniの魅力」

Photo by David Cooper/Chor Leoni
Photo by David Cooper/Chor Leoni
Chor Leoniで活躍する第2テナー・林長司さん。写真提供:林長司さん
Chor Leoniで活躍する第2テナー・林長司さん。写真提供:林長司さん

 バンクーバー(ブリティッシュ・コロンビア州)を中心に活動するChor Leoni。1992年に設立され、今ではカナダを代表する男声合唱団として国内外で知られている。

 この合唱団で1996年から第2テナーとして活躍している林長司さんに、12月16日から開催されるクリスマスコンサート「Christmas With Chor Leoni」について話を聞いた。

男声合唱団Chor Leoniの魅力

 Chor Leoniは、第1テナー、第2テナー、バリトン、ベースで構成される男声合唱団。約60人が参加している。女声合唱、混声合唱とそれぞれ魅力があるが、男声合唱は「一番上の音と一番下の音がすごくブレンドしやすいんですよね、男性だけというのは。同じ波長なので」と説明する。

 「全体のハーモニーとして聞くので、体感っていうか、感じる部位が違うという感じです。深い、広がった音がします」。よく言われるのは「男声合唱団の迫力が好きとか、あまい感じがいいとか、日本でいうグリークラブみたいな雰囲気が好きという方が多いですね」

 Chor Leoniの音楽の魅力を聞くと、「トラディショナルなものが現代によみがえるみたいな感じの、みんながどこかふるさとを感じるような、親しみを覚えるような、それでいて、歌詞やメロディが我々のアレンジで新しく聞こえる。それがいいんだと思います」と話す。

 指揮者のErick Lichteさんをはじめ、作り手側の「観客のことをすごく思っている音楽観を、聞いている人も感じるのではないでしょうか。リメンバランスデー・コンサートでもそうでしたが、我々の音楽は、やっぱり聞く人の心に共鳴するんだと思います。だから、また来たくなる。そんな期待が魅力だと思います」

今回のクリスマスコンサート「レパートリーが好きですね」

 林さんはChor Leoniのクリスマスコンサートについて、クリスマスツリーの飾り付けの箱を開けたときのワクワク感みたいだと表現した。

 「クリスマスツリーを立てる前に、飾り付けがいっぱい入っている箱を開けた時の感じです。色んなキラキラしたものがいっぱい入っていて、それぞれが少しずつ色や輝きが違って。一つひとつ、思い出が詰まっていて、それをパーって見るような、そんなコンサートですね」と笑顔を見せた。飾りを見ながら、こんなことがあった、これはあそこで買ったとか思い出しながら、「一つひとつ、ツリーにぶら下げていくような感覚を感じていただけるコンサートです」。

 ほぼ全てをChor Leoni用にアレンジした曲でワールドプレミアも多い。「大人から子どもまで皆さんに喜んでもらえるコンサートだと思います」

 だから、Chor Leoniのクリスマスコンサートへの観客の期待が大きいことも実感している。「Chor Leoniのクリスマスコンサートに行ったら100%暖かい気持ちになって帰れる。聞いていて気持ちが一体化できるような、そんな期待感を持って来られる方が多いんです」。その期待にどう応えるか、それも楽しんでいるようだ。

 今年のコンサートは「ここ10年くらいの中では、僕はレパートリーが一番好きですね」という。「1年間色々とサポートしていただいた皆さんに感謝の気持ちを込めて、精一杯がんばらせていただきます」と笑った。

 クリスマスコンサートは、12月16日から3日間、6回公演される。

Christmas With Chor Leoni

日時:12月16日(金)8pm、17日(土)2pm、5pm、8pm、19日(月)5pm、8pm
会場:St. Andrew’s-Wesley United Church(1022 Nelson St, Vancouver)
チケット:20ドル~50ドル
ウェブサイトhttps://chorleoni.org/event/christmas-with-chor-leoni/
曲目:To This Bleak Midwinter、Good Ol’ King Wenceslas、People, Look East、O Little Town of Bethlehem、Cold Moon、Auld Lang Syne、Halcyon Days、Halcyon Days、S’vivon、Two Counting Carols、Jingle Bells、Silent Night

Photo by David Cooper/Chor Leoni
Photo by David Cooper/Chor Leoni

(取材 三島直美)

合わせて読みたい関連記事

企友会、日系ビジネスアワード2022表彰式開催

日系ビジネスアワード大賞を受賞した中村さん。Photo by Vancouver Shinpo
日系ビジネスアワード大賞を受賞した中村さん。Photo by Vancouver Shinpo

 企友会主催日系ビジネスアワード2022&クリスマスパーティーが12月4日、コスタルコールハーバー・バンクーバー・ホテルで開催された。

 日系ビジネスアワード&クリスマスパーティーは、活躍した日系ビジネスや個人を表彰し、日系コミュニティの活性化と親睦を推進するイベント。企友会岡本裕明会長は、今年は例年とは趣向を変え、企友会という枠を超え、対象者を拡大して授賞者を選んだと語った。

企友会岡本裕明会長。日系コミュニティの横のつながりを大事にしていく必要があると語る。Photo by Vancouver Shinpo
企友会岡本裕明会長。日系コミュニティの横のつながりを大事にしていく必要があると語る。Photo by Vancouver Shinpo

 昨年の表彰式は、新型コロナウイルスがまだ収束を見ない中での開催だったが、今年は新型コロナ感染も収束する気配を見せ、日加の往来がほぼ規制なくできるようになったことから「かなりの人が一時帰国という中での開催になりました」と人集めが大変だったと会場を笑わせた。

 2022年の企友会は日系の他団体と連携しながら活動することができたと振り返り、「団体が大きければ、声も大きくなるし、活動もしやすくなる。こういうことも大事だと思っています」と横の連携で日系コミュニティを活性化することが必要と語った。

乾杯の音頭を取った丸山バンクーバー総領事。Photo by Vancouver Shinpo
乾杯の音頭を取った丸山バンクーバー総領事。Photo by Vancouver Shinpo

 在バンクーバー日本国総領事館・丸山浩平総領事は「この地域における日本人の方々、日系人の方々の活動の大きさ、広さ、多彩さ、そして歴史ある奥行きを感じております。社会に貢献されている皆さまに心から敬意を表したいと思います」とあいさつ。乾杯後、会はクリスマスパーティで盛り上がった。今年は約100人が参加した。

2022年日系ビジネスアワード大賞は中村正剛さん(Aburi Restaurants Canada創設者兼CEO)

 2022年企友会日系ビジネスアワードは、新人賞・國光愛さん(Japan Sky Dining代表)、功労賞・唐沢良子さん(Audain Foundation)、大賞は中村正剛さん(Aburi Restaurants Canada創設者兼CEO)が受賞した。

新人賞・國光愛さん
Japan Sky Dining代表

新人賞を受賞したJSDの國光さん。Photo by Vancouver Shinpo
新人賞を受賞したJSDの國光さん。Photo by Vancouver Shinpo

 日本航空やエアカナダの日本行き国際線ビジネスクラス及びエコノミークラスの機内食で和食提供事業を手掛ける。2017年、18年には日本航空中距離路線のMeal and Operation Quality Awardを受賞。2020年から新型コロナ禍で国際線が運休となる中、アイデアと行動力で危機を乗り切り、事業を継続している。

 受賞のあいさつで「この喜びをどのように表現していいのか」と語り、会社のスタッフ、家族、友人、日系女性企業家協会など、多くの人に支えられてここまでこられたと感謝した。

功労賞・唐沢良子さん
Audain Foundation

功労賞を受賞した唐沢さん。Photo by Vancouver Shinpo
功労賞を受賞した唐沢さん。Photo by Vancouver Shinpo

 夫と共に、ウィスラーにAudain Art Museum設立、日系プレース財団へ100万ドルの寄付、Vancouver Art Galleryの移転事業へ1億ドルの寄付、St. Paul’s HospitalのPublic Art ProgramのIndigenous artに400万ドルの寄付など、ブリティッシュ・コロンビア州のアーティストへの支援、日系カナダ人の歴史を守る活動など多岐に渡り多大な貢献をしている。

  「日系にこのような多くのビジネスマンがいらして、大変頼もしく思っております」とあいさつ。来年6月から始まるAudain Art Museumの展示イベントへ「ぜひお越しください」と笑顔を見せた。

大賞・中村正剛さん
Aburi Restaurants Canada創設者兼CEO

日系ビジネスアワード大賞を受賞した中村さん。Photo by Vancouver Shinpo
日系ビジネスアワード大賞を受賞した中村さん。Photo by Vancouver Shinpo

 ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーで「Miku」「Minami」「Gyoza-Bar」を展開。東海岸では「Miku Toronto」「Minami Toronto」「ABURI TORA」「ABURI HANA」をオープン。「ABURI HANA」はミシュラントロント版で星を獲得した。

 「自然食品をどう持続可能な事業にしていくかということを、フードテックやDXを含めて、会社として成長していきたいと考えている」と中村さん。フード産業の仕組みを変えていくという立場で、日本の地方の中小企業から食のグローバル化を進める、美味しいものを提供する前にまずは飢餓を作らないようにする、生産者を守る、レストランで働く人がハッピーと思う環境を整えるなど、これからも続けていきたいと語った。

合わせて読みたい関連記事

カナダ造幣局、故エリザベス女王の2ドル記念硬貨を発行

カナダ造幣局が発行するイギリスの故エリザベス女王を記念した2ドル硬貨のデザイン。Image from Royal Canadian Mint
カナダ造幣局が発行するイギリスの故エリザベス女王を記念した2ドル硬貨のデザイン。Image from Royal Canadian Mint

 カナダ造幣局は、イギリスの故エリザベス女王を記念した2ドル硬貨を発行する。

 2022年と刻印された硬貨は、内側の女王とポーラーベアの部分は通常通りの金色だが、外側の銀色の部分は黒ニッケルが使われ、喪章を表している。

 エリザベス女王は70年の在位の後、今年9月に死去した。カナダ造幣局長兼CEOのMarie Lemay氏は、「女王は70年間カナダの国家元首として君臨し、ほとんどのカナダ人にとって唯一知っている君主」とし、この硬貨は女王を思い出すものとなるでしょうと声明を発表している。

 この記念硬貨は、まず約500万枚発行され、その後は必要に応じて追加発行される予定。今月後半には市場に出回る。

 カナダの硬貨は、1908年のスタート以来、常にイギリス国王の肖像を取り入れてきた。イギリスではすでに、チャールズ国王の肖像が入った硬貨が発行されている。しかしカナダでは、代替わりの際、いつまでに硬貨や紙幣のデザインを次の国王のものに変えるかについて、特に法的な決まりはないと言う。故エリザベス女王の肖像が入った現行の20ドル紙幣も、まだこの先数年は流通する予定となっている。

合わせて読みたい関連記事

The SCIENCE of BOYS~科学のチエで初恋にチャレンジする物語~

次の作品執筆も進む 妹尾エミリーさん。写真提供:妹尾エミリーさん
次の作品執筆も進む 妹尾エミリーさん。写真提供:妹尾エミリーさん
次の作品執筆も進む 妹尾エミリーさん。写真提供:妹尾エミリーさん
次の作品執筆も進む 妹尾エミリーさん。写真提供:妹尾エミリーさん

 リッチモンド出身の科学者Dr.妹尾エミリーさんが小説家デビュー
 子どもたち、なかでもティーンエイジャーには、ぜひ読でもらいたい

The SCIENCE of BOYS
科学のチエで初恋にチャレンジする物語

 ちょっと引っ込み思案で、照れ屋の主人公、エマ坂本12歳。初めてのホームパーティデビューのとき、ある男の子が気になった。でも、どう声をかけてよいかわからない。その勇気もない…そんな彼女に手ほどきをしてくれたのが、科学オタクの少年。人の心の動きや自然現象などを科学のチエを駆使して、エマにアプローチの方法を教えてくれた。はたしてその恋のその行くえは?

 ティーンエイジャーたちの恋心をはぐくむ物語を縦糸に、科学の原理や理論をさりげなく横糸に編み込んだストーリー。失敗あり、希望あり、楽しく読めていつの間にか科学の知識も身についていきます。ぜひ、多くのティーンエイジャーの皆さんに読んでいただきたい本です。

 クリスマスプレゼントにも素敵です。ギフトの専門誌The Science of Boysは、2022 Pubulishers Weekly Hoiday Gift Guide でもプレゼントの最適品として紹介されています。Indigoなどの主要書店のほか、Amazonでもご購入いただけます。

著者へのお問い合わせなどは、http://www.emilyseowrites.com へ。

instagramは、@emilyseowritesへ。

専門誌でもクリスマスプレゼントに推奨。写真提供:妹尾エミリーさん
専門誌でもクリスマスプレゼントに推奨。写真提供:妹尾エミリーさん

(寄稿 佐々 仙)

合わせて読みたい関連記事

工藤壮人選手、バンクーバーに来てくれてありがとう

工藤選手が長く在籍していた柏レイソルの今シーズン最終戦では献花台が用意された。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
工藤選手が長く在籍していた柏レイソルの今シーズン最終戦では献花台が用意された。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito

~工藤壮人選手、32才早すぎる旅立ち~

 2016年のシーズン、MLS(北米サッカーリーグ)のバンクーバー・ホワイトキャップスに所属し、今シーズンはテゲバジャーロ宮崎でプレーしていたサッカー元日本代表の工藤壮人選手が10月21日水頭症で急逝した。
 高校時代から付き合っていた奥さんと今月4才になる愛娘を残しての旅立ち、32才だった。

 彼が最後にインスタグラムに投稿した写真は、Jリーグ250試合出場を自宅でお祝いしている様子で、ケーキの上には250のキャンドルが灯り、当時3才半の愛娘とキャンドルの火を吹き消すシーンだった。昨年オーストラリア・ブリスベンのチームへ移籍した際も、フィールドにいる工藤選手を娘さんが観客席から見ているシーンをアップするなど、最近は娘さんとの2ショット写真が多く投稿されていた。

工藤選手のインスタグラムより (@masato_kudo_offical)
工藤選手のインスタグラムより (@masato_kudo_offical)

 工藤選手は2016年シーズン、バンクーバー・ホワイトキャップスでフォワードとしてプレーをしていたが、フォワードの宿命であるゴール数が思ったようにあげられていなかった。当時のホワイトキャップスはチームプレー重視というより個人プレーを全面に出すスタイルで、前線でボールを持った選手はパスを選択せずに無理な位置からでも自分でシュートを打つというシーンが多かったように思う。
 その前のシーズンまでJリーグ・柏レイソルで日本人最多得点をあげる活躍をし、2013年のJリーグヤマザキナビスコカップでは決勝ゴールをあげ、MVPも獲得した工藤選手にとってはフラストレーションのたまる状況だったと想像できる。

 そしてシーズン開幕から2ヶ月ほど過ぎたシカゴ・ファイヤーFC戦。トップスピードでゴールへ向かう途中、相手ゴールキーパーに衝突し、ピッチで倒れ、試合中にバンクーバー総合病院に運ばれた。
 脳震盪(のうしんとう)を起こし、あごを数箇所骨折していた。
 3歳からボールを蹴り始めた彼が、2ヶ月もサッカーから離れなくてはならないという、サッカー人生で経験したことのない苦しい生活が続いた。
 ワイヤーで口内を固定され、流動食のみの生活にも関わらず、2ヶ月という短期間で復帰出来たのは、奥さんの献身的なサポートがあったからだろう。

 そして、2016年7月16日のオーランドFC戦。セットプレーから決めた、工藤選手渾身のへディング・ゴール。その日の試合会場だったBCプレースのあの興奮を、私は一生忘れることはないだろう。チームメイト、満員の観客が、怪我から復帰後の工藤選手のゴールを心の底から喜び、会場は熱狂の渦と化した。ゴール直後、彼が真っ先に指を差したのは奥さんが見守っている選手家族席だった。普段は落ち着いてプレーをしている工藤選手が喜びを叫び続けた。

相手ゴールキーパーと接触し、あごの骨を折る大けがから復帰後のゴールを喜ぶ。オーランドFC戦。2016年7月、バンクーバー市BCプレース。Photo by ©Koichi Saito
相手ゴールキーパーと接触し、あごの骨を折る大けがから復帰後のゴールを喜ぶ。オーランドFC戦。2016年7月、バンクーバー市BCプレース。Photo by ©Koichi Saito
両手で23を示す工藤選手。オーランドFC戦。2016年7月、バンクーバー市BCプレース。Photo by ©Koichi Saito
両手で23を示す工藤選手。オーランドFC戦。2016年7月、バンクーバー市BCプレース。Photo by ©Koichi Saito

 それから両手で2と3の文字を頭の上に掲げる。これは当時怪我で欠場していた同じフォワードの23番ケクタ・マネー選手の背番号を指していた。復帰後初ゴールで喜びの絶頂にありながらも、チームメイトのことを思う工藤選手にあらためて尊敬の念を抱いたことを、その時の写真を見て思い出す。

 ホワイトキャップス1年目のシーズンは、顎の怪我もあり、納得のいく成績を残せなかった。
 それでも工藤選手と奥さんはバンクーバーをとても気に入り、長く住めたらいいねとよく話していたそうだ。
 シーズン中も時間があると、コールハーバーやガスタウンを散歩したり、コーヒー好きの2人はカフェ巡りをしながらバンクーバーでの生活を満喫していた。

 そして2016年シーズン終了後、現在日本代表監督で、当時サンフレッチェ広島の監督だった森保一氏からの強い誘いで、2年間在籍予定だったホワイトキャプスとの契約を1年残し、サンフレッチェ広島へ電撃移籍する。Jリーグの舞台で結果を残し、再び日本代表に選ばれ、ワールドカップに出場したい、という願いもあったのかもしれない。当時のバンクーバー・ホワイトキャップスでは難しいと判断したのだろう。

 Jリーグ(サンフレッチェ広島)に復帰した後も、レノファ山口、ブリスベン・ロアーFC(オーストラリア)、テゲバジャーロ宮崎で大好きなサッカーを続けてきた。
 行く先々で献身的にチームのためにプレーし、何処へ行ってもファンやサポーターを大切にする彼の姿に、ますますファンは増えていった。

 シーズンオフも休むことなく自ら子どもたちと触れ合う機会を作り、2017・2019年はバンクーバーでサッカークリニックを開催し、2018年にはインドのデリーなどで現地の子どもたちとボールを蹴るなど、精力的にサッカーの普及にも努めた。

インド・ジャイプールの地元の少年たちとサッカーに興じる工藤さん。2018年1月。Photos by ©Yoshiaki Koga
インド・ジャイプールの地元の少年たちとサッカーに興じる工藤さん。2018年1月。Photos by ©Yoshiaki Koga

 その間もバンクーバーでの怪我のこともあったので、念のため大きな病院で精密検査を受けることを奥さんは何度も勧めていたようだったが、”今はサッカーに集中したい” と言い続けていたと聞いた。
 もし私が彼の立場だったら、病院の検査結果で万が一異常が見つかり、サッカープレーヤーとして現役続行不可能となったら?愛娘にサッカープレーヤーの自分を見せられなくなってしまうかもしれない。そう考えたら私でも検査を先延ばしにしようとしたかもしれない。

 そして、10月18日、日本でも大きく報道されたように工藤選手は水頭症の手術を受けた数日後、容態が急変し、10月21日、家族と別れの言葉を交わせないまま逝去した。
 そのニュースを聞いた時、私は悪い夢を見ているのだと信じていた。現実として、どうしても受け入れられなかった。
 将来家族3人はもちろん、娘と2人でいろんな景色をみせてあげたいと言っていた工藤さんがどうして?サッカーの神様は何故?と何度も自問したが答えは出なかった。

 下記に、今年11月に日本で撮影した写真を掲載するが、もともと私はこのような写真を撮りに日本行きのチケットを購入していたのではなかった。手術後1、2週間で退院すると聞いていたので、この時期ならリハビリをしている工藤選手をご家族と一緒に写真を撮ることで励ませるだろうと思っていたのだ。

 でも、それは叶わなかった。
 工藤選手に手向けられたたくさんの花、彼のユニフォームや写真、私はひどく困惑し、目の前で繰り広げられている光景を受け止められずにいた。しかし、それと同時に、工藤選手は日本各地でこんなにも愛され慕われていたのだ、とあらためて知ることができた。
 旅の最後に訪れた宮崎で、工藤選手の奥さんは「最初は夫婦2人、娘が生まれてからは家族3人で、サッカーを通して色々な土地に連れて行ってもらえて、多くのことを経験できたことは、娘の将来にもきっと繋がる」と涙ぐみながらも前向きな思いを語ってくれた。

 今、私から伝えたいのは、“バンクーバーに来てくれて本当にありがとう”という言葉だ。
 工藤選手に出会えたことを私はとても誇りに思う。

 彼ほど周りの人を気に掛けられるプロスポーツ選手を他に知らない。ホワイトキャップス時代、試合終了後には必ず場内を周り、観客と一緒に写真を撮ったり、サインを書いたりして、ロッカールームに引き上げる最後の選手はいつも彼だった。シーズンオフに、バンクーバーで開催されたサッカー教室「工藤ファミリー・サッカークリニック」に参加した子どもたちは、サッカーの神様が工藤選手に会わせてくれた!と、いつまでも感謝することだろう。

 工藤選手がバンクーバーにいる私たちだけでなく、世界の多くの人たちをサッカーで幸せにしたように、私は写真家としてより多くの人を幸せにしたい、より良い写真を1枚でも多く残したいとあらためて強く思った。

2022年ワールドカップ開幕間近の11月始めにも関わらず、日本サッカーミュージアムの入口には工藤選手の日本代表時のユニフォームが展示されていた。2022年11月 東京都 日本サッカーミュージアム。Photo by ©Koichi Saito
2022年ワールドカップ開幕間近の11月始めにも関わらず、日本サッカーミュージアムの入口には工藤選手の日本代表時のユニフォームが展示されていた。2022年11月 東京都 日本サッカーミュージアム。Photo by ©Koichi Saito
工藤選手が長く在籍していた柏レイソルの今シーズン最終戦では献花台が用意された。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
工藤選手が長く在籍していた柏レイソルの今シーズン最終戦では献花台が用意された。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
絶えることのない献花者の列。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
絶えることのない献花者の列。2022年11月千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
献花台に置ききれない花は前に敷かれたブルーシート上もいっぱいに。2022年11月、千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
献花台に置ききれない花は前に敷かれたブルーシート上もいっぱいに。2022年11月、千葉県 柏市 日立柏総合グラウンド。Photo by ©Koichi Saito
試合前の追悼セレモニー、両チーム選手による黙とう。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
試合前の追悼セレモニー、両チーム選手による黙とう。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
柏レイソルのサポーターによる横断幕「柏レイソルの一時代を背負った男、工藤壮人。その魂と偉大な功績は永久不滅。我々の記憶に刻み込まれる」。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
柏レイソルのサポーターによる横断幕「柏レイソルの一時代を背負った男、工藤壮人。その魂と偉大な功績は永久不滅。我々の記憶に刻み込まれる」。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
対戦相手、湘南ベルマーレの横断幕「熱きストライカー工藤壮人を忘れない」。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
対戦相手、湘南ベルマーレの横断幕「熱きストライカー工藤壮人を忘れない」。2022年11月、千葉県 柏市 三協フロンテア柏スタジアム。Photo by ©Koichi Saito
宮崎市内モール内のテゲバジャーロ宮崎のチームショップに展示されたユニフォームと写真。2022年11月、宮崎市宮交シティ・テゲバジャーロ宮崎オフィシャルショップ。Photo by ©Koichi Saito
宮崎市内モール内のテゲバジャーロ宮崎のチームショップに展示されたユニフォームと写真。2022年11月、宮崎市宮交シティ・テゲバジャーロ宮崎オフィシャルショップ。Photo by ©Koichi Saito
宮崎市内モール内のテゲバジャーロ宮崎のチームショップに展示されたユニフォームと写真。2022年11月、宮崎市宮交シティ・テゲバジャーロ宮崎オフィシャルショップ。Photo by ©Koichi Saito
宮崎市内モール内のテゲバジャーロ宮崎のチームショップに展示されたユニフォームと写真。2022年11月、宮崎市宮交シティ・テゲバジャーロ宮崎オフィシャルショップ。Photo by ©Koichi Saito
3人でよく訪れていた宮崎の青島海岸、ここで2人は夫でありお父さんの工藤選手との思い出をたくさん話してくれた。2022年11月、宮崎市 青島海水浴場。Photo by ©Koichi Saito
3人でよく訪れていた宮崎の青島海岸、ここで2人は夫でありお父さんの工藤選手との思い出をたくさん話してくれた。2022年11月、宮崎市 青島海水浴場。Photo by ©Koichi Saito

(写真、文:  写真家・斉藤光一)

合わせて読みたい関連記事

この冬もやっぱりウィスラー!年末年始もイベント満載!!(後編)

ファイアー&アイスショー。2016年12月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ファイアー&アイスショー。2016年12月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ウィスラーマウンテン。2022年11月25日撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ウィスラーマウンテン。2022年11月25日撮影。Photo by ©Hideo Noguchi

 前編に続いて、スケジュールに載っている年末年始のイベントを紹介。まださまざまなイベントがTBA(詳細は後日発表)という状況だけれど、どこまで新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大前の状況に戻っていくだろうか?も楽しみなところ。

 長期の予想では例年並みの降雪予報。ということは結構いいシーズンということになる。数日滑ってみたが、やっぱりウィスラーは楽しいって思う。

 後編は年末年始のイベントを中心に紹介。

12月29日(木)〜31日(土)ウィスラーブラッコム・リージョナル・ジュニア・フリーライド・チャレンジ

 整備されていない急斜面や崖を、いかにスムーズに滑り降りてくるかを競うイベント。ウィスラーやブラックコムをベースに滑っているジュニアのスキーヤーやスノーボーダーたちの腕の見せ所。
 ウィスラーからは世界のトップライダーたちがたくさん育っている。まさに世界への登竜門となるイベント。滑る技術だけでなく、エリア内であれば自由に滑る場所を選べる。なので、地形をどのように使って滑ってくるかが大きなポイント。発想力や想像力も試されるイベントだ。

1月6日(金)〜8日(日)BCスノーボード・シリーズ

 スノーボードのBC大会。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州そのものが世界のトップレベル。そこの一番は将来のオリンピアンである可能性も高い。BC州に住む日本人ももちろん参加できるので、我こそはという人はぜひチャレンジを。

1月12日(木)コカニー・バレー・レース・シリーズ第2戦

 スキーやスノーボード、テレマークスキーの草レースイベント。草レースとはいえ、プロカテゴリーもある。そういう人は元オリンピアンだったり、元ワールドカップレーサーだったりする真剣な草レース大会。年齢別カテゴリーもあり、誰でも参加できる。
 これは冬を通したシーズン戦なので、春にはシーズンチャンピオンが決まる、レース好きの人はぜひ参加してみたい。

1月22日(日)〜29日(日)ウィスラー・プライド&スキー・フェスティバル

 今シーズンで30回を数える冬の定番イベント。北米、もしくは世界中から性的マイノリティの人たちが集まってきて、スキーやスノーボード、食事やさまざまなイベントに参加して楽しむ。もちろんイベントによっては誰でも参加できるものも。この2年間は少しおとなし目な感じだったが今シーズンはどうだろう?
 以前、ファッションショーやMGW(ミスター・ゲイ・ワールド)と呼ばれるミスワールド形式のイベントは見に行ったことがあるがとても楽しかった。興味がある人はぜひ。

 さて、ここからは、いつから始まるかまだわからないイベントを紹介。

ファイアー&アイスショー。2016年12月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ファイアー&アイスショー。2016年12月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi

・ファイアー&アイスショー:毎週日曜日の夕方に行われる無料イベント。ファイアーダンサーと飛び系ライダーのコラボイベント。
・フレッシュトラックとブレックファースト:650人限定で、一般の人より早めに山に登る。朝日が昇るのを見ながら朝食を食べたあと、新雪やきれいにグルーミングされた斜面を滑る。

 両方とも、今のところTBA(詳細は後日発表)のままだが、どういう形で戻ってくるか本当に楽しみなイベント。
 ファイアー&アイスショーは、12月31日のニューイヤーズ・イブには予定されている。そして恒例の花火も予定されているので、年末年始にウィスラーにいる人はぜひ、計画に入れておこう。

 その他の楽しみとしては、11月25日から始まったスケートリンク。ビレッジ内のオリンピックプラザに屋外スケートリンクができていて、誰でも利用することができる。利用料は2ドル、レンタルスケート靴は7ドル。

 また、12月17日から31日までウィスラーカンファレンスセンターで、ウィンターセレブレーションが始まる。これはファミリー向けイベントで、カンファレンスセンター内で、バウンシング・キャッスルやキッズクラフト、サンタとの写真会などを楽しむことができる。入場は無料で、カフェなどもオープンする。

 最後に気になっているのが、オフィシャルにはアナウンスされないがブラッコム氷河エリアのスキー場境界外にある氷河のケイブ。(見に行くのは自己責任)
 かれこれ5、6年は同じエリアにあり、毎年少しずつ大きさや形が変わっているので、今年はどのように変わっているのか個人的には楽しみなところ。

 さてゴンドラ券だが、当日券は窓口で買うこともできるが、ウィスラーブラッコムのオフィシャルサイトからオンラインで申し込んだ方が断然お得。当日の窓口では179ドルから。

 また、滑らずに観光で上がることも可能。雄大な景色を見ながら食事を楽しむのももちろんありだ。観光券は85ドル。

 駐車場は、ウィスラークリークサイドは無料。ここに駐車してクリークサイドのゴンドラがオープンするまではシャトルバスでビレッジまでの送迎がある。

 またビレッジサイドでは、ブラッコムマウンテンの中間駅エリアの駐車場が無料。

イベントの詳細やリフト券の買い方はウエブサイトを参考。
・ウィスラーブラックコムサイト:https://www.whistlerblackcomb.com/
・ツーリズムウィスラーサイト:https://www.whistler.com/

この冬もやっぱりウィスラー!クリスマスやレースのイベントが満載!! 前編

あくまで自己責任で。ブラックコム氷河エリアのケイブ。2022年1月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
あくまで自己責任で。ブラックコム氷河エリアのケイブ。2022年1月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ブラックコム・マウンテンの7thヘブン。2022年1月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi
ブラックコム・マウンテンの7thヘブン。2022年1月撮影。Photo by ©Hideo Noguchi

(文・写真:野口英雄)

合わせて読みたい関連記事

バンクーバー市議会、警察官のボディカメラ装着を可決

バンクーバー市キャンビー通りにあるバンクーバー市警。Photo by The Vancouver Shinpo
バンクーバー市キャンビー通りにあるバンクーバー市警。Photo by The Vancouver Shinpo

 バンクーバー市警察のフロントライン警察官が2025年までにボディカメラを装着することになった。バンクーバー市議会が12月7日、同案を可決した。

 警官のボディカメラ装着は、バンクーバー市ケン・シム市長率いる政党ABCの、重要な選挙公約のひとつだった。しかし、批評家などからは、個人情報が記録されるのではというプライバシーに関する問題、コスト、ボディカメラ装着の効果について研究結果は一様ではないなど、懸念の声が上がっていた。2年前のトロント市警の同様のプログラムでは、費用は3400万ドルと見積もられた。

 またバンクーバー市警察はすでに、来年、ボディカメラ着用のパイロットプログラムを予定しており、来年度の予算に対し20万ドルを要求している。それにも関わらず、今回の案を進めることに対して他党の市議らは疑問を呈し、2025年の本格導入の前にさらなる調査を行うことを要求したが、その修正案は却下された。

 一方で、警察の監視団体であるIndependent Investigations Office of B.C.は、警察官による違法行為をより見つけやすくなるとして、歓迎している。

合わせて読みたい関連記事

今秋BC州内で、6人の子どもがインフルエンザで死亡

  ブリティッシュ・コロンビア(BC)州衛生管理局長ボニー・ヘンリー博士は、12月8日、この秋インフルエンザによって6人が死亡したことを認めた。6人の内訳は、5歳未満が1人、5〜9歳が3人、15〜19歳が2人。早期の所見として、何人かの子どもたちは、インフルエンザ合併症になり得る二次的細菌感染にかかっていると言う。 

 同博士は、「もともと健康な子ども」がインフルエンザで死亡するケースは稀だとしている。最もリスクが高いのは、慢性疾患があったり、アスピリンやASAを長期間に渡って服用しなければならない子ども、また非常に肥満度が高い子どもだと話した。

 もし子どもが呼吸困難になったり、熱が下がってもまたぶり返したり、5日以上発熱が続いたら、細菌感染の可能性があるのでケアを受けるように勧めている。

 現段階で、今年のインフルエンザ流行は、通常より早く始まり、患者数が多いなど特異であり、今後インフルエンザによって死亡した子どもの数を週ごとに発表するとした。

 また、子どもが重症化する可能性があるインフルエンザAの急激な増加を受け、子どもたちに予防接種を受けさせるよう呼びかけた。今年BC州では、生後6カ月以上ならどの年齢の人でも、無料でインフルエンザ予防接種を受けることができる。予約不要だが、オンラインで予約することも可能。

合わせて読みたい関連記事

CPホリデートレインが3年ぶりにカナダを横断

Image from CP twitter
Image from CP twitter

 クリスマス恒例のカナディアン・パシフィック・ホリデートレインが今年は3年ぶりにカナダを横断する。

 2020年、21年は、新型コロナウイルス感染拡大のためにオンラインで開催されたが、今年はトレインと共に生演奏やクリスマス・スピリットを運んでくる。チャリティイベントも兼ねており、参加は無料だが、参加者には、缶詰などの保存がきく食料品や現金による寄付を呼びかけている。

 CPホリデートレインは、カナダを横断するカナディアン・ホリデートレインとアメリカとカナダを走るUSホリデートレインがある。

 バンクーバー(ブリティッシュ・コロンビア州)にやってくるのはカナディアン・ホリデートレイン。11月27日にモントリオール(ケベック州)を出発し、BC州に入るのは12月14日のゴールデンとレベルストーク。それからBC州南部を西に向かい、16日にカムループス、17日にはメープルリッジとピットメドウズに、18日にポートムーディから最終停車地ポートコキットラムに到着する。

 詳しくはCPホリデートレインのウェブサイトを参照。https://www.cpr.ca/en/community/holiday-train

合わせて読みたい関連記事

第23回 日系コミュニティー合同新年会

2023年1月7日(土)5PM開場、6PMお食事
会場:日系文化センター・博物館 (6688 Southoaks Crescent, Burnaby, BC)
会費:ひとり55ドル (12月24日以降は60ドル)

チケットはテーブル8名のグループ代表者がまとめて申し込みをお願いします。おひとりの場合はメールにてお問合せください。
shinnenkai.nikkei@gmail.com 折り返しお支払い方法をお知らせします。
先払いでのお支払いを確認できた先着200名で締め切りますのでご了承願います。
日系センター受付での販売、また当日券の販売はしておりません。
約20団体が協力して参加する日系コミュニティーの一大行事です。新年のご挨拶をする絶好の機会でもありますので、是非ご参加ください。

共催団体:グレーターバンクーバー日系カナダ市民協会、日系文化センター・博物館、日系シニアズ・ヘルスケア住宅協会

カルラ 3 ~投稿千景~

エドサトウ

 カルラはインドネシアでいう火の鳥のことである。奈良にインドネシアのボロブドゥール遺跡に似た古墳の遺跡があることは、カルラの話や、カルラの仏像があることも想像される。

 「とんとんとんからりーーー」サムがうたを歌いながら、仕事小屋で作っているのは、山葡萄をつぶしたジュースでお酒になるワインの元を作っていた。一月もして発酵したら明日香村の外れにある酒船石に持ってゆき、ブドウの種と皮を麻布の袋に入れて大きな酒船石の上で可愛い巫女さんの足でつぶしてもてもらい、ブドウの種や皮ときれいなジュース風のお酒にするつもりである。その赤紫のお酒を身分の高い貴族や天子さまが、ガラスの器で儀式のときに飲まれるという話をサムは、聞いたことがある。

Photo by エドサトウ
Photo by エドサトウ

 酒船石の上でしぼられたお酒は、冬の間にカメの中で熟成させて旧正月のころにはいいお酒になるのであろう。我が家でも今年はブドウが珍しく豊作なので、僕もサムのようにブドウ酒つくりに挑戦したのであるが結果はまだわからない。

 僕の場合は、収穫したブドウを洗い、実をつぶしたジュースを3週間ほど発酵させた後に、これを布袋に入れてしぼり、瓶につめたら、約3リットルのワインらしきものになり、もっか熟成中である。

 ブドウはポリフェノールがたくさん含まれていて、健康にいいらしいけれども、僕がつくろうとしているブドウ酒はお酒というよりは、酸っぱいワインビネガーになるかもしれない。来年の春に試飲するのが楽しみである。

 成功してほどよいワインになれば、酒に弱い僕は酔っぱらって、赤い顔の火の鳥になり、夢はインドネシアに飛んでいるかもしれない。

 かれこれ10年以上も前のことかもしれない。僕はカルラと少女の話を書いてみたいと思い立ち、奈良県に住む少女と月に二度くらいメール交換をしていた。特別な話はしなかったけれど、中学生ぐらいの女の子がカルラという火の鳥の彫り物が舳先についた船に乗り、真っ黒に日焼けした男たちに交じり、黒潮の海流に乗り宮崎県の青島に流れ着いたのは、まだ、大和朝廷ができる前のことであった。

 男たちは、少女をカルラと呼んだ。彼女の顔にカルラのごとくあるようにと火の鳥をイメージした縄文人と同じような入れ墨があり、腕には空を飛べるようにと赤い鳥の羽の美しい入れ墨が描かれていた。鳥のような大きな目が描かれた彼女の顔は、丸木船の舳先に立ち、船の先に丸太などの浮遊物はないか、海に突き出ている岩はないかを見張る役目でもあった。

 でも、やはりまだ子供かもしれない。男たちに「おしっこがしたい!」と叫ぶと、船が止まり、カルラは海に飛び込み船につかまりながら、用をたすのである。ニコニコ笑う男たちに船に引き上げられると、ヒョウタンのふたを取り、コクリコクリと水を少しばかり飲み「ふう!」と声を上げるのである。

 海の日差しは暑く、風は南からやや北東に軽く吹いていた。麻布の小さな帆をカルラが舳先に立て船に固定すると船は男たちが、かいを漕がなくても前にゆっくりと進んだ。男たちは食料として積んできた干したかたい肉や、果物を食べ始める。南国の暑い太陽が容赦なく照り付ける中、真っ黒に日焼けした男たちはホッとしたひと時を過ごすのである。船は風に吹かれてゆっくりと進んでゆく。

 夕暮れになれば、島陰に船を寄せ、海に潜り魚をとる。カルラと長老は火きり棒を板の上でまわして火を起こして料理の用意である。

 こんなことが何日続いたのであろうか?やがて、船は黒潮に乗ったのか、どんどん先に流されてゆくのである。カルラは「この先に何があるのだろうか?」と不安と好奇心が頭の中でぐるぐると渦巻いていているような気がした。

Today’s セレクト

最新ニュース