大塚圭一郎
カナダの最大都市トロントで「街の顔」にもなっているのが、トロント交通局(TTC)が運行する路面電車だ。マイカー利用に比べて二酸化炭素(CO2)排出量を低減できるため、脱炭素化に役立っている。カナダ国旗をイメージさせる白と赤で装飾した低床式車両が行き来する様子は首都オタワをほうふつとさせるが、オタワでは次世代型路面電車(LRT)と呼ばれている。見た目が似ていても、これらはなぜ呼び方が異なるのだろうか?
【TTC路面電車】カナダ東部オンタリオ州トロントの中心部などに11路線あり、延べ約83キロと北米の路面電車として屈指の長さ。線路の幅が1495ミリと独特で、日本の新幹線が採用している標準軌(1435ミリ)より60ミリ広い。前身は1861年に一部区間で開業した馬車鉄道で、その後電車が走るようになった。アメリカ公共交通協会(APTA)によると、2024年7~9月期の平日の平均利用者数は約22万3300人。
1938~95年には自動車と同じように足元のアクセルペダルとブレーキペダルで速度を調整する電車「PCCカー」が定期運転していた。詳しくは本連載第3回参照「カナダ“乗り鉄”の旅」第3回 トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!」。
低床式車両が「トロントの顔」に
トロント中心部の目抜き通りを歩いていると、5つの車体が連なったTTCの路面電車の超低床式車両が走ってくる。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション=現アルストム(フランス)=が製造した電車だ。2014年に営業運転が始まり、19年には全ての車両が置き換えられて「トロントの顔」として定着した。
超低床式のためお年寄りや車いす利用者でも乗降しやすい上、全長28メートルあるため朝と夕方の通勤時間帯の混雑緩和にも役立つ。立った利用者を含めた定員が130人となり、それまでの1両の旧型電車(定員74人)、2つの車体を連結した電車(定員108人)と比べて輸送力が向上した。
同じように車体をつなげた超低床式車両が行き来しているのが、同じオンタリオ州のオタワを走る電車「O―トレイン」の東西に結ぶ路線「1号線」(トリリウム線、全長12・5キロ)だ。ボンバルディア・トランスポーテーションを引き継いだアルストムが造ったこともあり、車両の設計がよく似ている。
しかしながら、TTCが「ストリートカー(路面電車)」だと明言しているのに対し、O―トレインを運行するオタワ・カールトン地域交通公社(OCトランスポ)は1号線を「ライトレール」すなわち次世代型路面電車(LRT)だと定義している。
なぜこれらの呼び方が異なるのかを見ていきたい。
北米最初のLRTはカナダで誕生
TTCの路面電車は、自動車と道路を共用する併用軌道を通っている。多くの停留所は道路に沿って設けられているため、電車が到着すると利用者は車などに気をつけながら乗り降りする。
これに対し、利用者が乗り降りしやすくて建設費も比較的抑えられる路面電車の長所と、近郊まで迅速に結ぶ郊外鉄道の特色を併せ持った「いいところ取り」の公共交通機関がLRTだ。都市の中心部では路面電車と同じように併用軌道を走るものの、線路を敷設する用地を確保しやすい近郊区間ではLRT車両だけが走る専用軌道を設けることが多い。このため併用軌道では比較的低速で走るものの、専用軌道ではスピードアップして郊外鉄道と遜色ないほどの走りを見せる。
北米で最初にLRTが誕生したのは、1978年に営業運転が始まった西部アルバータ州エドモントンだ。運行するエドモントン市の運輸当局「エドモントン・トランジット・サービス」(ETS)が路線網を順次拡大し、現在は3路線の計37・4キロになっている。
LRTは同じアルバータ州のカルガリー都市圏でも整備され、隣国のアメリカでも急速に広がってきた。自動車社会のアメリカにあって西部オレゴン州ポートランド都市圏はLRTだけで移動できるコンパクトシティーを形成し、環境負荷低減につなげたことで「街づくりの成功例」として脚光を浴びた。
LRTが発達しているワシントン州シアトルとカリフォルニア州ロサンゼルス、南部テキサス州ダラス、東部マサチューセッツ州ボストンの各都市圏では日本の鉄道車両メーカー、近畿車両(大阪府東大阪市)が製造した電車が活躍している。
世界遺産の影響で「地下鉄化」
一方、2019年に開業したオタワのO―トレイン1号線は、オタワ中心部で路面電車のような車両が地下に乗り入れて「地下鉄化」しているのがユニークだ。地下を走っているのは、オタワの代表的な観光スポットとなっている国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産「リドー運河」の影響だ。
オタワとオンタリオ湖畔の古都キングストンの202キロを結ぶリドー運河は1832年に完成した。米英戦争の舞台となったカナダにアメリカが侵略することを警戒し、わずか約6年間の突貫工事で造り上げられた。
「オタワ中心部で建設される輸送インフラの規模としてはリドー運河以来の大きさ」(オタワ市)となった1号線の敷設で、大きな難問として立ちはだかったのがリドー運河を越える方法だった。
オタワ中心部のリドー運河に架かる橋は自動車の通行量が多い。それだけに1号線の複線の線路を設け、車線を減らすことになれば渋滞が慢性化しかねないリスクが生じる。
一方、地上には道路に沿って専用軌道を設けられる空間はない。リドー運河の周辺には、連邦議会議事堂の改修に伴って議会上院の議事堂として暫定的に使われている旧オタワ中央駅舎、まるで城のような風格あふれるたたずまいの名門ホテル「フェアモント・シャトー・ローリエ」といった歴史的建造物がひしめいているからだ。
そこで、中心部では1号線の線路が地下に敷かれ、リドー運河の下をくぐる構造となった。
日本では…法律上同じ
このように見た目が似た電車が走っていても、道路上を走っているトロントでは路面電車なのに対し、オタワではLRTと別物のように扱われている。ところがややこしいことに、日本ではこれらが法律上は実は同じ扱いなのだ。
日本には鉄道や索道(ケーブルカー)の運営に関して基本的な事項を定めた1986年制定の法律「鉄道事業法」とは別に、公共の運輸事業を目的とする路面電車(軌道)を監督する1912年制定の法律「軌道法」がある。
線路を敷設する場所について鉄道事業法は「道路上に敷設してはならない」と規定する一方で、軌道法は「線路は道路に敷設すべし」としており、性格の違いを明確に定めている。ところがLRTのための法律はないため、路面電車向けの法律である軌道法が適用されている。
2023年8月に開業した宇都宮駅東口(宇都宮市)と芳賀・高根沢工業団地(栃木県芳賀町)の14・6キロを結ぶ宇都宮ライトレールは、日本で初めて全線を新設したLRTとなった。
だが、同じ軌道法が適用されているため、路面電車と区別するのが難しい点も少なくない。例えば電車が全長約29・5メートルなのは、全長30メートル以内と定めた軌道法に従ったためだ。最高時速が40キロなのも軌道法に基づいている。
トロントにも正真正銘のLRT誕生へ
このように路面電車とLRTは日本の法律に基づくと一緒くたにされ、北米でも一緒にくくられることがしばしばある。
ただ、厳密には異なることを踏まえると最大都市のトロントはTTCの路面電車も、地下鉄も、郊外鉄道「GOトランジット」も、トロント国際空港と結ぶ列車「UPエクスプレス」も、そしてVIA鉄道カナダの都市間鉄道も走っているにもかかわらず、LRTは存在していない。「公共交通機関が発達していて移動しやすい」(地元住民)と定評があるトロントだけに、LRTがないのは画竜点睛を欠く感もある。
そんなトロントでも、正真正銘のLRTが開業を控えている。トロントを東西に結ぶ路線「5号線」(エグリントン線)だ。オンタリオ州の運輸公社、メトロリンクスによると、当初開業するのはマウンデニス停留場とケネディ停留場の約19キロで、うち10キロ超の区間は地下を通る。TTC地下鉄の1号線と2号線、GOトランジット、UPエクスプレスと乗り換えられるため、メトロリンクスは「所要時間が約60%短縮される区間もある」とアピールしている。
2011年に始まった5号線の建設工事は難航し、開業は当初予定していた20年から先送りを繰り返してきた。試運転が始まり、24年の開業目標は実現できるとの見方も出ていたものの越年が決まった。
新年こそ、トロント初の本格的なLRTとなる5号線が営業運転を始めることを夢見て…。読者の皆様におかれましては、どうぞ良いお年をお迎えください!
(カナダ最大都市・トロント編【完】。次回からはVIA鉄道カナダの冒険が始まります!)
共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。