2023年9月27日
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By Naomi Mishima

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カナダから日本を応援:『太平洋を跨ぎBC州と日本を繋ぎながら、誰もが取り残されない学びの場作りを目指す』

At Woodlands Memorial Garden (写真:AK Jump Educational Consulting Inc.)
At Woodlands Memorial Garden (写真:AK Jump Educational Consulting Inc.)

1)Everyone is Welcomeのカナダインクルーシブ教育研修ができるまで

ウエストバンクーバーを拠点にする教育コンサルティング会社主催(AK Jump  Educational Consulting Inc.) 主催の、探究型研修:『Pro-Dツアー:カナダインクルーシブ教育を学ぶ』、2023年3月末に、日本での、障がいの有無なく誰もが学べる普通学級作り、インクルーシブ教育の実現を目指して 開催された。

日本全国から約20名の個人参加で、学生、教育、自立支援団体、政策、福祉関係者達が参加。研修後の昨今ではインクルーシブ教育実施に向けて日本各地で多様な行動を積極的に起こすポジティブな市民の草の根推進活動の波及効果が起こっている。

その横で大きな岩を動かそうと国会や自治体も動き出している。障がいを持ちながらも国会で活躍する参議院議員の木村英子氏が、5月のある国会審議でインクルーシブ教育実施の重要さを説いた。国立市教育委員会は、東京大学大学院教育学研究科(バリアフリー社会作り研究をする)と協力協定を結び、人権委員会も設ける予定だと発表をしたのだ。これは大変画期的な動きである。

『行動に変える勇気』を参加者さんに培ってもらえ、カナダと日本を結ぶ教育のパイプラインができたことが、今回の研修の一番の産物であったと、心から嬉しく思う。

多種の個別最適なサポートが誰でも受けられ、公正に可能性にアクセスできるカナダの教育システムは日本も見習うところが沢山ある。これによって多様な才能を持ちながらも、埋もれてしまっているたくさんの子供達が輝いていける。誰もが学びの中心に、と掲げるカナダのインクルーシブ教育方針は注目すべきである。年齢、性別、障がい、経済層、宗教、民族など関係なく誰もが近所の学校で学べる権利が保障されているのだ。つまり、偏差値や発達障害検査値などの数値で、又は障がいの有無などで、学校を決めなくてよい。又、選ばなくてもいい権利が法律で守られている。人権や人権擁護がしっかり保障されるという基本が国の教育方針に埋め込まれていて、それゆえに学校側は色々な支援を普通学級という一つの舞台ですることを基本にして、すべての生徒達を受け入れる体制である。ちなみに、基本BC州の公立の学校には普通学級しかないから、特別支援学級と呼ばれているクラスは存在しない。

日本の教育現場は残念ながら、特別支援学校、特別支援学級や通級と称し『分けている学校や学級』のほうがまだまだ多い。2022年に国連から分離教育は差別だから直ちにやめるようにとの勧告も出ているのだが、全国でのインクルーシブ教育実現に向けての動きはかなり遅く、逆走気味のところもある。2022年4月27日文科省は「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用(参照文献:https://www.mext.go.jp/content/20220428-mxt_tokubetu01-100002908_1.pdf)について」という通知を全国の教育委員会にしたのだが、その通達に従うとなると、障がいを持つ子供達が普通学級で受けられる授業時間数が今までに比べて減ってしまい、それにより分離教育がかえって促されてしまう可能性が高い。大阪府豊中市の南桜塚小学校のような全くカナダに引けを取らないインクルーシブ教育を50年続行している学校もあるのも忘れてはいけないのだが、「4.27通知」によりこの学校の将来展望にも影が刺してしまっている。大阪府の当事者の保護者たちからは撤回を求める声も上がっている。

そんな日本に何かカナダでできることを求めて、両国の現役教師、元特別支援学校教師、元教師などを含んだVanvoucver Professional Development Team(VPDT)を結成し、世界でも最先端をいくと言われているカナダBC州のインクルーシブ教育を日本に紹介したいと、2023年3月に一週間の視察研修の企画に踏み切った。

研修は、人種や障がい者差別が横行していたカナダの歴史にも触れ、なぜインクルーシブ教育がカナダ国策として使われたかということから入っていくように設定。実際に日系移民の街スティーブストンやウッドランズメモリアルガーデン(ウッドランズスクールは1996年に閉鎖された精神病院で多くの精神障がいがある子供達が隔離されていた施設)を訪問して、過去を振り返った。そして、ウエストバンクーバー教育委員会インクルーシブ教育指導部長、ノースバンクーバー学区評議員長、リッチモンド本間留吉小学校校長、社会福祉専門・研究家や当事者の保護者、Education Assistant経験者などが登壇協力をしてくれた。分離教育が主流だった過去も振り返り、戦後40年以上かけて作ってきたBC州インクルーシブ教育システムについてのセミナーや討論会を実施した。

その並びで小学校、中学校、高校、地域の図書館やバリアフリーの福祉医療研究施設(ICORD: International Collaboration on Repair Discoveries, the Interdisciplinary Research Center)やバンクーバー公共交通機関、スカイトレインやバス乗降を体験見学して、一週間通しインクルーシブ教育環境について日本からの参加者さんたちといろんな方向から一緒に考えた。発達障がい者をもつ日系家族を支援するTwinkle Stars代表、バーンズちぐささんからはカナダの充実した自立支援制度についての話を二時間半たっぷり聞いた。日本で現役公立小学校教員をする運営企画側の一人は、昨年までカナダでEducational Assistant(EA)をされており、特にBC州でのインクルーシブ教育現場でのEA経験と西洋から生まれたインクルーシブ教育の概念を日本の人たちに分かりやすく図式を用いて語ってくれた。

研修から得るものは決まった答えがないもので参加者個々のペースに委ねられた。参加者(バックグランドは様々で、教育関係者、政策関係者、福祉関係者、大学生、障がいを持つ当事者さん達とその介助士さん達、4才の息子さんとの親子参加有)がそれぞれのゴールに向かって短期、中期、長期で目標を考え出していった。『答えのない教室』(Thinking Classrooms)という数学指導法認定講師である、梅木卓也氏(現役バンクーバー高校数学教師)とバンクーバーでCOOP留学中の遠藤弘樹氏(元横浜市高校英語教師)の二人が探究型研修のナビゲーターを務めた。梅木氏は『答えのない教室を』を開会式のアイスブレーカーで実施し、簡単そうに見えて実は難しい、自然な形で考えずにはいられない数学問題にグループごとに取り組んでもらった。取り組み中に言い方を工夫することで円滑なコミュニケーションを図ることも目的とされた。遠藤氏は最終日にそれぞれが出した目標をアウトプットしていくアクティビティとその発表会、そしてその後に参加者同志の交流会に繋いだ。当事者、教育関係者、政策関係者、研究者、活動家といった多様な研修仲間が、インクルーシブ教育の波を起こしたいと、かなり熱くなった。

研修の前には、日本でのインクルーシブ教育の実現の困難さで消沈気味な気持ちを持ち、それをかなり悲観的に共有してくれた参加者も結構いた。この時、はっきり言って、実現に向けて日本の最前線で活躍している方々がこれでは『実現なんて到底無理じゃないか』と感じたのも本音である。はてさて、この研修はどうなるのやらと怪しい雲行きの気配がした。

続く…

寄稿者:高林美樹

高林美樹

プログラムプロデューサー、AK Jump Educational Consulting Inc. Founder
ウィスラーマルチカルチュラルソサエティ理事
Japanese New Immigrant Committee JNIC委員会委員
West Vancouver School District Parent Committee, Equity Diversity Inclusion, メンバー

NY、ロンドンなど合計28年の海外生活で大学院修了、出産、子育てを異文化で経験し、人権を重んじた海外の共生社会、“誰もが取り残されない環境に助けらてきた。2000年に留学・教育コンサルティング会社起業。グローバルリーダー養成、地域とつながるボランティア、文化継承企画をオンラインで多創出。日加商工会議所副会長、共生社会推進団体理事を務め、日加交流活動を通し、インクルーシブで多様な人とひとを繋ぎ社会課題解決策を生み出し、コミュニティ繁栄を目指す取り組みに全力投球中。カナダと母国日本を結び、両国の人々の信頼関係を強め、ともに公正な社会で幸せに暮らせるように貢献することを常に目標としている。

連絡先: Miki@akjump.ca
HPリンク: https://akjump.ca

「静かな元気をくれる」映画『アンダーカレント』今泉力哉監督インタビュー

演技派女優の真木さん。「アンダーカレント」より。©2023
演技派女優の真木さん。「アンダーカレント」より。©2023"Undercurrent”FilmPartners
今泉力哉監督。Photo courtesy of Kadokawa Co./VIFF
今泉力哉監督。Photo courtesy of Kadokawa Co./VIFF

 今泉監督には独特の個性がある。俳優やファッションデザイナーのような雰囲気があり、監督にとどまらない多面性を感じさせる。それもそのはず、彼はNCU(名古屋市立大学芸術工芸学部)を卒業し、吉本総合芸能学院(お笑い芸人養成学校)、ニューシネマワークショップ(映画学校)など複数の映画勉強を経て、映画館でのアルバイト、映画監督・俳優養成学校への就職、先輩監督の俳優ワークショップアシスタントなど、さまざまな角度から映画の勉強と経験を積んできた監督だからだ。

 20本に及ぶ長編映画の他に、短編映画、テレビドラマ、ウェブドラマ、ミュージックビデオ、プロモーションビデオなど製作幅が広く、代表作として「Sad Tea/サッドティー」「Just Only Love/愛がなんだ」「By The Window/窓辺にて」などが挙げられる。売れない映画監督やライター、オタク、恋愛下手な女性などの主人公が共感を呼び、東京国際映画祭でも観客賞を受賞している。

 そんな今泉力哉監督がVIFF(バンクーバー国際映画祭)のために東京から、9月21日、日加トゥデイのインタビューに応じてくれた。

今泉映画について

 映画「Undercurrent/アンダーカレント」は今年VIFFのパノラマ部門に招待された作品。応募4,168点という世界各地からの作品の中で、特に注目度の高い映画を集めた部門での招待。映画のタイトルは「下層の水流」/「底流」という意味で、2004年に漫画家の豊田徹也氏により連載され、2005年に単行本化。2009年にパリのJAPAN EXPOで賞を受賞している。

失踪した夫役は永山瑛太さん。「アンダーカレント」より。©2023"Undercurrent”FilmPartners
失踪した夫役は永山瑛太さん。「アンダーカレント」より。©2023″Undercurrent”FilmPartners

 主人公は真木よう子演じる1人で銭湯を経営している女性。彼女の夫は失踪して行方不明中であり、見かねた友人が探偵を紹介する。同時に少し暗くて地味な男性(井浦新)が銭湯の仕事を求めてやってくる。映画前半で人ごとのように見ていた観客も後半に入ると、まるで自分が重いものを目撃してしまったように慌てふためいてしまう。これは一体何なのか?ヒューマンドラマであり人間スリラー劇ともいえるような恐るべき展開。「人をわかるってどういうことですか?」という探偵のさりげない言葉が光る…

 これは「誰が犯人か、謎は何なのか、というようなサスペンス映画ではないです」と今泉監督。原作の構成に準じた脚本を立ち上げるために、まず漫画家の豊田徹也氏と何度かミーテイングを持ったという。その最初に「この作品をサスペンスにすると後で大したオチがない」と言った豊田氏の意見に耳を傾けた。

 そして原作の根本にある「人をわかるということ」について考えたと言う。「人のことはわからない。相手のことを知らない。知ろうとするけれど知ることができない。さらに(人は)本当の自分のことすらよくわからない。それでも、あきらめないで知ろうとすること、理解しようとすることが大切なのではないか?」というように、そこで起きている人間関係に焦点を置いた。「漫画に書いてある言葉と、人が発する言葉は微妙に違うので」と説明する監督は、漫画の言葉を受け止めながら、「耳で聞いてわかりやすい言葉」に直して独自の脚本を立ち上げたと話す。特に興味深いのは、出演する俳優ほぼ全員が、映画の中で均等に大切なセリフを語っていることだ。

 いつも一緒にいた人がある日黙って消える。残されたトラウマを抱えた人々にとって、その理由を知った方がよいのか、知らない方が幸せなのかと迷うように進行するストーリー。他人を理解した方がよいのか知らない方がうまくやっていけるのか、さりげない問題を無視するのか大きな問題にするか、人が社会におけるさまざまな選択にも映画は問いかける。

美しさと言葉

演技派女優の真木さん。「アンダーカレント」より。©2023"Undercurrent”FilmPartners
演技派女優の真木さん。「アンダーカレント」より。©2023″Undercurrent”FilmPartners

 今泉監督映画に出演する俳優はだれも画面に綺麗に写っている。「監督としてどういうものを期待するか、どういうものに惹かれるかの差はあるけれど」と考えて、「自分はフィクションの美しさを求めているのかもしれない」と続けた。映画の主人公が沈んでいくブルーな水の描写からも漫画の世界を崩さない映像の美しさに目を惹かれる。だが「漫画の世界」と「現在の社会」との違いに監督は触れ、「この漫画は20年近く前のものだけど、芯の問題部分は変わっていないので現在にも通用すると思う」と語った。新型コロナウイルス感染拡大後は日本でも多くのことが「個人」になってきていて、実際に人に会わない設定が増えているそうだ。「人を理解しようとするのに、会う、会わないの差はある」と今後の課題も指摘した。

 監督の映画は自身でゼロから脚本を立ち上げたものと、漫画を使ったものが「半々」だ。今年はNETFLIXで監督の映画「ちひろさん」(安田弘之の漫画)が公開された。有村架純演じる1人のヒロインを追うストーリーは周りの人も繋げていく不思議な群像劇。この映画はアップテンポで軽くて見やすく、映画評論ロッテントマトの観客反応が93%というかなり上位の評価を受けている。2つの映画の製作時期が近かったのだが、「ベースのところは同じ」と監督は語る。主人公の表面とは違う人のさびしさ、抱えている孤独感など、監督が作りながら気がついたそうだ。そして「どちらも自分の中で好きな作品です」と締めくくった。

 映画「アンダーカレント」には一度見ただけでは気がつかない新たな発見が多く、哲学的な名言がいっぱい詰まっている。登場人物ほぼ全員が何かの悲しみや問題を抱えていて、自分の経験を横にいる困っている人にさりげなく話しかけている。すごく人間的で、もし日本へ行ったらそういう人たちに出会えるのかなと想像してしまうほど、優しい映画でもある。ハリウッド映画みたいに大声で泣いたり笑ったり怒ったりしない、日本映画独特の安らぎがあり、タイトルのように「心の奥底」に届く感動映画だ。

 余談だが、この映画の中に監督特有のある種の「気まずさ」を含んだ食卓の場面がある。初対面のよく知らない男性に頼まれもしない朝食を勝手に振る舞う場面だ。監督は「このシーンは女性(真木さん)にとっては 何もおかしな行為ではなく自然な振る舞いであって、何も言えずに巻き込まれたのはむしろ男性(井浦さん)の方で、その気まずさは意識しています」と言うのだが、カナダに住む女性にとってそれはありなのか、本当にそういう女性が日本にいるのかと考えてしまうほどミステリアスな場面。ぜひこの「気まずさ」も映画館の大画面で味わってほしい。

 何気なく「大丈夫です」と微笑む今泉力哉監督には映画のような癒し感が存在する。「アンダーカレント」を見た後は、監督の過去のオリジナル作品も、次回作も気になるに違いない。

「アンダーカレント」上映

9月28日(木)9 pm International Village 10
9月30日(土)12:30 pm International Village 9

バンクーバー国際映画祭ウェブサイト: https://viff.org/festival/viff-2023/

主役の真木よう子さんと井浦新さん。「アンダーカレント」より。©2023"Undercurrent”FilmPartners
主役の真木よう子さんと井浦新さん。「アンダーカレント」より。©2023″Undercurrent”FilmPartners

(取材 ジェナ・パーク)

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性の多様化教育への賛成・反対デモに数千人が参加で逮捕者も

バンクーバー市役所前に掲げられたプライドウィーク開始を告げるレインボー旗。2023年7月31日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today
バンクーバー市役所前に掲げられたプライドウィーク開始を告げるレインボー旗。2023年7月31日、バンクーバー市。Photo by Japan Canada Today

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州の各地で9月20日、州内における性の多様化教育の導入について、賛成と反対、両者のデモが行われた。数千人が集まったとみられる。

 バンクーバー市では1,000人以上、ビクトリア市の州議事堂前には2,500人が集まった。大部分のデモは平和的に行われたが、バンクーバーでは1人、ビクトリアでは2人の逮捕者が出た。ビクトリアでは、警察がデモを「安全でない」とし、議事堂周辺から立ち退くよう参加者に求めた。

 デモのきっかけとなったのは1 Million March 4 Childrenと名乗るグループ。「学校における『ジェンダー・イデオロギー』反対のために立ち上がる」とし、学校教育における性的傾向とジェンダー・アイデンティティのプログラムSexual Orientation and Gender Identity(SOGI)への反対デモを実施。これに対し、SOGI支持派がデモを行ったかたちで、両者衝突。同様のイベントはカナダ各地で見られた。

 B.C. Teachers’ Federation会長クリント・ジョンストン氏は「SOGIはBC州の主な政党の支持を受け、長期に渡って成功を収めている」と話し、反対派の主張は「SOGIでは教師が生徒に性別を変えさせようとしている」などという誤解や無知から生じていると懸念を示している。さらにSOGIについては、生徒が自分自身を含め全ての人々が学校内で自分らしくいることを学ぶためのものであり、人はそれぞれ異なるということ、多様な人々とどう共生し支え合うか考えていくものだと話している。

 バンクーバー市ケン・シム市長は同日、今回のデモの前に声明を発表。いかなるヘイト差別も許さないとし「バンクーバーの2SLGBTQI+コミュニティのすべてのメンバー、特にトランスジェンダーであることを理由に標的にされている人々は、自分自身を愛し、祝福されるべきであり、市長と市議会が、偏見、憎悪、差別に立ち向かう際には、常に彼らの側に立っていることを知っていてほしい」と語っている。

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メトロバンクーバー市長、混雑が加速する公共交通機関への補助を求める

Skytrain in Vancouver, British Columbia; File photo © Japan Canada Today
メトロバンクーバーを走るスカイトレイン。 File photo © Japan Canada Today

 メトロバンクーバーの市長が公共交通機関について話し合うMayors Council on Regional Transportation(MCRT)が9月19日に声明を発表、連邦・州政府に対し、210億ドルとなる交通機関拡充プラン「Access for Everyone」への補助を求めた。同プランには、バス便数の倍増、ラピッドバス9路線の新設、スカイトレインの延伸などが含まれる。

 背景には公共交通機関の利用率が地域によっては新型コロナウイルス感染拡大以前の水準を超えているという現実がある。MCRTの議長を務めるポートコキットラム市ブラッド・ウエスト市長は「記録的な人口増加と住宅問題が深刻化するなかで、公共交通機関の拡充が遅れれば、コミュニティで早急に必要な住宅建設が市議会にとっても建設業者にとっても困難になる」としている。

 トランスリンクによると、地域の公共交通機関の混雑状況は急速に悪化している。サレー市やラングレー市では利用率が新型コロナ以前の120%となっており、なかでもいくつかの路線では、4年間で利用率が2倍以上となっている。トランスリンクは、このままでは2025年までに、ラッシュアワー時のバスの10台のうち4台が「著しく混雑している」状況になると予測、政府からの補助を求めている。

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バンクーバー日系人合同教会から10月のお知らせ

  • 収穫感謝Thanksgiving  日英合同礼拝の案内

10月8日(日)午前11時より、礼拝後 Thanksgiving Day Turkey 食事会が行われます。

  • 教会日曜日日本語礼拝の案内

毎週日曜日午前11時より教会礼拝堂で行い、礼拝の後、軽食をいただきながら親睦の時を持っています。クリスチャンでない方も留学、ワーキングホリデーで来られた方も大歓迎です。 Zoom (ID 5662538165、パスコード1225)でオンライン参加もできます。

  • シニア・初心者ラインダンス 毎週土曜午前11時から12時 会費$1、ダンスの後、軽食(実費)をいただきながら交流の時を持ちます。
  • Zoomで聖書を読む会(火曜、水曜)があります。
  • ダウンタウンイーストサイドでサンドイッチ等の手渡し:木曜日午前9時から教会でサンドイッチとコーヒーの準備、10時半から11時の配布のボランティアをしてみませんか?(場所はカーネギーコミュニティーセンタ―横)
  • 結婚、葬儀、その他の人生相談をお伺いします。

お問合せ:604-618-6491(テキスト可)、vjuc4010@gmail.com  牧師 イムまで

住所:4010 Victoria Dr, (Between 23rd and 25th Ave East), Vancouver

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サレーNorthwood 合同教会 日本語会衆 礼拝

10月15日(日)午後2時より。

住所:8855 156 St, Surrey, BC, V3R 4K9

お問い合わせ:604-618-6491(テキスト可)イム、kuniokazaki98@gmail.com 岡崎まで 

10月の自力整体教室のご案内

・熟睡ができないという方

・便秘・腰痛・ヒザ痛・肩こりなどを解決したい方

・今まで何をやっても長続きしなかった方

・「身体が硬くて無理かも?」という方

・治療や薬、他力に頼らず、自分の身体を知って、『自力で健康』『死ぬまで健康』を目指す方

★日系センター教室 (通常教室)

10月6日(金) 第1金曜日(10:30~11:30am)

10月20日(金) 第3金曜日(10:30~11:30am)

★日系センター教室 (日曜日2時間ワークショップ)

テーマは、「身体に必要に体幹筋力をつける・効果的な歩き方」

10月15日(日)  第3日曜日(正午~2:00pm)

★バンクーバーMain教室(祝日開講)

10月9日(月)  Thanksgiving Day (10:30~11:30am) 

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また、Web教室も(月)午後クラス、(木)午前クラス、午後クラス、そして、(土)午前クラスも開講しております。

詳細はお気軽に

☎ 604‐448-8854

jirikiseitai.canada@gmail.com

Webサイト https://jirikiseitaicanada.jimdofree.com/

トロント国際映画祭で「ほかげ」上映「戦後も続く戦争が人々に与える苦しみを描く」塚本晋也監督インタビュー

トロント国際映画祭で「ほかげ」が上映された塚本監督。2023年9月11日。トロント市。Photo by Michiru Miyai
トロント国際映画祭で「ほかげ」が上映された塚本監督。2023年9月11日。トロント市。Photo by Michiru Miyai

 トロント国際映画祭TIFFで、塚本晋也監督の最新作「ほかげ(英語題 Shadow of Fire )」を上映。最優秀アジア映画賞を受賞したベネチア映画祭の直後に現地入りした塚本監督が、取材に応じ作品についての思いなどを語った。

-トロントの前にベネチア映画祭での上映がワールドプレミアでした。会場の反応はいかがでしたか。

塚本-この作品はものすごいインパクトを持って戦争を伝えるというのではなく、これからの世界が少しでも平和でありますようにと祈りを込めた映画。その祈りが静かに伝わったというような感触を受け、とても手応えを感じました。

-監督は海外の映画祭には積極的に出品していらっしゃいますが、どういった理由からでしょうか。

塚本-初めて海外の映画祭に出た時にとてもよい時間を過ごせたのが大きいと思います。日本国内で完結すると思って作った自分の映画を、外国の観客が(日本の観客と)同じような熱狂的な目でスクリーンを見ている、というのがすごくうれしかったんですね。また、世界中の尊敬している監督や俳優にばったりと会えたりする機会でもあるのと、あとは(観客の)最初のリアクションを目の前で見れるので、大事な場だと思っています。

 「ほかげ」は終戦後、生き残った人々が必死に生きようともがく様子を一人居酒屋で体を売って生きる女性(趣里)、食べ物を盗みながら生きる戦争孤児(塚尾桜雅)、片腕が動かない謎の男(森山未來)、若い復員兵(河野宏紀)らを通して描く。塚本監督は「前作の『斬、』、『野火』で人を殺めることの恐ろしさを描いた。今作では、終戦直後の闇市の世界を通して、再びこのテーマに挑む」と話す。

-今回戦後を舞台とされたのはどうしてでしょうか。

塚本-僕自身は戦争が終わりたった15年で生まれたのに、戦争の面影は感じずに育ったんです。自分が生まれたときの足元の地面と戦争があった地面を繋げたい、実感したい、という思いがずっとあったわけです。幼少のころ、渋谷のガード下でシートの上に並べて売られるガラクタや傷痍(しょうい)軍人さんを見かけたのが、今思えば終戦後の闇市の微妙な片鱗を子どもの時に見たのだと思い、闇市を通して戦争があったということを実感し、戦争を身近に感じたいという個人の目的もあり戦後をテーマにしました。

-映画では戦争で生き残った人が、絶望と闇を抱えながら生きる様が描かれています。

塚本-戦争が終わったら皆「よかったー」と太陽に向かって言っているように思っていたんですが、実は戦争が終わっても終わっていない人が大勢いた。それを描かなければ、と思ったんですね。

-戦後も続く復員兵たちの苦しみの描写も多くあります。

塚本-若い人は目の前に平和があり戦争と言ってもピンとこないと思うんです。戦争があると普通の人がこうなってしまう、というのを実感して怖いと思ってもらいたい、というのはありました。

-「ほかげ」というタイトルに込めた思いを教えてください。

塚本-「野火」は戦争の火と生活を営むための火という意味でした。「ほかげ」は戦争の火とその陰で生きる人たちというような意味と、部屋の中に灯した小さな火のゆらぎの影のなかで生きる主人公たち、という意味から決めました。

-最後にこの映画を観る人にメッセージをお願いします。

塚本-これからの世の中を生きる次の世代の人たちが良い時代を生きていけるように、という祈りの気持ちが観てくださる方にも届いたらよいと思っています。

 終戦後も苦しみや悲しみを人々に与え続ける戦争。日本では戦後80年近くも平和が続いているが、世界の各地では今も戦争が起こっている。塚本監督は「世界状況の緊迫感から、この映画は今作る必要があると感じた」と話した。全ての世代に観てもらい戦争のむごさを改めて考えてほしい作品だ。

「ほかげ」

監督・脚本:塚本晋也
出演:趣里、森山未來、塚尾桜雅など

モントリオールで10月4日から開催のFestival du Nouveau cinemaで上映予定。
バンクーバーでの上映は未定。

ストーリー:女は、 半焼けになった小さな居酒屋で1人暮らしている。体を売ることを斡旋され、戦争の絶望から抗うこともできずにその日を過ごしていた。空襲で家族をなくした子供がいる。 闇市で食べ物を盗んで暮らしていたが、ある日盗みに入った居酒屋の女を目にしてそこに入り浸るようになり…。(公式サイトより)
公式サイト: https://hokage-movie.com/

「ほかげ」より。Courtesy of TIFF
「ほかげ」より。Courtesy of TIFF

(取材 Michiru Miyai)

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トロント国際映画祭TIFFレビュー 絞りに絞った3作品を紹介

「Concrete Utopia」より。Courtesy of TIFF
「Concrete Utopia」より。Courtesy of TIFF

 終わってしまいました(涙)。トロント国際映画祭!今年はご存知のように、全米俳優組合と全米脚本家組合のストライキが続行中のため、レッドカーペットは少な目でしたが、それでも日本、韓国、ヨーロッパからは監督や俳優さんが参加しトーキング・ヘッズやポール・サイモン、ニッケルバックなどの音楽関係者がドキュメンタリー映画に合わせて登場したりとそれなりに楽しませてくれました。あ、最終日にはあのSLY様、シルベスター・スタローンも登場し会場から「ロッキー!」コールを受けました。そして肝心な映画の方は、もちろん良作がたくさん上映されオスカーの前哨戦として、しっかり役目を果たしたなぁと感じました。というわけで、今回は私が実際にTIFFで観て良かった映画3作品をご紹介しようと思います。

 紹介した映画の多くは数か月以内には劇場公開になるので、皆さんも機会があったら映画館に足を運んでみて下さい。

American Fiction(Cord Jefferson監督)

American Fiction(Cord Jefferson監督)より。Courtesy of TIFF
American Fiction(Cord Jefferson監督)より。Courtesy of TIFF

 あらすじ-主人公は大学で教鞭をとる黒人の作家。近年本が売れていない彼が書いているものは文学なのに書店では「黒人」セクションに置かれ、出版社からは「黒人らしさが足りない」と拒絶される日々。そんな時、招待された文学フェスティバルで、ステレオタイプな黒人の不幸を描きベストセラーとなった若い黒人作家が大注目を浴びているのを目にし一層やるせない気持ちに。同時に母の病気や家族の問題が重なり、なかばやけくそで「典型的な黒人の物語」を書いて出版社に送ったところ思わぬ方向に話がどんどん進み・・。

 これ、本当に面白かったです!コメディなので笑うところもたくさんあり、それでいて温かい家族のストーリーがあって。人種ステレオタイプって本当にやっかいなもので、アジア人だって映画に出てきてもマフィアか医者ばっかり、みたいな感じありますよね。私たちはダイバースよっ!どやっ!と思って満足そうにしている側と、実はそうじゃないんだよ・・と思っている側、そして大衆は結局見たいものだけを見て喜んでいるという現実をチクッと風刺しています。主演のジェフリー・ライト、そして弟役のスターリング・K・ブラウンなど俳優陣も素晴らしかったです。TIFFではPeople’s Choice Award (観客賞)を受賞しました!

Concrete Utopia(オム・テファ監督)

Concrete Utopia(オム・テファ監督)より。Courtesy of TIFF
Concrete Utopia(オム・テファ監督)より。Courtesy of TIFF

 あらすじ-大地震の後、廃墟となったソウルで唯一倒壊せずに残ったアパートを舞台とするディストピアもの。自分たちが住んでいるアパートが無事だったことに安堵しながらも廃墟となった街を見て途方にくれている公務員のミンソン(パク・ソジュン)とミョンファ(パク・ボヨン)の夫婦。子連れの女が助けを求めて来たので部屋に受け入れたものの、次第に外部からの避難者はビルから排除しようとする声がアパートの住民の間で大きくなり従わざるを得なくなる。混沌とした世界で生き残るために、独自の正義を人としての倫理より優先する人たちと巻き込まれていく人びとを描く人間模様。

 災害はもちろん怖いけど、一番怖いのは人なんだと思わせられる映画。地震後からストーリーが始まるので現実からほど遠い世界が舞台なんですが(セットもすごかった!)、パク・ソジュンとパク・ボヨンの演じる夫婦がとても自然で、災害前の普通に街にいる仲の良い夫婦をふっとイメージさせてくれる演技がすごく良かった。イ・ビョンホンは目が笑っていないぞっとする表情とか、さすがの演技力で魅せてくれます。パク・ボヨンが舞台挨拶の時に、偉大な先輩のビョンホンさんと対峙するシーンが難しくて彼の写真を見ながら目を煮干し?(Dried Anchovies と英訳されていた)と思って練習した、と言っていたのがすごく可愛かったです。

Sing Sing(Greg Kwedar監督)

Sing Sing(Greg Kwedar監督)より。Courtesy of TIFF
Sing Sing(Greg Kwedar監督)より。Courtesy of TIFF

 あらすじ-ニューヨーク州に実在するアート活動を利用したリハビリプログラムRTA(Rehabilitation Trough Art)を実施している刑務所が舞台の物語。役を演じることによって、自分の弱さに向き合い人の心を見つめ直す効果があるというプログラムのもと、メンバーは6か月ごとに次の芝居に向けての準備を始める。ある時新しく加入したメンバーの提案で初めてコメディーを演ることに。各自やりたい役のアイデアを出しオリジナルなとんでもな脚本が出来上がっていくが・・・。演じるという目的を持ち稽古を重ねるなかで、囚人たちの心が繋がり成長してゆく様子を描く。

 なんとなく宣材の写真だけで良さそうだと思って観てみたら大当たりでした!TIFFの時点では決まっていなかった配給会社も、あのA24 に決定したそうなのできっと年明け頃には公開になるのでは。主役級の二人以外は多くの出演者が、題材になった刑務所のRTAプログラムの経験者だそうです。なので楽しい性格もご本人たちの素顔なのかも。アートが人の心に及ぼす力、人が人として生き直す力を見せてくれる心温まる、だけど考えさせられるところも多い映画です。会場では泣いている人もたくさんいて、上映後は長い長いスタンディングオベーションでした!

 追記:もう日本でご覧になった方も多いかとここでは紹介しなかったのですが、Monster(是枝裕和監督)も人の心が繊細に丁寧に描かれていて、最後まで観ないと真実がわからない構成が素晴らしかったです。バンクーバーではVIFFで上映されるので、観に行かれる方は前知識なしで!!行かれることを強くおすすめします!

 そして来週からはバンクーバー国際映画祭VIFFですね!次回はVIFF作品のレビューも予定しているので、良ければお付き合いください!

Lalaのシネマワールド
映画に魅せられて

バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライターLalaさんによる映画に関するコラム。
旬の映画や話題のドラマだけでなく、さまざまな作品を紹介します。第1回からはこちら

Lala(らら)
バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライター
大好きな映画を観るためには広いカナダの西から東まで出かけます
良いストーリーには世界を豊にるす力があると信じてます
みなさん一緒に映画観ませんか!?

「パーシー・フェイス」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第15回

はじめに

 音楽ファンの皆様、カナダ好きの皆様、こんにちは。

 9月も下旬になると、ここオタワでは街中でも紅葉が始まり、随分と秋めいて来ました。一方、山火事は今もって収まっておらず、地球温暖化と大自然の猛威を実感します。安全確保の観点から避難された方々もいらっしゃると思います。お見舞い申し上げます。

 さて、今月はイージー・リスニングの王者、パーシー・フェイスです。1908年4月、トロントのユダヤ系家庭に8人兄弟姉妹の長男として生まれたカナダ人です。米国を拠点に大成功。日本でも人気を博し、1966年以降、自らのオーケストラを率いて来日すること5回。最晩年の1975年の来日コンサートも大盛況でした。

 パーシー・フェイスと言えば、「夏の日の恋」にトドメを刺します。1960年2月22日から9週間連続でビルボード誌ホット100首位に君臨。年間チャートでも首位です。歌のないイージー・リスニングのレコードがこれだけ大ヒットするのは異例のことで、翌61年にはグラミー賞ソング・オブ・ザ・イヤーを獲得しました。これも空前絶後です。元々は59年に公開されたデルマー・デイヴィス監督・製作・脚本の映画「避暑地の出来事」のために映画音楽の巨匠マックス・スタイナーが書いた曲です。要するにパーシー・フェイスは、この映画音楽をカヴァーしたのです。が、楽曲の真髄を浮かび上がらせるフェイスの編曲の賜物で、オリジナルを遥かに超え人々に愛されています。控えめながらキレのあるリズム、ストリングスの主旋律とハーモニーに副旋律の絶妙のバランス、管楽器の効果的な導入。音楽を知り尽くした采配です。既に60年以上前の曲ですが、全く古さを感じさせません。ティム・バートン監督の「バットマン」でもジャック・ニコルソン扮するジョーカーとキム・ベイジンガー扮する写真家ヴィッキー・ベールが美術館で会う場面で、モーツァルト、プリンスの曲の後で非常に効果的に流れていました。

 そんなパーシー・フェイスには、非常に示唆に富む人生の岐路がありました。

神童?

 成功した音楽家であれば誰でも、神童で圧倒的な才能を示す逸話が残っています。フェイスの場合は、7歳でヴァイオリンを習い始めます。音楽とは無縁の家柄でしたが、母親ミニーの強い勧めだったと言います。実は、瞬く間に上達した訳ではありません。ヴァイオリンにはフレットが無いので、左手の指で押さえる場所が1mm違うだけで音程がずれてしまいます。フェイスは左手の運指が不得手でした。ヴァイオリン弾きにとっては致命傷です。しかも肩と首で楽器を支えるのも苦手、その上、弓に塗る松脂の匂いが大嫌いだったそうです。それで、ヴァイオリンは3年足らずで辞めて、ピアノを始めます。ヴァイオリンの運指は不得手でも、ピアノの鍵盤は正確に押さえることが出来てメキメキ上達します。12歳になるとトロントの映画館でピアノ伴奏の仕事を始めたと云います。

 若干の補足をすれば、1920年当時の映画は無声映画。映像だけで、音はありません。故に、映像に合わせて弁士がストーリーを語り、伴奏者が音楽を奏でていた訳です。映画音楽のスコアを読み込んで即座に弾く必要があるので、読譜力は勿論、弁士の語るリズムに合わせる即興力も求められます。何よりも観客を前に弾く訳ですから良き音楽武者修行でもありました。

 そして、14歳でトロント音楽院(現在のRoyal Conservatory of Music)に入学。グレン・グールドの先輩に当たります。フェイス少年の楽才は一気に開花します。1923年、15歳にして、トロント最高の劇場、客席数3,500のマッセイ・ホールにデビューします。敢えて言えば、ニューヨークのカーネギー・ホールのトロント版でしょうか。演目はフランツ・リスト作曲のピアノと管弦楽のための「ハンガリー幻想曲」です。オーケストラとの共演、しかも超絶技巧による派手なパッセージが随所に登場する難曲です。フェイス少年には、コンサート・ピアニストとしての輝かしい未来が待っていました。

塞翁が馬

 ところが、好事魔多し。事故が起きます。

 1926年4月7日のフェイス18歳の誕生日を過ぎた或る日、両親と他の兄弟姉妹は外出していて、フェイスは3歳の妹ガートルードと二人で自宅にいました。ガートルードは何にでも興味を示す年頃、手当たり次第に物をいじり、マッチに手を出し遊んでいました。と、マッチの火が彼女の服に引火して瞬く間に燃え上がりました。恐れ慄き悲鳴をあげるガートルード。フェイスは、愛妹に駆け寄り、とにかく火を消し止めます。素手のまま服の炎と闘ったのです。幸い、ガートルードは火傷しましたが、無事でした。フェイスはと言えば、両手に大火傷を負い、9ヵ月間に渡り両手に包帯が巻かれ続けました。この間、ピアノを弾くことは出来ません。母親とピアノ教師は、神童フェイスのピアニストとしての輝かしい未来に危険信号が灯ったと大変に懸念しました。

 この時期のフェイス自身の心象風景は、想像するしかありません。ピアニストにとって最重要な左右10本の指に大火傷を負い、9ヵ月余に渡りピアノを弾けない状況が続いた事は18歳のフェイスにとって人生最大の関門だったでしょう。ピアノの神童だったが故に、ピアニストとしての道を断念せざるを得ない事実を誰よりも知悉していたに違いありません。落胆しなかった訳がありません。ですが、この時期、フェイスには違う未来が見え始めたのです。ピアノを弾けないので、頭の中で、音楽を鳴らして作編曲をする。自分が構想した音楽が実際にオーケストラの演奏で確認する事の喜びに目覚めるのです。トロント音楽院では、和声学、作曲法の講義を受け、より広い視野で音楽に向き合い、ピアノを超えて、新しい響きを探究する事にのめり込むフェイスです。火傷によって、新しい道が開けたのです。正に「人間、塞翁が馬」です。

編曲家・指揮者への道

 トロント音楽院で、編曲家そして作曲家としてのフェイスの眠っていた才能が一気に開花します。19歳にして、ファイスは地元ラジオ局の音楽番組「シンプソンズ・オペラ・ハウス」の編曲家兼指揮者に抜擢されます。そして、1933年、24歳の時に、CBC(日本のNHKに相当するカナダ放送協会)が放送する音楽番組で編曲と指揮を担当します。

 この時代、ラジオは世の中の最先端メディアです。フランクリン・ルーズベルト大統領が炉辺談話で国民に語りかけていたのも想起されます。そんなラジオ放送で、音楽番組はエンタテインメントの花形です。が、未だ、録音技術も発展途上ですから全て生放送。正確な時間管理と高水準の演奏が求められます。同時に、聴取者の好みをきちんと把握する事が不可欠です。フェイスは、この点においても優れていました。12歳の頃から、劇場でサイレント映画の伴奏をやっていたので、人々が音楽に求める核を察知する本能が進化したに違いありません。フェイスが編曲・指揮する番組は大変好評を博します。

 1938年には番組名に彼自身の名前を冠した「ミュージック・バイ・フェイス」が始まります。この番組は、米国でも放送され、パーシー・フェイスの名前は米国の音楽ファンの間にも浸透して行きます。そして、1940年、32歳となったフェイスは生まれ育ち音楽活動の拠点として来たトロントを旅立って、シカゴに移住。3大ネットワークの一角NBCラジオの看板音楽番組「カーネーション・コンテンティッド・アワー」の音楽監督となります。瞬く間にフェイス流の編曲は米国の聴衆をも魅了し、3大ネットワークの最右翼CBSの番組からも音楽監督として招かれます。

 そして1950年、CBS系のコロンビア・レコードの専属編曲家・指揮者に就任します。音楽を聴く手段として、公演を除けば、ラジオが圧倒的な地位を占めていた時代が終わり、レコード市場が拡大し、個人個人が好みに合わせてレコードを購入する時代が始まる頃です。パーシー・フェイス・オーケストラを編成し、多くのヒット曲をカヴァーしてイージー・リスニングの名盤を生みます。と同時に、トニー・ベネットやドリス・デイらの楽曲の編曲を担当し、自ら伴奏のオーケストラを指揮。また、音楽プロデューサーとしても八面六臂の大活躍をします。

カナダへの回帰と遺産

 フェイスの音楽家としての成功は圧倒的です。ビルボード誌ホット200チャートに21枚ものアルバムを送り込み、グラミー賞も「夏の日の恋」と「ロミオとジュリエット〜愛のテーマ」で2度受賞しています。世界のエンタテインメント産業の中心地ロサンゼルス・ハリウッドが拠点ですし、国籍も米国籍を取得しています。

 しかし、パーシー・フェイスはカナダ出身者としての極めて強固なアイデンティティを持ち続けた“カナダ人”でした。幼少期からの記憶、サイレント映画伴奏、神童、大火傷、そして編曲家・指揮者へと人生の旅路の骨格は全てトロントで出来上がった訳です。米国での成功の後もフェイスは頻繁にカナダを訪れています。

 晩年には、トロント大学音楽学部に寄付をして、優位な人材を発見し、鍛錬し、機会を与えるべくパーシー・フェイス音楽賞を設立。故国カナダへの恩返しでしょうか。

 1976年2月、癌を患い67歳で逝きました。終の住処はロサンゼルス、エンシノでした。60年代以降の音楽の進化は凄まじく、フェイスが試みたかった事、やり残した事はいっぱいあったかもしれません。それでも、12歳でサイレント映画のピアノ伴奏を始めて以来半世紀を超える音楽人生は素晴らしいの一言です。「グレーテスト・ヒット」のジャケット・デザインの好好爺とした笑顔が音楽に満ちた充実した人生の旅路を物語っています。

 パーシー・フェイス、カナダが生んだ世界に誇る音楽家です。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

トルドー首相、シーク教リーダー殺害事件に関与の疑いでインド政府を批判

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州サレー市で今年6月18日に起きたシーク教リーダーHardeep Singh Nijjar氏殺害事件について、ジャスティン・トルドー首相は9月18日の国会で、インド政府の関与があるとみて捜査していることを明らかにした。

 カナダ国籍のNijjar氏は生前、サレー市にあるシーク教寺院のプレジデントを務めるとともに、シーク教徒のインドからの分離独立を支持していた。Nijjar氏の殺害にカナダ全国のシク教徒が反発、インド政府の関与を疑う声が上がっていた。

 トルドー首相は「外国政府がカナダ国内でカナダ人殺害に関与するのは、国家主権の侵害」とし、インド政府に捜査への協力を求めている。対するインド政府はそれを拒否。「分離主義のテロリスト」を野放しにしているとカナダ政府を非難した。

 19日には、メラニー・ジョリー外務大臣がインドの高等外交官を送還したことを明らかにすると、数時間後、インド政府はカナダ人外交官の送還を発表。「インドはカナダ人外交官の内政干渉や反政府活動への関与を懸念している」との声明を出した。

 Nijjar氏殺害事件については、RCMP(連邦警察)が捜査している。

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トロント国際映画祭TIFFで「なすび」さんのドキュメンタリー「The Contestant」上映

ドキュメンタリー映画
ドキュメンタリー映画"The Contestant"より。Courtesy of TIFF

イギリス人女性監督の作品が注目を集める

ドキュメンタリー映画"The Contestant"のクレア・ティトリー監督。Photo credit: Joe Short
ドキュメンタリー映画”The Contestant”のクレア・ティトリー監督。Photo credit: Joe Short

 バラエティ番組「進ぬ!電波少年」の企画「電波少年的懸賞生活」で知られる、なすびさんを追ったドキュメンタリー「The Contestant」(クレア・ティトリー監督)がトロント国際映画祭で上映。上映は2回とも売り切れ、2回行われたプレス向け上映もどちらもほぼ満席となるほど注目を集めた。今回上映のためにイギリスからトロント入りしたティトリー監督が9月10日、取材に応じた。

 1998年から99年に放送された同企画。期間中なすびさんは裸でアパートの一室で生活。衣類、食べ物を含め必要なものは全て、懸賞で当選することによって手に入れなければならず、当選金額の合計が100万円に達成するまで外には出られないという内容。なすびさんが裸で当選賞品を持って踊る様子や空腹に耐えかねて賞品のドッグフードを食す様子などが笑いと話題を呼び、番組は高視聴率を獲得、なすびさんがつづった日記はベストセラーとなった。

 ドキュメンタリーは、なすびさん本人、家族、番組プロデューサーを務めた土屋敏男さん、そして番組を取り上げた海外メディアなどへのインタビューを通して、当時の状況となすびさんの心理状況などを振り返り、懸賞生活後に紆余曲折を経て福島の復興支援に奮闘する現在のなすびさんの姿まで、その生きざまを追う。

 他のプロジェクトのためにネットでリサーチをしている際に「懸賞生活」について知ったというティトリ―監督。「日本のクレイジーな番組企画というのは海外でも知られているのだが、なすびさんについて知った時、これはクレイジーだけで片付けられないものを感じ深く掘り下げたいと思った」と明かす。なすびさんにコンタクトを取り、何度も話し合い、制作にこぎつけた。「番組終了からかなりの年月が経つ今だからこそ、全てを話せるという気持ちになってくれたのではないか」と話す。

 映像はテレビを見ている人が楽しんでいる場面と対象的な、なすびさんの孤独と精神面での辛さやテレビで見守る家族の苦悩を浮き彫りにする。一度は目標を達成したのに更に韓国で続けることが決まった際、企画終了の瞬間を観客の前で収録する際など、時に残酷すぎると思われる状況になすびさんを追い込んだいきさつを土屋プロデューサーが振り返るシーンも収録。「土屋さんにはなすびさんが出演をお願いしてくれた。『なすびがやりたいのなら』と快く同意してくれ『当時の状況を正確に正直に話したい』と当時の土屋さんの立場からの見方を話してくれた。とても勇気がいることだったと思う」とティトリ―監督はその協力に感謝を表す。

 観客からは「なぜ彼は企画を拒否しなかったのか」、「なぜこの様な企画が通ったのか」、「彼は制作側を訴えなかったのか」という質問を受けたという。「当時の日本ではプロデューサーは契約書や同意書もなしに企画を実行する力があったし、若手芸人には断る選択肢はないという風潮があったようだ」と当時の制作現場のあり方に監督自身も驚いたことを明かす。

 「多くの人が企画はある程度やらせ的な部分があると思いながら観ていたとも聞いた。一人の人間の精神的な苦悩が純粋にエンターテインメントとして放映されていた事実は、リアリティ番組が世界中のテレビやYouTubeなどで人気を獲得している現代にも改めて考えてみる必要があると思う」と制作の意義を話す。そして「さまざまなものを克服し、今は人との交流を大切に福島を拠点に活躍しているなすびさんを見てほしい」とメッセージを送った。

ドキュメンタリー映画"The Contestant"より。Courtesy of TIFF
ドキュメンタリー映画”The Contestant”より。Courtesy of TIFF
ドキュメンタリー映画"The Contestant"より。Courtesy of TIFF
ドキュメンタリー映画”The Contestant”より。Courtesy of TIFF

(取材 Michiru Miyai)

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カナダ銀行、政策金利を5%に据え置き

 カナダ中銀銀行は9月6日、翌日物金利を5%に据え置くと発表した。今年7月12日に0.25%引き上げ、5%とした。2022年3月以降、中央銀行の金利を引き上げは10回を数える。

 中央銀行は、「カナダ経済は物価上昇圧力を和らげるために必要な、より弱い成長時期に入った。2023年第2四半期の経済成長は急減速し、生産高は年率0.2%減少。これは、消費の伸びが著しく鈍化し、住宅活動が低下したことに加え、国内の多くの地域で発生した山火事の影響を反映したもの」と報告した。

 「金利上昇の影響が幅広い借り手の支出を抑制したため、世帯クレジットの伸びが鈍化。一方で第2四半期の最終内需は、政府支出と企業投資の押し上げに支えられ1%増加した。労働市場の逼迫は緩やかに緩和し続けている。しかし、賃金の伸びは4%から5%程度にとどまっている」としている。

 今後も、「過剰需要の推移、インフレ期待、賃金上昇率、企業の価格決定行動が2%のインフレ目標達成と整合的かどうかを評価する」とし、中央銀行は、「カナダ国民のために物価の安定を回復させるというコミットメントに断固とした姿勢を崩さない」と必要であれば、今後も金利引き上げがあることを示唆した。

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