令和のRSVワクチン騒動?!

 昨年の今頃、日本では「令和の米騒動」が世間を賑わせました。それにひっかけて言えば、いまブリティッシュコロンビア(BC)州では「令和のRSVワクチン騒動」が起きています。9月から新たに公費負担となったRSウイルス(通称RSV:Respiratory Syncytial Virus)ワクチンの供給がまるで追いつかず、75歳以上の州民の皆さんのフラストレーションは最高潮に達しています。今回は、薬局で日々その問い合わせに対応している薬剤師の一人として、現場の様子をお伝えします。

 この騒動の始まりは、ワクチン接種の招待メールでした。BC州は今年の秋から、連邦政府の資金による新しいプログラムとして、75歳以上の方と60歳以上の先住民の方を対象に、RSVワクチンを無料で接種できるようにしました。使われるのはモデルナ社のmRNAワクチン「エムレスビア(mResvia)」です。実はその少し前、保健所の方から「招待メールが発送されるので、問い合わせがあるかもしれません」と聞かされており、嫌な予感はしていました。案の定、メールが発送されるや否や、電話と薬局カウンターでの問い合わせが殺到したのです。

 RSVは、咳やくしゃみの飛沫、ウイルスの付いた手や物を介して広がる呼吸器系のウイルスです。ほとんどの人が2歳までに一度は感染し、健康な大人であれば軽い風邪のような症状で済むことがほとんどです。カナダでは秋から冬にかけて、インフルエンザや新型コロナと同じ時期に流行します。ところが、高齢者にとってRSVはただの風邪ではありません。年齢とともに免疫の働きが弱まるうえ、心臓や肺に持病を抱える方も多いため、ウイルスが気管支や肺の奥まで入り込みやすくなります。その結果、肺炎を起こしたり、心不全やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、喘息を悪化させたりして、入院が必要になることがあります。

 カナダの保健当局の報告によると、RSVによる入院率は年齢とともに急に高くなり、80歳以上では50代の15倍以上に上ります。入院した80歳以上の方のおよそ10人に1人は、残念ながら病院で亡くなっています。しかも高齢者の場合はRSVの検査が行われないことも多く、実際の数はさらに多いと考えられています。RSVにはこれといった特効薬がなく、治療は酸素吸入や点滴など、症状を和らげる対症療法が中心です。だからこそ、予防のためのワクチンに意味があるのです。

 これまでも自費のRSVワクチンは薬局で販売されていて、私も何人もの方に接種してきました。問題はその価格で、GSK社のアレックスビー(Arexvy)が1回約280ドル、ファイザー社のアブリスボ(Abrysvo)が約260ドル。多くの75歳以上の方にとって、気軽に払える金額ではありません。それが無料になったのですから、問い合わせが殺到するのも無理はありません。ところが、肝心のワクチンがないのです。招待メールから約1週間後、ようやく私の薬局に届いたのは約50人分。地域の75歳以上の人口を考えれば、まさに焼け石に水でした。

 今回の騒動の原因は、州が供給量をはるかに上回る数の招待メールを一斉に送ってしまったことに尽きます。ワクチンは州が各地域の保健所に本数を割り当て、保健所がどの薬局に何本配るかを決めています。しかも、すべての薬局で接種できるわけではありません。BC州内にあるロンドンドラッグスでも、RSVワクチンが割り当てられたのは、ここギブソンズを含めてわずか3店舗だけです。

 正直なところ「苦情はBC州の担当者へお願いします」と言いたい気持ちを抑えながら、状況を説明する毎日です。「次はいつ入荷しますか?」、「分かりません」。「何人分届きますか?」、「まったく分かりません」。「私はいつRSVワクチンを打ってもらえるんですか?」、「本当に分かりません」。心苦しいのですが、そう答えるしかありません。

 こうした混乱は、私の薬局だけではありませんでした。10月13日にBC州薬剤師会(BCPhA)から届いたアップデートによると、接種薬局に選ばれなかった薬局からは不満が、選ばれた薬局からはワクチンがないまま電話対応に追われているという悲鳴が寄せられ、薬剤師会はBCCDC(BC州疾病管理センター)にその懸念を伝えたそうです。

 このアップデートには、現状の要点もまとめられていました。公費負担の対象は75歳以上の方と、60歳以上のファーストネーションの方で、RSVワクチンは一年中いつでも接種でき、効果が長く続くため接種は1回だけで済むこと。まずは介護施設などでの接種を優先し、その後に薬局への追加供給を見直す方針で、追加のワクチンは11月中旬、12月、そして年明けにかけて届く予定とのことです。

 さらに州の案内によれば、過去に自費で打った方は追加の接種は不要で、インフルエンザや新型コロナのワクチンと同じ日に接種することもできます。また、BC州薬剤師会のウェブサイトには、「公費でRSVワクチンを接種できる薬局」リスト(https://www.bcpharmacy.ca/rsv-vaccines)と、自費で接種できる薬局の一覧も載っています。今すぐワクチンを打てなくても、チャンスを逃すわけではないのです。

 最初はお怒りだった地域の皆さんも、少しずつ状況を理解してくださるようになり、最近では「RSVのことで電話が鳴りっぱなしで、あなたたちも大変ね」と同情してくださる方も出てきました。こうした温かい言葉は本当に嬉しく、また頑張ろうと思えます。

 「心配しないでください。大丈夫です。必ず私がRSVワクチンを打ちますから。私を信じて待っていてください!」と、まるで選挙演説のような説得を、私は毎日続けています。75歳以上の公費負担のRSVワクチンを待っている皆さん、順番は必ず回ってきます。当面は、インフルエンザやCOVID-19、肺炎球菌の予防接種(65歳以上は自己負担ゼロ)を済ませ、人混みを避け、手洗い・うがいをしっかりしてください。そして週に1回くらい薬局に在庫を確認しながら、待っていてくださいね。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

「また、お薬の時間ですよ」
2023年7月から始まったブリティッシュ・コロンビア州で活躍する日本人薬剤師・佐藤厚さんのコラム。英語では分かりにくいBC州・カナダの薬事情を分かりやすく解説してくれます。

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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