
今年もバンクーバーに映画の季節がやってきた。秋の恒例イベント、第45回バンクーバー国際映画祭(VIFF)が10月1日から11日まで、バンクーバー市内の各会場で開催された。世界76カ国から長編・短編・シリーズ作品合わせて256作品が集まり、日本関連作品も複数上映された。
その一つが、映像作家で詩人の村岡由梨監督による短編映画「トリステス(Tristesse)」。北米プレミアとして上映された同作は、自分から自分へ送る「映像書簡」という形で、村岡監督の日常、娘への思い、病と闘う愛猫クルミなどを言葉と映像でつづる。
上映に合わせて初めてバンクーバーを訪れた村岡監督に、作品に込めた思いについて話を聞いた。
自分自身に宛てた「映像書簡」

「トリステス」では、村岡監督自身がつづった言葉とともに、娘たちとの日常や愛猫クルミ、日々の中で撮りためた風景が映し出される。制作当時、クルミは病と闘い、次女・花さんも困難な状況にあった。村岡監督は作品解説で、この映画を「病と闘う猫のクルミへ、そして困難な状況の只中にいる娘の花へ捧げます」と記している。
今作で自分自身を「映像書簡」の相手に選んだ村岡監督だが、自らを作品の題材とすることはこれが初めてではない。2002年に映像制作を始めて以来、一貫して取り組んできたのが、自らを被写体とする「セルフポートレート」だ。自身の身体や内面、その時々の人生を映像に残してきた。
その創作は、村岡監督にとって生きることとも深く結びついている。統合失調症の治療のため2009年から制作活動を休止し、2016年に再開した。「生きるために何か作らなければならなかったっていう切迫感があって」と当時を振り返る。
自分自身を撮ることは、単に自分の内側を見つめるだけではない。「作品を作るっていうこと自体が社会的な声だと思うんですね。私なりの社会との接点の出し方みたいな部分があって」
活動再開後、作品は国内外の映画祭で上映され、2021年には「透明な私(Transparent, I am.)」で第67回オーバーハウゼン国際短編映画祭のグランプリを受賞した。2018年からは詩を書き始め、それまで音楽と映像を中心に作品を作っていた村岡監督に「言葉」という新たな表現が加わった。
映画を作る自分と、生活する自分
長年、自分自身を作品にしてきた村岡監督が、「トリステス」であらためて向き合うことになったのが「生活者としての自分」だった。「映像書簡を自分相手に作ろうと思った時、その生活者としての自分みたいなのは避けては通れなくなってしまったんです」と制作の背景を語る。
映画を作り、詩を書く一方で、村岡監督は介護の仕事をし、母親として家族と暮らしている。「アートとか詩だけでは、私たちの日常生活は維持できない。仕事をしてお金を稼がなければいけない」。介護の現場で映画を作っていることを話すと、「そんな風に見えない」「高尚な趣味をお持ちですね」などと言われ、その言葉に傷つくこともあったという。
作品を作る「表現者としての自分」と、働き、家族と暮らし、日々の問題に悩む「生活者としての自分」。自分自身を宛先にした映像書簡を作ることで、これまでの創作活動だけではなく、その背後にある生活とも向き合うことになった。
クルミの病気、娘への思い 日常が詩になる

制作当時、愛猫クルミは病と闘っていた。その姿をそばで見ながら、村岡監督は死を強く意識するようになった。「すごいつらい現実なんだけれども、やっぱり受け入れなければいけない。いつか私もクルミも死ぬわけですから」と、避けることのできない別れについて語る。
村岡監督が詩を書く時、その出発点になるのは、その時に自分が一番困っていることや悩んでいることだという。苦しさや葛藤を言葉にすることで、感情が解放される「カタルシス」が生まれると話す。「トリステス」でも、クルミの病気や娘が置かれていた状況など、当時抱えていた思いを詩として書くことが必要だったという。
娘への複雑な思いは、作品に登場する青いチョウの標本にも重ねられている。村岡監督にとってチョウは「美しい娘たちの象徴」。しかし、チョウを美しいまま標本にしておくことは、その自由を奪うことでもある。「娘たちをすごく愛しているんだけども、それってなんかその自由を奪っていることなんじゃないか。貼り付けにされてるって、自由を奪われた象徴だと思うんですよ」。
愛するからこそそばに置いておきたい気持ちと、一人の人間として自由にしなければならないという思い。母親として抱える矛盾した感情を、チョウの標本に重ねた。娘たちへの愛情だけでなく、その裏側にある複雑な思いも隠さず詩に込めたという。
完成した「トリステス」は、一人暮らしを始めた花さんの部屋で、一緒にスマートフォンで見た。映画を見終わった後に、村岡監督が「ちょっと泣いちゃった」と伝えると、花さんも「私もちょっと泣いちゃった」と話したという。「その時の状況とかを思うと、やっぱり涙が出ちゃいます」と、制作当時の家族の状況を振り返った。
個人的な物語が、海を超えて世界に

仕事をし、家族と暮らしながら日常を撮り溜め、「トリステス」は構想から完成まで約2年をかけて形になった。今年4月28日から5月3日までドイツで開催された第72回オーバーハウゼン国際短編映画祭でワールドプレミアを迎え、ベトナム、フィリピンでも上映。VIFFでの北米プレミアに続き、スウェーデンの第45回ウプサラ短編映画祭の国際コンペティション部門にも選出されている。
村岡監督は今年5月に映画祭参加のためドイツを訪れ、文化や言語の異なる観客が自分や家族の物語を自身の経験に重ねて受け止めてくれたことが印象に残ったという。これは作品が上映された世界各地で実感したことだった。
自分自身を撮ることから始まり、やがて家族や日々の生活も含めて作品にしてきた村岡監督は、「個人を突き詰めていけば、いつか世界につながるっていうふうに信じていて」と話す。
「家族も個人の集まりじゃないですか。個人が集まって家族になって、家族が集まって国になる」と、自分や家族について深く掘り下げることが、他の誰かの人生にもつながっていくと信じている。
「私たちの物語なんだけれども、やっぱり他の人たちにとっても物語でもある」。自分自身への「映像書簡」として生まれた「トリステス」は、海を越え、バンクーバーで北米プレミアを迎えた。「自分たちの物語として引き受けて見てくださったら幸いです」と、最後に思いを語った。

(取材 田上麻里亜/写真 加藤さくら)
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