毎年、夏休みになると妻と子供は1ヶ月ほど日本に滞在しますが、日本の暑いことといったらありません。妻が言うには、「これは天然サウナで、その気候に慣れるしかない、ずっといれば慣れてくるもの」だそうですが、それでも日中40℃ともなると大変ですよね。日本の大学に勤務する私の知人が最近タイに出張したそうですが、日本の方がバンコクよりも暑いと言っていました。もちろん最近のニュースでは、フランスをはじめとするヨーロッパ各国でも猛暑が続き、フランスだけでもこの1、2か月の間に5000人以上が熱中症で亡くなったと報じられていますから、世界規模での温暖化であることは言うまでもありませんが、とにかく尋常なことではありません。
バンクーバー近郊でも、今年は6月下旬に気温と湿度が一気に上がった時期がありましたね。私は体がうまく順応できず、ややぐったりする日が続きました。そう、人の体というのは恒常性を保つようにできていますから、突然の変化に対応するには時間がかかるのです。それでも急に発汗量が増えるわけですから、対応策はといえば、やはり水分補給が基本となります。
気温が高い日には、水を飲めば大丈夫と思いがちですが、実はそれだけでは足りません。汗をたくさんかくと、体からは水分だけでなく、ナトリウム(塩分)やカリウムといった電解質も失われます。では何を飲むかが問題です。普段の水分補給には、日本人が昔から慣れ親しんだ麦茶が向いていると思います。カフェインを含まないので利尿作用の心配がなく、糖分もゼロなので糖尿病の方も安心して飲めます。こまめな水分補給にはうってつけです。ただし塩分はごくわずかしか含まないため、汗だくになった日は食事などで塩分を補う必要があります。
一方で、電解質補給を謳うスポーツドリンクは少し考える必要があります。長時間の運動で大量に汗をかく場面では確かに役立つのですが、電解質と糖分のバランスをとってはいるものの、どうしても糖分が多くなってしまいます。商品にもよりますが、甘党の私でさえ、甘過ぎると感じてしまうほどスポーツドリンクは甘いのです。そして糖分の多いペットボトルの飲料に慣れてしまうと、ペットボトル症候群になる恐れがあります。
ペットボトル症候群とは、1990年代後半、日本で清涼飲料水の自動販売機が普及した時期と重なって症例報告が増えたことから、日本の医学界で広まった通称です。医学的には清涼飲料水ケトーシス、正式には糖尿病性ケトアシドーシスに分類されます。糖分の多い飲料を大量に取ると血糖値が上がり、腎臓が余分な糖を尿に捨てようとして尿量が増え、体から水分が失われます。すると、またのどが渇いて甘い飲み物に手が伸びる。この悪循環で血糖はどんどん上がっていきます。やがて膵臓が疲弊してインスリンが足りなくなると、体は脂肪を分解してケトン体という酸性の物質を作り始め、これが血液にたまることで、強い口の渇きやだるさ、進行すると意識障害にまで至ることがあります。
ペットボトル症候群になりやすいのは、自覚のないまま糖代謝に問題を抱えている方です。それまで糖尿病と診断されたことがなく、本人も健康なつもりでいたのに、大量の糖分摂取が引き金となって、隠れていた糖代謝異常が表面化するのです。もちろん、糖分の多い飲料の慢性的な摂取が2型糖尿病リスクを高めるという話自体は北米でも広く知られていますが、これは長期的な糖尿病の発症リスクの話で、急性のケトアシドーシスとは分けて考える必要があります。いずれにしても、糖分の摂取量に気をつけましょうというのが基本になります。
しかし、大量に汗をかいた時や、下痢・嘔吐がある時には、経口補水液(Oral Rehydration Solution: ORS)が必要となることもあります。日本ではOS-1®という商品でおなじみですが、カナダでは売られていません。代わりになるのがPedialyte®という商品で、名前は子供向けですが大人にも使えます。大人向けにはHydralyte®の粉末やタブレットもあり、こちらは携帯に便利です。
また、血圧などの薬を飲むようになると、暑さと薬の相性にも注意が必要です。その代表格は利尿薬。血圧の薬として頻繁に処方されるhydrochlorothiazideなどは、体の余分な水分を尿として出す薬なので、暑い日の大量の汗と重なると、脱水が二重にかかることになります。立ちくらみやふらつきが出やすくなりますので、暑い日はいつもよりゆっくり立ち上がる、外での作業は涼しい時間帯にするといった一工夫と、何よりこまめな水分補給を心がけてください。近年よく処方されるようになった糖尿病の薬に、SGLT2阻害薬(例:dapagliflozin、empagliflozin)というグループの薬があります。腎臓が糖を体に戻すのを妨げ、余分な糖を尿と一緒に外へ出すというユニークな仕組みの薬で、血糖値を下げるだけでなく、心不全の悪化や入院を減らし、腎臓の機能低下を遅らせる効果もある、素晴らしい薬です。ただし夏には注意点が二つあります。ひとつは、糖と一緒に水分も出ていくため、発汗と重なると脱水に傾きやすいこと。もうひとつが、先ほどのケトアシドーシスです。この薬を使っていると、食事がとれない時や脱水が強い時に、血糖値がさほど高くないままケトアシドーシスを起こすことがあります。血糖値を測っても異常が見つからないため気づきにくいのが厄介なところ。夏の暑い日に吐き気やだるさを感じたら、血糖値が正常でも医療機関で受診してください。
もうひとつ知っておいて頂きたいのが「シックデイルール(sick day rule)」という考え方です。嘔吐や下痢、発熱で食事や水分がとれない時、つまり体が脱水に傾いている時には、一時的にお休みしたほうがよい薬があります。利尿薬のほか、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(例:ramipril, lisinopril, perindopril)やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(例:candesartan, valsartan)といった高血圧の薬、メトホルミンやSGLT2阻害薬のような糖尿病の薬、そしてイブプロフェンやナプロキセンといった市販の痛み止めです。脱水で腎臓への血流が減っている時にこれらが重なると、腎臓を痛めたり、薬が効きすぎたりすることがあります。
さて、このコラムが掲載される頃、私は学生時代以来のテニス大会に出場しています。といっても地元の小さな大会ですが、週に何日も練習を重ね、仕事が休みの日には気温が高いうちに練習して、暑さに慣れるようにしてきました。試合前には少しずつ麦茶を飲み、電解質補給用にHydralyteの粉を溶かした水をペットボトルに用意し、氷で冷やしたタオルをクーラーボックスに入れて、熱中症予防に備える予定です。このように、夏の体調管理は、気合いよりも準備です。私も熱中症で倒れないように頑張ります。
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佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
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