庭づくりとは、完成のない永遠のプロセス ―新渡戸ガーデン30年以上ぶりの大改修に込めた想い―

新渡戸稲造先生がこの世を去ってから、90年以上が経つ。

それでも先生が生涯をかけて願った「太平洋の架け橋」という想いは、今も静かに受け継がれている。

その舞台が、UBC新渡戸稲造メモリアルガーデンだ。

この庭を訪れる人の多くは、日本庭園に詳しいわけではない。それでも、庭に流れる静けさや調和、美しさに心を動かされ、何度も足を運んでしまう。

そこには、言葉では説明できない日本庭園の本質がある。

庭園には本格的な数寄屋造りの茶室があり、茶道、華道、香道など、日本文化に触れるイベントも行われている。美しい庭を眺める場所であると同時に、日本文化や精神性を未来へ伝える「生きた日本文化」でもあるのだ。

2026年、その新渡戸ガーデンで、30年以上ぶりとなる大規模改修が行われた。橋の架け替え、池護岸の修景修復、そして四阿(あずまや)の建て替え。

設計から施工まで一貫して担ったのは、Ogawa Landscape Designの小川隼人さんだ。

「このお話をいただいた時、自分の庭を造るという感覚はありませんでした」

小川さんは、そう静かに語る。

「新渡戸ガーデンには60年以上、多くの方々が守り育ててきた歴史があります。私が大切にしたのは、新しい庭を造ることではなく、この庭が本来持っていた姿を未来へ受け継ぐことでした」

長年庭園を管理してきたキュレーターの杉山龍さんも、今回の改修をこう振り返った。

「工事期間中も、多くの来園者から『完成を楽しみにしています』『また庭を歩ける日を待っています』という温かい言葉をいただきました。この庭がどれほど地域の皆様に愛されているかを改めて実感しました」

今回、小川さんに依頼した理由について杉山さんはこう話す。

「小川さんは造園だけでなく、日本建築にも深い知識と技術を持っています。日本庭園を一つの文化として理解し、設計から施工まで一貫して携わることで、図面だけでは表現できない細部まで責任を持って形にできる。それが大きな理由でした」

工事が始まってから、杉山さんが最も感銘を受けたのは、Ogawa Landscape Designの仕事への姿勢だったという。

「皆さんが常に庭のこと、そして来園者のことを第一に考えて行動されていたことです。工事中であっても来園者が少しでも気持ちよく過ごせるよう細やかな心配りをされ、その姿勢から日本のおもてなしの精神を強く感じました」

橋は、新渡戸先生が願った「太平洋の架け橋」という理念を象徴する存在。吉田茂元首相をはじめ、上皇陛下・上皇后陛下も渡られ、新渡戸ガーデンの歴史をずっと見守ってきた橋でもある。

今回の架け替えでは既存の橋脚を生かし、その上に足場を組み、一本一本のダグラスファーを削りながら美しいアーチをつくり上げた。

「図面どおりにはいきません。現場で少しずつ削り、合わせ、また削る。その繰り返しでした」

完成すると一本の橋に見えるが、その裏には何本もの材木が互いを支え合っていて、見えない部分にまで職人の仕事が積み重ねられている。

「日本庭園は、見えない部分にどれだけ手を掛けるかが、何十年先の美しさを決めるんです」

一方、技術的に最も難しかったのは池護岸の修景修復だった。

「石を据えることに、これが正解という答えはありません」

過去の改修で変わってしまった景観を、当時の資料や写真を読み解きながら本来の姿へ近づけていく。でも最後に頼るのは、長年石と向き合ってきた庭師の感性だ。

「石は一つとして同じものがありません。向きや高さが少し違うだけで、表情がまったく変わります」

そのため作業は陸からだけでは終わらなかった。ボートを池に浮かべ、水面側からも一石一石の表情を確認しながら据えていった。

「陸から美しく見えても、水面から見ると印象はまったく違います。歩く人の目線だけではなく、水との関係まで考えて石を据えていきました」

庭師は石を積むのではない。一石一石に、最も美しく見える居場所を見つけて据えていく仕事だ。

四阿は、開園当初から残る束石と差し石を生かし、それ以外を新しく造り直した。実は、施工でいちばん時間と労力がかかったのが、この四阿だった。

カナダでは、日本建築に適した乾燥材が十分に流通していない。そのため構造材にはバンクーバーアイランド産のダグラスファーを使い、原木の段階から一本一本を厳選。乾燥機で時間をかけてしっかり乾燥させるところから作業は始まった。

飛石には、京都での修業時代に親しんだ真黒石を寄付し、左官には日本から取り寄せた材料と岡山県産の寒水石を使用した。

「来園者には気付かれない部分かもしれません。でも、日本庭園は見えない部分へのこだわりの積み重ねが、庭全体の空気感や品格をつくるものなんです」

最後に、小川さんはこう語った。

「私は、庭づくりとは完成のない永遠のプロセスだと思っています。

完成した庭を見ることよりも、石を据え、木を組み、自然と対話しながら少しずつ庭が形になっていく時間が、一番好きなんです。

だから私は、設計だけでは終わりたくありません。図面では分からない石の表情、木々の枝ぶり、光や風。その場で自然と向き合いながら判断を積み重ねていくことが、私にとってのものづくりであり、庭づくりの本質です。

そして庭は、完成した瞬間から再び育ち始めます。石には苔が付き、木々は成長し、人が手を入れ、自然と時間が庭を育てていく。

私たち庭師の仕事は、庭を完成させることではありません。自然と時間へ、その庭を託すことです。

これから何十年、何百年という歳月の中で、この庭が多くの人々に愛されながら育ち続けてくれること。それが庭師として、何よりの喜びです」

新渡戸稲造先生が遺した「太平洋の架け橋」という想い。

その想いは90年以上の時を越え、多くの人々の手によって守られながら、この庭とともに未来へ受け継がれていく。

寄稿者 石井貴明(庭屋石井 京都)

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