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Naomi Mishima

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バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ2023・24シーズン開幕コンサート

 バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ(VMO)の2023・24年シーズンが9月9日のオープニングコンサートで開幕する。

 第21回を迎える今シーズンはオープニングに、ピアニストDavid Fung氏を迎え、グリーグのピアノ協奏曲イ短調作品16(Grieg’s Piano Concerto in A-minor)を演奏する。Fung氏はこれまで、クリーブランド・オーケストラ、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、シドニー交響楽団(オーストラリア)、ロサンゼルス・フィルハーモニックと協演している。

 後半は、シベリウスの交響曲第2番ニ長調作品43(Sibelius’s Symphony No.2 in D-Major)を演奏。指揮者はKen Hsieh氏。会場はダウンタウンのオーフュームシアター。

 また、8月31日にはガスタウンで無料の屋外コンサートVMO in Gastownが開催される。時間は午後3時から7時まで。

 詳しくはウェブサイトを。

VMO Season Opening Concert

日時:9月9日(土)7:30pm(7:00pm Pre-Concert Talk)
会場:Orpheum Theatre(601 Smithe Street, Vancouver)
ウェブサイト(チケット): https://vmocanada.com/21th-season-opening-concert/

VMO in Gastown

日時:8月31日(木)3:00 – 7:00pm
会場:ガスタウン(屋外ステージ:1 Water Street, Vancouver)
ウェブサイト: https://vmocanada.com/

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8 ☆「ご自愛ください」は、めっちゃムズい!

 ようやくコロナも明け、青空も広がり、これぞバンクーバーの夏。例年より少し暑い感じもするが、日本と比べると雲泥の差。素敵な盛夏の候、暑中メールを友や生徒などと取り交わしている。格好よく文末に「ご自愛ください」と書いてくれる人も多い。でも時折、「お体ご自愛ください」と記してあるメールも見かける。うーん、気持ちはうれしいが、やはり気になってしまう。

 この「ご自愛ください」はこの表現だけで「お体を大切にしてください」という意味。「自」は「体」を、「愛」は「大切に」を表わしている。よって、「お体」を付けてしまうと、「女の婦人」や「馬から落馬」のような、いわゆる重複表現になってしまう。「お体」など付けず、単に「ご自愛ください」が適切な使い方である。

 この重複表現だが、例えば「後で後悔するぞ~」など会話として使うのであれば、強調やユーモアなども感じられ別に問題なし。しかしメールなどの書き言葉では、文書として残るので要注意。特にこの「お体ご自愛ください」はいろいろ話題になっており、違和感を感じる、ではなく、違和感を覚える人もかなりいるので・・・気をつけなければならない。

 またこの表現、使う相手も結構ややこしい。かなり親しい人に使うと、個人差もあろうが、確かによそよそしさを感じる人も多いのでは。この「ご自愛ください」は公式なビジネス文書などによく使われるので、かしこまった雰囲気を持っている。それゆえ、すごく親しい友達などには使いにくいかも・・・。

 さらに、病気や怪我など患っていることが分っている人にこの「ご自愛ください」は失礼な印象を与えてしまう恐れもある。確かに。

 このように、この「ご自愛ください」の用法はめっちゃムズい。そのあたりを感じてか、最近の若者世代はあまり使わなくなってしまったようである。いとさびし。

 確かに、SNSなどに「ご自愛ください」はそぐわない感じも・・・、でも逆に、親しい卒業生からLINEなどに「まだコロナも完全終息ではないようです。くれぐれもご自愛ください」などと書いてあると、思わず「はい、気をつけますよ」と襟を正したくなる。いとおかし。

 この「ご自愛ください」はなかなか品格漂う、粋な表現である。うまく使いこなして、ぜひ締めの挨拶に使っていただきたい。読者の皆さま、残暑厳しい折、くれぐれもご自愛ください。

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca

「土を喰らう十二ヵ月」の鑑賞チケットを1組2名様にプレゼント!

料理をいただくツトム(沢田研二)と真知子(松たか子)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
料理をいただくツトム(沢田研二)と真知子(松たか子)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 バンクーバー市VIFF Centreで9月1日から上映が始まる沢田研二主演「土を喰らう十二ヵ月」の鑑賞チケットをカナダの日本映画配給会社Momo Filmsからプレゼント。

 上映時間などの情報は、「『土を喰らう十二ヵ月(The Zen Diary)』中江裕司監督インタビュー」を参照してください。

 応募方法は以下の通り。抽選に関してはMomo Filmsの担当となります。

***

『土を喰らう十二ヵ月』のVIFF Centreでの上映でお使いいただける鑑賞チケットを抽選で1組2名様にプレゼントいたします。

-応募条件-

①Momo FilmsのInstagram(@momofilmsinc)をフォロー。

②Momo FilmsのInstagram投稿の中から『土を喰らう十二ヵ月』関連の投稿にいいねを押す。

以上で応募完了となります。

ぜひお好きな『土を喰らう十二ヵ月』の投稿に、いいねを押してくださいね。

-応募期間-

8月22日〜8月27日

-当選発表方法-

当選者した方のみにMomo FilmsのインスタグラムのDMからお知らせいたします。

-確認事項-

非公開アカウントからのご応募はDMが送れないため対象外となります。ご了承ください。
当選された方には2023年8月28日(月)にDMにてご連絡いたします。
当選連絡から1週間経過しても弊社からのDMにご返信いただけない場合は当選が無効となります。

元朝日軍選手上西ケイ氏に在外公館長表彰

花束を受け取る上西ケイ氏(左)と丸山総領事。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
花束を受け取る上西ケイ氏(左)と丸山総領事。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
表彰状を手にする上西氏を囲んで、丸山総領事夫妻、上西ファミリー、朝日チーム選手と家族で記念撮影。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
表彰状を手にする上西氏を囲んで、丸山総領事夫妻、上西ファミリー、朝日チーム選手と家族で記念撮影。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito

 戦前にバンクーバーで活躍した日系人野球チーム「朝日軍」の元選手上西(功一)ケイ氏に8月14日、在バンクーバー日本国総領事館・丸山浩平総領事より、在外公館長表彰が贈られた。

 バンクーバー市内の会場には、2016年に設立されたAsahiから選手や関係者が祝福に駆け付けた。

「こんなによくしてもらって言葉がありません」

受賞のあいさつをする上西ケイ氏。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
受賞のあいさつをする上西ケイ氏。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito

 今年1月に101歳となった上西ケイ氏は、照れくさそうな笑顔を見せて「こんなによくしてもらってから言葉がありません」とこの日の表彰について喜びを語った。

 あいさつでは日本語で、「総領事ならびに新朝日のみなさん、わたくしにこんなにしてもらって、心から厚く御礼申し上げる次第でございます。今後ともよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました」と感謝の言葉を述べた。

 上西ケイ氏の長男エド・カミニシ氏は、この日は欠席した長女ジョイス・シモクラ氏の両ファミリーよりとして、「みなさんからの父への優しさと気遣いにどのような感謝の言葉を述べていいのか分かりません。本当にありがとうございます」とあいさつした。

「ほんとうにうれしく思っています」丸山総領事

表彰状を受け取る上西氏(左)と丸山総領事。それを見届ける朝日チームの選手たち。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
表彰状を受け取る上西氏(左)と丸山総領事。それを見届ける朝日チームの選手たち。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito

 丸山総領事はあいさつで、元朝日軍や上西氏についてはすでに多く語られているが、と前置きしながらも、「もう一度ここで改めて紹介させてもらえれば、朝日軍のフェアプレー精神は現在にも通じ、今の若い選手たちにも受け継がれていると思います」と語り、野球を通じた世代を超えた日加交流への貢献に対して「在外公館長表彰を贈ります」と祝福した。

 そして同席した若い朝日選手たちには朝日のレガシーに誇りを持って継続してくれること期待するとメッセージを贈った。

上西氏と丸山総領事夫妻。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
上西氏と丸山総領事夫妻。2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito

 今年は1月22日に行われたAsahi Baseball Associationの新年会にも出席し、上西氏の101歳の誕生日を共に祝った丸山総領事。「100歳を超えた唯一の(元朝日軍の)選手で、子どもたちにとってもヒーローですし、日系社会にとっても大事な方ですし、お元気でいらっしゃることが我々の力になる、そういう本当に大切な存在だと思うんです」

 その上西氏に「在外公館表彰を受けていただいて、こうやって皆さんに集まっていただいて、本当にうれしく思っています。これからも、子どもたちの心の支えになり、日系社会の象徴的な存在として、お元気でいていただきたい。ほんとうにそう願っています」と上西氏の健康を気遣い、長寿を願った。

朝日の今シーズンが開幕

 朝日チームのシーズンは8月中旬に始まる。Asahi Baseball Associationジョン・ウォン会長によると今シーズンはちょうどこの式典の前日8月13日にサマーセッション初日を迎えたという。今季は登録希望者が多く、ウェイティングリストになっていると説明した。メンバーは約200人。これから春にかけてトレーニングを積む。

 朝日は、今年3月に4年ぶりのジャパンツアーを実施。選手たちは日本で野球を通じた交流を楽しんだと話した。次のツアーは2025年春。今季は選手たちにとって2025年ツアーチーム選抜がかかる大事なシーズンとなる。

朝日ベースボールアソシエーション

 2016年に発足。当時の名称はカナディアン日系ユースベースボールクラブ。2015年に最初のジャパンツアーを実施し、これを機に2016年に創設した。

上西ケイ氏(中央)を囲んで乾杯!2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito
上西ケイ氏(中央)を囲んで乾杯!2023年8月14日、バンクーバー市内。Photo by Koichi Saito

(取材 三島直美/写真 斉藤光一)

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ホワイトキャップス1点遠く…試合内容は今季ベストでアウェイに期待

アースクエイクスがカウンターであっという間にゴールを決める。2023年8月20日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
アースクエイクスがカウンターであっという間にゴールを決める。2023年8月20日、BCプレース。Photo by Koichi Saito

 勝利の女神に見放された一戦だった。圧倒的な攻撃も1点が取れず惜敗。それでも、試合内容は今季ベストと前を向いてホワイトキャップスはアウェイ7連戦に臨む。

8月20日(BCプレース:16,765)

バンクーバー・ホワイトキャップスFC 0-1 サンノゼ・アースクエイクス

前半終了間際、カウンターが機能したアースクエイクスが43分に先制。0-1で迎えた後半は両チームとも得点できず、アースクエイスの唯一の枠内シュートでホワイトキャップスは敗れた。

試合内容は今季ベスト、運がなかったとしか言いようがない

 試合終了後Vanni Sartini監督は「今日勝てなかったのは運がなかったとしか言いようがない」と苦笑しながら語った。今日のチームは今季ベストの内容だったとも。アースクエイクスのシュート数はわずか3、得点はこの試合唯一の枠内シュートだった。一方ホワイトキャップスはシュート数19、枠内シュート8と猛攻した。

 それでも1点も取れなかった。「今日のMVPは(アースクエイクスの)ゴールキーパーだった」とSartini監督。前半の猛攻を止められた。また後半にはAdekugbe(#3)のフリーキックがポールに当たるなど、ゴールが遠い試合となった。

 GK高丘も「チャンスもいっぱいありましたけど決めきれずに、逆に相手の一発のチャンスを決められてしまって」と振り返った。「悔しい負け方ですけど…」と前置きして、「サッカーではよく起こりがちな展開というか、試合は支配してても一発でやられてしまうということがあるんで。そうならないように自分としては準備していたつもりですけど」と反省が口をつく。

 それでも「試合内容的にも悲観する必要はないと思うんで、チャンスもたくさん作れていましたし、あとは最後決めるところ、失点したところのカウンターの対応というところだけだと思うんで」と前を向き、「切り替えて次がんばりたいなと思います」と次の試合に向けて切り替えた。

8月26日からアウェイ7連戦

試合終了後ピッチで円陣を組むホワイトキャップス。中心ではSartini監督が選手を激励する。2023年8月20日、BCプレース。Photo by Koichi Saito
試合終了後ピッチで円陣を組むホワイトキャップス。中心ではSartini監督が選手を激励する。2023年8月20日、BCプレース。Photo by Koichi Saito

 ホワイトキャップスが次にホームで試合をするのは9月30日。それまでの7試合は全てアウェイとなる。理由はBCプレースが他のイベントで使用できないためで、ここまでアウェイ1勝のホワイトキャップスとしてはプレーオフに向けて正念場のアウェイ7連戦となる。

 Sartini監督は「今日のような試合をしていれば必ず勝てる」と自信を見せた。試合後にピッチで円陣を組むという珍しい光景があったが、その円の中心で「今日の負けを引きずる必要はないと声を掛けた」と語った。

 高丘は「アウェイのゲームは、移動だったり、いろんな面を含めてタフになると思いますけど、それぞれがしっかりベストを尽くして試合に臨むということが、大事だと思います。練習でやれていることを試合で出せていることが多いので、そういうことを引き続きやっていくだけかなぁと思います」とこれまで通り練習での成果が結果につながると気を引き締めた。

 この試合から新たに2選手が加わった。DFのSam AdekugbeとRichie Laryea。2人ともヨーロッパのチームで活躍し、カナダ代表として2022年カタールで開催されたW杯にも出場している。

 高丘はDF2人の加入について、「カナダ代表で、ヨーロッパの経験もありますし、そういったものをチームに還元してくれると思いますし、すごいポジティブなエネルギーを持った2人なのでチームにいい影響も出してくれるかなと思います」と語った。チームの雰囲気は相変わらずいいという。

 残り11試合。うちホーム3試合で8試合はアウェイというタフな後半戦が続くが、チーム力でプレーオフ進出を狙う。

 チームはこの日の負けで一つ順位を落として西カンファレンス8位となった。プレーオフ進出は9位まで。9位とはポイントで同じ、10位とは1ポイント差と負けられない状況となっている。ただ、6位とも1ポイント差で、勝てばすぐに上がれる混戦状態。これから一戦一戦の勝ち点が重要になってくる。

今季のホームゲームhttps://www.whitecapsfc.com/

9月30日(土)7:30pm DCユナイテッド
10月4日(水)7:30pm セントルイス・シティFC
10月21日(土)6:00pm ロサンゼルスFC

(取材 三島直美/写真 斉藤光一)

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「土を喰らう十二ヵ月(The Zen Diary)」中江裕司監督インタビュー

料理を教えるツトム(沢田研二)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
料理を教えるツトム(沢田研二)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 映画「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」で日本国内はもちろん、ベルリン国際映画祭をはじめとする海外でも活躍している中江裕司監督。今年9月に監督の最新作「土を喰らう十二ヵ月」(英題「The Zen Diary」)が、バンクーバーで上映されることになった。今回沖縄から中江監督が日加トゥディのインタビューに応じてくれた。

土を喰らった長い撮影

中江裕司監督。2023年7月、オンラインでインタビューに応じてくれた。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
中江裕司監督。2023年7月、オンラインでインタビューに応じてくれた。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 軽快なジャズの音色をバックに、ロードトリップのような東京の風景から始まる映画。どこへ行くのか何が見られるのか、カメラがたどり着くのは信州白馬の山。映画の原作は水上勉によるエッセイ「土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―」(新潮文庫)。原作にストーリーがないため、中江監督は自分でドラマを構成して脚本を書き、映画をスタートさせた。

 「映画はうその世界だけど、お客さんに信じてもらえるように小さなうそはつかない」と話す監督は、映画撮影にかなりの時間を注いだ。まずロケ地を自足で歩いて民家を見つけ、犬も現地でスカウト。主人公の住む場所と働く場所は一緒と決めて、土地を切り開いて畑まで設計・作製。本物の四季を確実に撮るために、およそ1年半、大自然の中に身を置いた。監督にとって沖縄の気温25度から急にマイナス10度になる長野への移動は大変で、自宅と撮影場所の間を何度も行ったり来たりしたそうだ。

シンプルで美味しそうな料理が並ぶ。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
シンプルで美味しそうな料理が並ぶ。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 主人公の作家ツトムは、人里離れた山荘で自分の育てた野菜で精進料理を作るのだが、映画に登場する旬な料理は全て料理研究家の土井善晴さんの献立。梅、しそ、たけのこ、わらび、なす、きゅうり、生姜、大根など日本でお馴染みの野菜を使ったシンプルな一品が勢揃い。一見素朴に見えても、材料の一つ一つに目を通した厳しいプロの目が存在していると感じさせる。さらに土の香りが漂うようなカメラ映像、趣のあるカメラアングルもこの映画を盛り立てている。

往年のファンが喜ぶ俳優陣と製作スタッフ

最後まで素敵な女優だったチエ役の奈良岡朋子(右)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
最後まで素敵な女優だったチエ役の奈良岡朋子(右)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 そして監督が選んだ豪華な俳優陣。主人公は元タイガースのジュリーこと沢田研二、友人役にプレイボーイ俳優として知られた火野正平、また清純派女優の檀ふみなど、どこか懐かしい名俳優が揃う。ジュリーのファンだったというベテラン女優の奈良岡朋子は、変わり者だが優しいところもある、どこかで見たことのあるようなおばあさんそのもの。準主役の松たか子も明るくて上品な恋人役を演じている。

 またカメラワークをポエム的にスパイスするのが時折流れるジャズ音楽。「音楽は普通映画を編集している時にイメージが浮かんでくるのに、今回は浮かんでこなかった」と言う監督は、ジャズのオーネット・コールマンを聞いて、音楽担当の大友良英さんに相談。自身のライブでコールマンを演奏する大友さんの「少し過激だけど、本当にいいんですか」という言葉に、「違和感があっても、画面にぶつけに行ってください」と監督が即答したそうだ。

食べること、生きること

料理をいただくツトム(沢田研二)と真知子(松たか子)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
料理をいただくツトム(沢田研二)と真知子(松たか子)。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

 植物と動物、土と自然、そしてその果てにあるのが健康と命の大切さ。一日の感謝の気持ちを忘れずに、毎日悔いのないように生きる、何事にもこだわらないという原作にある仏教禅宗の教えについても映画は触れる。生きることは体を動かすこと、体を動かすとお腹が空くのでご飯がおいしい、昔の人はおいしいものを食べていたのだろう、というさりげない言葉にうなずける。

 最後のシーンについて聞くと、「彼の人生はまだ続いている。一つで終わりではなく、まだこれからも生きていかなくてはならない」という哲学的な答えが返ってきた。そして監督は「日本人が根底に持っている美意識と生き方をこの映画で感じていただければすごくうれしい」と続けた。

 映画監督をしながら、地元沖縄の那覇市で桜坂劇場を経営している中江監督。「みなさん、沖縄にもぜひ遊びに来てください」とさわやかに締めくくった。皮肉とユーモアがあって、少し出遅れた主人公「ジュリー」を最後まで見届けたくなるような映画。9月のバンクーバー上映が待ち遠しい。

「土を喰らう十二ヵ月(The Zen Diary)」上映

バンクーバー
期間:9月1日~7日・10日
会場:VIFF Centre-Vancity Theatre(1181 Seymour Street, Vancouver)
チケット情報&ウェブサイト: https://viff.org/whats-on/the-zen-diary/

上映時間
会場は全てVIFF Centre – Vancity Theatre(ただし、9月10日のみVIFF Centre – Studio Theatreで上映)

9月1日(金)2:30pm、7:00pm
2日(土)4:55pm
3日(日)4:00pm、8:15pm
4日(月)8:10pm
5日(火)5:35pm
6日(水)7:55pm
7日(木)1:30pm
10日(日)7:20pm(Studio Theatre)

サスカトゥーン(サスカチュワン州)
期間:9月8日~14日
会場:The Broadway Theatre(715 Broadway Avenue, Saskatoon)
ウェブサイト: https://broadwaytheatre.ca/

モントリオール(ケベック州)
期間:9月22日~28日
会場:Cinémathèque québécoise(335 De Maisonneuve Blvd. East Montreal)
ウェブサイト: https://www.cinematheque.qc.ca/en/

信州の風景をバックに感動のシーン。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners
信州の風景をバックに感動のシーン。©2022「土を喰らう十二ヵ月」製作委員会/©“The Zen Diary” Film Partners

(取材 ジェナ・パーク)

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日本語認知症サポート協会「オンライン de Cafe・笑いヨガ」のお知らせ

「笑顔の力」を引き出そう〜「笑いヨガ」で、元気な心と体づくり〜

毎月、「笑いヨガ」を行っています。自宅にいながら参加できる、オンラインでのセッションです。
興味のある方、初めての方も大歓迎。楽しく一緒に笑いましょう!

日時:2023年9月14日(木)午後8時〜午後9時

会場:Zoom

参加費:初回無料、2回目からドネーション(e-Transfer、PayPalまたは小切手にて)

申し込み締め切り:2023年9月12日(火)

申し込みリンク:https://forms.gle/zxdriAq3uBXvxQfE7

*お申し込みいただいた方には、追って、参加方法をご案内いたします。

お問い合わせ先:orangecafevancouver@gmail.com

主催:日本語認知症サポート協会(Japanese Dementia Support Association) http://www.japanesedementiasupport.com

宝塚歌劇団OGによるレビュー “World of Dreams” バンクーバー公演8月に

左から:綺華れいさん、毬穂えりなさん、天羽珠紀さん、珠まゆらさん。Photo courtesy of Ms. Flower Sakiko
左から:綺華れいさん、毬穂えりなさん、天羽珠紀さん、珠まゆらさん。Photo courtesy of Ms. Flower Sakiko

 宝塚歌劇団OGが“World of Dreams”ツアーでバンクーバーにやってくる!日本だけでなく世界中に熱狂的なファンの多い宝塚歌劇団。今年も、伝統的なオリジナル歌劇からポップな作品まで幅広く披露する。

 出演は、毬穂えりな(Erina Mariho:80期生/宙組/娘役)、天羽珠紀(Tamaki Amou:83期生/宙組/男役)、綺華れい(Rei Ayaka:84期生/星組/男役)、珠まゆら(Mayura Tama:86期生/花組/娘役)。

 宝塚ファン必見の“World of Dreams”は、8月24日、Michael J Foxシアターで開演する。チケット発売は7月8日午前10時から。

“World of Dreams”

日時:8月24日 6:30pm(開演6:00pm)
会場:Michael J Fox Theatre(7373 MacPherson Ave, Burnaby, BC)
チケット:https://michaeljfoxtheatre.ca/events/world-of-dreams/
World of Dreamsウェブサイト:https://www.world-of-dreams-zuka.com/

チケットプレゼントのお知らせ

“World of Dreams”のチケットを1組2名様、2組にプレゼントいたします。

ご希望の方は、件名に「宝塚歌劇団OG公演チケット希望」と明記の上、メールにお名前(フルネーム)を記載してご応募ください。

応募先は、promo@japancanadatoday.ca となります。

応募締め切りは8月22日(火)正午です。当選された方には8月23日(水)正午までにお知らせいたします。

たくさんのご応募をお待ちしております。

左上から時計回りに:珠まゆらさん、綺華れいさん、毬穂えりなさん、天羽珠紀さん。Photo courtesy of Ms. Flower Sakiko
左上から時計回りに:珠まゆらさん、綺華れいさん、毬穂えりなさん、天羽珠紀さん。Photo courtesy of Ms. Flower Sakiko

訂正:チケット発売日が7月1日から7月8日に変更となりました。

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「ダブルダッチをオリンピック種目に」若菜里咲さんの挑戦(後編)

前後から下りてくるなわを跳びながら軽快なステップでダンスを披露する若菜さんに参加者たちの歓声があがった。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。撮影:池田茜音
前後から下りてくるなわを跳びながら軽快なステップでダンスを披露する若菜さんに参加者たちの歓声があがった。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。撮影:池田茜音

 「Let’s Play Double Dutch」を主催者する若菜里咲さんは、ダブルダッチをオリンピック種目にすべくアメリカ・ロサンゼルスに渡り普及活動をしている。

 現在はバンクーバーに滞在してさまざまなダブルダッチイベントを企画している。そんな若菜さんに詳しく話を聞いた。後編。

「ダブルダッチをオリンピック種目に」若菜里咲さんの挑戦(前編)

海外での普及活動に込める思い

ダブルダッチプレーヤー若菜里咲さん。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。写真提供:矢野波琉さん
ダブルダッチプレーヤー若菜里咲さん。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。写真提供:矢野波琉さん

-ロサンゼルスには、ダンスやダブルダッチの技を磨きたいという理由で行かれたのですか?

 自分がやりたい大会が日本にあって、それが1対1のダブルダッチバトルというものなんですけど、曲に合わせてフリースタイルでダブルダッチの中で踊ったりするものです。それに去年出場したんですけど3位で終わっちゃって、すごく悔しくて。

 やっぱりその大会が忘れられなくて、もう一度自分というものを見つめなおしたい、あとは人を見るという立場で、自分はどれくらい自信があるのか、どんどん不安にもなってきちゃって、自分が本当にその立場にいるのかというところにまだ完璧な自信がなかったので、ジャッジさせていただいていることにも思い詰まるところがありました。

 ちゃんと自分と向き合ってダブルダッチだけじゃなくて、自分はどういう価値観を持っていて、どういうものに惹かれて、どういうことを表現したいのか、というものを探す旅にしたいなというのがあって。

 その中で自分がダブルダッチ界にどう恩返しできるかって考えたときに、やっぱり自分が今いる場所というのはアメリカとカナダなので、その場所で自分のできる限りの力を使って、いろんな人に知ってもらうことが恩返しになると思ったし、腕試しじゃないですけど、それは自分の力次第だと思っています。

-色んな事に日々挑戦されているんですね。

 そうですね、毎日悔しかった気持ちとかをどこかプラスに変えて、よりよくしたいというのはありますね。あまり人と争うのとかは好きじゃないんですけど、ただ自分に負けるのが一番嫌いで、誰かというよりは自分に負けちゃうことが、自分の中でなんでだろうって思うことがありますね。

-ロサンゼルスからバンクーバーに来た理由を教えてください。

 本当はアメリカに1年いたかったんですけど、金銭面的にもロスも今、物価が高いので。

 あとはアメリカだけじゃなくてカナダにもダブルダッチのコミュニティがあったというのと、海外に来ているので、英語は身につけて帰りたいというのもありました。

 それはただ英語が学びたいというのではなくて国際大会が2025年に日本で開催が決まっていて、そこで英語も生かして海外からの人たちも受け入れられる体制をサポート側としても身につけたいので今こうやって英語をがんばっています。

-イベントの開催を始めたきっかけは?

 「Let’s Playダブルダッチ」という名前が、もともと日本でダブルダッチ協会が定期的に毎月開催していたイベントで、なにか自分が留学生として日本にもつなげられることを考えたときに、そのイベントを借りて海外でやることでダブルダッチに触れられやすいかなと思いました。

 また「Let’s Playダブルダッチ」は一番アットホームなイベントでもあったので、協会の方に許可を得て、定期的に開催させてもらっています。絶対みんなが来てくださるわけでもないし、本当に参加者が少ないときもあるけれど、それでもやっぱり継続していくことが大切だと思っています。

-これからバンクーバーでの滞在期間でやってみたいことは?

 滞在は10月末まで。日系センターでオーディションがあって、9月の日系祭りが本選になっています。そこでちゃんと結果を残したいなという気持ちがありますね。あとはレッスンを開きたいなと思っています。以前初めてここでイベントをやらせていただいたときに子どもたちも参加していて、子どもの力ってすごいなと思って。

-ロサンゼルスに帰ってからも普及活動を続けられる予定ですか?

 はい。ロサンゼルスではメディアだったりコマーシャルだったりの依頼もいただいていたのですが、ビザの関係で働くことはできなかったので、またロスに戻るときはいろいろ仕事としてがんばりたいですね。

-ダブルダッチをオリンピック種目にしたい理由は?

 もともとオリンピックにするというこだわりはあまりなかったのですが、やっぱり多くの人にダブルダッチのおもしろさを知ってもらいたい。スケートボードも、オリンピック種目に加わったことで結構イメージが変わったじゃないですか。オリンピック種目になることはかなり意味があるんだと思いました。

 また、オリンピック選手になることで自分のやってきたことにも価値を見出せるのかなと。親にもお世話になってきているので、胸を張ってダブルダッチをやっててよかったと伝えられたらいいなというのもありますね。

 まだまだ道のりは遠いかもしれないですけど、日本に帰っても行動し続けたいと思います。

***

 大学生のときにダブルダッチに出合って以来、情熱を注ぎ続ける若菜さん。海外に出てダブルダッチを広めたいと思うほど若菜さんの心を動かし熱くするものは、男女関わらず誰もが好きや得意を見つけられるダブルダッチの懐の深さにあるのかもしれない。

 見ていると必ず飛んでみたくなるダブルダッチ、バンクーバーで体験するチャンスだ。

【今後のバンクーバーでのダブルダッチイベント】

8月17日
DD in Night Movie at Vancouver Art Gallery
パフォーマンスと体験会を予定

8月27日
Let’s Play Double Dutch(ダウンタウン・ロブソンスクエア)
誰でも参加できるダブルダッチイベント

9月2日
Richmond Night Market
ダブルダッチのパフォーマンス

9月3日
日系祭り
ダブルダッチのパフォーマンス

9月10日
日系ファーマーズマーケット
ダブルダッチのパフォーマンス

そのほか毎月最終週の日曜日には参加型のイベント “Let’s Play Double Dutch”も開催予定。会場はダウンタウン・ロブソンスクエア。

9月24日、10月29日、11月26日、12月10日

詳しくは若菜里咲さんのインスタグラムを。さまざまな情報を発信している。

𝐋𝐈𝐒𝐀 𝐖𝐀𝐊𝐀𝐍𝐀 (@lisa.wakana)

香港でダブルダッチの経験があるChalieさん。今回の「Let’s Play Double Dutch」には、若菜さんのイベントを聞きつけ直接連絡を取って参加した。「あまりダブルダッチをする機会がなかったので参加できてよかった」とうれしそうに話した。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。撮影:池田茜音
香港でダブルダッチの経験があるChalieさん。今回の「Let’s Play Double Dutch」には、若菜さんのイベントを聞きつけ直接連絡を取って参加した。「あまりダブルダッチをする機会がなかったので参加できてよかった」とうれしそうに話した。2023年7月23日、バンクーバー市ロブソンスクエア。撮影:池田茜音

(取材 池田茜音)

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「ダイアナ・クラール」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第14回

 音楽ファンの皆様、カナダ・ファンの皆様、こんにちは。

 8月も後半に入って来て空を見上げれば、入道雲のみならず鱗雲も目に入って来ます。朝夕には微妙に涼し過ぎる日もあります。夏の向こう側に秋が迫ってる感じもします。

 そんな8月の夕暮れ時に聴くのは、元気いっぱいのロック・ミュージックよりもしっとりとした味わいのジャズでしょう。で、カナダとジャズと言えば、何と言っても、オスカー・ピーターソンです。が、今回は、ピーターソンの孫弟子とも言えるダイアナ・クラールです。

カナダの歌姫

 ダイアナ・クラールは、カナダが生んだ最高峰の歌姫にしてピアニストです。が、ダイアナの凄さは、世界のジャズの歴史の中でも際立っています。例えば、ビルボード誌ジャズ・チャート初登場1位を獲得したアルバムの最多記録保持者です。その数、8枚。「ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ」を筆頭に5度のグラミー受賞。圧倒的です。こんなジャズ・アーティストは、他にはいません。話題性や販売戦略を超えた実力の成せる業です。勿論、音楽性や芸術的価値とヒット・チャートに現れる商業的成功は同じではありません。が、数字は嘘をつきません。

 かつて、エイブラハム・リンカーン大統領は「全ての人を一時的に騙すことは出来る。一部の人を永遠に騙すことも出来る。しかし、全ての人を永遠に騙すことは出来ない」と述べて、国民の良識に対する絶対的な信頼を明らかにしました。流石リンカーン、現在、民主主義社会が直面する偽情報の問題に対して示唆に富む指摘です。

 話をダイアナに戻すと、8枚もの音盤を初登場1位にする音楽家は、単に時流に乗ったとか、運が良かったという次元ではなく「本物」だという事です。

 ダイアナの来歴もまた「本物」に相応しい物語に満ちています。

十歳で神童、十五歳で才人

 ダイアナは、1964年11月、ブリティッシュ・コロンビア州ナナイモに誕生します。父ジェームスは会計士でピアノを弾き、母アデラは小学校教諭で地元の合唱団メンバーという音楽一家でした。そんな家庭環境でしたから、4歳でピアノを弾き始めます。家のラジオで、ナット・キング・コール、ビル・エヴァンス、フランク・シナトラを聴いて育ちます。地元の高校に入ると学生ジャズ楽団のピアニストとして活躍。やがて、ナナイモのレストランでピアノを弾いてギャラを得るようになります。15歳にして、立派なプロのラウンジ・ピアニストです。

 17歳の時、バンクーバー・ジャズ・フェスティバルに出演。関係者は、ダイアナのピアノに非凡な才を直感します。カナダ社会の素晴らしい点は、音楽であれスポーツであれ学術であれ、才能の原石には機会が与えられて然るべきという理念が実践されている事です。ダイアナは、ジャズ・ピアノを本格的に学ぶための奨学金を得て、1981年、ボストンの名門バークリー音楽院に入学します。同級生には、小曽根真がいました。

 そして、1983年、バークリーを卒業します。ここまでは、一見順風満帆です。が、真の才能が開花するためには試練の時が必要です。

二十歳を過ぎれば只の人?

 ダイアナは、卒業するとナナイモに戻ります。この時、19歳。地元で地道に音楽活動を続けます。必ずしも、スポット・ライトの当たる場所ではありません。人口約10万人の地方都市のジャズ・ピアニストです。

 一方、同級生の小曽根は、首席で卒業。翌年には、大手ソニー・レコードからデビュー盤をリリース。同時に、巨匠ゲイリー・バートンの楽団のピアニストとして世の注目を浴びていきます。

 当時のダイアナの心中を知る由もありません。が、BC州の天才少女といえども、世界中から「我こそは」という猛者の卵達が集まるバークリーでは、直ぐにメジャー・デビューという訳には行かなかった訳です。世の天才・鬼才等を目の当たりにしたダイアナ。19歳で卒業ですから「飛び級」と言えます。それでも、大きな野心は挫かれたのかもしれません。

 考えてみれば、ダイアナにとって、バークリーの日々は、井の中の蛙が大海を知る千歳一隅の機会になったに違いありません。或るインタビューで、「マコト(小曽根真)のピアノを聴いた瞬間に、彼には叶わないと思った」と語っていました。

 卒業に際して、苦い思いもあったのかもしれませんが、バークリーは彼女の序章を彩ったのだと思います。そして、ここからダイアナ・クラールの本当の物語が始まります。

オスカー・ピーターソンの孫弟子へ

 芸術の世界でもスポーツの世界でも、飛び抜けた才能の原石は、如何に優れていても、眼力のある師に発見され磨かれるまでは、石でしかありません。BC州ナナイモに戻った若きダイアナも、原石のままでした。

 やがて、運命の出会いが訪れます。その前に、若干の注釈です。

 このコラムの冒頭で、カナダとジャズと云えばオスカー・ピーターソンだと書きましたが、更に続ければ、オスカー・ピーターソンの真骨頂はピアノ・トリオです。ピアノ+ドラム+ベースが生むメロディーとリズムとハーモニーが世界を魅了した訳です。鍵盤の帝王オスカー・ピーターソンの面目躍如ですが、極論すれば、最大の功績は実はベース奏者、レイ・ブラウンにあります。ブラウンのベースが和音とハーモニーの土台を的確に支えることで、オスカー・ピーターソンの左手がより自由に活躍出来るようになり、右手がますます流麗になり大きな成功をつかんだ訳です。ピアノ・トリオの名盤中の名盤「プリーズ・リクエスト」がレイ・ブラウンの勇姿を伝えています。ピーターソンの同志であり、数多くのジャズ・ベーシストが目標とするジャズ史に残る名手です。

 話をダイアナに戻します。1986年の事です。レイ・ブラウンがナナイモのとあるクラブでダイアナ・クラールの演奏を目にします。ジャズ史に刻まれる名手が、どんな経緯で片田舎ナナイモでダイアナを聴くことになったかは分からないのですが、おそらく、素晴らしいピアニストがいるとの噂がブラウンの耳に入ったのだと推察します。

 レイ・ブラウンは、ダイアナの演奏を聴くと非凡な才を見抜きます。あのオスカー・ピーターソンとほぼ半世紀にわたりトリオを組み、それ以外にもデューク・エリントン、ディジー・ガレスピー、ミルト・ジャクソン等々ジャズの巨人達と共演して来たレイ・ブラウンです。厳しい審美眼と耳を持っている訳ですから、他の人には見えないし聴こえないサムシングが分かったのでしょう。ナナイモを出てロサンゼルスに来て、更に研鑽を積むようにダイアナに勧めます。

 これを受け、ダイアナは思い悩み逡巡したようです。が、最後はジャズの巨人の強力な説得により、ロサンゼルス行きを決意します。この時も、カナダ芸術財団から奨学金を得ています。ここにもカナダの懐の深さが見えます。

 ロサンゼルスでの研鑽は3年に及びます。ダイアナは、ここで多くの貴重なエッセンスを学びます。まず、ジャズ・ピアノの奥義です。単なるテクニックではありません。それなら、若くして獲得していたのですから。ブルース・フィーリングの奥に在る本質。無限にある音の組み合わせから、これだという響きを瞬時に探り出す直感です。次に、歌です。ロサンゼルスで、ダイアナはピアニストから、ピアニスト兼シンガーへと脱皮します。実は、師レイ・ブラウンは、史上最高のジャズ・シンガー、エラ・フィッツジェラルドの夫でもありました。歌についてのAからZまで知悉しています。そのブラウンが、ダイアナの声の力を解き放ったのです。そして、ロサンゼルスは、世界のエンタテインメント産業の中心ハリウッドを擁しています。ここで、酢いも甘いも学ぶのです。

 そして、1990年、ダイアナは満を持してニューヨークに進出します。と言え、世界中から才能が集まり覇を競う街です。競争は苛烈を極めます。運と実力だけがモノを言います。ニューヨークを拠点に、ボストンやトロントでも演奏し歌も本格的に歌い始めます。

デビュー・アルバム

 昔、旺文社の大学受験ラジオ講座というのがありました。数学Iを担当されてたのが、東北大学助教授の勝浦捨蔵先生で、講義の前に必ず「継続は力なり」と仰ってました。正に、ダイアナの場合も、継続は力になります。バークリー卒業から9年を経た1992年10月18日と19日、自らの音盤録音の機会を得ます。ダイアナの28歳の誕生日の4週間前です。ハリウッドの録音スタジオに参集したのは、レイ・ブラウン門下の優れ者、ジョン・クレイトン(ベース)とジェフ・ハミルトン(ドラム)ら。ダイアナのピアノと歌を完璧にサポートします。2日間で12曲を仕上げます。

 が、問題は、この録音をどこのレコード会社からリリースするかです。エンタテインメント産業は、言わば究極の水商売です。慈善事業ではないので、売れる見込みがなければ、お蔵入りするだけです。残念ながら、大手のレコード会社は関心を示しませんでした。厳しい現実です。が、ここで、もう一つの幸運な出会いがあります。

 1983年、カナダはケベック州モントリオールでジャズとブルースに特化した新興独立レーベルが設立されたのです。「ジャスティン・タイム・レコード」で、カナダ人アーティストを世に出す事に注力します。ダイアナ・クラールのデビュー盤「ステッピング・アウト」は、遂にこの新興レーベルからリリースされます。大きな一歩です。ジャケット・デザインは初々しいダイアナの写真です。一方、デザインに色気が無いというか素人とくさいというか低予算という印象で、ほぼ自費出版のような感じです。はっきり言って、売れそうな予感はありません。が、ライナー・ノートは御大レイ・ブラウン自身が執筆。実際に聴けば、肝心の音は、高純度・高品質です。究極のピアノ弾き語り。ダイアナの歌は黒いです。芯が強く張りのある声です。話すように歌います。歌の根幹は、低音から高音域まで、正確な音程。でも、語尾は戦略的にズラして、聴く者の胸を掻きむしります。まるで黒人歌手が歌ってるようです。歌の後には、極上のピアノ・ソロが続きます。歌とピアノが完全に一体となって、ジャズの王道を行きます。

 セールス面では、この段階では、埋もれました。が、師ブラウンの推しもあって、ロサンゼルスの業界関係者がこの音盤を耳にします。

運命の扉〜トミー・リピューマ

 音楽制作の現場の主役は勿論、歌手であり演奏家ですし、作詞・作曲・編曲が作品の質を決めます。が、アーティストやアルバムの成功の鍵を握るのは、プロデューサーです。ビートルズを育てたのがサー・ジョージ・マーチンであり、ホイットニー・ヒューストンを育てたのがクライブ・デイビスという立志伝中のプロデューサーである事は、良く知られています。

 そこでダイアナの場合です。売れる予感のなかった新興独立レーベルからリリースしたデビュー盤をジャズ・フュージョンの大物プロデューサー、トミー・リピューマが聴いたことで、事態が急展開します。リピューマは、マイルス・デイヴィス、ジョージ・ベンソン、ポール・マッカートニーらの音盤を制作して来た人物です。YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を世界に紹介した事でも知られています。そのリピューマがダイアナに未来の大器を見出します。と、1994年9月13〜16日の4日間、ニューヨークの超名門スタジオ「パワーステーション」で2枚目のアルバム「オンリー・トラスト・ユア・ハート」を録音。プロデューサーはかのトミー・リピューマで、メジャーのGRPレーベルからリリースです。残念ながら、この音盤はチャート入りはしませんでした。が、リピューマの確信は揺らぎません。

 翌95年10月、3枚目「オール・フォー・ユー〜ナット・キング・コール・トリオに捧ぐ」を録音。結構、地味なアルバムですが、ジャケットを見れば明らかなとおり、メジャー・レーベルの香りがしますし、聴いてみたくなります。96年3月にリリースされると、70週間もの間、チャートに留まり、グラミー賞候補になります。

 この後は、現代ジャズ・シンガーの歴史そのものです。最新作「ドリーム・オブ・ユー」は、成熟したピアノとボーカルで、リスナーを極上の時間に誘います。

カナダの誇り

 BC州ナナイモの天才少女を鍛えたのは、ボストンのバークリー音楽院であり、ロサンゼルスはハリウッドであり、ジャズの都ニューヨークです。彼女の才能を見出したレイ・ブラウンもトミー・リピューマも米国人です。が、カナダは2つの奨学金でダイアナに勇躍外へ出て行く機会を与えました。もしも、この奨学金が無かったとしたら、彼女の人生は相当異なったものになっていた可能性は否定できません。

 カナダ発の素晴らしい技術や発明やアーティストが、米国で大輪の花を開かせる事は少なくありません。市場規模でカナダの10倍、世界最大のマーケットですから、自然な帰結とも言えます。いずれにせよ、現代ジャズの歴史に大きな足跡を刻むダイアナ・クラールは、カナダの誇りです。同時に、大きな成功は簡単にはやって来ませんが、継続が力であり、素晴らしい人々の出会いこそが鍵だと、ダイアナの音盤が語りかけて来るようです。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

「若い人に選挙に関心を持ってもらいたい」Crescent Moon Enterprisesオーナー佐藤広樹さんに聞く(後編)

足立区議選挙に立候補して、選挙活動期間中に地元で街頭演説する佐藤広樹さん。2023年5月17日、東京都足立区。Photo by Japan Canada Today
足立区議選挙に立候補して、選挙活動期間中に地元で街頭演説する佐藤広樹さん。2023年5月17日、東京都足立区。Photo by Japan Canada Today

 バンクーバー市ガスタウンにある雑貨屋さんGIFT&THINGSとウィスラーにある姉妹店SMILE GIFTを運営するCrescent Moon Enterprises Ltd.オーナー佐藤広樹さんが、今年5月に実施された足立区議選挙に立候補した。当選はできなかったものの、得るものが多くあったという。

 日本の選挙と言えば投票率の低さや立候補者の減少などネガティブな面が強調されるが、自身が立候補して感じたことはポジティブなことも多かったと話す。

 7月7日、バンクーバーに滞在中の佐藤さんに立候補した側から見た選挙、そして、GIFT&THINGSで店長を務める久保ゆうやさんも同席し若者の目線で佐藤さんの立候補がどのように映ったのかなど、2人に話を聞いた。

 前編は選挙に参加する意義について紹介した。「まずは選挙に関心を持ってもらって投票に行ってもらう。投票に行こうと思えば、立候補者を調べたり、そこから行政や税金などにも関心が高まります」と佐藤さん。それは区議選でも、国政選挙でも同じこと。まずは選挙に関心を持ってもらいたいと語っている。立候補を経験して、選挙活動の良さを体験し、問題点も見えた。1票の大切さも身をもって感じたという。

 後編では、若者へのメッセージ、そして若い人から見た選挙を紹介する。

若い人に選挙に関心を持ってもらいたい

 佐藤さんの思いはもう一つ、若い人に選挙に関心を持ってもらいたいということ。それは、立候補でも、投票でも、どちらでも構わない。

 久保さんは、今回立候補した佐藤さんを身近で見て、自分の選挙区のことについて調べてみたという。「今まではそういう世界のことは考えたことはなかったですけど、身近なところで見る機会があって、そういうオプションもあるのかなぁって見ていました。選挙のことを勉強するきっかけにもなりました」

 現在はバンクーバーでGIFT&THINGSの店長を任され、すぐに自分も立候補というわけではないと笑ったが、「佐藤さんと話すことで影響を受けるというか、選挙に行こうと思ったり、選択肢としてそういう未来もあるのかなぁと感じたりしましたね」

 それを聞いてうれしそうに笑った佐藤さん。「きっかけになったことはすごく良いと思う。よかった。夢を持つことはすごいこと。自分がこんなこともできる、あんなこともできるって、ワクワクします。僕の年でも挑戦できるわけですから、若い人にはどんどん挑戦してもらいたいです」

 それにと前置きして、「議員さんって兼業できますから。自分のやっていることと兼業しながら、それを政治にも生かせる。まあ、逆に兼業しないと収入足りないということもあるみたいですけど(笑)」。若い人に二刀流のススメだ。

 佐藤さん自身は次も足立区で立候補したいと考えている。「最後は原点のところで役に立ちたいなと」。そして、カナダが大好きで、カナダの良いところを日本に伝えたいと思っている。「議員には色々なバックグランドの人がいていいと思うんです」

 これからしばらくはバンクーバーと東京を行ったり来たりしながら、社会活動とビジネスの二刀流でいくという。「ぼくはカナダに来てよかったので、足立区の人にもカナダに来てもらいたいんです。カナダとの交流も促したいし、カナダのエコの取り組みも紹介したい。やりたいこといっぱいあります。少しずつ、思ったことが現実になっていくと楽しいです」と笑顔を見せた。

佐藤広樹(さとう・ひろき)
Crescent Moon Enterprises Ltd.オーナー・代表取締役
1998年ウィスラーにSMILE GIFT、2008年バンクーバーにGIFTS AND THINGSを開店
2023年3月設立、一般社団法人「東京のCO2削減で都内観光を推進する会」代表理事(https://www.tokyo-co2.com/
東京都足立区出身

佐藤さん(左)と久保さん。GIFT AND THINGS店内で。写真提供:佐藤広樹さん。
佐藤さん(左)と久保さん。GIFT AND THINGS店内で。写真提供:佐藤広樹さん。

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池田学 北米初大規模個展 “Flowers from the Wreckage” 後編「バンクーバーの出会いから続く挑戦」

Manabu Ikeda, 誕生 Rebirth, 2013–2016 pen, acrylic ink, and transparent watercolour on paper, mounted on board 300 × 400 cm Collection of Saga Prefectural Art Museum, Saga, Japan Digital Archive by Toppan Printing Co., Ltd
Manabu Ikeda, 誕生 Rebirth, 2013–2016 pen, acrylic ink, and transparent watercolour on paper, mounted on board 300 × 400 cm Collection of Saga Prefectural Art Museum, Saga, Japan Digital Archive by Toppan Printing Co., Ltd

バンクーバーでの出会い

 池田さんとカナダ、バンクーバーの繋がりは2011年に遡る。当時の出会いが、新型コロナウイルス禍での度重なる延期や困難を乗り越えた今回の大規模個展につながっている。

 池田さんは佐賀県多久市出身。東京藝術大学美術学部デザイン科の卒業制作の「巌ノ王 King of Rocks」(1998)で、その緻密なペン画の高い技術と独創性が評価された。

 2011年1月から文化庁芸術家在外研修員としてカナダ・バンクーバーに滞在。滞在を始めて間もない3月11日東日本大震災が起こる。当時出会ったのが、オデイン美術館の創立者である唐沢良子さんとウエストバンクーバー・アートミュージアムの渡邉きりこさんだ。

 1年間の研修を終えた池田さんは、「震災からの復興がテーマになる次回作を日本と距離がある場所からの視点で描きたい」とバンクーバーでの滞在を延長する。その後、カナダ・バンフで見た氷河が溶けて湖に流れ込む光景が原発のメルトダウンに重なって着想を得た作品が「Meltdown」だ。

Manabu Ikeda, Meltdown, 2013 pen and acrylic ink on paper, mounted on board 122 × 122 cm Chazen Museum of Art, University of Wisconsin–Madison Colonel Rex W. and Maxine Schuster Radsch Endowment Fund purchase, 2013.24
Manabu Ikeda, Meltdown, 2013 pen and acrylic ink on paper, mounted on board 122 × 122 cm Chazen Museum of Art, University of Wisconsin–Madison Colonel Rex W. and Maxine Schuster Radsch Endowment Fund purchase, 2013.24

 2013年、ウエストバンクーバー・アートミュージアムで「Meltdown」と版画数点を特別展示した。同年アメリカ・ウィスコンシン州マディソンのチェゼン美術館から3年間のアーティストインレジデンスとして招聘された池田さんは、すでに構想を練っていた「誕生 Rebirth」の制作を始めた。当時「東日本大震災のニュースを2011年研修先のバンクーバーで見て、この衝撃と自分の中での描かなきゃいけないという使命感みたいなものをどこで描くかと探していた。大きいものに挑戦してみたいと思っていた」と語っている。

 構想から2年、制作3年半をかけて、チェゼン美術館で制作された3mx4mの大作「Rebirth  誕生」は、2017年日本初の大展覧会「The Pen -凝縮の宇宙-」で展示されて話題を集めた。日本国内で30万人の集客を記録した。

 チェゼン美術館での3年間のレジデンスを終え、池田さんはマディソンに家族と居を構えた。2018年にオープンして数年のオデイン美術館を訪れた池田さんは、森と共生するような美術館に「ここで創作できたらどんなにすばらしいか」と話した。その後、渡邉さんがキュレーターとしてオデイン美術館に新たに加わり、唐沢さんや関係者と共にコロナ禍を乗り越えて、今回オデイン美術館で初めての国際的な大規模個展が実現した。

激賞される代表作の数々 

Manabu Ikeda, 予兆 Foretoken, 2008 pen and acrylic ink on paper, mounted on board 190 × 340 cm Collection of Sustainable Investor Co., Ltd. (Kagura Salon) Photo: Yasuhide Kuge
Manabu Ikeda, 予兆 Foretoken, 2008 pen and acrylic ink on paper, mounted on board 190 × 340 cm Collection of Sustainable Investor Co., Ltd. (Kagura Salon) Photo: Yasuhide Kuge

 世界各国から集められた国際的に評価の高い池田さんの代表作60数点は圧巻だ。

 「Everything Everywhere All at Once」で今年のオスカーを席巻した映画監督ダニエル・クワン氏が、自身のツイッターで、「脚本を書き始めて2年が経ち、私が脚本に圧倒され、これほど大きなことに取り組もうとするのは無価値で愚かだと感じていたときに、この絵は道しるべとなる光となった」と激賞したのが、池田さんの代表作の一つで今回展示されている「予兆 Foretoken」(2008)。

 全体の下絵を描かず、パーツを積み上げていく手法で描かれた「予兆 Foretoken」。池田さんはまず雪を描き始めたが、1年描き続けて、雪や氷、建物や車などが大きなうねりの中で塊となって押し寄せてくる「津波」のイメージに変化した。奇しくも、数年後の東日本大震災の津波を「予兆」する作品として、震災直後は日本での展示が控えられることもあったそうだ。

 今回個展のポスターにも使われている「誕生 Rebirth」には、桜の大木が描かれていたり、「予兆 Foretoken」の大波に見られる浮世絵「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」など日本を象徴するイメージも印象的だ。

稀有な体験〜観る、知る、体験する

Manabu Ikeda, くさかまきり Grass Mantis, 2004 pen and acrylic ink on paper 23 × 29 cm Chazen Museum of Art, University of Wisconsin–Madison John H. Van Vleck Endowment Fund purchase, 2013.25 Photo: Kei Miyajima
Manabu Ikeda, くさかまきり Grass Mantis, 2004 pen and acrylic ink on paper 23 × 29 cm Chazen Museum of Art, University of Wisconsin–Madison John H. Van Vleck Endowment Fund purchase, 2013.25 Photo: Kei Miyajima

 展示には佐賀県で育った幼少期に描いたカブトムシなどのスケッチや漫画、オウム真理教地下鉄サリン事件で裁判が多く行われた1998年ごろ法廷画家として裁判の様子を描いた作品もあり、池田さんの観察眼とデッサン力、想像力を培った時代を垣間見ることができる。

 スタジオでは、特定の時間に池田さんの創作を見学できる。会場を訪れる人は、アーティストの創造の場に立ち会う稀有な体験もできる。

 さらには、池田さんのワークショップ、日本食とのコラボレーションイベントも企画されている。

 池田さんの作品は災害など重い内容を含んでいても、全体的には明るくポジティブな印象が強い。

 「子どもたちや見る人に災害のメッセージを届けつつ、発見してもらったり、楽しんでもらいたくて描いている。その気持ちを忘れないよう、楽しく描くようにしている」 自らの技法でこの世界でどこまで行けるか挑戦したい、と池田さんはまっすぐな目で語った。

池田学 北米初大規模個展 “Flowers from the Wreckage” 前編「ウィスラーマウンテンから新たな海へ」

池田学「Flowers from the Wreckage」

開催期間:2023年10月9日まで 
場所:Audain Art Museum(4350 Blackcomb Way, Whistler, British Columbia)
ウェブサイト: https://audainartmuseum.com/

(取材 大倉野昌子)

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