急に寒暖の差が激しく、秋らしくなってきましたね。私の家族は順番に風邪をひいています。私も滅多に病気にならない方なのですが、少し熱っぽい中、原稿を仕上げています。
今回お話を聞いたのは、バンクーバー島ナナイモの、ノースナナイモショッピングセンター内のロンドンドラッグスで働く薬剤師、鈴木沙英さん(以下、サエさん)です。これまで何人かの日本人薬剤師の皆さんを紹介してきましたが、初めて私と同じロンドンドラッグスに勤務する方を見つけました。サエさんは、日本で病院薬剤師として働いた後にカナダへ渡り、こちらでも薬剤師免許を取得しました。3部構成のカナダの薬剤師国家試験に一回で合格するという快挙を遂げられた、非常に明晰な頭脳をお持ちです。なぜカナダの薬剤師になったのかお話を伺いました。
サエさんが薬剤師を目指したきっかけは、高校生の頃に好きだった化学だったそうです。「化学反応が面白かったんです」と語るサエさんですが、家族に薬剤師や医療関係者がいたわけではありません。静岡県で育ち、地元に静岡県立大学薬学部があったこともあり、「化学が好き」という興味の延長線上に薬剤師という職業が自然と浮かんできました。大学に進んでからもその興味は冷めるどころか深まっていきます。薬の構造がほんの少し変わるだけで、その効き方も、吸収・分布・代謝・排泄といった薬物動態までも大きく変わってしまう。「今でもそこが面白いと思います」と言うのですから、高校時代の小さな好奇心が、そのまま今の薬剤師としての土台になっているわけです。
もう一つ、高校時代からサエさんの中にずっとあったのが、海外への興味でした。卒業した高校には国際科があり、周りには留学や海外大学進学を目指す友人がいて、その影響でサエさんも海外へ行きたいと思うようになったそうです。ご両親に長期留学を何度直訴しても、返ってくる答えは「まずは日本で薬剤師の資格を取ってからにしなさい」。それでも気持ちは消えることなく、大学1年生の夏休みに、念願の英国ケンブリッジで3週間の語学学校に通いました。ところがこの留学の結果は、本人曰く「撃沈」。読み書きや試験はできても、実際の英語は聞き取れず、自分からも話せない。プレースメントテストの点数が良かったばかりに上のクラスに入れられ、余計に苦労したそうです。
静岡県立大学では薬物動態の研究室に所属し、プレゼンテーションも厳しく鍛えられ、国際学会での発表も経験しました。卒業後は北里大学病院の「薬剤師レジデント」第1期生となります。2年間、さまざまな病棟や診療科を回りながら臨床・研究・症例報告を学ぶ、日本ではまだ珍しい卒後教育プログラムでした。
そしてここで、その後の人生を大きく変える出会いが待っていました。米国に留学し、PharmDの学位を取得された岩澤真紀子先生です。「岩澤先生がいなかったら、たぶんカナダには来ていないと思います」。岩澤先生は仕事の後にレジデント向けのジャーナルクラブを開き、海外で学ぶことの意義についても話してくれたそうです。サエさんが「海外に行きたい」と打ち明けると、背中を押してくれたのも岩澤先生でした。
じつは私自身(佐藤厚)も、大学院生時代に岩澤先生が薬剤師向けの雑誌に書かれた米国留学の記事を穴が開くまで読み込み、海外進出への気持ちを奮い立たせていた一人です。2022年にUBCのPharmDプログラムに入った際に先生へ直接ご報告したことが縁となり、ちょうど「このまま病院で働くか、海外へ出るか」を迷っていたサエさんと、Zoomで話すことになりました。
カナダ進出の準備のために病院を退職したサエさんは静岡に戻り、約1年半、派遣薬剤師として調剤薬局で働きながら試験勉強を続けました。当初は燃え尽きたような状態で、外国人薬剤師向けのブリッジングプログラムのオンライン講義の英語を聞き取るだけで精一杯だったといいます。それでも、聞き取れないところだけ戻り、分かるところは1.2倍速、1.5倍速で進め、重要な部分以外は完璧を求めない。この勉強法が功を奏し、病院時代に血中薬物濃度のモニタリングや薬物動態の計算に慣れていたことも追い風となって、筆記試験も実地試験(通称OSCE)も見事に一発合格しました。OSCEは、患者さん役や医師役を相手に、限られた時間内で英語で問題を聞き取り、薬剤師として問題を解決する実地試験です。知識だけでなく英語でのコミュニケーション力やカナダの薬剤師としての振る舞いが問われるため、外国人薬剤師にとっては最大の難関とされ、何度も受け直す人も少なくありません。本人は「OSCEは、なんで受かったのか分からないです。運が良かったのかな」と謙遜しますが、積み重ねてきたものを考えれば、運だけではないことは明らかでしょう。
ところが、実習を行ったバンクーバーのショッパーズドラッグマートで、再び大きな壁にぶつかります。「本当に、泣きながらやっていました」とのこと。知識はあるのに、電話で何と言えばいいか分からず、患者さんへの説明もうまくできない。仕事で使う英語は、試験の英語とはまったく別物だったのです。それでも免許を取って働き始めると、逆に英語力は大きく伸びました。患者さんに説明し、医師に連絡し、薬剤師として判断する。逃げられない環境が、会話力を伸ばしてくれたと実感するそうです。
就職先を選ぶにあたり、サエさんには譲れない条件がありました。「最初から一人でシフトに入るのは絶対に無理です」。そこで、薬剤師同士の勤務時間が重なる「オーバーラップ」があり、比較的福利厚生の充実しているロンドンドラッグスを選びました。私(佐藤)が勤務していることも理由の一つだったそうで、これは本当に嬉しい限りです。人員配置の関係で2025年8月からナナイモ勤務となり、それから早1年。「最初の3カ月は本当に大変でした」と振り返るように、学生として働くのと、免許を持った薬剤師として働くのとでは責任の重さがまるで違います。分からないことを持ち帰って調べ、翌日また仕事へ向かう。その繰り返しの中で、患者さんの顔も薬も分かるようになり、カナダのシステムにも少しずつ慣れてきました。
今でも一番苦労するのは「保険です」とのこと。カナダでは公的保険に加えて民間保険もあり、薬ごとにカバーの条件が違ううえ、ポリシーは予告なく頻繁に変わります。患者さんにとってはお金の問題ですから、当然シビアです。もう一つ強く感じているのが、医薬品情報の違いです。日本の添付文書はコンパクトにまとまり、イラスト入りの患者さん向け資料も豊富ですが、カナダで添付文書にあたる「モノグラフ」は小さい字の羅列で非常に長く、知りたい情報を探すだけでも時間がかかります。「なんで日本のようなイラスト入り資料がないんだろう」と思うことも多いそうです。日本は医療側が患者さんへ丁寧に情報を渡し、カナダでは患者さん自身が情報を取りにいく。両国で働いたからこそ見える違いでしょう。
次に勉強したいのは、トラベルメディシンと糖尿病だそうです。特にトラベルメディシンは日本ではほとんど学んでこなかった分野で、「一度ちゃんと勉強して、知識を蓄えたいです」とのこと。一方、薬局経営や管理職について聞くと、「マネージャーより、プレーヤーでいたいです」と答えははっきりしていました。経営よりも、薬剤師としての知識を深め、患者さんと直接関わっていたい。しばらくは地域薬局で経験を積む予定です。
もちろん、勉強ばかりしているわけではありません。夏はキャンプやハイキングでホーンビーアイランドやストラスコナ州立公園へ出かけ、ウイスラーではバックカントリーにも挑戦と非常にアクティブです。最近は洞窟探検(ケービング)まで経験し、ほふく前進したり、ロープで登ったりしましたというのですから驚きです。「夏は満喫しています。雨が降り始めたら、また勉強しようと思います」と笑うサエさんは、カナダ生活にもずいぶん馴染んできたようです。
サエさんには、同じロンドンドラッグスの薬剤師仲間として、これからも研鑽と経験を積んでほしいと思います。読者の皆様も、ナナイモに立ち寄った際には、ぜひサエさんに声を掛けてみてください。
*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca
佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
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