終活は新しい大人のマナー
叶多範子
バンクーバーは、一年でいちばん賑やかな季節になりました。
今年は我が家にも、カナダ国外から過去最多となる5組のお客様が来てくださり、嬉しくも慌ただしい夏を過ごしています。久しぶりに会う家族や友人と、一緒に食事をしたり、観光に出かけたり。海外で暮らしていると、こうした再会の時間は、とても特別なものです。
限られた滞在期間だからこそ、「今は楽しい話だけをしよう」と思う気持ちも、よく分かります。でも、そんな大切な時間だからこそ、つい後回しになってしまう話があります。
今回は、相続の現場で何度も耳にしてきた、「なんで私が……」という言葉について、お話ししたいと思います。
「なんで私がお金を負担しないといけないんですか?」
弁護士事務所で仕事をしていると、そんな言葉を耳にすることがあります。もちろん、その気持ちはよく分かります。
ある日、カナダで一人暮らしをしていた日本人女性が亡くなりました。遺言はありませんでした。相続人は、日本に住む妹さんです。
突然、「あなたが相続人です」と連絡を受けても、何から始めればいいのか分かりません。
さらに、手続きを弁護士に依頼する場合には、最初に預り金(着手金のようなもの)が必要になることがあります。
多くの弁護士事務所では、このような形で手続きを始めることが一般的です。
最終的には遺産から精算されることが多いものの、最初は相続人が一時的に立て替えなければならないケースもあります。
数十万円という金額を突然用意することは、決して小さな負担ではありません。
しかも、遺言がなく、相続人の特定が難しかったり、財産の内容もはっきりしない場合には、手続きが長引くことも少なくありません。
立て替えたお金が戻るまで、一年から二年ほどかかるケースもあります。もちろん、案件の内容によっては、それ以上の時間を要することもあります。
亡くなったご本人に悪気があったわけではないでしょう。ただ、多くの方は、「自分の相続が、そんなに大変なものになるとは思っていない」のです。
その結果、準備がないというだけで、残された家族は悲しみの中で、精神的な負担だけでなく、金銭的な負担まで抱えることがあります。
そして、それはお金だけの話ではありません。
一つの死のあとには、驚くほど多くの「やること」が残ります。
だから、「なんで私が……」という思いを受け止めるのは、家族だけではありません。
実は、私たち弁護士事務所にも、その言葉が向けられることがあります。亡くなったご本人には、もう思いをぶつけることができません。
だから、その怒りや戸惑いを、目の前にいる私たちが受け止めることになるのです。
部屋の片付け。
家財の処分。
ペットのお世話。
役所や銀行での手続き。
税金や未払いの支払い。
誰かがやるしかないことが、一つ終わると、また次が出てきます。
その負担は、一人に集中するわけではありません。
家族へ。
友人へ。
専門家へ。
そして、ときには社会へ。
少しずつ引き継がれていきます。
これは、私が相続の現場で何度も見てきた風景です。だから私は、終活とは「自分のため」だけではないと思っています。
自分がいなくなったあと、誰かに「なんで私が……」と思わせないための思いやり。それもまた、終活の大切な役割ではないでしょうか。答えは、人それぞれかもしれません。
あなたがいなくなったあと、「なんで私が……」と思う人は、いないでしょうか。
そんな問いを、ときどき自分自身にも投げかけています。
次回は、多くの方が「自分は大丈夫」「うちは複雑なケースではない」と思ってしまう理由について、実際の現場で見てきた事例を交えながら、お話ししたいと思います。
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本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。
叶多範子(かなだ・のりこ)
海外終活アドバイザー
遺言・相続専門 弁護士アシスタント
親しい友人の急逝をきっかけに、事前の準備が周囲の負担を減らし、安心をもたらすことを実感。現在は相続専門の弁護士アシスタントとして実務に携わりながら、50代からの海外在住日本人に向けて終活の重要性を伝えています。
終活を「死の準備」ではなく、人生を整える「私活(わたしかつ)」と考え、エンディングノートを活用してその考え方を広げています。
カナダ・バンクーバー在住。家族はカナダ人の夫と2人の息子、愛猫1匹。
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