第37回 「親の口座、いざという時に本当に開けますか?」 〜Let’s海外終活〜

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

バンクーバーは今、サッカーワールドカップの熱気に包まれています。開催前からFIFAのロゴをあちこちで見かけ、写真スポットも次々と登場して、街全体がお祭りムードです。残念ながらカナダも日本も敗退してしまいましたが、それでも強豪チームが勝ち上がってきていて、にわかファンの私も7月19日の決勝戦が待ち遠しくてなりません。

こうして遠くの試合に一喜一憂しながらも、心のどこかで日本にいる家族のことを思う方も多いのではないでしょうか。今日は、そんな「離れて暮らす親」に関わる、ちょっと見過ごせないお話です。

「いつもの銀行の画面が変わってしまって、ログインできないの」

最近、こうした戸惑いの声を、クライアントや周囲の高齢者からよく耳にします。日本に暮らす親世代が、自分の口座に自分でアクセスできなくなる。一見小さなトラブルに見えて、これは「老後のお金」にまつわる、見逃せない危機の入り口です。

詳しく聞いてみると、これまでのIDとパスワードではなく、「パスキー」や「ワンタイムパスワード」といった新しい認証方法への移行案内が画面に出ていたようです。金融機関は今、不正アクセスを防ぐためにデジタルセキュリティを急速に強化しています。スマートフォンや専用アプリ、指紋・顔認証を使った「パスキー」への移行が進み、IDとパスワードだけで守れる時代は終わりを迎えつつあります。

資産を守る仕組みが強くなること自体はありがたい変化です。しかし、「アプリを連携させてください」という一行の案内だけで、ログインという最初の入り口で立ち尽くしてしまう高齢者は少なくありません。資産運用の良し悪しを論じる前に、「本人が自分の口座に入れなくなる」という現実が、すでに目の前まで来ているのです。

特に、海外に身を置く子世代にとっては、もどかしさが募ります。近くに住んでいれば「ここを押すんだよ」と画面を一緒に確認できます。でも、時差と距離がある中での電話や画面越しのサポートには、残念ながら限界があります。「何かあれば自分が代わりに」と思っていても、日本の金融機関は本人確認が非常に厳格で、海外からの代理操作や手続きは想像以上に難しいのが実情です。

海外では、親から子への委任状があれば、比較的スムーズに口座へアクセスできる場合があります。しかし日本では、そもそも委任状という選択肢自体を知らなかったり、いざ作成しようとした時にはすでに認知症の兆しが見え始めていて手続きができない、というもったいないケースが後を絶ちません。

そしてもう一つ、見落としがちな盲点があります。親が認知症になったり入院したりしたとき、口座へのアクセス方法が誰にもわからなければ、生きているうちからお金が「凍結」したも同然の状態になりかねません。亡くなった後の相続より先に、「今、使えなくなる」リスクへの備えが必要なのです。

では、どう向き合えばよいのでしょうか。答えはシンプルです。親が元気で、自分で画面を操作できるうちに動くこと。それだけです。

一気にすべてを整える必要はありません。次に親と話す機会に、まずはこの3点を確認してみてください。

①メインで使っている金融機関はどこか、教えてもらっておく。あわせて口座の数も把握して、できれば1〜2行に減らしてもらっておく。

② 現在のログイン方法は何か。IDとパスワードだけか、スマホ認証が必要か。スマホを持っていない場合は、窓口でのサポート方法も確認しておく。

③「もしもの時」に動ける人が、親の近くにいるか。信頼できる知人や親戚、ケアマネージャー、あるいは任意後見人の検討も視野に入れておく。

終活とは、亡くなった後の手続きを準備することだけではありません。今ある暮らしと資産を、最後まで本人がコントロールし続けられるように整えることです。

遠くにいるからこそ、「何かあってから動く」では間に合わないことがあります。次に親御さんと話す機会に、世間話のついでにこう聞いてみてください。「最近、銀行のスマホやパソコンの画面、変わりはなかった?」

その一言が、遠く離れた家族をつなぐ、新しい安心の扉を開いてくれるはずです。

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本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

海外終活アドバイザー

親しい友人の急逝をきっかけに、事前の準備が周囲の負担を減らし、安心をもたらすことを実感。現在は相続専門の弁護士アシスタントとして実務に携わりながら、50代からの海外在住日本人に向けて終活の重要性を伝えています。

終活を「死の準備」ではなく、人生を整える「私活(わたしかつ)」と考え、エンディングノートを活用してその考え方を広げています。

カナダ・バンクーバー在住。家族はカナダ人の夫と2人の息子、愛猫1匹。

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