はじめに
音楽ファンの皆さま、日加関係を応援頂いている皆さま、こんにちは。
既に4月も半ばを過ぎ、日に日に日が長くなって来ました。それでも、オタワっ子のウォーキング・ジョギング或いはサイクリングのコースとして絶大なる人気を誇るオタワ川沿いの小道は、北方に面しているので陽光の恵みが未だ不十分で凍った雪に覆われています。とは言え、ようやく春が来たと実感する今日この頃です。
全く個人的な感想で恐縮ですけど、今回の冬は私にとって4度目でしたが、氷点下30℃の気温や積雪、或いは強烈な風を思い出すと、一番厳しい冬だったと感じました。4度目ですから、冬の楽しみ方もそれなりに知りましたし、慣れても来ました。それでも、流石オタワの冬、恐るべしでした。
そんな中、冬の終わりと春の到来を告げる早春の風物詩がジュノー賞です。敢えて例えれば、米国のグラミー賞や日本のレコード大賞です。今年は、55回目という節目の年で、春分の日を過ぎた3月29日に開催され、CBCが実況中継で全国放送しました。
という訳で、今回の「音楽の楽園」はジュノー賞についてです。
音楽エンターテインメント業界の実情
ジュノー賞に触れる前に、昨今の業界事情について見てみましょう。現在、私達が生きている世界は、好むと好まざるにかかわらず、恐ろしいスピードでグローバル化が進行しています。国家安全保障に直結する最先端技術はデカップリングの対象となり、厳格に規制されています。一方、日常生活に関わる事柄は、ほとんど全て軽々と国境を超えています。グローバル化は市場経済化と同義です。自由な市場では需要と供給が出会い価格が決まり取引されます。そこでは、売れなければ意味がありません。売れるものが良いものです。だから、マーケティング戦略が結果を左右します。音楽エンターテインメント業界も例外ではありません。西のハリウッドと東のニューヨークが世界の音楽エンターテインメント業界に圧倒的な影響を及ぼしています。特に、8,000km余に及ぶ国境で接するカナダは、トランプ政権下で政治的には相当の緊張があるものの、音楽を含むエンターテインメント分野では、どっぷりとアメリカ文化圏にあるのが現実です。
とは言え、カナダにはカナダの歴史と文化がありアイデンティティーがあります。音楽においてもそうです。ジュノー賞創設の動機が正にそうです。カナダ国内の音楽市場はアメリカン・ミュージックに圧倒される中、カナディアン・ミュージックを音楽性の面でも商売の面でも促進したいとの思いから誕生したのが、ジュノー賞でした。
本年のジュノー賞が55回目の節目で、元来極めて友好的な米国との関係が軋む中、開催地がオンタリオ州ハミルトンだったことには、象徴的な意味があります。時代を遡ると、1776年に英領北アメリカの13州が大英帝国から独立を宣言し、革命戦争を経てアメリカ合衆国が誕生すると、米国内の王党派(ロイヤルリスト)が米国を捨て植民地カナダに移住して来ます。目的地は、五大湖の水運と内陸の開拓を結ぶ要衝の地ハミルトンでした。1812年戦争では米軍からカナダを守った黎明期の歴史を刻む歴史的な街です。
創世記
ジュノー賞は1970年に第1回授賞式が行われました。が、その前身を辿ると、RPM賞が1964年に創設されています。実は、グラミー賞と日本レコード大賞は1959年の創設です。5年の差はあるものの、カナダの音楽業界の関係者が録音された音楽の持つ芸術性と産業としての可能性を十分に認識していた証左と言えます。
RPM賞は、1964年に創刊されたRPM Weekly誌が創設した音楽賞です。PRMとはRevolutions Per Minute(毎分回転数)で、レコードの回転数を意味します。レコード音楽業界誌に相応しい名前と言えるでしょう。週刊RPM誌は、カナダ版のビルボード誌のような音楽専門誌で、カナダの音楽チャートを発表し、音楽業界の各種情報を提供すると同時に、カナディアン・ミュージックを育成することを使命としていました。
週刊RPM誌は、読者にカテゴリー別にミュージシャンやレコード・レーベル等に関する郵便投票を呼びかけました。年間を通じて得られた読者投票に基づいて分野別にRPM賞として表彰を始めました。1964年12月に記念すべき第1回表彰が雑誌上で行われました。
翌1965年からはカントリー・ミュージック部門も加わりました。年々、RPM賞は充実していきました。1969年まで、RPM賞は雑誌上で発表されるだけでした。
1970年2月23日、RPM賞は拡充されて、第1回RPMゴールデン・リーフ賞としてトロントに関係者が参集して授賞式が敢行されました。
その後、RPM誌は、その年のカナディアン・ミュージックの神髄を集めた音楽の殿堂とも言うべき名称を公募しました。結果、ジュノー(Juno)賞という名称となりました。
ジュノー賞の誕生
今や、ジュノー賞授賞式は、CTVでカナダ全国に実況放送されています。全米向けにもMTV2で中継されるまでに成長しました。
歴代のジュノー受賞者は、カナダで認知され、米国でブレークし、そして世界的なミュージシャンへと成長しています。例えば、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、アン・マレー、ブライアン・アダムス、セリーヌ・ディオン、アラニス・モリセット、更にドレークやウィークエンド等々です。ジュノー賞の知名度と権威は年々高まっています。
そこで、RPMゴールデン・リーフ賞からジュノー賞へと昇華する頃のエピソードです。
まず、ジュノー賞の名称です。

応募された名称は、Juneauでした。これは、カナダの音楽産業を育てた大物ピエール・ジュノー氏に因んだものでした。彼はCRTC(Canadian Radio-television and Telecommunications Commission)の初代委員長を勤めた人物です。カナダ版NHKとも言うべきCBCの会長でもありました。カナダの音楽の発展を企図する音楽賞の名称としてジュノー氏に敬意を表したものでした。
トリビアですが、ピエール・ジュノー氏は、1975年8月にピエール・トルドー政権の通信大臣に任命されました。この時、ジュノー氏は非議員でした。カナダ憲法の常道で閣僚は議員である必要があるため、彼は75年10月の補選に出馬するも落選。大臣を辞したという経歴もあります。
後に、ジュノー賞のスペルはJuneauから簡略化されてJUNOとなりました。これは、ローマ神話の最高の女神ユノ(Juno)にも通じます。
いずれにせよ、ジュノー賞は1971年から毎年開催されています。2020年の新型コロナ感染爆発の際はオンライン開催となりましたが、時代の変化を反映しつつ、それぞれの時代のカナダの音楽的パワーを放射して来ました。
JUNO2026
そこで、今年のジュノー賞です。55回目の節目に相応しい充実した内容でした。授賞式=極上のライブ・パフォーマンスでカナダの文化的アイデンティティーを謳いあげました。世代を超え、ジャンルを超えたカナダ的な多様性を見せつけました。同時に、デジタル技術の発達に伴う音楽ビジネスの新たな可能性も示したと思います。
印象に残ったのは3点です。

まず、オープニング・パフォーマンスに、ラッシュが登場しました。全くのサプライズでした。場内は本コラム第10回でも取り上げたカナダが誇る伝説のバンドです。2015年の結成40年記念ライブ以来11年ぶりのパフォーマンスは、デビュー盤『RUSH』の冒頭に収められた「Finding My Way」。場内はいきなり興奮の坩堝と化しました。実は、不動のドラマー、ニール・パートが脳腫瘍で2020年に没したので、ラッシュの再結成はないだろうと諦めていました。それが、突然の再結成です。後任は、アニカ・ナイルズ女史で、パワフルかつ正確なビートでヘヴィメタ的側面のラッシュ・サウンドをしっかり支えていました。やはり女性ドラマーには華があります。再結成ツアーも予定されているとのこと、今後の展開が楽しみです。
次に、ジョニ・ミッチェルです。「生涯功労賞」は当然過ぎるというか、わざわざ表彰する必要があるのかと思うほどです。しかし、考えてみれば、55回目の節目で、ジョニ・ミッチェルを表彰することは、カナダディアン・ミュージックの推進を旨とするジュノー賞にとっては大きな意義があります。本コラム第7回でも取り上げていますが、サスカチュアン州出身の唯一無二の個性が歩んだ音楽的冒険の旅路はシンガー・ソングライターの歴史そのものです。ジョニの活躍の場は米国であり世界です。それでも、彼女は自身の原点はカナダにあるのだと認識しているそうです。ジュノー賞「生涯功労賞」はカナダ人魂への御褒美でもあります。
ラッシュもジョニ・ミッチェルも20世紀に根っ子のある音楽家です。21世紀の今を呼吸するミュージシャンはどうだったのでしょうか。今年の「顔」はテイト・マクレーにトドメを刺します。多数のカテゴリーを持つジュノー賞ですが、最も重要な賞が「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」と「アルバム・オブ・ザ・イヤー」です。マクレーはこれらを含む主要4部門を受賞。今年の最多部門受賞者でもありますが、2003年7月生まれの22歳です。新世代のアーティストがカナダの音楽業界を牽引する姿を印象づけました。

特に、『So Close to What』は、ダークでアンニュイな雰囲気の不思議なジャケット・デザインですが、超モダンであると同時にポップ・ミュージックの王道を行くサウンドです。元々はダンサーとしてエンターテインメント業界にデビューしたマクレーですが、音楽的才能を開花させました。愛くるしくも屹立した声はリスナーの耳に心地良いです。同時に確かな歌唱力が音楽に安定感を与えています。ビルボード誌トップ200チャートで初登場1位を達成したのは快挙です。ジュノー賞「アルバム・オブ・ザ・イヤー」も当然と言えば当然です。
結語
日進月歩いや秒進分歩の変化が世界中の音楽業界を襲っています。今や、音楽は、それが素晴らしい音楽性を持つにしても、ビジネスとの戦略的連携がなければ、瞬く間に忘れられてしまいます。厳しい現実です。それでも、新しい才能は、如何に過酷な環境からでも生まれるものです。現在進行形のカナディアン・ミュージックを次のステージにステップアップさせるジュノー賞の今後に注目です。
(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。
山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身


















