第40回 「自分の人生だから」で、終わっていい? 〜Let’s海外終活〜

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

バンクーバーはすっかり秋です。夏の間は夜遅くまで明るかった空も、気がつけば日暮れがずいぶん早くなりました。そして時には、「え、もう冬?」と思うほど、厚手のジャケットやコートが必要なことも。長い冬の始まりも、そう遠くないと感じる今日この頃です。

「人生は一度きり。好きなことをして生きよう」

SNSを見ていると、こんな言葉をよく目にします。行きたいところへ行く。食べたいものを食べる。会いたい人に会う。やりたいことを我慢せず、自分らしく生きる。

うん、うん。本当にその通り。

私自身、終活を「私活(わたしかつ)=他の人のためではなく、自分のための活動」とお伝えしているのも、死ぬ準備をするのではなく、今ある人生をもっと大切に、楽しんでほしいと思っているからです。

……なのですが。

職業柄でしょうか。「人生は一度きり。好きなように生きよう」という言葉を目にすると、ときどき心の中で、余計なことを考えてしまいます。

「ところで、自分に何かあった時のことは、ちゃんとしているのかな?」

はい、完全に余計なお世話です(笑)。

でも私は仕事柄、その「何かあった後」を何度も見てきました。本人がいなくなった途端、「この口座、どうやって手続きするの?」「日本にも財産があるらしいけれど、どこにあるの?」「この人には、どうやって連絡すればいい?」「本人は、いったいどうしてほしかったんだろう?」そんな「わからない」が次々と出てきます。

残された人は、書類を探し、銀行や役所に問い合わせ、スマホやパソコンで調べ、家の中をひっくり返すようにして手がかりを探します。

海外に暮らしていれば、さらに日本と現地、二つの国をまたいで手続きをしなければならないこともあります。言葉も違う。制度も違う。時差もある。

本人にとってはごく普通だった海外生活が、本人がいなくなった途端、残された人には解き方のわからないパズルのようになることがあります。

そして、こういう話は、なかなか表には出てきません。

亡くなった人を悪く言いたくない。家族のことを人に話したくない。

「あの人が亡くなったあと、本当に大変だったんです」

そんなことを、わざわざSNSに書く人も多くはないでしょう。だから私たちに見えるのは、その人が生きていた時の姿です。

でも、その人がいなくなったあと、誰が何時間も書類を探したのか。誰が仕事を休んで手続きをしたのか。誰が日本と海外に何度も電話をかけたのか。

そして誰が、

「どうして何もわかるようにしておいてくれなかったんだろう」

と途方に暮れたのか。

そこは、ほとんど見えません。

私は、「好きなことをする前に終活しなさい」と言いたいわけではありません。旅行にも行ってほしい。美味しいものも食べてほしい。会いたい人には会ってほしい。やりたいことがあるなら、どんどんやってほしい。

人生は、本当に一度きりですから。

でも、最近よく思うのです。

「自分の人生なんだから、好きに生きる」ということと、「自分に何かあった後のことは、誰かよろしく」は、同じではないのではないか、と。

自由に生きることと、その後をすべて誰かに委ねることは、少し違うように思います。

自分が何も準備しなかったことで生まれる時間や手間や混乱を、これからを生きていく誰かに、すべて背負わせてしまっていいのでしょうか。

その「誰か」は、たいてい自分にとって大切な人です。子どもかもしれない。配偶者かもしれない。兄弟姉妹や友人かもしれません。

その人たちにも、その人たちの暮らしがあります。仕事があり、家族があり、これから生きていく時間があります。

終活というと、「自分の死について考えること」と思われがちです。でも、相続の現場にいる私には、少し違って見えます。

自分の人生が終わったあとも、誰かの人生は続いていく。

だから、自分がいなくなったあと、必要以上の負担を残さないようにしておく。それも終活のひとつなのではないでしょうか。

すべてを完璧に準備する必要はありません。家族が知らない口座を書き留めておく。大切な人の連絡先を残しておく。必要な書類がどこにあるか伝えておく。自分に何かあったらどうしてほしいのか、一度話しておく。

ただ、ここでもう一つ、大切なことがあります。

「自分では、ちゃんと準備しているつもり」

それで、本当に大丈夫でしょうか。

前回のコラムでは、親が「これなら公平だろう」と思っていることと、子どもがそう感じることは、必ずしも同じではないというお話をしました。終活も、少し似ているのかもしれません。

自分では「これだけ残しておけば大丈夫」と思っていても、実際にその後を引き受ける人には、まだ分からないことがあるかもしれません。

だから、一度聞いてみてもいいのだと思います。

「私に何かあったら、何が分からなくて困りそう?」

意外な答えが返ってくるかもしれません。

自分らしく、自由に生きる。そして、その自由のほんの少し先にいる人のことも考えてみる。

自分の人生が終わったあとも、大切な人の人生は続いていきます。

その人の時間を必要以上に奪わないために、今、話しておけることは何でしょうか。
そんなことを、秋の夜長に考えてみるのもいいかもしれませんね。

*ご感想・ご質問は、メールにてお気軽にどうぞ。voice@shukatsu.ca

本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

海外終活アドバイザー
遺言・相続専門 弁護士アシスタント

親しい友人の急逝をきっかけに、事前の準備が周囲の負担を減らし、安心をもたらすことを実感。現在は相続専門の弁護士アシスタントとして実務に携わりながら、50代からの海外在住日本人に向けて終活の重要性を伝えています。

終活を「死の準備」ではなく、人生を整える「私活(わたしかつ)」と考え、エンディングノートを活用してその考え方を広げています。

カナダ・バンクーバー在住。家族はカナダ人の夫と2人の息子、愛猫1匹。

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