幅2・3メートルと鉄道車両として国内最大級の客室の窓から妙高山(標高2454メートル)や日本海のパノラマ車窓を楽しめ、厳選した地元食材を生かした料理に舌鼓を打つことができる新潟県の第三セクター鉄道(トキ鉄)の真っ赤な外観の観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」。通常便の料金は1人当たり2万9800円するが、早々に予約が埋まる人気列車として2026年4月に運行開始10周年を迎えた。
2025年度の利用者に占めるインバウンド(訪日客)比率は19・8%に達するが、さらに注目を浴びて「なかなか予約できない列車」になるのは時間の問題だ。というのも、沿線の赤倉温泉(妙高市)は訪日客に人気のスキーリゾートとして浮上しており、同市内には投資額2千億円をうたった富裕層向けの高級リゾート施設も誕生するからだ。雪月花の道中、妙高高原(妙高市)から終点の糸魚川(糸魚川市)までの区間も見逃せないチェックポイントが豊富にあった―。
▽影の正体とは…
北陸新幹線と接続する始発駅の上越妙高(上越市)を午前10時35分に出発した雪月花はトキ鉄の妙高はねうまラインを通り、午前11時20分に妙高高原のプラットホームに滑り込んだ。
現在は高崎(群馬県高崎市)と敦賀(福井県敦賀市)を結んでいる北陸新幹線の長野―金沢間が2015年3月に延伸開業した際、それまではJR東日本が抱えていた信越線の長野―直江津(新潟県上越市)間と、JR西日本が所管していた北陸線の直江津―金沢間が分離された。うち新潟県内の区間を引き継ぐために同県と沿線自治体などが出資して設立されたのがトキ鉄だ。
信越線妙高高原―直江津間、北陸線直江津―市振(糸魚川市)間を引き継ぎ、それぞれ妙高はねうまライン、日本海ひすいラインと命名。県境では隣県の三セク鉄道と乗り継ぐことができ、うち妙高はねうまラインは妙高高原で長野県の三セク鉄道「しなの鉄道」北しなの線と接続する。
そんな妙高高原のホーム下にある線路脇の水路に、何かの影が見えた。それはコイで、目の前の雪月花と張り合うような真っ赤な姿だった。

▽新幹線停車駅も通過!
雪月花は午前11時25分に反対方向へ走り出すと、妙高はねうまラインを出発駅の上越妙高の方向へ戻っていく。その上越妙高もただ通り過ぎるだけで、新幹線停車駅を袖にするというのは面白い展開だ。
上越妙高の2駅先の高田では、客室の扉は開閉しないものの荷物を積み込む「運転停車」がある。止まっている間、客室乗務員が車内放送で「高田城址公園に植えられた約4千本のソメイヨシノが咲き誇り、東京の上野公園、青森県の弘前城と並び『日本三大夜桜』とたたえられています」と紹介した。
次の春日山駅(上越市)の手前では、左側奥の車窓に上杉謙信の居城だった春日山城址の姿が。上杉謙信の居城、さらには徳川家康の六男、松平忠輝公の居城として建てられた高田城も存在したという事実は、この地域が戦略的に枢要であり、かつ栄華を誇っていたことを物語る。
▽「あった!」、ただし…
午後0時10分に2番線に進入した直江津の停車時間は11分。車内放送で「進行方向のホーム先端には新潟県鉄道発祥の地・直江津、その象徴の0キロポストがございます」と案内があったため、下車した乗客の多くがホームの先へと進んだ。

0キロポストとは、路線の起点を表す距離標のこと。壁に取り付けられた金属製オブジェを見つけた乗客は、「あった」と言うとその前で記念撮影に興じた。このオブジェは切断したレールの上に数字の0(ゼロ)が載っているデザインで、0キロ地点なのが直感的に分かる。
ただし、実際の0キロポストは木製で、線路を2本挟んだ3番線のホーム下にひっそりと立っている。私は近くにいた乗客に「あそこのホームの下に見えるのが0キロポストですよ」と説明した。
それでも、オブジェが「0キロポスト」だと信じ込み、その隣でほほえんで記念撮影すると立ち去っていく乗客もかなりいた。同じ0キロ地点にあるのは間違いないのだが。
もっとも、金属製オブジェの写真を見せて「これが直江津駅の0キロポストよ」と解説した場合、相手が鉄道に詳しい人であればこう首をかしげるかもしれない。

「おかしいなあ。0キロポストは木でできており、線路脇に立っているはずだが…」
▽乗り遅れ防止の“セーフティーネット”
雪月花は午後0時21分、再び進行方向を変えて走り出した。妙高高原から直江津まで妙高はねうまラインを北上してきたが、直江津からは日本海ひすいラインを西進して糸魚川を目指す。
直江津の隣駅の谷浜(上越市)の付近からは右手に日本海が広がり、路線名通りのひすい色の水面が迫る。そんな車窓に見とれていると、名物のデザート「法王のティラミス」が運ばれてきた。

この名前はフランシスコ前ローマ教皇が2019年に来日した際に昼食会で振る舞われたことに由来し、食するとリッチな味わいが口いっぱいに広がる。極上のスイーツに舌鼓を打つ「ヌン活」を堪能して日本海を眺めていると、客室乗務員から「ここはえちごトキめき鉄道の路線の中でも最も美しい区間と言われております」と教えられた。谷浜の隣駅、有間川(上越市)の付近だ。
ここから眺める日本海は「冬は荒波、夏はきれいな夕日と四季それぞれ違う美しい姿を見せてくれます」という。晴天の日には佐渡島を眺められることもあるそうだが、この日はあいにく雲に遮られていた。

雪月花は全長11キロ超の「頸城(くびき)トンネル」に進入すると、暗闇の中で減速した。日本に5駅しかないトンネルの途中にある駅、すなわち「モグラ駅」の筒石(糸魚川市)に止まるためだ。
筒石は地下約40メートルにあり、地上の駅舎とは約300段の階段が結んでいる。到着前、客室乗務員がひときわ大きな声でくぎを刺した。「筒石駅では7分停車いたします。この時間では改札口まで上ることはできませんので、列車の周辺でお過ごしください」

トキ鉄は乗り遅れ防止に懸命で、こんな“セーフティーネット”まで用意されていた。下車して通路の石段を上り始めたところ、途中の踊り場で客室乗務員が先回りして“通せんぼ”をしていたのだ。乗務員は「ここまででお願いします」と伝え、やって来た乗客たちの記念撮影をしてくれる。
モグラ駅で写真を撮り、思い出を持ち帰った乗客たちはおとなしく列車へと引き返すので発車時刻までに列車に戻ってくれる。スマートな演出だと感心した。

無事全ての乗客が帰還した雪月花は午後0時46分に筒石を出発。糸魚川までは残り30分だけとなったが、見落とせないチェックポイントが残されている。
それは電車が電気を取り込むための架線の直流と交流が切り替わる区間だ。糸魚川市の梶屋敷―えちご押上ひすい海岸間にあり、東側の直流区間と、西側の交流区間の間には架線に電気が流れない「デッドセクション」を設けている。
旧日本国有鉄道時代に造られた電車455・413系で運転しているトキ鉄の巡行快速「ホリデーライナー」に乗っていれば、デッドセクションに到達したことが分かる。車内の蛍光灯が消え、代わりに非常灯がともる現象が起こるからだ。
ところが、雪月花の車内では検知不可能なのだ。架線を使わないディーゼル車両のため、通過時も「何も起こらない」というのが理由だ。
「あそこだ!」と教えていただいた地点にデッドセクションの標識があったので分かったが、注視していなければ見落としかねないほど気づきにくかった。
列車は定刻の午後1時16分、直江津の2番線に到着した。約2時間40分の行程は名所や名物にあふれており、盛りだくさんのチェックポイントを巡るオリエンテーションを楽しんだような感覚だ。
それもパノラマの眺望を楽しめる観光列車で巡り、新潟県産の食材を生かしたこだわりの食事を堪能できるのだから、忘れ得ない至福の時間だった。
料金は決して安くはないものの、コスパもタイパも支払った金額を超えているというのが乗った人たちのほとんどの共通認識ではないだろうか。
▽“大ブーム”前夜、その理由とは
さて、雪月花の乗車体験を東京のラジオ局、J―WAVEの番組「JAM THE PLANET」でご紹介した後、聴いてくれた親戚から「一緒に聴いた妻から『雪月花に乗りたい』と言われました。(富山県の)黒部峡谷鉄道のトロッコ列車とセットで、秋ごろの予約にチャレンジしようかと思います」と連絡があった。

これは正しい心がけで、雪月花の乗車に興味を持たれた皆様には「善は急げ」とアドバイスしたい。というのも、2025年度の利用者数に占める訪日客比率が19・8%だった雪月花は注目度が一段と高まっており、“大ブーム”前夜と言うべき状況だからだ。訪日客の“参戦”が加速すれば、ただでさえ取りにくい予約がさらに激戦となるのは必至だ。
赤倉温泉へのオーストラリアなどからの訪日客が急拡大したことを追い風に、観光庁によると新潟県の2025年の外国人宿泊者数は前年比55%増の82万人泊となった。
さらに外資系不動産投資ファンドのペイシャンス・キャピタル・グループ(PCG)は投資額2千億円を掲げて妙高市にリゾート施設を建設し、イギリスのホテル大手IHGホテルズ&リゾーツが運営する高級ホテル「シックスセンシズ妙高」を2028年度に開業する計画だ。57の客室を設け、多くの客室で温泉を楽しめる仕様にする。建物の上層階には21戸の住宅も設ける。
訪日客に人気の国内スキーリゾートとしてせんべんをつけたのが北海道ニセコ町で、長野県白馬村が続いたが、それらに続く“第三の矢”として飛躍しているのが妙高市なのだ。
訪問客の大きな動機はスキーだが、地元はリピーター客を広げるために冬以外にも楽しめる観光商材の開拓に力を入れている。そこにぴたりとはまるパズルのピースが雪月花であり、通年観光の切り札として存在感を発揮するというのは私の見立てだ。
実際、2026年4月に雪月花に乗車したPCGのケン・チャン最高経営責任者(CEO)は高く評価し、外国人旅行者の送客に向けたトキ鉄との連携に意欲を示した。
トキ鉄の平井隆志社長は、チャン氏の反応に「かなり手応えがあると思った」と喜びを隠さない。訪日客の利用拡大に向け、雪月花の定期便運行にとどまらず「特に外国人個人旅行者(FIT)向けの商品をしっかりと作っていき、できるだけ多くの皆様に喜んでもらえるようにサービスを拡充させていきたい」と意気込む。
こうした流れを踏まえると、訪日客が雪月花になだれ込んでくるまでの時間は短いかもしれない。それだけに、興味を持たれた皆様にはこう呼びかけたい。
「急いでご乗車ください!」

【「えちごトキめきリゾート雪月花」の利用者数】えちごトキめき鉄道によると、「えちごトキめきリゾート雪月花」の2025年度の利用者数は6772人で、冬期便が運休した前年度より16・0%増えた。居住地は首位の首都圏が37・2%、次いで海外が19・8%、新潟県が15・5%、関西圏、長野・石川・富山3県がそれぞれ6・4%。インバウンド(訪日客)のうち85・1%を台湾が占めており、中国が10・1%、シンガポールが1・5%だった。雪月花は25年度の本業の損益を示す営業損益が5146万円の黒字で、会社全体の営業損益が3億4900万円の赤字だったえちごトキめき鉄道にとって重要な収益源となっている。
(「走る芸術品・雪月花」【完】。「カナダ“乗り鉄”の旅」、次回の第39回からはカナダの超豪華観光列車をご紹介します。どうぞお楽しみに!)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。




























