鉄道分野の優れたデザインに贈る世界的な賞「ブルネル賞」の2025年の奨励賞に、新潟県の第三セクター鉄道、えちごトキめき鉄道の観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花(せつげっか)」ET122形1000番台が輝いた。26年4月23日に運行開始10年を迎えた雪月花は雪景色でも映える真っ赤な2両編成のディーゼル車両で、窓の幅が2・3メートルと鉄道車両として国内最大級になっている。
車窓からのパノラマの満喫できる「異例に大きな窓」が高く評価され、審査員は「(建物の外壁をガラスで覆うデザインの)ガラスファサードにより近い」と称賛した。雪月花のデザイナーは私の取材に対し、雪月花のデザインに当たって泉田裕彦・元新潟県知事から“手本”として指示されたのがカナダの列車だったことを明らかにした。
【えちごトキめき鉄道】新潟県の第三セクター鉄道で、本社を上越市に置いている。北陸新幹線が長野―金沢間で延伸開業した2015年3月、JR東日本とJR西日本から切り離された並行在来線を引き継いで発足した。妙高高原(新潟県妙高市)―直江津(上越市)の「妙高はねうまライン」(37・7キロ)と、直江津―市振(糸魚川市)の「日本海ひすいライン」(59・3キロ)の2路線を抱えている。線路幅は狭軌(1067ミリ)で、VIA鉄道カナダをはじめとするカナダの鉄道で一般的な標準軌(1435ミリ)より狭い。

全線電化しており、うち妙高はねうまラインと、日本海ひすいラインの直江津―根屋敷(糸魚川市)間の架線は直流1500ボルト。糸魚川市の根屋敷とえちご押上ひすい海岸(同)の間に直流と交流を切り換える交直セクション(デッドセクション)があり、市振まで交流20キロボルト60ヘルツとなっている。日本海ひすいラインの交直両区間をまたがって走る普通用の車両ET122形と、「えちごトキめきリゾート雪月花」のET122形1000番台はディーゼル車両で、架線からパンタグラフで電気を取り込むのは快速として運行される交直流電車455・413系とJR貨物の交直流電気機関車がけん引する貨物列車だけとなっている。一方、妙高はねうまラインの普通用には直流電車127系が使われている。

えちごトキめき鉄道は筆頭株主の新潟県が93・09%を保有し、他に沿線自治体の上越市と糸魚川市、妙高市、企業なども出資。2024年度(25年3月期)決算は売上高に当たる営業収益が36億5772万円、本業の損益に当たる営業損益が5億1680万円の赤字だった。自治体による補助金収入などを計上し、最終的な損益を示す純損益は2億8181万円の赤字だった。
▽“新進デザイナー”に白羽の矢が立ったワケ
雪月花は2016年4月に運行を始め、基本的なコースはともに北陸新幹線の停車駅である上越妙高(新潟県上越市)と糸魚川(糸魚川市)を結ぶ。乗客は天井まで延びている大きな窓から日本海の荒波や、「越後富士」と呼ばれる妙高山(標高2454メートル)といった大自然を観賞しながら、新潟県のこだわった食材を使った料理に舌鼓を打つ。新潟県はコメ生産量が日本一で、日本海の新鮮な魚介類にも恵まれているだけに、味は折り紙付きだ。
雪月花は2016年の「グッドデザイン賞」と、鉄道友の会の17年の「ローレル賞」に輝くなど高く評価され、25年にブルネル賞奨励賞も加わった。公称6億円の製造費は新潟県が拠出し、関係者は「実際にかかった費用は6億円をかなり上回った」と打ち明ける。それだけに、経営難に苦しむ他の三セク鉄道からは「えちごトキめき鉄道は法外な門出祝いをもらえて本当にうらやましい」と羨望のまなざしを向けられている。
雪月花の設計デザイン統括に起用されたのが、イチバンセン一級建築士事務所代表取締役の川西康之氏だ。日本国有鉄道(国鉄)時代に登場して京阪神を結ぶ「新快速」などに使われた電車117系を改造したJR西日本の長距離列車「ウエストエクスプレス銀河」、特急「やくも」(岡山―出雲市)の電車273系、ディーゼル車両キハ189系を改造した観光列車「はなあかり」などのデザインで知られる。



今は大御所の地位を確立した川西氏だが、鉄道車両のトータルデザインを手がけたのは雪月花が初めて。当時はまだ“新進デザイナー”だった。
一方、観光列車のデザイナーとして隆盛を極めていたのが、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」を担当した工業デザイナーの水戸岡鋭治氏だった。
川西氏に白羽の矢が立った理由をえちごトキめき鉄道の関係者はこう明かす。「妙高高原駅で接続する(三セク鉄道の)しなの鉄道が水戸岡氏のデザインした観光列車『ろくもん』を運行しているので、うちは違うデザイナーを起用して違いを出さなければならないと判断した」
▽コンセプトは「まるごと新潟製」

私の取材に応じた川西氏は、導入の背景には当時の新潟県知事だった泉田裕彦氏の強い危機感があったことを明らかにした。
というのも、北陸新幹線の長野―金沢間の延伸で登場することになった速達列車「かがやき」は、新潟県にある上越妙高、糸魚川両駅を通過することが判明。川西氏は「軽井沢や(長野、富山両県にまたがる山岳観光ルート)立山黒部アルペンルート、金沢などそうそうたる観光地が連なる中で、新潟県には焦りがあった」と打ち明けた。
そこで至上命題となったのが、首都圏などから北陸新幹線を使った観光客が上越妙高、糸魚川のどちらかの駅で降り、乗車したいと思わせるような「他には絶対に負けない観光列車を造ること」。元えちごトキめき鉄道社長の嶋津忠裕氏らと話し合って定員を50人程度、食事込みの料金を1人あたり1万5000円程度として「北陸新幹線の(最上級クラスの)グランクラスか、(上級クラスの)グリーン車に乗り、赤倉観光ホテル(新潟県妙高市)に宿泊するような生活にゆとりがある顧客層の利用を想定した」(川西氏)という。なお、雪月花の通常便の1人当たり料金は現在2万9800円かかる。
2両編成のディーゼル車両を新造することは決まっており、開発のコンセプトとして掲げられたのが“all made in NIIGATA”(全てが新潟製)。新潟県聖籠町にある鉄道車両メーカーの新潟トランシスで製造され、車内には燕三条地域の金属加工品、越後杉、滑りにくく耐水性に優れた新潟県産の瓦を床に敷くなど県産品をふんだんに用いた。
ただ、雪月花の特色を決定づけたのはなんと言っても大きな窓だ。きっかけとなったのは泉田氏の鶴の一声だった。
川西氏と嶋津氏が新潟県庁を訪れ、面会した泉田氏はこう指示した。「先ごろカナダでガラス張りの列車に乗りました。これに負けない車両をデザインしてください」
▽リクライニング座席案が頓挫、代替策とは
川西氏が早速ひもといたのが、カナダ東部オンタリオ州トロントと西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーを4泊5日で結ぶVIA鉄道カナダの大陸横断列車「カナディアン」の目玉となっている展望車両だ。道中のヤマ場であるカナディアンロッキーの絶景は大きな窓から見渡せるのが、カナディアンの大きな売りだ(本連載第27~35回「シリーズ『カナディアン』」参照)。
ところが、川西氏は壁にぶち当たった。カナディアンの展望車両は天井の中央部までガラス張りだが、日本では法令上不可能だったのだ。新潟トランシスの設計担当者らと検討を重ねた結果、日本の鉄道車両で最大級となる幅2・3メートルの窓を採用した「鋼体車体でガラス面を法令上および構造上、最大限に広げられる現在の形ができあがった」という。

一方で川西氏が固執したのは北陸新幹線の車両E7系・W7系から乗り換えた利用者が雪月花の座席に腰かけた際に「狭い」と思わせないことだった。新幹線の座席は背もたれが倒れることから、油圧の力で背もたれを倒すリクライニング座席を一部採用することを検討したという。
ところが、大手家具メーカーに打診したところ「同じロットで最低50席は必要」という条件を付けられた。雪月花は全部で45席しかないため、この案は頓挫した。
リクライニングしなくても快適な座席にするにはどうすれば良いのか。川西氏が勝負を賭けたのは、「座席の幅や足元の占有面積を、多くのお客様が乗り換えてくる北陸新幹線のグリーン車より広くすること」だった。新潟県産のスギなどを生かした天童木工(山形県天童市)のいすと机は快適性と美しさを両立し、新幹線に引けを取らないどころか、超越した空間を生み出した。
そうした強いこだわりと、数々の苦労を乗り越えて生み出された雪月花は「走る芸術品」と呼んでも過言ではない。実際、雪月花は2026年1月31日のテレビ東京系列の番組「新美の巨人たち」で紹介されているので、もはや芸術の領域まで昇華したと言えよう。
ただし、えちごトキめき鉄道を5回以上訪れていた私も雪月花は“高嶺の花”だった。ある時は車両基地で、別の時は駅でその姿を羨望のまなざしで見つめていた。
すると、望みが叶った。憧れの空間に足を踏み入れるチャンスがついに訪れたのだ―。(「カナダ“乗り鉄”の旅」(第37回) 走る芸術品・雪月花【中】に続く)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

























