VIA鉄道カナダの展望車両を手本とし、窓の幅を2・3メートルと鉄道車両として国内最大級まで広げた新潟県の第三セクター鉄道、えちごトキめき鉄道の観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花(せつげっか)」に乗り込む日がやって来た。大きな窓からのパノラマを堪能できるのはもちろんのこと、旅路には「もう一つ」の名物が潜んでいた―。
【えちごトキめきリゾート雪月花】2026年4月23日に運行開始10年を迎えた新潟県の第三セクター鉄道、えちごトキめき鉄道の観光列車。新潟県が資金を出して新造した真っ赤な外観の2両編成のディーゼル車両ET122形1000番台で、2016年の「グッドデザイン賞」、鉄道友の会の17年の「ローレル賞」、25年の「ブルネル賞」奨励賞などに輝いている。通常便の料金は1人当たり2万9800円(2号車の「展望ハイデッキ」利用には、1グループ2万円が別途必要)。
開発のコンセプトは“all made in NIIGATA”(全てが新潟製)。新潟県聖籠町にある鉄道車両メーカー、新潟トランシスで組み立てられ、車内のカーテンの留め具(カーテンタッセル)などには燕三条地域の金属加工品、座席などに木目が鮮やかな越後杉、床材には滑りにくく耐水性に優れた阿賀野市産の安田瓦を敷くなど県産品をふんだんに用いた。
鉄道車両で日本最大級の幅2・3メートルの窓は遮熱性を備え、紫外線(UV)透過率が0・01%以下のUVカットガラスを採用している。定員は45人で、1号車は沿線の名所である日本海と妙高山(標高2454メートル)を向いて腰かける座席が中心で、2号車はテーブルを挟んで4人または2人のボックス座席を配置。先頭部の乗務員室の後ろには高い位置から前方の景色を眺められる「展望ハイデッキ」があり、うち1号車の方は全ての乗客が利用できる。
▽新幹線も奮発してグリーン車!なぜならば…
2026年3月に乗った雪月花は、北陸新幹線と接続する上越妙高(上越市)を午前10時35分に出発。北陸新幹線では次の駅の糸魚川(糸魚川市)に午後1時16分に着く。2時間41分の行程だが、北陸新幹線ならばわずか15分、えちごトキめき鉄道の各駅停車でも乗り換え時間を除くと約1時間で到着する。
一部の駅しか停車しない雪月花の所要時間が北陸新幹線の約11倍、えちごトキめき鉄道の各駅停車の約2・6倍もかかる理由は、出発後の進行方向で明かされる。
しがない一サラリーマンの私にとってグリーン車は縁遠いが、この日は奮発して北陸新幹線のグリーン車に乗り込んだ。それには確固たる理由がある。
雪月花の設計デザイン統括、イチバンセン一級建築士事務所代表取締役の川西康之氏は私の取材に対して「デザインに当たっては、北陸新幹線の(最上級クラスの)グランクラスか、(上級クラスの)グリーン車に乗り、赤倉観光ホテル(新潟県妙高市)に宿泊するような生活にゆとりがある顧客層の利用を想定した」とした上で、「座席の幅や足元の占有面積を、北陸新幹線のグリーン車より広くすること」を至上命題にしたと明かしていた。

このため雪月花に足を踏み入れるには北陸新幹線の車両E7系・W7系のグリーン車から乗り換え、遜色のない乗り心地の雪月花を満喫すべきだと考えたのだ。ただし、JR東日本のインターネットサービス「えきねっと」で予約した際に普通車分の料金を支払い、ためた「JREポイント」でグリーン車にアップグレードした。染みついた節約志向は簡単には抜けないようだ(苦笑)。
▽反対方向に出発!

この日は降雪があり、一面の銀世界を駆けて上越妙高に滑り込んだ真っ赤な雪月花は一段と大きな存在感を放つ。高架駅になった北陸新幹線に沿った地上にあるえちごトキめき鉄道妙高はねうまラインの上越妙高駅は1面2線の島式プラットホームになっており、基本的に妙高はねうまラインの起点の妙高高原(新潟県妙高市)へ向かう列車が1番線から、終点の直江津(上越市)への列車が2番線からそれぞれ発車する。
雪月花は直江津を経由し、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインを通って糸魚川へ向かう。ところが上越妙高で入線したのは1番線だ。利用者を乗せると、直江津の反対方向へと定刻に出発した。
というのも、雪月花の行程は上越妙高から糸魚川へ直行しないからだ。いったん妙高高原へ行った後、妙高はねうまラインを折り返して直江津へ向かう。直江津からは日本海ひすいラインに乗り入れて糸魚川へ進む。まるで変化球のような変わったルートだが、妙高高原へ向かう途中でさらに一ひねりを加えた“くせ球”になっている。
私が乗ったのは直江津側に連結された2号車で、川西氏が胸を張った通り快適な座り心地だ。北陸新幹線のグリーン車のように背もたれは倒れないものの、足元がゆったりしているので居住性で決して引けを取らない。
ウェルカムドリンクとして運ばれてきたフェルミエ(新潟市)のスパークリングワインの杯を傾けると、“夢路”にいざなわれて主目的の観光を棒に振りかねないほどの快適さだ。そんな危機を救われたのが、アテンダントの「もう少しで二本木駅(上越市)に着きます」という一言だった。

運行中の目玉を見逃すまいと、慌てて1号車へ移って展望ハイデッキから運転士越しに前方の景色をのぞき込んだ。
▽誰もいない状態の列車が来る!?
二本木は、勾配になった本線の脇に延びている線路が行き止まりになった「スイッチバック」の駅だ。新潟県内では唯一のスイッチバックで、立ち寄る列車は2度にわたって進行方向が変わる。「妙高高原へ向かう途中でさらに一ひねりを加えた“くせ球”」と評したのは、この構造のことだ。
妙高高原行きの列車が二本木に止まる際には、入線する前に乗り入れる引き上げ線(折り返し線)と、出発時に進行方向が変化。一方、上越妙高方面への列車は二本木を発車時と、引き上げ線で進行方向が変わる。
しかしながら、二本木を通過する列車は駅には立ち寄らず、本線をそのまま通り抜ける。雪月花は妙高高原へ向かう途中では二本木に立ち寄る一方で、妙高高原で折り返して直江津へ向かう際には本線を通過する。
1号車の乗務員室の後ろに張り付くと、進行方向右手にある二本木駅の脇を通過してから左へ分岐した引き上げ線に入った。積雪で線路が埋まらないようにした1922(大正11)年製の「雪囲い」が引き上げ線を覆っており、雪囲いの途中で運転士がブレーキをかけて停止させた。すると、車内放送で「ただいまよりスイッチバックのため、列車の進行方向が変わります」と案内があった。
ケーブルカーなどを除く一般的な鉄道としては勾配が国内で最も急な80パーミル(1000メートル進むと80メートルの高低差)の区間を擁する小田急電鉄子会社、小田急箱根の箱根登山電車は片道3回のスイッチバックがあり、そのたびに運転士と車掌が行き来して乗務員室を交代する。
これに対し、雪月花の運転士は妙高高原側に向かって左側にある乗務員室の側面扉の窓を全開にしたものの、運転席から動く気配がない。次の瞬間、アテンダントが乗務員室に入ってきた。
アテンダントが側面扉の窓から頭を出すと、運転士はマスコンハンドルを操作して時速20キロで列車をバックさせた。
アテンダントは駅のプラットホームの先端近くになると、「あと60メーター」と伝えた。運転士がブレーキをかけながら「あと60メーター」と復唱すると、続けてアテンダントが「あと40メーター」と報告。ホームでは地元住民らが「ようこそ スイッチバック二本木駅」の横断幕を持ち、手を振りながら出迎えてくれていた。

運転士がブレーキを強めると、アテンダントは「あと20メーター」「あと10メーター」「あと5メーター」と残りが少なくなってきたことを告げた。アテンダントの「停止」の声とともに、列車がピタリと止まった。
この運転方法について、別のアテンダントが乗客に解説した。「『雪月花』ではデザイナー(の川西氏)のこだわりにより運転席が中央寄りに造られているため、運転士が窓から後方確認することができません。そのため、アテンダントが代わりに窓から顔を出し、あと何メートル、あと何メートルと指示を出しながらバックしております」

これが通常の各駅停車に使われている電車ET127系の場合、運転席が脇にある。したがって運転士は立ち上がって乗務員室の側面扉の開けた窓から頭を出し、自分で停止位置までの距離を確認しながらワンハンドルマスコンを操作している。
もっとも、妙高高原へ向かう列車が引き上げ線から二本木へと進入する際、反対側の乗務員室には運転士がいない。雪月花のアテンダントはこの現象を「二本木駅側から見ると、(運転席に)誰もいない状態に列車が進入してくる不思議な体験ができます」と説明した。
▽ホームの屋根を支える正体は…

二本木の駅舎は開業した1911(明治44)年から現役で、えちごトキめき鉄道で最も歴史がある。雪深い地域だけに、雪下ろしの際に命綱を引っかける棒が屋根から突きだしている。乗った日は降雪があったため、線路脇のスプリンクラーからの散水で線路上の雪を溶かしていた。


1面2線の島式ホームの屋根を支えている柱は、何とレールの再利用品だ。その中にはアメリカで1923(大正12)年に製造されたレールや、1929(昭和4)年の国産レールがあるという。レールの刻印で確かめたかったが、ホーム上の地元産品販売コーナーで買い物をしていると9分の停車時間があっという間に過ぎた。
発車時に再び進行方向が変わった。妙高高原での折り返し、妙高はねうまラインから日本海ひすいラインへとシフトする直江津を含め、計4回進行方向が変わるのが雪月花の「もう一つ」の名物なのだ。
予約していた2号車の自席に戻ると、お待ちかねの食事が用意されていた。木製の三段重に入ったシェ・トヤ(上越市)調製の料理で、桜のチップでスモークしたサーモンは素材の滋味が口の中に広がり、寒ブリと柔肌ネギのクラブサンドも食材の上質さと新鮮さを余すことなく引き出されていた。

雪をかぶった“モンブラン(白い山)”状態の妙高山を大きな窓越しに眺め、贅を尽くした料理に舌鼓を打つことができるのは至福のひとときだ。追って五泉市産のサトイモ「帛乙女(きぬおとめ)」のポタージュが温かい状態で振る舞われ、素朴ながら深みのある味わいを堪能した。

すると、車内放送で「列車は間もなく白田切川の短い鉄橋を渡ります。鉄橋を渡る際、進行方向の左側の視界が開け、巾着型の台地の周りを渓流・関川がぐるっと蛇行する珍しい風景をご覧いただけます」と案内があった。箸の手を休め、徐行する列車から窓外へカメラを向けた。

再び料理にありつこうとしたのもつかの間、「妙高高原で5分停車します」と知らされた。折り返し駅という節目だけに、降りてしっかりと観察しなければならない。
午前11時20分に滑り込んだ妙高高原で途中下車すると、線路脇に何かの影が見えた。その正体は意外なものだった―。
(「カナダ“乗り鉄”の旅」(第38回) 走る芸術品・雪月花【下】に続く)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。
























