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「カナダ“乗り鉄”の旅」第8回 日本では今年全廃!バンクーバーの“隠れた名物”トロリーバス

バンクーバー中心部を走るトロリーバス(2023年12月21日、大塚圭一郎撮影)
バンクーバー中心部を走るトロリーバス(2023年12月21日、大塚圭一郎撮影)

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「世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編」

 米国の有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の「世界で最も住みやすい都市」の調査で2023年に5位となったカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーは、運輸当局トランスリンクの発達した公共交通機関で好きな場所に簡単に移動できるのが魅力の一つだ。特にユニークなのがカナダで唯一で、日本では24年中に全廃されるトロリーバスが縦横無尽に走っていることだ。そんなバンクーバーの“隠れた名物”に乗り込み、バンクーバー湾を見下ろす美しい街並みを一望した。

バンクーバーのトロリーバス。車体の屋根のトロリーポールで架線から集電している(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)
バンクーバーのトロリーバス。車体の屋根のトロリーポールで架線から集電している(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)

【トロリーバス】バスの車体の屋根に棒状の集電装置「トロリーポール」を取り付けており、空中に張った「トロリー線」と呼ばれる架線から電気を取り込んでモーターを駆動させるなどして走る。「トロバス」の愛称でも呼ばれる。日本の法律の鉄道事業法では鉄道の一種である「無軌条電車」に分類しており、運転には鉄道と同じ運転士の資格が必要となる。
 軽油を燃料にしたディーゼルエンジンで走る通常の路線バスと異なり、トロリーバスは走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しないため環境性能が優れており、走る時のモーター音が静かなのも利点。一方、トロリーポールが架線から外れて立ち往生してしまうトラブルが起こる場合があり、運転手が車外に出てトロリーポールを架線に接続させる作業によってバスの運行が遅れたり、道路渋滞を招いたりするのが難点となる。

日本では唯一の路線が消滅へ

 中部山岳国立公園の一部で、標高3千メートル級の山が連なっている長野県と富山県にまたがる山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」の立山トンネルを通る日本で唯一のトロリーバスが、2024年11月30日をもって運行を終える。運行する立山黒部貫光が23年11月30日、国土交通省北陸信越運輸局に対して24年12月1日付での廃止を届け出た。

 立山黒部アルペンルートは積雪が多い冬季の毎年12月から翌年4月中旬は運休しており、2025年4月からは電気バスに切り替える。電気バスならば架線が必要ではない上に「高地における安定走行性に加え、今後一層の技術革新が見込まれる」(立山黒部貫光)と判断した。

日本の大都市では1972年前に全廃

 日本では架線にトロリーポールが届く車線しか走れないことなどが難点となり、横浜市で1972年に廃止されたのを最後に大都市のトロリーバスは一掃された。

 これに対し、富山県内にある標高2450メートルの室堂駅と標高2316メートルの大観峰駅の約3・7キロを約10分で結ぶ立山黒部貫光は1996年にトロリーバスを導入した“後発”だ。71年の開業後にディーゼルエンジンのバスを走らせていたものの、観光客の増加に伴う増便でトンネル内に滞留する排出ガスが問題化したためトロリーバスに切り替えた。

 立山黒部貫光によると、トロリーバスを運行してきた約28年間の累計利用者数は1920万人を超えている。今年は「ラストイヤーを記念したイベントなども実施していく」(立山黒部貫光)だけに、乗り納めを目指して大勢の旅行者が押しかけることになりそうだ。

 立山黒部アルペンルートでは、関西電力も扇沢(長野県)と黒部ダム(富山県)の間の「関電トンネル」でトロリーバスを1964年から2018年まで半世紀余り運行していた。19年からは電気バスを運転している。

路面電車を代替

 トロリーバスの“最後の牙城”が年内に陥落する日本に対し、バンクーバーでは第二次世界大戦終了から間もない1948年8月に営業運転が始まったトロリーバスが今も主要交通手段の一つだ。13系統の延べ約315キロもの路線が運行されている。

 バンクーバーではPCCカー(本連載第3回「トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!」参照)などを用いた路面電車の路線網があったが、トロリーバスのほうが整備や維持の費用を抑えられると判断。路面電車を1955年に全廃した一方、トロリーバスの路線を順次広げてきた。

 路線は主にバンクーバー中心部を発着。使っている車両はカナダ中部マニトバ州ウィニペグに本社を置くバスメーカー、ニューフライヤー・インダストリーズが製造した全長12・2メートルの「E40LFR」と、二つの車体をつなげた全長18・3メートルの連節バス「E60LFR」がある。ともに床が低く、乗降扉の部分に段差がないため、車いすやベビーカーの利用者でも乗り降りしやすいバリアフリーの設計になっている。

頭一つ抜き出た充実ぶり

 バンクーバーはコンデナスト・トラベラーの23年の「世界で最も住みやすい都市」で総合得点97・3点となり、3都市が入って国別の最多となったカナダの中で最上位だった。西部アルバータ州カルガリーは96・8点で7位、カナダの最大都市トロントは96・4点で9位だった。日本は大阪が96・0点で10位に入った。

 カナダのトップテンに入った3都市の共通しているのは公共交通機関で移動しやすい点だが、バンクーバーの充実ぶりは頭一つ抜き出ている。トロリーバスを含めた路線バスが幅広く運行されており、3路線全線が無人運転の「スカイトレイン」、近郊と結ぶ鉄道「ウエスト・コースト・エクスプレス」、ノースバンクーバーと結ぶ水上バス「シーバス」もある。

 バンクーバーを訪れる際の常套手段として、私は昨年12月に旅行した際も幅広い公共交通機関に乗り込んだ。宿泊したザ・リステルホテルが面したロブソン通りにはトロリーバスの5番系統(途中から6番系統として運行)が走っており、市内を行き来するのに何度も活用した。利用時はニューフライヤーのE40LFRが運用されていた。

カナダ・バンクーバーのトロリーバス(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)
カナダ・バンクーバーのトロリーバス(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)

 スカイトレインの路線「カナダライン」のイエールタウン・ラウンドハウス駅へ向かった際は、集積回路(IC)乗車券「コンパス」を乗車口の端末にかざして車両前部にある座席に腰かけた。

心温まる光景

 少し先のバス停でベビーカーに赤ちゃんを乗せた白人の夫婦が通路を挟んだ反対側の座席にやって来た。赤ちゃんが私の顔をのぞき込んでいるのに気づいたので、手を振ってあいさつして「お子さんに興味を持ってもらっています」と話しかけると夫婦はほほえんだ。

 バスが曲がってデイビー通りに入ると、10人ほどのアジア系女性のグループが乗り込んできた。女性たちは赤ちゃんがいるのに気づくと「ワー」と歓声を上げ、ベビーカーを取り囲んで笑顔で見つめた。

 先のバス停で夫婦が降車した時には女性たち全員が手を振って赤ちゃんを見送り、もちろん私も一緒になって手を振った。

 多くの人種が共生し、知らない相手にも温かく接する心温まる光景を眺めて思い出したのが、コンデナスト・トラベラーのバンクーバーについての「最も重要なのはここの人々はとてもフレンドリーなので、ほぼすぐに打ち解けた気持ちになるでしょう」という寸評だった。指摘は正鵠を射ており、旅行者の私もすぐにアットホームな気分に包まれた。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第7回 路線バスで紙幣を運賃箱に入れようとした時、運転手さんは… BRTとバスが発達したウィニペグ

VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 凍える日が多い冬のカナダだが、私は長期休暇になると駐在している米国から直ちに北上して国境を越えるのがもっぱらだ。自動車の運転を敬遠している者としては公共交通機関で安全に移動できる利点が大きいのに加え、訪れるたびにとても良い方々と出会えて心温まるのも大きい。昨年12月に訪れた中部マニトバ州の最大都市で州都のウィニペグは、バス高速輸送システム(BRT)と路線バスが発達しているため移動しやすい。ただ、紙幣はあったものの小銭を持たずに路線バスに飛び乗ってしまったため、運転手さんに過分な気遣いをさせてしまった―。

ウィニペグ市街地を走るウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ市街地を走るウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

【BRT】バス高速輸送システムのことで、英語の「Bus Rapid Transit」の頭文字を取って「BRT」と略される。バスだけを走らせる専用道や、バス用の車線を一部活用するため通常の路線バスより道路渋滞に巻き込まれにくく、速達性と定時性を確保しやすいのが特色。カナダではウィニペグのほかに首都オタワや西部アルバータ州カルガリーなどでBRTが走っており、2023年11月16日にはブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー都市圏で3つのルートを優先的に新設することが発表された。

 日本を含めた世界で走っており、JR東日本は2011年3月の東日本大震災で被災した気仙沼線の柳津(やないづ、宮城県登米市)―気仙沼(同県気仙沼市)間と大船渡線の気仙沼―盛(岩手県大船渡市)を復旧させるためにBRTを導入した。JR九州は17年7月の九州北部豪雨で被災した日田彦山線の添田(福岡県添田町)―夜明(大分県日田市)間(29・2キロ)の復旧のため23年8月28日に添田―日田(日田市)間でBRTの運行を始めた。

路線バスでウィニペグの空港から駅へ

ウィニペグ国際空港の旅客ターミナル内(2022年12月26日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ国際空港の旅客ターミナル内(2022年12月26日、大塚圭一郎撮影)

 カナダで中心部と空港を結ぶアクセス鉄道が走っているのはバンクーバーと国内最大都市の東部オンタリオ州トロントの2都市だけ。ただ、オタワが早ければ2024年4月にもオタワ国際空港まで鉄道で行けるカナダ3番目の都市となり、27年に東部ケベック州モントリオールの無人運転鉄道「REM」がモントリオール国際空港まで延伸する予定だ。

 詳しくは本連載「カナダ“乗り鉄”の旅」第6回をご参照いただきたい。

 大部分の都市では空港への主要な移動手段は路線バスとなっており、私も多くの都市で空港へ向かうバスのお世話になってきた。

 どの都市で乗った路線バスの運転手さんも親切だった。中でも印象的だったのは2022年12月27日にウィニペグ国際空港からVIA鉄道カナダの列車が発着するユニオン駅へ向かった時に乗ったバスの男性運転手さんだ。

運賃箱の投入口を手で押さえる

 空港の旅客ターミナルを出て少し歩いた場所にあるバスの停留所に着くと、ちょうど公共交通機関ウィニペグ・トランジットの路線系統15番のサージェント・マウンテン行きのバスが滑り込んできた。

 運転手さんに「ユニオン駅に行きたいのですが、このバスでいいですか?」と尋ねると、「途中でバスを乗り換えれば行けるよ」と教えられた。

 これはさい先が良いと満足しながら財布を開けると、そうとも言えない事態なのに気づいた。米ドルから交換したカナダドルの紙幣が入っているものの、カナダ入国後に買い物をしていなかったため小銭が全くないのだ。

 バスの運賃を確かめると大人が3・15カナダドル(約340円)で、妻と息子を含めた3人で計9・45カナダドルとなる。

 そこで10カナダドルを運賃箱の投入口へと投下しようとすると、運転手さんが慌てて投入口を手で押さえた。

「お釣りはいいですよ」と申し出たものの…

 運転手さんは「この機械はお釣りが出ないんだ。小銭はないか?」と尋ねてきた。

 そこで、「小銭はないので、お釣りはいいですよ」と10カナダドルを再び入れようとしようとした。大人3人で10カナダドルならばタクシーで移動するよりも安い。0・55カナダドルは運転手さんへのチップだと思えばいい。

 ところが、運転手さんは再び投入口を手で押さえてこう言った。

 「いや、運賃よりも多くもらうわけにはいかない。次に乗る時は小銭を用意して」

 そして「バスの乗り換えにこれが必要だから」と乗り換え用の切符も3枚くれ、乗り換えるバス停と、乗るべきバスの路線系統も丁寧に教えてくれた。

 あまりにも律儀な運転手さんの様子に申し訳なく思いながらも謝意を伝え、「次は小銭を用意するね」と約束して乗り換え用の切符をありがたく受け取った。

日系カナダ人の投票権を請願

ウィニペグ市内で見つけたネリー・マクラングさんらを描いた壁画(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

 ウィニペグは積雪があったものの、走り出したバスの運転手さんは雪道に全くちゅうちょする様子もなく鮮やかにハンドルをさばいていく。

 車窓から白銀の街並みを眺めていると、カラフルな建物の壁面が目に入った。左上に「女性たちの議会」というタイトルが付けられ、議場に居並ぶ女性たちが描かれていた。

 壁画の題材は『ダニーの信条』などの著書がある作家で、女性の参政権獲得に尽力した故ネリー・マクラングさん(1875~1951年)だ。東部オンタリオ州生まれで、マニトバ州に住んだマクラングさんらの活躍により、マニトバ州は1916年にカナダの州で初めて女性に投票権を付与した。

女性の参政権獲得に尽力したネリー・マクラングさん(1875~1951年)
女性の参政権獲得に尽力したネリー・マクラングさん(1875~1951年)

 また、マクラングさんら女性5人は英国領北アメリカ法に定める「人間」には女性が含まれるとの訴訟を起こし、1929年に勝訴。この判決は、それまで女性の立候補を認めていなかったカナダ連邦議会上院で女性議員が誕生するきっかけとなった。

 マクラングさんは1930年代にブリティッシュ・コロンビア州に対して日系カナダ人にも投票権を与えるように求める請願活動を展開。1930年代後半から40年代前半にかけてはカナダ政府にユダヤ人難民を受け入れるように迫った。

 マクラングさんは1932年、女性で初めてカナダ放送協会(CBC)の理事となった。ウィニペグにはネリー・マクラング財団があり、私が目撃したのは女性参政権に道を開いた功績を顕彰する壁画だったようだ。

人気キャラクターの名前の由来

ウィニペグ・ユニオン駅舎内での筆者(2022年12月27日)
ウィニペグ・ユニオン駅舎内での筆者(2022年12月27日)

 無事に着いたウィニペグ・ユニオン駅は1911年に完成した風格のある石造りの建物で、上部にVIA鉄道のロゴを掲げている。建物内のコンコースは吹き抜けで天井がドーム状になっており、クリスマスツリーの前には2022年9月に亡くなったカナダ元首でもあったエリザベス英女王の写真を展示していた。

 VIA鉄道はユニオン駅舎の改修のために2500万カナダドル(約27億3千万円)超を投じることを23年8月に発表。マリオ・ペロキン最高経営責任者(CEO)は「ユニオン駅はウィニペグの象徴で歴史的建造物というだけではなく、活気のある街と州のシンボルにもなっている。VIA鉄道は手入れをする役割を果たせることを誇りに思う」とコメントした。

 ウィニペグは人気キャラクター「くまのプーさん」(英語名「Winnie the Pooh」)のモデルとなったクマ「ウィニー」の出身地。ユニオン駅の近くには10カナダドル紙幣に描かれているカナダ人権博物館がある。

ウィニペグのカナダ人権博物館(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグのカナダ人権博物館(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

 2022年の推計人口は約78万3100人で、マニトバ州(23年で144万4190人)の半分強が集まっている。

波瀾万丈の鉄道旅に

 私たち家族は約900人が住むマニトバ州北部チャーチルへ2泊3日で向かうVIA鉄道の夜行列車に乗り込んで往復した。往路の列車は一時16時間超も遅れる波瀾万丈の旅となった。

VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)

 予約していた2023年元日の航空便に間に合わなくなることを一時は恐れたが、復路の列車はウィニペグ・ユニオン駅に22年の大みそかの午後10時20分、定刻より5時間35分遅れで到着した。

 詳しくは共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などで連載している「鉄道なにコレ!?」の第37回から5回にわたって取り上げた旅行記をご覧いただきたい。

 駅に隣接した市場「ザ・フォークス・マーケット」は大みそかの夜とあって大にぎわいだった。夕食にすしを堪能した後、宿泊先の空港近くにあるホテルへ向かうためにウィニペグ・トランジットの15番バスが発着するバス停へ向かった。

汚名返上のはずが…

 バス停で私はこれまでの買い物でためた小銭を握りしめていた。ウィニペグ国際空港から乗った路線バスで期せずして“無賃乗車”のような形になってしまい、今度こそぴったりと運賃を支払うためだ。

 金額はもちろん大人3人分のバス運賃、9・45カナダドルだ。「次は小銭を用意する」という往路の運転手さんとの約束通りに運賃箱に投入し、汚名返上を果たすという算段だった。

2022年の大みそかにウィニペグ市街を走る「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と表示したウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)
2022年の大みそかにウィニペグ市街を走る「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と表示したウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)

 ところが、近づいてきたバスの行き先表示をひと目見てあぜんとした。電光掲示板にオレンジ色の文字で「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と大書しているではないか。地元住民によると「大みそかに出かけて新年を祝う人たちで道路が渋滞するのを避けるため、バスを無料運行している」という。

 無料ということは持っている小銭を運賃箱に入れようとしても、行きのバスの運転手さんのように投入口を手で押さえて阻止されるのは間違いない。

「0:00 AM」と表示されたウィニペグ・トランジットの路線バスのデジタル時計(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)
「0:00 AM」と表示されたウィニペグ・トランジットの路線バスのデジタル時計(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)

 バスに乗ったのは2022年12月31日の午後11時50分ごろ。年越しを迎えたのはバス車内で、天井のデジタル時計の表示が「0:00 AM」に切り替わると乗客らで「新年おめでとう!」と声を掛け合って祝った。 移動中のバスの路上で新年を迎え、2023年という新たな旅路が始まることに胸が躍った。その一方で、約束が道半ばに終わってしまったことを後ろめたく感じた…。

VIA鉄道カナダの列車が発着するウィニペグ・ユニオン駅(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車が発着するウィニペグ・ユニオン駅(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存された旧型客車(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存された旧型客車(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存されている車掌らが乗務するための車両「カブース」(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存されている車掌らが乗務するための車両「カブース」(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第6回 空港アクセス鉄道、3都市目オタワの来年4月開業は可能? 日本などに続きカナダでも整備進む

カナダの首都オタワを走るO-トレインのコンフェデレーション線(2023年9月28日、大塚圭一郎撮影)
カナダの首都オタワを走るO-トレインのコンフェデレーション線(2023年9月28日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの首都オタワや、人口が国内2位のモントリオールで中心部と近郊の国際空港を鉄道で結ぶ動きが広がっている。カナダで3番目の空港アクセス鉄道の誕生を控えたオタワでは、開業時期が当初予定していた2022年終盤から延期を繰り返している。運行当局のオタワ・カールトン地域交通公社(OCトランスポ)は現在の営業運転開始目標を「2024年4月」と表明しているが、市民は「さらに遅れるのではないか」と不安視する。

京成電鉄や京浜急行電鉄などを通って成田空港と羽田空港を直通する電車(左)(2020年10月28日、東京都港区で大塚圭一郎撮影)
京成電鉄や京浜急行電鉄などを通って成田空港と羽田空港を直通する電車(左)(2020年10月28日、東京都港区で大塚圭一郎撮影)

【空港アクセス鉄道】都市の中心部と主要空港を結ぶ鉄道で、モノレールや新交通システムも含まれる。日本では東京(羽田空港と成田空港)、名古屋(中部空港)、大阪(伊丹空港と関西空港)、札幌(新千歳空港)、福岡(福岡空港)の5大都市圏の全てで主要空港を直結する鉄道が走っており、仙台空港や神戸空港、米子空港(島根県)、宮崎空港、那覇空港にもアクセスする路線が走っている。熊本県は熊本空港とJR豊肥線肥後大津駅の間にアクセス鉄道を2026年度から建設し、2034年度末に開業して熊本駅まで1本の電車でつなぐことを目指している。

羽田空港第3ターミナル。奥は富士山(2020年10月18日、東京都港区で大塚圭一郎撮影)
羽田空港第3ターミナル。奥は富士山(2020年10月18日、東京都港区で大塚圭一郎撮影)

カナダの空港アクセス鉄道は2都市だけ

 日本や欧州では多くの都市に空港アクセス鉄道があるが、カナダでは最大都市のトロントと西部バンクーバーの2都市だけにとどまっている。

 トロントではVIA鉄道カナダや通勤列車「GOトランジット」などが乗り入れるユニオン駅と、エア・カナダの羽田空港と結ぶ路線も発着しているトロント・ピアソン国際空港を列車「UP(アップ)エクスプレス」が約25分で結んでいる(本連載第1回参照)。運行しているディーゼル列車はJR東海の子会社、日本車両製造が手がけた。

 バンクーバーでは鉄道「スカイトレイン」の路線「カナダライン」が中心部とバンクーバー国際空港をつないでいる。バンクーバー空港には全日本空輸の羽田空港と結ぶ路線、エア・カナダと日本航空のそれぞれ成田空港と結ぶ路線などが乗り入れている。

カナダ・バンクーバーのスカイトレイン「カナダライン」の電車(2018年5月、大塚圭一郎撮影)
カナダ・バンクーバーのスカイトレイン「カナダライン」の電車(2018年5月、大塚圭一郎撮影)

急回復する外国人旅行者の利便性も向上

 一方、他の都市では路線バスが中心部と空港と結んでいる。だが、道路の渋滞に巻き込まれると遅れるリスクがある。専用の軌道を走る鉄道の方が安定している上、同時に多くの利用者を運べる強みがある。

 空港アクセス鉄道は初めて訪れる外国人旅行者らにとって比較的分かりやすく移動できるのも利点だ。カナダ観光局によると、外国からの宿泊旅行者数は2019年に2210万人と過去最高を記録したが、その後は新型コロナウイルス禍で激減した。

 今年に入ってからは大きく回復し、1~7月累計で1507万5千人に達した。トロントとバンクーバーでは市街地と移動しやすい空港アクセス鉄道が重宝されている。鉄道の建設が進められる都市では雇用が創出され、新型コロナ禍からの景気回復に一役買うことが期待されている。

自動券売機も設置済み

O-トレインのトリリウム線の開業を控えた空港駅の入り口(2023年10月3日、大塚圭一郎撮影)
O-トレインのトリリウム線の開業を控えた空港駅の入り口(2023年10月3日、大塚圭一郎撮影)

 うち6月に試運転が始まったのが、OCトランスポの鉄道「O-トレイン」の南北に走る路線「トリリウム線」の延伸区間だ。既に運行していた区間の最南端に当たるグリーンボロ停留場から南へ伸ばし、グリーンボロの次のサウスキーズ停留場で分岐する支線がオタワ国際空港とつなぐ。サウスキーズ停留場からライムバンク停留場まで南進する新規開業区間の建設費も含め、延伸の総事業費は12億カナダドル(約1300億円)に上る。

O-トレインのトリリウム線の空港駅に設置された自動券売機(2023年10月3日、大塚圭一郎撮影)
O-トレインのトリリウム線の空港駅に設置された自動券売機(2023年10月3日、大塚圭一郎撮影)

 私は9月下旬から10月上旬にかけてオタワを含めたカナダを訪れ、オタワ空港の旅客ターミナルに隣接した高架になっている空港停留場を見てきた。現段階では立ち入り禁止になっているもののプラットホームは既に完成しており、停留場の入り口には自動券売機も設置済みだ。

 開業後に列車で空港へ向かう利用者は、到着したプラットホームから5分ほど歩くだけで航空便出発の保安検査場に向かうことができそうだ。荷物を預け入れる場合、エア・カナダなどの航空会社のカウンターは通路の途中にある。

思わぬとばっちりも…

 ところが現在の開業目標は2024年4月と、22年終盤から大きく遅れている。「思わぬとばっちりを受けている」と関係者から不満の声が漏れているのが、トリリウム線の沿線にあるカールトン大学だ。OCトランスポは延伸工事のため、2001年から走っていたトリリウム線を20年5月から全面運休している。

延伸工事のため現在は運休中のカナダ・オタワの鉄道「O-トレイン」の路線「トリリウム線」(2016年7月6日、大塚圭一郎)
延伸工事のため現在は運休中のカナダ・オタワの鉄道「O-トレイン」の路線「トリリウム線」(2016年7月6日、大塚圭一郎)

 当初は新型コロナ禍で大学に行かずに済むオンライン講義も採り入れられていたため、トリリウム線の運休による影響は限られていた。しかし、新型コロナ禍が一服してもトリリウム線が止まっているため、カールトン大学の教職員や学生は代わりに不便な路線バスの利用を余儀なくされている。

1本の列車とはならず

 O-トレインのトリリウム線が晴れて延伸後も、オタワ中心部と空港の間を1本の列車では行き来できない難題がある。それどころか、少なくとも当面は利用者が途中の停留所で2回乗り換え、3本の列車を利用することを余儀なくされる。

 空港からの利用者は二つ先のサウスキーズ停留場で下車し、トリリウム線を北上する列車に乗り換えると終点のベイビュー停留場に着く。オタワ中心部に向かうには高架に上がり、オタワを東西に結ぶ路線「コンフェデレーション線」に乗り換えることが必要だ。

オタワ中心部の地下区間でのO-トレインのコンフェデレーション線(2023年9月28日、大塚圭一郎撮影)
オタワ中心部の地下区間でのO-トレインのコンフェデレーション線(2023年9月28日、大塚圭一郎撮影)

 東へ3つ先にあるのが連邦議会議事堂の最寄りの議事堂停留場で、4つ先のリドー停留場からは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産のリドー運河やバイワード市場に徒歩でアクセスできる。

 OCトランスポの関係者は「空港と行き来する利用者が十分見込めるようになれば、(ベイビューから)空港までの直通運転を検討したい」と打ち明ける。もしも実現すれば乗り換えは1回に減るものの、ベイビューでの残る1回の乗り換えは続く公算が大きい。

オタワ中心部に直通できない理由

 というのも、トリリウム線は非電化でディーゼルエンジンを搭載した列車が走っており、中心部では地下を走る電車のコンフェデレーション線に現状では乗り入れさせられないからだ。ディーゼル車両が密閉した地下駅を走ると、ディーゼルエンジンが排出する煙が充満するといった悪影響が出る。

 もっとも、OCトランスポはトリリウム線とコンフェデレーション線の直通運転の可能性を完全に排除したわけではない。トリリウム線の延伸に伴って導入したスイスの鉄道車両メーカー、シュタッドラー・レールが製造した新型車両は改造すれば屋根にパンタグラフを取り付けて架線から電気を取り込んだり、充電池に電気をため込んだりしてモーターで走る構造に転換することが可能なのだ。

 しかし、直通運転には車両の改造にとどまらない大がかりな設備改良が必要となり、多額の投資を迫られるだけに実現性はかなり低そうだ。なぜなら、O-トレインの整備に対して納税者のオタワ市民からは「金食い虫だ」との批判も出ているからだ。コンフェデレーション線の東西両方向への延伸で大規模な整備事業は一服する公算が大きい。

モントリオールは2027年の予定

 カナダ2番目の都市、東部モントリオールでは今年7月にモントリオール中央―ブロサール間(16・6キロ)間が先行開業した自動運転電車「REM」がモントリオール国際空港まで2027年に延びる予定だ。

 延伸後はエア・カナダの成田と結ぶ直行便も発着するモントリオール空港と、VIA鉄道カナダの都市間を結ぶ列車やアムトラックの米国ニューヨークと結ぶ国境縦断列車「アディロンダック」(本連載第4回第5回参照)などが発着するモントリオール中央駅と26分でつなぐようになる。

カナダ・モントリオール国際空港と中心部を結ぶ路線バス「747系統」(2018年6月9日、大塚圭一郎撮影)
カナダ・モントリオール国際空港と中心部を結ぶ路線バス「747系統」(2018年6月9日、大塚圭一郎撮影)

 現在は路線バス「747系統」がモントリオール空港の旅客ターミナルに隣接したバス停留所と、モントリオール中央駅の近くのバス停をつないでいる。ただ、駅までの徒歩を含めて通常約40分かかる。REMがモントリオールの玄関口となっている空港と駅を直結し、所要時間が短縮すれば旅行者の利便性向上に資するのは請け合いだ。

カルガリーは調査に着手

 一方、市内を次世代型路面電車(LRT)が走っている西部アルバータ州カルガリー市は今年7月10日、LRTの路線をカルガリー国際空港まで延ばす最適なルートを探るための調査をすると発表した。調査には300万カナダドル(約3億2600万円)の予算を充てており、来年8月に完了する予定だ。

カナダ・カルガリー中心部を走る次世代型路面電車(LRT)(2018年10月4日、大塚圭一郎撮影)
カナダ・カルガリー中心部を走る次世代型路面電車(LRT)(2018年10月4日、大塚圭一郎撮影)

 カルガリーにはウエストジェット航空(カナダ)の成田と結ぶ路線が今年5月1日に就航し、観光業界関係者は「成田でアジアと結ぶ路線と乗り継ぐ旅行者も取り込んでおり、利用者数は堅調に推移している」と指摘する。

 カナダの特性である観光大国としての基盤をより強化し、日本との往来にも役立つ空港アクセス鉄道。既存のトロントとバンクーバー、開業が確実なオタワとモントリオール、そして「第5の都市」になる公算が大きいカルガリーに続いて他都市でも建設の動きが広がるのかどうか注目されそうだ。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第5回 美しいハドソン川辺の車窓、実は米国版「新幹線大爆破」に登場 全面再開の国境縦断列車

アムトラックの米加国境縦断列車「アディロンダック」(2023年9月23日、ニューヨーク・ペンシルベニア駅で大塚圭一郎撮影)
アムトラックの米加国境縦断列車「アディロンダック」(2023年9月23日、ニューヨーク・ペンシルベニア駅で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ第2の都市のモントリオールと米国の主要都市ニューヨークを結ぶ国境縦断列車「アディロンダック」が2023年9月11日、全面再開した。6月24日からの3カ月弱はニューヨーク州内だけを部分運行していたが、再び米加両国を行き来するようになった。見せ場の一つとなっているハドソン川沿いの車窓は、その美しさとは裏腹に米国版「新幹線大爆破」と呼ぶべき血なまぐさい映画に登場した―。

 【アディロンダック】カナダ東部モントリオールの中央駅と米国ニューヨーク中心部マンハッタンのペンシルベニア駅(ペン駅)の間を南北に縦断する国境縦断列車。1日1往復しており、走行距離は約610キロ。全米鉄道旅客公社(アムトラック)が運行し、VIA鉄道カナダが協力している。アディロンダックの営業損益は新型コロナ流行前の2019会計年度(18年10月~19年9月)で80万米ドル(1米ドル=145円で1億1600万円)の赤字で、ニューヨーク州の補助金などで支えている。
 列車名はアディロンダック山地から命名しており、アディロンダックは先住民「モホーク族」の言葉で「アメリカヤマアラシ」を意味する。山地はなだらかな山々が連なり、最高峰のマーシー山の標高は1629メートルと日本の東北地方の栗駒山とほぼ同じ。

長らく「薄暗く風情のない駅」に

米ニューヨーク・マンハッタンのグランドセントラル駅舎内(2023年9月9日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク・マンハッタンのグランドセントラル駅舎内(2023年9月9日、大塚圭一郎撮影)

 ニューヨーク・マンハッタンの主要駅は、ニューヨーク州やコネティカット州の閑静な住宅地と結ぶメトロノース鉄道などが発着するグランドセントラル駅と、全米鉄道旅客公社(アムトラック)やニュージャージー州との間を走る列車のNJトランジットなどが乗り入れるペンシルベニア駅(ペン駅)がある。これらの2駅の雰囲気は長らく、光と影のように受け止められてきた。

 グランドセントラル駅は完成から今年で110年を迎える石造り駅舎で知られ、星座が描かれた高いドーム形天井の下で記念撮影する観光客が引きも切らない人気観光スポットだ。丸の内口の赤れんが駅舎を擁する東京駅と姉妹提携を結んでいる。

 対照的に「薄暗く風情のない駅」(ニューヨーク市民)と受け止められていたのがアディロンダックを含めたアムトラックの列車が多く発着するペン駅だ。スポーツ競技やコンサートなどに使う会場「マディソン・スクエア・ガーデン」を建設するために荘厳な旧駅舎は1963年に解体され、それ以来は地下1階にコンコースのある殺風景な駅になっていた。

家系ラーメンも味わえるターミナル

ニューヨーク・ペン駅のライトアップされた外観(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)
ニューヨーク・ペン駅のライトアップされた外観(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)

 転機となったのは2021年に開業した「モイニハン・トレイン・ホール」だ。かつて郵便局だった石造りの建物を駅舎の一部として活用することで風格のあるたたずまいに一変した。列車が発着するプラットホームへ向かうエスカレーターが並ぶコンコースはガラス張りの天井で覆ったことで明るく、開放的な空間になった。

 モイニハンの名前は、郵便局の建物を駅舎として生かすアイデアを提案したニューヨーク州選出の故ダニエル・モイニハン元米国上院議員(民主党)から命名された。

ニューヨーク・ペン駅で味わえる「E・A・K・ラーメン」(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)
ニューヨーク・ペン駅で味わえる「E・A・K・ラーメン」(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)

 構内のフードコートには代表的な国際都市の一つのニューヨークらしく幅広いジャンルの飲食店が並び、メニューを眺めているだけでも楽しい。東京都町田市に2008年に誕生して以来、規模を急拡大している人気ラーメン店チェーン、町田商店がプロデュースする「E・A・K・ラーメン」も23年に開業した。町田商店が属する「家系ラーメン」をアルファベットで表記したユニークな店名で、私が注文した豚骨しょうゆ味のラーメンは税別で13・80米ドル(1ドル=145円で約2千円)。コクのあるスープが味わい深く、太めのめんと良い具合に絡みつく。

昔と変わらない“恒例行事”

 モイニハン・トレイン・ホールの開業後に様変わりしたペン駅だが、搭乗ゲートが発表されると利用者が一斉に押しかける“恒例行事”は変わらない。列車の出発予定時刻ぎりぎりまで発車ホームが案内されないこともあり、利用者が切歯扼腕(せっしやくわん)する姿をよく見かける。

 アディロンダックは米加国境を越えることから出国・入国審査もある。予約時に必要事項を申請し、当日はパスポート(旅券)の所持が必須だ。乗車時の体験に基づき、どのような行程なのかをご紹介したい。

全米鉄道旅客公社(アムトラック)のかまぼこ形客車をディーゼル機関車が引いた列車(2023年8月、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)
全米鉄道旅客公社(アムトラック)のかまぼこ形客車をディーゼル機関車が引いた列車(2023年8月、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)

 機関車がけん引する客車は、1975年に登場した「アムフリート」と呼ばれる断面が「かまぼこ形」をしたステンレス製車両だ。かつて存在した米国の金属加工メーカー、バッドが製造し、同社は日本初のオールステンレス車両となった1962年登場の東京急行電鉄(現東急電鉄)初代7000系の製造技術を供与したことで知られる。

 車内の座席は、背もたれが倒れるリクライニング式のクロスシートが中心だ。旅のため軽食や飲料を売っているコーナーを備えた車両「カフェカー」も連結している。

 ニューヨーク発のアディロンダックはペン駅を午前8時40分に出発し、定刻で運行した場合でもモントリオール中央駅に着くのは午後8時16分と半日後になる。モントリオール発の列車は午前11時10分に出て、定刻ならばニューヨークに午後10時15分に到着する。

米国版「新幹線大爆破」の舞台

メトロノース鉄道ハドソン線の列車(2021年6月12日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)
メトロノース鉄道ハドソン線の列車(2021年6月12日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)

 ニューヨークからモントリオールへ向かうアディロンダックはペン駅を出発後、グランドセントラル駅を発着するメトロノース鉄道ハドソン線の線路とニューヨーク市ブロンクス区で合流する。メトロノース鉄道ハドソン線は2018年公開の映画「トレイン・ミッション」(原題は「通勤者」を意味する「The Commuter」)の舞台となり、走る列車内で乗客らの命を守るためにアクションシーンが繰り広げられる様子は日本国有鉄道(現在のJRグループ)の協力を得ないで撮影された1975年公開の映画「新幹線大爆破」をほうふつとさせる。

 トレイン・ミッションの血なまぐさい暴力シーンを和らげる効果を発揮するのが、列車の窓の向こうに時折映し出されるハドソン川の落ち着いた流れだ。ニューヨークから乗車する場合に左手にしばらく続く紺碧色の川面は、国際都市の近郊を走っていることを忘れさせてくれるような安らぎを与えてくれる。

米ニューヨーク州を走行中、車窓に広がるハドソン川のゆったりした眺め(2022年10月20日、メトロノース鉄道ハドソン線から筆者撮影)
米ニューヨーク州を走行中、車窓に広がるハドソン川のゆったりした眺め(2022年10月20日、メトロノース鉄道ハドソン線から筆者撮影)

 出発から約1時間半後の午前10時12分、列車はポキプシー駅(ニューヨーク州ポキプシー市)に着く。かつては地元の名産品だったれんがで造られた立派な駅舎が目を引く。この駅はメトロノース鉄道ハドソン線の終点だ。

 北へ約7キロ離れたニューヨーク州ハイドパーク市には、世界で愛飲されている日本酒「獺祭(だっさい)」を手がける旭酒造(山口県岩国市)の初めての海外生産拠点が2023年9月に開業した。ニューヨーク市に供給される水道水を取水している地域で、清酒の現地生産品「ダッサイブルー」を造っている。

20分停車の理由

れんがで造られたポキプシー駅舎(2022年10月20日、大塚圭一郎撮影)
れんがで造られたポキプシー駅舎(2022年10月20日、大塚圭一郎撮影)

 ポキプシー駅の北を走る旅客列車はアムトラックだけとなる。ニューヨーク州の州都オールバニにあるオールバニ・レンスラー駅に午前11時20分に到着し、20分後の11時40分に出発する。停車時間を長く取っているのは機関車を付け替えるためだ。

 ペン駅を含めたマンハッタンの区間には、規制によってディーゼルエンジンで走る列車は乗り入れることができない。このため、ペン駅とオールバニ・レンスラー駅の間は線路脇の第三軌条から集電して電気でも、ディーゼルエンジンでも運行できる機関車を用いている。

 このような特殊な設計の機関車は「通常のディーゼル機関車よりも車両価格が高い」(鉄道関係者)。そこでペン駅とオールバニ・レンスラー駅の間でフル活用し、オールバニ・レンスラー駅から北の運行では通常のディーゼル機関車に交換するのだ。

国境をどう通り抜ける?

アディロンダックの車窓から眺めたシャンプレーン湖畔の景色(2014年7月、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影
アディロンダックの車窓から眺めたシャンプレーン湖畔の景色(2014年7月、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影

 ハドソン川沿いとともにアディロンダックの車窓の山場となっているのが、アディロンダック山地にあるシャンプレーン湖畔の景色だ。森林を切り拓いて敷かれた鉄路は、湖岸を縫うように低速で進む。

 秋になるとこの区間に林立する木々が紅葉し、葉が黄色や赤色に染められた山肌を一望できるようになる。アムトラックは紅葉シーズンになるとガラスのドーム形天井で覆われた客車をアディロンダックに連結していたが、「1955年の製造から老朽化が進んだ」(関係者)ことから2018年秋が最後となった。

 アムトラックはシャンプレーン湖の西側のニューヨーク州を走るアディロンダックに加え、湖の東側にあるバーモント州のセントオールバンズと首都ワシントンを結ぶ列車「バーモンター」を運行している。

 バーモンターが1995年に登場する前は、モントリオールとワシントンをつなぐ夜行列車が走っていた。かつてのようにセントオールバンズの北約114キロにあるモントリオール中央駅まで運行区間を延ばすことが検討されている。

 鉄道関係者によると、併せて検討されているのがモントリオール中央駅に米加国境をまたぐ利用者の検問手続きをする施設の整備だ。両方の列車の利用者をモントリオール到着後、または出発時に入国・出国の審査をすることが考えられているのだ。

 現段階ではカナダと米国の国境地点でアディロンダックが停車し、検問に携わる係員が乗り込んで乗客の査証などを確認し、荷物を点検している。不審な点があった利用者にはカフェカーへ移動することを命じ、より詳しく事情を尋ねていた。

 ただ、カナダ国内に途中停車駅はない。よって、モントリオール中央駅に国境横断手続き用施設を造り、一手に入国・出国管理をしたほうが効率的だと想定しているようだ。

 検問が終わったアディロンダックが再び走り出したのは、カナダの大地だ。モントリオールを一路目指すケベック州のゆったりとした平原を窓外に眺めていると、「真の北国は力強く自由だ!」という国歌「オー・カナダ」の歌詞の一節が口をついて出た。

全米鉄道旅客公社(アムトラック)のガラス張りのドーム形天井になった客車(手前、2014年7月16日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)
全米鉄道旅客公社(アムトラック)のガラス張りのドーム形天井になった客車(手前、2014年7月16日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第4回 カナダと米国の国境縦断列車、出ばなをくじかれた理由は

アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)
アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)
アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)

 カナダ第2の都市のモントリオールと米国の主要都市ニューヨークを結ぶ国境縦断列車「アディロンダック」は半日かかり、エア・カナダのジェット旅客機を利用した場合の約1時間半よりはるかに長い。それでも根強い人気があり、今年4月3日に新型コロナウイルス禍から約3年ぶりに運行を再開すると歓迎ムードが広がった。しかしながら、ある理由で出ばなをくじかれる展開になってしまった―。

列車名は沿線山地に由来

 アディロンダックは米国の都市間旅客列車を走らせている全米鉄道旅客公社(アムトラック)が運行しており、カナダでの運行はVIA鉄道カナダが協力している。ニューヨーク中心部マンハッタンにあるペンシルベニア駅(ペン駅)とモントリオール中央駅の約610キロを南北に縦断し、米ニューヨーク州とカナダ・ケベック州を通る。

摩天楼が林立する米ニューヨーク中心部のマンハッタン(22年11月6日、米ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)
摩天楼が林立する米ニューヨーク中心部のマンハッタン(22年11月6日、米ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)

 ニューヨーク州内ではハドソン川と併走して走ったり、列車名の由来となっているアディロンダック山地を遠望したりでき、モントリオール中央駅の近郊ではセントローレンス川を渡ったりと見所の多い車窓が売りだ。

 山地に名付けられたアディロンダックは先住民「モホーク族」の言葉で「アメリカヤマアラシ」を意味する。最高峰のマーシー山は標高1629メートルと日本の東北地方にある栗駒山と同じくらいで、全体的になだらかな山々が連なっている。

 列車が通る区間の大部分は電化しておらず、アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車が1日に1往復するだけだ。このため輸送力は限られるが、時間はかかっても沿線の景色をゆっくりと眺めることができ、比較的手頃な運賃で両国を行き来できる手段として固定的なファンも多い。

 それだけに新型コロナの感染拡大で2020年3月に運休すると、「隣国のカナダが一気に遠い存在となってしまった」と肩を落とす米国人もいた。

パズルの残された1ピース

アムトラックが運行する列車「カスケーズ」(21年8月3日、米オレゴン州ポートランドで大塚圭一郎撮影)
アムトラックが運行する列車「カスケーズ」(21年8月3日、米オレゴン州ポートランドで大塚圭一郎撮影)

 米国とカナダを直通する列車には他に米ニューヨーク・ペン駅とカナダの最大都市トロントのユニオン駅を結ぶ「メープルリーフ」、米西部オレゴン州ポートランド、ワシントン州シアトルとカナダ・バンクーバーのパシフィック・セントラル駅を結ぶ「カスケーズ」がある。ともにアムトラックとVIA鉄道が運行に携わっている。

 これらも新型コロナ流行後に運行を取りやめたが、2022年に順次再開してジグソーパズルの残された一つのピースがアディロンダックとなった。それだけに今年4月3日に満を持して再開すると、新型コロナが収束して隣国同士のカナダと米国を自由に往来できるようになった象徴の一つと受け止められた。ニューヨーク発モントリオール行きの列車番号「69」が4月3日に再開し、モントリオール発ニューヨーク行きの列車番号「68」は折り返しの4月4日が再開後の一番列車となった。

 VIA鉄道のリタ・トポロフスキー最高顧客責任者(CCO)は再開時に「アムトラックと組んで人気列車の運行を再開できることに興奮している。再開はカナダ人と米国人が再び旅行をできることに興奮し、鉄道旅行を選択する人が広がっていることを示している」と歓迎するコメントを出した。

まさかの大どんでん返し

米ニューヨーク中心部にあるペンシルベニア駅の駅舎(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク中心部にあるペンシルベニア駅の駅舎(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 ところが運行再開から3カ月もたたないうちに、まさかの大どんでん返しが待ち受けていた。アムトラックはアディロンダックの運行区間を6月24日から「当面の間」短縮し、ニューヨーク・ペン駅とニューヨーク州の州都オールバニにあるオールバニ・レンセラー駅の間だけで走らせることを明らかにした。7月24日以降は運行区間をニューヨーク州のサラトガ・スプリングス駅まで延長したものの、国境を縦断しないニューヨーク州内の区間運行列車に“転落”してしまったのだ。

 アムトラックは即座に「原因はカナダ側にある」と主張した。複数の米メディアによると、背景にはこのような事情があった。アディロンダックがカナダ国内で走る線路は鉄道貨物大手、カナディアン・ナショナル鉄道(CN)が保有しており、気温が摂氏30度を超えている場合は制限速度を時速16キロに抑えるルールを適用した。

 ルールは猛暑による線路の熱膨張で列車が脱線するのを防ぐため、前方を安全確認しながら運転できるようにするために講じられた。早速、6月中旬の気温が30度を超えた日にアディロンダックにルールが適用され、カナダ国内の約76キロの区間だけで4時間半かかったため大幅な遅延につながった。

遅れてもLCCより「良い仕事」と自賛

米ニューヨーク・ペンシルベニア駅のコンコース(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク・ペンシルベニア駅のコンコース(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 とはいえ、アムトラックと言えば「時間通りに到着したけれども、予定日の1日遅れだった」という冗談もあるほど“遅れの常習犯”だ。

 アムトラックの“ドル箱路線”となっているニューヨークを経由している米マサチューセッツ州ボストン―首都ワシントン間の「北東回廊」にニューヨーク・ペン駅から米首都ワシントン・ユニオン駅まで乗った際、ワシントン到着が約30分遅れたことがあった。客室乗務員の男性は到着前の車内放送で「遅れたけれども、このくらいの遅れならばジェットブルー航空よりは良い仕事をしたでしょう」と自賛し、相次ぐ遅延が問題化している格安航空会社(LCC)と比較してマウントを取って笑いを誘っていた。

 万が一、東京駅に約30分遅れた東海道新幹線の車掌が到着前の車内放送で「ピーチ・アビエーションに比べればわずかな遅れで済みました」と話そうものならば、JR東海のサービス相談室に「遅れたことを言い訳した」「他社を批判するとは無礼だ」といった苦情の電話が相次ぐ光景が目に浮かぶ。米国は訴訟社会という面倒なお国柄の一方で、日常のささいな出来事は笑い飛ばすような鷹揚(おうよう)さも兼ね備えているから不思議だ。

 逆にワシントンに予定通りの時刻に到着したアムトラックの電車では、女性の客室乗務員がここぞとばかりに車内放送で「定刻の到着です」と恩着せがましく繰り返していた。 それだけに、アディロンダックが制限速度のために遅れたところで「いつものことだろう」と利用者も割り切っているのではないかと推察する向きもありそうだ。

運行に積極的ではない理由

カナダの第2の都市モントリオールの街並み(18年5月23日、大塚圭一郎撮影)
カナダの第2の都市モントリオールの街並み(18年5月23日、大塚圭一郎撮影)

 だが、“遅れの常習犯”のアムトラックであっても、30度を超える真夏日が見込まれる夏本番を控えてカナダ国内を時速16キロに制限される事態は我慢ならなかった。遅延が頻発して走らせることにアムトラックが及び腰なのは、このような理由がある。

 アディロンダックの利用者はニューヨークとモントリオールの都市間輸送にとどまらず、ニューヨーク・ペン駅でアムトラックの北東回廊線などと乗り継ぐ利用者もいる。モントリオール中央駅では「両海岸の間にあるカナダのコミュニティーと結ぶVIA鉄道の列車と接続する」(VIA鉄道のトポロフスキーCCO)のを売りにしている。

 したがってアディロンダックが遅れた場合、利用者が接続列車に間に合わなくなるトラブルが頻発しかねない。アディロンダックからの接続列車に間に合わなくなる利用者から苦情を受けるのにとどまらず、代わりの列車の予約に労力を割かれることになる。

 さらに列車が遅延すれば乗務員の残業時間が発生したり、他の乗務員を手配したりしてコストが膨らみかねない。アディロンダックは慢性的な赤字列車で、ニューヨーク州が赤字を埋めるために補助金を出して支えている。新型コロナ流行前の2019会計年度(18年10月~19年9月)には80万米ドル(1米ドル=140円で1億1200万円)の営業赤字を出していた。

 遅延が続出して利用者からの批判の矢面に立ち、さらに赤字を一段と膨らませてもアディロンダックをカナダ国境の向こうまで走らせる動機がアムトラックにはない。

 よって「新たな動きを公表するまでは」ニューヨーク州内だけの区間短縮運行を続けると表明している。列車名はニューヨーク州内の山地から命名しているため、それでも「看板に偽りなし」ではあるのだが…。

【アムトラック】
米国の都市間旅客鉄道を運行している連邦政府出資の公社。日本語名は「全米鉄道旅客公社」で、首都ワシントンに本社を置いている。マイカーの普及や航空機の発達を背景に業績不振に陥っていた鉄道会社の旅客部門を引き受ける形で、1971年に発足した。慢性的な赤字を連邦政府と州政府の補助金で支えており、2022会計年度(21年10月~22年9月)の総売上高は29億9749万米ドル(約4196億円)、最終的なもうけを示す純損益は18億2768万米ドル(約2559億円)の赤字だった。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第3回 トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!

ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの最大都市の東部オンタリオ州トロントで、20世紀に街の風景の一部となっていたのが丸みを帯びたスマートな外観の路面電車「PCCカー」だ。主にクリーム色と茶色のツートンカラーで装飾された風格漂う車両は1995年に定期運行を終えたが、一部は米国のワシントン首都圏の観光スポットで活躍を続けている。

車と同じ運転方法

TTCのPCCカー「4602」の運転席(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の運転席(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 PCCカーの運転席が極めて異例なのは、通常の電車に備わっている加速させるためのマスターコントローラー(マスコン)も、減速させるブレーキハンドルもないことだ。旧型車両のため、ボタンを押すだけの自動運転というわけでももちろんない。

 PCCカーは足元にアクセルペダルとブレーキペダルを備えており、自動車と同じようにこれらを踏んで操作する。

 電車としては異色の操作方法が採り入れられたのは、自動車の普及に押されていた米国で開発された歴史と結びついている。バスやマイカーが急速に台頭するようになった1929年、危機感を抱いた米国各地の路面電車経営者は研究会「電気鉄道社長会議委員会」(略称ERPCC)を立ち上げて車両開発に取り組んだ。

 その略称に由来するPCCカーは36年に登場した。既に消滅した米国の鉄道車両メーカーの米国セントルイス・カー、プルマンが製造し、カナダ向けの車両はカナダ・カー・アンド・ファウンドリー(フランス・アルストムの鉄道車両事業の前身)が最終組み立てを担った。

東京都電も採用

「都電おもいで広場」に保存された東京都交通局「5500形」(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)
「都電おもいで広場」に保存された東京都交通局「5500形」(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)

 自動車と同じように運転できる簡単な操作や、優れた加速性能を持ち味とした車両設計が受け入れられ、PCCカーはワシントン首都圏や中西部シカゴといった米国の大都市圏の路面電車に瞬く間に広がった。

東京都交通局「5500形」の運転席。足元の「A」がアクセルペダル、「B」がブレーキペダル(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)
東京都交通局「5500形」の運転席。足元の「A」がアクセルペダル、「B」がブレーキペダル(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)

 カナダでもトロントのほかに既に廃止された西部バンクーバー、東部モントリオールの路面電車にも導入された。

 欧州の路面電車にも展開され、日本でもライセンス生産された。東京都交通局のPCCカー「5500形」は、現在は都電荒川線の荒川車庫に隣接した「都電おもいで広場」で保存されている。

最大勢力はトロント

 トロント市によると、PCCカーを新造と中古を含めて累計745両と世界で最も多く導入したのがトロント交通局(TTC)だ。1929年の世界大恐慌からの経営再建策として従業員の賃金削減で労働組合と合意し、運転士と車掌の2人が乗務していた路面電車を運転士1人だけのワンマンカーに切り替えた。マイカーの拡大も逆風となる中で「公共交通機関の利用者を取り戻すために迅速で快適な車両の導入が必要だと考えた」(トロント市)という。

TTCが1938年のPCCカー導入時に作成したポスター(トロント市のサイトから)
TTCが1938年のPCCカー導入時に作成したポスター(トロント市のサイトから)

 白羽の矢が立ったのがPCCカーで、TTCは1938年に140両を1両当たり2万2300カナダドルで発注した。38年のPCCカーの導入時に作られたパンフレットは「新車!速い、静か、スムーズ」とイラストの横に大きく記し、導入によって「トロントの交通網を世界最高水準に引き上げる」と胸を張った。

 乗り心地が優れており、電気式ヒーターも備えているPCCカーは評判を呼び、TTCはその後も順次新造した。第2次世界大戦後には米中西部オハイオ州クリーブランドなどの路面電車が廃止された都市からの中古車も大量に買い取った。 こうしてトロントの市街地を縦横無尽に駆けたPCCカーは、1995年まで定期運行を続けた。TTCは現在も2両を保存しており、イベント時に登場することもある。

今も主力車両

TTCのPCCカー「4602」の車内に掲示された運賃表(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の車内に掲示された運賃表(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 そんな旧TTCのPCCカーが今も主力車両として活躍しているのが、ワシントン首都圏のメリーランド州にある博物館「ナショナル・キャピトル路面電車博物館」だ。

 開館時は博物館の建物脇のプラットホームを出発し、保存車両が片道約1・6キロの路線を約20分かけて往復する。この体験乗車の中心を担っているのが、ともに1951年に製造された旧TTCの4602号、4603号の2両だ。

 乗り込んだ4602号が面白いのは、車内にTTC時代の大人2カナダドルなどと記された運賃表や、プロアイスホッケーチーム「トロント・メープルリーフス」の選手の写真を装飾した広告が掲示されていることだ。30年ほど前のトロントにタイムスリップした気分になれる。

TTCのPCCカー「4602」の車内(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の車内(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 進行方向に向かって腰かける深紅色のビニールで覆ったクロスシート座席をしつらえており、天井には左右1列ずつに円形の白熱灯が並ぶ。側面の窓の上に小窓を設けたデザインは、高度成長期の日本を走っていた路線バスでも見られた。

 軽快なモーター音を奏でながら森林をかき分けるように進むPCCカーは、やがて終点に近づく。運転席が先頭にしかない片運転台式の車両だが、路線の両端はループ線になっているためそのまま折り返せる。

 博物館のウェスリー・コックス代表は「今年8月26、27両日には特別イベントの『PCCデー』を開催し、保存しているPCCカーの多くを車庫から出して屋外に展示する。TTCの車両のほかにワシントン、欧州で使われていた車両もあるので楽しみにしてほしい」とアピールする。

米国では現役の路線も

米ボストンのマタパン高速線を走るPCCカー(16年9月17日、大塚圭一郎撮影)
米ボストンのマタパン高速線を走るPCCカー(16年9月17日、大塚圭一郎撮影)

 米東部ボストンではマサチューセッツ湾交通局(MBTA)の4キロ余りの路線「マタパン高速線」で、1940年代に製造されたPCCカーが現役だ。南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)はフィラデルフィアの路線「15番」で、現在は中断しているPCCカーの運行を2023年9月から順次再開することを計画している。

 さて、読者の方の中には「連載コラムのタイトルは『カナダ“乗り鉄”の旅』なのに第2回、第3回とカナダ国外が舞台ではないか」と首をかしげるかもしれない。

 そこで思い出していただきたいのは、第1回のテーマがトロント国際空港へ向かう「UPエクスプレス」だったことだ。空路で日本、そしてカナダに隣接する米国に立ち寄った物語の行き先となる国は一つしかないのではないだろうか?

【ナショナル・キャピトル路面電車博物館】米国首都ワシントン近郊のメリーランド州にある路面電車の博物館。旧トロント交通局(TTC)のPCCカー2両のほかに、ワシントン首都圏や欧州でかつて使われていた車両を幅広く保存している。
 原則として毎週土曜日の正午から午後5時まで営業。保存車両に乗ったり、ワシントン首都圏の路面電車に関する展示を楽しんだりできる。入場料は大人10ドル(約1400円)、2~17歳の子どもと高齢者は8ドル(約1100円)。
 博物館のホームページは、https://www.dctrolley.org

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

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