「カナダ“乗り鉄”の旅」第8回 日本では今年全廃!バンクーバーの“隠れた名物”トロリーバス

バンクーバー中心部を走るトロリーバス(2023年12月21日、大塚圭一郎撮影)
バンクーバー中心部を走るトロリーバス(2023年12月21日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

「世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編」

 米国の有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の「世界で最も住みやすい都市」の調査で2023年に5位となったカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーは、運輸当局トランスリンクの発達した公共交通機関で好きな場所に簡単に移動できるのが魅力の一つだ。特にユニークなのがカナダで唯一で、日本では24年中に全廃されるトロリーバスが縦横無尽に走っていることだ。そんなバンクーバーの“隠れた名物”に乗り込み、バンクーバー湾を見下ろす美しい街並みを一望した。

バンクーバーのトロリーバス。車体の屋根のトロリーポールで架線から集電している(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)
バンクーバーのトロリーバス。車体の屋根のトロリーポールで架線から集電している(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)

【トロリーバス】バスの車体の屋根に棒状の集電装置「トロリーポール」を取り付けており、空中に張った「トロリー線」と呼ばれる架線から電気を取り込んでモーターを駆動させるなどして走る。「トロバス」の愛称でも呼ばれる。日本の法律の鉄道事業法では鉄道の一種である「無軌条電車」に分類しており、運転には鉄道と同じ運転士の資格が必要となる。
 軽油を燃料にしたディーゼルエンジンで走る通常の路線バスと異なり、トロリーバスは走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しないため環境性能が優れており、走る時のモーター音が静かなのも利点。一方、トロリーポールが架線から外れて立ち往生してしまうトラブルが起こる場合があり、運転手が車外に出てトロリーポールを架線に接続させる作業によってバスの運行が遅れたり、道路渋滞を招いたりするのが難点となる。

日本では唯一の路線が消滅へ

 中部山岳国立公園の一部で、標高3千メートル級の山が連なっている長野県と富山県にまたがる山岳観光ルート「立山黒部アルペンルート」の立山トンネルを通る日本で唯一のトロリーバスが、2024年11月30日をもって運行を終える。運行する立山黒部貫光が23年11月30日、国土交通省北陸信越運輸局に対して24年12月1日付での廃止を届け出た。

 立山黒部アルペンルートは積雪が多い冬季の毎年12月から翌年4月中旬は運休しており、2025年4月からは電気バスに切り替える。電気バスならば架線が必要ではない上に「高地における安定走行性に加え、今後一層の技術革新が見込まれる」(立山黒部貫光)と判断した。

日本の大都市では1972年前に全廃

 日本では架線にトロリーポールが届く車線しか走れないことなどが難点となり、横浜市で1972年に廃止されたのを最後に大都市のトロリーバスは一掃された。

 これに対し、富山県内にある標高2450メートルの室堂駅と標高2316メートルの大観峰駅の約3・7キロを約10分で結ぶ立山黒部貫光は1996年にトロリーバスを導入した“後発”だ。71年の開業後にディーゼルエンジンのバスを走らせていたものの、観光客の増加に伴う増便でトンネル内に滞留する排出ガスが問題化したためトロリーバスに切り替えた。

 立山黒部貫光によると、トロリーバスを運行してきた約28年間の累計利用者数は1920万人を超えている。今年は「ラストイヤーを記念したイベントなども実施していく」(立山黒部貫光)だけに、乗り納めを目指して大勢の旅行者が押しかけることになりそうだ。

 立山黒部アルペンルートでは、関西電力も扇沢(長野県)と黒部ダム(富山県)の間の「関電トンネル」でトロリーバスを1964年から2018年まで半世紀余り運行していた。19年からは電気バスを運転している。

路面電車を代替

 トロリーバスの“最後の牙城”が年内に陥落する日本に対し、バンクーバーでは第二次世界大戦終了から間もない1948年8月に営業運転が始まったトロリーバスが今も主要交通手段の一つだ。13系統の延べ約315キロもの路線が運行されている。

 バンクーバーではPCCカー(本連載第3回「トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!」参照)などを用いた路面電車の路線網があったが、トロリーバスのほうが整備や維持の費用を抑えられると判断。路面電車を1955年に全廃した一方、トロリーバスの路線を順次広げてきた。

 路線は主にバンクーバー中心部を発着。使っている車両はカナダ中部マニトバ州ウィニペグに本社を置くバスメーカー、ニューフライヤー・インダストリーズが製造した全長12・2メートルの「E40LFR」と、二つの車体をつなげた全長18・3メートルの連節バス「E60LFR」がある。ともに床が低く、乗降扉の部分に段差がないため、車いすやベビーカーの利用者でも乗り降りしやすいバリアフリーの設計になっている。

頭一つ抜き出た充実ぶり

 バンクーバーはコンデナスト・トラベラーの23年の「世界で最も住みやすい都市」で総合得点97・3点となり、3都市が入って国別の最多となったカナダの中で最上位だった。西部アルバータ州カルガリーは96・8点で7位、カナダの最大都市トロントは96・4点で9位だった。日本は大阪が96・0点で10位に入った。

 カナダのトップテンに入った3都市の共通しているのは公共交通機関で移動しやすい点だが、バンクーバーの充実ぶりは頭一つ抜き出ている。トロリーバスを含めた路線バスが幅広く運行されており、3路線全線が無人運転の「スカイトレイン」、近郊と結ぶ鉄道「ウエスト・コースト・エクスプレス」、ノースバンクーバーと結ぶ水上バス「シーバス」もある。

 バンクーバーを訪れる際の常套手段として、私は昨年12月に旅行した際も幅広い公共交通機関に乗り込んだ。宿泊したザ・リステルホテルが面したロブソン通りにはトロリーバスの5番系統(途中から6番系統として運行)が走っており、市内を行き来するのに何度も活用した。利用時はニューフライヤーのE40LFRが運用されていた。

カナダ・バンクーバーのトロリーバス(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)
カナダ・バンクーバーのトロリーバス(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)

 スカイトレインの路線「カナダライン」のイエールタウン・ラウンドハウス駅へ向かった際は、集積回路(IC)乗車券「コンパス」を乗車口の端末にかざして車両前部にある座席に腰かけた。

心温まる光景

 少し先のバス停でベビーカーに赤ちゃんを乗せた白人の夫婦が通路を挟んだ反対側の座席にやって来た。赤ちゃんが私の顔をのぞき込んでいるのに気づいたので、手を振ってあいさつして「お子さんに興味を持ってもらっています」と話しかけると夫婦はほほえんだ。

 バスが曲がってデイビー通りに入ると、10人ほどのアジア系女性のグループが乗り込んできた。女性たちは赤ちゃんがいるのに気づくと「ワー」と歓声を上げ、ベビーカーを取り囲んで笑顔で見つめた。

 先のバス停で夫婦が降車した時には女性たち全員が手を振って赤ちゃんを見送り、もちろん私も一緒になって手を振った。

 多くの人種が共生し、知らない相手にも温かく接する心温まる光景を眺めて思い出したのが、コンデナスト・トラベラーのバンクーバーについての「最も重要なのはここの人々はとてもフレンドリーなので、ほぼすぐに打ち解けた気持ちになるでしょう」という寸評だった。指摘は正鵠を射ており、旅行者の私もすぐにアットホームな気分に包まれた。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。