「カナダ “乗り鉄”の旅」第1回 空港行き列車UP利用も、あわやタイムアップに

大塚圭一郎

 「UP(アップ)」!カナダで冬休みを過ごして帰路についていた今年1月、航空機の乗り継ぎのためにトロント・ピアソン国際空港の通路を歩いていると気分を高揚させる2文字が躍っているのを窓外に見つけた。トロント中心部のユニオン駅と結ぶ鉄道「ユニオン・ピアソン・エクスプレス」(UPエクスプレス)の高架駅で、3両編成の列車が停車していた。2016年の利用時に当時駐在していた米ニューヨークへの航空便の出発時間が迫り、タイムアップになりかねない事態に直面して冷や汗をかいた思い出がよみがえった―。

CNタワーを満喫

CNタワー:カナダ・トロントのシンボルとなっているCNタワー。手前を走っているのはGOトランジットの列車(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)
CNタワー:カナダ・トロントのシンボルとなっているCNタワー。手前を走っているのはGOトランジットの列車(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)

 その日は航空便出発の実に2時間20分前まで自立式電波塔で高さ世界3位のCNタワー(約553メートル)の展望台からオンタリオ湖を一望していた。CNタワーはカナダの貨物鉄道大手、カナディアン・ナショナル鉄道(CN)がかつて操車場に使っていた敷地に建設した。1976年の完成後はカナダ最大都市のトロントのみならずカナダのシンボルの一つとなっているだけに、トロント滞在中に「なんとしても訪れたい」と駆けつけた。

 現在は新型コロナウイルス禍からの需要回復による混雑が起きているため、カナダ航空保安庁(CATSA)は国内線ならば出発時間の2時間前までに、国際線ならば出発3時間前までにそれぞれ空港に到着するように奨励している。

 当時は空港での混雑が問題化していなかったとはいえ、私が乗ろうとしていたのは米国に向かう航空便だ。にもかかわらず、2時間20分前まで空港から離れたトロント中心部で“空中散歩”を楽しんでいたのは気が緩んでいたとしか言いようがない。

 これほど悠然としていた理由の一つは、空港に直行する信頼感を抱いていたからだ。徒歩約10分の距離にあるトロントの玄関口、ユニオン駅を15分ごとに発車し、わずか25分で空港と結ぶ。もう一つの理由は私の誤解によるものだったが、この時点ではまだ気づいていない…。

なんと日本メーカーの車両

快速みえ:JR東海が「快速みえ」に運用しているキハ75形(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)
快速みえ:JR東海が「快速みえ」に運用しているキハ75形(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)

 午後0時半発の列車に乗り込むと、車内にはクロスシートの座席が並び、カーペットが敷かれた清潔感あふれる雰囲気が待ち受けていた。座席の背面には折りたたみ式のテーブルを備え、電源コンセントがあり、Wi―Fiも無料で利用できるためパソコンで仕事をすることも可能だ。座席の背もたれが倒れないことを除けば、JR東海が東海道新幹線で走らせている最新型車両「N700S」に匹敵するような優れた居住空間だ。

 ところが、発車して聞こえてくるディーゼルエンジンの音を耳にして同じJR東海の別の車両を思い浮かべた。名古屋―鳥羽(三重県)間を走る「快速みえ」のキハ75形だ。そこでWi―Fiを活用して検索したところ、私の勘は「当たり」だった。

 UPエクスプレスのディーゼル車両も、キハ75形も組み立てたのはJR東海子会社の日本車両製造(名古屋市)で、ともに米カミンズのディーゼルエンジンを搭載しているのだ。

 UPエクスプレスの車両製造は住友商事と日本車両が受注し、同じく両社が選ばれた米西部カリフォルニア州のソノマ・マリン鉄道向け車両をベースにした。ただ、カナダは冬場には氷点下20度以下になるなど寒さに厳しいのに対応して暖房機能を強化し、スリップ防止の対策をしている。

新幹線並みの“超高額商品”

 日本車両によると14~15年に計18両を組み立て、受注額は約6500万ドル(約67億円)だったため1両当たり約3億7200万円になる計算だ。

 一方、日本の看板列車の一つとなっている東海道・山陽新幹線の「のぞみ」にとどまらず、昨年9月に武雄温泉(佐賀県)―長崎間で部分開業した西九州新幹線でも活躍するN700SについてJR東海は40編成(1編成16両)の製作費を総額約2400億円と発表していた。1編成当たりの費用は約60億円で、1両では約3億7500万円となる。

 N700Sの編成には駆動車か中間車か、モーター車かそうではないトレーラー車かといった条件で製造費用は異なるため、一概に比較することはできない。ただ、単純計算をするとUPエクスプレスの1両当たりの価格はN700Sとほぼ同額のため、新幹線に匹敵する“超高額商品”なのは疑う余地がない。

 列車はトロントと近郊の住宅地などを結ぶ「GOトランジット」などと共用の線路を走り、途中でブロア、ウェストンの両駅に停車。その後は南へ分岐し、高架になった専用線を駆け抜けた先にトロント・ピアソン国際空港の第1ターミナルに隣接したピアソン空港駅に滑り込んだ。

ピアソン空港駅:トロント・ピアソン国際空港に隣接したUPエクスプレスのピアソン空港駅(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)
ピアソン空港駅:トロント・ピアソン国際空港に隣接したUPエクスプレスのピアソン空港駅(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)

つっけんどんな指示で誤解に気づく

 プラットホームの先に停車していた新交通システムに乗り換え、私が乗るウエストジェット(カナダ)の航空機が出発する第3ターミナルに午後1時ごろ着いた。出発する午後2時半まで約1時間半があり「たっぷり時間がある」と思い込んでいたが、実は早計だった…。

 手荷物検査と出国手続きを終えたのは午後1時35分ごろ。航空機が出発する搭乗口へ向かおうと部屋を出た次の瞬間、私は己の誤解に気づかされた。

 隣には長蛇の行列ができた部屋が待ち構えており、入室するやいなや女性係員が「入国書類を持ってあそこに並んで!」とつっけんどんに列の最後尾を指さした。全般的におおらかなカナダらしくない指示だとため息をつき、係員の制服を眺めると「U.S.」の2文字が目に飛び込んできた。

 賢明な読者の皆様はご察知の通りだろう。米国の入国審査が待ち受けていたのだ。愚かなことに私は入国審査を受けるのがニューヨーク到着後だと信じ込んでおり、トロントでの所要時間に想定していなかったのだ。

“神風”に救われる

 航空機が出発する搭乗口に出発10分前までに到着する必要があるため、残された時間は約40分だ。ところが、前方に20人弱が並んでいる上になかなか進まない。

 中には背広姿の紳士然とした外見ながら「悪いな、出発時刻が迫っているんだ」と口にしながら人混みを押しのけ、列の先頭に割り込む猛者も。小心者の私はそこまで大胆な行動に移すことはできず、腕時計をにらみながら立ち尽くしていた。

 万事休すと思いきや、“神風”が吹いた。列が短くなっていた米国永住者らの入国審査を担当していた窓口の係員が気を利かせ、私たち外国人も対応してくれるようになったのだ。おかげで出発の20分ほど前に航空機の搭乗口に滑り込むことができた―。

 UPエクスプレスに乗車して気分がアップしたものの誤解に気づき、航空機を逃しそうなあっぷあっぷの状況に陥ったものの、タイムアップになる事態を免れるハッピーエンドを迎えることができた。しかし、もしもUPエクスプレスが定時運行への信頼に応えてくれなかったら万策尽きていたに違いない。次にトロントを訪れる機会は未定だが、中心部と空港を移動する足はもう決めている。

【UPエクスプレス】

UPエクスプレス:カナダ・トロント中心部を走るUPエクスプレスの列車(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)
UPエクスプレス:カナダ・トロント中心部を走るUPエクスプレスの列車(2018年5月22日、大塚圭一郎撮影)

カナダ東部オンタリオ州のトロントと周辺地区の公共交通機関を抱える公社「メトロリンクス」の鉄道。2015年7月にトロントで開催された4年ごとのスポーツ大会「パンアメリカン競技大会」を控えた15年6月に開業した。ユニオン駅とピアソン空港駅の間の通常運賃は片道12・35カナダドル(約1300円)、交通ICカード「PRESTO」利用ならば9・25カナダドル。

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。