「カナダ“乗り鉄”の旅」第5回 美しいハドソン川辺の車窓、実は米国版「新幹線大爆破」に登場 全面再開の国境縦断列車

アムトラックの米加国境縦断列車「アディロンダック」(2023年9月23日、ニューヨーク・ペンシルベニア駅で大塚圭一郎撮影)
アムトラックの米加国境縦断列車「アディロンダック」(2023年9月23日、ニューヨーク・ペンシルベニア駅で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ第2の都市のモントリオールと米国の主要都市ニューヨークを結ぶ国境縦断列車「アディロンダック」が2023年9月11日、全面再開した。6月24日からの3カ月弱はニューヨーク州内だけを部分運行していたが、再び米加両国を行き来するようになった。見せ場の一つとなっているハドソン川沿いの車窓は、その美しさとは裏腹に米国版「新幹線大爆破」と呼ぶべき血なまぐさい映画に登場した―。

 【アディロンダック】カナダ東部モントリオールの中央駅と米国ニューヨーク中心部マンハッタンのペンシルベニア駅(ペン駅)の間を南北に縦断する国境縦断列車。1日1往復しており、走行距離は約610キロ。全米鉄道旅客公社(アムトラック)が運行し、VIA鉄道カナダが協力している。アディロンダックの営業損益は新型コロナ流行前の2019会計年度(18年10月~19年9月)で80万米ドル(1米ドル=145円で1億1600万円)の赤字で、ニューヨーク州の補助金などで支えている。
 列車名はアディロンダック山地から命名しており、アディロンダックは先住民「モホーク族」の言葉で「アメリカヤマアラシ」を意味する。山地はなだらかな山々が連なり、最高峰のマーシー山の標高は1629メートルと日本の東北地方の栗駒山とほぼ同じ。

長らく「薄暗く風情のない駅」に

米ニューヨーク・マンハッタンのグランドセントラル駅舎内(2023年9月9日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク・マンハッタンのグランドセントラル駅舎内(2023年9月9日、大塚圭一郎撮影)

 ニューヨーク・マンハッタンの主要駅は、ニューヨーク州やコネティカット州の閑静な住宅地と結ぶメトロノース鉄道などが発着するグランドセントラル駅と、全米鉄道旅客公社(アムトラック)やニュージャージー州との間を走る列車のNJトランジットなどが乗り入れるペンシルベニア駅(ペン駅)がある。これらの2駅の雰囲気は長らく、光と影のように受け止められてきた。

 グランドセントラル駅は完成から今年で110年を迎える石造り駅舎で知られ、星座が描かれた高いドーム形天井の下で記念撮影する観光客が引きも切らない人気観光スポットだ。丸の内口の赤れんが駅舎を擁する東京駅と姉妹提携を結んでいる。

 対照的に「薄暗く風情のない駅」(ニューヨーク市民)と受け止められていたのがアディロンダックを含めたアムトラックの列車が多く発着するペン駅だ。スポーツ競技やコンサートなどに使う会場「マディソン・スクエア・ガーデン」を建設するために荘厳な旧駅舎は1963年に解体され、それ以来は地下1階にコンコースのある殺風景な駅になっていた。

家系ラーメンも味わえるターミナル

ニューヨーク・ペン駅のライトアップされた外観(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)
ニューヨーク・ペン駅のライトアップされた外観(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)

 転機となったのは2021年に開業した「モイニハン・トレイン・ホール」だ。かつて郵便局だった石造りの建物を駅舎の一部として活用することで風格のあるたたずまいに一変した。列車が発着するプラットホームへ向かうエスカレーターが並ぶコンコースはガラス張りの天井で覆ったことで明るく、開放的な空間になった。

 モイニハンの名前は、郵便局の建物を駅舎として生かすアイデアを提案したニューヨーク州選出の故ダニエル・モイニハン元米国上院議員(民主党)から命名された。

ニューヨーク・ペン駅で味わえる「E・A・K・ラーメン」(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)
ニューヨーク・ペン駅で味わえる「E・A・K・ラーメン」(2023年9月23日、大塚圭一郎撮影)

 構内のフードコートには代表的な国際都市の一つのニューヨークらしく幅広いジャンルの飲食店が並び、メニューを眺めているだけでも楽しい。東京都町田市に2008年に誕生して以来、規模を急拡大している人気ラーメン店チェーン、町田商店がプロデュースする「E・A・K・ラーメン」も23年に開業した。町田商店が属する「家系ラーメン」をアルファベットで表記したユニークな店名で、私が注文した豚骨しょうゆ味のラーメンは税別で13・80米ドル(1ドル=145円で約2千円)。コクのあるスープが味わい深く、太めのめんと良い具合に絡みつく。

昔と変わらない“恒例行事”

 モイニハン・トレイン・ホールの開業後に様変わりしたペン駅だが、搭乗ゲートが発表されると利用者が一斉に押しかける“恒例行事”は変わらない。列車の出発予定時刻ぎりぎりまで発車ホームが案内されないこともあり、利用者が切歯扼腕(せっしやくわん)する姿をよく見かける。

 アディロンダックは米加国境を越えることから出国・入国審査もある。予約時に必要事項を申請し、当日はパスポート(旅券)の所持が必須だ。乗車時の体験に基づき、どのような行程なのかをご紹介したい。

全米鉄道旅客公社(アムトラック)のかまぼこ形客車をディーゼル機関車が引いた列車(2023年8月、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)
全米鉄道旅客公社(アムトラック)のかまぼこ形客車をディーゼル機関車が引いた列車(2023年8月、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)

 機関車がけん引する客車は、1975年に登場した「アムフリート」と呼ばれる断面が「かまぼこ形」をしたステンレス製車両だ。かつて存在した米国の金属加工メーカー、バッドが製造し、同社は日本初のオールステンレス車両となった1962年登場の東京急行電鉄(現東急電鉄)初代7000系の製造技術を供与したことで知られる。

 車内の座席は、背もたれが倒れるリクライニング式のクロスシートが中心だ。旅のため軽食や飲料を売っているコーナーを備えた車両「カフェカー」も連結している。

 ニューヨーク発のアディロンダックはペン駅を午前8時40分に出発し、定刻で運行した場合でもモントリオール中央駅に着くのは午後8時16分と半日後になる。モントリオール発の列車は午前11時10分に出て、定刻ならばニューヨークに午後10時15分に到着する。

米国版「新幹線大爆破」の舞台

メトロノース鉄道ハドソン線の列車(2021年6月12日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)
メトロノース鉄道ハドソン線の列車(2021年6月12日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)

 ニューヨークからモントリオールへ向かうアディロンダックはペン駅を出発後、グランドセントラル駅を発着するメトロノース鉄道ハドソン線の線路とニューヨーク市ブロンクス区で合流する。メトロノース鉄道ハドソン線は2018年公開の映画「トレイン・ミッション」(原題は「通勤者」を意味する「The Commuter」)の舞台となり、走る列車内で乗客らの命を守るためにアクションシーンが繰り広げられる様子は日本国有鉄道(現在のJRグループ)の協力を得ないで撮影された1975年公開の映画「新幹線大爆破」をほうふつとさせる。

 トレイン・ミッションの血なまぐさい暴力シーンを和らげる効果を発揮するのが、列車の窓の向こうに時折映し出されるハドソン川の落ち着いた流れだ。ニューヨークから乗車する場合に左手にしばらく続く紺碧色の川面は、国際都市の近郊を走っていることを忘れさせてくれるような安らぎを与えてくれる。

米ニューヨーク州を走行中、車窓に広がるハドソン川のゆったりした眺め(2022年10月20日、メトロノース鉄道ハドソン線から筆者撮影)
米ニューヨーク州を走行中、車窓に広がるハドソン川のゆったりした眺め(2022年10月20日、メトロノース鉄道ハドソン線から筆者撮影)

 出発から約1時間半後の午前10時12分、列車はポキプシー駅(ニューヨーク州ポキプシー市)に着く。かつては地元の名産品だったれんがで造られた立派な駅舎が目を引く。この駅はメトロノース鉄道ハドソン線の終点だ。

 北へ約7キロ離れたニューヨーク州ハイドパーク市には、世界で愛飲されている日本酒「獺祭(だっさい)」を手がける旭酒造(山口県岩国市)の初めての海外生産拠点が2023年9月に開業した。ニューヨーク市に供給される水道水を取水している地域で、清酒の現地生産品「ダッサイブルー」を造っている。

20分停車の理由

れんがで造られたポキプシー駅舎(2022年10月20日、大塚圭一郎撮影)
れんがで造られたポキプシー駅舎(2022年10月20日、大塚圭一郎撮影)

 ポキプシー駅の北を走る旅客列車はアムトラックだけとなる。ニューヨーク州の州都オールバニにあるオールバニ・レンスラー駅に午前11時20分に到着し、20分後の11時40分に出発する。停車時間を長く取っているのは機関車を付け替えるためだ。

 ペン駅を含めたマンハッタンの区間には、規制によってディーゼルエンジンで走る列車は乗り入れることができない。このため、ペン駅とオールバニ・レンスラー駅の間は線路脇の第三軌条から集電して電気でも、ディーゼルエンジンでも運行できる機関車を用いている。

 このような特殊な設計の機関車は「通常のディーゼル機関車よりも車両価格が高い」(鉄道関係者)。そこでペン駅とオールバニ・レンスラー駅の間でフル活用し、オールバニ・レンスラー駅から北の運行では通常のディーゼル機関車に交換するのだ。

国境をどう通り抜ける?

アディロンダックの車窓から眺めたシャンプレーン湖畔の景色(2014年7月、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影
アディロンダックの車窓から眺めたシャンプレーン湖畔の景色(2014年7月、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影

 ハドソン川沿いとともにアディロンダックの車窓の山場となっているのが、アディロンダック山地にあるシャンプレーン湖畔の景色だ。森林を切り拓いて敷かれた鉄路は、湖岸を縫うように低速で進む。

 秋になるとこの区間に林立する木々が紅葉し、葉が黄色や赤色に染められた山肌を一望できるようになる。アムトラックは紅葉シーズンになるとガラスのドーム形天井で覆われた客車をアディロンダックに連結していたが、「1955年の製造から老朽化が進んだ」(関係者)ことから2018年秋が最後となった。

 アムトラックはシャンプレーン湖の西側のニューヨーク州を走るアディロンダックに加え、湖の東側にあるバーモント州のセントオールバンズと首都ワシントンを結ぶ列車「バーモンター」を運行している。

 バーモンターが1995年に登場する前は、モントリオールとワシントンをつなぐ夜行列車が走っていた。かつてのようにセントオールバンズの北約114キロにあるモントリオール中央駅まで運行区間を延ばすことが検討されている。

 鉄道関係者によると、併せて検討されているのがモントリオール中央駅に米加国境をまたぐ利用者の検問手続きをする施設の整備だ。両方の列車の利用者をモントリオール到着後、または出発時に入国・出国の審査をすることが考えられているのだ。

 現段階ではカナダと米国の国境地点でアディロンダックが停車し、検問に携わる係員が乗り込んで乗客の査証などを確認し、荷物を点検している。不審な点があった利用者にはカフェカーへ移動することを命じ、より詳しく事情を尋ねていた。

 ただ、カナダ国内に途中停車駅はない。よって、モントリオール中央駅に国境横断手続き用施設を造り、一手に入国・出国管理をしたほうが効率的だと想定しているようだ。

 検問が終わったアディロンダックが再び走り出したのは、カナダの大地だ。モントリオールを一路目指すケベック州のゆったりとした平原を窓外に眺めていると、「真の北国は力強く自由だ!」という国歌「オー・カナダ」の歌詞の一節が口をついて出た。

全米鉄道旅客公社(アムトラック)のガラス張りのドーム形天井になった客車(手前、2014年7月16日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)
全米鉄道旅客公社(アムトラック)のガラス張りのドーム形天井になった客車(手前、2014年7月16日、米ニューヨーク州で大塚圭一郎撮影)

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。