「カナダ“乗り鉄”の旅」第3回 トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!

ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
ナショナル・キャピトル路面電車博物館を走るトロント交通局(TTC)のPCCカー「4602」。ポールの下に掲げられたカナダ国旗がチャーミングだ(2022年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの最大都市の東部オンタリオ州トロントで、20世紀に街の風景の一部となっていたのが丸みを帯びたスマートな外観の路面電車「PCCカー」だ。主にクリーム色と茶色のツートンカラーで装飾された風格漂う車両は1995年に定期運行を終えたが、一部は米国のワシントン首都圏の観光スポットで活躍を続けている。

車と同じ運転方法

TTCのPCCカー「4602」の運転席(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の運転席(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 PCCカーの運転席が極めて異例なのは、通常の電車に備わっている加速させるためのマスターコントローラー(マスコン)も、減速させるブレーキハンドルもないことだ。旧型車両のため、ボタンを押すだけの自動運転というわけでももちろんない。

 PCCカーは足元にアクセルペダルとブレーキペダルを備えており、自動車と同じようにこれらを踏んで操作する。

 電車としては異色の操作方法が採り入れられたのは、自動車の普及に押されていた米国で開発された歴史と結びついている。バスやマイカーが急速に台頭するようになった1929年、危機感を抱いた米国各地の路面電車経営者は研究会「電気鉄道社長会議委員会」(略称ERPCC)を立ち上げて車両開発に取り組んだ。

 その略称に由来するPCCカーは36年に登場した。既に消滅した米国の鉄道車両メーカーの米国セントルイス・カー、プルマンが製造し、カナダ向けの車両はカナダ・カー・アンド・ファウンドリー(フランス・アルストムの鉄道車両事業の前身)が最終組み立てを担った。

東京都電も採用

「都電おもいで広場」に保存された東京都交通局「5500形」(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)
「都電おもいで広場」に保存された東京都交通局「5500形」(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)

 自動車と同じように運転できる簡単な操作や、優れた加速性能を持ち味とした車両設計が受け入れられ、PCCカーはワシントン首都圏や中西部シカゴといった米国の大都市圏の路面電車に瞬く間に広がった。

東京都交通局「5500形」の運転席。足元の「A」がアクセルペダル、「B」がブレーキペダル(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)
東京都交通局「5500形」の運転席。足元の「A」がアクセルペダル、「B」がブレーキペダル(17年3月18日、東京都荒川区で大塚圭一郎撮影)

 カナダでもトロントのほかに既に廃止された西部バンクーバー、東部モントリオールの路面電車にも導入された。

 欧州の路面電車にも展開され、日本でもライセンス生産された。東京都交通局のPCCカー「5500形」は、現在は都電荒川線の荒川車庫に隣接した「都電おもいで広場」で保存されている。

最大勢力はトロント

 トロント市によると、PCCカーを新造と中古を含めて累計745両と世界で最も多く導入したのがトロント交通局(TTC)だ。1929年の世界大恐慌からの経営再建策として従業員の賃金削減で労働組合と合意し、運転士と車掌の2人が乗務していた路面電車を運転士1人だけのワンマンカーに切り替えた。マイカーの拡大も逆風となる中で「公共交通機関の利用者を取り戻すために迅速で快適な車両の導入が必要だと考えた」(トロント市)という。

TTCが1938年のPCCカー導入時に作成したポスター(トロント市のサイトから)
TTCが1938年のPCCカー導入時に作成したポスター(トロント市のサイトから)

 白羽の矢が立ったのがPCCカーで、TTCは1938年に140両を1両当たり2万2300カナダドルで発注した。38年のPCCカーの導入時に作られたパンフレットは「新車!速い、静か、スムーズ」とイラストの横に大きく記し、導入によって「トロントの交通網を世界最高水準に引き上げる」と胸を張った。

 乗り心地が優れており、電気式ヒーターも備えているPCCカーは評判を呼び、TTCはその後も順次新造した。第2次世界大戦後には米中西部オハイオ州クリーブランドなどの路面電車が廃止された都市からの中古車も大量に買い取った。 こうしてトロントの市街地を縦横無尽に駆けたPCCカーは、1995年まで定期運行を続けた。TTCは現在も2両を保存しており、イベント時に登場することもある。

今も主力車両

TTCのPCCカー「4602」の車内に掲示された運賃表(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の車内に掲示された運賃表(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 そんな旧TTCのPCCカーが今も主力車両として活躍しているのが、ワシントン首都圏のメリーランド州にある博物館「ナショナル・キャピトル路面電車博物館」だ。

 開館時は博物館の建物脇のプラットホームを出発し、保存車両が片道約1・6キロの路線を約20分かけて往復する。この体験乗車の中心を担っているのが、ともに1951年に製造された旧TTCの4602号、4603号の2両だ。

 乗り込んだ4602号が面白いのは、車内にTTC時代の大人2カナダドルなどと記された運賃表や、プロアイスホッケーチーム「トロント・メープルリーフス」の選手の写真を装飾した広告が掲示されていることだ。30年ほど前のトロントにタイムスリップした気分になれる。

TTCのPCCカー「4602」の車内(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)
TTCのPCCカー「4602」の車内(22年6月25日、米メリーランド州で大塚圭一郎撮影)

 進行方向に向かって腰かける深紅色のビニールで覆ったクロスシート座席をしつらえており、天井には左右1列ずつに円形の白熱灯が並ぶ。側面の窓の上に小窓を設けたデザインは、高度成長期の日本を走っていた路線バスでも見られた。

 軽快なモーター音を奏でながら森林をかき分けるように進むPCCカーは、やがて終点に近づく。運転席が先頭にしかない片運転台式の車両だが、路線の両端はループ線になっているためそのまま折り返せる。

 博物館のウェスリー・コックス代表は「今年8月26、27両日には特別イベントの『PCCデー』を開催し、保存しているPCCカーの多くを車庫から出して屋外に展示する。TTCの車両のほかにワシントン、欧州で使われていた車両もあるので楽しみにしてほしい」とアピールする。

米国では現役の路線も

米ボストンのマタパン高速線を走るPCCカー(16年9月17日、大塚圭一郎撮影)
米ボストンのマタパン高速線を走るPCCカー(16年9月17日、大塚圭一郎撮影)

 米東部ボストンではマサチューセッツ湾交通局(MBTA)の4キロ余りの路線「マタパン高速線」で、1940年代に製造されたPCCカーが現役だ。南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)はフィラデルフィアの路線「15番」で、現在は中断しているPCCカーの運行を2023年9月から順次再開することを計画している。

 さて、読者の方の中には「連載コラムのタイトルは『カナダ“乗り鉄”の旅』なのに第2回、第3回とカナダ国外が舞台ではないか」と首をかしげるかもしれない。

 そこで思い出していただきたいのは、第1回のテーマがトロント国際空港へ向かう「UPエクスプレス」だったことだ。空路で日本、そしてカナダに隣接する米国に立ち寄った物語の行き先となる国は一つしかないのではないだろうか?

【ナショナル・キャピトル路面電車博物館】米国首都ワシントン近郊のメリーランド州にある路面電車の博物館。旧トロント交通局(TTC)のPCCカー2両のほかに、ワシントン首都圏や欧州でかつて使われていた車両を幅広く保存している。
 原則として毎週土曜日の正午から午後5時まで営業。保存車両に乗ったり、ワシントン首都圏の路面電車に関する展示を楽しんだりできる。入場料は大人10ドル(約1400円)、2~17歳の子どもと高齢者は8ドル(約1100円)。
 博物館のホームページは、https://www.dctrolley.org

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。