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「お笑いの発想を絵本に」絵本作家 田中光さんバンクーバーでワークショップ

自作絵本を持って。田中光さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
自作絵本を持って。田中光さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 絵本作家の田中光さんが今年6月にバンクーバーを訪問。子どもたちを対象としたワークショップを開催した。

 2019年に出版した初めての絵本「ぱんつさん」(ポプラ社)が第25回日本絵本賞(全国学校図書館協議会主催)を受賞。その後も数冊を出版している。

 絵本作家以外にも、お笑い芸人、ギャク漫画家の顔も持つ田中さんに、バンクーバーで話を聞いた。

バンクーバーでのワークショップ開催

 今年6月29日にバンクーバー市で子どもを対象としたワークショップを開催した。田中さんによる絵本の読み聞かせや、テーマを選んで自由に絵を描いて発表してもらうなど、アクティブなイベントとなった。

 ワークショップには光浦靖子さんも参加。子どもたちの積極的で自由過ぎる発想に田中さんも感心しきりだった。

ワークショップについて

 「カナダに住んでいる子どもたちのテンションだったり、『私もやりたい、私もやりたい』という感じが強かったのにびっくりしました。すごく楽しく良いイベントになったと思います。子どもたちが『なんか作りたい』って言ってくれたので、すごくやって良かったなと思います」

造語をテーマに絵を描く

 ワークショップでは、田中さんがあらかじめ用意しておいた「単語」が書かれた紙を2枚選び、紙に書かれた単語を組み合わせて、これまでに聞いたことがない「造語」について子どもたちに絵を描いてもらうという企画があった。「シャイなすいか」「耳があるチョコレート」「すごく長いいちご」などの造語が出来上がり、子どもたち独特の感性でそれを絵で表現する。

造語からインスピレーションを受けて描いた自身の絵を子どもたちに見せる田中光さん(左)、一緒にイベントを盛り上げた光浦靖子さん(中央)、カメラを操作するウィトレッド太朗さん(右)。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
造語からインスピレーションを受けて描いた自身の絵を子どもたちに見せる田中光さん(左)、一緒にイベントを盛り上げた光浦靖子さん(中央)、カメラを操作するウィトレッド太朗さん(右)。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 この企画には田中さんなりの理由があった。

 「改めてものを見るってことが結構ないと思うんです。例えば「泳ぐリンゴ」という言葉ができたとする。ここで改めてリンゴのことを考える。その時にリンゴの特徴を多分みんな一回頭の中でぐるぐるっと回して、いろんな角度からリンゴを見るんです。赤い、酸っぱい、甘い。過去にリンゴを食べてお腹を壊した子がいたら『お腹を壊した』とか。連想されるものがたくさんあると思うんです。切ってしばらく置いとくとちょっと黒くなっていっちゃうとか。この、リンゴの特徴をいろんな角度から見るっていうことが結構大事だと思っていて。

 これって多分将来的に子どもたちが大人になった時も、大人もそうですけど、一つ問題が起こった時に『もうダメや』ってなるんじゃなくて、ちょっと目線をずらして、こう見たら『意外とこうやったらいけるやん』とか、多角的に物を見れるような能力ができたらいいなと思って。一回考えてみようっていう感じにしてるんです。

 見たこともない、初めて今日出来上がった言葉『泳ぐリンゴ』を考えてみる。いろんな角度から『泳ぐ』ってことは沈むんかな?リンゴは浮くんかな?塩水やったらちょっと黒くなりにくいんかな?とか。頭の中でそれをいろんな角度から見る。

 これは大人も結構いろんなことに応用できることだと思うので、そういう部分ができたらいいなと思ってます」

 子どもたちの発想ははるかに自分の想像を超えていたという田中さん。「自由ですよね。カナダの子どもたちはパワフルでしたね。『こんなものの見方してるんや?』とか発見がありました。結構何人かぶっ飛んだ子もいましたよね。おもしろいなと思って。絶対にポテトしか描かない子どもとか(笑)。カナダの子どもたちは『ペンがない』『もっと紙ほしい』みたいな。すっごい前のめりで。『描きたい』『なんか作りたい』っていう気持ちがいっぱいあって、うぁってなってたんで、これはすごく良かったなと思って。そういう衝動が生まれただけでよかった。光浦さん、ありがとうございます!っていう感じでした」

 子どもたちに絵を描いてもらう提案は光浦さんからだったという。当初はそれほど積極的に子どもたちに絵を描いてもらう予定ではなかったと話す。最初は田中さんや光浦さんが子どもたちからもらった言葉をヒントに絵を描いて、その子に描いた絵を渡していた。しかし光浦さんから「子どもたちにも描いてもらおう」と会場で提案された。

 子どもたちは田中さんや光浦さんがいる場所に近い所で床に座って二人を見ていた。「僕が絵を描いてるところをのぞきに来たり、ちょっかいかけに来てもいいしと思って前に座ってもらいました。多分、いすに1時間もじっと子どもたちは座っていられないと思いましたし」。結果的にそれが子どもたちに絵を描いてもらう提案で生きた。「良いイベントになりました。最初思い描いてた状態とは違いましたけど、それが良かった。色々とこんなやり方もあるんだと思って、めちゃくちゃ勉強になりました」

絵本について

自身の絵本を使って読み聞かせをする田中さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
自身の絵本を使って読み聞かせをする田中さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 ワークショップの前半では読み聞かせもあった。自身の絵本を画面で見せながら読んでいく。文字が少なく、絵が主体の絵本には想像力がかき立てられるようだ。田中さんは子どもたちに話しかけながら、双方向の読み聞かせとなった。

 「僕の絵本は文字が少ないんです。だから『これこうなってて』みたいなコミュニケーションを取りながら、家で読んでいただく場合も一緒に読めるんです。その言葉、そのストーリーに余白があると言いますか、こうなってこうなるっていうのを決めてないので。お父さん、お母さんたちが、好き勝手に物語を足してもいいですし、セリフを勝手に足してもいいですし、そういう余白をちょっと残してるというような感じです。

 色々コミュニケーションツールになると思ったんですよ、絵本自体が。親子で『これどうなってんやろ?』みたいな。そうなるといいなと思いながら、なるべく意味を減らそうとは思ってます。

 内容はあまりストーリーもつけずに、僕は、変な世界の現象だけを描きたいなっていう感じなんです。意味を説明もしたくないし、無意味なものを作りたいっていうところでやってます。絵本でちょっとパンクをしたかったという感じでしょうかね。

 基本絵本の作りが『いないいないばあ』なんです。一番シンプルな、子どもが最初に触れるお笑いってこれじゃないですか、『いないいないばあ』。だから『猫いる?いる!』だけの繰り返しにして、そこの段積みというか、どんどんエスカレートさせていって、それで、今はなかなか紙で本を買うことも少ないというのが世界的になってると思うんすけど、子どもたちが紙の本をめくる楽しさみたいなものがここに生まれるとは思ってるので。隠しておいて『いないいないばあ』って、紙だからできる動きだし、これを好きだなと思ってくれたらいいなとは思ってます」

バンクーバーでワークショップを開くきっかけ

 「そもそもがちょっとカナダに遊びに来たかっただけなんです。で、1回来てみたかったので、せっかく来るならっていうことで知り合いからこういうワークショップできるんじゃないかと提案してもらったのがきっかけです」

 今回は、バンクーバー市ガスタウンにあるギフトショップ「Gifts and Things」オーナー佐藤さんと日本カナダ商工会議所副会長のウィトレッド太朗さんがサポートした。田中さんが佐藤さんたちと出会うきっかけは、ひょうたんアーティストのあらぽんさんだったと話す。

 「あらぽんっていうひょうたんアートをしている人がいるんですけど、事務所は違うけど芸人の後輩にあたるんです。あらぽんと僕はCM出演がきっかけで仲良くなって。それで佐藤さんを紹介していただいて。カナダでこういうお仕事されてる方ですって。会わせてもらってお話してるうちに『カナダ行きます、僕!』ってなって」

 佐藤さんによると、出会って半年くらいでバンクーバー訪問が実現したという。「佐藤さん、太朗さんはじめ、色々な方に本当に助けていただいて。1人で来てたら絶対できないイベントなので、言葉も話せないし、すごく助かって。ありがたいです」

お笑い芸人、ギャグ漫画家、絵本作家

 「(京都の)美術の大学で、版画学科に行ってて、1年で中退して吉本興業に入って、それからずっと10年ぐらい漫才とかやってて、絵を描き始めたって感じです。

 どっちで食べていくかは悩みながらだったんです。絵で食べていこうか、芸人で食べていこうか。出身が関西なんでお笑いもすごいしたいなと。漫才とかすごいおもしろいの作れるけどな俺とか、変な勘違いをしながらやってて。絵は意外と年を取ってからでも描けそうやなと思ったけど、お笑いは年取ったらなかなかスタートするのが難しいと思うので、先にお笑いやっとこうと思って、大学辞めて、吉本興業入って、みたいな感じです」

絵本作家になるきっかけ

 「きっかけというほどのきっかけはなくて」という田中さん。ギャグ漫画を描いていた時に、仕事関係で仲の良い人と一緒に親戚のおじさんも誘ってコンサートに行ったという。コンサートの後、「居酒屋で飲んでて、『今何やってるんですか?』って親戚の人に聞かれて、ギャグマンガとか書いてるんですよって見せたら『絵本とか書いてみます?』って。その人がポプラ社の方だったんです。『え、いいんすか?』『いいですよ』ぐらいで始まったんです」

 記念すべき1冊目「ぱんつさん」が日本絵本賞を受賞。「それで『じゃ次も出してください』となって。その後もたくさん出させていただけるようになって、あれよあれよと気がつけば絵本作家になってたんです」

 今は芸人活動はやっていないという。「あんまり人前が得意じゃないなっていうのに気づいたので(笑)。家で絵を描いてる方が性に合ってるなぁって、感じですね」

 それでも絵本の発想はお笑いからだと言う。

 「大喜利ってあるじゃないですか?その場の瞬発力でお題に対して何かを言う。1個に対していっぱい答え考えて書くっていうのを、本当にもう多分20何年やっているので、そこはやっぱ強くなりましたね。すぐ作れます。ただ、描くのが面倒くさいなってなっちゃうことはありますけど。

 思いつくのは早いんですよ、『こんなんやりたいな』って。寿司だったら寿司にタイヤがついてたらどういう状況が生まれるかな、みたいなのを、とりあえずバーッと思いつく限りiPhoneのメモ帳に書いちゃって。『これつまらんから取ろう』『これとこれ繋げたらおもしろいよな』『これとこれ意味が似てるから1個取ろう』とかを、バーッと頭の中で組み立てて。それで、ページ数決まってるんで32ページに収まるようにして。それから大体さっくり絵を描いてっていう感じですね。

 お笑いでネタを作っていたので、ネタを作る時の経験が生かされてると思います」

今後の絵本作家としての目標

 「自分の絵本を日本から脱したいなという気持ちはあります。ギャグマンガとか、お笑いは海外に出にくいと思うんです。文化が違うし、お笑いも違うし、笑うポイントも違うし。アメリカだったらスタンダップコメディが基本だったりしますし。ボケ・ツッコミみたいな文化もないですし。なかなかお笑いが海外に出せなかったんですよね。

 これを絵本で、お笑いじゃない状態にして。発想はお笑いから作っているんですけど、お笑いじゃないような顔をして出していけば、うっすら芸術と勘違いしてくれる人がいるんじゃないかと思って。

 日本以外でも受け入れられるようなものができるとすごく楽しいだろうなと。僕の世界もきっと広がると思います」

バンクーバーの印象について

イベント終了後に参加者の求めに応じて記念撮影や絵本に自筆の絵とサインをする田中さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
イベント終了後に参加者の求めに応じて記念撮影や絵本に自筆の絵とサインをする田中さん。2025年6月29日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「僕が来たこのタイミングが、夜が長い時期だったので、これは日本にいたら体感できない部分で『おもしろいな』って。夜9時ぐらいでも明るいから、すごい昼間からお酒飲んでるような気持ちでふらふらしていられるのは贅沢ですよね。

 あと自然と人工物、文化のバランスっていうのが、どっちもいいです。町として元気もあるし、バンクーバーはいいなと思いました。自然も多いし、きれいですもんね。とても景色もいいですし」という話す。合法化されている大麻のにおいも少し気になったと本音も語った。

 バンクーバーで絵本にできるようなインスピレーションがあったか聞くと気になったのはトーテムポール。「あの形って色使いも含めておもしろいから、トーテムポールとは言わずとも、何かを積むっていうのは、積んでるわけじゃないけど、動物がこう積み上がってるいるように見える形は、おもしろいかもしれないです。本だったらだるま落としみたいなことがあると思いますね」と語った。

読者プレゼント

 田中光さんが絵とサインを入れた絵本を2名様(各1冊)にプレゼントします。ご希望の方は件名に「田中光さん絵本希望」と明記して、田中さんへのメッセージや記事への感想を寄せてご応募ください。応募先はpromo@japancanadatoday.ca、締め切りは2026年1月31日
 たくさんのご応募お待ちしております。

 当選者の方には2月初旬に連絡いたします。郵送となりますので、当選者はカナダ国内に限らせていただきます。当選者には、氏名・住所・電話番号をお聞きます。あらかじめご了承ください。

訂正:読者プレゼント締め切りは2026年12月31日ではなく、2026年1月31日です。ご希望の方は早めにご応募ください。

(取材 三島直美)

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山野内勘二駐カナダ特命全権大使より新年のごあいさつ

 日加トゥデイ読者の皆様、明けましておめでとうございます。明けましておめでとうございます。令和8年を迎え、新年の御挨拶を申し上げます。

 今年は午年です。天高く駆け上がる駿馬の如く、力強くしなやかに飛躍に満ちた一年となりますよう祈念しております。

 昨年は、カナダにとって激動の年でありました。1月のトルドー(前)首相の退陣表明に始まり、3月のカーニー氏の新首相就任、議会解散に続いて、4月の総選挙、5月のカーニー新政権の発足、6月のG7カナナスキス・サミットの開催のほか、年間を通じ、春・秋計2回のG7外相会合を含む計7つのG7関係閣僚会合やビジネスサミット(B7)等の計6つのエンゲージメント・グループ会合を開催する等、各分野で確実な成果を上げつつ、激動の年を確かな歩みで駆け抜けました。とりわけ印象に残っているのは、カーニー新政権が発足して僅か1か月で開催したG7カナナスキス・サミットです。カーニー首相の見事な采配ぶりに加え、議長サマリーのほか、重要鉱物アクション・プランやAI、量子等7つの首脳声明を発出したことは大変大きな外交成果であったと思います。カナダのG7議長国としてのリーダシップと貢献に改めて敬意を表したいと思います。 

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 まず、6月末には、待望のBC州のLNGカナダプロジェクトによるLNG生産が開始され、日本を含むアジア地域への出荷が開始されました。年間1,400万トンのLNG生産能力を有するカナダ最大規模のLNGプロジェクトで、日本への輸送時間が約10日間であるなど、我が国及びインド太平洋地域のエネルギー安全保障にとってゲーム・チェンジャーと言える存在です。カーニー政権が推進する「主要プロジェクト」に選定された「LNGカナダ・フェーズ2」の実現に大いに期待すると共に、カーニー政権の「エネルギー超大国」構想にも注目していきたいと思います。

 7月には、情報保護協定の署名が行われました。国際社会は時代を画する変化に直面し、信頼関係にある国との間で機密性の高い情報を交換する重要性が高まる中、日加間の情報交換を促進する本協定を基に、安全保障分野における関係がより一層拡大・深化することに期待しています。また、日加防衛装備品・技術移転協定についても早期の署名を実現させ、強靭で信頼性のあるグローバルな防衛サプライチェーンの構築を含む防衛産業分野での協力強化が一層進むことを期待しています。

 9月には、史上初となる航空自衛隊F-15戦闘機によるカナダ訪問が実現し、日加空軍種協力の新たな一歩となりました。今回の訪問では、両空軍種による戦術面の意見交換や共同訓練に関する議論が活発に行われ、相互理解と信頼が大きく深まりました。カナダ側からは航空自衛隊の運用能力や機動力に対する高い評価が寄せられ、今後の協力拡大への強い期待が示されました。この歴史的な訪問をきっかけに、日加防衛関係の更なる発展に期待したいと思います。

 12月には、経団連カナダ委員会による9年ぶりのカナダ訪問が実現し、オタワでは、カーニー首相を始め、アナンド外務大臣、ホジソン・エネルギー・天然資源大臣、ジョリー産業大臣、シャンパーニュ財務大臣、シドゥ国際貿易大臣及び連邦議会加日議連執行部との意見交換の機会に恵まれました。カーニー政権が重視する貿易の多角化や大型インフラプロジェクトの推進、エネルギー輸出の政策課題等、更なる連携強化に繋がる有意義な意見交換ができました。また、経団連とカナダ・ビジネス評議会との協力覚書への署名が行われ、日加ビジネス協力の新たな枠組みが立ち上がったことは心強く、更なる前進に期待したいと思います。

 民間交流に関しても多くの進展がありました。大阪・関西万博を契機に、多くのカナダの方が訪日し、訪日人数が前年比20%増の70万人に届く勢いとも側聞しております(2025年12月現在)。カナダの「再生」をコンセプトとしたパビリオンでは、拡張現実(AR)を駆使した没入型の体験を通じて、カナダの自然美、多様性、歴史と革新性等を表現したほか、カナダの食や活気溢れるパフォーマンス等をショーケースし、多くの訪問客を魅了しました。

 9月には北米初の北米国際よさこい祭りがアルバータ州レスブリッジ市で開催され、私も参加し、よさこいをきっかけとした日系コミュニティを超えた様々な人々との繋がり、また、繋がることで見えてくる新たな希望を肌で感じることができました。同祭りの翌日、レスブリッジ市で開催されたNAJC(全カナダ日系人協会)年次総会にも参加させていただきました。テーマは「繋がり」。日系人コミュニティの連携が引き続き強化され、更なる希望が育まれることに期待しています。

 10月から11月にかけては、カナダ唯一のMLBチーム「トロント・ブルージェイズ」が32年ぶりにワールドシリーズに出場しました。私も連日「ジェイズ」のユニフォームを纏い、オタワから同僚や地元の方々と共に熱い歓声を送りました。ドジャーズには惜敗を期しましたが、「ジェイズ」の今年の活躍を確信しています。

 カナダにおいては、1988年の開始以来、累計1万人を超える青年が参加し、日加間の民間交流に寄与しているJETプログラムについても、引き続き大切にしていきたいと考えています。

 紙面の都合上、日加関係の全ての進展をここに記すことはできませんが、様々な形で日加関係の増進に日々御尽力されておられる皆様の御活動に心から敬意を表したいと思います。日本とカナダは、厳しい地政学的な状況にあって、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有するインド太平洋を隔てた隣国、信頼できる同志国、重要な戦略的パートナーであります。二国間あるいはインド太平洋における様々な取組を着実に前進させ、日加関係を更なる高みに引き上げるべく、より一層力強く努力してまいります。本年も変わらぬ御支援をよろしくお願い申し上げます。                                    

(了)

髙橋良明在バンクーバー日本国総領事より新年のごあいさつ

新年のご挨拶

「日加トゥデイ」の読者の皆様、
新年あけましておめでとうございます。
皆様におかれましては、健やかに新春をお迎えのことと、心よりお慶び申し上げます。

私が在バンクーバー日本国総領事として着任してから、一年二か月が経過しました。この間、当地の皆様から温かいご支援とご協力を賜りましたことに、改めて深く感謝申し上げます。

昨年は、日本とカナダの関係が着実に深化した一年でした。ブリティッシュ・コロンビア州キティマット港から日本向けのLNGが初めて出荷され、すでに日本の家庭やビジネスを支えていることと思います。また、六月には、BC州のイービー首相が経済ミッションを率いて訪日されるなど、官民を挙げた交流も一層活発化しました。こうした動きを背景に、日加関係は今後ますます緊密なものとなっていくことが期待されます。

また、私が働くバンクーバーには多数の在留邦人の方々が暮らしており、活発で結束力のあるコミュニティとして、日頃から総領事館の活動を支えていただいています。昨年七月に実施された参議院議員通常選挙における在外投票では、各国における日本の在外公館の中でも有数の投票数が記録されるなど、皆様のご協力に改めて感謝申し上げる次第です。

本年も、カナダ西海岸に所在する日本の総領事館として、当地における日本の存在感を高め、日加関係のさらなる深化に貢献できるよう努めてまいります。皆様の変わらぬご理解とご支援をお願い申し上げるとともに、本年が皆様にとりまして実り多き一年となりますことを、心よりお祈り申し上げます。

在バンクーバー日本国総領事 髙橋良明

お正月イベント

日時:2026年1月3日(土)11:00-15:00

場所:日系文化センター・博物館 6688 Southoaks Crescent, Burnaby, BC

入場無料

家族や友達と一緒に、楽しい新年の思い出を作りましょう!

新年の抱負や願い事を筆に込める「書初め」をはじめ、日本のお正月文化を存分に体験できるイベントです。

書初め
新年の抱負や願い事を筆で書き、一年のスタートを切ります。

獅子舞(ししまい)
邪気を払い、福をもたらすと言われる迫力ある獅子舞の演舞をお楽しみいただけます。

ゲーム
将棋、囲碁、かるた、花札など、世代を超えて楽しめる日本の伝統的なゲームを用意しています。

フラダンスの体験ワークショップも自由にご参加ください。

飲食ブース
温かいおでん、大福もち、おにぎりとお味噌汁、沖縄そば、Japadogなど、軽食や飲み物をご用意しています。

大阪・関西万博カナダ館代表ローリー・ピーターズさんインタビュー「カナダの誇りを日本の人たちに示せた」

カナダ館のローリー・ピーターズ政府代表。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
カナダ館のローリー・ピーターズ政府代表。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま、大阪市此花区)で4月13日に開幕した大阪・関西万博が10月13日に幕を閉じた。カナダ政府はカナダパビリオン(カナダ館)を出展。「再生」をコンセプトとして拡張現実(AR)を通じてカナダの魅力を発信した。

 閉幕まであと1週間となった10月7日にカナダ館で政府代表ローリー・ピーターズさんに話を聞いた。

カナダ館への来場者の反応について

カナダ館の前にある大きな「CANADA」の前で記念撮影。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
カナダ館の前にある大きな「CANADA」の前で記念撮影。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「私はこのプロジェクトをこれまで2年半から3年にわたって率いてきた代表ですので、少し偏った見方になるかもしれません。でも、万博の終わりというのは振り返りの時期です。そして、実際に全てが終わった後にはさらに深く振り返ることになるでしょう。というのも、今はまだ真っ只中で、毎日何千人もの来場者を迎えているだけでなく、6カ月間にわたる非常に忙しいスケジュールのプログラムやイベントをまだ終えていないからです。

 この万博がいかに成功したか、そしてカナダがこの万博でいかに成功したかを示す良い例や実例がたくさんあります。パートナーへのインタビューや来場者へのアンケート、さらにはいくつかの賞の受賞を通じて、カナダにとってこの万博がどれほど成果のあるものだったかを裏付けることができました。

 1970年(大阪万博)は大阪や日本にとってだけでなく、カナダにとっても大きな節目でした。というのも、カナダは1967年のモントリオール万博で世界を驚かせたばかりで、1970年の大阪万博では非常に目立つ場所とスペースを与えられました。カナダへの期待と関心は非常に高く、それに応えることができました。1970年には、ソ連(現ロシア)に次いで2番目に多く訪問されたパビリオンとなり、当時のカナダの人口を上回る来場者数だったと理解しています。

 しかし、それはカナダの象徴的なイメージ以上のものを発見することが目的でした。そしてそれは、私がカナダ館でコミュニケーション&広報の役割を担った2005年の愛知万博でも目指したことです。その後も、1985年のつくば、沖縄、そして今回の2025年と、いくつかの専門万博で比較対象があり、一般的に言ってカナダは常に人気のあるパビリオンの一つです。人々はカナダを好み、カナダと日本の関係は常に人と人とのつながりに基づいて築かれてきました。

 カナダで学んだことがある人、住んだことがある人、ワーキングホリデーで滞在した人など、カナダと再びつながりたいと思っている人も多くいます。そしてそれは、2025年の今回にも当てはまります。来場者のレビューは非常に好意的です。

 拡張現実を通じたカナダ横断の詩的な旅に感動していただいていますし、テクノロジーや「ミステリーハンター」の体験にも同様に感銘を受けていただいています。そして、現地でホスティングスタッフとして活躍するカナダ人との交流にも感動されています。

出口手前の秋のカナダと赤毛のアン。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
出口手前の秋のカナダと赤毛のアン。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 さらに、プーティンショップでカナダの味を少し体験することも新鮮でおもしろく、多くの人を引きつけています。そして、来場者のフィードバックでは、他のパビリオンとの比較や対比を通じて、カナダを訪れてみたい、再訪したい、カナダで学びたい、あるいはカナダについてもっと前向きに、もっと現代的な視点で考えてみたいというインスピレーションを受けたという声が多く寄せられています。カナダの象徴的なイメージだけではない、新たな視点での関心が生まれています」

カナダから政府関係者も多く来場、カナダと日本をつなぐ場として

 「万博はグローバルなプラットフォームですが、近年では来場者のほとんどが開催国からの方々で、今回も92%以上が日本からの来場者だと聞いています。ですから、パビリオンやプログラムを設計する際には、例えばドバイ(万博)のように多様な通過者が訪れる場所よりも、日本での開催の方が少しやりやすい面があります。ドバイでは人口構成が非常に多様で、設計の難易度も異なります。今回の万博は、日加の2国間関係を強化し、カナダと日本のつながりを再確認することが主な目的ですが、同時にインド太平洋地域、つまり近隣地域におけるカナダの存在を広げるという視点も取り入れています。

 カナダのインド太平洋戦略をご存じかもしれませんが、この万博はその戦略の初期段階における象徴的な取り組みとして位置づけられています。ですから、今回の参加は日本の来場者、日本の関係者、日本企業、日本政府関係者とのつながりを築くことが中心であり、カナダの各州や準州もこの機会を活用したいと考えていました。このプロジェクトはカナダ外務省(Global Affairs Canada)と、国際貿易担当大臣および外務大臣の管轄のもとで推進されています。

パビリオン外側にあるステージ。多くのイベントがここで開催された。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
パビリオン外側にあるステージ。多くのイベントがここで開催された。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 私たちはこのプロジェクトを企画し、舞台を整えました。東京のカナダ大使館とも密接に連携し、彼らの優先事項が私たちの優先事項にもなるよう調整しました。いわば「テーブルを整え」、各州や準州、さらには姉妹都市などがこの空間を活用し、ネットワーク、交流や新たなパートナーシップ、友情の芽生えを促進できるようにしたのです。BC(ブリティッシュ・コロンビア)州のイービー州首相が率いる代表団は「BCウィーク」と呼ばれる1週間を担当し、イベントやアクティビティを展開しました。毎朝「太平洋を越えた健康体操」として、BC版ラジオ体操を行い、BC産ブルーベリースムージーも提供しました。また、地下のコラボレーションスペースでは重要なビジネス交流や会合も行われました。

 パビリオンでは、来場者にすばらしい体験を提供することはもちろんですが、同時に会議やビジネス、コラボレーションのための空間も設けており、学校や大学の学生グループ、各州・準州のビジネス代表団を招いています。

 産業界からも参加があり、エア・カナダは関係者向けのイベントを開催し、カナダのビーフ業界、ポーク業界や農業省もこの6カ月間のプラットフォームを活用しています。つまり、今回の万博は、人と人との交流やパブリック・ディプロマシー(公共外交)だけでなく、経済外交やカナダの豊かな地域的多様性の発信という側面も兼ね備えた取り組みとなっています。

 6カ月間にわたって開催されるという点で、期間・規模・スコープの面で世界に類を見ないイベントです。まさに「国家ブランディングの最高峰のプラットフォーム」とされており、一部では「国家ブランディングのオリンピック」と呼ばれることもあります。それほどまでに、各国が自国の魅力を発信する場として重要視されているのです」

カナダのテーマ、ジェンダー平等、多様性も再現

 「今回の万博の全体的なテーマは、持続可能な開発目標(SDGs)に焦点を当てています。というのも、2030年まであと5年しかなく、2030年は国連が定めたSDGsの達成期限だからです。そこで、「未来の持続可能な社会のデザイン」がテーマに選ばれました。そして、サブテーマとして「Saving Lives(いのちを救う)」「Empowering Lives(いのちに力を与える)」「Connecting Lives(いのちをつなぐ)」の3つが設定され、夢洲の万博会場もそれぞれのサブテーマに対応する3つのゾーンに分けられています。カナダ館は、「Empowering Lives(いのちに力を与える)」ゾーンに位置しており、フランス語訳では「inspiring lives(いのちを鼓舞する)」となっています。

 各参加国には、どのSDGsに焦点を当てるかを示すよう求められ、また、万博のテーマを反映する独自のテーマを設定するよう求められました。私たちは1970年の大阪万博を振り返り、当時のテーマ「発見(Discover Canada)」を思い出しました。最初は「再発見(Rediscovery)」も考えましたが、十分に意味があるとは感じられず、日本語・英語・フランス語のいずれにも通じる言葉を探した結果、「再生(Saisei)」というテーマにたどり着きました。

 「再生」には多層的な意味があり、たとえばVCRの「再生」のように1970年やそれ以前への巻き戻しという意味もありますし、再誕・再構築という意味もあります。私たちは過去から学び、それを土台にしながら、次世代を鼓舞することに焦点を当てたいと考えました。つまり、前の世代から何を学び、次の世代に何を託すか。SDGsの達成は、まさに次世代の手に委ねられているのです。

 そして、カナダの強みとは何かを考えたとき、多様性と創造性は間違いなくその一つです。社会的イノベーションや、世界を映し出す力もまたカナダの強みです。もちろん完璧ではなく、進行中の取り組みではありますが、特に現在のように包摂性や多様性が世界的に試されている時代において、カナダがそれをどれほどうまく実践しているかを示す絶好の機会となりました。

 ジェンダー平等もまた、私たちが強く打ち出したい価値の一つです。私自身がコミッショナー・ジェネラル(代表)を務めていることも注目される点です。万博のコミッショナー・ジェネラル(CG)やパビリオンのディレクターに女性が就任する例は増えてきていますが、まだ十分ではありません。今回、女性の建築家が設計を担当し、日本の施工チームも女性が中心となっていました。現場の施工管理者やプロジェクトマネージャーも女性で、クリエイティブチームには女性や先住民のアドバイザーも加わっています。文化プログラムでは、出演者の半数以上が女性であり、料理チームもジェンダーバランスが取れていて、(カナダの)全国の調理学校から集まっています。これらは全て、カナダがジェンダー平等と多様性を体現する社会であることを意図的に示すための取り組みです。

カナダ館の前にある大きな「CANADA」の前で記念撮影。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 この多様性の考え方は、時にさりげない形で表れますが、先週末のパフォーマンスはまさにその好例でした。(万博開催中の6カ月間で)130人以上のアーティストがカナダ全国から集まり、音楽やダンスのパフォーマンスを披露しました。

 その中で、ケリー・バド(Kelly Bado)というアーティストが出演しました。彼女はコートジボワール出身で、現在はマニトバ州ウィニペグに住んでいます。彼女のバンドメンバー2人は、フランス語を話すメティス(先住民)です。彼女たちは英語とフランス語で歌い、観客は「彼女はコートジボワール出身と言っているけれど、ここはカナダ館だ」と思いながら、肌の色を忘れてただ音楽を楽しんでいました。それはまさに「これがカナダだ」と感じさせるすばらしい実例でした。

 展示でも、地域の多様性が表現されています。州ごとではなく、地域ごとに構成されており、それぞれが融合しながらも独自の特徴を持っています。文化的な多様性も重要なメッセージですし、LGBTQ+への支援も示しています。カナダ国旗と並んでプライド旗を掲げ、「真実と和解」の旗も掲げました。

 先住民週間も設け、北海道のアイヌコミュニティ、ニュージーランドのマオリ、オーストラリアの先住民と連携しました。カナダがこの万博で高い人気と注目を集めているからこそ、私たちの強みを共有する絶好の機会となったのです」

最も印象に残っていることは?

 「印象的な出来事が毎日のようにあって、どれもすばらしいです。

 例えば昨日(10月6日)は2つのイベントがありました。一つはケベック州と関西・大阪の企業とのランチミーティングでした。6月にケベック州と大阪との間で覚書(MOU)を締結したのですが、通常、万博はビジネス契約の場ではありません。でも、パートナーシップの可能性を示すには絶好の機会です。今回は実際にそのMOUを実現させる場を設けることができました。MOUはただの署名で終わってしまうこともありますが、私たちはそれを「MODo(行動に移す覚書)」にしたかったんです。

 そして昨日、わずか3カ月でその第一歩となる交流が実現しました。企業同士が集まり、協業の可能性について話し合いました。ランチは若手の料理チームがケベック産の食材を使って準備し、日本でも購入できる商品を紹介しました。

 料理やワインの魅力も発信しました。昨日はBC州のオカナガン産ワインも提供しました。人と人をつなぐ場になったと思います。

 午後には、日本のパートナーとの連携を模索する活動もありました。会場には9つのテーマ館があり、そのひとつが河瀨直美監督の館(https://expo2025-inochinoakashi.com/)です。彼女はカンヌのパルムドール受賞監督で、「なら国際映画祭」のディレクターでもあります。以前から若手映画作家の育成プログラムについて話していて、私たちも若者の支援を重視しているので「何か一緒にやりましょう」と提案しました。そして昨日の午後、準備期間はほとんどなかったのですが、万博最終週に、地下の会議室で3本の映画を上映しました。一般の方やホスティングスタッフが参加し、「再生」の力を別の形で体感する機会となりました。

 そして、私にとってのハイライトは、万博開幕前日の4月12日です。開幕前に約70人のカナダ人と日本人が集まりました。1970年の大阪万博や1985年のつくば万博でホスティングスタッフを務めた方々です。実際の元スタッフは38〜39人で、家族や孫も同行していました。40年ぶりに再会する方もいて、感動的でした。

 東京のカナダ大使イアン・マッケイも、つくば万博の元ホスティングスタッフです。今回のホスティングスタッフプログラムのコーディネーターは、1985年当時の彼の同僚でした。この再会は2年半かけて準備されたもので、1970年のカナダ館の日本人スタッフも数人参加しました。

 ただの同窓会ではなく、新しいホスティングスタッフへの知識の継承の場でもありました。翌日から6カ月間の来場者対応に備える彼らに向けて、ティータイムを設けて交流しました。涙あり、音楽あり、笑いありの時間で、「再生」の象徴のような瞬間でした。

 他にも、カナダのナショナルデーも印象深いです。全国からアーティストを招き、伝統的なパンケーキ・ブレックファストを開催しました。あいにくの雨でしたが、私は「雨女」なんです(笑)、正午には晴れて、フェイスペインティングや音楽、パンケーキなど、カナダらしいお祝いムードに包まれました。

 各国がパレードを行うのですが、カナダはホスティングスタッフや運転手、清掃スタッフが旗を持って音楽に合わせて歌いながら行進しました。派手ではないけれど、楽しくて、誰でも参加できるカナダらしいパレードでした。

カナダ館から見る大屋根リング。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
カナダ館から見る大屋根リング。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 本当に、挙げきれないほどの思い出があります。日本での反応も非常に好意的で、来場者の皆さんに喜んでいただけてうれしいです。カナダからの来場者も予想以上に多く、特に開幕当初は驚きましたが、その後も続いています。

 通常、万博では自国民が最も厳しい批評家になるものですが、今回は「自分の国がこんなにすばらしく表現されている」と誇りに思ってくれる方ばかりでした。展示やプレゼンテーションに自分自身を重ねて見ていて、技術や創造性、多面的な表現に感動していました。

 このプロジェクトに関わったカナダの市民や納税者の皆さんが「自分たちがきちんと代表されている」と感じてくれたことが、私たちにとって何よりもうれしいことです。本当に、素晴らしい経験でした」

日本で開催された万博全てに参加してきたカナダ

 カナダが初めて日本の万博に参加したのは1970年に開催されたアジア初の万博「大阪万博」。「発見(Discovery)」をテーマにしたカナダ館の入場者数は2500万人以上で、当時のカナダの人口を超えていたという。最も人気のパビリオンの一つとして人々の記憶に刻まれている。

 その後も1975年沖縄国際海洋博(沖縄県)、1985年科学万博つくば(茨木県)、1990年大阪国際花と緑の博覧会(大阪府)、2005年愛・地球博(愛知県)に参加。地球博では約300万人が来館した。

 大阪・関西万博は10月14日に来場者数を発表。約2900万人(関係者340万人を含む)が訪れた。各パビリオンの公式な来館者数は発表されていないが、カナダ館は満足度の高い人気パビリオンとして報道各社が紹介している。

 10月12日には、The Bureau International des Expositions(BIE)によるBIEデー表彰式が行われ、「大阪・関西万博 2025 公式参加者アワード」を発表。カナダ館は、Exhibition Design部門独自パビリオン出展「タイプA」(1,500㎡以上)で、金賞中国、銀賞インドネシアに次ぐ銅賞を獲得した。BIEは、3週間を超えて開催される非商業的性格を持つ全ての国際博覧会(「万博」)を監督・規制する責任を持つ政府間機関。

 カナダ館は、川の氷が春に解けるときに氷の破片が集まって流れをせき止める自然現象「水路氷結」に由来する氷をイメージした外観と、氷が砕けて冬の終わりと春の訪れを告げ、川の水が解放されて流れ出し、大地の再生が始まりを表した床のデザインが美しいカナダを表している。

https://www.canadaexpo2025.ca/ja-jp

大屋根リングから見たカナダ館。「再生」をテーマにした美しいデザインのパビリオン。左の列は館内への入り口、右の列はプーティンなどが楽しめるレストランへの入り口。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
大屋根リングから見たカナダ館。「再生」をテーマにした美しいデザインのパビリオン。左の列は館内への入り口、右の列はプーティンなどが楽しめるレストランへの入り口。2025年10月7日、大阪市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

(取材 三島直美)

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岡田誠司氏インタビュー「40年の外交官時代を振り返り次世代に伝える」

スライドや写真を使って話す岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会
スライドや写真を使って話す岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会

 筑波大学大学院で客員教授として教壇に立つ岡田誠司氏。在バンクーバー日本国総領事として2013年から3年間、バンクーバーに滞在。在留邦人だけでなく日系カナダ人のコミュニティとも広く交流し、外交官という仕事を超えて親交を深めた。

 8月6日、バンクーバー日本商工会(懇話会)主催の講演会を前にバンクーバー市で話を聞いた。

42年間の外交官生活を振り返り、次世代に伝えられること

 岡田氏は1981年に外務省に入省。2013年から16年まで在バンクーバー日本国総領事、その後、在南スーダン日本国大使や在バチカン日本国大使を歴任。2023年に退職。現在は茨木県つくば市在住。明治大学経営企画担当常勤理事も務めている。

インタビューに応じる岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会
インタビューに応じる岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会

 「4月から筑波大学大学院で教え始めて、クラスに30人いますが、23人が外国人留学生で、日本人の学生は7人。だから本当にインターナショナルで色々な国の学生がいます。

 何をしているかというと要するに国際関係なんですが、国際関係の中でも実際の外交というのはどういう風に動いているのかという話をしています。私は日本の外交官でしたから、日本での話を中心にして、外交というのはどういう風に各国と行われているのかなどを話しています。

 大学で教えたいと思ったきっかけは、1981年から2023年まで42年間外務省にいたわけですが、その間にずっと色々な国を回って外交の仕事に携わってきたことを思い返すと、自分がいた42年の間に世界は良くなったんだろうかと振り返ってみて、実は必ずしもそうは言えない。むしろこれからの世界情勢というのは非常に心配ごとがたくさんある。

 そうすると自分は42年なり外交に携わってきたのですが、外交は1人でやるわけではないですが、結果として世の中が必ずしも良くなっていないということに対する思いはあります。

 そうであれば、それを次の世代を担う人たちに『何が良かったのか、何が良くなかったのか?』ということをきちんと伝えていかなくてはいけないかなという思いがあって大学で教えています」

「法の支配」が世界的に揺らいでいる

 バンクーバー総領事館の前任地はアフガニスタンで、中近東情勢にも詳しい岡田さんに現在の中近東を含む世界情勢について聞いた。

 「非常に懸念すべき材料がたくさんあって抽象的に大きな話で言うと、国際情勢を動かしていく基本的なルールがあるわけです。少なくとも自分が外務省に入って、ずっと日本は、今もそうですが、外交を動かしていく時の基本的なルールを守っています。

 それは、第2次世界大戦の反省に立って作られた色々なシステム、抽象的に言うと「“Rule of Law”法の支配」と言われるものです。この「国際法」をきちんとみんなで作って、その下でみんなで共存していきましょうっていうそういう大きな目的があって、それは国連の大きな目標の1つなんです。

 日本はそういう中で経済でも政治でもいわゆるRule of Lawを非常に重要視して、外交もしているわけですが、残念ながら、それが今大きな岐路に立っているっていうことです。中東の紛争もそうですし、アメリカを中心とする色々な経済の問題もそうなんですが、要するにみんなが寄って立つところの「国際法」を遵守してやっていきましょうっていう方向から大きく外れている。それが根本的な原因だと思います」

バンクーバー総領事時代の思い出

講演中の岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会
講演中の岡田誠司氏。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会

 2014年にバンクーバー総領事館が開館125周年を迎え、岡田氏は総領事として外務省に残る公文書を調べ、歴史を振り返るフォーラム「二つの歩み」を開催した。外交文書からひも解くバンクーバーでの外交と、当時の日系カナダ人コミュニティの歴史を並べて考察するという新しい視点からのバンクーバーの日系の歴史を戦前から現代まで1年で6回シリーズとして開催した。

 「バンクーバーだからこそできたっていうのは、日系コミュニティの人たちと一緒に日系人の歴史の検証です。6回のワークショップを開きました。

 バンクーバー総領事館は1889年にオープンしています。そして最初の総領事が来てから今もそうですけど、外交として行った仕事の記録を東京に全部送るんです。それが外交資料館に残っています。それで、私は1889年に領事館ができた時からの記録をずっと見返して、総領事館は何をやってきたのかっていう話をしました。

 一方で日系コミュニティは日系コミュニティの歴史がずっと続いているわけで、それを並べてみると色々な局面で色々なことがあったことが分かります。日系コミュニティで何かが起きた時に総領事館は何をやったのか、そういう話を紹介するワークショップでした。これは私自身も非常に勉強になったし、日系コミュニティの方々も普通そういう外交文書って直接見ることはないと思うので、新しい事実というか、そういうものがたくさん見つかって、おもしろかったですね」

 今回の講演では、戦前の総領事館が日系カナダ人の人たちの問題にどのようにかかわったのかを説明。日系カナダ人の問題だからと見放すのではなく直接的ではなくても間接的に手助けしたことを紹介した。また在任中には日韓の歴史問題がバーナビー市に持ち込まれたことや、ようやくBC州から日本に向けて始まったLNG(液化天然ガス)の輸出が当時は非常に難しい問題だったことについても語った。

ブリティッシュ・コロンビア州に流れ着いた東日本大震災によるがれき漂流問題

 2011年に起きた東日本大震災は大きな問題を起こした。その一つが、地震や津波で出た大量の「がれき」が太平洋を渡り北米西海岸に到着するという問題だった。日本政府はカナダ・アメリカに清掃支援金を支払うことを発表し、カナダには100万ドルが送られた。さまざまな団体が清掃作業を行ったが、バンクーバーでは震災の募金活動のために日本人の学生が中心となって作った団体「ジャパンラブ・プロジェクト」が清掃作業でも活躍した。2013年には清掃に関する報告会が総領事公邸で行われている。

 「東日本大震災が起きて2年ぐらいたったころに、その震災のがれきが(北米)西海岸に流れ着くということで、カナダも含めて結構大きな社会問題になったんです。そこには色々な誇張された情報もたくさんあったので、それはカナダに対しては正確な情報を伝えました。『放射線汚染されたがれきが来る』みたいな心配もあったわけです。結果的にはそういうことはないですと伝えました。それでもがれきが到着するのは事実ですからカナダ側には不安があったのかもしれません。

 あの時にうれしかったのは日本人の学生が協力して、率先して自分たちで清掃活動しようとグループで清掃に行ってくれたことです。それに私と妻も一緒に(トフィーノまで)行って清掃活動をしました。行ってみると大変で。ご承知のとおり、あちら(バンクーバー島南部西海岸側)へは道路アクセスが難しいので、みんなボートでぐるっと回って行って、回収したゴミもゾディアックみたいなボートに乗せて持ってこないと持ってこれない。結構大変でした」

若い世代への期待

 「先ほども言ったように国際情勢って必ずしも良くなっていないというか、むしろ流動化しています。そういう中で若い人たちにもグローバルな視点がとても大事だと思っています。そういう意味で、私は学生たちにはどんどん(海外へ)出て行って(日本の)外を見てもらう。(日本の)外を見ることは合わせて日本のこともよく分かるんです。そういう目を持って、これからのキャリアの中で生かせてもらえたらなと思っています。

 外交官として私は基本的にはどこに行っても同じようにしていました。私たちの仕事は、仕事という局面で見れば外交の基本になるのは情報です。相手の国は何を考えているのかということを正確になるべく多くの情報を得ること、合わせてこちらからの情報もきちんと発信して、日本はこういうことを考えてますよ、ということを言っているのが、外交の仕事なんです。

 そういう意味では色々な人たちに会って、色々な人たちからお話を聞いて、またこちらからも必要な情報を提供してっていうことなので、それはどこの国に行っても同じです。

 ただバンクーバーでは、いわゆる仕事という意味での日本だけではなくて、日系コミュニティの方々とか在留邦人の方々もたくさんいますし、そういう方との中で得る情報もたくさんありますから、そういう意味ではここでは本当に色々な方とお会いできて本当に楽しかったです」

バンクーバーのコミュニティに一言

 「私は2013年から16年までここに滞在させていただきましたけれども、非常にたくさんの方々とお会いできて、日加関係というお仕事上の関係だけではなくて、個人的な、友情というか、色々な方とそれが育まれたのは私にとって本当に代え難い場所でした。

 私たちは1つの国に3年ぐらいしかいないので、そういう関係は大体それで終わるんですけど、ここではそうではなくて、ここでできた色々な方と関係をずっと続けていけたらいいなと思っています。

 ですので私はずっと日本にいますので、日本に皆さんがお越しになることあれば日本でもまた再開して色々な話ができればと願っています」

バンクーバー総領事時代から親しくしていたブリティッシュ・コロンビア州元議員ラルストン氏(左)と岡田氏(中央)、髙橋良明バンクーバー総領事(右)。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会
バンクーバー総領事時代から親しくしていたブリティッシュ・コロンビア州元議員ラルストン氏(左)と岡田氏(中央)、髙橋良明バンクーバー総領事(右)。2025年8月7日、バンクーバー市。写真 斉藤光一/バンクーバー日本商工会

(取材 三島直美)

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高丘選手、バンクーバー・ホワイトキャップスと再契約

試合後にファンと一緒に喜ぶ選手たち、高丘も笑顔を見せる。FCダラス戦。2025年10月26日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today
試合後にファンと一緒に喜ぶ選手たち、高丘も笑顔を見せる。FCダラス戦。2025年10月26日、BCプレース。Photo by Saito Koichi/Japan Canada Today

 MLSバンクーバー・ホワイトキャップスFCは12月18日、GK髙丘陽平(29)選手との契約延長を発表した。スポーティングディレクターのアクセル・シュスター氏は「ヨウヘイは加入以来クラブの中心的存在となり、リーグ屈指のゴールキーパーであることを証明してきた。ピッチ内外で模範的なプロフェッショナルであり、再び彼を迎えられることをうれしく思う」と声明で語った。

 髙丘選手は2023年にJリーグの横浜F・マリノスから加入。以降、通算129試合に先発し、MLSに昇格して以降ではクラブ2位となる35クリーンシートを記録。2025年シーズンは45試合に先発出場し、クラブ新記録となる16クリーンシートを達成。レギュラーシーズンではリーグタイの18勝、うちリーグ最多の13クリーンシートの活躍を見せた。今季は日本人としてMLSオールスターに初選出され、年間最優秀GK賞のファイナリストにも名を連ねた。

 本人もクラブを通して「クラブからの愛とサポートを感じてきた。最高のシーズンはまだこれから。来年はすべてのタイトルを勝ち取りたい」と意欲を語っている。 

 2025年シーズンのホワイトキャップスは西カンファレンスで初優勝を果たし、MLSカップ決勝に進出。インテル・マイアミに敗れたものの、MLSに昇格して以降では最高のシーズンとなった。高丘選手はMLSレギュラーシーズンとプレーオフの全試合で先発出場し、守護神として活躍した。

 2026年にはFIFAワールドカップ北中米大会が6月から7月にかけて開催される。バンクーバー市も開催都市として全7試合が予定されている。高丘選手が日本代表に召集されるかにも注目が集まる。

 ホワイトキャップスとの契約は2027年6月まで。

 MLSは2027年からレギュラーシーズンの開催時期を現在の春開幕からヨーロッパに合わせる夏開催へと移行する。そのため、2027年シーズンは2月から5月までに短縮される。

(記事 三島直美)

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日本・カナダ商工会議所 恒例クリスマスランチョンを開催

2025年クリスマスランチョンにて ― 食事を楽しむ参加者の皆様(31名)
2025年クリスマスランチョンにて ― 食事を楽しむ参加者の皆様(31名)

日本・カナダ商工会議所は、2025年12月12日(金)、バンクーバー市ガスタウン地区のイタリアンレストラン Brioche Ristorante & Wine Bar において、恒例のクリスマスランチョンを開催した。当日は、会長、副会長、理事、会員、また来賓を含む会員等31名が参加した。 

2025年クリスマスランチョンにて ― 食事を楽しむ参加者の皆様(31名)
2025年クリスマスランチョンにて ― 食事を楽しむ参加者の皆様(31名)

本ランチョンは、年末にあたり会員相互の親睦を深めるとともに、日本とカナダ間のビジネス交流を一層促進することを目的として毎年開催されている。

榎本彩乃さん
榎本彩乃さん

また、本会の創立者である故・小松和子氏の功績にちなみ、日本とカナダをつなぐ活動に貢献した日本人および本会の運営に寄与した会員を表彰する「小松和子アワード」を授与する機会としても位置づけられている。

当日の司会進行は、会員でValuable Link所属の榎本彩乃氏が務めた。日本・カナダ商工会議所には日本人以外の会員も在籍していることから、進行はすべて英語で行われた。

来賓挨拶

冒頭では、来賓としてご出席いただいた髙橋良明総領事よりご挨拶があり、当地ビジネス界への本会の貢献に対する期待とともに、来年に向けた激励のお言葉が述べられた。

髙橋良明総領事
髙橋良明総領事

ゲストパフォーマンス

続いて、カナダ先住民スコーミッシュ族のDarren Yelton(ダレン・イエルトン)氏による祝いの伝統音楽パフォーマンスが披露され、会場は厳かで温かみのある雰囲気に包まれた。

ダレン・イエルトン氏
ダレン・イエルトン氏

ダレン氏はまた、彫刻家としても知られており、日本・カナダ商工会議所のプロジェクトを通じ、多くの移民を送り出した歴史を持つ和歌山県美浜町に2020年に寄贈されたトーテムポールの制作者でもある。

第5回 小松和子アワード授賞式

その後、第5回小松和子アワードの授賞発表式が行われ、3つのカテゴリーにおいて受賞者が選出され、各受賞者のこれまでの活動内容や功績が紹介された。

カテゴリー1受賞者:本間真理氏

最初の受賞者は、バンクーバー日本語学校において長年にわたり校長を務め、日本語普及に多大な貢献をされた本間真理氏で、「Lifetime Achievement賞」が贈られた。本間氏は本年ご逝去されたため、当日は娘である佐野文野様が代理で登壇し、「改めて母の偉業を理解した」と涙ながらに謝辞を述べられた。

佐野文野氏
佐野文野氏

カテゴリー2受賞者:花城正美氏

二人目の受賞者は花城正美氏。沖縄県出身の花城氏は、長年にわたり日系カナダ人コミュニティに対し、沖縄の伝統文化であるエイサーを紹介・普及してきた功績が評価された。

花城正美氏
花城正美氏

カテゴリー3受賞者:ウィットレッド太朗氏

最後の受賞者は、本会副理事であり事務局長を兼務するウィットレッド太朗氏で、日本・カナダ商工会議所への多大な貢献が称えられた。イベント運営にも積極的に取り組んでいるウィットレッド氏は、今後の会の更なる活性化と事務局機能の強化への意欲を述べた。

ウィットレッド太朗氏
ウィットレッド太朗氏

小松和子アワードの授賞発表式は、受賞者の日系コミュニティでの地道な取り組みや会への貢献が共有されることで、他の会員にとっても大きな励みとなる時間となった。

会長挨拶

続いて、サミー高橋会長より挨拶が行われ、本会のミッションである「日本とカナダをビジネス、文化、教育、観光を通じてつなぐ」という理念に基づき、本年の活動報告がなされた。姉妹都市交流(ニューウエストミンスター市と守口市、ノースバンクーバー市と千葉市、バンクーバー市と横浜市、リッチモンド市と和歌山県)に触れるとともに、今月初めに実施された旧日本人町復興プロジェクトである Vancouver Community Kintsugi Association への支援について報告があった。また、来年3月にはUBC日本人学生が運営するUBCジャパンキャリアネットワークとの協働による「ジャパンコネクト」、5月にはビジネス・スタートアップセミナーの開催が予定されていること、さらに日本・カナダ商工会議所青年部の活性化についても発表された。

サミー高橋会長
サミー高橋会長

その後、参加者はイタリアン料理を楽しみながら歓談し、終始和やかな雰囲気の中、各テーブルでは活発な交流が見られ、互いの活動に対する今後のビジョンや目標について意見交換や激励が行われるなど、有意義な交流の場となった。

食事を囲み交流を深める参加者の皆様
食事を囲み交流を深める参加者の皆様

最後にドアプライズ抽選会が行われ、約3時間にわたる会は終始和やかな雰囲気の中、盛況のうちに進行した。本ランチョン会は、会員間の結束を深めるとともに、日加間のネットワーク強化に寄与する意義深い行事となり、盛会のうちに終了した。

左から田尻理事、榎本さん、ウィットレッド理事、若林理事、鈴木理事、イエルトンさん、パトリシア名誉理事、サミー会長、マトソン理事、マトソン名誉理事
左から田尻理事、榎本さん、ウィットレッド理事、若林理事、鈴木理事、イエルトンさん、パトリシア名誉理事、サミー会長、マトソン理事、マトソン名誉理事

投稿 日本・カナダ商工会議所
文責 鈴木 香絵
撮影 吉川 英治

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『影の帰還』の出版―The Return of a Shadowの日本語版―

The Return of a Shadowの日本語版『影の帰還』山岸邦夫著
The Return of a Shadowの日本語版『影の帰還』山岸邦夫著

物語の主人公、長田栄造は日本に残してきた家族にカナダから送金を続けてきたが、第二次世界大戦中に強制収容所へ送られ、自ら下した決断に苛まれながら余生を過ごすことになる。

本書『影の帰還』は日本とカナダをまたぐ主人公の感情の揺れを辿り、カナダの強制収容所の現実から、日本に残した家族の沈黙までの苦難な旅を飽くことなく描写してゆく。43年間会わなかったために栄造は家族にとって影であるが、妻の断片化した記憶と離反した子供たちの顔に向き合いながら、彼は義務感と家族への帰属への渇望との折り合いを探し求める長い旅路につく。

原典の英語版の著者は流れるような文体と深い歴史的共感をもって、アイデンティティ、離別、犠牲の代償というテーマを追求してゆく。これは二つの世界に挟まれ、最も偉大な旅とは自分自身への帰還であることを学ぶ男の優しくも胸が締めつけられる物語である。

英語版の原典は2018年に英国の出版社から刊行され、翌2019年に同国の国際文学賞、 Rubery International Book Award、の最終選考に残った作品。また同書は、トロント大学 、ブリティッシュ・コロンビア大学、 ヴィクトリア大学、および サイモン・フレイザー大学の各図書館が「貴重文献及び特別蒐集品」部門(大学により若干呼称が異なる)における永久所蔵版でもある。

『影の帰還』(山岸邦夫著)と題するこの訳本は、日本における北米文学の権威である上岡伸雄学習院大学教授による翻訳で、彩流社(東京)が今年刊行した。

カナダからはamazon.co.jp を通して購入可。

(寄稿 山岸邦夫)

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ひょうたんアーティストあらぽんさん、バンクーバーで展示会

作品を持つあらぽんさん。展示会場で。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
作品を持つあらぽんさん。展示会場で。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 ひょうたんアーティストとして活動しているあらぽんさんが今年9月にバンクーバーで展示会を開催した。会場はバンクーバー・ダウンタウンのアート展示スペース。5人での共同開催となったが、昨年11月の初訪問時に語っていたカナダでの展示会を1年たたないうちに実現した。

 一つひとつ夢を叶えていくあらぽんさんに展示会場で話を聞いた。

カナダでの展示に向けて日本で準備

 日本ではカナダでの展示会開催を前提に作品に取り組んでいたという。「カナダっぽい作品や、カナダをイメージする作品を作っていました」。テーマはカナダの自然。昨年バンクーバーを訪れた時のイメージや人から聞いたことを基に作品のイメージを作り上げていった。

バンクーバー市で人気のスタンレーパークをイメージして作った作品「Stanley Park」。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
バンクーバー市で人気のスタンレーパークをイメージして作った作品「Stanley Park」。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「カナダの人って森とか海とか自然を大切にするという印象があって、海や森をテーマに多く作りました。それ以外では、カナダの人が好きそうな日本の柄で、今回は初めて和紙と絵具を混合して作ったんです」

 普段の作品では和紙と絵具を合わせて作るということはないという。「新しい挑戦でしたね」。ヒントは昨年のバンクーバーでのワークショップ。参加した子どもたちが、和紙の上から色を塗っていたのを見て、「もともと色が付いている和紙に色を付けるという発想は僕にはなかったのでアートでも使えるな」と昨年のインタビューで語っていた。

和紙とマーブリングを融合させた作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和紙とマーブリングを融合させた作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 今回は「マーブリングした後に和紙で装飾した作品を作ってみました」と説明する。これまでのこだわりを捨て、なにか新しいものと考えた時に「混ぜちゃえばいいんだって。これでカナダの人で和が好きな人にも、マーブリングが好きな人にも、どっちにも刺さるかなって」。作品として上手くできたと自負する。

 そうして作った約20点を展示販売。展示会開催をドキドキしながら迎えた。

「自分のアートを選んで買ってくれたのはすごくうれしい」

 9月1日の展示会の前日、バンクーバーで開催されていた台湾フェスティバルでも販売を試みた。次の日の本番前の前哨戦だ。しかし「洗礼的な雰囲気でした。ヤバいこれ、みたいな。3時間で販売ゼロみたいな感じで、超心が折れまくってました」。

 そうして迎えた当日。「昨日の今日でもう大丈夫かなって、不安でした」。しかしふたを開けてみると「入場前からお客さんが待ってくれていて。今日はずっと人がいっぱい入っている状態で。皆さんの協力に感謝です」とうれしそうだ。今回もGifts and Thingsオーナー佐藤広樹さんやスタッフ、日本カナダ商工会議所がサポートした。

展示会場の様子。多くの人が作品を鑑賞していた。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
展示会場の様子。多くの人が作品を鑑賞していた。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 口コミで多くの人が来てくれたようだと話す。「人から教えてもらってきたよって人が多かったみたいです。『楽しかったよって言われたから来ました』とか言ってもらって」。展示会は1日のみの開催。「午前中に来た人が友達に伝えて、こうして(夕方に)来てくれているみたいで。本当にうれしいですね」と笑顔が弾けた。

 インタビュー中にも購入者が話をしたいからということで中断するほど。絵を買った人の中にはカナダの人も多かったという。

ひょうたんに込めた思い

 今回の展示から始めたというのが「メッセージボトル・シリーズ」。作品の中のひょうたんを海岸に流れ着いた「メッセージボトル」に見立て、「気持ちはいつか誰かに伝わるよって意味を込めています」と語る。

バンクーバーのガスタウンをイメージした作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
バンクーバーのガスタウンをイメージした作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 「海に来ている時って、10人いたら10通りの気持ちで来ていると思うんです。楽しい、うれしい、悲しいとか。その気持ちによって海の見え方も違っていると思います。ひょうたんは海に流れ着いたメッセージボトルをイメージしていて、それぞれ色々な気持ちで海に来ていると思うけど、メッセージボトルが海岸に届くように、うれしい気持ちも、悲しい気持ちも、いつかは誰かに届くよって」。

 そうして気持ちを込めて創作した作品を買ってくれる人がいるのは「むちゃくちゃうれしい」という。

 「色々なアートがある中で、自分のアートを選んでくれて、買ってくれて、それで飾って毎日見てくれるわけじゃないですか。自分の絵を見てそういう感覚になってくれたのはめちゃくちゃうれしいです。自分が思っていることが伝わっているんだなって、感じますね」

次はカナダで個展を

 昨年バンクーバーでワークショップを開いた時には次の目標は「カナダで個展を開く」だった。今回はクラウドファンディングを立ち上げて展示のための資金を集めたが目標額には少し足りなかったという。それでも個展とはならなかったが、展示会は実現できた。次はバンクーバーで個展を開きたいと話す。

 そしてもう一つ、自分の作品を評価してもらえるコンテストのようなイベントに出店したいという。それが何なのかはまだぼんやりとしか見えていないが、「こんな作品を作っている日本人がいるぞって分かるようなことを何かやってみたいなと思います」と語った。

 作品はいまも自身で育てたひょうたんを使っている。今年は夏が暑くひょうたんの出来にも影響したということだが、秋に収穫したひょうたんが来年の作品になるという。

 これまでひょうたんが縁でさまざまな夢を実現してきたあらぽんさん。次の目標に向けて、さらなる1歩を踏み出しているようだ。

小さいひょうたんを使った作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
小さいひょうたんを使った作品。2025年9月1日、バンクーバー市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

(取材 三島直美)

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