
着物を現代の洋服へと生まれ変わらせたデザインに、浮世絵や家紋を取り入れたストリートファッション。10月14日から18日まで開催されたバンクーバー・ファッションウィーク(VFW)2027年春夏コレクションと、同時開催のバンクーバー・キッズ・ファッションウィークに、日本から計3ブランドが初参加した。
多様性が広がるVFW 世界10カ国から29ブランド
2001年に始まったVFWは、カナダ最大、北米でも2番目の規模を誇るファッションウィーク。今回はバンクーバー市内の会場に世界10カ国から29ブランドが集結した。
オフィシャルスポンサーにシチズンウォッチカナダが加わり、開催初日にはバンクーバー発のファッションブランドBrunette the Label(ブルネット・ザ・レーベル)とコラボレーション。洋服と腕時計を組み合わせたスタイリングでショーで開幕を飾った。
日本からは、着物のアップサイクルに取り組むfuku-fuku(フクフク)と、ストリートブランドのviccore(ビックコア)が初登場。同時開催のバンクーバー・キッズ・ファッションウィークには、子ども服ブランドJulika(ジュリカ)が初参加し、森の妖精をテーマにしたドレスでランウェイを彩った。

今回は、fuku-fukuのデザイナー深井由起子さんとviccoreのデザイナーTAGOSAKさんに、ブランド誕生の背景や海外への挑戦に込めた思いを聞いた。
fuku-fuku 着物をもっと身近に 母娘で挑む新たな服作り
着物から生まれたとは思えない、凹凸のあるふっくらとした丸いシルエット。fuku-fukuの洋服には従来の着物のイメージを覆すような遊び心がある。

深井さんは、専門学校で服作りを学び、長年フリーランスのパタンナーとして活動。その後、ダンス衣装の会社での勤務を経て、独立し自身のブランドを立ち上げた。「ダンスの衣装は、お客さんが一番きれいに、気持ちよく着られるためのもの。言ったらお客様の世界」。顧客一人ひとりの希望に応える服作りを続けながらも、「いつかは自分の世界観のあるブランドを立ち上げたいと、ずっと思っていました」と、以前から新たなブランドの構想を抱いていた。
その思いを形にするきっかけとなったのが、祖母が母の大津信子さんに嫁入り道具として持たせた着物だった。処分するという話を聞き、深井さんは「ずっと(自分のデザインを)したいと思っていたので、『じゃあ1回ハサミを入れて作ってみましょう』」と制作を始めた。
最初に手がけたのは、折り紙の紙風船から着想を得たバルーンスカート。「着物って平面なんです。糸を外したらみんな長方形になる」と深井さん。直線的な布を体にまとわせる着物に対し、洋服は体の形に合わせて立体的な型紙を作る。パタンナーとして培った技術を生かし、平面の布から紙風船のような丸みを生み出した。「紙風船を膨らませた時みたいに、ちょっとゴツゴツっとした丸み」を目指したという。
目指すのは、着物の生地を使っているからではなく、洋服そのものに魅力を感じてもらうこと。「『その形かわいいね』から入っていただいて、実は素材が着物だったという方が驚きがある」。着物を知らない人にも、まずデザインに興味を持ってもらいたいという思いがある。
制作は母娘の二人三脚だ。深井さんが型紙と裁断、複雑な部分の縫製を担当し、昔洋裁を学んで家族の服を縫ってきた母の大津さんがウエストや裾などの仕上げを支える。
着物の反物は幅が狭く、洋服に仕立てるには複数の布を縫い合わせる必要がある。柄物の場合は、模様のつながりにも気を配らなければならない。取材中、大津さんは実際の洋服を広げ、布の継ぎ目を一つずつ指でたどりながら、その細かな工夫を見せてくれた。「パズルみたいでおもしろい」と笑う姿からは、服作りを楽しむ様子が伝わってきた。

母娘が着物を洋服へと生まれ変わらせる背景には、失われつつある日本の織物文化への思いがある。かつては嫁入り道具として、親が娘に着物をそろえて持たせる習慣があった。しかし、生活様式の変化によって着物を着る機会は減り、長年しまわれたまま処分されるものも少なくない。
深井さんが特に惜しむのは、名もない職人たちが手がけた織物だ。「名もなき職人さんのすばらしい織物とかは、名前がないだけにそのまま捨てられていって、もう作れない素材がほとんど」と説明。貴重な生地が着られないまま失われていく現状に、もどかしさを感じている。
そのため、fuku-fukuでは特別な日のためのドレスではなく、普段から着られる洋服を中心に制作している。「特別なものって、またクローゼットに入るじゃないですか」と深井さん。ブルゾンやスカート、ズボンなど、日常の装いに取り入れられるデザインを通じて、着物の生地を再び身近なものにしようとしている。
ショー終了後、「こんなに感極まるとは思っていませんでした」と深井さん。今後の海外での活動にも意欲を示した。祖母から母へ、そして娘へと受け継がれてきた着物。母娘の手によって新たな洋服に生まれ変わり、バンクーバーのランウェイを彩った。
viccore 裏原宿への憧れを胸に 世界を目指すストリートブランド

viccoreの由来は、シューティングゲーム「グラディウス」に登場するボスキャラクター「ビッグコア」。TAGOSAKさんが物心ついて初めて遊んだゲームだったという。舞台は宇宙。
幼い頃から空を眺めることが好きで、オリオン座を見つけて季節の移り変わりを感じたり、宇宙を題材にした漫画やアニメに夢中になったりしていた。こうした幼少期の経験が、宇宙の壮大さとストリートの自由さを融合させるという、現在のブランドコンセプトにつながっている。
TAGOSAKさんは工業デザインを学び、グラフィックデザインの分野からファッションの世界に進んだ。ファッションを専門に学んだ経験はなかったが、日本のストリートファッションをけん引した裏原宿のブランドに強く影響を受けた。「本当に裏原宿の人たちの生き方が好きで。ただ洋服を作っているんじゃなくて、カルチャーを作っている」と、当時のデザイナーたちへの憧れを語る。
自分には服を縫ったり裁断したりする技術がない。それでもファッションの世界に挑戦しようと思えたのは、裏原宿のブランドにはグラフィックを生かしたTシャツなどが多かったから。得意とするグラフィックデザインなら「僕も戦える」と、ブランドを立ち上げた。
しかし、初の海外ランウェイに向けた準備は、順調に進んだわけではなかった。VFWへの出演依頼を受けたのは約1年半前。その後、国内外のブランドのショーを見るうちに、自分のブランドには他と差別化できる強みがあるのかと自信を失っていったという。
そんな迷いを払拭したのが、VFWの約1カ月前に参加した東京でのファッションショーだった。モデルが自身の服を着てランウェイを歩く姿を目にし、グラフィックを生かした自分のデザインにも十分な魅力があると実感し、「もういける」と、海外への挑戦に向けて再び自信を取り戻した。

初めての海外ランウェイとなった今回のコレクションでは、「世界に出るんだったら、日本の良さを出した方がいい」と考え、日本の家や家系を象徴する家紋を独自にアレンジしたほか、浮世絵をモチーフにしたデザインなどを披露した。
TAGOSAKさんが世界を目指す理由には、かつて自分が裏原宿のデザイナーたちに憧れたように、今度は若い世代に夢を与える存在になりたいという思いがある。
「日本の若い子を見た時に、夢がない方がめちゃくちゃ多かった。なんでこの現象が起きているのかなと思った時に、夢をかなえている大人の絶対数が少ないからだと思った」と話す。自らが夢に挑戦する姿を見せることで、若い世代にも「僕も夢をかなえてみようかな」と思ってもらえるきっかけを作りたいと考えている。
ショーを終えた後には、「最高の一言に尽きます」とコメント。今後についても「自分たちに道筋を背中で示してくれた裏原宿のストリートブランドの先輩方に続いて、今度は自分がやって見せる番だと思っています」と決意を語った。
かつて憧れたデザイナーたちの背中を追いかけてきたTAGOSAKさん。バンクーバーでの初ランウェイを経て、今度は自らが次の世代に道を示そうとしている。
(取材 田上麻里亜)
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