大塚圭一郎
カナダで都市部と空港と直結するアクセス鉄道の先駆けとなったのが、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーだ。公共交通機関「トランスリンク」の無人運転電車「スカイトレイン」の路線「カナダライン」で、今年8月に開業15年を迎える。外国からの旅客機でバンクーバー国際空港に降り立った旅行者の多くが最初に乗り込む二次交通となるだけに、カナダの電車の代表格と受け止める向きがある。一方、スカイトレインとしては他の2路線とは質を異にする“異端児”で、映画のタイトルさながらの「二つの顔を持つ男」となっている。持ち味である優れた走行性能は、実は日本企業が支えている。
【現代ロテム】鉄道車両や防衛機器などを製造する韓国のメーカー。自動車大手の現代自動車・起亜のグループ会社となっている。1999年に当時の現代精工、大宇重工業、韓進重工業の鉄道車両製造部門が統合して設立された。2001年に現代自動車・起亜自動車(現起亜)のグループに入り、07年に現社名の「現代ロテム」となった。
韓国の高速鉄道「KTX」用の電車を含め、韓国で使われている幅広い鉄道車両を製造。外国案件の獲得にも力を入れており、これまでにアメリカ東部フィラデルフィアと西部デンバーの都市圏で走る通勤用電車、西部ロサンゼルス都市圏の通勤用客車などにも納入した。
バンクーバー五輪の足として大車輪の活躍
バンクーバー中心部のウオーターフロント駅を起点として近郊と結ぶカナダラインは、高架になった途中のブリッジポート駅(リッチモンド市)で二股に分岐する。片方がバンクーバー国際空港(YVR)に隣接したYVR・エアポート駅、もう一方はリッチモンド・ブリッグハウス駅と結ぶ。
バンクーバー国際空港は2023年の旅客数が2493万8184人と、カナダの空港ではトロント・ピアソン国際空港に次いで2番目に多い主要空港だ。カナダラインはバンクーバー五輪を翌年に控えた2009年8月にカナダ最初の空港アクセス鉄道として開業し、五輪の来場者や選手、大会関係者らの足として大車輪の活躍を見せた。
カナダの代表的な“空の玄関口”と市街地を結ぶ二次交通としての重責は、五輪終了後も決して衰えていない。バンクーバー国際空港の利用者の多くが、バンクーバー中心部との移動のためにカナダラインに乗り込むからだ。
バンクーバー発着では全日本空輸(ANA)が羽田空港と結び、日本航空(JAL)と日航子会社の格安航空会社(LCC)のジップ・エア、エア・カナダはそれぞれ成田空港とつないでいる。夏季にはエア・カナダが関西空港と結ぶ路線も運航している。
電車の代表格ながら“異端児”
このため日本を含めた外国からの旅行者の大勢にとって、カナダラインは入国後の“ファーストコンタクト”となる。無人運転電車がきびきびと走り、カナダを背負っているような仰々しい路線名のため、外国人旅行者からは「カナダラインはカナダの電車の代表格だと思った」との声も聞かれる。
しかしながら、カナダラインはスカイトレインの中では“異端児”と呼ぶべき存在だ。理由は二つあり、残る2路線のエキスポライン、ミレニアムラインと大きく異なっている。
リニアモーター駆動にあらず
一つはエキスポラインとミレニアムラインがリニアモーター駆動を採用(本連載第11回ご参照)しているのに対し、カナダラインは線路脇に延びている集電用のレール「第三軌条」(サードレール)から電気を取り込んでいるだけだからだ。
磁石の引き寄せ合う力と反発し合う力を利用したリニアモーター駆動の車両は加速力が優れ、走行時に車輪の空転が起きるのを防げるのが特色だ。このため勾配区間が多いミレニアムラインとエキスポラインでは威力を発揮する。
一方、カナダラインはウオーターフロント駅を出発後に地下を進んだ後、ブリッジポート駅の1つ手前のマリンドライブ駅(バンクーバー市)は高架のため坂を上がる。ただ、起伏が激しい線形というわけではないため、建設コストを押し上げるリニアモーター駆動の採用は見送ったようだ。
唯一の韓国メーカー製車両
もう一つは、カナダラインではスカイトレインで唯一となる韓国メーカー製車両を用いているためだ。韓国の鉄道車両メーカー、現代ロテムが造った2両編成のステンレス製電車が駆けている。
エキスポライン、ミレニアムライン向けに導入されてきた歴代車両のマーク1、マーク2、マーク3はいずれもカナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーションが製造した。次世代車両のマーク5も旧ボンバルディア・トランスポーテーションを2021年に買収したフランスの大手鉄道車両メーカー、アルストムが受注した。
旧ボンバルディア・トランスポーテーション製車両はいずれもリニアモーター駆動を採用していることもあり、似通った設計だ。だが、駆動方式が異なるカナダラインの電車はエキスポライン、ミレニアムラインには乗り入れることはできない。
縁の下の力持ちは日本企業
一見矛盾のように受け止められる「二つの顔を持つ男」のカナダラインの実像を探るべく、ウオーターフロント駅の地下にあるプラットホームからYVR・エアポート行きに乗り込んだ。YVR・エアポート駅へ向かう電車は始発が午前4時48分、終電が翌日の午前1時5分まで走っており、空港利用者にとって至極便利だ。
車内に並んだクロスシートの一つに腰かけた次の瞬間、リニアモーター駆動の車両に引けを取らないほどスムーズに発進した。
優れた足回りを実現している縁の下の力持ちは、日本企業だ。電車のモーター(主電動機)に流す電力を適切に調整する制御装置「インバーター」と、モーターはともに三菱電機が製造した。
俗称は「竜巻」
搭載している三菱電機のIGBT-VVVFインバーターは、「竜巻インバーター」という一風変わった俗称を持つ。走り出す時に竜巻を想起させる「ヒューン」という音を発するためだ。
日本の通勤電車に乗った時に聞いたことがある音色をカナダの電車で耳にするのは斬新に感じられるとともに、自然と親しみがわく。空港へ向かう時には遅れないかと気をもむ場合もあるが、日本メーカーが手がけた駆動装置が足元を支えている電車に対しては日本人として安心感を覚える。
実は“正統派”?
大部分の区間はそれぞれの方向の電車が走る線路が並行して敷かれている複線だが、YVR・エアポート駅の手前では両方向の電車が共用で使う単線になる。滑り込んだYVR・エアポート駅も、単線に面した1本のプラットホームがあるだけだ。
ウオーターフロント駅からの所要時間は26分と、定刻運行だった。早朝から深夜まで走り、平日の朝と夕方のピーク時間帯ならば6分おきに発車するなど運行頻度も高く、道路渋滞を心配する必要もない。
そうした利便性の高さはスカイトレインの他の2路線と共通しており、スカイトレインらしい“正統派”の顔をのぞかせる。にもかかわらず、“異端児”と受け止められる性格も持ち合わせているのは「二つの顔を持つ男」の面目躍如と言えよう。
共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
勤務先以外では本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」のほかに、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も執筆中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。