「カナダ“乗り鉄”の旅」第11回 優れた加速のスカイトレイン車両、NYにも「そっくりさん」~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編

スカイトレインのミレニアムラインの車両「マーク2」(2018年5月26日、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインの車両「マーク2」(2018年5月26日、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバーの都市圏の公共交通機関「トランスリンク」の無人運転電車「スカイトレイン」の持ち味は、走り出した時の加速感だ。路線「ミレニアムライン」は起伏があり、駅間距離が長い区間も多いだけに先頭部の座席に陣取ればジェットコースターのような迫力を味わえる。使われている主力車両は、アメリカ(米国)の最大都市ニューヨークの“空の玄関口”で活躍している鉄道と「そっくりさん」だ。その理由とは―。

【ボンバルディア】カナダのビジネスジェット機メーカー。本社を東部ケベック州に置いている。2023年の1年間の業績である23年12月期決算の売上高は前期比16%増の80億4600万米ドル(約1兆2100億円)、最終的なもうけを示す純損益は4億4500万米ドルの黒字(前年同期は1億4800万米ドルの赤字)だった。

エア・カナダのエアバスA220の復刻塗装機(23年9月28日、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダのエアバスA220の復刻塗装機(23年9月28日、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

 かつては旅客機や鉄道車両などを幅広く製造する世界大手の輸送機器メーカーだったが、小型ジェット旅客機の旧Cシリーズ(現在のエアバスA220)の開発費がかさんで経営危機に陥った。生き残りのために事業売却を進め、プロペラ機「Qシリーズ」の事業を航空産業に投資するカナダ企業に、小型ジェット旅客機「CRJ」の事業を三菱重工業に、鉄道車両事業をフランスのアルストムにそれぞれ売却した。現在は事業領域をビジネスジェット機の製造と販売、アフターサービスに絞り込んでいる。

エア・カナダの旧ボンバルディアCRJ。離陸中なのはポーター航空の旧ボンバルディアQシリーズのプロペラ機(23年10月3日、オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダの旧ボンバルディアCRJ。離陸中なのはポーター航空の旧ボンバルディアQシリーズのプロペラ機(23年10月3日、オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

反対方向の電車に乗り込んだ理由

 2023年12月、バンクーバー近郊のコキットラム市にあるスカイトレインのコキットラム・セントラル駅からミレニアムラインを利用した。私はバンクーバー中心部の宿泊先に戻る途中だったが、乗り込んだのは反対方向のラファージュ・レイク・ダグラス行きの電車だった。乗り間違えでは決してなく、明確な理由があった。

小田急電鉄のロマンスカーGSE70000形(19年5月25日、神奈川県海老名市で大塚圭一郎撮影)
小田急電鉄のロマンスカーGSE70000形(19年5月25日、神奈川県海老名市で大塚圭一郎撮影)

 首都圏の大手私鉄、小田急電鉄の運転席を2階に設けた特急用車両「ロマンスカーGSE」70000形のように、先頭部のフロントガラスに面した最前列の座席からの景色を楽しもうと思ったのだ。ただ、カナダのボンバルディアの鉄道車両事業だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造したミレニアムラインの主力車両「マーク2」で進行方向の最前列の座席は「先着お1人様限り」で、この“特等席”は早々と埋まることが多い。

スカイトレインの車両マーク2の先頭部には1つの座席が設けられている(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の先頭部には1つの座席が設けられている(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 そこでコキットラム・セントラル駅から2駅離れた終点のラファージュ・レイク・ダグラス駅へ向かった後、折り返すVCC―クラーク行きの電車に乗れば最前列の座席を確保できると考えたのだ。この時は通勤客が多い平日の夕方だったため4分おきに電車が走っており、あっさりと“特等席”をゲットできた。

優れた加速力の秘訣

 発車したマーク2はたじろぐほどの急ピッチで加速した。加速力が優れ、空転が起こらないことの秘訣は、磁石の引き寄せ合う力と反発し合う力を利用したリニアモーター駆動にある。スカイトレインでは3路線のうちミレニアムラインとエキスポラインで採用している。

 使われている車両はリニアモーターカーの一種だが、東京・品川―名古屋間で建設が進められているJR東海のリニア中央新幹線のような磁気浮上式ではない。一般的な電車と同じように2本のレール上を車輪で走る鉄輪式ではあるものの、推進力としてリニアモーターを使っているのだ。

スカイトレインのミレニアムラインの線路。2本のレールに挟まれて延びているのがリアクションプレート(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインの線路。2本のレールに挟まれて延びているのがリアクションプレート(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 リニアモーター駆動の車両は床下に磁石のコイルを配置しており、2本のレールの間に敷いた「リアクションプレート」と呼ばれる板との間で発生する電磁力を使って進む。加速の良さだけではなく、パワフルなため急勾配にも強いのも利点で、アップダウンが多いミレニアムラインとエキスポラインの線形にはうってつけだ。

NYの「アレ」と似た乗り心地

 マーク2の乗り心地は、勤務先のニューヨーク支局特派員だった2013~16年に「空の玄関口」の一つのジョン・F・ケネディ国際空港(JFK空港)を利用した際にたびたび乗り込んだ「アレ」とよく似ていた。JFK空港の旅客ターミナルを巡り、近辺にあるニューヨーク地下鉄、ロングアイランド鉄道の駅を結ぶ鉄道「エアトレインJFK」の車両だ。

米国ニューヨークのエアトレインJFK(21年5月18日、Aaron J. Heiner氏提供)
米国ニューヨークのエアトレインJFK(21年5月18日、Aaron J. Heiner氏提供)

 エアトレインJFKに使っている車両を製造したのも旧ボンバルディア・トランスポーテーションで、スカイトレインのマーク2と類似した設計なのだ。エアトレインJFKが開業したのは2003年と、スカイトレインのミレニアムラインの先行区間が営業運転を始めた02年の翌年のため造られた時期も近い。

スカイトレインの車両マーク2の車内(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の車内(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 もっとも、エアトレインJFKには先頭部のフロントガラスを向いて座ることができる“特等席”はない。座席が壁沿いに続いているロングシートで、スカイトレインのマーク2は進行方向または後方を向いたクロスシートが並んでいるのとは異なる。側面にある両開き扉もエアトレインJFKは片側2カ所と、マーク2より1カ所少ない。

まるで近未来都市

スカイトレインの車両マーク2の外観(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の外観(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 先頭部の前照灯もエアトレインJFKは円形なのに対し、四角形のマーク2は近未来的な印象を与える。四角いヘッドライトが照らす前方を眺めると窓明かりがきらびやかに輝く超高層マンションが林立しており、まるで近未来都市のような風景が広がっている。

 米国の有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の「世界で最も住みやすい都市」の調査で2023年に5位となったバンクーバーは、大都市ながらもカナディアンロッキーといった大自然に近い魅力もあって世界から憧れを持たれている。25年に年間50万人の移民受け入れを目指すカナダの移民政策も背景に、カナダ統計局の21年調査で約264万3千人だったバンクーバー都市圏の人口は増加傾向をたどっている。

スカイトレインのミレニアムラインから見た超高層マンション群(23年12月22日、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインから見た超高層マンション群(23年12月22日、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 そんな中で「特に好立地にありながら海を見渡せる超高層マンションは中国人や中国系カナダ人らが『爆買い』し、住宅価格も跳ね上がった」(地元の女性会社員)とされる。グレーターバンクーバー不動産協会によるとバンクーバー都市圏の今年2月の住宅基準価格は118万3300カナダドル(約1億3千万円)と、前年同月より4・5%も上昇した。

「最高の場所」の標語

 住宅の引き合いが旺盛な中で超高層マンションは増加の一途をたどっており、ミレニアムラインからもタワークレーンを載せた建設中の物件がいくつも視界に入った。だが、新たな物件が次々と分譲されても「高くてとても手が届かない価格ばかりだ」と嘆く声を複数の地元住民から聞いた。

 ふと前方を眺めると、反対へ向かうラファージュ・レイク・ダグラス行きのマーク2の電車とすれ違うところだ。白い車体の側面にはBC州のロゴの下に「地球上で最高の場所」という標語が記されていた。

 BC州が自賛しても不思議ではない「地球上で屈指の魅力的な場所」であることに同意する一方で、このようにも考えた。BC州を代表する都市のバンクーバーでも一人一人の住民が「最高の場所」と胸を張れるようにするには、より手頃な価格で住宅が手に入るようにする環境整備が不可欠ではないだろうか。

 バンクーバーが世界有数の住みやすい都市という“金看板”を維持するためにも、BC州などの当局には重い課題が突きつけられている。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。