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「カナダ“乗り鉄”の旅」第22回 トルドー首相表明の高速鉄道計画「アルト」、実現の鍵を握るのは傲岸不遜な隣国大統領!?

東海道・山陽新幹線の「のぞみ」などに使われているN700S(東京都大田区で大塚圭一郎撮影)
東海道・山陽新幹線の「のぞみ」などに使われているN700S(東京都大田区で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダのジャスティン・トルドー首相が2025年2月19日、約千キロ離れた国内最大都市のオンタリオ州トロントと東部ケベック州ケベックシティーを最高時速300キロで結ぶ高速鉄道計画「アルト」を発表した。投資額が最大1200億カナダドル(1カナダドル=105円で12兆6千億円)になるとの試算もある「カナダ史上最大のインフラプロジェクト」が成就するのかどうかは視界不良だ。しかし、実現するかどうかの鍵を握る影の主役は「カナダがアメリカの51番目の州になるのを見たい」と放言し、カナダからの輸入品に25%の関税を掛けて揺さぶる傲岸不遜な隣国の大統領かもしれない。

【アルト】カナダ東部のトロントとケベックシティーの間に電化した専用軌道を設け、時速300キロの高速列車を走らせる計画。ローマ字表記は「ALTO」。途中駅としてオンタリオ州ピーターボロー、首都オタワ、ケベック州モントリオール、ラバル、トワ・リビエールを設ける。国営企業アルトが担当し、コンソーシアム(共同企業体)「ケイデンス」が設計や建設、運用、保守など経験やノウハウを提供する。ケイデンスには6社が参加しており、カナダの航空最大手エア・カナダ、公共事業受注企業CPDQインフラ、エンジニアリング企業のアトキンスレアリス、フランスの公共交通機関運行受託企業ケオリスのカナダ法人、エンジニアリング企業シストラのカナダ法人、フランス国鉄(SNCF)の高速列車「TGVイヌイ」を運行するSNCF子会社のSNCFボヤジャーで構成する。

2011年、ドイツ・フランクフルト中央駅に停車中のフランス国鉄(SNCF)の高速列車TGV(大塚圭一郎撮影)
2011年、ドイツ・フランクフルト中央駅に停車中のフランス国鉄(SNCF)の高速列車TGV(大塚圭一郎撮影)

「経済を変革」と首相

 トルドー首相は2月19日の記者会見で、アルトについて「所要時間を劇的に短縮し、経済成長を加速させ、二酸化炭素(CO2)排出量を削減するなどわが国の経済を変革する」と意気込んだ。

 同席したアニータ・アナンド運輸相兼国内貿易相も「わが国の人口のほぼ半数がここ(アルトの沿線地域)に住んでいるものの、既存の交通システムは追いついていない」と問題視し、アルトが実現すれば「カナダ史上最大のインフラプロジェクトになる」と期待感を示した。

 アルトが建設予定のオンタリオ、ケベック両州の沿線地域には約1800万人が住み、カナダの国内総生産(GDP)の約4割を稼ぎ出す屋台骨だ。トルドー首相はアルトがカナダの「ゲームチェンジャー(変革者)になる」と訴え、GDPの押し上げ効果が最大で年間350億カナダドル(1カナダドル=105円で3兆6750億円)になるとの試算を紹介した。

左からアルトが計画している区間、VIA鉄道カナダの現在の所要時間、アルトの計画所要時間、時間差を示す表(アルトの公式ウェブサイトから)
左からアルトが計画している区間、VIA鉄道カナダの現在の所要時間、アルトの計画所要時間、時間差を示す表(アルトの公式ウェブサイトから)

 ただ、まだ具体的なルートや各駅の建設場所も決まっておらず、建設には環境影響評価(アセスメント)が必要になるなど課題が山積している。アルトの公式ウェブサイトも付け焼き刃でこさえた様子で、発表時に掲載していた画像に写っている車両は高速列車ではなくなぜかドイツ鉄道(DB)の通勤電車442型だったり、イメージ動画には全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内の様子が映し出されていたりする。

アルトの公式ウェブサイトのイメージ動画には、全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内で撮影された場面も
アルトの公式ウェブサイトのイメージ動画には、全米鉄道旅客公社(アムトラック)の客車内で撮影された場面も

主要区間は東京―大阪に相当、でも距離は…

 アルトの主要区間はカナダの2大都市のトロント―モントリオール間となり、日本で言えば東京と大阪に相当する。しかし、トロント―モントリオール間は約540キロあり、これは東京と神戸市の距離に相当する。

 東海道・山陽新幹線の東京―新神戸間を「のぞみ」で移動すると2時間40分前後だ。これに対し、国営の旅客鉄道運行会社VIA鉄道カナダはほぼ同じ距離のトロント―モントリオール間を走るのに5時間半前後と約2倍かかる。

VIA鉄道カナダの列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)

 大きな要因は東海道新幹線の最高時速が285キロ、山陽新幹線の新大阪―新神戸間は275キロなのに対し、VIA鉄道の列車の最高時速は120キロにとどまるからだ。加えてVIA鉄道が使う線路は貨物鉄道が所有しているため「貨物列車を優先して走らせる権利を持ち、旅客列車は後回しにされている」(VIA鉄道の乗務員)のも打撃になる。

カナディアン・ナショナル(CN)の貨物列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)
カナディアン・ナショナル(CN)の貨物列車(カナダ西部サスカチワン州で大塚圭一郎撮影)

 しかし、アルトは東海道・山陽新幹線と同じく電化した専用軌道を走り、最高時速300キロでトロント―モントリオール間を3時間7分で結ぶ計画だ。旅客機で両都市の中心部を移動する場合、空港への移動や手荷物検査などの時間を含めると最短でも約3時間半を要する。アルトが開業すれば旅客機に対抗できる競争力を持つ上、CO2排出量を低減できるため脱炭素化にも貢献する。

保守党は「レームダック声明」と批判

 トルドー首相はアルトの建設に向けて6年間で計39億カナダドル(1カナダドル=105円で4095億円)を投じる計画を表明したが、カナダ国民からは「絵に描いた餅になるのではないか」「過去にも高速鉄道計画が浮上しては消えてきた」などと懐疑的な反応が多い。

 何よりも説得力を欠くのは、アルトの計画を宣言したトルドー氏が事実上レームダック(死に体)化しているからだ。2025年1月に与党自由党党首と首相を辞任すると表明したトルドー氏は、3月9日の自由党党首選の結果が出た後に退き、次期総選挙にも出馬せずに政界を引退すると公言している。

 このため、保守党のフィリップ・ローレンス下院議員は放送局CTVにアルトの発表について「レームダック政権によるレームダック声明だ」と揶揄し、「自由党は高速鉄道計画に9年をかけたが、残したのは高額なコンサルタントへの支出だけだった」と舌鋒鋭く批判した。

 実際、カナダ国民からも「トルドー氏が高速鉄道の建設を目指して善処したというポーズを示すためのアリバイ作りではないか」との冷めた見方が出ている。

「あの大統領」が期せずして推進役に?

 ところが、期せずしてアルトの推進役となる可能性を秘めているのがトランプ氏だ。カナダへの侮辱的な暴言を連発して「名前も聞きたくない」(知人のカナダ人)というほど嫌悪感を持たれているのに、なぜアルトの計画をけん引する影の主役になり得るのか。その根拠を三段論法で説いていきたい。

 トランプ氏が3月4日にカナダからの輸入品に25%の関税を発動すると表明したのに報復し、カナダのトルドー首相は1550億カナダドル(1カナダドル=105円で16兆2750億円)相当のアメリカ製品に25%の関税適用を表明。カナダからの自動車といった工業製品、原油や天然ガスなどの輸出が打撃を受け、カナダ経済に悪影響を及ぼすことは避けられない。

 カナダ統計局によると1月の失業率は6・7%と、日本の1月の完全失業率の2・4%に比べて高く、アメリカとの貿易戦争は雇用の悪化に拍車をかける恐れがある。そこで、カナダの次期首相は雇用創出するための大規模な経済対策を打ち出すとみられ、建設によって5万1千人を超える雇用創出が見込まれるアルトも柱の1つとして打ち出す可能性がある。

 自由党の党首選で最有力候補のマーク・カーニー氏は、カナダ銀行と英国イングランド銀行(BOE)という先進7カ国(G7)の2つの中央銀行で総裁を務めた「銀行界のスーパースター」(金融関係者)だ。アメリカのジョー・バイデン前大統領が新型コロナウイルス禍で悪化した労働市場を立て直すためにインフラ投資法に沿った大規模プロジェクトを進めて雇用が急増したように、経済の専門家であるカーニー氏も同様の政策を打ち出すことが予想される。

“反トランプ”旋風で攻守逆転

 そして、トランプ氏が「(カナダ首相になれば)とても良いことになる。私たちの意見は間違いなくより一致するだろう」と秋波を送ったことで足元を救われ、支持率が失墜しているピエール・ポワリエーブル氏が党首を務める野党保守党が2025年10月までに実施される連邦議会下院の総選挙で敗れればアルトの計画が軌道に乗る好機となり得る。

 ポワリエーブル氏はトルドー氏のことを「いかれた奴」と呼んで議場から退場させられたように“反トルドー”路線で攻勢を掛けて人気を集めていた。

 ところが、トルドー氏の退陣表明に加え、ポワリエーブル氏のことを「トランプ氏を崇拝している」(カーニー氏)などとレッテルを貼った自由党のキャンペーンが奏功。今やカナダ国民の間で吹き荒れる“反トランプ”旋風がポワリエーブル氏に飛び火し、トランプ氏から支援表明を受けたことがすっかり裏目に出て守勢に立たされている。

 調査会社イプソスが2月26日に発表した世論調査で、自由党の支持率が38%となり、保守党の36%を上回って逆転した。6週間前には保守党が自由党を26ポイントも上回っていただけに、保守党の人気急落のすさまじさを物語る。エコスが2月25日に発表した世論調査も自由党の支持率が38%と、保守党の37%を上回った。

 これらの私の見立てが当たった場合には、カーニー氏が率いることになると予想される次期政権が総選挙で勝利し、高速鉄道らしく一足飛びに建設へと邁進することは無理でもアルトの計画が着々と進むことになる。

 一方、好事魔多しとばかりに自由党が総選挙前に足をすくわれる事態が到来しないとも限らない。そうなれば保守党が再び勢いづいて勝利し、ポワリエーブル氏が首相の座に就き、上記の見立てが瓦解することになる。ポワリエーブル氏は“天敵”トルドー氏が策定したアルトの計画について、見せしめだと言わんばかりに白紙撤回するシナリオが想定されるからだ。

 アルトは低い音域の女性の声域を指す。名は体を表すとは言うものの、カナダの2大都市間を結ぶのにふさわしい高速鉄道計画に声を落とす結末が待ち受けているとは信じたくない。

【筆者より】いつもご愛読いただきましてありがとうございます。本稿で示した視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第21回 日本で消えゆく車内ワゴン販売、健在のVIA鉄道カナダが「一風違う」のは…

トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅に停車中のVIA鉄道カナダの列車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 「お弁当やお茶はいかがですかー」などと乗務員が乗客に声を掛け、商品を収納したワゴンを押して列車内で売り歩く―。そんな巡回式の車内ワゴン販売が日本の鉄道から相次いで消えている。東海道新幹線(東京―新大阪間)で2023年10月末をもって全て終了し、山陽新幹線<新大阪―博多(福岡市)間>でも24年3月末で全廃された。それだけに、カナダ最大都市のトロントから首都オタワまでのVIA鉄道カナダの列車で車内販売が回ってくると反射的に注文したが、日本とは「一風違う」点があった…。

【車内ワゴン販売】乗務員が商品を収納したワゴンを押して、列車内で販売するサービス。近年相次いで廃止されたものの、JR東日本の東北・上越・北陸・秋田・山形新幹線と中央線の特急「あずさ」、特急「ひたち」のそれぞれ一部列車などに残っている。

 日本ではもともと商品を入れた箱や、かごを持って車内を売り歩くスタイルだった。日本の旧鉄道省の1935(昭和10)年度の年報によると、JRグループの前身となる国有鉄道で「旅客サービス改善の一助として」34年12月1日から食堂車を連結していない列車の一部区間で弁当やお茶の試験販売を始めた。弁当やお茶を求める利用者の需要が多かったものの、途中駅の停車時間が短いため販売員が乗り込んで売り歩いたところ「実施後の成績良好のみならず一般旅客に好評を得た」とし、35年に「列車内乗込販売手続き」が定められて同年11月1日に施行された。

 第2次世界大戦後の1958年には、当時の日本国有鉄道(国鉄)は食堂車を連結していない列車で弁当とお茶、雑貨を売り歩く車内販売を開始。ワゴンを押しての販売が導入され、最初の東京オリンピックが開かれた64年の東海道新幹線の開業時にも車内ワゴン販売が採り入れられた。

同じ時刻の列車で別の列

 カナダ最大の都市の玄関口らしく、トロント・ユニオン駅は石造りの風格あふれる駅舎だ。足を踏み入れると上まで吹き抜けになっており、開放感を味わえる。その一角には昔ながらの有人切符売り場があり、その上にVIA鉄道の発車案内を記した電光掲示板がある。

トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)

 「列車番号50番 オタワ行き」と記されており、その脇には旅行時の発車時刻を「定刻 午前6時47分発(現在は午前6時32分発)」と表示していた。スケジュール通りであることに胸をなで下ろし、乗り場に向かう下りのスロープを進んだ。

 すると、列車番号50番のオタワ行きと記された立て札があり、乗車を待つ長い列ができていた。さすがはVIA鉄道の旅客収入の約8割を稼ぎ出している主力区間の「ケベックシティー―ウィンザー回廊」に含まれる区間だけあって盛況だ。

 VIA鉄道によると、トロント―オタワ間は平均4時間26分かかり、エア・カナダなどの旅客機の平均1時間3分の4倍に達する。しかし、空港は郊外にある上、搭乗前の保安検査などがあるためカナダ連邦政府は国内線利用者に1時間半前までに到着するように呼びかけている。

 そうした時間も考慮に入れると、鉄道が航空機より断然遅いとは言えない。二酸化炭素(CO2)排出量も低減でき、普通車に相当するエコノミークラスの割引運賃で54カナダドル(1カナダドル=105円で5670円)というディールは決して悪くないと思った。

 近くの一角には、同じように首を長くして乗車案内を待つ別の列ができている。そちらは午前6時47分(現在は午前6時32分)の「列車番号60番 モントリオール行き」の利用者だ。

 オタワ、モントリオールともにトロントの東にあり、同じ方向の列車がなぜ同じ出発時刻なのか。それは両方の列車が連結してトロントを出発し、途中で切り離してそれぞれの目的地に向かうからだ。

 もしも同じ列に並ばせると、利用者が間違った行き先の列車に乗ってしまうリスクがある。そこで、あらかじめ異なる列にすることで区分けし、ご乗車ならぬ「誤乗車」を防いでいるのだ。

自慢の新型車両がお待ちかねと思いきや…

VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)

 係員の「進んでください」という指示とともに、列の先頭が上りエスカレーターに乗り込んだ。VIA鉄道はケベックシティー―ウィンザー回廊でドイツの鉄道車両大手、シーメンスが造る新型車両の導入を進めており、ホームページでは自慢の車内を「人間工学に基づいて設計された座席により、リラックスした乗車が実現します。体を伸ばせるゆったりした空間で景色をお楽しみください!」とアピールする。

VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)
VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)

 そんな紹介文を読んでいた私は、エスカレーターで上がった先のプラットホームにはピカピカの新型車両が待ち受けているのではないかと予想した。

 ところが、ホームに上がった時に視界に入ったのは、ディーゼル機関車に連結された薄汚れたステンレス製の旧型客車だった。アメリカの金属加工メーカーの旧バッドなどが製造し、1946年の登場から「傘寿」(80歳)を迎えようとしている古参車両だ。

トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)
トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)

 車内に入って予約した座席に行くと、クロスシート同士の足元の前後間隔は狭く「体を伸ばせるゆったりした空間」とはほど遠い。座席のビニール製の表皮もくたびれており、新型車両にかなわないのは火を見るより明らかだ。

VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)

 だが、新型車両への置き換えで引退し、廃車になってしまうのは時間の問題だ。「乗るなら今でしょ」と気持ちを前向きに切り替え、座席に腰かけた。

 列車は定刻通り発車したものの、オンタリオ州の公共交通機関「GOトランジット」の通勤列車(本連載第18回参照)が次々と行き来する時間帯だけに低速運転が続いた。

 その後スピードを上げると縦揺れがすさまじく、まるでトランポリンの上ではねているかのようだ。うとうとして眠りに落ちることも許されない移動空間でどのように過ごそうかと思案していると、私が心待ちにしていたサービスが出現した。

“応援買い”ともう1つの動機で飛びつく

VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)

 車内販売のためにカートを押した客室乗務員が隣の客車から移ってきたのだ。以前、奮発してJRのグリーン車に相当するビジネスクラスに乗った際には食事と飲み物が出てきたが、今回はエコノミークラスなので別料金なのは間違いない。

 それでも、私には車内ワゴン販売に飛びつきたいという購買意欲があふれていた。動機が2つあった。JRで車内ワゴン販売を廃止する列車が相次ぎ、東海道新幹線で名物の「シンカンセンスゴイカタイアイス」を車内で買えるのも一部列車のグリーン車のモバイルオーダーサービスだけとなってしまった。そこで1つ目の動機はVIA鉄道で残っているのは喜ばしく、“応援買い”をしたくなったのだ。

 もう1つの動機は、トロント・ユニオン駅の地下街にある物販店は閉まったままで朝食とホットコーヒーを購入できなかったためだ。JRで車内ワゴン販売の廃止が続出している背景には「駅ナカ」と呼ばれる駅構内商業施設を拡充し、弁当を買ってから乗車する利用客が増えたことや、「人手不足によって販売員の採用が難しくなった」(JR大手幹部)ことが影響している。ところが、トロント・ユニオン駅では少なくとも競合する物販店が閉まっており、自動販売機が充実している日本とは異なるためアンメットニーズ(満たされていない顧客の潜在的な欲求)があるのだ。

価格は日本のエキナカならば…

 ワゴンを押して回ってきた男性客室乗務員に、クロワッサンにハムを挟んだサンドウィッチと、ホットコーヒーを注文した。商品を折りたたみ式のテーブルの上に置いたので、支払いのためクレジットカードを渡そうとすると「それは後で」という。

VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)

 「一風違う」販売方法に首をかしげ、そのまま待っていると別の男性客室乗務員がやって来て注文内容を確認した。「ハムのサンドウィッチとホットコーヒーを注文しました」と話すと、乗務員は「そこにあるのはターキーサンドウィッチだね。間違っているので交換してくる」と言って代わりにハムのサンドウィッチを持ってきた。

 つまり2人の乗務員で役割分担ができており、1人は商品の手渡し、もう1人は注文内容の確認および決済をそれぞれ担当しているのだ。この方式ならば商品や会計の間違いを防ぐ効果があり、不正会計防止の狙いもありそうだ。

 私はアメリカのクレジットカードで支払ったところ、価格は11・09アメリカドル(1ドル=155円で約1720円)だった。実に高い!

 JR東日本の横浜駅ならば「ベックスコーヒーショップ」でソフトフランスパンにソーセージとポテトサラダを挟んだ「ソーセージ&ポテト」にホットコーヒーが付くモーニングセット「ソーセージ&ポテトセット」(530円)で朝食を済ませた上で、昼食のために崎陽軒の「シウマイ弁当」(1070円)と550ミリリットル入りのペットボトル入りミネラルウオーター「フロムアクア 谷川連峰の天然水」(120円)まで買えてしまう金額だ。

 つまりVIA鉄道の車内ワゴン販売の1食分の金額で、日本のエキナカならばより充実した食事を2食分賄えてしまう計算だ。

 もっとも、為替の円安ドル高傾向による輸入品価格の上昇などが響き、日本でも値上げラッシュの様相を呈している。総務省によると、2024年12月の生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)は前年同月より3・0%上がった。

 それでも新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の制約に直面し、2022年6月にCPIの前年同月比上昇率が8・1%とピークを付けたカナダに比べれば物価上昇のペースは緩やかに推移している。

 日本政府は「わが国はデフレ(持続的な物価下落)から脱却していない」という認識を今も変えていない。個人的には違和感を抱いているものの、海外の物価水準と比べると「デフレ状態」のように受け止める向きがあることには一定の理解もできよう。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第20回 異色の「トランプ」案件!?心温まるVIA鉄道カナダの命名劇

カナダの首都オタワ駅に停車中の、トロントと結ぶVIA鉄道カナダの列車(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)
カナダの首都オタワ駅に停車中の、トロントと結ぶVIA鉄道カナダの列車(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 アメリカの前大統領の要職にありながら数多くの暴言を吐いて国民を「分断」させ、2020年の大統領選での敗北を受け入れずに連邦議会議事堂の襲撃事件を扇動したとして刑事被告人になったドナルド・トランプ氏が今月20日に復帰する。隣国カナダが「アメリカの51番目の州になるのは素晴らしいアイデアだ」と併合への意欲を示したり、地元先住民のたっての希望で改名されたアメリカ西部アラスカ州の北米大陸最高峰デナリ(標高6190メートル)を旧称の「マッキンリー」に戻す意向を表明したりと、相手の自尊心を平然と傷付ける傲岸不遜な姿勢にはただあきれるしかない。しかし、同じ「トランプ」つながりでも、VIA鉄道カナダの手にかかるとこれほどまでに心温まる命名劇へと一変する―。

【VIA鉄道カナダ】カナダの都市間旅客列車を運行する国営企業。本社は東部ケベック州モントリオール。現在は貨物鉄道に特化しているカナディアン・ナショナル鉄道(CN)とカナディアン・パシフィック・カンザス・シティー(CPKC)が切り離した旅客鉄道事業を引き継ぎ、1977年に発足した。カナダ10州のうち東部ニューファンドランド・ラブラドル州、プリンスエドワードアイランド州を除く8州を走る。慢性的な赤字で、2023年12月期決算の本業の損益を示す営業損益は5億1220万カナダドル(約562億円)の赤字だった。VIA鉄道カナダは貨物鉄道が保有する線路を借りて列車を走らせているため、優先される貨物列車のあおりを受けて遅れることが多い。

側線の名称が「チェルシー」に改名

 VIA鉄道の旅客収入の約8割を稼ぎ出している主力区間が「ケベックシティー―ウィンザー回廊」だ。カナダ東部のオンタリオ州のウィンザー、国内最大都市のトロント、首都オタワ、ケベック州モントリオール、ケベックシティーなどをつないでおり、VIA鉄道としては比較的多くの列車が走るため利便性が高い。

ブロックビルの駅名標(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)
ブロックビルの駅名標(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)

 とりわけトロント―オタワ間とトロント―モントリオール間の列車は中核で、これらの一部が停車するのがブロックビル駅(オンタリオ州)だ。駅の近くにあり、列車が待避する際に使われる側線の名称が2022年12月、近くの通りにちなんだ「スチュワート」から「チェルシー」へ改名された。側線の脇には、白地に黒い文字で「VIA Chelsea」と記した看板が立てられた。

 「チェルシー」は近くに住む女性、チェルシー・カデューさんの名前に由来する。カナダ放送協会(CBC)などによると、難病のスタージ・ウェーバー症候群を患っているチェルシーさんは治療を受けるためにトロントまで列車に乗っていた。それがきっかけに鉄道好きとなり、2010年ごろから父親に連れられてブロックビル駅の周辺を訪れ、VIA鉄道の列車を引っ張るディーゼル機関車を運転する機関士らとあいさつするのがほぼ日課となった。

ブロックビル駅前の様子(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)
ブロックビル駅前の様子(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)

 チェルシーさんが決まって持ち歩いているのがトランプだ。機関士にトランプの中からお気に入りのカードを選んでもらうと、チェルシーさんはそれを暗記した。そして機関士が列車を動かしてやって来た次の機会には、お気に入りのカードを高く掲げてあいさつするようになった。

 例えば「ジャック(J)とスペード」のカードが好きな機関士が運転する列車が近づいてきた場合、チェルシーさんは「Jとスペード」のカードを機関車の方に見せる。すると、自分の好きなカードを覚えてもらった機関士は喜び、警笛を鳴らして応じるという光景が日常化した。

列車無線から日々名前が

 難病を患っても前向きな気持ちを忘れず、笑顔で出迎え続けてきたチェルシーさんにVIA鉄道の機関士らは「特別な贈り物」を用意することを会社側に提案した。それが側線の改名で、会社側はこのアイデアを受け入れた。

 側線に命名されると、列車無線でも「チェルシーに入線」などと名前を日々呼ばれることになる。機関士らの善意を理解した会社側に対し、携わった機関士からは「これは大変なことで、会社側の決断に敬意を表する」との声が出た。

 2022年12月21日に現地で新たな看板の除幕式が開かれた。VIA鉄道のマイケル・ブランクリー鉄道事業担当副社長は「私たちは地域社会と周囲の人々の生活に良い影響を与えることを目指している」と説明し、機関士らとチェルシーさんとの交流はその模範例になっているとの認識を示した。

 一足早いクリスマスプレゼントを受け取った形のチェルシーさんは「ありがとう」と謝意を表明。「素晴らしい機関士の皆さんと会い、話していると本当にうれしくなる」と強調し、トランプを携えて機関士らの出迎えを続けると語った。

 機関士のマイク・オリファントさんは、チェルシーさんの姿を見ることが「私の行程のハイライトになっている」と笑みを浮かべた。そして「チェルシーさんは常にハッピーで、前向きなエネルギーであふれている。率直に言って、世界にはチェルシーさんのような人がもっと必要なんだ」と力説した。

アメリカでは元国務長官の名前を埋葬!?

 翻ってアメリカでは2024年4月に共和党所属の下院議員7人が、全日本空輸(ANA)の羽田空港と結ぶ直行便も発着している首都ワシントン近郊のワシントン・ダレス国際空港(バージニア州)を「ドナルド・J・トランプ国際空港」へ改名する法案を出した。

アメリカの首都ワシントンの近郊にあるワシントン・ダレス国際空港の旅客ターミナル(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
アメリカの首都ワシントンの近郊にあるワシントン・ダレス国際空港の旅客ターミナル(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

 ダレス空港はアイゼンハワー政権で国務長官を務めた故ジョン・ダレス氏の功績をたたえて名付けられている。ダレス氏に対する敬意の象徴を葬り、価値があるとは到底思えないトランプ氏のために“強奪”しようというのだから開いた口がふさがらない。トランプ氏の歓心を買おうとして法案を出した茶坊主議員も、改名案について「とても光栄だ」と交流サイト(SNS)に臆面もなく書き込んだトランプ氏も何と恥知らずで、何と浅ましく、何と卑しいことかと怒りを通り越してあきれるほかない。

 VIA鉄道のブロックビル駅の近くに設置された「VIA Chelsea」の看板は、「トランプ」つながりであってもダレス空港の改名法案とは対極的な真の友情と思いやり、そして心からの敬意が込められている。

 「アメリカ第一主義」を掲げて他国からの輸入品に高い関税を課すと脅し、経済力を行使してカナダを併合するという暴言でカナダ人の顔に泥を塗るトランプ氏が世界最大の経済大国のリーダーに返り咲く世界は「分断」が進み、閉塞感が高まるのではないかと深く憂慮せざるを得ない。

 そんな闇が浮き彫りになればなるほど、看板に記されたチェルシーさんの名前は輝きをさらに増していくことになりそうだ。そして、「世界にはチェルシーさんのような人がもっと必要なんだ」というオリファントさんのメッセージを世界に問いかけていくことになるのではないだろうか。

【筆者より】新年あけましておめでとうございます。本年も「カナダ“乗り鉄”の旅」をご愛読賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。本稿に示された視点や見解は筆者個人のものであり、所属する組織や日加トゥデイを代表するものではありません。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第19回 見た目が似ていても首都オタワは「LRT」、トロントは「路面電車」、一体何が違う? カナダ最大都市・トロント編【完】

走行中のトロント交通局(TTC)の路面電車(2018年5月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)
走行中のトロント交通局(TTC)の路面電車(2018年5月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの最大都市トロントで「街の顔」にもなっているのが、トロント交通局(TTC)が運行する路面電車だ。マイカー利用に比べて二酸化炭素(CO2)排出量を低減できるため、脱炭素化に役立っている。カナダ国旗をイメージさせる白と赤で装飾した低床式車両が行き来する様子は首都オタワをほうふつとさせるが、オタワでは次世代型路面電車(LRT)と呼ばれている。見た目が似ていても、これらはなぜ呼び方が異なるのだろうか?

【TTC路面電車】カナダ東部オンタリオ州トロントの中心部などに11路線あり、延べ約83キロと北米の路面電車として屈指の長さ。線路の幅が1495ミリと独特で、日本の新幹線が採用している標準軌(1435ミリ)より60ミリ広い。前身は1861年に一部区間で開業した馬車鉄道で、その後電車が走るようになった。アメリカ公共交通協会(APTA)によると、2024年7~9月期の平日の平均利用者数は約22万3300人。

走行中のトロント交通局(TTC)の路面電車(赤い細線)と地下鉄(太線)の路線図(TTCのホームページから)
走行中のトロント交通局(TTC)の路面電車(赤い細線)と地下鉄(太線)の路線図(TTCのホームページから)

 1938~95年には自動車と同じように足元のアクセルペダルとブレーキペダルで速度を調整する電車「PCCカー」が定期運転していた。詳しくは本連載第3回参照「カナダ“乗り鉄”の旅」第3回 トロントの往年の路面電車、米首都圏で今も健在!」

低床式車両が「トロントの顔」に

現在走っているTTCの路面電車の車両。オタワの次世代型路面電車(LRT)車両とよく似ている(2018年5月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)
現在走っているTTCの路面電車の車両。オタワの次世代型路面電車(LRT)車両とよく似ている(2018年5月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)

 トロント中心部の目抜き通りを歩いていると、5つの車体が連なったTTCの路面電車の超低床式車両が走ってくる。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション=現アルストム(フランス)=が製造した電車だ。2014年に営業運転が始まり、19年には全ての車両が置き換えられて「トロントの顔」として定着した。

2019年までにTTCから全て引退した路面電車の旧型車両(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)
2019年までにTTCから全て引退した路面電車の旧型車両(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州トロントで大塚圭一郎撮影)

 超低床式のためお年寄りや車いす利用者でも乗降しやすい上、全長28メートルあるため朝と夕方の通勤時間帯の混雑緩和にも役立つ。立った利用者を含めた定員が130人となり、それまでの1両の旧型電車(定員74人)、2つの車体を連結した電車(定員108人)と比べて輸送力が向上した。

 同じように車体をつなげた超低床式車両が行き来しているのが、同じオンタリオ州のオタワを走る電車「O―トレイン」の東西に結ぶ路線「1号線」(トリリウム線、全長12・5キロ)だ。ボンバルディア・トランスポーテーションを引き継いだアルストムが造ったこともあり、車両の設計がよく似ている。

 しかしながら、TTCが「ストリートカー(路面電車)」だと明言しているのに対し、O―トレインを運行するオタワ・カールトン地域交通公社(OCトランスポ)は1号線を「ライトレール」すなわち次世代型路面電車(LRT)だと定義している。

 なぜこれらの呼び方が異なるのかを見ていきたい。

北米最初のLRTはカナダで誕生

 TTCの路面電車は、自動車と道路を共用する併用軌道を通っている。多くの停留所は道路に沿って設けられているため、電車が到着すると利用者は車などに気をつけながら乗り降りする。

 これに対し、利用者が乗り降りしやすくて建設費も比較的抑えられる路面電車の長所と、近郊まで迅速に結ぶ郊外鉄道の特色を併せ持った「いいところ取り」の公共交通機関がLRTだ。都市の中心部では路面電車と同じように併用軌道を走るものの、線路を敷設する用地を確保しやすい近郊区間ではLRT車両だけが走る専用軌道を設けることが多い。このため併用軌道では比較的低速で走るものの、専用軌道ではスピードアップして郊外鉄道と遜色ないほどの走りを見せる。

 北米で最初にLRTが誕生したのは、1978年に営業運転が始まった西部アルバータ州エドモントンだ。運行するエドモントン市の運輸当局「エドモントン・トランジット・サービス」(ETS)が路線網を順次拡大し、現在は3路線の計37・4キロになっている。

カナダ西部アルバータ州カルガリーを走る次世代型路面電車(LRT)(2018年10月、大塚圭一郎撮影)
カナダ西部アルバータ州カルガリーを走る次世代型路面電車(LRT)(2018年10月、大塚圭一郎撮影)

 LRTは同じアルバータ州のカルガリー都市圏でも整備され、隣国のアメリカでも急速に広がってきた。自動車社会のアメリカにあって西部オレゴン州ポートランド都市圏はLRTだけで移動できるコンパクトシティーを形成し、環境負荷低減につなげたことで「街づくりの成功例」として脚光を浴びた。

アメリカ西部オレゴン州ポートランドの中心部を走る次世代型路面電車(LRT)(2024年10月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ西部オレゴン州ポートランドの中心部を走る次世代型路面電車(LRT)(2024年10月、大塚圭一郎撮影)

 LRTが発達しているワシントン州シアトルとカリフォルニア州ロサンゼルス、南部テキサス州ダラス、東部マサチューセッツ州ボストンの各都市圏では日本の鉄道車両メーカー、近畿車両(大阪府東大阪市)が製造した電車が活躍している。

アメリカ西部ワシントン州シアトルの近郊を走行中の近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2024年8月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ西部ワシントン州シアトルの近郊を走行中の近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2024年8月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ南部テキサス州ダラスの市街地を走る近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2014年7月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ南部テキサス州ダラスの市街地を走る近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2014年7月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ東部マサチューセッツ州ボストンの停留場に止まった近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2024年4月、大塚圭一郎撮影)
アメリカ東部マサチューセッツ州ボストンの停留場に止まった近畿車両製の次世代型路面電車(LRT)車両(2024年4月、大塚圭一郎撮影)

世界遺産の影響で「地下鉄化」

 一方、2019年に開業したオタワのO―トレイン1号線は、オタワ中心部で路面電車のような車両が地下に乗り入れて「地下鉄化」しているのがユニークだ。地下を走っているのは、オタワの代表的な観光スポットとなっている国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産「リドー運河」の影響だ。

カナダの首都オタワの「O―トレイン」の東西に結ぶ次世代型路面電車(LRT)「1号線」は、中心部では地下を走る(2024年2月、大塚圭一郎撮影)
カナダの首都オタワの「O―トレイン」の東西に結ぶ次世代型路面電車(LRT)「1号線」は、中心部では地下を走る(2024年2月、大塚圭一郎撮影)

 オタワとオンタリオ湖畔の古都キングストンの202キロを結ぶリドー運河は1832年に完成した。米英戦争の舞台となったカナダにアメリカが侵略することを警戒し、わずか約6年間の突貫工事で造り上げられた。

 「オタワ中心部で建設される輸送インフラの規模としてはリドー運河以来の大きさ」(オタワ市)となった1号線の敷設で、大きな難問として立ちはだかったのがリドー運河を越える方法だった。

 オタワ中心部のリドー運河に架かる橋は自動車の通行量が多い。それだけに1号線の複線の線路を設け、車線を減らすことになれば渋滞が慢性化しかねないリスクが生じる。

 一方、地上には道路に沿って専用軌道を設けられる空間はない。リドー運河の周辺には、連邦議会議事堂の改修に伴って議会上院の議事堂として暫定的に使われている旧オタワ中央駅舎、まるで城のような風格あふれるたたずまいの名門ホテル「フェアモント・シャトー・ローリエ」といった歴史的建造物がひしめいているからだ。

 そこで、中心部では1号線の線路が地下に敷かれ、リドー運河の下をくぐる構造となった。

日本では…法律上同じ

 このように見た目が似た電車が走っていても、道路上を走っているトロントでは路面電車なのに対し、オタワではLRTと別物のように扱われている。ところがややこしいことに、日本ではこれらが法律上は実は同じ扱いなのだ。

 日本には鉄道や索道(ケーブルカー)の運営に関して基本的な事項を定めた1986年制定の法律「鉄道事業法」とは別に、公共の運輸事業を目的とする路面電車(軌道)を監督する1912年制定の法律「軌道法」がある。

 線路を敷設する場所について鉄道事業法は「道路上に敷設してはならない」と規定する一方で、軌道法は「線路は道路に敷設すべし」としており、性格の違いを明確に定めている。ところがLRTのための法律はないため、路面電車向けの法律である軌道法が適用されている。

 2023年8月に開業した宇都宮駅東口(宇都宮市)と芳賀・高根沢工業団地(栃木県芳賀町)の14・6キロを結ぶ宇都宮ライトレールは、日本で初めて全線を新設したLRTとなった。

 だが、同じ軌道法が適用されているため、路面電車と区別するのが難しい点も少なくない。例えば電車が全長約29・5メートルなのは、全長30メートル以内と定めた軌道法に従ったためだ。最高時速が40キロなのも軌道法に基づいている。

トロントにも正真正銘のLRT誕生へ

 このように路面電車とLRTは日本の法律に基づくと一緒くたにされ、北米でも一緒にくくられることがしばしばある。

 ただ、厳密には異なることを踏まえると最大都市のトロントはTTCの路面電車も、地下鉄も、郊外鉄道「GOトランジット」も、トロント国際空港と結ぶ列車「UPエクスプレス」も、そしてVIA鉄道カナダの都市間鉄道も走っているにもかかわらず、LRTは存在していない。「公共交通機関が発達していて移動しやすい」(地元住民)と定評があるトロントだけに、LRTがないのは画竜点睛を欠く感もある。

 そんなトロントでも、正真正銘のLRTが開業を控えている。トロントを東西に結ぶ路線「5号線」(エグリントン線)だ。オンタリオ州の運輸公社、メトロリンクスによると、当初開業するのはマウンデニス停留場とケネディ停留場の約19キロで、うち10キロ超の区間は地下を通る。TTC地下鉄の1号線と2号線、GOトランジット、UPエクスプレスと乗り換えられるため、メトロリンクスは「所要時間が約60%短縮される区間もある」とアピールしている。

トロントで開業予定の次世代型路面電車(LRT)「5号線」の路線図(メトロリンクスのホームページから)
トロントで開業予定の次世代型路面電車(LRT)「5号線」の路線図(メトロリンクスのホームページから)

 2011年に始まった5号線の建設工事は難航し、開業は当初予定していた20年から先送りを繰り返してきた。試運転が始まり、24年の開業目標は実現できるとの見方も出ていたものの越年が決まった。

 新年こそ、トロント初の本格的なLRTとなる5号線が営業運転を始めることを夢見て…。読者の皆様におかれましては、どうぞ良いお年をお迎えください!

(カナダ最大都市・トロント編【完】。次回からはVIA鉄道カナダの冒険が始まります!)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第18回 1回も乗らなくても、過半の路線を〝走破〟できる不思議 日本の安全確認方法を使うGOトランジット カナダ最大都市・トロント編

GOトランジットの列車(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
GOトランジットの列車(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ東部オンタリオ州の公共交通機関、GOトランジットの鉄道はトロント・ユニオン駅を発着する7路線があり、うち過半の4路線はGOトランジットの列車に乗らなくても全区間を〝走破〟できてしまう。なぜそのような不思議なことが可能なのか?そして、GOトランジットの列車はなぜ日本の安全確認方法を採用するようになったのか?

【GOトランジット】オンタリオ州の運輸公社、メトロリンクス(Metrolinx)が運営する公共交通機関。最大都市トロントの都市圏を中心に鉄道と路線バスを走らせている。「GO」はオンタリオ州政府(Government of Ontario)の略。アメリカ公共交通協会(APTA)によると、2023年の累計利用者数は5603万6900人で、うち鉄道が4080万7100人、路線バスが1522万9800人だった。鉄道の線路幅は「標準軌」と呼ばれる1435ミリで、走っている路線の全長は625キロ。今後は一部区間の電化や、運行区間の延長を計画している。

バンクーバー都市圏と同じタイプの2階建て客車

GOトランジットの2階建て客車(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
GOトランジットの2階建て客車(2014年7月、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

 白と緑色の塗装のGOトランジットの列車は、機関車が2階建て客車を引いたり、押したりして走る。使っている2階建て客車は側面が八角形のようになっており、同じタイプの客車はカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー都市圏でも使われている。皆様はどの路線かお分かりだろうか?

 正解は、運輸当局トランスリンクが運行している鉄道路線「ウエスト・コースト・エクスプレス」(WCE)だ(本連載第9回「ご乗車は『日曜はダメよ』の“ゆとり運行”路線~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編」参照)。

カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州のトランスリンクが運行している鉄道路線「ウエスト・コースト・エクスプレス」(2023年12月、大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州のトランスリンクが運行している鉄道路線「ウエスト・コースト・エクスプレス」(2023年12月、大塚圭一郎撮影)

 WCEが列車につなぐ客車は最大10両。これに対してGOトランジットの列車は最大で12両の客車を連結し、朝方にトロント・ユニオン駅へ向かう通勤客や、夕方に近郊の自宅へ戻る帰宅客らを運んでいる。

1回乗っただけでも過半数の路線を〝制覇〟!?

 私がGOトランジットの列車に乗ったのは、ユニオン駅からオンタリオ湖に沿って西側へ向かう「レイクショアウエスト線」を利用した1回だけだ。勤務先の共同通信社ニューヨーク支局に駐在中だった2014年7月、夏休みにナイアガラの滝を訪問後にトロントへ向かう際に乗車した。

カナダのトロント・ユニオン駅でGOトランジットの列車に利用者が乗り降りする様子(2014年7月、大塚圭一郎撮影)
カナダのトロント・ユニオン駅でGOトランジットの列車に利用者が乗り降りする様子(2014年7月、大塚圭一郎撮影)

 にもかかわらず、私は7路線あるGOトランジットの鉄道4路線が走る区間を通った。よって、過半数の路線を既に〝制覇〟したような不思議な感覚を抱いている。

 このような経験をしたのは、カナダの鉄道路線の大部分は貨物鉄道が所有しており、旅客需要がある路線では複数の旅客鉄道が線路を借りて運行しているという事情がある。トロント都市圏の幅広い区間では、貨物鉄道大手のカナディアン・ナショナル鉄道(CN)とカナディアン・パシフィック・カンザス・シティー(CPKC)の線路にGOトランジットや、都市間列車を運行する国営企業のVIA鉄道カナダなどが乗り入れているのだ。

GOトランジットの鉄道路線図(メトロリンクス提供)
GOトランジットの鉄道路線図(メトロリンクス提供)

 私はVIA鉄道の列車に乗った際、GOトランジットのユニオン駅からオンタリオ湖東岸へ向かうレイクショアイースト線、ユニオン駅から北上してシムコー湖付近へ向かうバリー線、ユニオン駅から西へ向かうキッチナー線のそれぞれの区間を通った。よって、実際に乗車したレイクショアウエスト線を含めた4路線の区間を走破したことになる。

 なお、レイクショアウエスト線が走っている区間にはVIA鉄道のユニオン駅を発着してウィンザー駅(オンタリオ州)と結ぶ列車や、世界三大瀑布の1つであるナイアガラの滝に近いナイアガラ・フォールズ駅(同州)とつなぐ列車も行き来している。このため、GOトランジットの列車に全く乗らずに4路線の区間を通ることも可能だ。

あっという間に郊外

 トロント市によると、トロント都市圏の人口は2023年時点で約647万人に達しており、これは日本で3番目の都市圏となっている名古屋都市圏をやや下回る規模だ。

 だが、JR名古屋駅から東海道線に乗るとビルやマンションが林立する都会的な風景がしばらく続くのに対し、GOトランジットの4路線の区間はあっという間に郊外に来たと実感させられるのどかな景色へと変貌する。

 例えばレイクショアウエスト線とレイクショアイースト線にはオンタリオ湖の広々とした湖面を一望できる区間があり、トロントから保養地へ瞬時に移動したような錯覚を覚える。

 GOトランジットの列車を通勤に利用している会社員は「座席からオンタリオ湖を眺めるのが日課になっているよ」と話していた。東京都内でJR東日本の乗客がすし詰めになった電車で通勤し、窓外の〝コンクリートジャングル〟さえもあまりのぞけない日々を送ってきた私は「何とぜいたくな!」とうらやましがった。

日本流の安全確認方法を採用した理由は…

 私のようにGOトランジットの鉄道で通勤するのをうらやむ日本の鉄道利用者がいる一方で、GOトランジットの運行関係者が「世界で最も安全な交通網の一つだと考えられている」として客室乗務員の安全確認方法の手本にしたのは日本だった。

 メトロリンクスによると、GOトランジットの鉄道は新型コロナウイルス禍の2021年に日本の鉄道会社で普及している「指さし確認」を導入した。一例として列車が駅を出発する際、駆け込み乗車がないことなどを車掌が見届けた上で、「乗降よし!」などと声に出しながら指をさして安全を確認する行為だ。

GOトランジットの列車の客室乗務員が指さし確認をする様子(メトロリンクス提供、Nitish Bissonauth氏撮影)
GOトランジットの列車の客室乗務員が指さし確認をする様子(メトロリンクス提供、Nitish Bissonauth氏撮影)

 日本では20世紀前半に蒸気機関車(SL)の機関士が声に出して信号を確認し始めたのがきっかけとなり、広がったとされる。科学的な効果も実証されており、鉄道総合技術研究所(鉄道総研、東京都国分寺市)の実験では指さし確認をした場合に間違えた判断をするエラー率は0・38%と、何もしない場合(2.38%)の6分の1弱に抑えられた。

 GOトランジットでは鉄道運行に携わる関係者が日本の指さし確認に興味を持ち、休暇で訪日した際に東京と京都、大阪で目の当たりにしたことが採用につながったという。それ以来、客室乗務員が駅のプラットホームで客車に向かって立ち、「左よし」と声に出して左側を指さし、「右よし」と言いながら右側に指を向けてから扉を閉める様子が見られる。

 客室乗務員からは、指さし確認をするようになったことで「より鋭敏に、より的確に行動できるようになった」と受け止める声も出ている。

 カナダで日本流の安全確認方法が実践されている様子を確認するため、GOトランジットの列車に乗ってみるのも良さそうだ。ただし、客室乗務員の指さし確認の様子に見とれてしまい「お乗り遅れがないようにご注意ください」!

カナダ・トロントでGOトランジットの列車同士がすれ違う様子(2018年5月、大塚圭一郎撮影)
カナダ・トロントでGOトランジットの列車同士がすれ違う様子(2018年5月、大塚圭一郎撮影)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第17回 地下鉄の赤い扉で、「福岡生活」に戻ったような錯覚に カナダ最大都市・トロント編

トロント交通局(TTC)地下鉄2号線の駅に停車中のT―1(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)
トロント交通局(TTC)地下鉄2号線の駅に停車中のT―1(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 今年3月に開業70年を迎えたカナダのトロント交通局(TTC)地下鉄で、「T―1」と呼ばれる旧型電車が唯一走っているのが東西に結ぶ2号線(ブロア―ダンフォース線)だ。3路線あるTTC地下鉄の路線図に描かれる2号線のラインカラー(路線色)は「緑」だが、T―1に乗り込むと客室側の扉は真っ赤に塗られていた。帰宅ラッシュで車内が混雑していたため真っ赤な扉の隣に立っていると、赴任していた九州の最大都市の福岡県での生活に戻ったような錯覚に陥った―。

T―1の車内に貼られたTTC地下鉄2号線の路線図(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)
T―1の車内に貼られたTTC地下鉄2号線の路線図(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)

【T―1】カナダで最大都市のオンタリオ州トロントの都市圏を走るトロント交通局(TTC)地下鉄で1995年に導入が始まった電車。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの傘下だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造した。車体はアルミ合金製で、全長約23メートルの車両の側面に4カ所の両開き扉を備えている。

 線路に沿った第三軌条から直流の電圧600ボルトの電気を取り込んで走っているのは東京メトロ丸ノ内線(本連載第16回参照)や銀座線と同じ。ただし、TTC地下鉄の左右レール間の幅である線路幅は1495ミリと広軌で、標準軌(1435ミリ)の丸ノ内線や銀座線より60ミリ広い。

航空機の窓から眺めたトロント市街地(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
航空機の窓から眺めたトロント市街地(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

ひと目で「浦島太郎」気分

 TTC地下鉄の1号線と4号線に乗り込んだ車両は、いずれも「トロントロケット」(本連載第14回参照)と呼ばれる2011年登場のステンレス製車両だった。

 トロント中心部の1号線のプラットホームに滑り込んだスマートな外観のトロントロケットをひと目見ると、まるで玉手箱を開けた浦島太郎になったような気分に襲われた。そして「これは私の記憶にあるTTC地下鉄の車両ではない!」という強烈な違和感を覚えた。

 というのも、私がTTC地下鉄に前回乗ったのは2014年のことで、当時はT―1が3路線全てで現役だったのだ。

 今回は1号線を北上してシェパードヤング駅へ向かい、乗り換えた4号線のホームで待ち受けていたのもトロントロケットだった。「またか…」と肩を落としたことを認めなければならない。

 ただし、4号線は乗ったことがなかった。このため〝完全乗車〟したいと考え、4駅先の終点ドンミルズへ向かった。

 「1号線と4号線にT―1が走っていないのならば、2号線が最後の牙城になっているのではないか」とにらんだのだ。

 そこで2号線の駅に向かおうとしたところ、誤算が生じた―。

次第に住宅もまばらに…

 ドンミルズで4号線を下車後、地上のバスターミナルの路線図を頼りにTTC地下鉄2号線の駅に向かう路線バスを探した。

 2号線の駅と結ぶ目当ての路線番号を表示したバスが来たため、一目散に乗り込んだ。しかし、やがて異変に気づいた。

 乗客が途中の停留所で次々と降りていき、乗り込む利用者は見当たらない。次第に住宅もまばらになっていき、暗闇に包まれた停留所に止まると運転手にこう通告された。

 「ここが終点だよ」

 何と路線番号だけを確認して乗り込んだため、反対方向のバスに乗り込んでしまったのだ。仕方なく「ドンミルズ駅に戻るバスはありますか?」と質問すると、運転手は先の停留所を指さして「しばらくすればあそこから出発するから」と教えてくれた。

 やって来た別のバスの運転手に「ドンミルズ駅を通りますか?」と確認し、うなずいたのでIC乗車券「プレスト」を読み取り端末にかざして乗車した。このバスの行き先は2号線の駅ではなかったため、ドンミルズ駅に照準を合わせたのだ。

 今度は途中の停留所で降りる利用者はおらず、代わりに次々と乗り込んできた。

 ドンミルズでバスを降りると、シェパードヤング行きの4号線の電車を目指した。シェパードヤングから今度は1号線を南下し、2号線と接続するトロント中心部のブロア―ヤング駅へ向かおうと考えたのだ。

念願のT―1に

 複線の線路を挟んでホームが向かい合った対面式ホームのブロア―ヤングで1号線を降り、階段で1階下がると2号線のホームがあった。2号線は両方向の線路に挟まれた真ん中にホームがある島式ホームとなっている。

 できれば2号線も〝完全乗車〟をしたかった。しかしながら、ドンミルズ駅で反対方向のバスに乗ってしまう失敗でタイムロスが生じたため、その日じゅうには無理だ。そこで、東方面のケネディ行き電車に乗ることにした。

2014年7月の訪問時に撮影したTTC地下鉄2号線のT―1(トロントで大塚圭一郎撮影)
2014年7月の訪問時に撮影したTTC地下鉄2号線のT―1(トロントで大塚圭一郎撮影)

 ホームに入る前から重厚なモーター音が響き渡り、「トロントロケットとは別物だ」と確信した次の瞬間に念願のT―1が滑り込んできた。

 帰宅客らで車内は混雑していたため、入り口の脇に立っていると両開き扉が閉まった。扉の外観は車体と同じシルバー色だったが、内側は真っ赤に塗られているではないか。その扉が視界に入るやいなや、2018~20年に住んだ福岡県で乗った電車を思い出した。

1年先輩の電車

 赤い両開き扉を採用しているのが、JR九州が福岡都市圏の鹿児島線などで走らせているステンレス製の電車「813系」と同じだったのだ。813系は1994年に登場しており、TTC地下鉄のT―1より1年先輩だ。

扉が赤いJR九州の鹿児島線で使われている813系(2019年5月30日、佐賀県鳥栖市で大塚圭一郎撮影)
扉が赤いJR九州の鹿児島線で使われている813系(2019年5月30日、佐賀県鳥栖市で大塚圭一郎撮影)

 JR九州は赤をコーポレートカラーとして採用していることから、鹿児島線などで使っている813系は扉の内側と外側の両方とも赤色に塗っている。

客室側が赤く塗られたT―1の扉(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)
客室側が赤く塗られたT―1の扉(2024年2月20日、トロントで大塚圭一郎撮影)

 これに対してT―1の扉の外側は車体色と同じシルバー色で、客室側だけが813系と同じような赤色だ。それでも私の中ではT―1と813系の姿が重なり合い、まるで813系に乗り込んだかのような懐かしさにとらわれた。

 「博多駅(福岡市)から小倉(北九州市)へ向かうのに山陽新幹線を使えば約15分で着くのに、電車代をけちって1時間超もかかる鹿児島線の813系で運転する快速電車に乗ったな」と思い返した。

 T―1がドン川に架かった橋を通った時には「まるで813系で遠賀川(おんががわ)の橋を渡っているようだ」と懐かしんだ。

どうなる?次世代車両

 このように郷愁をかき立ててくれたのが、T―1の乗車体験だった。今から10年前に初めてTTC地下鉄に乗り込んだ日にタイムスリップさせてくれるだけではなく、赤い扉という共通点で地球の反対側にある福岡県を走る電車まで思い起こさせてくれた。

 かつてはTTC地下鉄の主力として活躍していたT―1にこれからも走り続けてほしいが、黄信号がともっている。1号線と4号線の全車両がトロントロケットに一本化されたのに続き、2号線のT―1を置き換えるための次世代車両導入が検討されているのだ。

 次世代車両55両を新造するには約23億カナダドル(1カナダドル=105円で約2415億円)がかかると見込まれており、費用の一部を拠出するトロント市とオンタリオ州はカナダ連邦政府も負担するように働きかけている。

 TTCの理事会メンバーでもあるトロント市議会議員のジョシュ・マトロウ氏はカナダ放送協会(CBC)に対し、T―1を使い続ければ「完全な運行停止に追い込まれる恐れがある」と警告。新造車両を導入する必要性を「連邦政府が理解していると確信している」とした上で、「連邦政府に対して彼らの協力なくして実現できないことをはっきりと伝えており、うまくいくと非常に楽観している」と訴えた。

 2号線は東端のケネディ駅から北東へ7・8キロ延伸する工事が2023年1月に始まっており、完成後は終点となるシェパード駅まで計3駅を新設する。TTCは2041年までに2号線の平日1日当たりの利用者数が66万1千人となり、現在より約18%増えると予想している。

 路線の重要性が一段と高まる中で信頼性のある次世代車両を導入し、登場から30年弱が経過したT―1は置き換えた方が良いという主張には一定の理解ができる。

 その一方で、TTC地下鉄を次回利用する時にも思い出深いT―1が出迎えてほしいという願望を抱いているのも確かだ。これは鉄道好きの旅行者のエゴに過ぎないのだろうか?

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第16回 トロント地下鉄、東京メトロ丸ノ内線のように直通運転できない理由は カナダ最大都市・トロント編

トロント交通局(TTC)地下鉄4号線のドンミルズ駅に進入する電車「トロントロケット」(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
トロント交通局(TTC)地下鉄4号線のドンミルズ駅に進入する電車「トロントロケット」(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ最大の都市、オンタリオ州トロントの都市圏を走るトロント交通局(TTC)の地下鉄1号線の「U字」状になった路線図を左に傾けると、今年10月に株式上場を計画している東京メトロの主要路線「丸ノ内線」に似ていることに気づいた。途中駅を起点とする路線が延びているのも同じだ。ところが、東京メトロ丸ノ内線は中野坂上駅(東京都中野区)で分岐する通称「方南町支線」に直通運転しているのに対し、TTC地下鉄1号線のシェパードヤング駅から分かれている路線を利用するには階段などを使った乗り換えを迫られる。1号線と直通できない理由とは―。

【東京メトロ丸ノ内線】東京メトロの東京都内を走る路線で、池袋駅(豊島区)と荻窪駅(杉並区)を結ぶ本線と、途中の中野坂上駅と方南町駅(杉並区)を結ぶ通称「方南町支線」で構成される。営業キロは27・4キロで、合わせて28駅がある。線路幅は新幹線と同じ標準軌の1435ミリで全線複線になっており、全ての営業電車が各駅停車。
 東京メトロの前身の帝都高速度交通営団が1954年に池袋―御茶ノ水(文京区)間で開業したのを手始めに順次延伸し、62年に全線開通した。現在は2019年に営業運転を始めた6両編成の電車「2000系」を運行している。現在は線路に沿った第三軌条から直流の電圧600ボルトの電気を取り込んで走っており、将来は電圧を750ボルトへ引き上げる。2000系は750ボルト化に対応している。

東京メトロ丸ノ内線の電車2000系(2024年8月21日、東京都新宿区で大塚圭一郎撮影)
東京メトロ丸ノ内線の電車2000系(2024年8月21日、東京都新宿区で大塚圭一郎撮影)

名称は同じ4号線

TTC地下鉄1号線の路線図。4号線は簡単に記されている(2024年2月21日、トロント中心部で大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄1号線の路線図。4号線は簡単に記されている(2024年2月21日、トロント中心部で大塚圭一郎撮影)

 1号線の北東側の終着駅となっているフィンチ駅の二つ手前にあるシェパードヤング駅では、南北に結ぶ1号線と交差するように別の路線が東へ延びている。

 これがTTC地下鉄として最新の2002年に開業した4号線だ。営業距離はわずか5・5キロで計5駅しかなく、TTC最短の地下鉄路線でもある。

 1号線と4号線を組み合わせた路線の形が東京メトロ丸ノ内線に似ていると思っていた私は、分岐している路線の名称なのが「4号線」なのを奇遇に感じた。丸ノ内線の別名は「4号線」なのだ。しかも、線路に沿った第三軌条から直流の電圧600ボルトの電気を取り込んで走っているのも共通している。

 ただし、丸ノ内線の場合は本線と方南町支線の両方とも「4号線」に含まれている。これに対し、TTC地下鉄の1号線と4号線が異なる路線として扱われている。

直通運転できない構造

TTC地下鉄の路線図(太線)。赤い細線は路面電車(TTCのホームページから)
TTC地下鉄の路線図(太線)。赤い細線は路面電車(TTCのホームページから)

 TTC地下鉄の1号線と4号線は路線が異なるだけに、両路線を乗り継ぐ際の利便性も東京メトロ丸ノ内線の本線、方南町支線に比べて劣っている。

 丸ノ内線方南町支線内を発着する電車は、中野坂上駅の同じホームで本線と乗り換えられる構造になっている。しかも一部の電車は、本線の池袋駅と方南町支線の方南町駅を直通運転している。

 一方、TTC地下鉄1号線のシェパードヤングのプラットホームは地下3階にあり、4号線に乗り換えるためにはエスカレーターや階段、エレベーターで上がって地下2階のホームへ行く必要がある。

 4号線と接続している鉄道は1号線が唯一であるため、4号線沿線の通勤客らはシェパードヤングから1号線を使うのが〝王道〟だ。よって、丸ノ内線のように一部の電車が1号線と4号線を直通運転すれば利便性が大きく向上しそうだ。

 だが、1号線と4号線は異なるフロアにホームを設けている構造のため、営業電車を直通運転することは不可能だ。このため4号線沿線に住んでトロント中心部へ向かう通勤客は平日の毎朝と毎夕、シェパードヤングで違うフロアを行き来する羽目になる。

方南町支線の沿線に住んでいた理由

 東京メトロ丸ノ内線方南町支線は一部電車が本線に乗り入れる上、中野坂上で乗り換える場合でも容易なため私は2006~13年に終着駅の一つ手前の中野富士見町駅の近くにある賃貸マンションに住んでいた。中野富士見町の近くを選んだのは、二つの理由で良いと判断したためだ。

 一つ目は、丸ノ内線沿線の賃貸料は比較的高額な場合が多いものの、方南町支線は「本線より利便性が劣るため、本線の近隣地域に比べて月額で1万円程度安い」と聞いたためだ。

 もう一つは、当時は本線と方南町支線を直通運転する電車は中野富士見町駅を発着していたためだ。当時の方南町駅はホームの長さが短く、6両編成の直通運転用の電車が停車するには足りなかった。そこで、直通運転の電車は1駅手前の中野富士見町駅を発着しており、朝のラッシュ時でも始発のため座席を確保しやすいという「うまみ」があったのだ。

 しかしながら、方南町駅のホームが延伸されて2019年7月に池袋駅と方南町駅の直通運転が始まった。この計画を知っていた私は、16年に勤務先のニューヨーク支局から本社経済部へ異動した際に「中野富士見町駅周辺に住む利点が減った」と判断して違う地域でマンションを探した。

勝手に親近感

 もっとも、「TTC地下鉄4号線はまるで東京丸ノ内線方南町支線のようだ」と思い描いている私は勝手に親近感を抱いていた。よって、トロント中心部で乗り込んだTTC1号線をシェパードヤングで下車し、4号線に乗り込んだ。

TTC地下鉄4号線の電車内(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄4号線の電車内(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

 4号線で使っている車両は、1号線と同じく「トロントロケット」(本連載第14回参照)と呼ばれる2011年登場のステンレス製車両だ。ずっと地下を通り、4駅先のドンミルズ駅にわずか8分間で着いた。

 路線が短いことが災いし、TTCによると4号線は2022年秋の平日の1日当たり平均利用者数は3万9482人と低迷している。

 行ける場所も利用者数も限られている4号線は地下鉄を意味する「サブウェイ(SUBWAY)」ならぬ「スタブウェイ(STUB WAY、行き止まり線)」と揶揄されており、沿線住民らの行き場のない気持ちを映し出している。

東へ延伸ならば2路線と接続

 そこでトロント都市圏の公共交通機関を管轄する公社「メトロリンクス」は、4号線を延ばして他の路線と接続させる脱・行き止まり線を目指している。メトロリンクスは四つの延伸案を提示しており、「計画は初期段階」と前置きしているものの4号線を延ばして利用者を上積みしたい考えだ。

 一つ目の案は、ドンミルズ駅から東へ延ばしてシェパード・マコーワン駅(仮称)まで延ばす。計6駅を新設し、二つの鉄道路線と接続する計画だ。

 ドンミルズから4駅目のケネディ駅(仮称)では、メトロリンクスが運行する近郊列車「GOトランジット」と乗り継げるようにする。シェパード・マコーワンでは、延伸工事中のTTC地下鉄2号線のシェパード駅(仮称)と接続させる。

TTC地下鉄2号線のケネディ行き電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄2号線のケネディ行き電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

 2号線の現在の東端となっている駅の名称も「ケネディ」だが、ややこしいことに4号線のケネディとは南北に離れている。同名にした場合は利用者の混乱を招きかねないだけに、4号線の駅と接続するGOトランジットの駅名と同じ「アジンコート」と名付けた方が良さそうだ。

 一方、2号線はケネディからシェパードまで北東へ7・8キロ延ばして計3駅を新設することが決まっている。2023年1月にトンネル掘削工事が始まった。

東京メトロ副都心線のように〝直行〟

 二つ目はドンミルズからシェパード・マコーワンまで東へ延ばすとともに、シェパードヤングから西へ延伸する案だ。

 この案がユニークなのは西側の終着駅がシェパードウエスト駅となり、4号線がシェパードヤング、シェパードウエストの両駅で1号線と接続することだ。いわばU字状になった1号線の横串の役割を4号線が果たす。

シェパードヤング駅に滑り込むTTC地下鉄1号線の電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
シェパードヤング駅に滑り込むTTC地下鉄1号線の電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

 U字状になった1号線は、シェパードヤングとシェパードウエストの両駅を移動するのに1時間弱を要する。ところが、4号線が両駅を東西に結んだ場合にはわずか数分間で到達できるようになる。

 東京の副都心同士である池袋駅と新宿三丁目駅を移動する場合、U字状になった東京メトロ丸ノ内線ならば約35分間もかかるのに対し、南北に〝直行〟する東京メトロ副都心線ならば約10分間で着くのと同じ構図だ。

 4号線のシェパードヤング、シェパードウエスト両駅の間にはバサースト駅(仮称)を設ける計画だ。

大型商業施設の周辺を終着駅とする案も

 三つめの案はシェパードヤングからシェパードウエストへ延ばすのは二つ目の案と同じだが、ドンミルズから東へ延伸する終着駅をシェパード・マコーワンの代わりに大型商業施設「スカーボロ・タウン・センター」の周辺に設ける点が異なる。

 既に工事が進んでいる2号線の延伸では、シェパード・マコーワンの一つ南にスカボローセンター駅(仮称)を設置することが決まっている。4号線も同じスカボローセンター駅に乗り入れさせるという案だ。

 残る一つの案はドンミルズから東へ延ばすだけの計画とする代わりに、終点をシェパード・マコーワンよりも東にあるシェパード・モーニングサイド駅(仮称)とする。延伸区間に新設するのは9駅とシェパード・マコーワン止まりに比べて三つ増えるものの、シェパード・マコーワンの先で他の鉄道路線とは接続しない。

反面教師にしてほしい体験

 四つの案のいずれかが成就するのか、それとも別のプランが今後浮上するのかは定かではない。だが、いずれの案にも含まれているドンミルズから東への延伸を望んでいる通勤客らが多いのは間違いない。

 私は平日の夜間にドンミルズで4号線を下車した後、地上のバスターミナルへ向かうと大勢の帰宅客らがバスの到着を待っていた。利用者は目当てのバスが到着すると、バスターミナルに設けられた扉から慌てて外に出ていく。

 私も乗ることにしたTTC地下鉄2号線の駅に向かう路線番号のバスが来たため、その番号が書かれたバスに乗り込んだ。しかし、バスは明らかに駅があるようには見えない暗闇の停留所に止まり、運転手に「終点だよ」と降ろされた。

 何と路線番号だけを確認して乗り込んだため、反対方向のバスに乗り込んでしまったのだ。TTC地下鉄4号線の延伸計画を決めるのに当たっては事前調査不足の私を反面教師とし、需要予測などを万全にして誤った方向へ行ってしまわないことを祈りたい…。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第15回 王、女王と〝列席〟する駅名は、改名控えたトラブルメーカー由来の駅 カナダ最大都市・トロント編

カナダ・オンタリオ州トロントの中心部を走るトロント交通局(TTC)地下鉄1号線の電車「トロントロケット」(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)
カナダ・オンタリオ州トロントの中心部を走るトロント交通局(TTC)地下鉄1号線の電車「トロントロケット」(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダの地下鉄として最初に開業したのが、最大都市のオンタリオ州トロントの都市圏を走るトロント交通局(TTC)地下鉄1号線だ。VIA鉄道カナダなどが乗り入れる玄関口のユニオン駅を挟んで「U字」状の路線となっており、面白いのはユニオン駅の北東にある隣駅がキング駅、その次はクイーン駅と続くことだ。王、女王の後は東京のJR京浜東北線の駅名にもなっている「王子」なのかと思いきや、そうは問屋が卸さない。隣国アメリカで起きた事件を契機に駅名に由来する人物がトラブルメーカーだったと指弾され、名称変更が時間の問題となっている―。

【トロント地下鉄1号線】アメリカのニューヨークとともに北米の代表的な金融都市となっているカナダ・トロントの都市圏の公共交通機関を運行しているトロント交通局(TTC)の地下鉄の主力路線。カナダで最初の地下鉄として1954年にトロント市内のユニオン―エグリントン間で先行開業し、現在はボーハン・メトロポリタン・センター駅とフィンチ駅の間の38・4キロを結んでいる。
 通勤や通学などに多く使われており、TTCによると1号線の駅の平日利用者数は67万106人(2022年秋の平均)と路線別で最多だった。
 将来は1号線をフィンチ駅からは北のリッチモンドヒル市まで約8キロ延伸し、計5駅を設ける計画。開通後は、沿線地域からの所要時間が最大22分短縮する見通し。
 1号線で現在使っている車両は、「トロントロケット」(本連載第14回NY、ワシントン地下鉄の新潮流の〝先駆車〟はトロントにあり!カナダ最大都市・トロント編 参照)と呼ばれる2011年登場のステンレス製車両。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの傘下だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造した。

トロントの金融街に鎮座する「王」と「女王」

TTC地下鉄1号線のキング駅の壁面に大書された駅名(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄1号線のキング駅の壁面に大書された駅名(2024年2月21日、大塚圭一郎撮影)

 ユニオン駅の北東側の隣となるキング駅と、続くクイーン駅はともにトロントの金融街にある。地下鉄1号線はこの区間でヤング通りの地下を走っており、駅名は交差して東西に結ぶ道路がそれぞれキング通り、クイーン通りと名付けられているのに由来する。

TTC地下鉄1号線のクイーン駅の壁面に記された駅名(2024年2月21日、アメリカ東部ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄1号線のクイーン駅の壁面に記された駅名(2024年2月21日、アメリカ東部ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)

 「トロントロケット」と呼ばれる電車に揺られて壁面に「KING」と「QUEEN」の駅名が大書されているのを眺め、否が応でもクイーンの北隣の駅名は「王、女王と並ぶのにふさわしいのはPRINCE(王子)か、PRINCESS(王妃)か」と想像した。

TTC地下鉄1号線の路線図(2024年2月21日、トロント中心部で大塚圭一郎撮影)
TTC地下鉄1号線の路線図(2024年2月21日、トロント中心部で大塚圭一郎撮影)

 そうでなくても、路線図で王と女王とともに〝列席〟するのにふさわしい威厳のある駅名が待ち受けていることを予期してしまう。

駅名の改名要請を可決

 ところが、事実は小説よりも奇なり。クイーン駅の北隣のダンダス駅が由来するイギリスの大物政治家、ヘンリー・ダンダス(1742~1811年)は存命中に誤った判断をしたトラブルメーカーだったと問題視され、トロント市議会の委員会が2023年12月に駅名を変えるように要請することを賛成多数で可決したのだ。賛成が17票、反対が4票の大差となり、改名要請の対象には地下鉄2号線のダンダスウエスト駅も含まれている。

 背景にあるのは、アメリカ中西部ミネソタ州で2020年5月に黒人のジョージ・フロイドさんが白人警察官に首を圧迫されて死亡した事件を契機にした人種差別抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」だ。

 黒人を巡る歴史を再検証する動きが高まり、イギリスでの奴隷制度廃止が遅れた原因はダンダスにあると批判して改名を求める嘆願の署名が集まった。このためトロント市が動き、ダンダスに由来する駅前や広場などの関連施設の改名を進めようとしている。

奴隷貿易の即時廃止に異議

 イギリス議会下院で1792年、大西洋を越えた奴隷貿易を即時廃止する法案が提出された。これに異議を唱え、「段階的に」廃止すべきだと迫ったのが当時下院議員だったダンダスだ。

 トロント市がまとめた資料によると、ダンダスは奴隷貿易を「最終的には廃止しなければならない」としながらも、「個人の財産を侵害したり、西インド諸島のわが国の領地を急激に揺るがしたりすることがないように穏やかな手段で廃止しなければならない」と主張した。

 下院はダンダスの要求に沿って奴隷貿易の段階的な廃止を進め、1796年に取りやめることを提案した修正案を採択した。

 ところが、修正案は上院を通過せず、この修正案は廃案となった。

〝黒歴史〟が15年も長引く

 結果として、奴隷貿易を廃止する法律が施行されたのは1807年までずれ込んだ。奴隷貿易という人権を蹂躙(じゅうりん)する〝黒歴史〟は、当初の法案が提出された1792年より15年も長引いた。

 もっとも、下院に当初提出された法案にダンダスが反対することなく通過したとしても、上院も通過したのかどうかは不透明な面が残る。

 だが、法案が提出された1792年から、奴隷貿易を廃止する法律が制定された1807年までの間に50万人を超えるアフリカの黒人が奴隷にされて大西洋を越えて人身売買され、多くのイギリス植民地に送られた。結果として、ダンダスの誤った判断が奴隷貿易の廃止を遅らせる引き金を引いたのは論をまたない。

 トロント市のオリビア・チョウ市長は、市内に付けられたダンダスの名前を変えることに関して「トロント市は黒人差別に立ち向かい、真実、和解、正義を推進してより包括的で公平な都市を築くことに引き続き尽力していく」とコメントした。

トロントの訪問歴なく

 一方、有力者の名前を駅や空港、広場などの公共性の高い施設に付けた事例は枚挙にいとまがなく、決して珍しいことではない。

オンタリオ州のトロント・ピアソン国際空港の旅客ターミナル(2023年9月25日、大塚圭一郎撮影)
オンタリオ州のトロント・ピアソン国際空港の旅客ターミナル(2023年9月25日、大塚圭一郎撮影)

 カナダ最大の利用客数を誇るトロント・ピアソン国際空港は、カナダの第14代首相の故レスター・ピアソン氏から名付けられた。モントリオール・ピエール・エリオット・トルドー国際空港は第20代と第22代の首相で、ジャスティン・トルドー首相の父親である故ピエール・トルドー氏に由来する。

カナダ東部ケベック州のモントリオール・ピエール・エリオット・トルドー国際空港(2023年10月4日、大塚圭一郎撮影)
カナダ東部ケベック州のモントリオール・ピエール・エリオット・トルドー国際空港(2023年10月4日、大塚圭一郎撮影)

 ダンダスの名前がトロントの駅や広場などに付けられたのは、命名時点では功績が評価されてのことだった。カナダは現在もイギリス連邦加盟国の一つであり、イギリスの貴族「メルビル子爵」に初めて叙位された大物政治家の名前をビッグネームだと捉える向きがあった。

 しかし、奴隷貿易の長期化に力を貸した過ちにとどまらず、ダンダスの名前を冠したのがふさわしかったかどうかは疑わしい。シティーニュース・トロントは「ダンダスはトロントに1回も足を踏み入れたことはない」と報じており、そもそも訪問歴がない縁遠い人物に「もともと親しみがわいていなかった」と打ち明ける市民もいる。

 皮肉なのは、政界で大きな影響力を持ったダンダスが「無冠の王」と呼ばれていたことだ。奴隷貿易の廃止を遅らせたトラブルメーカーという面を考慮に入れない場合、「無冠の王」の称号が連なっている地下鉄1号線の駅名のキング(王)、クイーン(女王)と意外と親和性が高いのは偶然の産物だった。

新たな駅名は大学名に

 ダンダスに代わる新たな駅名は、近くにあるオンタリオ州立のトロントメトロポリタン大学(TMU)に由来する「TMU」となる見通しだ。ダンダス駅の名称変更には150万カナダドル(1カナダドル=111円で1億6650万円)がかかると見込まれており、TMUは大学名を付けてもらえればこの費用を負担すると申し出た。

 TMUが多額の費用を負担してまでも駅名に付けてもらいたがっているのは、2021年に改称したばかりの大学名の知名度を向上させたいためだ。大学名を変更したのはダンダス駅を改称する理由と同じく、元の名前が不適切だと判断されたためだ。

 TMUはライアソン工科専門学校として1948年に創立され、その後は規模を広げてライアソン大学に改名した。

 しかし、2021年に「ライアソン」の名前と決別することを決めた。なぜならば名前を取ったエガートン・ライアソンは、カナダ連邦の同化政策の一環として先住民の子どもを親元から引き離し、キリスト教が運営する寄宿学校で生活することを迫った制度の創始者の1人だったからだ。

 19世紀から20世紀にかけて100を超える寄宿学校に計15万人を超える先住民の子どもが収容され、カナダ放送協会(CBC)によると数千人もの子どもが命を落としたとされる。

 2021年に西部ブリティッシュ・コロンビア州の寄宿学校跡地から215人の子どもの遺骨が見つかったことは改めて社会を震撼させ、ライアソン大学は現在の名称に変えることを決めた。

 ダンダスおよびライアソンという大勢の罪のない人たちの尊厳を奪ったり、命を落としたりするきっかけをもたらした〝黒歴史〟に由来する名前を残し、顕彰することはあってはならないという考えに私も同意する。

 TTC地下鉄1号線のダンダス駅と、2号線のダンダスウエスト駅の名称が刷新され、カナダ最大都市の中心部にふさわしい名前が刻まれることで過去の過ちと決別し、明るい未来が切り拓かれることを強く望んでいる。

トロント中心部のキング通りを走る低床式路面電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)
トロント中心部のキング通りを走る低床式路面電車(2024年2月20日、大塚圭一郎撮影)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第14回 NY、ワシントン地下鉄の新潮流の〝先駆車〟はトロントにあり!カナダ最大都市・トロント編

カナダ・トロント交通局の地下鉄1号線を走る通称「トロントロケット」(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
カナダ・トロント交通局の地下鉄1号線を走る通称「トロントロケット」(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 アメリカの最大都市ニューヨークの地下鉄で今年2月に営業運転が始まった川崎重工業グループ製の新型車両が、車両同士の連結部分に利用者がそのまま通り抜けられる開放された通路「オープンギャングウェイ」(OPEN GANGWAY)を採用した。ワシントン首都圏の地下鉄も2025~26年の冬に受領開始予定の日立製作所グループ製車両で初めて導入する。アメリカの大都市の地下鉄で新潮流となっている構造の〝先駆車〟になったのは、カナダの最大都市であるオンタリオ州トロント都市圏を走るトロント交通局(TTC)の地下鉄だ。

トロントロケットの壁面に貼られたトロント交通局のロゴ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
トロントロケットの壁面に貼られたトロント交通局のロゴ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

【トロント交通局】カナダで最大の都市、トロントの都市圏で地下鉄や路面電車、路線バスを運行している交通当局。英語名の「TORONTO TRANSIT COMMISSION」を略して「TTC」と呼ばれる。2023年の平日1日当たりの平均利用者数は約248万3800人に達する。
 IC乗車券「PRESTO(プレスト)」を使えば、片道2時間以内のTTCの公共交通機関を大人3・25カナダドル(1カナダドル=117円で約380円)で利用できる。現金の場合は大人3・30カナダドルとなる。
 地下鉄は3路線があり、VIA鉄道カナダなどと接続する中央駅のユニオン駅を経由してU字型に走って南北を結ぶ1号線(路線図のラインカラーは黄色)、東西を走る2号線(緑色)、1号線のシェパード・ヤング駅で分岐して東西に走る4号線(紫色)がある。
 2号線の終点のケネディ駅では、主に高架を走る電車が行き来する路線の3号線が接続していた。老朽化を受けて2023年11月に路線バスで置き換えることが決定後、5人がけがを負う脱線事故が起きたため運行終了が23年7月に前倒しされた。

NY地下鉄では2月から

 ニューヨークの都市圏交通公社(MTA)の地下鉄で、川崎重工が最大1612両を納入する契約を結んだ新型車両「R211」の導入が進んでいる。うち車両同士の連結部分にオープンギャングウェイを採用した新たなタイプ「R211T」の営業運転が今年2月1日に始まった。

アメリカ・ニューヨーク地下鉄の「R211」(2024年5月、ニューヨークで大塚圭一郎撮影)
アメリカ・ニューヨーク地下鉄の「R211」(2024年5月、ニューヨークで大塚圭一郎撮影)

 オープンギャングウェイは幌で覆われた通路に仕切り用の扉がなく、乗客がそのまま行き来できる仕組みだ。R211Tは全長18・4メートルの車両を5両連結しており、2編成をつないだ10両で運用している。

 ニューヨークを含めたアメリカの地下鉄車両の多くは、火災などの非常時の避難だけに利用できる脱出用扉を連結部に設置している。ニューヨーク地下鉄では「車両間の乗車や移動を禁止する」と記したシールを貼っており、平常時は通り抜けることを禁じている。

 だが、勝手に開けて隣の車両に移る乗客が後を絶たないのにとどまらず、若者らの常軌を逸した〝超非常識行動〟に悪用されているのが頭痛の種になってきた。

昨年は少なくとも5人死亡

 その〝超非常識行動〟とは脱出用扉を通り、主に地上区間を走る際に連結部分から屋根によじ登ってサーフィンのような姿勢を取る「地下鉄サーフィン」だ。地下鉄は線路の脇にある第三軌条から電気を取り込んでいるため架線はないものの、地下鉄サーフィンをしている最中にトンネルや橋にぶつかるなどして転落し、死傷する若者が相次いでいる。

 MTAによると、地下鉄サーフィンによって2023年に少なくとも5人が死亡し、今年1月にも14歳の少年が命を落とした。

 防止のためにMTAは2023年9月、車内や駅構内での放送や案内表示で地下鉄サーフィンの危険性を警告するキャンペーンを開始。次なる一手として導入したのが、連結部分を幌で覆っているため屋根に上がりにくいのが特色のR211Tだ。

 ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は「広がっている地下鉄サーフィンのために若者が犠牲になるのを防ぐことができる」と安全性向上に期待を込めた。MTAのジャノ・リーバー最高経営責任者(CEO)も「購入する車両は最も革新的な設計でなければならない」とオープンギャングウェイを採用した意義を強調した。

ワシントン地下鉄はCEOの鶴の一声で

ワシントン首都圏交通局の次期車両「8000系」の実物大模型(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)
ワシントン首都圏交通局の次期車両「8000系」の実物大模型(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)

 ニューヨーク地下鉄のR211Tに触発され、日立グループが製造する次期車両「8000系」でオープンギャングウェイを初めて採用することを決めたのがワシントン首都圏交通局の地下鉄だ。

 ワシントン地下鉄では「今のところ地下鉄サーフィンは問題化していない」(職員)という。だが、ランディ・クラークCEOが8000系の設計に当たって「ニューヨーク地下鉄のオープンギャングウェイを参考にすべきだ」と鶴の一声を発したのを受け、従来の車両のように連結部分に脱出用扉を設ける計画を見直した。

 クラーク氏は「オープンギャングウェイの採用とより広い車内空間、リアルタイムの情報を提供できる改善されたデジタル案内板、安全性を高めるための強化された監視カメラシステム、持続可能性を高めたアルミ合金製車体、そして目を引くデザインと世界中の最善の要素を採り入れてこの電車(8000系)に詰め込んだ」と胸を張る。

ワシントン首都圏交通局の8000系の実物大模型に設けられたオープンギャングウェイ(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)
ワシントン首都圏交通局の8000系の実物大模型に設けられたオープンギャングウェイ(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)

 日立グループは、ワシントン近郊に新設した工場で8000系を量産。ワシントン首都圏交通局幹部は「最初の編成を受け取った後に試運転を1年間実施し、2027年に営業運転を始める予定だ」と説明する。

 かつてはヨーロッパ系メーカーの独壇場だったワシントン地下鉄は、今や川崎重工製の7000系が748両と営業用車両の6割超を占める主力車両となっている。さらに8000系の運転が始まれば、日本の同盟国であるアメリカの首都圏で日系メーカーがほとんどを占めるようになる。

トロントロケットが広く採用

 ワシントン地下鉄が手本としたニューヨーク地下鉄よりも早く、オープンギャングウェイを広く採用したのがTTCの地下鉄だ。2011年に登場した通称「トロントロケット」の電車が、全ての連結部分にオープンギャングウェイを用いている。先頭部の中央に貫通扉を備えたステンレス製の車両で、カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの傘下だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造した。

 トロントロケットは、1954年にカナダで最初の地下鉄として部分開業した1号線と、2002年開業とTTCの地下鉄路線で最新の4号線で運用されている。

 今年2月、トロント中心部にあるオスグッド駅から1号線に乗り込んだ。地上の入り口から階段を降りて自動改札機でIC乗車券のプレストをかざし、階下のプラットホームに着くとフィンチ行きのトロントロケットが入線した。

 1号線は1編成に6両を連結しているが、同じく6両編成で運転している東京メトロの銀座線、丸ノ内線よりもはるかに長い。というのもトロントロケットは1両当たりの全長が23メートル程度で、銀座線の16メートル、丸ノ内線の18メートルより長いからだ。

 トロントロケットは両端の運転席を備えた先頭車の全長の方が、中間車より長い。このような違いがあるのは東北・北海道新幹線で運用されている「長い鼻」のような先頭形状が特徴的なJR東日本のE5系、JR北海道のH5系も同じだ。

東北・北海道新幹線で運行されているJR東日本の「E5系」(2024年6月16日、東京都台東区で筆者撮影)
東北・北海道新幹線で運行されているJR東日本の「E5系」(2024年6月16日、東京都台東区で筆者撮影)

ユニオン駅を挟んだヘアピンカーブ

 トロントロケットに乗り込むと、車両同士をつないだ5カ所全てがオープンギャングウェイのため先まで見通すことができた。よって開放感があり、1編成が実際よりも長いように感じさせる視覚的な効果を生んでいる。

トロントロケットの車内のオープンギャングウェイ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
トロントロケットの車内のオープンギャングウェイ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

 この区間はトロント大学からユニオン駅付近まで南北につなぐユニバーシティー(大学)通りの地下を走っている。電車は次のセントアンドリュー駅を出発後、「キキキキ」という車輪と線路の摩擦音を奏でながら急カーブを曲がった。

 東西に延びているフロント通りの地下へと進路を変えるためで、電車はユニオン駅のプラットホームに滑り込んだ。ユニオン駅を出ると南北につなぐヤング通りの地下を通るため、再び急な曲線を通る。

 すなわちユニオンを挟んで「U字」状のヘアピンカーブになっており、1号線に乗る際のちょっとした見せ場だ。

 ユニオンから北へ向かって11駅先にあるエグリントン駅までの区間は、1954年に1号線が最初に開通した。カナダの地下鉄の〝元祖〟となっており、主にヤング通りの下を通る。

 トロントロケットの車内に掲げられた路線図の駅名をまじまじと眺めていると、「これは面白い!」と思った。それはまた別のお話―。

トロントのユニオン駅舎(2024年2月、大塚圭一郎撮影)
トロントのユニオン駅舎(2024年2月、大塚圭一郎撮影)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 勤務先以外では本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」のほかに、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も執筆中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第13回 「二つの顔」を持つ空港アクセス鉄道の先駆け、支えているのは日本企業~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編

カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア(BC)州のYVR・エアポート駅へ向かうトランスリンクのスカイトレインの路線「カナダライン」(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア(BC)州のYVR・エアポート駅へ向かうトランスリンクのスカイトレインの路線「カナダライン」(2023年12月23日、大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダで都市部と空港と直結するアクセス鉄道の先駆けとなったのが、西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバーだ。公共交通機関「トランスリンク」の無人運転電車「スカイトレイン」の路線「カナダライン」で、今年8月に開業15年を迎える。外国からの旅客機でバンクーバー国際空港に降り立った旅行者の多くが最初に乗り込む二次交通となるだけに、カナダの電車の代表格と受け止める向きがある。一方、スカイトレインとしては他の2路線とは質を異にする“異端児”で、映画のタイトルさながらの「二つの顔を持つ男」となっている。持ち味である優れた走行性能は、実は日本企業が支えている。

【現代ロテム】鉄道車両や防衛機器などを製造する韓国のメーカー。自動車大手の現代自動車・起亜のグループ会社となっている。1999年に当時の現代精工、大宇重工業、韓進重工業の鉄道車両製造部門が統合して設立された。2001年に現代自動車・起亜自動車(現起亜)のグループに入り、07年に現社名の「現代ロテム」となった。
 韓国の高速鉄道「KTX」用の電車を含め、韓国で使われている幅広い鉄道車両を製造。外国案件の獲得にも力を入れており、これまでにアメリカ東部フィラデルフィアと西部デンバーの都市圏で走る通勤用電車、西部ロサンゼルス都市圏の通勤用客車などにも納入した。

バンクーバー五輪の足として大車輪の活躍

高架になったYVR・エアポート駅の駅舎(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)
高架になったYVR・エアポート駅の駅舎(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)

 バンクーバー中心部のウオーターフロント駅を起点として近郊と結ぶカナダラインは、高架になった途中のブリッジポート駅(リッチモンド市)で二股に分岐する。片方がバンクーバー国際空港(YVR)に隣接したYVR・エアポート駅、もう一方はリッチモンド・ブリッグハウス駅と結ぶ。

 バンクーバー国際空港は2023年の旅客数が2493万8184人と、カナダの空港ではトロント・ピアソン国際空港に次いで2番目に多い主要空港だ。カナダラインはバンクーバー五輪を翌年に控えた2009年8月にカナダ最初の空港アクセス鉄道として開業し、五輪の来場者や選手、大会関係者らの足として大車輪の活躍を見せた。

バンクーバー国際空港の旅客ターミナルの外観(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)
バンクーバー国際空港の旅客ターミナルの外観(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)

 カナダの代表的な“空の玄関口”と市街地を結ぶ二次交通としての重責は、五輪終了後も決して衰えていない。バンクーバー国際空港の利用者の多くが、バンクーバー中心部との移動のためにカナダラインに乗り込むからだ。

 バンクーバー発着では全日本空輸(ANA)が羽田空港と結び、日本航空(JAL)と日航子会社の格安航空会社(LCC)のジップ・エア、エア・カナダはそれぞれ成田空港とつないでいる。夏季にはエア・カナダが関西空港と結ぶ路線も運航している。

全日本空輸のスターウォーズ装飾を施したボーイング787の機体(2024年5月16日、アメリカ東部バージニア州で大塚圭一郎撮影)
全日本空輸のスターウォーズ装飾を施したボーイング787の機体(2024年5月16日、アメリカ東部バージニア州で大塚圭一郎撮影)
日本航空のボーイング787(2024年5月17日、東京・羽田空港で大塚圭一郎撮影)
日本航空のボーイング787(2024年5月17日、東京・羽田空港で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダのボーイング787(2024年4月28日、アメリカ東部ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダのボーイング787(2024年4月28日、アメリカ東部ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)

電車の代表格ながら“異端児”

 このため日本を含めた外国からの旅行者の大勢にとって、カナダラインは入国後の“ファーストコンタクト”となる。無人運転電車がきびきびと走り、カナダを背負っているような仰々しい路線名のため、外国人旅行者からは「カナダラインはカナダの電車の代表格だと思った」との声も聞かれる。

 しかしながら、カナダラインはスカイトレインの中では“異端児”と呼ぶべき存在だ。理由は二つあり、残る2路線のエキスポライン、ミレニアムラインと大きく異なっている。

リニアモーター駆動にあらず

 一つはエキスポラインとミレニアムラインがリニアモーター駆動を採用(本連載第11回ご参照)しているのに対し、カナダラインは線路脇に延びている集電用のレール「第三軌条」(サードレール)から電気を取り込んでいるだけだからだ。

 磁石の引き寄せ合う力と反発し合う力を利用したリニアモーター駆動の車両は加速力が優れ、走行時に車輪の空転が起きるのを防げるのが特色だ。このため勾配区間が多いミレニアムラインとエキスポラインでは威力を発揮する。

 一方、カナダラインはウオーターフロント駅を出発後に地下を進んだ後、ブリッジポート駅の1つ手前のマリンドライブ駅(バンクーバー市)は高架のため坂を上がる。ただ、起伏が激しい線形というわけではないため、建設コストを押し上げるリニアモーター駆動の採用は見送ったようだ。

唯一の韓国メーカー製車両

カナダラインに使っている電車の車内の壁にある現代ロテム製なのを示す銘板(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)
カナダラインに使っている電車の車内の壁にある現代ロテム製なのを示す銘板(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)

 もう一つは、カナダラインではスカイトレインで唯一となる韓国メーカー製車両を用いているためだ。韓国の鉄道車両メーカー、現代ロテムが造った2両編成のステンレス製電車が駆けている。

 エキスポライン、ミレニアムライン向けに導入されてきた歴代車両のマーク1、マーク2、マーク3はいずれもカナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーションが製造した。次世代車両のマーク5も旧ボンバルディア・トランスポーテーションを2021年に買収したフランスの大手鉄道車両メーカー、アルストムが受注した。

 旧ボンバルディア・トランスポーテーション製車両はいずれもリニアモーター駆動を採用していることもあり、似通った設計だ。だが、駆動方式が異なるカナダラインの電車はエキスポライン、ミレニアムラインには乗り入れることはできない。

縁の下の力持ちは日本企業

 一見矛盾のように受け止められる「二つの顔を持つ男」のカナダラインの実像を探るべく、ウオーターフロント駅の地下にあるプラットホームからYVR・エアポート行きに乗り込んだ。YVR・エアポート駅へ向かう電車は始発が午前4時48分、終電が翌日の午前1時5分まで走っており、空港利用者にとって至極便利だ。

カナダラインの電車の車内(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)
カナダラインの電車の車内(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)

 車内に並んだクロスシートの一つに腰かけた次の瞬間、リニアモーター駆動の車両に引けを取らないほどスムーズに発進した。

 優れた足回りを実現している縁の下の力持ちは、日本企業だ。電車のモーター(主電動機)に流す電力を適切に調整する制御装置「インバーター」と、モーターはともに三菱電機が製造した。

俗称は「竜巻」

 搭載している三菱電機のIGBT-VVVFインバーターは、「竜巻インバーター」という一風変わった俗称を持つ。走り出す時に竜巻を想起させる「ヒューン」という音を発するためだ。

 日本の通勤電車に乗った時に聞いたことがある音色をカナダの電車で耳にするのは斬新に感じられるとともに、自然と親しみがわく。空港へ向かう時には遅れないかと気をもむ場合もあるが、日本メーカーが手がけた駆動装置が足元を支えている電車に対しては日本人として安心感を覚える。

実は“正統派”?

YVR・エアポート駅に停車中のカナダラインの電車(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)
YVR・エアポート駅に停車中のカナダラインの電車(2023年12月23日、BC州で大塚圭一郎撮影)

 大部分の区間はそれぞれの方向の電車が走る線路が並行して敷かれている複線だが、YVR・エアポート駅の手前では両方向の電車が共用で使う単線になる。滑り込んだYVR・エアポート駅も、単線に面した1本のプラットホームがあるだけだ。

 ウオーターフロント駅からの所要時間は26分と、定刻運行だった。早朝から深夜まで走り、平日の朝と夕方のピーク時間帯ならば6分おきに発車するなど運行頻度も高く、道路渋滞を心配する必要もない。

 そうした利便性の高さはスカイトレインの他の2路線と共通しており、スカイトレインらしい“正統派”の顔をのぞかせる。にもかかわらず、“異端児”と受け止められる性格も持ち合わせているのは「二つの顔を持つ男」の面目躍如と言えよう。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 勤務先以外では本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」のほかに、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も執筆中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第12回 スカイトレインの次世代型車両マーク5、「4」を飛ばす意外な理由~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編

カナダ東部オンタリオ州で試験走行をするスカイトレインの次世代型車両マーク5(2023年7月、トランスリンク提供)
カナダ東部オンタリオ州で試験走行をするスカイトレインの次世代型車両マーク5(2023年7月、トランスリンク提供)

大塚圭一郎

 カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバーの都市圏の公共交通機関「トランスリンク」は無人運転電車「スカイトレイン」のエキスポライン、ミレニアムラインの両路線向けに次世代型車両「マーク5」をフランスの大手鉄道車両メーカー、アルストムに発注した。導入に伴い、1985年に登場した初代型車両「マーク1」は2027年末までに全て引退させる予定だ。両路線で現存するのはマーク1からマーク3までの3つの型式で、新型車両はマーク5と命名されて「4」を飛ばした。そこには日本などで「死」と同じ発音の4を不吉な数字と受け止めて避けるのとは異なる意外な理由があった―。

スカイトレインの初代型車両マーク1(2018年5月、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの初代型車両マーク1(2018年5月、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊で大塚圭一郎撮影)

【アルストム】フランスの大手鉄道車両メーカー。フランスの高速列車「TGV」の車両、全米鉄道旅客公社(アメリカ、アムトラック)の高速列車「アセラ」の次世代型車両、通勤型電車、地下鉄用車両などの幅広い製品を作っている。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーションを2021年に44億ユーロ(現在の為替レートで約7200億円)を買収して規模を拡大した。23年3月期決算の最終的なもうけを示す純損益は1億3200万ユーロの赤字と2年連続の純損失に陥り、23年11月には従業員1500人程度の削減を発表した。23年3月期の売上高は前期から約7%増の165億700万ユーロだった。

「V字型」の線形

スカイトレインなどの路線図(トランスリンク提供)
スカイトレインなどの路線図(トランスリンク提供)

 スカイトレインの先駆けとなったのが、1985年に開業したエキスポラインだ。「エキスポ」という路線名が物語る通り、建設された大きな理由の1つが翌86年に開かれたバンクーバー国際交通博覧会の移動手段として活用するためだった。当初はカナダのパビリオン(現在のカナダプレース)に近い起点のウオーターフロント駅と、主要会場に設けたスタジアム駅(現在のスタジアム・チャイナタウン駅)を結んだ。

 その後は順次延伸し、現在は途中のコロンビア駅(ニューウエストミンスター市)の先で二股に分岐してキングジョージ駅(サレー市)、プロダクションウエイ・ユニバーシティー駅(バーナビー市)がそれぞれの終点になっている。

 ユニークなのは、ウオーターフロント駅の5つ先のコマーシャル・ブロードウエイ駅からプロダクションウエイ・ユニバーシティー駅までのエキスポラインの線形が「V字型」になっており、両駅を通る短絡線となっているミレニアムライン(本連載第11回参照)を含めて三角形を形成していることだ。

 コマーシャル・ブロードウエイ駅からプロダクションウエイ・ユニバーシティー駅までは三角形の一辺を通るような線形のミレニアムラインだと8駅なのに対し、二辺を通るエキスポラインは14駅もある。エキスポラインを使った所要時間は36分と、ミレニアムラインの16分の2倍余りもかかる。

 ただし、ミレニアムラインはバンクーバー中心部には乗り入れていない。このため、ミレニアムラインの沿線住民にとってもエキスポラインは中心部に向かう足として重宝する存在だ。

「元祖」車両の窓外に見えたのは…

 そんな路線や時代の移り変わりを見守りながら現在も活躍しているのが、登場から40年近くとなるスカイトレインの「元祖」となる初代型車両のマーク1だ。「シンプル・イズ・ベスト」と言わんばかりに簡素な先頭形状で箱形の車両は、大規模空港の旅客ターミナル間を結ぶピープルムーバーのように簡素だ。

 シンプルな外観が物語る合理性の極めつけが、スカイトレインの長所として歴代車両に引き継がれた無人運転だ。新型コロナウイルス禍後の人手不足もどこ吹く風と言わんばかりに、ウオーターフロント―キングジョージ間ならば最短2分おきの高頻度運転を実現している。

バンクーバー中心部のウオーターフロント駅の駅舎(2023年12月、大塚圭一郎撮影)
バンクーバー中心部のウオーターフロント駅の駅舎(2023年12月、大塚圭一郎撮影)

 私は2023年12月にバンクーバーを訪れた際、ウオーターフロント駅からエキスポラインを利用した際にマーク1に乗り込んだ。隣のバラード駅に向かって地下区間に入ると、驚いたのが暗闇を突き破るように窓に映し出された色とりどりの動画広告だ。

 トランスリンクによると、ウオーターフロント駅からバラード駅に向かう途中のトンネルの壁に360個の垂直発光ダイオード(LED)照明を並べており、センサーが電車の進入を検知すると約10秒間にわたって映像を流して乗客にアピールする。

スカイトレインのエキスポラインのウオーターフロント駅からバラード駅に向かう途中で見られる動画広告(2023年12月、バンクーバーで大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのエキスポラインのウオーターフロント駅からバラード駅に向かう途中で見られる動画広告(2023年12月、バンクーバーで大塚圭一郎撮影)

 2022年4月に北米で初めてこの区間に実用化された「バンクーバー自慢」は、地元住民または「よそ者」なのを判別するリトマス試験紙の役割も果たす。見慣れた様子の地元住民はちらっと眺めるだけなのに対し、高校生の息子と私は「オー」と声を上げながら感心して「アウェー感」を丸出しにしていた。

次世代型車両を205両導入へ

 トランスリンクが「私たちのシステムで立派に運行してきた」と評価するのが最古参のマーク1だ。しかし、トランスリンクはエキスポラインとミレニアムラインに次世代型車両マーク5(5両編成)を41編成、計205両を順次導入し、老朽化しているマーク1を2027年末までに引退させる計画だ。

スカイトレインの初代型車両マーク1(2018年5月、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの初代型車両マーク1(2018年5月、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊で大塚圭一郎撮影)

 マーク5の設計は、この型式と同じくアルストムが製造し、営業運転中の車両では最も新しい2016年登場の「マーク3」をベースにしている。ただ、マーク5は先頭部に発光ダイオード(LED)を使った縦長の前照灯を設け、車内の自転車を置くスペースを広げ、扉の上に設ける運行案内の表示画面を大型化するなどの改良を施している。

なぜ「マーク4」を飛ばした?

 最も新しい型式のマーク3の次の型式がマーク5となり、「マーク4」を飛ばしたことに首をかしげる向きもあるかもしれない。

 この理由についてトランスリンクは「マーク3を将来的にアップグレード(大規模改修)した場合に『マーク4』の名称を使う可能性があるからだ」と説明している。

 トランスリンクはこれまでに老朽化対策としてマーク1を改修した実績があり、マーク3も将来改修することを想定している。マーク1は改修後も型式名を変えなかったが、マーク3については改修後の車両を「マーク4」に変える可能性を想定しているという。

 そこでマーク3の次となる次世代型車両を命名する際、あえて「4」の数字をスキップして「マーク5と名付けた」と説明している。

 ただ、トランスリンクはマーク3を大規模改修後に型式名を「マーク4」に変えるかどうかは「現時点では未定だ」と強調する。「『マーク4』の型式名が使用されないこともあり得る」とコメントしており、幻の型式名に終わる可能性も否定できない。

改番すれば“原点回帰”

 もっとも、マーク3を将来的に「マーク4」へ改番した場合には、エキスポラインとミレニアムラインの車両番号の命名規則が“原点回帰”する。

 エキスポラインとミレニアムラインには3桁の車両番号を付けており、マーク1は1桁目が「0」または「1」を割り振った。続いて2002年に営業を始めた「マーク2」の1桁目は「2」となり、ここまでは車両番号の付け方は規則通りだった。

 しかし、マーク2を2009年に追加発注した際に軌道を外れ、1桁目に「3」を用いたのだ。その結果、マーク3の1桁目に付けるのに似つかわしい「3」は使用済みだったため、「4」を冠した。

 もしもマーク3を改修後に「マーク4」へ改番すれば車両番号の1桁目の「4」と符合し、再び命名規則通りになるのだ。

命名規則をそれる次世代型車両

 車両番号の命名規則に従えば、次世代型車両のマーク5は1桁目に「5」を冠した3桁の車両番号をあてがわれることになる。1桁目に「5」を付けている車両はないため、一見すると可能に思われる。

 しかしながら、スカイトレインの事情通は「マーク5の車両番号は4桁に変わる」と打ち明ける。背景としてトランスリンクはマーク5の205両の製造を既にアルストムに注文しており、最大で400両の追加発注の権利を持っている事情がある。

 もしも命名規則に沿って3桁の車両番号を付けた場合、1桁目が「5」の番号では足りなくなる。最大となる計605両をアルストムに発注することになれば3桁の番号からもあふれ、4桁の番号を付与することになる。

 そこで「マーク5は最初から4桁の車両番号をあてがうことになった」(事情通)という。

1桁目は「5」にあらず!

 致し方ない理由によって車両番号が4桁に変わるものの、マーク5なので1桁目に「5」を付けるルールは命名規則に従うのが自然に思える。

 ところが、カナダ東部オンタリオ州キングストンにあるアルストムの施設で2023年に始まった最初の編成(5両編成)が試験走行する動画を眺めてあぜんとした。4桁の車両番号の1桁目に冠しているのは「6」で、予期していた「5」ではないのだ。

 最初の編成の車両番号は6011~6015が付けられていた。推察すると、マーク5は1桁目に「6」を冠し、2桁目と3桁目が編成番号、4桁目がその車両の番号という命名法則らしい。最初の編成は2桁目と3桁目が「01」なので、2番目に造られる編成には6021~6025の車両番号を付与する公算が大きい。

スカイトレインの次世代型車両マーク5(2023年7月オンタリオ州、トランスリンク提供)
スカイトレインの次世代型車両マーク5(2023年7月オンタリオ州、トランスリンク提供)

 マーク5にはこれまでと全く異なる命名規則が適用されるようになり、頭を整理するために「TAKE FIVE」(5分休憩しよう)と言いたくなる事態だ。「元祖」スカイトレインのマーク1から世代交代して車両番号の付け方も車両のデザインも大きく変わるマーク5には、近未来的な外観と優れた走行性能、快適な居住性で乗客が「HIGH FIVE」(ハイタッチ)をしたくなるような高い完成度を期待したい。

バンクーバー中心部のカナダプレイス(2023年12月、大塚圭一郎撮影)
バンクーバー中心部のカナダプレイス(2023年12月、大塚圭一郎撮影)

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

「カナダ“乗り鉄”の旅」第11回 優れた加速のスカイトレイン車両、NYにも「そっくりさん」~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編

スカイトレインのミレニアムラインの車両「マーク2」(2018年5月26日、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインの車両「マーク2」(2018年5月26日、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバーの都市圏の公共交通機関「トランスリンク」の無人運転電車「スカイトレイン」の持ち味は、走り出した時の加速感だ。路線「ミレニアムライン」は起伏があり、駅間距離が長い区間も多いだけに先頭部の座席に陣取ればジェットコースターのような迫力を味わえる。使われている主力車両は、アメリカ(米国)の最大都市ニューヨークの“空の玄関口”で活躍している鉄道と「そっくりさん」だ。その理由とは―。

【ボンバルディア】カナダのビジネスジェット機メーカー。本社を東部ケベック州に置いている。2023年の1年間の業績である23年12月期決算の売上高は前期比16%増の80億4600万米ドル(約1兆2100億円)、最終的なもうけを示す純損益は4億4500万米ドルの黒字(前年同期は1億4800万米ドルの赤字)だった。

エア・カナダのエアバスA220の復刻塗装機(23年9月28日、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダのエアバスA220の復刻塗装機(23年9月28日、カナダ東部オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

 かつては旅客機や鉄道車両などを幅広く製造する世界大手の輸送機器メーカーだったが、小型ジェット旅客機の旧Cシリーズ(現在のエアバスA220)の開発費がかさんで経営危機に陥った。生き残りのために事業売却を進め、プロペラ機「Qシリーズ」の事業を航空産業に投資するカナダ企業に、小型ジェット旅客機「CRJ」の事業を三菱重工業に、鉄道車両事業をフランスのアルストムにそれぞれ売却した。現在は事業領域をビジネスジェット機の製造と販売、アフターサービスに絞り込んでいる。

エア・カナダの旧ボンバルディアCRJ。離陸中なのはポーター航空の旧ボンバルディアQシリーズのプロペラ機(23年10月3日、オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)
エア・カナダの旧ボンバルディアCRJ。離陸中なのはポーター航空の旧ボンバルディアQシリーズのプロペラ機(23年10月3日、オンタリオ州で大塚圭一郎撮影)

反対方向の電車に乗り込んだ理由

 2023年12月、バンクーバー近郊のコキットラム市にあるスカイトレインのコキットラム・セントラル駅からミレニアムラインを利用した。私はバンクーバー中心部の宿泊先に戻る途中だったが、乗り込んだのは反対方向のラファージュ・レイク・ダグラス行きの電車だった。乗り間違えでは決してなく、明確な理由があった。

小田急電鉄のロマンスカーGSE70000形(19年5月25日、神奈川県海老名市で大塚圭一郎撮影)
小田急電鉄のロマンスカーGSE70000形(19年5月25日、神奈川県海老名市で大塚圭一郎撮影)

 首都圏の大手私鉄、小田急電鉄の運転席を2階に設けた特急用車両「ロマンスカーGSE」70000形のように、先頭部のフロントガラスに面した最前列の座席からの景色を楽しもうと思ったのだ。ただ、カナダのボンバルディアの鉄道車両事業だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造したミレニアムラインの主力車両「マーク2」で進行方向の最前列の座席は「先着お1人様限り」で、この“特等席”は早々と埋まることが多い。

スカイトレインの車両マーク2の先頭部には1つの座席が設けられている(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の先頭部には1つの座席が設けられている(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 そこでコキットラム・セントラル駅から2駅離れた終点のラファージュ・レイク・ダグラス駅へ向かった後、折り返すVCC―クラーク行きの電車に乗れば最前列の座席を確保できると考えたのだ。この時は通勤客が多い平日の夕方だったため4分おきに電車が走っており、あっさりと“特等席”をゲットできた。

優れた加速力の秘訣

 発車したマーク2はたじろぐほどの急ピッチで加速した。加速力が優れ、空転が起こらないことの秘訣は、磁石の引き寄せ合う力と反発し合う力を利用したリニアモーター駆動にある。スカイトレインでは3路線のうちミレニアムラインとエキスポラインで採用している。

 使われている車両はリニアモーターカーの一種だが、東京・品川―名古屋間で建設が進められているJR東海のリニア中央新幹線のような磁気浮上式ではない。一般的な電車と同じように2本のレール上を車輪で走る鉄輪式ではあるものの、推進力としてリニアモーターを使っているのだ。

スカイトレインのミレニアムラインの線路。2本のレールに挟まれて延びているのがリアクションプレート(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインの線路。2本のレールに挟まれて延びているのがリアクションプレート(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 リニアモーター駆動の車両は床下に磁石のコイルを配置しており、2本のレールの間に敷いた「リアクションプレート」と呼ばれる板との間で発生する電磁力を使って進む。加速の良さだけではなく、パワフルなため急勾配にも強いのも利点で、アップダウンが多いミレニアムラインとエキスポラインの線形にはうってつけだ。

NYの「アレ」と似た乗り心地

 マーク2の乗り心地は、勤務先のニューヨーク支局特派員だった2013~16年に「空の玄関口」の一つのジョン・F・ケネディ国際空港(JFK空港)を利用した際にたびたび乗り込んだ「アレ」とよく似ていた。JFK空港の旅客ターミナルを巡り、近辺にあるニューヨーク地下鉄、ロングアイランド鉄道の駅を結ぶ鉄道「エアトレインJFK」の車両だ。

米国ニューヨークのエアトレインJFK(21年5月18日、Aaron J. Heiner氏提供)
米国ニューヨークのエアトレインJFK(21年5月18日、Aaron J. Heiner氏提供)

 エアトレインJFKに使っている車両を製造したのも旧ボンバルディア・トランスポーテーションで、スカイトレインのマーク2と類似した設計なのだ。エアトレインJFKが開業したのは2003年と、スカイトレインのミレニアムラインの先行区間が営業運転を始めた02年の翌年のため造られた時期も近い。

スカイトレインの車両マーク2の車内(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の車内(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 もっとも、エアトレインJFKには先頭部のフロントガラスを向いて座ることができる“特等席”はない。座席が壁沿いに続いているロングシートで、スカイトレインのマーク2は進行方向または後方を向いたクロスシートが並んでいるのとは異なる。側面にある両開き扉もエアトレインJFKは片側2カ所と、マーク2より1カ所少ない。

まるで近未来都市

スカイトレインの車両マーク2の外観(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインの車両マーク2の外観(23年12月22日、ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 先頭部の前照灯もエアトレインJFKは円形なのに対し、四角形のマーク2は近未来的な印象を与える。四角いヘッドライトが照らす前方を眺めると窓明かりがきらびやかに輝く超高層マンションが林立しており、まるで近未来都市のような風景が広がっている。

 米国の有力旅行雑誌「コンデナスト・トラベラー」の「世界で最も住みやすい都市」の調査で2023年に5位となったバンクーバーは、大都市ながらもカナディアンロッキーといった大自然に近い魅力もあって世界から憧れを持たれている。25年に年間50万人の移民受け入れを目指すカナダの移民政策も背景に、カナダ統計局の21年調査で約264万3千人だったバンクーバー都市圏の人口は増加傾向をたどっている。

スカイトレインのミレニアムラインから見た超高層マンション群(23年12月22日、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)
スカイトレインのミレニアムラインから見た超高層マンション群(23年12月22日、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州で大塚圭一郎撮影)

 そんな中で「特に好立地にありながら海を見渡せる超高層マンションは中国人や中国系カナダ人らが『爆買い』し、住宅価格も跳ね上がった」(地元の女性会社員)とされる。グレーターバンクーバー不動産協会によるとバンクーバー都市圏の今年2月の住宅基準価格は118万3300カナダドル(約1億3千万円)と、前年同月より4・5%も上昇した。

「最高の場所」の標語

 住宅の引き合いが旺盛な中で超高層マンションは増加の一途をたどっており、ミレニアムラインからもタワークレーンを載せた建設中の物件がいくつも視界に入った。だが、新たな物件が次々と分譲されても「高くてとても手が届かない価格ばかりだ」と嘆く声を複数の地元住民から聞いた。

 ふと前方を眺めると、反対へ向かうラファージュ・レイク・ダグラス行きのマーク2の電車とすれ違うところだ。白い車体の側面にはBC州のロゴの下に「地球上で最高の場所」という標語が記されていた。

 BC州が自賛しても不思議ではない「地球上で屈指の魅力的な場所」であることに同意する一方で、このようにも考えた。BC州を代表する都市のバンクーバーでも一人一人の住民が「最高の場所」と胸を張れるようにするには、より手頃な価格で住宅が手に入るようにする環境整備が不可欠ではないだろうか。

 バンクーバーが世界有数の住みやすい都市という“金看板”を維持するためにも、BC州などの当局には重い課題が突きつけられている。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。

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