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Naomi Mishima

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「かんがえごと 関ヶ原2」~投稿千景~

エドサトウ

 ガレオン船のキャノン砲は陸路と海路の二手に分けて運ばれたのでは、というのが小生の考えである。いやいや、これは考え事というよりも小生の空想の世界と言った方がよいかもしれない。

 船で運ばれた大砲は、愛知県の知多半島にある港で陸揚げされて、東海道を荷車で北上して、家康の本陣と合流する。これは船であるから、大砲は六門以上、さらに火薬や鉛玉も相当運ばれたであろう。

 六門の大砲は、戦では二門ずつ別々にセットされた三段構えのスタイルで、二門ずつ時差をもうけて発射されたと思われる。だから、大砲は休みなく西軍の石田三成の本陣や大谷軍に打ち込まれたのではあるまいか。

 一方、中仙道からは息子徳川秀忠の二軍が大砲六門を木曽駒五平の荷車で運んでいた。その内数門は、長野県の六文銭旗印のつわものぞろい真田軍の抑えにも用いられた。真田軍が中仙道から関ヶ原に進軍するのを抑えることは重要な課題でもあった。一方、無事に中仙道から運ばれた大砲は、東軍の井伊軍の特殊部隊でもある忍者部隊甲賀衆に与えられて、敵の陣地から2キロメートルぐらいのところに設置されて、彼らの用意していた大型の火縄銃を持った甲賀は朝霧に紛れて敵陣500メートルまで接近した関ヶ原合戦の朝の様子である。

 大型の火縄銃は火薬も二倍は入るので少なくとも弾丸は1キロメートルぐらいは飛んだであろう。その大型火縄銃を持った忍者部隊甲賀衆が朝の8時ごろに関ヶ原合戦の先陣をきるように敵陣に打ち込めば、火縄銃の爆音が関ヶ原の静寂な朝もやに響く。甲賀衆が後方に下がれば、用意された大砲が火をふき白い爆炎の煙が舞い上る。同時に家康の本陣にいる按針の大砲隊も6門のキャノン砲で石田三成の本陣をめがけて打ちかける。

 静寂な朝もやが晴れ上がるころに、大音響がすさまじく響けば、東軍の陣太鼓や鐘がにぎやかに陣中に響く、東西どちらの軍も生き残りをかけた、壮絶な戦いの始まりであった。

 石田三成の西軍が兵員の数では、圧倒的に有利であったが、古今東西の歴史の中でも、小軍が大軍に勝った戦の例は数多くある。

 現在でも、ウクライナでロシアの大軍に対して、自国ウクライナの存亡をかけて戦っているではないか、しかしながら、これは長期戦になろうとしている。となれば、小国には不利かもしれない。しかし、ロシア国内での戦争反対の世論も大きくなれば、また、新たなロシア革命が起きることも考えられなくもない。それが雪と氷に閉ざされた長い冬の北国ロシアの宿命なのかとも思える。

 とにかく、徳川家康のすごさは、日本の東西を二分するような大戦を短時間で終わらせたことであろう。

 かつて、家康の若いころに天下一と言われた武田の騎馬軍団と静岡県三方ヶ原で戦ったことがあるが、武田軍にはとうていかなわず、ほうほうのていで自分たちのお城に引き返している。その時、恐怖のあまり、馬上で脱糞したといわれている。お城に引き返してすぐ絵師に、恐怖に打ち震える我が姿を描かせて、生涯座右に置いていたという言い伝えの日本画を見るために名古屋市にある尾張徳川美術館に30代のころに見学に行き、そのコピーした画を購入してしばらく我が家に飾っていたことがある。

 戦争の怖さを一番知っていたのは、石田三成よりも徳川家康の方であったのであろう。そのことが、按針さんの船のキャノン砲を使って戦いを勝利に導いたのであろう。

 関ヶ原合戦は、コロンブスが1492年に新大陸を発見してからほぼ100年後のこと、ヨーロッパでは近代が始まろうとしていた。

投稿千景
視点を変えると見え方が変わる。エドサトウさん独特の視点で世界を切り取る連載コラム「投稿千景」。
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16 ☆「訪ねる」と「訪れる」いと厄介 !

日本語教師  矢野修三

 日本語教師として、日本語は難しいなどと、決して口には出したくない。でも、確かにいろいろ難しさはある。その一つが「漢字」。こんな複雑な文字に、中国文化圏以外の国の学習者はなかなか馴染めず、学習意欲も湧いてこない。

 まず、漢字にはいろいろな読み方があること。表音文字のアルファベットなどでは考えられないが、はるか昔、中国から伝わった表意文字の漢字には音読み(中国式発音)や訓読み(日本式発音)があり、複数の読み方があるのは致し方なし。

 さらに、送り仮名によって読み方や意味が変わってしまうなど、日本人でも戸惑うことがあり・・・、生徒にとっては超難解である。しかし日本語をマスターするには、「漢字」は避けて通れず、何とか頑張ってもらいたい。でも漢字に面白さを見いだす生徒もおり、うれしい限り。

 そんな漢字に興味を持ち、前のエッセイ「日光は結構です」を読んだ上級者から、今度日本に行ったら、ぜひ日光に行きたいですが・・・、「日光を訪ねる」と「日光を訪れる」と、どちらがいいですか、どんな違いがありますか、こんな質問が舞い込んできてうれしいやら戸惑うやら。

 確かに、この「訪」だが、送り仮名によって「訪(たず)ねる」と「訪(おとず)れる」と読み方が変わるし、意味も若干違いがあり、とても厄介である。

 漢字指導に決まりなどないが生徒に合わせて、いろいろ工夫を凝らしながら・・・。この「訪」も先ずは音読みの「訪問する」を。さらにレベルが上がるにつれ、訓読みの「訪ねる」や「訪れる」も教えたくなる。すると違いが気になる。英語ではすべて「visit」であろう。でも日本人は習った記憶などないが、母語として何となく見事に使い分けている。

 先ず「訪ねる」だが、ある目的を持って人や場所に行く行動に。「訪問する」とほぼ同じで、「田中さん」や「○○会社」を訪ねる、である。一方「訪れる」は主に観光地などへの行動に。「壮大な景色のバンフを訪れる」などで、確かに「田中さんを訪れる」はチト違和感あり。でも「宅」を付け「田中さん宅を訪れる」は違和感なし。うーむ、なるほど。

 そこで、「日光」は場所だから「日光を訪れる」のほうがふさわしいね、と彼に説明した。でも、日光に行って「徳川家康公」に会いたい、そんな思いが強ければ・・・、「日光を訪ねる」も結構なのでは。うーん、ごもっとも。生徒にはあまり気にすることないよ、と教えたい。

 しかし「訪れる」しか使えない表現もあるので要注意。「何か待ち望んでいる状況がやってくること」。例えば「季節」や「平和」など。「やっと春が訪れた」や「訪れる」の名詞化した「訪れ」を使って「木の葉が色づき、秋の訪れを感じる」など。単に「春や秋が来た」よりは、とても趣のある表現になり、使いこなせれば上級レベルの証(あかし)で、教師冥利に尽きる思いでである。

 加えて、悲惨な戦火が一日も早く収まり、全世界に「平和が訪れる」。そんな日を願うばかりである。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca

小説家・平野啓一郎氏バンクーバー講演「私とは何か?という問い」(後編)

インタビューの後、バンクーバー市内で。2024年3月19日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
インタビューの後、バンクーバー市内で。2024年3月19日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 「ある男」「マチネの終わりに」などの小説で知られる平野啓一郎氏が、“What am I?”「私とは何か?という問い」をテーマにブリティッシュコロンビア大学(UBC)アジアンセンターで3月18日に講演した。

 当日は英語での講演のあと質疑応答の時間があり、著書や作家活動、アイデンティティについてなどの質問があった。講演の後には参加者が平野氏と直接話したり、サインを求めたりできる時間も設けられ、ファンにとっては楽しいひと時となった。

 講演会は、日本ペンクラブ、UBCアジア研究学科、国際交流基金トロント日本文化センターの共催。

平野啓一郎氏インタビュー

 講演の翌日、3月19日にバンクーバー市内で話を聞いた。

 前編の「バンクーバーの印象や講演会について」に続いて、後編を紹介する。

小説家・平野啓一郎氏バンクーバー講演「私とは何か?という問い」(前編)

「講演の中でも語ったロストジェネレーションについて」

 (日本での「ロストジェネレーション」とは)世代の呼称です。1970年代生まれぐらい(一般的には1970年から1984年ぐらいに生まれた世代)の人たちのことをロストジェネレーションと呼んでいます。その特徴としては、雇用が不安定とか、貧困率が高いとか、所得が低いとか、非婚率が高いとか、統計的にはっきりと出ています。1990 年代後半から2000年代の初めぐらいまで(就職氷河期で)、非常に就職率が悪く、終身雇用制が一般的な中で就職機会を逃すとなかなかその後に良い職に就くことができなかったんです。

 もちろん中には社会的に成功してる人もいますけど、雇用が非常に不安定ということが社会的なアイデンティティにおいては不安定化してしまってますから、なぜ自分は生きてるのかとか、そういう不安を抱く傾向は強いと思います。

 昨日の(講演の)話でどこまで伝わったか分からないですけど、職業選択と自分のアイデンティティが非常に強く結び付けられていた世代なので、それにもかかわらず就職がうまくいかなかったってことでアイデンティティロス(喪失)に結び付いている。それに、所得も低いので生活水準も低いですから、そうすると前後の世代に比べて十分に満足のいく社会的なポジションもないし、消費もできないという中で、その間に政策的になんの対策も取られなくて。日本自体が90年代半ばからいまに至るまで、失われた30年という言い方もされてますから、その間に何にも政策的に救済もされなかったという意味も含めて「ロスジェネ」と言われてます。

「ロストジェネレーションの小説家としてのアイデンティクライシス」

 世代的な経験として(アイデンティティクライシスは)ありますね。周りが、友人たちが、そうですから。その中に自分は属してるし、その世代の中の人間と目されてきましたし。だから、社会的に成功してもあまりそれを誇ることができないです。不況に陥ってる同世代人がたくさんいますから、成功してもあまり誇らしい気持ちもなれないっていうのはある気がしますね。

「ロストジェネレーションを政治や社会が放置した問題」

 (ロストジェネレーション世代は)ポストもなにもないまま、貧困して、結婚しないまま、年を取っていきますから、その世代が高齢者世代になった時に日本の社会保障制度が破綻するっていうのがいまの社会の一番大きな懸念なんです。そういう風に目されている世代なんです。かなり大きな問題だと思います。

「いま関心があるテーマ」

 テクノロジーの進歩が非常に急速ですから、その中で人間はどうなっていくのかということは興味があります。(急逝した母をAI技術で再生させた青年が主人公の「本心」を2021年に発表)。あとは気候変動とか、世界で戦争していますし、そういう意味では非常に心配してます。

「核について」

 日本は核の傘論みたいな完全にアメリカが自分の国の核政策を肯定するために作り上げたみたいな机上の空論を今でもリアリズムと称して信じてる人たちが多いので、世界の安全地帯を考えればアピールしていくという方向に舵を切るしかないと思います。

 戦略核兵器という大規模なものではなく、戦術核兵器として使われる小型のもの(小型核)があって、ロシアがいまウクライナに使うかもしれないって言われています。あれは広島長崎に落とされたぐらいの規模のもので、半径2、3キロ(メートル)ぐらいの規模です。それは(ロシアの)プーチン(大統領)みたいな人が世界地図を見た時に半径2、3キロって点ぐらいにしか見えないですか?

 そうすると例えばウクライナであれだけめちゃくちゃに空爆して、それぐらいの規模の街を全滅させているような人にとっては歯止めがないと思うんです。それじゃあ実際に(ロシアが)使ったらアメリカが全面的な核戦争を始めるかっていうと、僕はやっぱりそこまで行かないんじゃないかと思うんです。

 だから言われてるほど「核の傘」とか「抑止論」っていうのは現実的じゃなくて。そうなると、特に小型の核を誰かが使い出してしまえば使われ始めるんじゃないかってことで非常に強く懸念しています。

 僕は、林京子さんという長崎で被爆された後に、ずっと創作活動を続けられた作家の方にお目にかかる機会があって。作品も非常に好きで、お話もうかがいましたけど、やっぱり抽象的に核兵器がいいかどうかとか、戦略的に考えるってことではなくて、その経験が一人の人間の人生を一体どれぐらい壊してしまったのかとか、その生き残った人たちはどういう人生を歩んだのかっていうようなことを見ていけば、とてもこれは容認できるような兵器ではないですし、そういう声を、そういう意味での現実主義っていうのが必要だと思います。

「メディアについて」

 メディアってもの自体に非常に関心があるんですよね。特にレジス・ドゥブレ(Regis Debray)という人のメディオロジーという研究分野があって、それに非常に強い影響を受けたんです。なぜある作品は世に多く広まり、ある作品は広まらないかっていうのは、その作品が良いかどうかっていうことだけじゃなくて、具体的にそれを伝えるメディアという実体を持って存在している。それが大学組織というアカデミアの実体を持って世界中に伝わっていくのか、本の出版流通ということを通じて伝わっていくのか。とにかく、そういうメディアの実体があるということを議論してる本なんです。

 そういう流通手段としてのメディアというのと、昨日の(講演で)少しお話ししましたけど、写真とか動画とか、本人がいて、それを媒介して伝える存在としてのメディアと、 2つの意味で非常に関心を持っていて。そういう意味では、それと共に自分の活動もあると思っています。そこに携わる人とか会社がどうかっていうのは、また別次元の話で考えていくべきだと思ってます。

「今後について」

 この秋に短編集を出す予定で、4作ほど収録されます。ほぼ終わっていて、あとはその手直しをして秋の刊行の準備をするっていう感じです。

***

 3月18日の講演内容や平野氏のホームページ、これまでのインタビュー記事などを参考に、トピックを選んで話を聞いた。「ロストジェネレーション世代の作家として」と自身を表現し、「日本文学について、自らの作品とアイデンティティの問題」を語った講演や短いインタビューから読者に伝えられることには限りがあるが、洋の東西を問わずアイデンティティという普遍のテーマについて再考するきっかけとなった。

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

小説家。1999年大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」により第120回芥川賞を受賞。
小説「決壊」(2009年芸術選奨文部大臣新人賞受賞)、「ドーン」(2009年Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、「マチネの終わりに」英訳“At the End of the Matinee”(2017年渡辺淳一文学賞)、「ある男」英訳“A MAN”(2019年読売文学賞)やエッセイなど。また、「三島由紀夫論」(2023年)で小林秀夫賞を受賞した。

当時は平日にもかかわらず多くの人が講演会に。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
当時は平日にもかかわらず多くの人が講演会に。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

(取材 三島直美/写真 斉藤光一)

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日本カナダ商工会議所主催「英語の達人になるためには」セミナー(寄稿)

参加者の様子(写真 吉川英治)
参加者の様子(写真 吉川英治)

「英語を使いこなし、世界の舞台に立てるように」を目標にして、画期的な英語教育シリーズ「英語の達人になるためには」(日本カナダ商工会議所の主催)の第1弾、計3日間には、各日2人の講師が登壇。春の陽光が徐々に感じられる2024年2月12日、3月3日、3月24日の3日間、賑やかなダウンタウンの会場SELC ランゲージ・カレッジは、若き参加者の情熱でさらに熱意と希望に包まれた。開始にあたり、在バンクーバー日本国総領事館・岡垣さとみ首席領事が英語を使って仕事をすることについてお話された。

会場で挨拶をされる岡垣さとみ主席領事(写真 吉川英治)
会場で挨拶をされる岡垣さとみ主席領事(写真 吉川英治)

Day 1:

「脳科学的アプローチで英語を自分の言葉にする」by ホール奈穂子(Gabby Academy代表)

ホール奈穂子さん(写真 吉川英治)
ホール奈穂子さん(写真 吉川英治)

「瞬発的に日本語を英語にする」by 加藤まり(Focus Education Services 代表)

加藤さんは「海外に住んでいるからといって、自動的に英語が使えるようになるわけではないのですが、効果的な学習方法で学び実践することが大事なんですね」と発言。

“どうしても、いったん頭で考えていしまい、出遅れる”という多くの人にありがちな課題に対して「自動的に英語が出てくるにはどうしたら良いか」を中心に、おふたりの講師は説明と実践練習を取り入れて展開。

加藤まりさん(写真 吉川英治)
加藤まりさん(写真 吉川英治)

Day 2:

「英語も幸せも人を愛することから」by 吉川英治(Boxers Without Boarders)

海外で講演と執筆を続ける“世直しボクサー”吉川さんは、世界を飛び回った体験を熱く語った。

吉川英治さん(写真 日本カナダ商工会議所)
吉川英治さん(写真 日本カナダ商工会議所)

「ネイティブの発音を真似る」by サミー高橋(SELCランゲージ・カレッジ校長)

ネイティブのように発音ができるようになるには英語力が高くなくても可能。英語特有の母音、子音の存在を知ることを通して、あとは練習を積むことだとわかりやすく手ほどきした。

サミー高橋さん(写真 吉川英治)
サミー高橋さん(写真 吉川英治)

Day 3:

筆谷信昭さん(写真 日本カナダ商工会議所)
筆谷信昭さん(写真 日本カナダ商工会議所)

「日本アニメ北米展開と映像翻訳」by 筆谷信昭(日本映像翻訳アカデミー(JBTA) LA代表)

東京、LAを拠点に日本映像翻訳アカデミー(JVTA)で映像翻訳者養成スクールを経営する筆谷氏は映像翻訳の市場やアニメの翻訳について、同社による字幕も上映しながらの講演。聴衆にはアニメファンが多く、活発な質疑応答が飛びかっていた。

「Global Career Development: ネットワーキング・インフォーメイショナル・インタビューで差をつける」by 高林美樹(AK Jump Educational Consulting  Inc代表) &ブレア・ジョーダン(Highmont Advisors Inc代表)

高林美樹さん&ブレア・ジョーダンさん(写真 日本カナダ商工会議所)
高林美樹さん&ブレア・ジョーダンさん(写真 日本カナダ商工会議所)

カナダでの就活の際に必須なコネクションの作り方を披露。「見栄えの良いレジュメを作成、応募するだけでは採用される可能性は低い。いかにコネクションができるネットワークを作り、採用担当者にインフォーマルな形で会って、話を聞くことができるかが鍵だ」とブレアさん。

どのセミナーにも、英語学習者が、違う角度から、それぞれの持つ英語力に、より一層磨きをかけ、実践で英語が活かせるようになるための有益なヒントが数多く散りばめられた。

(記事寄稿:日本カナダ商工会議所)

Art Walk 2024

日時 5月25日(土)、26日(日) 11時から5時まで

年一度のArt Walk 今年 32年目を迎えました。今年は70人のlocal artistsが参加しています。上記の両日 地図に載っている artistsの家、studio がオープンされますので自由に訪ねてみてください。地図は最寄りのcommunity centre にprintされたものが置かれてありますがポスターの下のQRコードかemail address でご覧いただけます。
ご質問がありましたら 長井 あずみ 604-736-4461
あるいは azuminagai@gmail.com にご連絡ください

原田徹監督に聞く「SHOGUN」撮影を通して触れた日系コミュニティ

原田徹監督、2010年バンクーバー五輪聖火台の前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
原田徹監督、2010年バンクーバー五輪聖火台の前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
インタビュー中の原田監督。バンクーバー市、2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
インタビュー中の原田監督。バンクーバー市、2022年5月29日。Photo by Saito Koichi

 待望の「SHOGUN」が2024年2月からディズニープラスで始まった。主演の真田広之さんをはじめ豪華キャストによるテレビシリーズの撮影は、2021年からバンクーバー近郊で行われた。

 今回は撮影中にバンクーバーに滞在していた原田徹監督へのインタビューを紹介する。2022年5月、バンクーバー市内で話を聞いた。

***

 映画監督、また舞台演出家として活躍してきた原田徹監督。カナダでの「SHOGUN」撮影では、「テクニカル・スーパーバイザー」としてバンクーバーに10カ月あまり滞在することになった。「いろいろなご縁があったおかげです」と振り返る。

日本の風景と近いカナダ西海岸

 原田監督が、「SHOGUN」の撮影に参加のためバンクーバー国際空港に着いたのは2021年8月15日。さっそくダウンタウンの水辺に立った。「晴れた空の下、真っ青な海。向こうにノースバンクーバーの山並みが見えてきれいだった」と初印象を語る。

 日本でもカナダでも新型コロナウイルス蔓延中。海外で長期滞在になることに不安があった。カナダ滞在ビザの取得も遅れていた。飛行機の予約もできずにいたが、8月13日、ビザが下りた。徹夜で詰めた荷物を持って空港へ。朝一番のPCR検査を受け、バンクーバーへ向かう機内に収まった。

バンクーバー市カナダプレースの前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
バンクーバー市カナダプレースの前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi

 縁のないカナダだと思っていたが、出発前になって、友人や京都の行きつけのレストランからのつながりが、バンクーバーまで続いていることがわかった。「ご縁ですね」。

 バンクーバー島のトフィーノの撮影現場に立って見渡すと、浜辺も岩場も日本の風景に近い。波が強いことも似ている。日本を舞台にした撮影にはうってつけだ。

文化の違いを説明した撮影現場

 「テクニカル・スーパーバイザー」。原田監督の「SHOGUN」撮影現場での役どころだ。17世紀の日本を舞台にした作品なので、登場人物の様子や動き、家屋や城の美術的な面も、当時の日本のように見せなくてはならない。それを原田監督がチェックし、必要な修正を指示する。

 作品の主な出演者は、日本の俳優がバンクーバーに来て演じる。一方、武士・武家の妻・漁村の人々など多くのエキストラは、バンクーバーで日系人を募集した。ところが、正座や、すり足は、生活習慣の違う日系カナダ人にはなかなか難しい。さっそく原田監督の目が光る。なんとか難行苦行に耐えたエキストラに、「長時間よくがんばってくれました」と感謝する。

 武士の着物には、刀が落ちないように帯を巻かねばならない。そこで、日本から時代劇衣装の着付けのベテランが呼ばれ、カナダ人衣装部の20数人に講習会。スマートフォンで撮った手順を見ながら、カナダ人らは武士の着付けに取り組んだ。「刀が落ちなくなりました」と原田監督、満足げ。

 壺を置けば北米人は花を生ける。「壺には花は生けない」と一声。

 畳の上で草鞋を履いたままだと、「はだしで」とまたもや監督の声が飛ぶ。「説明して、やっとはだしになってもらいました」

 日系人を含め北米のスタッフと10カ月の長丁場だったが、日本の文化・習慣を説明することで、違いを理解してもらい、そのうち楽しんでもらえるようにもなった。すでに撮影した場面の撮りなおしも出てきた。よりよいものを作ろうというスタッフの気概からだ。

バンクーバーを好きになったもう一つの理由

バンクーバーの野球チーム “Asahi”のロゴが入った帽子と布製バッグで、笑顔を見せる原田監督。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
バンクーバーの野球チーム “Asahi”のロゴが入った帽子と布製バッグで、笑顔を見せる原田監督。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi

 映画「バンクーバーの朝日」は、原田監督が教える大阪芸術大学で教え子であった石井裕也さんが監督だ。この映画には、他にも原田監督の知り合いや、「SHOGUN」スタッフとのつながりがある。ここにも「縁を感じる」と原田監督は言い、Asahiのロゴが入った帽子や布製バッグを披露する。バンクーバー滞在中の2021年9月、「朝日」のレガシーゲームを見に行った。翌22年3月には、元選手の上西ケイさんの100歳の誕生会に招待され一緒に祝った。「楽しい思い出」と顔をほころばす。

「SHOGUN」スタッフのIDを首にかける「パン」。写真提供 笠原由紀江さん
「SHOGUN」スタッフのIDを首にかける「パン」。写真提供 笠原由紀江さん

 日本に家族が一時帰国したとき、自宅で飼っているペットをバンクーバーに連れてきた。「パン」という名前のチワワで、撮影現場にも連れていくと、スタッフのIDを首にかけてもらえた。パンはかわいがられ、監督とスタッフとの間の潤滑油のようになった。監督自身にとっても、パンの存在は癒しになった。「バンクーバーは、犬を連れて歩いている人が多いことも気に入りました」と、身を乗り出して話す。

違いを楽しんで制作

 海外で規模の大きい作品の制作に携わったことについて原田監督は、「チャンスに恵まれた」と言う。そして、日本とカナダの撮影現場では、いろいろな違いがあることを知った。「ハロウィーンやクリスマスの衣装を着けたスタッフとの仕事は愉快でした」。違いをおもしろいと思えるようになった。

原田徹監督、2010年バンクーバー五輪聖火台の前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi
原田徹監督、2010年バンクーバー五輪聖火台の前で。2022年5月29日。Photo by Saito Koichi

 「コロナ禍では、感染が心配なうえ、国際間の往来がままならないことは不便でした。でもカナダの日系の方々が参加してくださったことで、作品の制作が可能になりました」と感慨深げに語る原田監督。黒地に白く「将軍 SHOGUN」のロゴがある帽子が似合っていた。

原田徹(はらだ・とおる)

大学在学中、8ミリ映画「午後の幻想曲」がヒロシマ国際アマチュア映画祭に入選。
卒業後、助監督として活動を開始。篠田正浩、深作欣二、五社英雄、勅使河原宏、黒木和雄、工藤栄一ら日本映画を代表する数々の監督につく。
1993~94年、文化庁在外芸術家研究員としてハリウッドに滞在。
1992年、監督デビュー。京都の太秦を拠点に時代劇に携わる。「風車の浜吉」「七衛門の首」「八丁堀捕物ばなし」「必殺仕事人2009」をはじめ多数。
現在、大阪芸術大学客員教授、日本映画監督協会理事。

(取材 高橋文/写真 斉藤光一)

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「かんがえごと 関ヶ原」~投稿千景~

エドサトウ

 日本名三浦按針がオランダの東インド会社の航海士として帆船のガレオン船に乗り、アジアを目指して航海してくるのであるが、仲間の船とは離ればなれになる。彼の船も、また嵐にあい航行不能となり東シナ海の海をただよう難破船となる。船の仲間たちも多くは病死をしたのであろうか、今は十名にも満たない船乗りだけとなり、わずかな食料と雨水で飢えをしのいでいたが、やがて船は黒潮にのり鹿児島沖に到達する。船は瀬戸内海の満ち潮に吸い込まれるように豊後水道を北上して、大分の小島にたどり着いたのは関ヶ原合戦のあった1600年春のことである。

 これを知った北九州の大名であった小早川秀秋は徳川家康にいち早く「南蛮船、大分沖の小島に漂着、難破船にて数名の生存者あり候」と知らせている。家康はこの事を知ると素早く家康の名代を送り、簡単な応急措置で船を修繕すると西軍の手が届かない江戸に曳航させている。家康が興味を感じていたのは、その火器類の大砲や火薬、火縄銃の鉛玉などであった。この先、大戦をするならば玉の原料の鉛とか火薬に必要な硝酸などを大量に準備せねばならず、もしこの船の火器類が利用できれば幸運と言わねばなるまい。西欧の文化に興味を感じたのであろうか、彼は、英国人の按針から、個人的に数学などの学問を習っている。

 彼の盟友であった織田信長や豊臣秀吉が海外との交易や文化に興味を示したように、徳川家康も南蛮人である按針に興味をもったのであろう。当時、火縄銃の鉛玉の原料は東南アジアのタイあたりから輸入されていたから徳川家康も密かに多くの弾薬を用意する必要があり、その意味で按針は大切な人材であったと思われる。

 おそらく、三浦按針のガレオン船の16から20門の大砲がなければ、関ヶ原合戦の東軍の勝利は不可能であったかもしれないというのが小生の私見である。

 しかし、この帆船から接収した大砲を江戸から戦場になるであろう関ヶ原までの距離約450キロメートルの中仙道の山道の街道を運ぶことは大変なことである。東北に鞍替えで移動した石田三成の盟友上杉景勝は謀反の疑いがあるとして、家康は彼を攻めるのであるが、この時も船の大砲キャノン砲は数門運ばれたかもしれないが、これくらいの距離であれば、馬で運ぶこともできたかもしれないが、さすが山道の中仙道を大砲を運ぶのは至難の業であったろうと思われる。

 この時、江戸の町で今でいう運送業をしていた木曽駒五平なる者に会ったのではないかと思われる。木曽駒五平は、日本に昔からいたという小柄の木曽馬を使って運送業を手広く行っていた。おもに建設ブームで賑わう江戸へ建築の材料となる木曽の檜などの材木を運んでいたと思われる。だから結構、羽振りのよい人物であったのであろう。

 そこへ家康の配下のものと一緒に按針が訪ねて行く。按針にしてみれば、木曽馬に興味があり、それに大砲を引かせるぐらいのことを考えていたのかもしれないが、五平の話を聞けば、彼の大八車に大砲を分解して、弾薬なども一緒に運ぶことにしたのであろう。「旦那さん、山道は危険ですし、大変難儀な仕事でございます。江戸の家康様のことは是非とも、私どももお力添えしたく思います。」と五平は言うとニコニコと軽く笑った。この時、按針は木曽駒五平の娘を紹介されている。この縁で後に、夫婦となり、現在の横須賀あたりの天領に徳川家の旗本として領地を拝領して、三浦家は江戸時代、代々続いているのも、按針の不思議なところである。

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「子どもたちの視点から見る社会の現実」We Grown Now(Minhal Baig監督)

Blake Cameron James and Gian Knight Ramirez in WE GROWN NOW. Courtesy of Sony Pictures Classics.
Blake Cameron James and Gian Knight Ramirez in WE GROWN NOW. Courtesy of Sony Pictures Classics.

 私的には一年で一番良い季節になったバンクーバー。海辺をちょっと散歩するだけで幸せを感じられる毎日が冬の憂鬱をあっという間に忘れさせてくれます。そして先日のオーロラ!自然が作り出す光の美しさは本当に神秘的で、ただひたすら空を眺めて感動するというまるで子どもの頃に戻ったような楽しいひと時を過ごせました。

 さて、今回ご紹介する映画「We Grown Now」(Minhal Baig監督)。1990年代シカゴに実在した低所得者向けの公営住宅「カブリーニグリーン」を舞台に、二人の12歳の少年の視点から見る子どもらしい日々と厳しい現実社会の物語です。

 生まれた時からずっと友達の二人、マリークとエリック。公営住宅の隅から隅までが遊び場で、捨ててあるマットレスを集めて飛び込んでみたり、壁のシミやひび割れを見ながら想像を膨らませたり、と貧しいけれど身の周りに楽しいことを見つけて共に遊ぶベストフレンド。一見ごく普通の子どもらしい二人の日常ですが、周囲には犯罪、ドラッグ、死がすぐそこにあるような環境。嫌でも現実の厳しさと将来への不安が少しずつ二人にも見えてきます。

 一生懸命に働き愛してくれるシングルマザーの母と祖母、妹がいるマリーク。自分は貧しいけれど子どもには良い未来を与えたいと願う父を持つエリック。社会では危険な場所と見られているこの公営住宅でも、二人にとっては大切な家族がいる自分たちが育った家なんですよね。そこで子ども時代を過ごす二人を見守るストーリーと映像は温かく、どこかノスタルジックなのが印象的でした。Baig監督は撮影に先立ち、2011年に取り壊されたこの住宅の元住人たちに多くの取材をして脚本を作り上げたとか。そこには外からは見えない一生懸命に生きる家族の物語がたくさんあったのだろうな、と感じました。余談ですが「ガブリーニ・グリーン」はホラー映画「キャンディ・マン」(ニア・ダコスタ監督2021年)でも舞台になっていて「貧困と犯罪の温床だった住宅」として知られています。

 とにかく子役二人の演技があまりにも光っていて。彼らの澄んだ瞳と笑顔を見ているとこちらも楽しい気分になるし、不安そうな顔を見れば胸が締め付けられそうになってしまうし。そして二人が子どもなりに現実を受け入れてゆくシーンではこちらも涙が・・・。

 子どもが安心して笑っていられる世界、大人の現実に左右されずにゆっくりと成長してゆける世界。そんな世界について考えてしまった映画でした。あとチェロの調べが心地よいサントラもとても素敵なのでそこも楽しんでください。

 バンクーバーではInternational Villageで上映中です。

Blake Cameron James and Gian Knight Ramirez in WE GROWN NOW. Courtesy of Sony Pictures Classics.
Blake Cameron James and Gian Knight Ramirez in WE GROWN NOW. Courtesy of Sony Pictures Classics.

Lalaのシネマワールド
映画に魅せられて

バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライターLalaさんによる映画に関するコラム。
旬の映画や話題のドラマだけでなく、さまざまな作品を紹介します。第1回からはこちら

Lala(らら)
バンクーバー在住の映画・ドラマ好きライター
大好きな映画を観るためには広いカナダの西から東まで出かけます
良いストーリーには世界を豊にるす力があると信じてます
みなさん一緒に映画観ませんか!?

「笑いの健康効果を一緒に体験してみませんか?」

写真:日本語認知症サポート協会
写真:日本語認知症サポート協会

 「笑いの健康効果を学び、笑い力を鍛える~笑いの底力~2024」がバンクーバーで開催されます。

 日本から講師として高田佳子さんを招き、メトロバンクーバー4会場で講演会&体験会を開催。ノースバンクーバー以外の3会場ではオンライン(ZOOM)でも同時開催しますので当日会場に来られない方でも自宅で一緒に参加できます。

高田佳子さんプロフィール

高田佳子さん。写真:日本語認知症サポート協会

兵庫県神戸市生まれ。2009年にインドで笑いヨガを学び、帰国後すぐに「日本笑いヨガ協会」を設立。笑いと健康の研究を進め、全国で講演・指導を行っている。「大人の笑トレ」、「ボケないための笑いヨガ」他、著書・翻訳書多数。日本笑いヨガ協会代表。(株)アートランド代表取締役。一級建築士。日本応用老年学理事、早稲田大学文学学術院非常勤講師。老年学修士。

 今回お招きした講師・高田佳子さんの「笑い」で健康かつ幸せな生活を送れる人を増やしたいとの思いは、2009年、「笑いは健康に良い。笑える場を作るのだ。」と言う「笑いヨガ」創始者Dr. マダン・カタリアのひらめきと行動力で作られた「笑いヨガ」との出合いに繋がりました。その後、「日本笑いヨガ協会」を立ち上げ、独自の「笑トレ®」が生まれ、現在の活動に至っています。

 今では、高田佳子さんは、日本、いや世界でも屈指の「笑いと健康のスペシャリスト」と言っても過言ではありません。

写真:日本語認知症サポート協会
写真:日本語認知症サポート協会

 その活動は、企業研修、介護予防、健康管理等幅広く、笑いヨガの素晴らしさ、効能を老若男女に伝えています。

 今回は4会場で講演会&体験会を開催いたします。各会場の見出しには、笑いヨガの代表的な効能を記載しております。お時間の都合の付く会場に足をお運びください。

 「笑いヨガ」を通して、笑いで皆様を幸せにしたいという高田さんの活動の素晴らしさに直に触れていただく絶好のチャンスです。

 一緒に、楽しく、笑いの健康効果を体験してみませんか?

笑いの健康効果を学び、笑い力を鍛える~笑いの底力~2024

写真:日本語認知症サポート協会
写真:日本語認知症サポート協会

 笑いヨガをベースとした笑トレ®を行うことにより、体力アップ・筋力強化・美容・認知症予防・誤嚥防止・メンタル強化に努め、毎日をいい気分で過ごしましょう。
 声を出しますので喉が渇きます。マイボトルをご用意ください。また、動きやすい服装でご参加ください。

6月14日(金)「笑いヨガでリフレッシュ」
時間:午後6時30分~午後8時30分
会場:リステルホテル・バンクーバー(1300 Robson Street, Vancouver)またはZoom
健康を保つためには運動が欠かせませんが、継続するのは難しいもの。そこで、超簡単で楽しい笑いヨガを体験しませんか?リフレッシュ効果抜群です。

6月14日(金)「笑いは最良の薬!」
時間:午後1時~午後3時
会場:Anderson Walk Condos(139 West 22nd St., North Vancouver)
*定員20名(会場開催のみ)
笑いの健康効果は驚くべきものです。誰でもできる笑いヨガのエクササイズで心身の変化を実感できます。笑って心も体も元気になりましょう。

6月15日(土)「笑って健康!」
時間:午後2時~午後4時
会場:スティーブストン仏教会本堂(4360 Garry St. Richmond)またはZoom
健康を保つためには運動が欠かせませんが、継続するのは難しいもの。そこで、超簡単で楽しい笑いヨガを体験しませんか?リフレッシュ効果抜群です。

6月16日(日)「未来をつくる笑いの力」
時間:午後1時30分~午後3時
会場:日系文化センター・博物館(6688 Southoaks Crescent, Burnaby)またはZoom
健康長寿を享受する人生100年時代!笑トレ®で心身を活性化しませんか?笑いの健康効果を学びながら、ストレスフリーで楽々、座りながら下半身の筋トレや有酸素運動が可能な優れた体操を体験してみませんか?

各イベント参加費:15ドル
申し込みリンク:https://linktr.ee/orangecafevancouver

申込締切:2024年6月10日(月)

問い合わせ先:OrangeCafeVancouver@gmail.com 
主催 日本語認知症サポート協会 http://www.japanesedementiasupport.com

助成金
Japanese Canadian Legacies Community Fund Grant Acknowledgement

後援
在バンクーバー日本国総領事館
スティーブストン仏教会
日本笑いヨガ協会

スポンサー
The Listel Hotel

メディアスポンサー
月刊ふれいざー
日加トゥデイ
ライフバンクーバー
月報

チケットプレゼントのお知らせ

「笑いの健康効果を学び、笑い力を鍛える~笑いの底力~2024」のチケットを4名様にプレゼントいたします。ご希望の方は、名前・メールアドレス、希望の会場、対面式かZOOMかの情報を明記の上、件名に「笑いヨガチケットプレゼント」と記載して、promo@japancanadatoday.caまでご応募ください。応募締め切りは5月28日(火)といたします。

たくさんのご応募お待ちしております。

写真:日本語認知症サポート協会

(記事提供:日本語認知症サポート協会)

「人生にはインスピレーションが必要」ドキュメンタリー映画:ライフ・イズ・クライミング!(Life is Climbing)日加トゥデイ特別インタビュー

鈴木直也さん(左)と小林幸一郎さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership
鈴木直也さん(左)と小林幸一郎さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership

 このドキュメンタリーの感想は一言で語れない。むしろ「人それぞれの想い」というような言葉が頭をよぎる。「映画に関して特にメッセージはないです」と日本からのズームインタビューに参加してくれた中原想吉監督が最初に話すと、主演の鈴木直也さんも「観てくれた人のコメントを聞いて、そういう風に感じてくれたのだと逆に教えてもらった」と続けた。そんな自由なテーマの中にいくつかワクワクするような発見がある。

 最初に映画は全盲というハンディを背負った男性、コバさんこと小林幸一郎さんの生い立ちを振り返る。20代後半で突然医者から進行性の網膜病を宣告され、徐々に視力を失い、全盲となった今は白杖を使って歩いているという小林さん。当時は生きることが精一杯で、仕事はどうするか、今後どうやって生きていくのかなどと悩みながらも視力はどんどん悪化。現在は光すら分からない失明度だそうだ。そんな心のダメージを背負った彼が、ある時クライミングを始め、パラクライマーとしてプロで活躍する傍ら、日本のクライミングジムで子どもたちに教えている姿が映し出される。

 一方、2011年から小林さんのサイトガイドとして一緒に遠征している鈴木直也さんは、「落ち着いて、大丈夫」「絶対落ちないから」と小林さんを励ましながら、最も重要な「目」の役割を果たしている。若い頃からアメリカに留学し、現地でプロのロッククライミングを習ってきた鈴木さんは、クライミングという目的達成感も重要だが、それ以上にその瞬間の感動を小林さんに体験してもらいたかったと語る。過去10年間にパラクライミングの世界選手権で何度も優勝してきた小林さんも鈴木さんを信頼しきっている。通常のマイクやヘッドセットからではなく、下から叫ぶ鈴木さんの「生の声」に励まされ、「言葉を聞いて心で感じ」ながらがんばれたそうだ。

ユタ州のフィッシャー・タワーズの尖塔を目指すパラクライマー小林幸一郎さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership
ユタ州のフィッシャー・タワーズの尖塔を目指すパラクライマー小林幸一郎さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership

 さすがにロッククライミングは怖い。体験したことのない人でもカメラアングルからその高さが感じとれ、思わず高所恐怖症になる。この高さは見えない方が怖くなくてよいのか、いやそれではもっと危険だ、サイトガイドの鈴木さんもこれは見ていられないだろうと考えながら映画は進んでいく。気持ちを込めながらギアを自分の決めた場所に刺し、一度刺したら自分を信じるなど、なるほどと思うプロのアドバイスも聞ける。また常に体力と集中力が必要なクライミング。そこまでたどり着けるのかという不安と緊張感も彼らと一緒に体験できる。

「危険」でなく「楽しい」冒険の旅

 小林さんはこのドキュメンタリーの主役は自分でなく鈴木さんだと話す。「一人の障害者がクライミングというすごいことをしているというような視点でなく、鈴木さんという人が自分と普通に過ごしている姿を見て、人生ってもっと楽しいものだと感じてほしい。1人で大変なことでも近くに友人がいて初めの一歩を踏み出せたら可能になる。それは大変ではなく、とても楽しいことなのです」と明るく語ってくれた。

パラクライマー小林幸一郎さん(左)とサイトガイドとして一緒に遠征している鈴木直也さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership
パラクライマー小林幸一郎さん(左)とサイトガイドとして一緒に遠征している鈴木直也さん。Photo ©Life Is Climbing Partnership

 相棒の鈴木さんは「僕はコバちゃんの横でただボーッとしていた」とジョークを言いながら、「これは危険というより冒険の旅。コバちゃんは20年以上クライミングをしているので危険さも知っている。今回が初めてのことでなく、監督に自分たちの日常生活を撮ってもらっていた」と前置きして、「ただギリギリまでどんな映画になっているのか分からなかったので、できてビックリだった」と微笑んだ。

 このドキュメンタリー映画にはロードムービーのような旅の要素がぎっしりと詰まっている。「(新型)コロナ(ウイルス感染拡大)でアメリカに行けない時間がとても長かった」と映画製作の苦労を振り返る中原監督。今回が長編デビュー作とは思えないほど、監督の描く太陽、オレンジ色の夕日や焚き火などが奇麗で静かな景色にため息が出る。カナダにいても普段見ることのないアメリカのコロラド州やユタ州の岩山の大自然は見どころだ。2度見ると前に気づかなかった新しい発見をしたり、違う印象を与えてくれたりするのもこの映画の特徴。

小林幸一郎さんと中原想吉監督(右)。Photo ©Life Is Climbing Partnership
小林幸一郎さんと中原想吉監督(右)。Photo ©Life Is Climbing Partnership

 人生とは一体何なのか。頂上にひたすら向かう小林さんを追いながら、一時間半があっという間に過ぎる。多くの人は観ているだけで小林さんの素朴さと素直さ、そして鈴木さんの優しさ、さらに2人の友情とそれを囲む監督やクルーの愛情に癒されるだろう。バンクーバーでの上映では6月3日、4日に、小林さんと鈴木さん、中原監督のゲスト出演が予定されている。

「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)

上映日:6月3日~9日(6月4日6:20pm上映回は視覚障害者向け英語音声ガイド版で上映)
場所:VIFF Centre(1181 Seymour Street, Vancouver)
ゲスト出演日程:6月3日、4日
オフィシャルHP: https://synca.jp/lifeisclimbing/
配給:シンカ、Momo Films
上映時間・チケットなど詳細はVIFFサイトへ:https://viff.org/whats-on/life-is-climbing/

(取材 ジェナ・パーク)

読者チケットプレゼントコンテスト

6月3日から上映される「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)鑑賞ペアチケットを抽選で1名にプレゼントします。鑑賞日時はご自身でお選びいただけます。当選された方には配給会社Momo Filmsより連絡いたします。

参加方法はこちら。不明な点はMomo FilmsのX(旧ツイッター)アカウント @Momo_Films へお問い合わせください。

コンテスト参加期間:5月13日~20日

参加方法
1.日加トゥデイ@jpncantodayとMomo Films @Momo_Films のX(旧ツイッター)をフォロー
2.日加トゥデイの「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)を紹介したXの投稿を「いいね」する
3.日加トゥデイの「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)を紹介したXの投稿をリポストする

以上です。多くのご参加をお待ちしております。

「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)より。Photo ©Life Is Climbing Partnership
「ライフ・イズ・クライミング!」(Life is Climbing)より。Photo ©Life Is Climbing Partnership

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小説家・平野啓一郎氏バンクーバー講演「私とは何か?という問い」(前編)

質疑応答で参加者からの質問に答える平野氏。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
質疑応答で参加者からの質問に答える平野氏。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 「ある男」「マチネの終わりに」などの小説で知られる平野啓一郎氏が、“What am I?”「私とは何か?という問い」をテーマにブリティッシュコロンビア大学(UBC)アジアンセンターで3月18日に講演した。

 当日は英語での講演のあと質疑応答の時間があり、著書や作家活動、アイデンティティについてなどの質問があった。講演の後には参加者が平野氏と直接話したり、サインを求めたりできる時間も設けられ、ファンにとっては楽しいひと時となった。

 講演会は、日本ペンクラブ、UBCアジア研究学科、国際交流基金トロント日本文化センターの共催。

平野啓一郎氏インタビュー

 講演の翌日、3月19日にバンクーバー市内で話を聞いた。

 前編ではバンクーバーの印象や講演会について、後編ではロストジェネレーションについてなどを紹介する。

「バンクーバーの印象」

 実は初めて来ました。おととい(3月17日)に来て、きのう、おとといと少し見ただけなのであんまり大したことは言えないですけど、この季節にしては非常に好天に恵まれてと皆さんに珍しいって言われました。グランビルアイランドとか一通り車で観光に連れて行ってもらいまして、緑が美しくて。あと先住民の文化に対するリスペクトが日本では知られてない部分だと思いましたので、非常に興味深かったです。ここが住みやすく日本人がたくさんいるっていうのも、よくわかるなっていう感じの良い雰囲気の街だなと思いました。

「講演テーマ、“What am I?”『私とは何か?という問い』について」

 自分自身が一番、ずっと関心を持って取り組んできたテーマということもありますし、日本文学、現代日本文学の紹介も兼ねての講演をと事前にうかがってましたので(このテーマにしました)。そういう意味で言うと、昨日の講演でも言いましたけど、同世代の作家を網羅的に上手に紹介するというのはなかなか難しいので、どちらかというと世代的なこととか、時代背景的なことを中心に話した方がいいと思っていて。その問題と世代的なことと、自分とは何かっていう問題が非常に強く結びついているので、そこを切り口にして話そうかなと思いました。

「講演会について」

 時間帯が時間帯(平日の午後)だったので、若い人はなかなか来にくかったとは思うんですけど。でもサイン会の時に、いま自分が抱えている悩みとか話されたり、講演に共感してくださったりした部分がありましたので、真剣に熱心に聞いてもらえたことをすごく感激しました。

英語で講演する平野氏。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
英語で講演する平野氏。バンクーバー市UBCアジアンセンター、2024年3月18日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 (英語での講演については)原稿がありましたから。あまり英語が上手くないんで(笑)。そういう意味では、やる前は心配ではありましたけど、講演とかはあまり緊張しない方なんですよね。

「自らの発信について」

-講演の中では小説を書く時は読者をイメージしながら書くと話したが、メディア(テレビやSNSなど)で発信する時も同様に相手をイメージして発信しているか?

 小説は読者という存在のこと考えますけど、(メディアに出ている時は)あまり深く考えないですね。ただ自分がどういうことを考えているかとかいうのを伝える機会ではありますし、テーマによっては話したいこととかもありますし、オファーがくれば受けることがあるという感じです。

 (SNSなどの発信は)最初はフォロワーとかも別にそんなに多くなかったですし、ただ言いたいから言ってるっていうだけぐらいのことだったんです。それから、僕自身のなんていうか影響力が大きくなっていって注目されることも増えてきましたけど。

 メディアで書いてるのは、一市民として思うことです。やっぱり政治に関心を持つっていうのは作家である以前に一人の人間として、この世界に生きていると制度的な問題に関して、どうしてもこうあるべきっていう理想像がありますから、その通りに社会がなってないときに、一人の市民としての意見としてそれを語ります。ただ、自分は同時に小説家でもあるので、受け止められ方としては一小説家としての意見として受け止められることも自覚はしています。

「小説を書くということ」

 結局、小説家になるって、小説を書くっていうのは、この世界に完全に満たされていれば小説を書く必要はないと思うんです。やっぱりどこかで自分の存在と社会との間に齟齬(そご)というか矛盾を感じているから小説を書き始めるわけで。それについて文学的に表現しますけど。それではどうしてそういう状況になっているのかとかいうことを考えていくと、どうしても制度的なこととか政治的なことに突き当たらざるを得ないので、うまく書くってことと、政治に関心を持つってことは表裏一体だと思います。

「講演の中でも語ったロストジェネレーションについて」

 (日本での「ロストジェネレーション」とは)世代の呼称です。1970年代生まれぐらい(一般的には1970年から1984年ぐらいに生まれた世代)の人たちのことをロストジェネレーションと呼んでいます。その特徴としては、雇用が不安定とか、貧困率が高いとか、所得が低いとか、非婚率が高いとか、統計的にはっきりと出ています。1990 年代後半から2000年代の初めぐらいまで(就職氷河期で)、非常に就職率が悪く、終身雇用制が一般的な中で就職機会を逃すとなかなかその後に良い職に就くことができなかったんです。

 もちろん中には社会的に成功してる人もいますけど、雇用が非常に不安定ということが社会的なアイデンティティにおいては不安定化してしまってますから、なぜ自分は生きてるのかとか、そういう不安を抱く傾向は強いと思います。

 昨日の(講演の)話でどこまで伝わったか分からないですけど、職業選択と自分のアイデンティティが非常に強く結び付けられていた世代なので、それにもかかわらず就職がうまくいかなかったってことでアイデンティティロス(喪失)に結び付いている。それに、所得も低いので生活水準も低いですから、そうすると前後の世代に比べて十分に満足のいく社会的なポジションもないし、消費もできないという中で、その間に政策的になんの対策も取られなくて。日本自体が90年代半ばからいまに至るまで、失われた30年という言い方もされてますから、その間に何にも政策的に救済もされなかったという意味も含めて「ロスジェネ」と言われてます。

後編に続く。

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)

小説家。1999年大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した「日蝕」により第120回芥川賞を受賞。
小説「決壊」(2009年芸術選奨文部大臣新人賞受賞)、「ドーン」(2009年Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、「マチネの終わりに」英訳“At the End of the Matinee”(2017年渡辺淳一文学賞)、「ある男」英訳“A MAN”(2019年読売文学賞)やエッセイなど。また、「三島由紀夫論」(2023年)で小林秀夫賞を受賞した。

(取材 三島直美/写真 斉藤光一)

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ホワイトキャップス50周年記念試合は悔しい引き分け

試合後のインタビューの後に、高丘選手、懐かしいユニフォームデザインで。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
試合後のインタビューの後に、高丘選手、懐かしいユニフォームデザインで。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
この日の試合ではオースティンFCのシュート数4本であまり出番がなかったGK高丘。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
この日の試合ではオースティンFCのシュート数4本であまり出番がなかったGK高丘。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 バンクーバー・ホワイトキャップスは1974年5月5日の初試合から50年を迎えたことを記念して5月4日オースティンFC戦を50周年記念試合として戦った。

 BCプレースにはホワイトキャップスがMLSに昇格して以降最大の約32,000人が詰めかけ、大声援を送った。

5月4日(BCプレース:32,464)

バンクーバー・ホワイトキャップスFC 0-0 オースティンFC

ホワイトキャップスは前半19分にGauldがゴールを決めたがビデオ判定でその直前のプレーでFafaにハンドの反則があったとしてノーゴールに。その後、ホワイトキャップスは猛攻するも、得点できず0-0で引き分けた。

猛攻実らず無得点で引き分ける

 シュート数はキャップス23、オースティン4、枠内シュート数は7と1、ポゼッションは63%と37%という圧倒的な攻撃を仕掛けたホワイトキャップスだったが、1点が遠かった。

 この日、今季4試合目のクリーンシートとなったGK高丘は「(自分たちが)ほとんどボールを持ってましたので、本当に勝ち点2を落とした試合だったなと思います」と振り返った。

 監督はビデオ判定については自分たちがコントロールできないことだとしてあえて言及しなかったが、「今日の試合はファンタスティックだった。選手たちはみんなすごくいいプレーを見せた」と選手のパフォーマンスを称賛した。非常に良い試合をしたにもかかわらず3万人以上が入った試合で勝てなかったことに「少しフラストレーションがたまっている」と語ったがこのような試合を続けていれば次回以降必ず勝てると自信をのぞかせた。

 ホワイトキャップスはこの後3試合連続アウェイとなる。次のMLSレギュラーシーズンのホームゲームは5月25日。この日レッドブルズ戦で大暴れしたキャプテンのメッシ率いるインテル・マイアミCFと対戦する。

 高丘は、「メッシが西海岸に来る可能性があるということで、チームとしても色んな準備をしていますし、観客が多く入るだろう試合で勝ちを届けることで、毎試合、毎試合、たくさんのファンが入ってくれると思うので、1/34の試合ですけど、一つ大事な試合になるかなと思います」と語った。

元ホワイトキャップス選手たちが勢揃い

往年の選手たちが勢揃い。試合前にセレモニーが行われる。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
往年の選手たちが勢揃い。試合前にセレモニーが行われる。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 この日は50周年記念イベントとして、過去50年にホワイトキャップスに所属した選手らが試合前に姿を見せた。

 日本人選手としては女子チームの江口なおみさんが駆け付けた。

ホワイトキャップス女子チーム選手たち。左から4番目が江口なおみさん。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
ホワイトキャップス女子チーム選手たち。左から4番目が江口なおみさん。2024年5月4日、BCプレース。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

5月、6月のホームゲーム

5月21日7:30pm カヴァーリーFC戦(カナディアン・チャンピオンシップ)
5月25日7:30pm インテル・マイアミ戦
6月1日7:30pm コロラド・ラピッズ戦
6月29日7:30pm セントルイスシティSC戦

(記事 編集部/写真・取材 斉藤光一)

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