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166 世界アルツハイマー月間 

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 毎年9月は、「世界アルツハイマー月間」です。1994年に、イギリスに本拠を置く「国際アルツハイマー病協会(ADI/Alzheimer‘s Disease International))が、9月21日を「世界アルツハイマー・デー」に制定したことに合わせ、9月が認知症の啓発月間となりました。認知症への理解を促し、認知症と診断された人やその家族への支援策の充実を目的として、世界各国で様々な活動が行われます。

 例えば、カナダでは、各州にあるアルツハイマー協会が中心となり、州ごとにイベントが行われます。「BC州アルツハイマー協会(Alzheimer‘s Society of British Columbia)」では、「Climb for Alzheimer‘s」という、チームを作って、あのグラウス・グラインドを登るファンドレイズが行われます。グラウス・グラインドは無理という場合でも、「Summit Stroll」という選択肢もあり、グラウス・マウンテンの頂上にある展示場巡りをしたり、ゆっくりと散策したり、体力に自信がなくても、同じイベントに参加できます。

 日本でも、「認知症の人と家族の会」が中心となり、その本部および全国各地の支部が啓発活動に取り組みます。例えば、ポスターやリーフレットのイベントや街頭での配布、各地のお城やタワー、目印になる建物の「オレンジ色」のライトアップの他に、記念講演会やメモリーウォークも行われます。

 しかし、今年の啓発活動のイベントも、新型コロナウィルス感染症の流行拡大の影響により、規模縮小、中止や延期となりました。このような状況の中、集会形式で開催する代わりに、ビデオ通信プラットフォームを利用したオンラインでの講演会やイベント、動画配信により開催するなど、感染症の流行以前には、それほど一般に浸透していなかった形式で行うものが増えています。

 さて、「世界アルツハイマー・デー」の他に、もうひとつ、認知症を語る時、忘れてはならない日があります。それが6月14日の「認知症予防の日」です。この日は、様々な種類の認知症がある中で、認知症の大きな原因とされるアルツハイマー病を発見した、ドイツの医学者で精神科医のアロイス・アルツハイマー博士(1864年〜1915年)の誕生日にあたります。このことから、2017年に「日本認知症予防学会」により、「認知症予防の日」と制定されました。

 アルツハイマー博士は、自分が診察した女性患者の症例を学会で発表し、この症例が、後に、「アルツハイマー病」を原因とする認知症の多くを占めるものとして広く知られるようになりました。博士が克明に記録したアルツハイマー病の疾患概念は、現代の『精神病の診断と統計マニュアル』まで続く影響を与えたクレペリン博士が著した、精神障害を分類した精神医学の教科書にも大きく取り上げられ、現在も「アルツハイマー病」、「アルツハイマー型認知症」などの疾患名として確立されています。

 博士が疾患としての確立のきっかけを作った「アルツハイマー病」を原因とする認知症が、「アルツハイマー型認知症」です。「アルツハイマー型認知症」とは、脳の中にアミロイドβという蛋白質が蓄積し、正常な脳の神経細胞を壊し、脳を萎縮させる認知症です。脳の萎縮は少しずつ進行し、短期記憶を司る「海馬」にも萎縮が広がると、新しく体験したことから、体験そのものを忘れてしまう記憶障害が起こり、新しいことが覚えられなくなります。また、「見当識障害」が起き、月日や時間、季節などの感覚が徐々に薄れていきます。さらに症状が進むと、自分がどこにいるのか、家族を含む周りの人が誰なのかがわからなくなり、理解力や判断力も衰えていきます。「アルツハイマー型認知症」は、たくさんの種類の認知症の6割から7割を占めるとされ、女性に多く、年齢とともに発症が増えていきます。

 今年の6月に、米食品医薬品局(Food and Drug Administration【FDA】)が「アデュカヌマブ」の製造販売を承認するまで、「アルツハイマー病」には根本的な治療薬がありませんでした。米国の製薬会社バイオジェンと日本の製薬会社エーザイの2社が共同開発したこの薬は、「アルツハイマー病」の新薬としては20年ぶりの承認でした。日本やカナダではまだ承認されておらず、米国でのその承認に、世界の関係各界で賛否両論があるようです。しかし、「アルツハイマー月間」やア「アルツハイマー・デー」だけでなく、毎日、認知症と生活をともにする認知症と診断された人や介護する家族にとっては、 大きな可能性を秘めた希望の星と言えるでしょう。

参考:

アロイス・アルツハイマー
エミール・クレベリン
フリー百科事典『ウィキペディア』

FDA Grants Accelerated Approval for Alzheimer’s Drug
Food and Drug Administration (FDA)
https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-grants-accelerated-approval-alzheimers-drug

What is aducanumab?
Alzheimer Society of Canada
https://alzheimer.ca/en/about-dementia/how-can-i-treat-dementia/what-aducanumab

アデュカヌマブ
フリー百科事典『ウィキペディア』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%87%E3%83%A5%E3%82%AB%E3%83%8C%E3%83%9E%E3%83%96

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。

165 「笑い」の効果 その2 

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 -小学生で300回、20歳の人で20回、70歳になると2回 。男性より女性のほうが、また、若ければ若いほど多い。-

 これは、前回のコラムでも記述した、私たちが一日に平均して笑う回数です。これらの回数を調べ出した「笑い」の研究者で、「日本笑い学会」理事でもある大平先生(福島県立医科大学教授)によると、誰と一緒にいる時によく笑うかを調べると、日本人女性は1位が友達、男性では1位が妻、2位が友達です。さらに、日本人男性の場合、配偶者がいる人といない人では、笑う頻度が倍ほど違うそうです。特に男性は退職後、職場以外の交友関係が少ないせいで孤立しやすいことが、笑わなくなる原因と考えられています。また、加齢とともに笑う機会が減るだけでなく、笑わない人ほど、認知機能が低下してくるということもわかっています。

 「笑い」を増やすには、まず、人付き合いの機会を増やすことです。人と話すことで、笑う機会が増えます。近くに住む気心の知れた友達に会うことや、友達が近くにいなくても、地域のコミュニティーセンターや趣味のサークルに参加して、人と接する機会を増やすことで、話しをし、笑う機会が増やせます。長引くコロナ禍で、実際に会う機会が激減していますが、電話だけでなく、SNSやオンラインでも、楽しく話すことはできます。とは言え、可笑しくもないのにそう簡単には笑えない、と思うのが普通でしょう。

 そこで、もっと手っ取り早く笑う機会を増やし、「笑い」の効果を得る方法があります。それが、「笑いヨガ(ラフター・ヨガ)」です。「笑いヨガ」は、笑いの体操とヨガの呼吸法を合わせた、誰にでもできる健康体操です。考案者は、インド人医師、マダン・カタリア先生。ユーモア、冗談、コメディーを使わずに笑う運動で、世界110ヵ国以上で実践されています。

 この「笑いヨガ」。実は、私も行なっています。「笑いヨガ」との「出会い」は、本当に偶然でした。それはもう10年以上前。子どもたちが通っていた学校のPAC(Parent Advisory Council)の役員をしていた経緯で参加したコンファレンスのワークショップで、アイスブレイカーとして「笑いヨガリーダー」が登場し、笑い始めたのです。はじめは少し戸惑いましたが、30分ほどリーダーの指示通りに笑った後、頬や顎に筋肉の疲れを感じ、普段いかに笑っていないかを痛感しました。同時に、すっきり、晴れ晴れとした気分になったのを覚えています。そして私は、その感覚の虜になり、「笑いヨガ」にはまってしまったのです。(その後間もなく、リーダー養成講座に参加し、公認の「笑いヨガリーダー」となりました。)

 では、なぜ「笑いヨガ」で笑うことに効果があるのでしょうか?

 実は、人間の脳は、可笑しさを感じた時の「笑い」と「作り笑い」との区別がつきません。最初は「作り笑い」でも、笑っているうちに「笑い」がこみ上げてきます。また、周りの人が笑っていると、自分もつられて笑えてきます。笑う動作を繰り返すと、脳が錯覚を起こし、実際に笑った時と同じ作用が体に起きるため、健康上の効果は同じ。「感情」で笑うというより、「行動」として笑う。つまり、可笑しくなくても、「運動」と割り切って笑えば良いのです。

 前述の大平先生は、「笑い」と「認知症」の関係性の研究もされています。その研究によると、「認知症」を発症した後に、脳の細胞が死ぬ、または脳の働きが低下することによって直接的に起こる記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害、失語、失行、失認といった認知機能障害などの「中核症状」を「笑い」で改善することは難しいものの、「笑い」によって、不安や不眠、うつ、興奮行動などの「認知症」の「周辺症状」が改善される傾向にあることがわかっています。

 「認知症」はその種類により、ゆっくりと進行し、症状がはっきり現れるまで20年以上かかる場合もあります。周りの人が何かおかしいと気づく頃には、症状はだいぶ進んでおり、薬により進行を遅らせることはできても、脳を「認知症」を発症する前の状態に戻すことはできません。年齢が上がるほど 「認知症」を発症する確率が高まり、笑う機会も減ってきます。その上、笑わない人ほど認知機能は低下していきます。若いうちから予防を初めても、早すぎることはありません。

 最近、お腹の底から笑っていますか?

参考
100年人生レシピ
若い時から笑うことが、認知症予防につながる⁉︎
「笑う」行動と健康の関係性【後編】
https://special.nissay-mirai.jp/jinsei100y/mukiau/ZyrzT

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。

162「テレワーク」と介護 

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 「テレワーク」、別称「リモートワーク」。昨年3月のパンデミック宣言以降、よく耳にするようになった言葉です。通信情報技術を活用した、時間や場所にとらわれない働き方のことをこう呼びます。インターネットなどの通信情報技術を利用することで、従来の勤務場所であるオフィスから離れて仕事をすることができ、働く場所により、自宅で仕事をする「在宅勤務」(自宅利用型テレワーク)、移動中や移動の合間に行う「モバイルワーク」、サテライト・オフィスコやワーキング・スペースで働く「施設利用型テレワーク」などがあります。

 パンデミック宣言以前、この「テレワーク」というコンセプトは一部で浸透し始めていたものの、まだまだ一般的な勤務形態ではありませんでした。ところが、新型コロナウィルス感染症の流行が拡大し、ロックダウンが始まった頃から、三密(密閉、密集、密接)を避け、ソーシャルディスタンスを取り、クラスター感染を防ぐために、多くのオフィスで働く人たちの勤務形態が、にわかに「テレワーク」に変わりました。とは言え、私のようなフリーランスで仕事をしている身には、「在宅勤務」はロックダウン以前から日常的に行っていたことです。連れ合いもフリーランスですので、在宅で仕事をするのはごく当たり前。日中は一緒に家にいなかった夫婦が四六時中顔を突き合わせることで増えたと言われている「コロナ離婚」の心配もなく、授業がオンラインになり勉強を見る必要のある小学生も、在宅介護をしている親もおらず、働く環境で大きく変わったことはありませんでした。

 この「テレワーク」が勤務形態の選択肢として普及すれば、仕事と介護の両立の切り札となると考える向きもあります。毎朝オフィスに出向く必要がなければ、「在宅勤務」の場所は、自宅でなく、実家でもいいわけです。「テレワーク」の普及自体は、働き方の自由度を高めるもので、社会的にも労働者にもメリットとなると感じますが、果たしてそれが、介護離職の問題の解決や遠距離介護のニーズへの対応に結びつくのでしょうか?

 例えば、「テレワーク」を利用した実家からの「在宅勤務」により、通勤時間の削減、移動による身体的負担の軽減が図れ、時間を有効利用できるようになります。その結果、週末だけでなく平日でも「実家に戻れる」ようになり、デイサービスなどのサービスを利用しなくても、家族だけで介護ができてしまいます。介護される親にとっても、介護する子供が身近にいることで、 自分でできることもつい頼ってしまうかもしれません。さらに、在宅で仕事をすることにより、介護と仕事のメリハリがつきにくくなり、労働時間が長引くことや、身体的な介護が介護者の身体の痛みや怪我に繋がることがあるかもしれません。状況は異なりますが、短期的に、私はまさにこの「介護の土壺」にはまりました 。

 もう7年前になります。認知症を患っていた母が亡くなるまでの暫くの間、母の介護を手伝うため、年に二回ほど日本に一時帰国していました。それ以前、家族とともに夏休みに一時帰国していた頃は、私自身も「休暇」として日本に滞在していました。その後、一時帰国の目的が「介護を手伝うため」になり、私ひとりで日本とカナダを往復するようになりました。私の生業は、フリーランスの通訳・翻訳ですので、受注する案件の数を管理すれば、スケジュールはいくらでも変えられます。パンデミック宣言以降、今でこそ、医療・司法分野でもオンライン会議システムを利用した通訳の案件が増えましたが、通訳の場合、従来は現場に出向く案件が主です。 翻訳の仕事については、ラップトップ・パソコンとインターネットの接続さえあれば、基本的にどこにいても仕事ができます。

 日本とカナダを定期的に往復するようになった当初は、日本にいる間も翻訳の仕事を受けていました。しかし、介護を手伝う他に、紛失したあらゆる物を探しながらの実家の片付けに追われ、仕事をする余裕などないことがすぐにわかりました。結局、日本にいる間は仕事を諦め、毎年4ヶ月ほどの滞在期間中の収入は「ゼロ」になりました。母の認知症の症状が進むにつれて、生活はどんどん母を中心に回り始め、気をつけていないと、息抜きの時間さえなくなります。デイサービスに行く以外、「レスパイトケア」のサービスを利用することも、何かしらの「介護施設」に入ることもないまま母の要介護度は上がり、療養目的で入院するまで、在宅介護が続きました。

 介護は終わりの見えない長丁場。家族や子供が介護するからといって状況が改善するわけではなく、認知症などの病気があれば、症状が進行するにつれて、介護の手間は増え続けます。「テレワーク」で、一見、仕事と介護が両立できているようでも、かえってその環境が介護者を「家」に閉じ込め、周囲のサポートに頼らない習慣をつけてしまうことにより、 介護離職のリスクが高まり、介護者の孤立を招くことになりかねません。

 「テレワーク」が、在宅介護者をますます追い詰めてしまわないか。それがとても心配です。

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。

161 介護施設 〜コロナ禍での家族の選択〜

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 昨年3月に、世界保健機関(WHO)が新型コロナウィルス感染症の感染拡大によるパンデミック宣言を発表してから、早1年4ヶ月。

 当初、ウィルスやその感染力についての詳細がわからず、感染が拡大し、最初に大きく影響を受けたのが、介護施設やサービス付き高齢者向け住宅に生活している高齢者でした。特に介護施設では、施設内の集団感染が広がり、感染により死亡する高齢者の数があっという間に増えていきました。小規模な患者の集団(クラスター)内の感染により、次の感染を生み出すことを防止するために、しばらくの間、家族による面会も制限されていたのは周知の通りです。会えなくなった家族は、介護施設の部屋の外から、窓越しに「面会」することしかできなくなり、施設によってはその選択肢もありませんでした。

 次々と介護施設での集団感染が広がるにつれて、そのずさんな管理や、いい加減な介護が明るみに出る施設もありました。そんな状況下で、それまで頻繁に面会に行っていた家族が、介護施設で生活している家族を引き取り、在宅介護を決めるケースが出てきています。コロナ禍の終息後も、介護施設には戻らないことを前提にしている場合もあるようです。

 しかし、在宅介護を選ぶにあたり、必要な介護の度合いや、生活環境、介護される人の健康状態を十分考慮した上で決めても、必ずしもすべてが予想通りに行くことは限りません。例えば、認知症を発症している、身体の自由に制限がある、身の回りの世話や移動の際に介助が必要など、実際に在宅で介護してみて、思いのほか介護が大変で、在宅介護が現実的な選択なのかを考え直す必要が出てくる可能性もあります。

 この大きな決定で、選択を誤らないよう、例えば、オンタリオ州のオタワ病院では、介護施設やサービス付き高齢者向け住宅から家族を退所させる前に参考にできる、「決定ガイド」を作成しています。(Patient Decision Aid)質問ごとに当てはまる回答を選択し、在宅介護への移行が適当かどうかの判断の材料にすることができます。

 在宅介護に移行する際、心配になるのは、介護施設を退所した後のスペースです。通常、退所者が出ると、順番待ちの名簿の上から順番に、ベッドが空いた知らせがあります。退所した後、もう一度、介護施設に入所したい場合は、順番待ちの名簿の一番下に名前が追加されることになります。ただし、新型コロナウィルス感染が終息しない状況下で、一時的に家族を施設から退所させる場合、州により、特例が設けられています。

 BC州の場合、同じ施設に戻ることを前提に、基本的に、同じカレンダー年内で最長90日まで、その間の利用料金を支払い続けることで、入所している施設のベッドを保持することができます。(Temporary Absence from Long Term Care)感染拡大で同じ施設のベッドが不足し、保持されていたベッドが必要となった場合は、状況により、そのベッドを提供すると、料金が免除され、優先的に再入所できるようになることもあります。

 しかし、介護施設からの退所という選択肢はあっても、すべての家族がその選択肢を選べるわけでありません。小さい子供のいる家族では、子育てに 介護が加われば、介護する側が持ちません。介護者自身も高齢者であれば、「老老介護」になり、あるいは「老老介護」に戻り、介護する側が体調を崩してしまいかねません。家族が離れて暮らしている場合、介護される人か家族のどちらかが、引っ越すことを余儀なくされるでしょう。どの選択肢を選んでも、何がしかの後悔が残り、すべて満足のいく選択肢など、初めからないのかもしれません。

 BC州では、7月1日から、新型コロナウィルス感染予防規制が緩和され、日常生活も、少しずつコロナ禍以前の状態に戻り始めています。しかし、しばらくは、マスクと手指洗浄剤が手放せそうにありません 。

参考:

‘During the COVID-19 pandemic, should I go to live elsewhere or stay in my retirement/assisted living home?’
The Ottawa Hospital
https://decisionaid.ohri.ca/docs/das/COVID-MoveFromRetirementHome.pdf

Temporary Absence from Long Term Care
Ministry of Health – Overview of Visitors in Long-Term Care and Seniors’ Assisted Living
http://www.bccdc.ca/Health-Info-Site/Documents/Visitors_Long-Term_Care_Seniors_Assisted_Living.pdf

 ‘The Canadian long-term care dilemma – where are we headed?’
Global News
https://globalnews.ca/news/7978875/canada-long-term-care-future/amp/

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

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160 「要介護認定」の「不服申し立て」

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 その日も、いつものように、認知症関連のオンライン記事を探していました。ポータルサイトに掲載されたコラムの後に、関連記事を読んでいると、偶然、その両方に「要介護認定」の「不服申し立て」というキーワードが登場しました。

 すでにご存知かもしれませんが、「介護保険制度」のサービスを利用するための最初のステップが、「要介護認定」です。最寄りの市区町村の担当窓口で、介護保険要介護(要支援)認定申請書の他、介護保険被保険者証、身分証明書、マイナンバー確認用の書類、主治医の氏名や連絡先などの情報、そして印鑑を持参して申請を行います。認定を受ける対象者本人、または、その家族が行うことができます。

 「要介護認定」の申請が済むと、必要な介護の程度を判断する「認定調査」が行われます。「認定調査」では、まず、対象者への「訪問調査」が行われます。事前に調整した日時に、市区町村の職員、または市区町村から委託されたケアマネージャーなどの認定調査員が、対象者が普段生活している場所を訪問し、対象者への聞き取り、心身の状態の確認、介護者への聞き取りを行います。

 「訪問調査」が終わると、その結果と、市区町村からの依頼により作成される「主治医意見書」の内容を元にしたデータを分析し、「一次判定」が行われます。入浴や排泄等の介助が必要か、洗濯や掃除などの家事の援助が必要か、認知症の症状があるか、歩行や日常生活などでの機能訓練か必要か、医療的な補助が必要か、という観点から判定されます。「一次判定」の後に行われるのが、「二次判定」です。この判定は、医師、看護師、副書職員など、保健・医療・福祉の学識経験者5名から8名ほどで構成される「介護認定審査会」によって行われます。

 これら3つのステップを経て、「非該当(自立)」、「要支援」1または2、「要介護」1から5のいずれかに認定されます。要介護度が認定されると、「介護サービス計画書(ケアプラン)」が作成され、実際にサービス利用が始まります。

 前置きが長くなりましたが、「要介護認定」を受けたものの、その結果に納得できない場合に行うのが、「不服申し立て」です。認定結果を受け取った日の翌日から60日以内に、前述の「介護認定審査会」に、「不服申し立て」を申請します。審査により、認定結果が不当だと判断されると、「認定取り消し」となり、改めて「認定調査」が行われます。また、体調に大きな変化があり、介護がより必要になった場合は、要介護度の「区分変更申請」を行います。認定の有効期間が切れるのを待たずに、申請することができます。

 このように、介護保険サービスは、「要介護認定」を受けて初めて利用できるようになるサービスで、介護保険料を支払うだけで自動的に受けられるわけではありません。「要介護認定」を受けた後も、原則として1年毎に認定を更新する必要があること、要介護度によって受けられるサービスが決まっているため、受けたいものを自由に選べるわけではないことなど、心に留めておく必要があります。また、保険の給付は現物支給で、介護サービスや、バリアフリー工事・補修費などの実費として支給されます。現金支給ではありません。

 アルツハイマー型認知症を患っていた母も、生前、介護保険サービスを利用していました。母の場合、たまたま私の一時帰国中に、開封されずに溜まっていた郵便物の山から、更新期限をとっくに過ぎた「要介護認定」更新の案内通知を見つけたことで、更新されていないことを知りました。最初の申請は母が自ら行っていたため、母が「要介護認定」を受けていたことすら知りませんでした。慌てて最寄りの地域包括支援センターに連絡し、申請し直しました。介護保険サービス利用の知識は、まさに一夜漬け。限られた滞在期間を考慮し、判定期間を前倒しにする便宜を図っていただいたおかげで、デイサービスにも通い始め、一安心してカナダに戻ってきたのを覚えています。

 介護者がひとりで頑張り過ぎ、体も心ももう限界。そうなる前に、将来、介護度が増すことを想定し、転ばぬ先の杖として、できるだけの準備をしておくことで、心の準備にもなるでしょう。

 日本のご家族やお知り合い、大丈夫ですか?

参照

厚生労働省「要介護認定」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/nintei/index.html

厚生労働省「サービス利用までの流れ」
https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/commentary/flow.html

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

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 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。

159 「二度のお別れ」

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 結局、母の死に目には会えませんでした。

 私が一時帰国している間に、療養入院していた母は体調がどんどん悪化。もうそれほど長くはないだろうと言われ、滞在期間を二ヶ月近く延ばしました。担当の先生の「ここ数日が峠でしょう」という言葉に、もしかすると滞在中に死に目に会えるかもしれないという、淡い期待もありました。

 とっくに口から食事は摂れなくなり、栄養補給は中心静脈栄養のみ。見る影もなくやせ細り、体重は元気な頃の半分近く。傾眠状態が続き、はっきり目が覚めている時間はほとんどなく、常にウトウトしています。呼吸は浅く、よく耳を傾けると、時々、息が止まります。結局、それから4ヶ月あまり、命を永らえました。

 認知症は、時間をかけて徐々に進行してくため、先の予測ができず、介護がいつまで続くかわかりません。例えば、アルツハイマー型認知症の場合、いろいろなケースはありますが、発症してから死亡まで、平均5年から9年と言われています。進行の過程で最も長い期間が発症初期の段階で、平均期間が約6年、中期から末期および死亡までの期間が約3年とされています。認知症と予後がわかりやすい癌と比較して、他の病気で死ねるなら、 癌で死にたいという人がいる所以です。

 母の場合、私が最初に気になり始めたのは、折に触れて送ってくれていた手紙の数が減ったことです。だんだんミミズが這ったような字になり、見たことのない漢字が増え、そのうち字が書けなくなりました。確実に家にいるはずの時間帯に電話をしても、呼び出し音が鳴り続けるだけ。電話の使い方がわからなくなり、電話に出ることができなくなりました。並行して調理できるおかずの数が減り、鍋を焦がすようになり、炊飯器でご飯を炊くことさえできなくなりました。食事にかかる時間がどんどん長くなり、箸やスプーンの使い方にも迷うようになり、困った挙句、手づかみで食べることもありました。少々の尿漏れに始まり、次第に粗相をすることが増え、最後はオムツをつけ、寝たきりになりました。まるで子供に逆戻りするように、少しずつ色々なことができなくなっていきました。

 目の前にいるのは、母であって母ではない。私を産み育ててくれた母はもうそこにはおらず、私の知らない誰かになってそこに生きています。それでも、時々垣間見える私の知っている母。母の住んでいる世界は、私の住んでいる「現実」の世界とは違い、まるで時間の感覚もそこにいる人達も違うようです。異次元のような世界にいても、母の人となりは中心に残っているようなのに、その中心にこちらから入っていけないのです。私にできることは、一緒にいて同じ空間を共有するだけ。新聞や本を読みながら話しかけると、言葉を話すことができなくなり、傾眠することが多くなっていても、時々目を覚まし、辺りを見回すように目を動かします。その視界に入る私を自分の娘として認識していたかどうかはわかりません。

 認知症の家族の日々の介護に追われ、とにかく、目の前にあることを片付けていかなくてはなりません。介護に集中するあまり、自分が知っているその人が消えていく悲しみをじっくり感じる暇もありません。介護していた人が亡くなった後に感じるのは、死そのものが原因となる喪失感や悲しみだけでなく、長い時間をかけて死に至る過程そのものから生まれる、より一層深い喪失感です。喋れなくなり意思疎通ができなくなること、妄想が激しくなること、家族との思い出が記憶の中から消えていくこと、家族の顔がわからなくなること、築いてきた人間関係がなくなっていくこと、親子の役割が逆転すること…。その理由はたくさんあります。

 しかし、いよいよ母が亡くなった時、悲しみや寂しさと同時に感じた安堵感。母が楽になって良かったと、「ほっとした」のが正直なところです。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。

158 「転ばぬ先の杖」

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 最初に母がひどく転んだのは、認知症の診断を受ける前のこと。一時帰国で日本に行った際、母の顔にあざができていました。よく聞くと、買い物帰りに、家の近くの公園の中の、少し勾配のある道を歩いていて転んだというのです。転んだ拍子にとっさに手をついたため、手首の骨にひびが入りました。その一件の後、短い距離を歩く時も、必ず杖をついて外出するようになりました。次に一時帰国した時には、歩行器(ウォーカー)を使うようになっていました。認知症と診断を受けるのは、ちょうどその頃です。

 その後暫く経ったある日、ひとりでお手洗いに行って転び、大腿骨を骨折してしまいました。折れた部分を人工股関節に置き換える手術を受け、入院。しばらくの間は安静が必要で、寝たきりの状態が続き、体を動かす機会が極端に減り、その結果、認知症の症状がかなり進行しました。認知症の症状が進んだことで、退院後はウォーカーを使って歩くこともままならず、家の中のあちこちに取り付けた手すりを伝い歩きするのがやっと。毎日通っていたデイサービスに出かける時も、家の玄関から迎えのバンに乗るまでのほんの数メートルの距離でさえ、誰かの介助なしでは歩けなくなっていました。

 高齢になると、筋力の衰えや、白内障などの目の病気が原因で視力が低下することなどが原因となり、転びやすくなります。そのうえ、認知症を患っていると、認知機能の低下により周囲に注意が行き届きにくいこと、空間の認識が上手くできないことや、ビタミンD不足の傾向が高いことなどから、特に転びやすい状態になります。また、高齢者は骨粗鬆症を発症していることも多く、転倒した拍子に骨を折る機会が増えます。特に、骨折しやすい部位の中でも、大腿骨近位部骨折は、高齢者が寝たきりになる理由として圧倒的に多い骨折で、生活の質が著しく低下する原因となります。手術の後、自由に動けない状態が続くことで体を動かす機会が減り、認知症の症状が悪化するきっかけにもなります。理解力・判断速度や集中力・作業能力も低下し、せっかくのリハビリ運動も思うように進みません。

 厚生労働省による国民生活基礎調査では、平成13年より3年毎に、介護度別にみた介護が必要となった主な原因を調査しています。その回答では、「骨折・転倒」は2001年から2016年では9.3~12.1%を占め、全体の第3位から第5位となっています。 同じく厚生労働省による、2018年の人口動態統計調査では、死亡届による「不慮の事故死」のうちの23.4%が、「転倒・転落・墜落」による死亡です。特に、65歳以上が多くを占めており、交通事故による死者を大きく凌いでいます。また、死亡に至った「転倒・転落・墜落」の内訳では、「スリップ・つまずき・よろめき」による同一平面上での「転倒」が86.7%と、最も多いことがわかっています。また、東京消防庁の2011年から2015年までの救急搬送データによると、救急搬送の半数以上は65歳以上の高齢者で、事故全体の約8割を「転ぶ」事故が占め、次いで「落ちる」事故が多く発生しています。これらの事故の発生場所は、「住宅等居住場所」が最も多く、その内訳を屋内と屋外に分けると、屋内の発生が9割以上を占めています。さらに、「住宅等居住場所」の屋内の発生だけで、「転ぶ」事故全体の5割以上を占めています。

 転んで足を骨折し手術。長引く入院で、認知症を発症、または認知症が進行し、ついには寝たきりに…。誰も寝たきりになりたくはありません。しかし、転倒事故は、家の中でこそ頻繁に発生します。必要を感じたら、杖やウォーカーは、外出時の転倒を未然に防ぐ強い味方です。

 私はまだまだ大丈夫…。自分の健康、過信していませんか?

参照:
厚生労働省 2019年国民生活基礎調査の概況 Ⅳ介護の状況
厚生労働省 2018年人口動態統計の概況 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)
東京消防庁 救急搬送データから見る高齢者の事故〜日常生活の中での高齢者の事故を防ぐために〜健康長寿ネット 転倒・骨折予防の取り組み

157 高齢者虐待の加害者

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 その人は、同居していた息子から、ネグレクトの虐待を受けていました。救急搬送された先の病院で、入院に至る経緯を調べているうちに、介助・介護が必要な状況であったにもかかわらず、息子が生活の支援を怠っていたことが判明しました。息子とその兄弟とは折り合いが悪く、親の介護の協力も拒否していました。

 退院後の住まいについて、医療チームのソーシャルワーカーが中心になり、息子およびその兄弟との話し合いを重ねた末、出した結論は、その人は自宅に戻らず、24時間体制の介護施設に移ることでした。息子は、自分が十分に介護をすることができると考えているものの、医療チームは、自宅に戻っても同じことの繰り返しになり、本人の身の安全を守ることはできないと判断しました。虐待の経緯があるため、介護施設に親を訪問する際は、1対1での面会は許されず、他の家族や友人などの第三者の立会いの許でのみ、面会ができることになっています。

 カナダ統計局のデータ(2019年)によると、警察に届け出のあった高齢者虐待の被害者全体の3人に1人が、家族から虐待を受けています。その多くが、子供(34%)、配偶者(26%)、兄弟(12%)からの虐待です。子供といっても、実子、養子、継子または里子も含まれます。また、配偶者からの虐待は、現在も結婚が継続している場合だけでなく、別居または離婚している配偶者や、事実婚の配偶者から受ける場合も、もその範疇に入ります。兄弟では、実の兄弟の他、血の繋がらない養子、継子または里子としての兄弟、または異母・異父兄弟から虐待を受けることも含まれます。家庭内暴力と同じく、高齢者虐待の場合も、その被害者は女性の割合が高くなります(58%)。また、警察に届け出のあった高齢者虐待のうち、その多くは身体的虐待です(72%)。そのうちのおよそ3分の2(67%)は暴力による虐待、16%が、ナイフや銃などの凶器を使った虐待です。

 同じく2019年の家族による高齢者虐待の被害件数は、前年比で8%増加しています。(因みに、家族以外の加害者の割合は、13%増加しています。)その被害件数は、4年連続で増加し、2015年の件数から20%増加しています。高齢者に対する家族による虐待の多くは家庭内で起こり、虐待者である家族が支配したり強制しようとする行為は、被害者である高齢者をさらに外部から孤立させてしまいます。その結果、孤独、うつ、虐待者への依存、経済的な問題を生むだけでなく、被害者の寿命も短くなるとされています。

 しかし、家族による高齢者虐待は、その多くが家庭内で起きることから、外部の人による通報がない限り、被害がなかなか表沙汰になりません。被害を受けているなら警察に届ければいいじゃないか、と言うかもしれませんが、身内の人間が関わるためそう簡単にはいきません。家庭内の恥を晒したくないがために、届け出をためらうこともあるでしょう。病気や怪我で身体機能が低下していたり、寝たきりになっている場合は、被害届けを出せる状況ではありません。家族からの監視の目があり、自由に外部に連絡ができないことも考えられます。認知症など、認知機能に症状が表れる疾患のある被害者が、虐待を受けていることを訴えても、信じてもらえないかも知れません。そもそも、虐待を受けている側に虐待されているという自覚がなければ、それは届け出以前の問題です。

 高齢者の人口が増えるにつれ、高齢者虐待の問題はその深刻さを増していくでしょう。

 もしかすると、身近な人が虐待の被害に遭っているかもしれません。「体にあざが増えている」、「最近、体重が減っているようだ」、「連絡をしたくても家族が取り合ってくれない」など、虐待のサインを見逃さないでください。周りの人が受けている虐待被害が深刻化するのを防ぐのは、あなたかもしれません。

参照:
Statistics Canada
Section 4: Police-reported family violence against seniors in Canada, 2019
https://www150.statcan.gc.ca/n1/pub/85-002-x/2021001/article/00001/04-eng.htm

156 高齢者の入院

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

いつもこのコラムを読んでいただき、ありがとうございます。

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、普段、 認知症に関わる文章を書くことや、 非営利団体のメンバーとしての活動をしていますが、私の本職は、フリーランスの通訳・翻訳者です。

 通訳の仕事は「コミュニティー通訳」。法廷(法務)と医療の分野を専門に、裁判所や弁護士事務所、病院やクリニック、介護施設などの医療施設に出向きます。普段、出向く先は、医療施設が圧倒的に 多く、退院後のフォローアップのために、患者さんの自宅訪問に同伴することもあります。

 患者さんの年齢は、まだ生まれる前の0歳以前から、90代の高齢者まで。受診や入院の理由は、先天性の病気から、治る見込みのある怪我や病気、近いうちに亡くなることが明らかな、著しく予後が悪い場合まで様々です。中でもかなりの数を占めるのは、緊急入院をしたご高齢の患者さんです。入院の理由は、加齢により増える怪我や病気であることが多いようです。

 例えば、夜中に目が覚め、お手洗いに行こうとして転倒するケース。転倒した後、強い痛みのためそのまま動けなくなり、やっと救急車を呼べたのは翌日の午後になってから。転倒した拍子に大腿骨を骨折し、救急搬送された先で、即、手術になりました。あるいは、自宅で倒れるケース。台所で食事の準備をしていたら、急に体の自由が利かなくなりました、特に痛みはないものの、 自分では救急車を呼ぶことができません。住んでいるコンドミニアムの管理人に何とか連絡が取れ、管理人が呼んだ救急車で緊急搬送され、脳梗塞と診断されました。半身に麻痺が残っただけでなく、言語を司る脳の部分に脳梗塞の損傷が起きたため、失語症になり、以前のように言葉が話せません。

 いずれの場合も、身体の状態が安定してきても、すぐに自宅に戻れる状況ではありません。多くの場合、最初に入院した病院から、リハビリ専門の施設に転院し、身の回りの最低限のことができるように なるまでリハビリを続けることになります。その後、ある程度、自立した生活が送れるようになると、いよいよ退院です。

 リハビリ施設を出た後も、外来で同じ施設に通院するか、在宅でリハビリが続きます。在宅でリハビリを続ける場合は、医療ケアがリハビリ施設のチームから、地域のチームに引き継がれます。理学療法士や作業療法士が定期的に自宅を訪れ、リハビリを行います。必要に応じて、ケース・マネージャーやソーシャル・ワーカーも訪ねてきます。必要であれば、服薬確認や簡単な家事の手伝いを頼めるよう、手配してもらうこともできます。

 リハビリには、理学療法士や作業療法士の協力は欠かせませんが、生活上の手助けや、経済的な援助が必要だと考えられる場合は、地域の医療チームのソーシャル・ワーカーが支援します。ところが、自分の経済力や身体的な能力を正しく把握できておらず、ソーシャル・ワーカーが利用できるサービスやプログラムを紹介し、利用を薦めても、自分はそこまでの手助けは必要ないと、過大評価していることが多く見受けられます。また、一人暮らしで、カナダには自分の家族がおらず、退院後の生活の支援に協力してくれるような友人も少ない場合が多いようです。日本にいる家族は、自分と同じように高齢にも関わらず、日本に帰ることを選択肢として考えていることも少なくありません。このようなケースは、特に男性に多く、医療チームの心配をよそに、現状をかなり楽観的に考えています。

 一般に、高齢者が入院すると、認知機能が急に衰えることがあります。さらに、怪我や病気の症状や痛み、それが原因となる入院で、生活環境が大きく変わり、心身に大きなストレスがかかることで、顕著化していなかった認知症の初期症状が現れることもあります。また、脳梗塞や脳出血で脳血管に障害が起きると、その周辺の神経細胞がダメージを受け、脳血管性認知症の原因にもなりえます。もしかすると、現状が把握できないのは、認知症が原因かもしれません。あるいは、日常生活に支障が出ていないだけで、軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)ということも考えられます。

 いざという時、身近に頼れる人はいますか? 

155 高齢者虐待

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 その日もいつも通り、コミュニティー通訳として、病院での通訳の仕事に出向きました。事前にわかっているのは、日時、場所、通訳を必要としている医療従事者とだいたいの目的、および患者さんの名前のみ。具体的な内容は、実際に会話が始まるまで全くわかりません。その方は高齢の患者さんで、以前にも数回、通訳の依頼があり出向いたことがありました。しかし、以前通訳した内容は思い出せません。直前に、ソーシャル・ワーカーからごく簡単に通訳が必要な理由を聞き、会話が始まるとすぐに、その日の通訳がよくある内容とは異なることがわかりました。

 それは、BC州の成年後見制度法(Adult Guardianship Act)の第3条「虐待および ネグレクトを受けている成人の支援・援助」に 関わる内容でした。詳しいことはわかりませんが、最初に救急で搬送された病院で、介助・介護が必要な状況にもかかわらず、同居する家族が生活の支援をしていないことが判明し、認知症の症状もあったようです。その後、転院することになりましたが、転院先の病院では、その入院が、「措置入院」、つまり、医師の判断により、入院しなければ、本人の精神的・身体的健康が損なわれる場合の、いわば強制入院でした。

 「虐待」というと、 力や言葉による直接的な暴力がすぐに思い浮かびますが、実際は、それ以外にも「虐待」とみなされる行為があります。様々な形態があり、大きく次の5つに分けられます。

1)暴行を加えて体に傷やあざ、痛みを負わせる、能力以上の無理なリハビリを強要する、あるいは食事の際、無理やり食べ物を口に入れるなどの「身体的虐待」。

2)脅迫や屈辱、否定的な言葉や態度、無視、嫌がらせ等により、高齢者の心を傷つけ、精神的な苦痛を与える「心理的虐待」。

3)高齢者に、本人が同意していないわいせつな行為をしたりさせたりするなどの「性的虐待」。

4)高齢者本人が希望する金銭の使用を制限する、または本人の了解なく、高齢者の金銭や財産を使用する「経済的虐待」。

5)高齢者が必要な介護サービスの利用を妨げる、世話をしない等、養護を放棄して、高齢者の生活環境や、身体的・精神的な状態を悪くする「介護・世話の放棄・放任」(「ネグレクト」とも呼ぶ)。

 「高齢者虐待」は、いずれも表沙汰になりにくいという特徴があります。その理由として、まず、高齢者は人との交流が少ない傾向が高く、仮に「虐待」をされていても、自ら訴えることが少ない、または訴えることができない状況にあります。また、「虐待」する介護者の側に、「虐待」をしているという自覚がないことが多いため、周囲の人が気づかない限り、なかなか支援の手が届きません。また、介護者が一生懸命になるあまり、良かれと思って行う行為も、「虐待」の可能性があります。

 しかし、介護者に「虐待」の自覚がなくても、介護される側の権利や利益、健康が損なわれれば「虐待」になってしまいます。「高齢者虐待」は、生命の危険にも関わる重大な人権侵害です。「高齢者虐待」を特定の家庭や個人の問題として捉えるのではなく、地域社会で問題を共有し、ともに支えあっていく必要があります。高齢者の尊厳を守ると同時に、介護をする側が「虐待」をしないですむように、介護者自身も、自らの介護を振り返り、ひとりで抱え込んで悩まず、公的機関や地域社会の力を借りることが大切です。

 少しでも「虐待」ではないかと感じたら、「他人事」として片付けず、迷わず相談先・通報先に連絡する必要があります。私たち一人一人が、できることから始めましょう。

154認知症と予防接種

ガーリック康子

 2020年3月にWHO(世界保健機関)が新型コロナウイルス感染症のパンデミック宣言を発表してから、丸一年が経ちました。開始時期は異なるものの、すでに各国で予防ワクチン接種が始まっています。

 カナダのBC州では、3月にワクチン接種の第2フェーズに入り、老人ホームなどの介護施設に入所していない80歳以上の高齢者、および、65歳以上の先住民が接種を受けられるようになりました。90歳以上から予約受付が始まり、年齢の高い順に5歳単位のグループで、1週間ごとにより若いグループに移行する予定が前倒しになり、3月20日現在のBC州政府のCOVID-19 Immunization Planの情報では、22日から25日までに、75歳以上の高齢者もワクチン接種の予約を取ることができるようになる予定です。

 ところが、予約受付が始まった第1日目に、BC州で2番目に人口の多い保健局であるバンクーバー・コースタル・ヘルスで、予約の電話が殺到し、回線がパンク状態になりました。そのため、12時間の予約受付時間内に予約ができたのは、州内の保健局を合わせた予約数14,949件のうち、369件にとどまるというハプニングがありましたが、何とかスムーズな予約ができるようになったようです。因みに、BC州で最も人口の多いフレイザー・ヘルスは、州内で唯一、オンライン予約もできたことが功を奏し、初日の予約数は8,722件と、州内で最多でした。(CTVニュース3月9日の情報より)

 同じく第2フェーズでは、第1フェーズで接種を受けていない、新型コロナウイルス感染症治療病棟、集中治療室病棟、外科治療病棟、救急治療室など以外の病院スタッフや、第1フェーズで接種を受けていない専門医などにも接種が始まりました。

 実は、ワクチン接種が始まった当初、新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクが高いとされている重篤な持病がある人や、放射線療法や化学療法などのがん治療を受けている人、臓器移植を受けた人などは、優先的にワクチン接種が受けられるものと考えていました。しかし、コミュニティー通訳として、患者さんやその家族からの担当医への質問を通訳する中でわかったことは、リスクの高い人でも、年齢に応じた順番を待つ必要があるということです。いずれの場合も、リスク要因がさまざまで、何をもって「リスクが高い」という線引きをするかが大変難しいことを理由とした説明がありました。認知症については、診断を受けている人が高齢である傾向が高く、他の疾患や健康上の問題を抱えていることが多いものの、認知症そのものは特にリスクの高い疾患とされていないため、やはり年齢に応じた順番を待つことになります。

 さて、通常、ワクチン接種を受ける際、本人の同意が必要です。ワクチン接種の目的や方法、ワクチンについての情報、接種によって起こり得る副反応などについて、本人が理解し判断した上で、接種を希望する意思表示がない限り、接種は行えません。未成年者だけでなく、成人でも、判断能力がないとみなされ、意思確認ができない場合、接種を行う医師や看護師には決定権はありません。未成年者の保護者、成人の場合は医療措置についてあらかじめ選ばれた代理人が、本人に代わって同意する必要があります。例えば、認知症の診断を受けている人がワクチン接種を受ける際、本人に判断能力がないとみなされていても、代理人による正式な同意があれば、ワクチン接種が受けられます。しかし、ワクチン接種について前もって本人に説明しておいても、説明を受けたことを忘れてしまうこともあり得ます。接種の理由が理解できず、実際に接種する場面になり、本人が抵抗する可能性も考えられます。

 いずれにしても、第4フェーズが終わる予定の6月までには、18歳以上の「成人」がワクチン接種の予約を取ることができるようになります。成人の希望者すべてが接種を受けることができたとしても、18歳未満の子供たちには、まだワクチンがありません。しばらくは、こまめな手洗い、マスク着用、ソーシャル・ディスタンスを取る生活が続くでしょう。

 晴れて、親しい人と集まることができるようになるまで、今しばらく、頑張るしかありません。

153「ロコモ」が先か、「認知症」が先か

ガーリック康子

 最近、新型コロナウイルス感染予防のために、外出する機会が減り、運動不足 になっていませんか?

 運動不足は、ロコモーティブ・シンドロームを招くきっかけになります。

 ロコモーティブ・シンドローム=運動器症候群、通称「ロコモ」。これは、運動器、つまり「体を動かす器官」である骨、関節や筋肉などの機能が低下し、「立つ」「歩く」といった動作が難しくなり、日常生活に支障が出る状態をいいます。

 この「ロコモ」には、大きく分けてふたつの原因があります。ひとつは、整形外科で治療する疾患で、脊椎の病気、関節の変形症、下肢の骨折などが引き金になって、「ロコモ」に陥る場合です。もうひとつの原因は、体、特に運動器の衰えです。循環器や消化器と違い、運動器は自分の意思で動かす器官のため、動かさないと衰えてしまいます。動きが悪くなると、動かしたくても動かなくなり、ますます運動不足になるという悪循環に陥ります。「ロコモ」は、年齢とともに増え、生活習慣病を悪化させ、要介護の引き金にもなるため、予防や対策がとても重要です。

 それでは、どんな状態を「ロコモ」というのでしょうか。それを調べるために、運動器が衰えていないかをチェックする簡易テスト、「ロコチェック」があります。チェックするのは、1)片脚立ちで靴下がはけない、2)家の中で躓いたり滑ったりする、3)階段を上るのに手すりが必要である、4) やや重い家事(掃除機かけなど)が困難である、5)2kg程度の買い物(1ℓのジュースや牛乳2本分程度)を持ち帰るのが困難である、6)続けて15分くらい歩けない、7)横断歩道を青信号で渡りきれない、の7項目。ひとつでも当てはまる項目があると、「ロコモ」の心配があるそうです。(注:転倒の危険があるため、無理だと思う項目は試さないでください。)

 さて、運動器の衰えが「ロコモ」ですが、脳の働きが衰え、日常生活に支障をきたす状態が「認知症」です。「認知症」になりやすくなるリスク因子はさまざまで、生活習慣病や喫煙、過度の飲酒、難聴などに始まり、「ロコモ」の原因でもある運動不足や、社会的孤立もそのリスクと考えられています。感染予防のために、ソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)が奨励されていますが、それが行き過ぎて社会的に孤立してしまうと、認知機能の低下、ひいては「認知症」になりやすくなります。逆に、「認知症」になると、 転びやすくなるうえ、運動不足になりがちで、「ロコモ」に陥りやすくなります。

 因みに、厚生労働省のデータでは、介護が必要になった主な原因を介護度別にみると、要支援者では関節疾患が17.2%で最も多く、高齢による衰弱がそれに続いて16.2%、骨折・転倒が15.2%となっています。要介護者では、認知症が24.8%、次いで脳血管疾患が18.4%、さらに、高齢による衰弱が12.1%となっています。(厚生労働省2016年国民生活基礎調査のデータより)

 新型コロナウイルス感染症の流行が広がるまでは、自由に外で運動をすることや、親しい人と話したり食事に行くことが当たり前にできました。しかし、現在は、感染の機会を減らすために外出を控える生活が続いています。感染を心配するあまり、ほとんど家に籠った生活を送っているため、「ロコモ」の状態になり、足腰が弱る人や体調を崩す人も出てきているようです。足腰が弱ると、家の中で転倒して骨折する頻度も増します。骨折以外にも、転倒により様々な合併症が引き起こされたり、既往症が悪化したりします。「認知症」もその例外ではありません。「ロコモ」が転倒の原因になり、逆に、転倒が「ロコモ」を招くこともあり、介護が必要になることや、状況により、死亡につながることさえあります。

 「ロコモ」も「認知症」も、予防のキーワードは「運動」です。激しい「運動」をする必要はなく、家の中でもできる程度の「運動」で十分です。筋肉を使う、関節の曲げ伸ばしをする、骨に刺激を与えるなど、無理のない範囲でとにかく使うことが予防に繋がります。体の中でも硬くなりやすい部位、特に背中や骨盤をしっかり動かして、運動器を錆びつかせないように「手入れ」します。(具体的な「運動」のしかたは、「ロコモ体操」をインターネットで検索すると、参考になる資料やビデオが見つかります。)

 健康寿命を延ばすためにも、無理のない範囲で、日々の「運動」を心がけましょう。

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