162「テレワーク」と介護 

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 「テレワーク」、別称「リモートワーク」。昨年3月のパンデミック宣言以降、よく耳にするようになった言葉です。通信情報技術を活用した、時間や場所にとらわれない働き方のことをこう呼びます。インターネットなどの通信情報技術を利用することで、従来の勤務場所であるオフィスから離れて仕事をすることができ、働く場所により、自宅で仕事をする「在宅勤務」(自宅利用型テレワーク)、移動中や移動の合間に行う「モバイルワーク」、サテライト・オフィスコやワーキング・スペースで働く「施設利用型テレワーク」などがあります。

 パンデミック宣言以前、この「テレワーク」というコンセプトは一部で浸透し始めていたものの、まだまだ一般的な勤務形態ではありませんでした。ところが、新型コロナウィルス感染症の流行が拡大し、ロックダウンが始まった頃から、三密(密閉、密集、密接)を避け、ソーシャルディスタンスを取り、クラスター感染を防ぐために、多くのオフィスで働く人たちの勤務形態が、にわかに「テレワーク」に変わりました。とは言え、私のようなフリーランスで仕事をしている身には、「在宅勤務」はロックダウン以前から日常的に行っていたことです。連れ合いもフリーランスですので、在宅で仕事をするのはごく当たり前。日中は一緒に家にいなかった夫婦が四六時中顔を突き合わせることで増えたと言われている「コロナ離婚」の心配もなく、授業がオンラインになり勉強を見る必要のある小学生も、在宅介護をしている親もおらず、働く環境で大きく変わったことはありませんでした。

 この「テレワーク」が勤務形態の選択肢として普及すれば、仕事と介護の両立の切り札となると考える向きもあります。毎朝オフィスに出向く必要がなければ、「在宅勤務」の場所は、自宅でなく、実家でもいいわけです。「テレワーク」の普及自体は、働き方の自由度を高めるもので、社会的にも労働者にもメリットとなると感じますが、果たしてそれが、介護離職の問題の解決や遠距離介護のニーズへの対応に結びつくのでしょうか?

 例えば、「テレワーク」を利用した実家からの「在宅勤務」により、通勤時間の削減、移動による身体的負担の軽減が図れ、時間を有効利用できるようになります。その結果、週末だけでなく平日でも「実家に戻れる」ようになり、デイサービスなどのサービスを利用しなくても、家族だけで介護ができてしまいます。介護される親にとっても、介護する子供が身近にいることで、 自分でできることもつい頼ってしまうかもしれません。さらに、在宅で仕事をすることにより、介護と仕事のメリハリがつきにくくなり、労働時間が長引くことや、身体的な介護が介護者の身体の痛みや怪我に繋がることがあるかもしれません。状況は異なりますが、短期的に、私はまさにこの「介護の土壺」にはまりました 。

 もう7年前になります。認知症を患っていた母が亡くなるまでの暫くの間、母の介護を手伝うため、年に二回ほど日本に一時帰国していました。それ以前、家族とともに夏休みに一時帰国していた頃は、私自身も「休暇」として日本に滞在していました。その後、一時帰国の目的が「介護を手伝うため」になり、私ひとりで日本とカナダを往復するようになりました。私の生業は、フリーランスの通訳・翻訳ですので、受注する案件の数を管理すれば、スケジュールはいくらでも変えられます。パンデミック宣言以降、今でこそ、医療・司法分野でもオンライン会議システムを利用した通訳の案件が増えましたが、通訳の場合、従来は現場に出向く案件が主です。 翻訳の仕事については、ラップトップ・パソコンとインターネットの接続さえあれば、基本的にどこにいても仕事ができます。

 日本とカナダを定期的に往復するようになった当初は、日本にいる間も翻訳の仕事を受けていました。しかし、介護を手伝う他に、紛失したあらゆる物を探しながらの実家の片付けに追われ、仕事をする余裕などないことがすぐにわかりました。結局、日本にいる間は仕事を諦め、毎年4ヶ月ほどの滞在期間中の収入は「ゼロ」になりました。母の認知症の症状が進むにつれて、生活はどんどん母を中心に回り始め、気をつけていないと、息抜きの時間さえなくなります。デイサービスに行く以外、「レスパイトケア」のサービスを利用することも、何かしらの「介護施設」に入ることもないまま母の要介護度は上がり、療養目的で入院するまで、在宅介護が続きました。

 介護は終わりの見えない長丁場。家族や子供が介護するからといって状況が改善するわけではなく、認知症などの病気があれば、症状が進行するにつれて、介護の手間は増え続けます。「テレワーク」で、一見、仕事と介護が両立できているようでも、かえってその環境が介護者を「家」に閉じ込め、周囲のサポートに頼らない習慣をつけてしまうことにより、 介護離職のリスクが高まり、介護者の孤立を招くことになりかねません。

 「テレワーク」が、在宅介護者をますます追い詰めてしまわないか。それがとても心配です。

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。