
夫がマネキンの脚に「カズミ」と名前を付け、妻をしのぐほどの愛情を注ぎ始める―。
第45回バンクーバー国際映画祭(VIFF)で上映された日本の短編映画「おっとのあし(Husband’s Legs)」。夫がマネキンの脚にのめり込んでいくという一風変わった設定を通して、長く連れ添う夫婦の複雑な関係を描いている。
バンクーバーでの上映にあわせて来加した、監督の八幡貴美さん、撮影監督の新出一真さん、プロデューサーの大野瑞樹さんに、作品に込めた思い、今後の展望について話を聞いた。
フェティシズムを通して描く夫婦の愛情

これまでもフェティシズムを題材にしてきた八幡監督が今回目を向けたのは、恋愛の先にある夫婦の姿だった。日本のドラマや映画では、男女が出会い、恋愛を経て結ばれるまでを描く作品が多いと感じる一方、海外作品では、結ばれた後の葛藤や年月とともに変化する関係も描かれていると感じていたという。
恋愛の勢いで一緒になった二人も、長い時間をともにする中で気持ちや関係のバランスは変わっていく。しかし、その変化は必ずしも周囲から見えるものではない。「ギリギリのバランスでカップルという関係を保っている人たちって、実は外側から見えないだけでいっぱいいるんじゃないかなと思って」と話す。
子どもの存在によって夫婦としての関係が成り立っている場合もあれば、二人で脚を愛でることで関係を保っている場合もあるかもしれない。そんな夫婦の複雑な関係を描くことで、観客にも自分たちに通じるものを感じてほしいという思いがあった。
また、フェティシズムについて考える中で、何かを強く好きになり、夢中になれることは「実はすごく強いこと」だと考えている。一方で、パートナーが自分には理解できないものに強く引かれていたとき、その気持ちをどこまで受け入れられるか。
八幡監督は「愛って、自分を大事にしてくれるとかそういうことではなくて、相手のそういう部分(フェティシズムなど)を受け入れることで成立させていこうとするもの」と、作品に込めた思いを語る。
相手のすべてを理解することは難しくても、自分とは異なる価値観やフェティシズムをどう受け止めるのか。マネキンの脚というユニークな題材を通して、夫婦の間にある愛情の形を問いかけている。
「脚」を一人の登場人物としてどう見せるか

制作では、物語の鍵を握るマネキンの脚をどう描くかについても、さまざまなアイデアが出された。脚本を練る中で生まれたのが、脚そのものに意思や感情を持たせるという発想だった。
「脚をただの添え物ではなくて、意思を持つ主人公の一人として描いていくのがいいんじゃないか、という話をしました」と大野さんは振り返る。そこから、脚が妻の蘭の靴を履いたり、落ち込んでいる蘭の様子をうかがったりする場面が加わり、ただのマネキンではない存在として描かれるようになった。
撮影ではCGに頼らず、マネキンと実際の人間の脚を使い分ける方法を採用した。新出さんは「いろいろ議論はあったけど、結局アナログでやった方がおもしろいんじゃないかって」と話す。脚が生きているように感じられる場面では人間の脚を使い、登場人物の視点によっては無機質なマネキンとして映すなど見せ方を工夫した。
人間の脚を使った撮影では、その動かし方についても議論を重ねた。新出さんは「普通の人間の歩幅がいいのか、ちょっと崩した方がいいのかとか、いろいろ議論はしました」と笑いながら振り返る。
そして驚くことに、キャスティングでは人間よりも先にマネキンが選ばれた。まず作品のイメージに合うマネキンを探し、その脚の形に近い人物を探したという。大野さんは「この脚が置いてあるだけだと、その意思が感じられない」と話し、つま先や指先まで使った繊細な表現ができる人物を探したと説明した。
顔もせりふもない。それでも、まるで意思を持っているかのように動くマネキンの脚。その独特な存在感は一度見たら忘れられないものがある。
世界を見据えながら、自分たちらしい作品を

今回、VIFFで国際プレミアを迎えた「おっとのあし」は制作当初から海外の映画祭への出品を視野に入れていた。大野さんは、あえて全てを説明せず、見終わった後にも謎や余韻が残る作品を目指したという。
海外の映画祭への挑戦を続ける中で、大野さんが強く意識しているのは日本の作品として世界に挑むことだ。「本当に世界と戦うんだったら、ちゃんと日本代表にならないと世界と戦えないなっていつも思ってて」と、その思いを語る。外国作品をまねるのではなく、日本のスタッフとともに自分たちらしい作品を生み出し、世界へ届けることを目指している。新出さんも、海外で得た反応を次の制作に生かす「サイクルができたらいいな」と話す。
一方、八幡監督は日本らしさを特別意識して映画を作っているわけではないという。フェティシズムを描いた作家として谷崎潤一郎にも触れつつ、「意識してそこから拾ってきたとは思っていないんですけど、日本の小説や昔の物語をたくさん読んできたので、そういうエッセンスは出てくるのかなと思います」と語った。
今後、八幡監督が挑戦したいと考えているのは長編映画。実は脚本は当初70ページほどあり、カズミの正体など短編では描ききれなかった設定も多い。「ショートフィルムだと限りなくシンプルにそぎ落とさなければいけないので、まだまだ伝えきれていないところはたくさんあるのかなと思います」と話す。2、3日ほどの撮影で信頼するスタッフと作り上げた今作。その環境を大切にしながら、自身の作家性やオリジナリティーを生かした長編映画にも挑戦したいと語った。
マネキンの脚に心を奪われる夫と、その妻の関係。一見奇妙な物語の中に描かれているのは、私たちの身近にもある他人には見えない人間関係の複雑さ。今回のVIFFでの上映を経て、八幡監督らが今後どのような作品を生み出していくのか注目される。
(取材 田上麻里亜/写真 斉藤光一)
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