日本語教師 矢野修三
早くも4月半ば、自然界は春本番、いろいろな花が咲きこぼれる素晴らしい季節を迎えている。でも人の世は依然として、むごい戦争が続いており、とても不気味である。
こんな情勢を踏まえて、日本の年輩友人から、「無気味」と「不気味」、どっちが正式な書き方なのか、との質問を受けた。確かに、どちらも見かけるし、辞書にも両方載っている。
そこで、「どうぞお好きなほうを、それが正解です」と返事した。すると友はびっくり。驚くのはごもっともであるが、この「不」と「無」は誠に日本語教師泣かせの漢字であり、使い方は日本人にとってもかなり厄介である。
実は、この漢字「不」と「無」の使い分けは歴史的な背景も絡んで複雑である。まず戦前は「不器用」や「不気味」などは、「不」を使っていたとのこと。それが、戦後間もない昭和23年(1948年)に国の制定により、「不」は「フ」だけで、「ブ」と読んではダメと決めてしまった。
そこでそれまで「ブ」と読んでいた「不器用」や「不気味」などは、「不」は使えず、「無」を使って、「無器用」や「無気味」に変えてしまった。
するとその結果、いろいろ不都合が出てきた。例えば「不祝儀」を「無祝儀」と書いたら意味的にもおかしくなってしまった。
そこで、ようやく昭和48年(1973年)に改定されて、再度「不」を「ブ」と読んでも良いことにしたようである。いろいろ調べてびっくりしてしまった。
このように、お粗末な歴史的経緯があり、それ以降、現在では「ブ」と発音する言葉で、かなりのものは辞書に「不」と「無」と両方の漢字が載っている。例えば「不気味」と「無気味」や「不作法」と「無作法」、「不用心」と「無用心」などなどである。確かに昔の経緯もあり、両方使っていたのであるから、いまさら一つに決められず、どちらもOKとしたのである。年配の方は学校教育でどのように教わったのか、戸惑ってしまうのは至極当然である。
でも文法的には、確かに「不」と「無」では違いがある。「不」は「そうではない」という否定を表し、「無」は「有る」の反対語で「無い」である。葬式などを表す「不祝儀」は「祝儀ではない」という意味であり、「無祝儀」は「祝儀は無し」という意味になってしまい、不自然である。
しかし、「器用」などは「器用ではない」であれば「不器用」でいいし、「器用さが無い」と考えれば「無器用」でも、ほぼ同じ意味であり、両方辞書に載っている。どっちを使うかはその人の判断に任せるが結論である。
そこで、「不気味」と「無気味」、どっちに馴染みがあるか、いろいろな人に聞いてみた。すると、それなりのお年の方は「無気味」であるが、若い世代は「不気味」が多い。なるほど。新聞などでも「不」のほうが優勢のようである。
うーん、ややこしいので、過去の不備は水に流し、そのうちどちらか一つに定める動きが出てくるかも・・・。でも、白黒つけず、個人の考えに任す。こんな考え方があっても、いかにも日本的でよろしいのでは・・・。日本語教師としては大変だが、「不用心」か「無用心」などもその人の考えで異なる、いとおかし。実に 「無粋or不粋」な説明ですみませぬ。
最後に、我が感じをこんな漢字で綴ってみた。八十路を過ぎ、「出不精」になり、髭を剃るのも面倒で、「無精髭」をさすりながら、エッセイを書いているので、体が「不器用」に、そして「無愛想」になってしまいそうで、いささか心配でござる。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano94canada@gmail.com
ホームページ:https://yanoacademy.ca
日本語教師として37年、81歳になって
初めて、平仮名「あいうえお」の
素晴らしさ、奥深さを悟りましたよ。
愛情、いっぱいで、生まれ
あ い う
笑顔で、終える。
え お
素晴らしきかな「あいうえお」
















