トロント国際映画祭で「わたしの知らない子どもたち(英題:Children Untold)」上映 西川美和監督インタビュー

 トロント市で9月20日まで開催されていたトロント国際映画祭(TIFF)で、西川美和監督作品「私の知らない子どもたち(英題:Children Untold)」が上映された。

レッドカーペットの西川監督と小八重葵美さん(左)。2026年9月10日、オンタリオ州トロント市。
レッドカーペットの西川監督と小八重葵美さん(左)。2026年9月10日、オンタリオ州トロント市。

 作品は、戦争で孤児となった12歳の少女・琴子(小八重葵美)が過酷な環境の中で性別を隠しながら生き延びようとする姿を描く。物語は、戦時中に教師として軍国主義に加担した過去に向き合う曽根(二階堂ふみ)の葛藤と、琴子ら戦争孤児たちの姿を絡めて展開する。戦後の混乱の中、犯罪に手を染めながらも懸命に生きようとする孤児たちと、彼らを取り巻く大人たちの姿を通して、戦争が残したものを浮かび上がらせる。

 トロント国際映画祭では、日本作品として初めてプラットフォーム部門のオープニング作品として上映された同作品。西川美和監督と主演の一人である小八重葵美さんがレッドカーペットや舞台あいさつに登壇し注目を集めた。

 映画祭開催中にトロントに滞在していた西川美和監督に話を聞いた。

―最初に「わたしの知らない子どもたち」というタイトルに込められた思いを教えていただけますか?

西川―タイトルの「わたし」というのは私のことです。最初は小説から書き始めたのですが、戦争孤児について調べていくうちに初めて知ることが本当に多かったんです。その時代に多くの孤児がいたことは漠然と知ってはいたのですが、そのひとりひとりがどこから来て、どんな名前を持っていて、孤児になった後どこへ行ってしまったのか、どんな大人になったのか、ほんとうに何も知らなかったな、と思いました。

 終戦から80年もたち、この映画を観てくださる方たちの多くも、私が描いたこの子たちのことを知らないと思います。観客の皆さんにとっても一人称の「わたし」になる話では、と思いこのタイトルに決めました。

―作品は全国で12万人もいたとされる戦争孤児たちが、過酷な環境の中でとにかく生き延びようとする様子を描きます。今回、子どもの目線で戦後を描こうと思われたのはどうしてでしょうか。

西川―2020年にトロント国際映画祭でも上映された「すばらしき世界」の主人公に、幼年期に戦争孤児たちと一緒に街で生き延びたというバックグラウンドがあったことが、戦争孤児たちについて知りたいと思ったきっかけでした。大変な状況の中よく子どもたちだけで生き延びたな、という思いから戦争孤児をしっかり扱ってみようと考えたのです。

 また、孤児を描くということは、日本にとって戦争が何だったのか、その時大人たちがどうしていたのか、を同時に描くことになります。孤児の方が残した手記や証言を見ていくと、子どもたちの生態や体験だけでなく、彼らを取り巻いていた大人たちが戦中戦後でどう変わったのか、も見えてきました。なので、子どもたちの話であると同時に大人の側の話でもあると思い、この描き方になりました。

―大人も生きるのが精いっぱいな極限状態の中、孤児になった子どもたちに何ができるのか、大人としてどうするべきか、が問われているとも感じました。

西川―戦争前には優しかった親戚が孤児になったら態度が変わったなど、人間が倫理を保つことがいかに難しいか、と強く思いますね。

―孤児の収容施設に入っても幸せとはいえない状況だったり、子どもに自分の人生を選ぶ選択肢はなかったのですね。

西川-当時、孤児たちの面倒を見たのが行政ではなくヤクザ*の人たちで、ヤクザ*に使われてその世界に進み犯罪者になるしか道がなかった子どもも多くいました。

―終盤に将吉が琴子に「生きててね」と言葉をかける場面があります。ふたりの別れ、という意味以上に「生きる」ということを考えるとても印象的なシーンでした。

西川―英語では「Live your life.」と訳してもらいました。「生きてくれ(死なないで)」という意味もあるのですが、自分自身の人生を生きるということが、いかに彼らにとって難しかったのか、という思いも込めています。そのチャンスをつかめた琴子とつかめなかった将吉を表す象徴的な言葉だと思います。そして、これは琴子に向けた言葉ではあるけれど、世界中の子どもに向けて伝えたいメッセージでもあります。

―琴子役の小八重葵美さんの眼差しの強さと演技には大変感銘を受けました。プレミア上映の会場でもたくさんの観客の方たちが称賛されていました。

西川―琴子は精神年齢が高い役なので、年齢の幅も取りながらたくさんの子に会いました。その中で、葵美ちゃんは、オーディション時に演技経験がなかったのに、直感的に脚本に書かれている感情をつかみ取る力があり、芯が強いことがうかがい知れる眼差しの強さがあり、この子しかいない、と思いました。カナダのお客さまにも彼女の魅力が届いてうれしかったですね。

―子役の皆さんが、とても生き生きと演じられていたのも印象的でした。演技指導はどのようにされたのでしょうか?

西川―おばあちゃんでさえも戦後生まれで、戦争について話す家族もいない世代の子たちです。東京大空襲が何かも知らないところからなので、スタッフと皆で資料館に行き、上野の街を散策したり、孤児体験のある方にお話しを聞くということから始めました。

 現代とは言葉使いもまったく違いますし、下駄や草履で歩く動作なども時間をかけて練習してもらいました。子どもたちはすぐに仲良くなって、リハーサルや撮影と大変だったと思いますけど、皆ほんとうによくがんばってくれました。

―2020年の企画開始から6年を経て、トロント国際映画祭でプレミア上映を迎えました。完成して今のお気持ちはいかがですか?

西川―長かったですね(笑)。この6年毎日この作品にかけてきたので。タイトル通り、自分にとっては知らない時代の知らない子どもたちのことを調べながら、勉強し直しながら作ってきました。重たいモチーフでしたが、本当に多くの方、スタッフ、キャストの皆さんが力を尽くしてくれて作品が完成したので、感謝と感無量の気持ちでいっぱいです。

「わたしの知らない子どもたち(英題:Children Untold)」の西川美和監督。オンタリオ州トロント市。
「わたしの知らない子どもたち(英題:Children Untold)」の西川美和監督。オンタリオ州トロント市。

―最後に映画を観る方にメッセージをお願いします

西川―私がこの映画を考えはじめた時と比べて、今戦争状態になっている地域が増えてしまっています。各地で武力衝突が絶えず、それが起きても当たり前の様になっているのも異常だと感じています。

 暴力や武力でなんとかなるという考えに対して、そうではないと言えるのは、やはり映画や文学の力であり務めでもあると思います。私の映画も微力ながら、いかに戦争というものが終わった後も怖ろしいか、と伝えていければと思っています。観てくださる方にも、戦争とは何なのか、それを繰り返さないためにどうしたらよいのか、を考えていただくきっかけになれば、と考えています。

***

 戦後の混乱の中、親もなく必死に生き延びようとする子どもたちを描く同作。トロント国際映画祭での上映後には、「戦争の犠牲になった子どもたちを思い、観ていて辛かった」、「葵美さんはじめ、子どもたちの繊細な感情描写と演技に感動した」などの感想があがった。

(取材 宮井みちる)

*インタビュー内での言葉のまま掲載しました。