第15回 古川夏好ちゃん

 「もう、皆、忘れているだろうなぁ」。2016年の9月9日から、その若い女性留学生がここバンクーバーで行方不明になり、数週間後9月末にスーツケーに入れられバラバラ遺体となってデンマン・ストリートの大きなマンションの庭で発見された。

 その人は古川夏好ちゃんと言う日本からの留学生だった。ある時、昔、私が出した下宿屋広告を見たのだろう。下宿屋を探してリッチモンドの我が家へ彼女がやって来た。私は亡き夫の建てた4880 SQ FT、7寝室、サウナにジャクジルーム、プレイルーム、温室もある広い家に当時1人で住んでいた。それで2016年に下宿屋をやっていたか記憶にないが、広告が残っていたのだろう。それを見て、夏好ちゃんは私を訪ねてきた。結局、部屋の賃貸はしなかったが、その出会いから、彼女は一人住いの老婆を時々訪ねてくれるようになった。2人で過ごした楽しい時間が、今も忘れられない。今も壁に張ったかわいい写真を見ながら彼女を懐かしむグランマだ。

 彼女と私の共通点は、本が好きなことだった。あの出会った最初の日、2人はある本の話しになった。その本は百田尚樹の歴史経済小説で「出光興産」創業者の出光佐三をモデルとした主人公「国岡鉄造」の一生と、出光興産をモデルにした国岡商店が大企業にまで成長する過程が描かれた小説で、 第10回本屋大賞受賞作品。それが出版された2016年の12月には上下巻累計で420万部突破のベストセラーとなった本なのだ。カナダ在住の私がその本の出版直後に読んでいたのだ。私がその本の話をしながら、「本の題名が思い出せないのよ」と言ったら「それは”海賊と呼ばれた男”と言うのよ」と教えてくれた。もっと驚いたのは、彼女はなんとその「出光興産」で働いていたというのだ。

 それって「セレンディピティ」かな?私の思いがけない彼女との出会いだった。

 そして、2016年9月9日頃からカナダのテレビ、新聞での日本人留学生行方不明ニュースが報道された。ある日、東京の大妻女子大教授の友人「ジャンヨンへ」から電話で「今、日本でテレビや新聞で報道されているバンクーバーでの日本人留学生行方不明女性、その人は、澄子さん、私達が貴女の家へ行った時、一緒に〈寿司パーティー〉を楽しんだ、『コガワ ナツミちゃん』でしょう?」、「探してあげて下さいよ」と言った。彼女の名前は『フルカワ(古川)ナツミ』と私は記憶。報道で彼女は〈コガワ、古川夏好〉となっていたので別人だと言った。姓も名前も私の記憶と違っていたが実際は同じ人だった。

 やがて、9月下旬、彼女の遺体発見。その驚きと悲しみをバンクーバー新報のエッセイ「老婆のひとりごと」に書いた。するとその記事を朋子さんが読んだ。彼女は夏好ちゃん探しのボランティアの一人、夏好ちゃんと同じ青森出身の女性なのだ。朋子さんは自分の友達にその掲載エッセイについて話した。そして、その友達はなんとこのグランマの友人だった。
 今、83歳半、記憶力もあやしくなっているこのグランマを、2016年の暮れからその時以来、遠いNorth Vancouverから幾つも橋を渡って、時々訪ねて下さる朋子さん。彼女は夏好ちゃんに会った事はない。でも同じ青森出身と言う事で、道路でビラを配り、夏好ちゃん探しのボランティアをやっていたのだ。優しい人だ。
 この「縁」それは偶然なのだろうか?

 そして、あれから9月の命日には心あるバンクーバーの人達は毎年、彼女の遺体が発見されたあの今はもう庭も無くなりビルが建ったマンション、でも、その庭の端で供養をする。青木住職を中心として、今年も又10数名が集まってくれるのだろうか?あれから7年経っている。

 此れって、実は夏好ちゃんが天から皆に送るメッセージ波動なのかな?

 グランマは彼女のとの温かい思い出と共に重なる偶然、何だか何時も何かに守られているみたい。
 私の「セレンディピティ」幸運をつかむ、なのかなぁ?

セレンディピティ(英語: serendipity)とは、素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。

許 澄子
2016年からバンクーバー新報紙でコラム「老婆のひとりごと」を執筆。2020年7月から2022年12月まで、当サイトで「グランマのひとりごと」として、コラムを継続。2023年1月より「『セレンディピティ』幸運をつかむ」を執筆中。
「グランマのひとりごと」はこちらからすべてご覧いただけます。https://www.japancanadatoday.ca/category/column/senior-lady/