ホーム 著者 からの投稿 Naomi Mishima

Naomi Mishima

Naomi Mishima
1664 投稿 0 コメント

広島・長崎から80年、ハミルトンでサーロー節子さんと平和について考える

ドキュメンタリー映画上映前にあいさつするサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ドキュメンタリー映画上映前にあいさつするサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 広島・長崎の被爆の歴史を通して戦争や平和について考えるイベント「終戦80年-広島長崎を通して戦争を考える-(80 Years On: Learning from Hiroshima and Nagasaki, Together with the Next Generation)」が7月5日に開催された。

 イベントはオンタリオ州ハミルトン市とブリティッシュ・コロンビア(BC)州バンクーバー市での同時開催。さらにオンラインでも参加可能で、オタワ市(オンタリオ州)、ウィニペグ市(マニトバ州)、ビクトリア市(BC州)、ユーコン準州、ケベック州から、そして日本からも含め約600人が参加した。

 全カナダ日系人協会(NAJC)傘下の新移住者委員会(JNIC)とトロント都道府県人会・連合会が共催、人権委員会(HRC)、NAJCハミルトンチャプター、Greater Vancouver Japanese Canadian Citizens’ Association、バンクーバー広島県人会、バンクーバー日本語学校が後援した。

関連記事:広島・長崎から80年、証言継承と平和の誓いを次世代へ バンクーバーに集う

定員350人を超える参加者がハミルトンに集う

 ハミルトン市ではウエストデール劇場で開催された。車で約1時間のトロント市などからも参加し、会場は定員350人を超える人が集まった。なかには、ハミルトン市の姉妹都市、広島県福山市に住んでいたことがあるというカナダ人女性もいた。

定員350人が満席となり立ち見まで出た会場で。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
定員350人が満席となり立ち見まで出た会場で。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 映画の前には、Inner Truth Taiko Dojoの和太鼓演奏や高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」によるダンスが披露された。

 会場内にはトロント都道府県人会・連合会から、新潟県人会、広島県人会、宮崎県人会、沖縄県人会などがブースを設置して、各県の特徴や関係の深い人物を紹介。オンタリオ広島県人会のブースでは、「平和の祈りと願い」を書くコーナーが設けられ、それぞれに思いを込めた。

サーロー節子さんをゲストスピーカーに迎えて

 ハミルトン会場ではサーロー節子さんをゲストスピーカーに迎えた。広島女学院高等女学校在学中に学徒動員先で13歳の時に被爆、アメリカ留学中の経験を機に体験談を通した平和活動を続けている。2017年にはICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)と共にノーベル平和賞を受賞した。

 上映前にあいさつした節子さんは、この映画は自分の個人的な人生と、経験と考えを映し出しているが、加えて、核兵器廃絶活動や自分が出席したさまざまな会議の模様など背景情報も多く、とても教育的な内容となっていると紹介。映画の完成が新型コロナウイルス禍となったためすぐに映画館での上映がかなわなかったが草の根運動的に上映が実現し、「アメリカや日本で非常に良い反応を受けました」と説明した。「私が楽しんだように、皆さんも映画を楽しんでくれるとうれしい」と語った。

「民主主義に責任のある市民になってほしい」

 ドキュメンタリー映画「The Vow from Hiroshima(広島への誓い)」は、サーロー節子さんの平和活動と、プロデューサーを務めたニューヨーク在住の被爆2世・竹内道さんの思いを交錯させながら、節子さんの被爆体験者として「核兵器は二度と使ってはならない」という強い思いを訴える。

サーロー節子さんとの質疑応答の様子。左はNAJC副会長ハミルトンチャプターの浜出正さん、右はNAJCビクトリア理事ピアレスゆかりさん。2人はこの日司会を務めた。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
サーロー節子さんとの質疑応答の様子。左はNAJC副会長ハミルトンチャプターの浜出正さん、右はNAJCビクトリア理事ピアレスゆかりさん。2人はこの日司会を務めた。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 上映会の後には質疑応答の時間が設けられた。350人を超える参加者が節子さんの一言一言に耳を傾けた。

 なかには、日系カナダ人が戦中に差別により強制収容されたことと重ね合わせ、原爆投下に差別意識が働いていたと思うかとの質問があった。節子さんは当時のマッケンジー・キング首相がヨーロッパではなく日本の町に爆弾が落とされてよかったという趣旨の日記の内容を紹介した。実際のキング元首相の日記に記載された言葉は、“We now see what might have come to the British race had German scientists won the race. It is fortunate that the use of the bomb should have been upon the Japanese rather than upon the white races of Europe.” From Library and Archives Canada “Diaries of William Lyon Mackenzie King on Page 3 of August 6, 1945.”(今ならもしドイツの科学者たちが(原子爆弾の開発競争に)勝っていたらイギリス民族に何が起こっていたか分かるだろう。爆弾の使用がヨーロッパの白人種ではなく、日本人に対して行われたことは幸運だった。訳:日加トゥデイ)

 若者へは「民主主義に責任のある市民となってほしい」とメッセージを送った。この日上映された映画などを見て、当時何が起きたのか、政治的にどういう決断が下されたのか、その結果人間の生活と状況がどう変わったのかを知ってほしいと語った。「情報は知識となり、その蓄積はこうした問題への感情的な思い入れに変わると思う。今日の映画があなたたちの心に何かをかき回すような感情を起こしたのなら、それを追いかけ、よく考えてほしい。そして、家族や友達に伝えてほしい。行動を起こしてほしい。地元メディアや政治家に思いを送ってほしい」と訴えた。

 核兵器廃絶は常に政治的に決断される。市民の声を集め、政治家を動かし、核のない世界を実現するために行動してほしいと若者に語り掛けた。政治を動かすには時にかなりの時間がかかる。しかし、「122カ国が全ての核兵器を廃絶することに同意したのです」と、2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約の実現を例に挙げ、あきらめずに一歩ずつ前進することの大切さを語った。

講演の時にはいつも持っているという被爆時に広島女学院に通っていた学生や教職員の名前が書かれた黄色い布を広げて説明するサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
講演の時にはいつも持っているという被爆時に広島女学院に通っていた学生や教職員の名前が書かれた黄色い布を広げて説明するサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 その後、山吹色の布を取り出した。そこにはびっしりと名前が記されている。節子さんが通っていた広島女学院時代の仲間で、原爆で亡くなった教職員や学生たちだ。「一人ひとりに人生があった。私は彼女たちの声なき声を代弁している」と涙をこらえた。

 質疑応答の後には会場にいた参加者が壇上で節子さんと直接対話する時間も設けられた。長蛇の列となったが、一人ひとりと言葉を交わしていた。

NAJC事務局長・石井キャロラインさんがあいさつ。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
NAJC事務局長・石井キャロラインさんがあいさつ。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
あいさつで「サーローさんの言葉に直接耳の傾けられる貴重な機会と思っております」と語る在トロント日本国総領事時間・太田友啓領事。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
あいさつで「サーローさんの言葉に直接耳の傾けられる貴重な機会と思っております」と語る在トロント日本国総領事時間・太田友啓領事。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
オンタリオ広島県人会のブースに設置された「平和の祈りと願い」を書くコーナー。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
オンタリオ広島県人会のブースに設置された「平和の祈りと願い」を書くコーナー。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
会場となったウエストデール劇場前で和太鼓を演奏するInner Truth Taiko Dojo。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
会場となったウエストデール劇場前で和太鼓を演奏するInner Truth Taiko Dojo。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和太鼓に続いて、高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」がダンスを披露した。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和太鼓に続いて、高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」がダンスを披露した。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ウエストデール劇場の入り口付近で原爆に関する資料を読む参加者。手前の資料は佐々木禎子さんについて説明している。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ウエストデール劇場の入り口付近で原爆に関する資料を読む参加者。手前の資料は佐々木禎子さんについて説明している。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

(取材 三島直美)

合わせて読みたい関連記事

Honda Celebration of Light 2025、今年のバンクーバー花火大会はカナダ国内から3チームが参加

Honda Celebration of Light, Japan 2017; Photo by Koichi Saito
Honda Celebration of Light, Japan 2017; Photo by Koichi Saito

 バンクーバー夏の風物詩「Honda Celebration of Light」が今年もバンクーバー市のダウンタウン・イングリッシュベイで開催される。

 毎年海外から花火チームが参加するのが通例となっていたが、今年は国内の花火師が腕を競う。7月19日はユーコン準州、23日はケベック州、26日はノバスコシア州が夜空を彩る。

 最近は花火の前にBC Honda Dealersによるドローンショーも開催。藍色に染まっていく西の空をキャンバスに変幻自在の模様を描いく。

 ドローンショーは10時から、花火は10時15分から。7月19日と23日には6時30分からスノーバードによる航空ショーも楽しめる。

 毎年イングリッシュベイ付近は歩行者天国となるが、今年は4月にバンクーバー市で起きたラプラプフェスティバルでの事故を受け、警備が強化されている。

 花火大会の日は公共交通機関トランスリンクがシャトルバスを運行。イベント前にはバラードステーションから会場近くまで、花火終了後には会場近くからバラード&ウォーターフロントステーションへとウエスト&ノースバンクーバーへ運行する。また、スカイトレイン、シーバスを増便、26日にはウエストコースト・エキスプレスも特別運行する。詳しくはトランスリンクのホームページを参照。

Honda Celebration of Light 2025 (https://hondacelebrationoflight.com/)

7月19日(土)ユーコン準州 Team Midnight Sun
7月23日(水)ケベック州 Team Royal Pyrotechnie
7月26日(土)ノバスコシア州 Team Fireworks FX

これまでのHonda Celebration of Lightを動画で。

(記事 北野大地)

合わせて読みたい関連記事

「レ・カウボーイ・フランガン」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第37回

はじめに

 日加関係を応援頂いている皆さま、音楽ファンの皆さま、こんにちは。

 ここオタワは今、最高の季節を迎えています。気温は高い時でも20℃台後半で30℃を超えることは稀。湿度も高くありませんから、木陰に入って風が吹くと心地良い程度に冷んやりします。ほぼ熱帯と化した高温多湿の東京から見れば大変に贅沢な気候です。

 その上、連邦議会はカーニー政権が目玉として掲げた所得減税、暫定予算、そして「一つのカナダ経済法案(One Canadian Economy Bill)」を成立させて休会に入っています。6月15日〜17日には、アルバータ州の世界的な避暑地カナナスキスでG7が成功裡に開催されました。

 よってもって、首都オタワは7月の声を聴くと、率直に言って、かなり休日モードに入りました。街には音楽が溢れています。ブルース・フェスティバルもジャズ・フェステイバルも大変な盛況でした。オタワの地理的特性は、オンタリオ州とケベック州の接点であること。それ故に、バイタウンと呼ばれた木材交易の小さな村が首都になった訳です。自由と多様性と包摂性こそカナダの個性でありアイデンティティー、オタワで広く聴かれている音楽にもそれらが滲んでいます。

 そこで、今月はレ・カウボーイ・フランガン(Les Cowboys Fringants)です。

 ケベコワが誇るロック・バンドです。伝統的なカントリー・ミュージックと現代的ロックが融合した音楽で、歌詞は全てフランス語。エッジの効いた諧謔と極私的な出来事から政治、歴史、環境問題にまで及ぶ多様なテーマを等身大に描きます。親しみやすいメロディーとナチュラルな編曲が聴く者を惹きつけて止みません。彼らはフランス語なので米国で殆ど聴かれていませんが、欧州を中心にフランス語圏では絶大な人気を誇っています。パリ公演では、ケベック訛りのフランス語の大合唱が会場を包み込むそうです。

初めてレ・カウボーイ・フランガンを聴いた日

 私事で恐縮ですが、実は、私はつい数週間前まで彼らの音楽を聴いたことがありませんでした。それは6月4日の事でした。ブロック・ケベコア党のルイ=フィリップ・ブランシェット党首を公邸にお招きし夕食を共にしました。党首はマルチな才人で、政治家になる前は音楽プロデューサーでしたし、宮本武蔵の「五輪書」のフランス語翻訳も読破した知的な文化人です。政治・外交は当然ですが、科学技術から文化に至る多様な話題で盛り上がりました。音楽の話題になった時に、党首が最も好きなバンドとして強力に薦めて下さったのがレ・カウボーイ・フランガンだったのです。

 その時に初めて聴いた曲は2004年の音盤『La Grand-Messe』に収録された「Les etoiles filantes」という曲でした。日頃ブリティッシュ・ロックやアメリカン・ロックを聴くことの多い私にとっては、アコーディオンの音色が印象的な洒落た響きが新鮮でした。リード・ヴォーカルのカール・トレンブレイの声と歌唱も耳に残るものでした。時に囁くように歌うので、フランス語の話せない私にも鍵になる言葉が胸に迫ります。芯の強い太くハスキーな声質は聴く者を惹きつける魅力があります。村上龍の最高傑作「コインロッカー・ベイビーズ」の主人公ハシの声はきっとこんなじゃないかと想像します。

 要するに、一曲でレ・カウボーイ・フランガンのファンの末席に並びました。すると、もっと他の音盤も聴きたくなりますし、バンドの歴史も知りたくなります。ビートルズもローリングストーンズもビーチボーイズもザ・バンドもそうですが、成功した如何なる楽団なら必ず素晴らしい物語に彩られています。ファンになったばかりの私ですが、全ての音盤を聴き倒し、アクセス出来るインタビューや記事を読み倒しました。そこには、大きな感動がありました。是非、このコラムを読んで頂いている皆さまと共有したいです。

内気な少年の邂逅

 レ・カウボーイ・フランガンは5人組ですが、バンドの要はボーカルのカール・トレンブレイとギターのジャン=フランソワ・ポゼの邂逅から全てが始まります。それは1994年9月、モントリオール郊外のアイス・ホッケーのジュニア・チーム「ジェッツ・ド・レペンティニー」のロッカー・ルームの事でした。カールとジャン=フランソワは他のプレイヤーと共にトレーニング・キャンプを終えて、正式にジェッツのB級メンバーに選抜されたのでした。

 トリビアですが、ジョンとポールがリバプールの聖ピーターズ教会の夏祭りで出会ってビートルズが始まり、ミック・ジャガーとキース・リチャーズがケント州ダートフォード駅で話してストーンズが始動したのに似ています。

 但し、ジェッツのチームメイトとなった2人が打ち解けて音楽の話しをするようになるには更に3ヶ月余が必要でした。俄かには信じられませんが、彼らのホームページによれば当時は2人とも内気だったそうです。

 そして、1995年1月、カールは、ジャン=フランソワが上手いギタリストだと聞いて、思いきって彼に話しを持ちかけます。自分はボーカルでバンドを組みたくて仲間を探しているんだけど一緒にやってみないか、と。実は、ジャン=フランソワは最初は乗り気ではなかったそうです。

 しかし、カールの熱意に押されてたジャン=フランソワは、翌2月のある夜、自宅の地下室にカールを招き、初めて一緒にジャム・セッションを行います。カールは、ジャン=フランソワのギターにサムシングを感じ、ジャン=フランソワはカールのボーカルに未来を感じました。その夜、2人は「Les routes du bonheur(幸福への道)」を作曲します。記念すべき最初のオリジナル曲です。バンド結成の瞬間です。2人は翌日も集まり次々と曲を仕上げていきます。夏までには、2人でつくった曲は20曲を超えたといいます。蜜の如く甘く同時に苦く辛い恋の痛みを描く碧い佳曲です。デビュー盤「12 Grandes Chansons」には、そんな創世記が刻まれています。

マリー=アニック・レピーヌ登場

 2人はオリジナル曲でレパートリーを固めると同時に、バンドのサウンドの充実が急務だと悟ります。つまり、新たなメンバーが必要なのです。そんな中、夏のアルバイトで、ジャン=フランソワは、正式にクラシック音楽を勉強しているヴァイオリン奏者マリー=アニック・レピーヌと出会います。そして、強力に勧誘します。カールとジャン=フランソワには無い豊かな音楽的センスはさぞ眩しかったに違いありません。しかし、プロのオーケストラ入団を目指す彼女はカントリー・ロックという音楽スタイルへの関心は乏しかったようです。だからと言って、2人はマリー=アニックを簡単には諦めきれません。そして、時には情熱が運命を呼び寄せます。

 1996年夏、地元レペンティニーの「ラ・リパイユ」というビアホールでソングライティング・コンテストが開催されました。カールとジャン=フランソワは腕試しに、上述の2人で作った最初の曲「幸福への道」と「Gaetane」という2曲のオリジナル作品を出品します。親しみ安い旋律とユーモラスな中に微量の毒のある歌詞に、カールの声が審査員を掴みます。予選を通過し、決勝トーナメントへと駒を進める2人です。観客を前にした2人の歌と演奏が場内を熱狂させます。その模様を見ていたマリー=アニックは、心の中で何かが弾けたのを感じたそうです。そこで、彼女は、準決勝のステージにサポート・メンバーとしてヴァイオリンを奏でます。ほぼ即興的に演奏したのですが、クラシックで鍛えたヴァイオリンの音色とフレーズは、カントリー調のシンプルな音楽に優雅さと豊かさを与えます。音楽的な厚みと深みが格段に増します。そして、3人は決勝へ進出。このコンテストで準優勝です。マリー=アニックの参加でレ・カウボーイ・フランガンの音楽的核が出来上がったのです。

レ・カウボーイ・フランガン始動

 楽才溢れるマリー=アニックは、ヴァイオリンのみならず、ピアノやアコーディオン等のキーボード群、マンドリンも弾けます。編曲もボーカル、コーラスも出来ます。非常に強力なメンバーの獲得でバンドに弾みがつきます。バンドとして完結するには、フロントの3人と気の合うリズム隊が不可欠です。ベースとドラムです。やがて、マリー=アニックの従兄弟ジェローム・デュプラがベーシストとして加入。ジェロームが友人のドラム奏者ドミニク・ルボーを引っ張って来ます。当時、ドミニクは他のバンドで活躍していたのですが、半ば強引に誘い込みます。ここに5人組のレ・カウボーイ・フランガンが始動します。1997年のことです。

 そして、この5人で早速、デビュー盤「12 Grandes Chansons」が制作されます。とは言っても、メジャーなレコード会社との契約もない、地元の作曲コンテストで準優勝となったアマチュア・バンドです。音質も優れない500本のカセットでした。今では、CD化され、ウェブでも聴けます。オリジナルのカセットはプレミアが付いて超高額で取引されています。

飛翔

 彼らの初期の傑作「break syndical」は2002年の作品。まず、批評家から好意的なコメントを得ます。そして、地元レベンティニーやモントリオール周辺で絶賛され、やがてケベック州を横断する聴衆から愛されます。ケベック州内を公演ツアーで回ると、音盤ジャケットのモチーフになっているグリーンのTシャツが会場を覆い尽くしたといいます。

 ライブでこそバンドは真の実力を蓄積していきます。ラジオ局も頻繁に彼らの曲をオンエア。彼らは、一躍ケベックを代表するバンドとなります。

 レ・カウボーイ・フランガンは超多作ではありません。じっくりと創り込んだ良質のスタジオ音盤と熱狂を伝えるライブ音盤をコンスタントに発表していきます。それらは、ケベックの現代音楽の歴史の重要な章です。

伝説〜カール最期の日々

 人間誰しも不死身ではありません。いつかは最期の日々がやって来ます。一方、医学の進化が人生百年を日常化しています。そんな中、バンドの創設者でフロントマン、カール・トレンブレイが前立腺がんに冒されます。2020年1月の事でした。が、この事実は秘匿されていました。がんと闘いながらもライブとスタジオを精力的に活動するカール。レ・カウボーイ・フランガンは、難しい局面の中で、2021年には、名作「Les Nuits de Repentigny」をリリースします。がんの事を一切知らないファンは、ただただ、極上の音楽を愉しむのです。エルビス・プレスリーを模したカールの写真に、彼の矜持が滲んでいます。

 2022年には、カールが化学療法を受けていることが公表されます。

 2023年9月、遂に、最後のライブが敢行されます。毎年ロデオ大会が開催されるケベック州サン=ティトに彼らのファンが結集しました。

 2ヶ月後、11月15日、カールが47歳の若さで他界。トルドー首相は「カールの声は、私たちの物語を語り、心を打つ力を持っていた」との談話を発しました。ケベック州政府は、州旗を半旗にし、追悼の意を表しました。また、カールとバンドの28年間に及ぶ活動を讃え、11月28日にケベック州の「国葬」が執り行われました。

結語

 レ・カウボーイ・フランガンは、ケベック州に加え、欧州のフランス語圏で絶大な人気を誇っています。最新盤は2024年4月に発表された「Pub Royal」です。ここには12曲収録されていますが、6曲はカール・トレンブレイの最後の録音です。正に“白鳥の歌”です。これは、全カナダのアルバム・チャートで初登場3位を記録します。ケベックを超えてカナダを象徴するバンドでもあることを示唆しています。

 また、カール・トレンブレイは、環境問題に強い関心を持っていて、ある時、「売った音盤の数だけ木を植えている」と語りました。彼らは、これまで130万枚を超える音盤を売り上げています。と言うことは、130万本を超える植樹をして来た訳です。

 レ・カウボーイ・フランガンの音楽は、樹木のように、聴く者の心に根を張り、世代を超えて聴き継がれていくのだと思います。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

書道教室  並びに  書道ワークショップのお知らせ

★書道教室:月2回 漢字・かな・ペン字

*日系センター 第①,②水 曜日 11時~
*リッチモンド 第①、②火曜日      〃

―――――――――――――――――――――――――――――――   

★書道ワークショップ:「万葉集 漢詩を書く会」

*日系センター 月1回 土曜日 11時―12時半 

万葉集で仮名 または 漢詩で漢字のお稽古をし 毎回作品を制作します
清書用紙は受講料に込み  初心者用の手本有  準備上事前予約要

______________________

★シニア(55才以上)の書道ワークショップ  -シニア料金-

日時―9/18、 10/16、 11/20、 12/18  月1回  第③木曜 2時30分―4時 
4日間継続のクラスではなく 月ごと(1回ごと)の申し込みになります。 
お道具等のレント費も受講料に 込み  5名以上で開講 

*場所ーMinoru Senior Centre Richmond ( 7191 Granville Ave. Richmond ) 

___________________________________

●各クラス、初心者歓迎、見学できます。ご希望の方は事前連絡を。

お申し込み・詳細は下記までお気軽にお問い合わせ下さい。

書道研究 一成会
TEL (604)273-1621
e-mail     rvan2@hotmail.com

イーストサイド・アート・フェスティバル18日から開催、パウエル祭とのコラボイベントも

写真提供 Eastside Arts Festival。Photo by Wendy D Photography
写真提供 Eastside Arts Festival。Photo by Wendy D Photography

 今年で5回目となるイーストサイド・アート・フェスティバルが7月18日から始まる。開催期間は27日まで。

 老若男女を問わない多彩な体験が楽しめるアートなイベントで、参加型アートワークショップや臨場感あふれるライブ音楽パフォーマンスなど、感性を刺激するプログラムが満載。ビアガーデンも用意されている。

 街を彩るパブリックアートの展示やユニークな作品が並ぶアートショップも登場し、芸術に触れ、学び、楽しむ絶好の機会となっている。会場はバンクーバー市イーストサイド地域。

 プログラムの一つには、バンクーバー日本語学校並びに日系人会館を出発する360 Riot Walk(有料)もある。1907年にこの地域で日系・中国系カナダ人を襲った反アジア人暴動を振り返る。30分のウォーキングツアーも含めて約3時間のプログラム。実施日7月20日。詳細はウェブサイトで。https://www.eventbrite.com/e/360-riot-walk-july-20th-tickets-1403083002029?aff=odcleoeventsincollection&keep_tld=1

 無料イベントでは、Big Print Powell Street/Paueru Gai 2025 Carving Demonstrationに注目。7月24日に3回開催され、最終仕上げは8月2日、3日にオッペンハイマー公園とその周辺で開催されるパウエル祭で披露されるコラボイベント。1回20人と人数制限があるため要予約。https://www.eventbrite.com/e/big-print-powell-streetpaueru-gai-2025-carving-demonstration-tickets-1406607794779?aff=odcleoeventsincollection&keep_tld=1

フェスティバルのプログラム内容はウェブサイトで確認を。https://eastsideartsfest.ca/

(記事 編集部)

合わせて読みたい関連記事

もっとカナダを楽しめる夏、Canada Strong Passで国立公園入場が無料に

国立カナダ戦争博物館。設計は日系カナダ人建築家レイモンド・モリヤマ氏。2025年4月3日、オタワ市。撮影 日加トゥデイ
国立カナダ戦争博物館。設計は日系カナダ人建築家レイモンド・モリヤマ氏。2025年4月3日、オタワ市。撮影 日加トゥデイ

 カナダ政府は国立公園や博物館・美術館などを無料、もしくは割引価格で利用できるプログラムを6月20日から実施している。

 無料になるのは、パークスカナダ(Parks Canada)管轄の国立公園(national parks)と国定史跡(national historic sites)、国立海洋保護区(national marine conservation areas)。国立公園でのキャンプは25%割引となる。対象は全利用者。カナダ在住や海外からの旅行者など関係なく誰でも利用できる。

 割引が適用されるのは、国立博物館・美術館。17歳以下は無料、18~24歳は50%割引となる。ケベック州ケベックシティにあるアブラハムの平原博物館(Plains of Abraham Museum)やオンタリオ州オタワ市のカナダ戦争博物館(Canadian War Museum)、マニトバ州ウィニペグ市のカナダ人権博物館(Canadian Museum for Human Rights)など。

 カナダを横断する鉄道ヴィアレール(VIA Rail)も子どもを対象に割引となる。大人と同乗する17歳以下は無料、18~24歳は25%割引。

 その他にも同プログラムに参加している州立博物館や美術館も割引となる。17歳以下は無料、18~24歳は50%割引。

 Canada Strong Passプログラムの利用にカードやオンラインでの「パス」を申請したり、持ったりする必要はなく、対象者であれば利用時に適用される。ただし、一部には予約が必要な公園や博物館があるため確認する。

 ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊ではリッチモンド市スティーブストンにある日系カナダ人の歴史とも関係が深いGulf of Georgia Cannery National Historic Siteが無料利用できる。

 適用期間は、6月20日から9月2日まで。

 詳しくはカナダ政府ウェブサイト、もしくは、パークスカナダウェブサイトで確認を。

Canada Strong Pass:https://www.canada.ca/en/canadian-heritage/campaigns/canada-pass/about.html#wb-cont

Parks Canada:https://parks.canada.ca/voyage-travel/conseils-tips/choisis-canada-choose/admission-camping

(記事 編集部)

合わせて読みたい関連記事

第26回 「主役じゃない私が、もらったエール。」~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

夏の陽ざしが少しずつ力を増し、バンクーバーにも季節の移ろいが感じられるようになってきました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。わが家ではこの夏も、野球一色の日々が続いています。

私には高校生の息子が2人います。長男はこの6月に卒業したばかりですが、どちらも小さい頃から野球を続けていて、春から夏にかけては家族総出で練習や試合に帯同するのが毎年恒例です。

先日は、長男の高校最後のトーナメントが、バンクーバーから約350キロ離れた町・カムループスで開催されました。

準決勝までギリギリ勝ち上がったチームが、なんと、まさかの優勝!

最終回、1点ビハインドのまま迎えた攻撃で同点に追いつき、2アウトからのサヨナラ勝ち。スタンドの歓声がグラウンドに響き渡る、劇的な幕切れとなりました。

……が、実は私、その感動の瞬間、タイミング悪く外野席の奥のトイレに向かって歩いておりまして(笑)かろうじて遠目でホームへの滑り込みだけは撮影できたものの、歓喜に沸く選手たちの姿は見逃してしまいました。

そんな3泊4日の滞在中、ある方から一通のメッセージが届きました。「今、日本で“終活”をテーマにしたドラマが放送されているんですよ」と、関連ニュースや写真とともに教えてくださったのです。

そのドラマの原作は漫画なのですが、実は私、その作品を数年前に、友人のご主人からプレゼントしていただいたことがありました。「終活の話だから、のりこさんの役に立つと思って」と、友人を通じて贈ってくださったものです。

その時のやさしさや、背中をぽんと押してくれるような思いが、メッセージを読んだ瞬間によみがえってきました。

何年も経ってからでも思い出してもらえること、そして「きっと喜ぶだろうな」と誰かが自分のことを思ってくれること。それだけで、胸がじんわりとあたたかくなります。

私は今も、弁護士アシスタントとして、遺言や委任状などに関する仕事に携わっています。そして、終活アドバイザーとして開催するセミナーでは、「貴重な情報が得られた」「気づきをありがとう」といった感謝の言葉をいただくこともあります。

でも、そこからすぐに“行動”へと移す方は、実はそれほど多くありません。

どれだけ言葉を尽くしても、どんなに丁寧に伝えても――
動かない人は、やっぱり動かない。
そしてそのまま、家族やまわりの人を、争いや混乱の渦に巻き込んでしまうのです。

何度も、もどかしさに押しつぶされそうになりました。
「私のやっていることは無意味なのでは?」「もう、やめてしまおうか」――
そう思ったことも、一度や二度ではありません。

それでも、こうしてさりげなく応援してくださる方がいて、「ちゃんと届いているよ」と知らせてくれる人がいる。その存在があるからこそ、私は今日も、こうして続けていられるのだと思います。

日々、家族を応援する立場にいる私自身が、実は見えないところでそっと応援されていた―― そのことに、ふと気づかされた出来事でした。

派手な言葉や大きな拍手でなくても、小さなエールは、確かに人の心をあたためてくれるもの。それもまた、人生を大切に生きていく上での、大切な力のひとつなのかもしれません。

……そんなことを、トイレへ急ぎ足で向かう途中に、ふと感じた夏の一日でした。

*ご感想・ご質問は、メールにてお気軽にどうぞ。voice@shukatsu.ca

本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

グローバルライフデザイナー/海外終活アドバイザー
カナダ・バンクーバー在住。

カナダで親しい友人を突然亡くしたことをきっかけに、終活の大切さを実感。
相続専門の弁護士アシスタントとしての経験をもとに、海外を含むさまざまな場所で暮らす日本人の終活を、学びの視点から支えている。

エンディングノートの活用や家族との対話を通じて、「自分らしくこれからを生きる」ヒントを共有する活動を続けている。

「終活」を、これからの人生を見つめ直す機会ととらえる——そんな“私活(わたしかつ)”という考え方も、大切にしている。

家族は、カナダ人の夫、2人の息子、愛猫1匹。
ホームページ:https://www.shukatsu.ca

「カナダ“乗り鉄”の旅」第26回 ゴールラッシュ時代を追体験できる列車、金に代わる「夢」の行方は…

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 世界で2番目に大きな国土を抱えるカナダには、鉄道利用とは縁遠い地域がある。その一つだと信じ込んでいた西部ユーコン準州の州都ホワイトホースを2024年9月に訪れたところ、宿泊したホテルの目の前に想定していなかった駅舎風の建物がそびえ、線路が延びている。ユーコンでゴールドラッシュがわき起こった後、一攫千金を狙った夢追い人たちを運んだ鉄道路線がホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車として健在だったのだ。「ゴールドラッシュ時代の列車を追体験したい」という私の「夢」の行方は―。

【ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート】アメリカ西部アラスカ州スカグウェイの港とカナダのユーコン準州の州都ホワイトホースを結ぶ鉄道路線。1896年にユーコンのドーソンシティーで金が発見されたことでゴールドラッシュが起こり、金の採掘を目指す開拓者らを運ぶため1900年に完成した。船舶でスカグウェイに到着後、険しい峠を越えてホワイトホースまで列車を利用し、ユーコン川を下ってドーソンシティーへ向かって金を掘り当てることを狙った。

 1982年にいったん運行停止したが、88年に一部区間が観光列車として復活した。現在は毎年5月下旬から9月中旬までの夏期に、スカグウェイとカナダ西部カークロスの間を、ディーゼル機関車または蒸気機関車(SL)が客車をひく観光列車を運行している。旅行方法では全区間を列車で往復する行程のほか、途中駅での折り返し運転、列車とバスを組み合わせたツアーなども販売している。

「駅舎」なのに列車は…

カナダ西部ユーコン準州の州都ホワイトホースにある駅舎風の建物(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州の州都ホワイトホースにある駅舎風の建物(大塚圭一郎撮影)

 ユーコン川に沿った建物は木造2階で、屋根に「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルート」の看板を掲げている。建物には「ホワイトホース ユーコン」の表示もあり、脇には短いプラットホームもあるため「ここを観光列車が行き来するのだろう」と駅舎としての役割を想像した。

 だが、私が訪れた夕方に建物は施錠されており、人けもなかった。そこで近くのユーコン準州の観光案内所を訪れ、窓口の女性にあいさつをすると「ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの列車は何時に出発するのかご存じですか?」と質問した。すると、想定していなかった答えが返ってきた。

 「あの建物の場所からはもう列車は走っていないの。でも、列車に乗るツアーは今の時期は毎朝出発しているわ」

 列車が走っていないのに、列車に乗車するのはどうして可能なのだろうか。駅舎風の建物の扉は漫画「ドラえもん」のひみつ道具「どこでもドア」になっており、扉の向こうに列車が待ち受けているとはさすがに思わなかったものの首をかしげた。

 すると、合点がいっていないのを直ちに察した女性は、笑みを浮かべながら付け加えた。「朝になるとあの建物の前にバスが来て、乗客をピックアップしてスカグウェイへ向かうの。そこから列車に乗るのよ」

ホワイトホースの駅舎風建物に掲示されたホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの説明文(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースの駅舎風建物に掲示されたホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの説明文(大塚圭一郎撮影)

 建物は厳密には「元駅舎」で、今は事実上のバスターミナルとして機能していたのだ。このホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはスカグウェイからホワイトホースまで運行していたものの、1982年にいったん運休。その後、ゴールドラッシュ時代に開拓者たちがたどった“ゴールデンルート”を追体験する“舞台装置”として復活し、ホワイトホースの南70キロ余りにあるユーコン準州カークロスとスカグウェイを結ぶようになった。

 しかしながら、列車はホワイトホースまで戻ってこなかった。代わりに夏期の観光シーズンに列車とバスを併用する“ハイブリッド”のツアーを販売しているのだ。

 ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの公式ウェブサイトによると、行程はバスでホワイトホースを午前7時半に出発し、10時にブリティッシュ・コロンビア州フレイザー着。列車に乗り換えて10時15分に出発し、国境を越えたスカグウェイまでの約45キロを1時間半余りで走る。2時間余りのスカグウェイ観光を楽しんだ後、午後2時にバスで帰路について5時半にホワイトホースに戻る。

ホワイトホースの駅舎風建物の隣を流れるユーコン川(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースの駅舎風建物の隣を流れるユーコン川(大塚圭一郎撮影)

 料金は大人1人当たり170アメリカドル(1ドル=144円で2万4480円)だから安くはないが、優れた鉄道旅行を表彰する賞「鉄旅オブザイヤー」の審査員が2024年度で12年目になった愛好家として到底放っておけない。情報を知った瞬間、私にとって追い求める「夢」は金、もとい列車となった。

直談判、返ってきた答えは

 ただ、サイトには気になる記載が2点あった。1点目は「表示料金で購入するには24時間前までに購入してください」と書かれていることで、もう1点は電話での予約受付時刻がアラスカ州時間で午前7時から午後3時と既に過ぎていたことだ。

 表示料金の期限を過ぎており、予約可能な時間も過ぎている。案の定、記されていた電話番号にかけても通じなかった。

 「予約受付時刻を過ぎているので無理でしょうね」と残念がる私に、女性はこう勇気づけてくれた。「明日朝に直接行ってみたら。当日でもツアーに入れてくれるかもしれないわよ」

 確かに人の良いカナダ人は、融通を利かせてくれることが往々にしてある。バス乗り場で「当日料金でもいいので乗せてください」と直談判すれば、もしかすると受け入れてくれるかもしれない。

 「アドバイスをありがとうございました。明日の午前7時に行ってみます」と伝え、翌朝にいちるの望みをつないで旧駅舎に向かった。

 旧駅舎の建物の扉は既に開いており、中に入ると窓口で女性が対応していた。そこで、「予約していませんが、参加したいです。代金はここで支払います」と切り出した。

 女性はきっぱりと応答した。「それは無理です。前日までに予約していなければ参加できません。アメリカ当局に参加者の名簿を前日に提出しており、そこに名前がない方は受け入れられません」

 国境をまたぐので、管理が厳格なのだ。それでも「この通りパスポート(旅券)を持っており、(アメリカのビザ免除プログラム)ESTAも取得しています」と食い下がったが、「名簿にない方の参加を認めることはできません」となしのつぶてだった。

 無理難題の依頼だったのかもしれないが、カナダでは珍しくきっぱりとした「ノー」の言い方だった。その理由に気づいたのは、バスが出発する時だった。

 窓口にいた女性も乗り込んだバスは、アラスカ州のナンバープレートだったのだ。ホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートはアラスカ州が拠点で、ツアー時にはアメリカ人の係員がホワイトホースまで来て対応しているのだ。

 「あの断り方はアメリカ流だったのだ」と考えると、アメリカに通算10年間住んでいた私には妙に合点がいった。おそらくカナダ人ならば無理な場合でも、「まだ乗れる日もあるので予約をお待ちしています」といったフォローをしてくれた可能性が高い。

 肩を落としたものの、親愛なるカナダ人にお門違いの不信感を抱かなくて済んだことに胸をなで下ろした。

独特の鐘の音色、その正体とは

ホワイトホースのユーコン交通博物館で保存しているカナダ太平洋航空のDC3(大塚圭一郎撮影)
ホワイトホースのユーコン交通博物館で保存しているカナダ太平洋航空のDC3(大塚圭一郎撮影)

 こんな展開も想定した私は「プランB」を選択し、ホワイトホース空港行きの路線バスに乗り込んだ。前日にエア・カナダでホワイトホース空港に着いた後、近くに旧カナダ太平洋航空(現エア・カナダ)のプロペラ機「DC3」が屋外に保存されているのに目が釘付けになった。そこは「ユーコン交通博物館」で、訪問したいと思っていたのだ。

ユーコン準州ホワイトホース空港の外観(大塚圭一郎撮影)
ユーコン準州ホワイトホース空港の外観(大塚圭一郎撮影)
ユーコン交通博物館に展示したホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの元客車(大塚圭一郎撮影)
ユーコン交通博物館に展示したホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの元客車(大塚圭一郎撮影)

 交通を通じて紹介したユーコン準州の歴史と自然を学ぶのはとても有意義で、その一角にはホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートで使っていた客車や資料も展示されていた。客車の座席に腰掛け、列車からの車窓映像を眺めた。ユーコンの大自然の山岳部の断崖絶壁を縫うように鉄路が続き、先人たちが大変な労力を投じて完成させたであろう巨大な橋梁を列車が渡っていくスリルに満ちた映像に引き込まれていると、まるで客車に乗り込んで「ゴールドラッシュ時代の追体験」をした気分になった。「搭乗拒否」の鉄槌を受けた失望感も雲散霧消し、すっかり気分が晴れて博物館を後にした。

カークロスに停車中のホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カークロスに停車中のホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 翌日は団体のツアーで、カークロスを訪れた。ゴールドラッシュ時代の建物が残る街並みは風情があり、広場にはシャチやカエルなどを彫った柱「トーテムポール」が先住民文化を伝える。脇にあるベンチに腰掛けると、ウィリアム英王子夫妻(当時、現皇太子夫妻)が2016年にユーコンを訪れた時に着席した「貴賓席」だった。なんと恐れ多い!

ユーコン準州カークロスにあるトーテムポールを立てた広場(大塚圭一郎撮影)
ユーコン準州カークロスにあるトーテムポールを立てた広場(大塚圭一郎撮影)

 野心でギラギラした男たちが集うゴールドラッシュ時代を思い浮かべていると、「カンカン…」という独特の鐘の音色が聞こえてきた。「あの音はもしや…」と聞こえてくる方角へ早足で向かうと、想像した通りだった。

 緑色と黄色のツートンカラーで彩られたディーゼル機関車が茶色のレトロ風客車をひくホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車だった。前日に交通博物館で眺めた車窓の映像と、眼前の列車が結びついて乗り鉄気分を味わうことができた。この瞬間に完全ではないものの、私が追い求めた「夢」が半ば実現した。

カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)
カナダ西部ユーコン準州カークロスを走るホワイト・パス・アンド・ユーコン・ルートの観光列車(大塚圭一郎撮影)

 降りてきた観光客たちの多くが列をつくったのは、「24種類の伝説のアイスクリーム」との看板を掲げたアイスクリーム店だった。

 私の「夢」はゴールドラッシュ時代をしのばせる列車に乗ることで、それを成し遂げた列車の乗客たちが目当てにしたのはアイスクリーム。一攫千金を追い求めた開拓者たちはあの世から私たちを見下ろし、「後世の連中はずいぶんと小粒になったものを追い求めているんだな!」とあざ笑っているかもしれない。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。

カナダデーに今年もスティーブストンでサーモンフェスティバル開催

開会式の後で。左から、バンクーバー総領事館・岡垣首席領事、髙橋総領事、フェスティバル理事コジマさん。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
開会式の後で。左から、バンクーバー総領事館・岡垣首席領事、髙橋総領事、フェスティバル理事コジマさん。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 カナダの建国記念日にあたるカナダデー。今年も各地でさまざまなイベントが7月1日に開催された。特に今年はトランプ大統領の「51番目の州」発言もあり、例年以上に愛国心が爆発したカナダデーになった。

カナダの国歌「オーカナダ」合唱を前に。開会式で。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
カナダの国歌「オーカナダ」合唱を前に。開会式で。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 リッチモンド市スティーブストンでは毎年恒例のサーモンフェスティバルが開催された。今年で78回目となる。開会式ではリッチモンド市マルコム・ブロディ市長が「ハッピー・カナダデー」と叫ぶと会場からはさらに大きな声で「ハッピー・カナダデー」の大合唱が返ってきた。在バンクーバー日本国領事館・髙橋良明総領事もあいさつ。岡垣さとみ首席領事も出席した。

 戦前に和歌山県から多くの漁師が移民し、サーモン漁でにぎわった地域として知られるスティーブストンは、日系コミュニティと関りも深い。フェスティバルでは、今年も、武道、琴やいけばな、書道などの伝統文化がマーシャルアートセンターで披露され、日系文化センターでは日本語学校などがブースを出して、どこも大勢の人でにぎわっていた。

多くの人が聞き入っていた琴の演奏。スティーブストン・マーシャルアート・センターで。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
多くの人が聞き入っていた琴の演奏。スティーブストン・マーシャルアート・センターで。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 その他にも、朝からはパレード、午後からはステージやアートショー、マーケットプレース、もちろん主役のサーモンバーベキューにも長蛇の列ができていた。

 10年以上フェスティバルの理事を務めるジム・コジマさんは「今年は去年よりもさらに多い人が集まっている」と笑顔を見せる。

 1946年に始まったというサーモンフェスティバル。夏の陽ざしがまぶしい晴天のカナダの誕生日に今年も多くの笑顔がスティーブストンに集まった。

サーモンフェスティバルのマスコット、サミー。どこに行っても人気者。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
サーモンフェスティバルのマスコット、サミー。どこに行っても人気者。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
大道芸人に興味津々の子どもたち。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
大道芸人に興味津々の子どもたち。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
広範囲にわたる会場ではたくさんのブースが並び、どこも人だかりが。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
広範囲にわたる会場ではたくさんのブースが並び、どこも人だかりが。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

(取材 三島直美)

合わせて読みたい関連記事

有名プロサッカー選手の大久保嘉人選手・那須大亮選手がバンクーバーに!サッカーイベント・講演会を開催!

なんと!有名プロサッカー選手の那須大亮選手と大久保嘉人選手がバンクーバーに来ます!

この機会に、お二人と一緒にプレーできるサッカー交流イベントを開催します✨

子供から大人まで参加可能です!

プロ選手と直接ふれあえる、とっても貴重なチャンス!

サッカー未経験の方も大歓迎ですので、ぜひお気軽にご参加ください!

【イベント第1弾】

那須大亮選手&大久保嘉人選手 \サッカー交流イベント/ in Vancouver

日時:7月16日(水)19:00〜21:00(受付18:30〜)

会場:Minoru Park Richmond

参加費:40ドル

参加者特典:
・選手名鑑
・オリジナルボトル
・伊藤園お茶

会場ではグッズ販売(現金のみ)・サイン会も予定しています。

サッカー教室申し込みフォーム
https://forms.gle/RU2u8Q9JZFxBHWK27

ーーー

【イベント第2弾】

那須大亮選手&大久保嘉人選手 \講演会/ in Vancouver⚽️

お二人からお話しが直接聞ける講演会も開催します!

🌟テーマ:世界で通用する力とは〜環境が人を育てる〜🌟

日時:7月17日(木)18:00〜20:00(受付17:30〜)

会場:日系文化センター

参加費:30ドル

講演会申し込みフォーム
https://forms.gle/J897ZYieS24NkgS46

<バンクーバー日系人合同教会から7月のお知らせ>

  • バンクーバー日系人合同教会はLGBTQの方々を含めすべての人に開かれた教会です。キリスト教会が初めてという方も大歓迎です。聖書や信仰に関心がある方は牧師に相談ください。ZoomやIn Personでお会いすることもできます。
  • 毎週日曜日午前11時から12時日本語で礼拝を行っています。聖書についての話しを聞き、讃美歌を歌い、礼拝後は軽食を囲み交流の時を持っています。ワーキングホリデー、留学生の方々の情報共有も行われています。
  • 月の第2日曜日は日本語と英語のバイリンガルで礼拝が行われます。8月10日(日)は午前11時より野外礼拝とBBQを予定しています。初めての方も大歓迎です。
  • オンラインZoomで聖書を読む会(火曜、水曜)があります。聖書を読むことに興味がある方はお問い合わせください。
  • ボランティアしてみませんか?

ダウンタウンイーストサイドのホームレス、Foodlessの方々に配るサンドイッチ作りと配布のお手伝いを募集しています。木曜日午前9時から教会集合です。

  • 結婚、葬儀、その他の人生相談をお伺いします。

お問合せ:604-618-6491(テキスト可)、vjuc4010@gmail.com  牧師 イムまで

住所:4010 Victoria Dr, (Between 23rd and 25th Ave East), Vancouver

  • Zoom(ID 5662538165、パスコード1225)

ホームページ、Facebook “バンクーバー日系人合同教会”で検索

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

サレーNorthwood 合同教会 日本語会衆礼拝 

7月20日(日)午後2時より。

住所:8855 156 St, Surrey, BC, V3R 4K9

お問い合わせ:604-618-6491(テキスト可)イム、kuniokazaki98@gmail.com 岡崎まで 

Today’s セレクト

最新ニュース