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Naomi Mishima

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バーナビー・釧路姉妹都市60周年、日系センター近くの小道を「釧路レーン」に

「釧路レーン」でテープカット。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一
「釧路レーン」でテープカット。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一

 ブリティッシュ・コロンビア(BC)州バーナビー市と北海道釧路市は今年姉妹都市60周年を迎えた記念として、同市にある日系文化センター・博物館近くにある小道を「釧路レーン」と名付け、7月13日には同センターで記念式典が行われた。

 釧路市からは鶴間秀典市長をはじめ市の関係者が出席。バーナビー市からは不在のマイク・ハーレー市長に代わり、市議のダニエル・テトロー市長代理ほか、市議や同市に選挙区があるBC州議員らも参加して、バーナビー・釧路の友好関係をさらに強める新たなスポットで写真撮影などして盛り上がった。

釧路にも「バーナビー」の名前を冠した小道を

 今回初めてバーナビー市を訪問したという鶴間市長は「60年間の歴史をつないでくれた皆さんに感謝します」と語った。釧路が国際化するきっかけとなったのがバーナビー市との姉妹都市提携だったという。

 バーナビー市の北側、サイモンフレーザー大学に隣接するバーナビーマウンテン公園には、姉妹都市を記念して釧路を象徴する彫刻が設置されている。一つは緑の葉をまとったつがいのタンチョウヅル、もう一つはアイヌ族の親子による彫刻された木の柱群。

 阿寒湖温泉で育ったという鶴間市長は、この彫刻の作者が阿寒湖温泉に住んでいた「私の友達のお父さんでよくこのバーナビーのお話を聞かせてくれてました」とぜひ行ってみたい場所の一つだったと笑顔を見せた。

 市長によると釧路には姉妹都市を紹介する記念史や写真はあるが、「バーナビー」を冠したモニュメントや場所はないという。今回はこれを機に「『バーナビーレーン』を作ろうと思ってます」と話す。秋には釧路にバーナビー市からの一行が訪問する。

 文化交流や若者の往来など交流が盛んな両市だが、最近は規模が小さくなってきているという。「今日皆さんからいただいた思いを釧路の市民に伝えて、これからもしっかりバーナビー市と釧路市の交流を続けていきたいと思ってます」と語った。

日系カナダ人コミュニティの思いが詰まった「釧路レーン」

左から、ケン・シノザキさん、釧路市鶴間秀典市長、ヘンリー・ワカバヤシさん、ハーブ小野さん、日系センター事務局長ケーラ・ゴシンモンさん、前列にニック・スエヨシさん。「釧路レーン」を説明するプレートを囲んで。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一
左から、ケン・シノザキさん、釧路市鶴間秀典市長、ヘンリー・ワカバヤシさん、ハーブ小野さん、日系センター事務局長ケーラ・ゴシンモンさん、前列にニック・スエヨシさん。「釧路レーン」を説明するプレートを囲んで。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一

 「釧路レーン」は日系センターに隣接する日系ホームの西側にある小道に名付けられた。発想したのはヘンリー・ワカバヤシさんとケン・シノザキさん。当初は150本の紅葉と桜を植える計画だったが、BCハイドロ(電力会社)、フォーティスBC(ガス会社)、バーナビー市からの許可が出なかったため植樹の計画は流れてしまったという。しかし姉妹都市60周年もあり、なにかできないかと発案したのが「釧路レーン」だった。紆余曲折あったがなんとか実現したとワカバヤシさんは振り返る。

日系ホームの西側にある「釧路レーン」。日系ガーデナーたちによる並木も。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 三島直美
日系ホームの西側にある「釧路レーン」。日系ガーデナーたちによる並木も。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 三島直美

 小道は日本の並木を思い起こさせる志向で、ニック・スエヨシさんやバンクーバー日系ガーデナーズ協会が手掛けた。

 シノザキさんは「思ったよりもいい出来栄えになった」と満足そうだ。「ガーデナーズ協会の場所に見合った美しい風景を作り出すセンスのおかげ」と感謝した。ワカバヤシさんは置かれた6つの岩について「6という数字は北海道釧路のアイヌ民族にとって意味のある数字だというのは(式典で)紹介されていた通り」。アイヌでは「6」は数字を示すと共に「たくさん」という意味があり大切な数字とされているという。「今回が60周年ということで(6つの岩と共に)記念となったと思う」と語り、「これからはずっと手入れをしていかなくてはいけない」と笑った。

 「釧路レーン」と周辺の道路には、姉妹都市60周年を祝うバナーが掲げられていた。バナーをデザインしたのは日系センターでデザイン・展示コーディネーターを担当する日系4世のダニエル・ハルミ・ジェティさん。デザインのアイデアは日系センターの資料などを調べて類似点を見つけるところから始めたという。そのデザインの一つが、タンチョウヅルとオオアオサギ(great blue heron)。「タンチョウヅルは釧路市の鳥で、オオアオサギはバーナビー市でよく見かける鳥なので」と両都市の共通点としてデザインしたと話す。「姉妹都市関係を記念するこうした行事はとても良いことだと思う」とジェティさん。このバナーを見た人に2つの都市の友好関係を思ってほしいと語った。

バナーをデザインしたダニエル・ハルミ・ジェティさん。オオアオサギ(左)とタンチョウヅルをデザインしたバナーの前で。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一
バナーをデザインしたダニエル・ハルミ・ジェティさん。オオアオサギ(左)とタンチョウヅルをデザインしたバナーの前で。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一

 日系文化センター・博物館が設立されたのは2000年(ナショナル日系ヘリテージセンター)で、姉妹都市関係よりもかなり若い。同センター代表のハーブ小野さんはこれまで姉妹都市関係を築いてきた先人に感謝するとともに「日系カナダ人コミュニティの推進とカナダで日本の文化を紹介する役割を担うセンターが姉妹都市関係に関わることはとても重要なことだと思っている」とバーナビー市と協力してカナダでの日本文化を継承していく重要性を話す。そして今回の「60周年の記念行事を共に祝えたことをうれしく思います」と語った。

式典で披露された楽一による獅子舞。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一
式典で披露された楽一による獅子舞。2025年7月13日、バーナビー市。撮影 斉藤光一

(取材 三島直美)

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音楽がつなぐ姉妹都市の絆~大阪府守口市で開催された日加中高校生ジョイントコンサートを終えて

日本の学生がカナダの学生へ指示を伝え中。英語、伝わったかな?写真 日本カナダ商工会議所
日本の学生がカナダの学生へ指示を伝え中。英語、伝わったかな?写真 日本カナダ商工会議所
写真 日本カナダ商工会議所
写真 日本カナダ商工会議所

今年3月、大阪国際中学・高等学校(大阪府守口市)と、ニューウェストミンスター高校(BC州ニューウェストミンスター市)の吹奏楽部と合唱部が合同で、守口市でジョイントコンサートを開催しました。このコンサートは、守口市、守口市教育委員会、そして日本カナダ商工会議所の後援を受け、両市の姉妹都市関係を記念すると同時に、未来を担う若い世代同士の交流を深めることを目的としたイベントとして開催されました。

両市の紹介と姉妹都市関係の歩み

ニューウェストミンスター市は、カナダ西海岸のブリティッシュコロンビア(BC)州バンクーバー都市圏に位置する人口約8万人の歴史ある街です。1859年にはBC州最初の州都として指定され、その名もイギリスの「ウェストミンスター」にちなんでいます。今では川沿いの美しい街並み、古い建物を活かした商業地区、多文化が共生する活気あるコミュニティが魅力の街です。

守口市は大阪市に隣接する人口約14万人の都市で、ものづくり産業を支える先進技術、落ち着いた住宅地、そして教育への投資を特徴とする街です。交通の便にも恵まれ、大阪都市圏の生活拠点として発展してきました。

両市が姉妹都市提携を結んだのは1963年。ちょうど日本とカナダの間で人的・文化的な交流を深めようという動きが高まっていた時期で、守口市にとっても初めての姉妹都市提携でした。以来60年以上、青少年交流、行政関係者の訪問、文化団体同士の交流など、多岐にわたる取り組みと交流を積み重ねてきました。コロナによって途絶えがちになった2022年から日加商工会議所では全4回に渡り「日加ユースオンライン交流会」を開催するなど、両都市の関係を育み直すことも目的としたイベントを開催して参りました。今回のジョイントコンサートも同様に、「次の世代にこの友情を引き継ごう」という強い思いを核として、ニューウェストミンスター高校吹奏楽部・合唱部の日本渡航に合わせて、守口市の若者との音楽交流実施のはこびとなりました。

■ 13か月にわたる調整の道のり

私は日本カナダ商工会議所の理事として、また一人のボランティアコーディネーターとして、ニューウェストミンスター高校の吹奏楽部・合唱部顧問の先生方、参加メンバーの保護者の皆さん、大阪国際中学・高等学校の先生方との間で、2023年末ごろから1年3か月以上にわたる調整を担いました。

コンサートの内容だけではなく、渡航スケジュールの検討、航空券や滞在先の手配、予算計画、楽器や楽譜の輸送、合同演奏の曲目決定、日本側でのリハーサル会場や移動手段の確保など、細部に至るまで調整が必要でしたが、全員が「生徒たちに最高の経験を」という思いで粘り強く話し合いを続けました。

また、大阪国際中学・高等学校側も年度をまたぐ学校行事のスケジュールを調整し、受け入れ体制を整えるため何度も打ち合わせを重ねてくださいました。

「日本らしさ」と「カナダらしさ」を大切にした舞台づくり

日本の学生がカナダの学生へ指示を伝え中。英語、伝わったかな?写真 日本カナダ商工会議所
日本の学生がカナダの学生へ指示を伝え中。英語、伝わったかな?写真 日本カナダ商工会議所

最も大切にしたのは、どちらか一方の文化を押し付けるのではなく、お互いの文化を尊重し融合させるコンサートを作ることでした。

カナダ側の生徒たちは、O Canadaから始まり、カナダ先住民のKawkiyawk Oskiyakでダイバーシティを体現、また合唱部はジブリの『いつも何度でも』(『千と千尋の神隠し』より)を日本語で歌いました。一方日本側の生徒たちはカナダの国旗にちなんだ『楓葉の舞』や、世界中でよく知られた『銀河鉄道999』を演奏しました。

そしてカナダと日本の生徒が合同で演奏する演目としては、『Canadian Folk Trilogy』や、日系カナダ人が作曲した『Chasing Sunlight』(by Cait Nishimura)を選曲。最後は『情熱大陸コレクション』で盛り上がった後、『学園天国』で楽しくアンコールを迎えました。

初日のリハーサル、その夜は大阪国際中学・高等学校が準備してくださった夕食交流会を通して言葉の壁を超え、音楽で心を通わせるプロセスそのものが、今回の大きな成果だったと感じます。

当日の様子は大阪国際中学・高等学校の公式サイトでも紹介されていますが(こちら)、ご来場いただいた地域の皆さまの温かい拍手と声援が、生徒たちの努力を讃える何よりの贈り物だったでしょう。

地域と保護者の支えあってこそ

また特筆すべきは、それぞれの高校及び地域の皆さんの大きな協力です。

カナダ側では渡航費などの負担を支えるため、吹奏楽部と保護者の方々が学校や商工会議所と協力して資金調達活動を行いました。日本側では守口市役所、教育委員会をはじめ、高校の国際交流担当の先生、英語の先生、そして吹奏楽部の生徒さんと卒業生の皆さんがカナダの生徒たちを温かく迎えてくださいました。

交流は単なるイベントではなく人と人とのつながりの積み重ねであり、地域全体で支えることでこそ実を結ぶのだと、改めて実感しました。

今後の姉妹都市関係への期待

守口市とニューウェストミンスター市の姉妹都市関係は、1963年の提携から62年を超えましたが、その間世界情勢や社会も大きく変わりました。

だからこそ今回のように「次の世代同士が直接出会い、友達になる」という取り組みがこれまで以上に重要だと考えます。音楽という共通言語を通じて築かれた友情は一度きりの思い出で終わらず、将来社会に出てからも続くかもしれません。

日本カナダ商工会議所としてもこうした青少年交流を経済交流の土台、また、平和な未来を築く礎と捉え、今後も積極的に支援していきたいと考えています。

今回のジョイントコンサートを一つの節目として、守口市とニューウェストミンスター市の絆がさらに深まり、未来の子どもたちに誇れる姉妹都市関係を築き続けていけることを心から願っています。

***

最後に、この取り組みにご尽力いただいた大阪国際中学・高等学校の先生方、生徒の皆さん、ニューウェストミンスター高校の先生方・保護者・生徒の皆さん、そして守口市、教育委員会、地域のボランティアの皆さまに心から感謝を申し上げます。

若い世代が築く友情こそが、私たちの街と街をつなぐ最も大きな財産です。

(寄稿 日本カナダ商工会議所理事 加藤まり)

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日系祭り 2025

8月30日(土)・31日(日)午前11時〜午後7時

場所: 日系文化センター・博物館 (6688 Southoaks Cres. Burnaby.  Kingsway x Sperling) エドモンズ・スカイトレイン駅から徒歩またはバス (#119) でお越しいただけます。

今年も「日系祭り 2025」が盛大に開催されます!日系センター設立25周年という記念すべき年に、日本の伝統と文化を体験できる夏の祭典にぜひお越しください。

会場では、浴衣レンタルで記念撮影をしたり、盆踊りやお神輿体験で祭り気分を満喫できます。おいしい屋台フードや、冷たいビールと日本酒ほかが楽しめるビア&酒ガーデンも登場。ステージでは、迫力ある和太鼓演奏や、見応えのある殺陣・武道が披露され、日本の伝統芸能に触れることができます。ファミリーで楽しめる縁日ゲームやおりがみワークショップなどのアクティビティも盛りだくさんです。

 日系祭りの収益は、日系カナダ人の歴史と文化の保存活動、建物維持に役立てられます。日本文化を体験しながら、コミュニティ活動を支援できるこの機会をお見逃しなく!

チケット:前売り券$12、当日$15。日系センター会員、18歳未満のお子様、65歳以上のシニアは無料です。プログラム詳細とチケット購入は、イベントウェブサイトをご確認ください。nikkeimatsuri.ca ボランティアも募集中です。

戦後80年・記念イベント「静かに考える戦後80年 癒しのコンサート」

今年、第二次世界大戦終戦から80年を迎えました。世界では今も多くの戦争が行われています。日本が終戦の日とする8月15日、皆様と共に、80年前のこと、そして今日までの80年について、静かに振り返ってみたいと考えています。

バンクーバーダウンタウンの美しいカテドラルで、先人たちのお話を聞き、心の琴線にふれる音楽と共に、私達一人ひとりが、これからの人類のあり方について思いを馳せてみませんか。

皆様のご来場をお待ちしております。

日本語認知症サポート協会 / 月刊ふれいざー

Eventbriteリンク:www.thefraser.com/concert

広島・長崎から80年、ハミルトンでサーロー節子さんと平和について考える

ドキュメンタリー映画上映前にあいさつするサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ドキュメンタリー映画上映前にあいさつするサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 広島・長崎の被爆の歴史を通して戦争や平和について考えるイベント「終戦80年-広島長崎を通して戦争を考える-(80 Years On: Learning from Hiroshima and Nagasaki, Together with the Next Generation)」が7月5日に開催された。

 イベントはオンタリオ州ハミルトン市とブリティッシュ・コロンビア(BC)州バンクーバー市での同時開催。さらにオンラインでも参加可能で、オタワ市(オンタリオ州)、ウィニペグ市(マニトバ州)、ビクトリア市(BC州)、ユーコン準州、ケベック州から、そして日本からも含め約600人が参加した。

 全カナダ日系人協会(NAJC)傘下の新移住者委員会(JNIC)とトロント都道府県人会・連合会が共催、人権委員会(HRC)、NAJCハミルトンチャプター、Greater Vancouver Japanese Canadian Citizens’ Association、バンクーバー広島県人会、バンクーバー日本語学校が後援した。

関連記事:広島・長崎から80年、証言継承と平和の誓いを次世代へ バンクーバーに集う

定員350人を超える参加者がハミルトンに集う

 ハミルトン市ではウエストデール劇場で開催された。車で約1時間のトロント市などからも参加し、会場は定員350人を超える人が集まった。なかには、ハミルトン市の姉妹都市、広島県福山市に住んでいたことがあるというカナダ人女性もいた。

定員350人が満席となり立ち見まで出た会場で。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
定員350人が満席となり立ち見まで出た会場で。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 映画の前には、Inner Truth Taiko Dojoの和太鼓演奏や高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」によるダンスが披露された。

 会場内にはトロント都道府県人会・連合会から、新潟県人会、広島県人会、宮崎県人会、沖縄県人会などがブースを設置して、各県の特徴や関係の深い人物を紹介。オンタリオ広島県人会のブースでは、「平和の祈りと願い」を書くコーナーが設けられ、それぞれに思いを込めた。

サーロー節子さんをゲストスピーカーに迎えて

 ハミルトン会場ではサーロー節子さんをゲストスピーカーに迎えた。広島女学院高等女学校在学中に学徒動員先で13歳の時に被爆、アメリカ留学中の経験を機に体験談を通した平和活動を続けている。2017年にはICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)と共にノーベル平和賞を受賞した。

 上映前にあいさつした節子さんは、この映画は自分の個人的な人生と、経験と考えを映し出しているが、加えて、核兵器廃絶活動や自分が出席したさまざまな会議の模様など背景情報も多く、とても教育的な内容となっていると紹介。映画の完成が新型コロナウイルス禍となったためすぐに映画館での上映がかなわなかったが草の根運動的に上映が実現し、「アメリカや日本で非常に良い反応を受けました」と説明した。「私が楽しんだように、皆さんも映画を楽しんでくれるとうれしい」と語った。

「民主主義に責任のある市民になってほしい」

 ドキュメンタリー映画「The Vow from Hiroshima(広島への誓い)」は、サーロー節子さんの平和活動と、プロデューサーを務めたニューヨーク在住の被爆2世・竹内道さんの思いを交錯させながら、節子さんの被爆体験者として「核兵器は二度と使ってはならない」という強い思いを訴える。

サーロー節子さんとの質疑応答の様子。左はNAJC副会長ハミルトンチャプターの浜出正さん、右はNAJCビクトリア理事ピアレスゆかりさん。2人はこの日司会を務めた。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
サーロー節子さんとの質疑応答の様子。左はNAJC副会長ハミルトンチャプターの浜出正さん、右はNAJCビクトリア理事ピアレスゆかりさん。2人はこの日司会を務めた。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 上映会の後には質疑応答の時間が設けられた。350人を超える参加者が節子さんの一言一言に耳を傾けた。

 なかには、日系カナダ人が戦中に差別により強制収容されたことと重ね合わせ、原爆投下に差別意識が働いていたと思うかとの質問があった。節子さんは当時のマッケンジー・キング首相がヨーロッパではなく日本の町に爆弾が落とされてよかったという趣旨の日記の内容を紹介した。実際のキング元首相の日記に記載された言葉は、“We now see what might have come to the British race had German scientists won the race. It is fortunate that the use of the bomb should have been upon the Japanese rather than upon the white races of Europe.” From Library and Archives Canada “Diaries of William Lyon Mackenzie King on Page 3 of August 6, 1945.”(今ならもしドイツの科学者たちが(原子爆弾の開発競争に)勝っていたらイギリス民族に何が起こっていたか分かるだろう。爆弾の使用がヨーロッパの白人種ではなく、日本人に対して行われたことは幸運だった。訳:日加トゥデイ)

 若者へは「民主主義に責任のある市民となってほしい」とメッセージを送った。この日上映された映画などを見て、当時何が起きたのか、政治的にどういう決断が下されたのか、その結果人間の生活と状況がどう変わったのかを知ってほしいと語った。「情報は知識となり、その蓄積はこうした問題への感情的な思い入れに変わると思う。今日の映画があなたたちの心に何かをかき回すような感情を起こしたのなら、それを追いかけ、よく考えてほしい。そして、家族や友達に伝えてほしい。行動を起こしてほしい。地元メディアや政治家に思いを送ってほしい」と訴えた。

 核兵器廃絶は常に政治的に決断される。市民の声を集め、政治家を動かし、核のない世界を実現するために行動してほしいと若者に語り掛けた。政治を動かすには時にかなりの時間がかかる。しかし、「122カ国が全ての核兵器を廃絶することに同意したのです」と、2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約の実現を例に挙げ、あきらめずに一歩ずつ前進することの大切さを語った。

講演の時にはいつも持っているという被爆時に広島女学院に通っていた学生や教職員の名前が書かれた黄色い布を広げて説明するサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
講演の時にはいつも持っているという被爆時に広島女学院に通っていた学生や教職員の名前が書かれた黄色い布を広げて説明するサーロー節子さん。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

 その後、山吹色の布を取り出した。そこにはびっしりと名前が記されている。節子さんが通っていた広島女学院時代の仲間で、原爆で亡くなった教職員や学生たちだ。「一人ひとりに人生があった。私は彼女たちの声なき声を代弁している」と涙をこらえた。

 質疑応答の後には会場にいた参加者が壇上で節子さんと直接対話する時間も設けられた。長蛇の列となったが、一人ひとりと言葉を交わしていた。

NAJC事務局長・石井キャロラインさんがあいさつ。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
NAJC事務局長・石井キャロラインさんがあいさつ。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
あいさつで「サーローさんの言葉に直接耳の傾けられる貴重な機会と思っております」と語る在トロント日本国総領事時間・太田友啓領事。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
あいさつで「サーローさんの言葉に直接耳の傾けられる貴重な機会と思っております」と語る在トロント日本国総領事時間・太田友啓領事。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
オンタリオ広島県人会のブースに設置された「平和の祈りと願い」を書くコーナー。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
オンタリオ広島県人会のブースに設置された「平和の祈りと願い」を書くコーナー。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
会場となったウエストデール劇場前で和太鼓を演奏するInner Truth Taiko Dojo。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
会場となったウエストデール劇場前で和太鼓を演奏するInner Truth Taiko Dojo。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和太鼓に続いて、高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」がダンスを披露した。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
和太鼓に続いて、高知県よさこいアンバサダー「絆国際チームカナダ」がダンスを披露した。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ウエストデール劇場の入り口付近で原爆に関する資料を読む参加者。手前の資料は佐々木禎子さんについて説明している。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ
ウエストデール劇場の入り口付近で原爆に関する資料を読む参加者。手前の資料は佐々木禎子さんについて説明している。2025年7月5日、ハミルトン市。撮影 三島直美/日加トゥデイ

(取材 三島直美)

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Honda Celebration of Light 2025、今年のバンクーバー花火大会はカナダ国内から3チームが参加

Honda Celebration of Light, Japan 2017; Photo by Koichi Saito
Honda Celebration of Light, Japan 2017; Photo by Koichi Saito

 バンクーバー夏の風物詩「Honda Celebration of Light」が今年もバンクーバー市のダウンタウン・イングリッシュベイで開催される。

 毎年海外から花火チームが参加するのが通例となっていたが、今年は国内の花火師が腕を競う。7月19日はユーコン準州、23日はケベック州、26日はノバスコシア州が夜空を彩る。

 最近は花火の前にBC Honda Dealersによるドローンショーも開催。藍色に染まっていく西の空をキャンバスに変幻自在の模様を描いく。

 ドローンショーは10時から、花火は10時15分から。7月19日と23日には6時30分からスノーバードによる航空ショーも楽しめる。

 毎年イングリッシュベイ付近は歩行者天国となるが、今年は4月にバンクーバー市で起きたラプラプフェスティバルでの事故を受け、警備が強化されている。

 花火大会の日は公共交通機関トランスリンクがシャトルバスを運行。イベント前にはバラードステーションから会場近くまで、花火終了後には会場近くからバラード&ウォーターフロントステーションへとウエスト&ノースバンクーバーへ運行する。また、スカイトレイン、シーバスを増便、26日にはウエストコースト・エキスプレスも特別運行する。詳しくはトランスリンクのホームページを参照。

Honda Celebration of Light 2025 (https://hondacelebrationoflight.com/)

7月19日(土)ユーコン準州 Team Midnight Sun
7月23日(水)ケベック州 Team Royal Pyrotechnie
7月26日(土)ノバスコシア州 Team Fireworks FX

これまでのHonda Celebration of Lightを動画で。

(記事 北野大地)

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「レ・カウボーイ・フランガン」音楽の楽園〜もう一つのカナダ 第37回

はじめに

 日加関係を応援頂いている皆さま、音楽ファンの皆さま、こんにちは。

 ここオタワは今、最高の季節を迎えています。気温は高い時でも20℃台後半で30℃を超えることは稀。湿度も高くありませんから、木陰に入って風が吹くと心地良い程度に冷んやりします。ほぼ熱帯と化した高温多湿の東京から見れば大変に贅沢な気候です。

 その上、連邦議会はカーニー政権が目玉として掲げた所得減税、暫定予算、そして「一つのカナダ経済法案(One Canadian Economy Bill)」を成立させて休会に入っています。6月15日〜17日には、アルバータ州の世界的な避暑地カナナスキスでG7が成功裡に開催されました。

 よってもって、首都オタワは7月の声を聴くと、率直に言って、かなり休日モードに入りました。街には音楽が溢れています。ブルース・フェスティバルもジャズ・フェステイバルも大変な盛況でした。オタワの地理的特性は、オンタリオ州とケベック州の接点であること。それ故に、バイタウンと呼ばれた木材交易の小さな村が首都になった訳です。自由と多様性と包摂性こそカナダの個性でありアイデンティティー、オタワで広く聴かれている音楽にもそれらが滲んでいます。

 そこで、今月はレ・カウボーイ・フランガン(Les Cowboys Fringants)です。

 ケベコワが誇るロック・バンドです。伝統的なカントリー・ミュージックと現代的ロックが融合した音楽で、歌詞は全てフランス語。エッジの効いた諧謔と極私的な出来事から政治、歴史、環境問題にまで及ぶ多様なテーマを等身大に描きます。親しみやすいメロディーとナチュラルな編曲が聴く者を惹きつけて止みません。彼らはフランス語なので米国で殆ど聴かれていませんが、欧州を中心にフランス語圏では絶大な人気を誇っています。パリ公演では、ケベック訛りのフランス語の大合唱が会場を包み込むそうです。

初めてレ・カウボーイ・フランガンを聴いた日

 私事で恐縮ですが、実は、私はつい数週間前まで彼らの音楽を聴いたことがありませんでした。それは6月4日の事でした。ブロック・ケベコア党のルイ=フィリップ・ブランシェット党首を公邸にお招きし夕食を共にしました。党首はマルチな才人で、政治家になる前は音楽プロデューサーでしたし、宮本武蔵の「五輪書」のフランス語翻訳も読破した知的な文化人です。政治・外交は当然ですが、科学技術から文化に至る多様な話題で盛り上がりました。音楽の話題になった時に、党首が最も好きなバンドとして強力に薦めて下さったのがレ・カウボーイ・フランガンだったのです。

 その時に初めて聴いた曲は2004年の音盤『La Grand-Messe』に収録された「Les etoiles filantes」という曲でした。日頃ブリティッシュ・ロックやアメリカン・ロックを聴くことの多い私にとっては、アコーディオンの音色が印象的な洒落た響きが新鮮でした。リード・ヴォーカルのカール・トレンブレイの声と歌唱も耳に残るものでした。時に囁くように歌うので、フランス語の話せない私にも鍵になる言葉が胸に迫ります。芯の強い太くハスキーな声質は聴く者を惹きつける魅力があります。村上龍の最高傑作「コインロッカー・ベイビーズ」の主人公ハシの声はきっとこんなじゃないかと想像します。

 要するに、一曲でレ・カウボーイ・フランガンのファンの末席に並びました。すると、もっと他の音盤も聴きたくなりますし、バンドの歴史も知りたくなります。ビートルズもローリングストーンズもビーチボーイズもザ・バンドもそうですが、成功した如何なる楽団なら必ず素晴らしい物語に彩られています。ファンになったばかりの私ですが、全ての音盤を聴き倒し、アクセス出来るインタビューや記事を読み倒しました。そこには、大きな感動がありました。是非、このコラムを読んで頂いている皆さまと共有したいです。

内気な少年の邂逅

 レ・カウボーイ・フランガンは5人組ですが、バンドの要はボーカルのカール・トレンブレイとギターのジャン=フランソワ・ポゼの邂逅から全てが始まります。それは1994年9月、モントリオール郊外のアイス・ホッケーのジュニア・チーム「ジェッツ・ド・レペンティニー」のロッカー・ルームの事でした。カールとジャン=フランソワは他のプレイヤーと共にトレーニング・キャンプを終えて、正式にジェッツのB級メンバーに選抜されたのでした。

 トリビアですが、ジョンとポールがリバプールの聖ピーターズ教会の夏祭りで出会ってビートルズが始まり、ミック・ジャガーとキース・リチャーズがケント州ダートフォード駅で話してストーンズが始動したのに似ています。

 但し、ジェッツのチームメイトとなった2人が打ち解けて音楽の話しをするようになるには更に3ヶ月余が必要でした。俄かには信じられませんが、彼らのホームページによれば当時は2人とも内気だったそうです。

 そして、1995年1月、カールは、ジャン=フランソワが上手いギタリストだと聞いて、思いきって彼に話しを持ちかけます。自分はボーカルでバンドを組みたくて仲間を探しているんだけど一緒にやってみないか、と。実は、ジャン=フランソワは最初は乗り気ではなかったそうです。

 しかし、カールの熱意に押されてたジャン=フランソワは、翌2月のある夜、自宅の地下室にカールを招き、初めて一緒にジャム・セッションを行います。カールは、ジャン=フランソワのギターにサムシングを感じ、ジャン=フランソワはカールのボーカルに未来を感じました。その夜、2人は「Les routes du bonheur(幸福への道)」を作曲します。記念すべき最初のオリジナル曲です。バンド結成の瞬間です。2人は翌日も集まり次々と曲を仕上げていきます。夏までには、2人でつくった曲は20曲を超えたといいます。蜜の如く甘く同時に苦く辛い恋の痛みを描く碧い佳曲です。デビュー盤「12 Grandes Chansons」には、そんな創世記が刻まれています。

マリー=アニック・レピーヌ登場

 2人はオリジナル曲でレパートリーを固めると同時に、バンドのサウンドの充実が急務だと悟ります。つまり、新たなメンバーが必要なのです。そんな中、夏のアルバイトで、ジャン=フランソワは、正式にクラシック音楽を勉強しているヴァイオリン奏者マリー=アニック・レピーヌと出会います。そして、強力に勧誘します。カールとジャン=フランソワには無い豊かな音楽的センスはさぞ眩しかったに違いありません。しかし、プロのオーケストラ入団を目指す彼女はカントリー・ロックという音楽スタイルへの関心は乏しかったようです。だからと言って、2人はマリー=アニックを簡単には諦めきれません。そして、時には情熱が運命を呼び寄せます。

 1996年夏、地元レペンティニーの「ラ・リパイユ」というビアホールでソングライティング・コンテストが開催されました。カールとジャン=フランソワは腕試しに、上述の2人で作った最初の曲「幸福への道」と「Gaetane」という2曲のオリジナル作品を出品します。親しみ安い旋律とユーモラスな中に微量の毒のある歌詞に、カールの声が審査員を掴みます。予選を通過し、決勝トーナメントへと駒を進める2人です。観客を前にした2人の歌と演奏が場内を熱狂させます。その模様を見ていたマリー=アニックは、心の中で何かが弾けたのを感じたそうです。そこで、彼女は、準決勝のステージにサポート・メンバーとしてヴァイオリンを奏でます。ほぼ即興的に演奏したのですが、クラシックで鍛えたヴァイオリンの音色とフレーズは、カントリー調のシンプルな音楽に優雅さと豊かさを与えます。音楽的な厚みと深みが格段に増します。そして、3人は決勝へ進出。このコンテストで準優勝です。マリー=アニックの参加でレ・カウボーイ・フランガンの音楽的核が出来上がったのです。

レ・カウボーイ・フランガン始動

 楽才溢れるマリー=アニックは、ヴァイオリンのみならず、ピアノやアコーディオン等のキーボード群、マンドリンも弾けます。編曲もボーカル、コーラスも出来ます。非常に強力なメンバーの獲得でバンドに弾みがつきます。バンドとして完結するには、フロントの3人と気の合うリズム隊が不可欠です。ベースとドラムです。やがて、マリー=アニックの従兄弟ジェローム・デュプラがベーシストとして加入。ジェロームが友人のドラム奏者ドミニク・ルボーを引っ張って来ます。当時、ドミニクは他のバンドで活躍していたのですが、半ば強引に誘い込みます。ここに5人組のレ・カウボーイ・フランガンが始動します。1997年のことです。

 そして、この5人で早速、デビュー盤「12 Grandes Chansons」が制作されます。とは言っても、メジャーなレコード会社との契約もない、地元の作曲コンテストで準優勝となったアマチュア・バンドです。音質も優れない500本のカセットでした。今では、CD化され、ウェブでも聴けます。オリジナルのカセットはプレミアが付いて超高額で取引されています。

飛翔

 彼らの初期の傑作「break syndical」は2002年の作品。まず、批評家から好意的なコメントを得ます。そして、地元レベンティニーやモントリオール周辺で絶賛され、やがてケベック州を横断する聴衆から愛されます。ケベック州内を公演ツアーで回ると、音盤ジャケットのモチーフになっているグリーンのTシャツが会場を覆い尽くしたといいます。

 ライブでこそバンドは真の実力を蓄積していきます。ラジオ局も頻繁に彼らの曲をオンエア。彼らは、一躍ケベックを代表するバンドとなります。

 レ・カウボーイ・フランガンは超多作ではありません。じっくりと創り込んだ良質のスタジオ音盤と熱狂を伝えるライブ音盤をコンスタントに発表していきます。それらは、ケベックの現代音楽の歴史の重要な章です。

伝説〜カール最期の日々

 人間誰しも不死身ではありません。いつかは最期の日々がやって来ます。一方、医学の進化が人生百年を日常化しています。そんな中、バンドの創設者でフロントマン、カール・トレンブレイが前立腺がんに冒されます。2020年1月の事でした。が、この事実は秘匿されていました。がんと闘いながらもライブとスタジオを精力的に活動するカール。レ・カウボーイ・フランガンは、難しい局面の中で、2021年には、名作「Les Nuits de Repentigny」をリリースします。がんの事を一切知らないファンは、ただただ、極上の音楽を愉しむのです。エルビス・プレスリーを模したカールの写真に、彼の矜持が滲んでいます。

 2022年には、カールが化学療法を受けていることが公表されます。

 2023年9月、遂に、最後のライブが敢行されます。毎年ロデオ大会が開催されるケベック州サン=ティトに彼らのファンが結集しました。

 2ヶ月後、11月15日、カールが47歳の若さで他界。トルドー首相は「カールの声は、私たちの物語を語り、心を打つ力を持っていた」との談話を発しました。ケベック州政府は、州旗を半旗にし、追悼の意を表しました。また、カールとバンドの28年間に及ぶ活動を讃え、11月28日にケベック州の「国葬」が執り行われました。

結語

 レ・カウボーイ・フランガンは、ケベック州に加え、欧州のフランス語圏で絶大な人気を誇っています。最新盤は2024年4月に発表された「Pub Royal」です。ここには12曲収録されていますが、6曲はカール・トレンブレイの最後の録音です。正に“白鳥の歌”です。これは、全カナダのアルバム・チャートで初登場3位を記録します。ケベックを超えてカナダを象徴するバンドでもあることを示唆しています。

 また、カール・トレンブレイは、環境問題に強い関心を持っていて、ある時、「売った音盤の数だけ木を植えている」と語りました。彼らは、これまで130万枚を超える音盤を売り上げています。と言うことは、130万本を超える植樹をして来た訳です。

 レ・カウボーイ・フランガンの音楽は、樹木のように、聴く者の心に根を張り、世代を超えて聴き継がれていくのだと思います。

(了)

山野内勘二・在カナダ日本国大使館特命全権大使が届ける、カナダ音楽の連載コラム「音楽の楽園~もう一つのカナダ」は、第1回から以下よりご覧いただけます。

音楽の楽園~もう一つのカナダ

山野内勘二(やまのうち・かんじ)
2022年5月より第31代在カナダ日本国大使館特命全権大使
1984年外務省入省、総理大臣秘書官、在アメリカ合衆国日本国大使館公使、外務省経済局長、在ニューヨーク日本国総領事館総領事・大使などを歴任。1958年4月8日生まれ、長崎県出身

イーストサイド・アート・フェスティバル18日から開催、パウエル祭とのコラボイベントも

写真提供 Eastside Arts Festival。Photo by Wendy D Photography
写真提供 Eastside Arts Festival。Photo by Wendy D Photography

 今年で5回目となるイーストサイド・アート・フェスティバルが7月18日から始まる。開催期間は27日まで。

 老若男女を問わない多彩な体験が楽しめるアートなイベントで、参加型アートワークショップや臨場感あふれるライブ音楽パフォーマンスなど、感性を刺激するプログラムが満載。ビアガーデンも用意されている。

 街を彩るパブリックアートの展示やユニークな作品が並ぶアートショップも登場し、芸術に触れ、学び、楽しむ絶好の機会となっている。会場はバンクーバー市イーストサイド地域。

 プログラムの一つには、バンクーバー日本語学校並びに日系人会館を出発する360 Riot Walk(有料)もある。1907年にこの地域で日系・中国系カナダ人を襲った反アジア人暴動を振り返る。30分のウォーキングツアーも含めて約3時間のプログラム。実施日7月20日。詳細はウェブサイトで。https://www.eventbrite.com/e/360-riot-walk-july-20th-tickets-1403083002029?aff=odcleoeventsincollection&keep_tld=1

 無料イベントでは、Big Print Powell Street/Paueru Gai 2025 Carving Demonstrationに注目。7月24日に3回開催され、最終仕上げは8月2日、3日にオッペンハイマー公園とその周辺で開催されるパウエル祭で披露されるコラボイベント。1回20人と人数制限があるため要予約。https://www.eventbrite.com/e/big-print-powell-streetpaueru-gai-2025-carving-demonstration-tickets-1406607794779?aff=odcleoeventsincollection&keep_tld=1

フェスティバルのプログラム内容はウェブサイトで確認を。https://eastsideartsfest.ca/

(記事 編集部)

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もっとカナダを楽しめる夏、Canada Strong Passで国立公園入場が無料に

国立カナダ戦争博物館。設計は日系カナダ人建築家レイモンド・モリヤマ氏。2025年4月3日、オタワ市。撮影 日加トゥデイ
国立カナダ戦争博物館。設計は日系カナダ人建築家レイモンド・モリヤマ氏。2025年4月3日、オタワ市。撮影 日加トゥデイ

 カナダ政府は国立公園や博物館・美術館などを無料、もしくは割引価格で利用できるプログラムを6月20日から実施している。

 無料になるのは、パークスカナダ(Parks Canada)管轄の国立公園(national parks)と国定史跡(national historic sites)、国立海洋保護区(national marine conservation areas)。国立公園でのキャンプは25%割引となる。対象は全利用者。カナダ在住や海外からの旅行者など関係なく誰でも利用できる。

 割引が適用されるのは、国立博物館・美術館。17歳以下は無料、18~24歳は50%割引となる。ケベック州ケベックシティにあるアブラハムの平原博物館(Plains of Abraham Museum)やオンタリオ州オタワ市のカナダ戦争博物館(Canadian War Museum)、マニトバ州ウィニペグ市のカナダ人権博物館(Canadian Museum for Human Rights)など。

 カナダを横断する鉄道ヴィアレール(VIA Rail)も子どもを対象に割引となる。大人と同乗する17歳以下は無料、18~24歳は25%割引。

 その他にも同プログラムに参加している州立博物館や美術館も割引となる。17歳以下は無料、18~24歳は50%割引。

 Canada Strong Passプログラムの利用にカードやオンラインでの「パス」を申請したり、持ったりする必要はなく、対象者であれば利用時に適用される。ただし、一部には予約が必要な公園や博物館があるため確認する。

 ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー近郊ではリッチモンド市スティーブストンにある日系カナダ人の歴史とも関係が深いGulf of Georgia Cannery National Historic Siteが無料利用できる。

 適用期間は、6月20日から9月2日まで。

 詳しくはカナダ政府ウェブサイト、もしくは、パークスカナダウェブサイトで確認を。

Canada Strong Pass:https://www.canada.ca/en/canadian-heritage/campaigns/canada-pass/about.html#wb-cont

Parks Canada:https://parks.canada.ca/voyage-travel/conseils-tips/choisis-canada-choose/admission-camping

(記事 編集部)

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第26回 「主役じゃない私が、もらったエール。」~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

夏の陽ざしが少しずつ力を増し、バンクーバーにも季節の移ろいが感じられるようになってきました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。わが家ではこの夏も、野球一色の日々が続いています。

私には高校生の息子が2人います。長男はこの6月に卒業したばかりですが、どちらも小さい頃から野球を続けていて、春から夏にかけては家族総出で練習や試合に帯同するのが毎年恒例です。

先日は、長男の高校最後のトーナメントが、バンクーバーから約350キロ離れた町・カムループスで開催されました。

準決勝までギリギリ勝ち上がったチームが、なんと、まさかの優勝!

最終回、1点ビハインドのまま迎えた攻撃で同点に追いつき、2アウトからのサヨナラ勝ち。スタンドの歓声がグラウンドに響き渡る、劇的な幕切れとなりました。

……が、実は私、その感動の瞬間、タイミング悪く外野席の奥のトイレに向かって歩いておりまして(笑)かろうじて遠目でホームへの滑り込みだけは撮影できたものの、歓喜に沸く選手たちの姿は見逃してしまいました。

そんな3泊4日の滞在中、ある方から一通のメッセージが届きました。「今、日本で“終活”をテーマにしたドラマが放送されているんですよ」と、関連ニュースや写真とともに教えてくださったのです。

そのドラマの原作は漫画なのですが、実は私、その作品を数年前に、友人のご主人からプレゼントしていただいたことがありました。「終活の話だから、のりこさんの役に立つと思って」と、友人を通じて贈ってくださったものです。

その時のやさしさや、背中をぽんと押してくれるような思いが、メッセージを読んだ瞬間によみがえってきました。

何年も経ってからでも思い出してもらえること、そして「きっと喜ぶだろうな」と誰かが自分のことを思ってくれること。それだけで、胸がじんわりとあたたかくなります。

私は今も、弁護士アシスタントとして、遺言や委任状などに関する仕事に携わっています。そして、終活アドバイザーとして開催するセミナーでは、「貴重な情報が得られた」「気づきをありがとう」といった感謝の言葉をいただくこともあります。

でも、そこからすぐに“行動”へと移す方は、実はそれほど多くありません。

どれだけ言葉を尽くしても、どんなに丁寧に伝えても――
動かない人は、やっぱり動かない。
そしてそのまま、家族やまわりの人を、争いや混乱の渦に巻き込んでしまうのです。

何度も、もどかしさに押しつぶされそうになりました。
「私のやっていることは無意味なのでは?」「もう、やめてしまおうか」――
そう思ったことも、一度や二度ではありません。

それでも、こうしてさりげなく応援してくださる方がいて、「ちゃんと届いているよ」と知らせてくれる人がいる。その存在があるからこそ、私は今日も、こうして続けていられるのだと思います。

日々、家族を応援する立場にいる私自身が、実は見えないところでそっと応援されていた―― そのことに、ふと気づかされた出来事でした。

派手な言葉や大きな拍手でなくても、小さなエールは、確かに人の心をあたためてくれるもの。それもまた、人生を大切に生きていく上での、大切な力のひとつなのかもしれません。

……そんなことを、トイレへ急ぎ足で向かう途中に、ふと感じた夏の一日でした。

*ご感想・ご質問は、メールにてお気軽にどうぞ。voice@shukatsu.ca

本コラムは終活に関する一般的な情報提供を目的としています。内容には十分配慮しておりますが、必要に応じてご自身での確認や、専門家へのご相談をおすすめします。なお、本コラムをもとに行動されたことによる不利益については、免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

グローバルライフデザイナー/海外終活アドバイザー
カナダ・バンクーバー在住。

カナダで親しい友人を突然亡くしたことをきっかけに、終活の大切さを実感。
相続専門の弁護士アシスタントとしての経験をもとに、海外を含むさまざまな場所で暮らす日本人の終活を、学びの視点から支えている。

エンディングノートの活用や家族との対話を通じて、「自分らしくこれからを生きる」ヒントを共有する活動を続けている。

「終活」を、これからの人生を見つめ直す機会ととらえる——そんな“私活(わたしかつ)”という考え方も、大切にしている。

家族は、カナダ人の夫、2人の息子、愛猫1匹。
ホームページ:https://www.shukatsu.ca

カナダデーに今年もスティーブストンでサーモンフェスティバル開催

開会式の後で。左から、バンクーバー総領事館・岡垣首席領事、髙橋総領事、フェスティバル理事コジマさん。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
開会式の後で。左から、バンクーバー総領事館・岡垣首席領事、髙橋総領事、フェスティバル理事コジマさん。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 カナダの建国記念日にあたるカナダデー。今年も各地でさまざまなイベントが7月1日に開催された。特に今年はトランプ大統領の「51番目の州」発言もあり、例年以上に愛国心が爆発したカナダデーになった。

カナダの国歌「オーカナダ」合唱を前に。開会式で。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
カナダの国歌「オーカナダ」合唱を前に。開会式で。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 リッチモンド市スティーブストンでは毎年恒例のサーモンフェスティバルが開催された。今年で78回目となる。開会式ではリッチモンド市マルコム・ブロディ市長が「ハッピー・カナダデー」と叫ぶと会場からはさらに大きな声で「ハッピー・カナダデー」の大合唱が返ってきた。在バンクーバー日本国領事館・髙橋良明総領事もあいさつ。岡垣さとみ首席領事も出席した。

 戦前に和歌山県から多くの漁師が移民し、サーモン漁でにぎわった地域として知られるスティーブストンは、日系コミュニティと関りも深い。フェスティバルでは、今年も、武道、琴やいけばな、書道などの伝統文化がマーシャルアートセンターで披露され、日系文化センターでは日本語学校などがブースを出して、どこも大勢の人でにぎわっていた。

多くの人が聞き入っていた琴の演奏。スティーブストン・マーシャルアート・センターで。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
多くの人が聞き入っていた琴の演奏。スティーブストン・マーシャルアート・センターで。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

 その他にも、朝からはパレード、午後からはステージやアートショー、マーケットプレース、もちろん主役のサーモンバーベキューにも長蛇の列ができていた。

 10年以上フェスティバルの理事を務めるジム・コジマさんは「今年は去年よりもさらに多い人が集まっている」と笑顔を見せる。

 1946年に始まったというサーモンフェスティバル。夏の陽ざしがまぶしい晴天のカナダの誕生日に今年も多くの笑顔がスティーブストンに集まった。

サーモンフェスティバルのマスコット、サミー。どこに行っても人気者。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
サーモンフェスティバルのマスコット、サミー。どこに行っても人気者。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
大道芸人に興味津々の子どもたち。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
大道芸人に興味津々の子どもたち。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
広範囲にわたる会場ではたくさんのブースが並び、どこも人だかりが。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ
広範囲にわたる会場ではたくさんのブースが並び、どこも人だかりが。2025年7月1日、リッチモンド市。撮影 日加トゥデイ

(取材 三島直美)

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学生や在留邦人を狙う詐欺 総領事館とRCMPが注意喚起

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