15 ◎「孫の手」は家族の温もり !

日本語教師  矢野修三

 突如として、うれしき孫持ち爺ちゃんになったので、友人や生徒の皆さんからいろいろお祝いの言葉をいただき、某(それがし)の周りには「孫」に関する話題がよく出るようになった。先日も、このエッセイが読めるレベルの上級者2人とお花見勉強会を。その席で「爺ちゃん先生、おめでとうございます。またお孫さんと会いたいでしょう」。ちょこっと冷やかされてしまった。

 そこで、ちょこっと孫に関するこんな諺を話題にした。「孫は目に入れても痛くない」である。するとすぐに、目などには入らないですが、「孫はかわいい」を強調した言い方ですよね、と答えた。うーん、さすが上級者、大したもんだが、英語にも「the apple of my eye」のような「eye」を用いた同じような意味のproverbがあると聞き、びっくり。

 ではもう一つ、「孫は来てよし、帰ってよし」。これには2人顔を見合わせて・・・、よく分かりません、である。分からなくて当たり前田のクラッカー。これはかなり昔の諺であり、昨今はほとんど使われていないが、日本人であれば若者世代でも、そこはかとなく分かる。爺ちゃん・婆ちゃんにとって、孫が遊びに来てくれるのはとてもうれしい。でも長くなると、体力的にも金銭的にもかなり大変で・・・、帰る時はホッとする。これが本音かも。こんな説明をしたら、はっきり言わない日本的な表現で、おもしろいですね、と感心してくれた。

 すると、Aさんから「孫の手」の話が飛び出た。彼女曰く、背中をかく道具、日本語では「孫の手」ですね。すてきです。文化として家族のあたたかみを感じます。なるほど、おっしゃる通り。英語では「back-scratcher」とのことで、確かに味も素っ気もない。

 実は、かなり昔だが、「孫の手」について同じようなことを話題にした生徒がおり、その時は「孫の手」の語源など、分からず調べてみて、びっくりしたことを思い出した。

 この「孫の手」はナント、中国の古い伝説に登場する仙女「麻姑(まこ)」に由来するとのこと。この麻姑はすごい美人で、爪を長く伸ばしており、その長い爪で背中をかいてもらったら気持ちがいいだろうと・・・。そんな故事から中国で「麻姑の手」という言葉ができ、それが室町時代あたりに日本に入ってきたとのこと。江戸時代に「まこ」が「まご」になり、「孫の手」が生まれたようで、うーん、まことに驚きであった。

 確かに、こんなこと生徒にはあまり説明したくないが・・・。でも語源はともあれ、孫がお爺ちゃんやお婆ちゃんの背中をかく、そんな家族の温もりをイメージして、日本の古き文化としてこの「孫の手」という言葉が生まれ、育まれてきたのは間違いないであろう。

 生徒も最初はびっくりしたようだが、「先生、語源など聞かなかったことに・・・、それより平均寿命100歳の時代になりますから、『孫の手』から『ひ孫の手』に変えたほうが・・・」。なるほど、これには思わず笑ってしまった。

 この「孫の手」談議は文化も絡んで、上級者にはなかなか有意義である。でも「孫の手」で背中をかくたびに、美しき、悩ましき爪を想像してしまい、かゆくもないのに「孫の手」を手にする回数が増えそうで、少々心配でござる。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca