「いい旅」2 ~投稿千景~

エドサトウ

 95歳になる母が、夏にコロナで熱を出してから体調をくずして食事がとれなくなり、点滴で命を長らえている状態となり、実家にいる弟と相談をして思い切って日本へ行くことにして、カナダを旅だったのは10月の中旬であった。

 足の不自由な小生は、J航空のハンディキャップのサービスをつけてもらい、バンクーバー、東京、名古屋の各空港では車椅子で係の方に運んでいただいて、大変快適な旅をすることができた。名古屋空港では、母が使用していた車椅子を用意して、弟と甥っ子が迎えに来ていた。かつて、甥っ子は我が家にワーキングホリデーでしばらく滞在していたことがあり、懐かしい再会となった。どの空港も大きな問題もなく無事に往復の旅ができて大変にいい旅となった。

 母の容態は、95歳なので、あまり期待はしていなかったが、幸いにも話ができるほどになっていたのは嬉しかった。認知症もあるので、話のかみ合わない部分もあったが、血色の良い母の顔は僕にとって最高の喜びであった。週一回の面接を二回にしてもらい、短い期間ではあったが母の元気な分、中身の濃い旅となった。

 実家にいることが多かった今回の旅は、弟の奥さんが車の運転、友に会うスケジュールの予定、約束など事細かに、まるで秘書のようになってこなしてくれて、本当に多くの友と会うことが出来て嬉しかった。互いに話し合えば50年という時の流れが過ぎ去ったことを忘れ、少年のように話ができたのは嬉しかった。

 多くは、もう退職をしていて良い晩年の暮らしているように見える友でも、それなりに大病を患ったりしていて、妻を亡くしたり、仕事を無くしたりして大変な人生を過ごしてきた小生と同じようなことがあったのだとしみじみと思えば、苦しかったのは、自分一人だけではなかったのだという思いがした。光陰は百代の過客のように流れてゆく。

 帰国前の晩に近所の友とお酒を飲みながら、話は盛り上がり楽しかったが、終わりころに、わりと無口の福ちゃんに「おねいさんはどうしてるの?」と問うと、少し悲し気にして「姉は、もう、だいぶ前に九州で亡くなったよ。まだ60代だったなあ」と静かに話す彼のおねえさんのことを聞きながら、僕と同じような人もいるものだと思うと、なんとなく亡き妻の人生も納得が出来たような気がした。

 勝ちゃんの話も面白かった。サラリーマンの後、親の農業を継ぎ、今も新しい品種の作物の栽培に挑戦していて、大粒のブドウを育てているとのこと。このブドウの一粒が鶏の卵ぐらいになるというから驚きである。僕が「その種を僕にくれないか?」と冗談で言うと、「種なしだで、あかんわ!」と言うので、皆で大笑いであった。

 僕の前に座っていた仁ちゃんは、今は皆に頼まれて地元の連合自治会長である。話の話題が、ガザの戦争の話題になると、淡々と今の戦争の状況などを説明をして、昔、おとなしかった仁ちゃんが、こんな話をするなどとは想像もしなかったので、少々驚きである。

 ある時は、幼馴染の中央大学出身の奥君とやはり奥君と同じ大学の同期だというYさんが奥さんと同伴でやって来た。その奥さんは僕の妻と日本に居るときに親しくしていて、妻のことを知りたくて僕の実家を訪ねてくれた。奥君と会うのは、カナダに僕が行く前に話をしただけで、もう50年以上の歳月が流れたが、その後、彼はビジネスに成功して、億単位のお金を動かしているらしい。息子さんたちは、シンガポールの大学に行かせて、今は金融関係の仕事をされているとのこと。自然に話がグローバルな経済の話となり、これまたエキサイティングな夕べであった。

 いやいや、話せば別の友との出会いも興味深く深刻な話である。僕と同じころに派米で農業研修に行った幼馴染の友が近所にいるので街に出たついでの帰り道に、ふらりと事務所によってみると、彼が「あんたの友達の神川は、大きな借金をして自分の農業に投資をして破産だわ!古い昔からのかやぶきの屋根の家は雨漏りがしてブルーのシートを被せて悲惨なことになっとるぞ!」と言う。神川も僕の幼馴染と一緒に愛知県の代表で派米農業研修に2年間参加している能力のある奴なのだけれど、焦りすぎたのか、コロナの感染症のためか?家に帰り、昔の仲間に電話をすると彼は腕が上がらなくなり、肩の手術をして病院に入院している最中で、神川のことを問うと「俺も歳で、みんなとは会わんで、ようわからんわ?」と言う。とにかく、昔の電話番号を探し出して、神川に電話をすれば、「この電話番号は使われていません」と電話会社の答えのみで、僕も何もすることが出来なかったのは残念であった。

投稿千景
視点を変えると見え方が変わる。エドサトウさん独特の視点で世界を切り取る連載コラム「投稿千景」。
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