第81回「野菜が可愛く見える魔法とは」

 ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、農業を営む方から、くすっと笑える、と同時に深い学びのあるご報告をいただいた。

 それは、委託の直売所で自家栽培のトマトを売った際の実践だ。彼の農園では主にトマトときゅうりを栽培しており、ときに規格外商品ができる。ちなみに日本では、野菜は形状や色などで規格が定まっており、ゆえに「規格外」とされるものが一定量出てしまう。例えばトマトなら形が丸くないものや、きゅうりなら大きく曲がったものは「規格外」とされる。今回彼が売ったトマトは、形が丸くなくいびつなもの。報告書には2種類の写真が添付されていたが、片方は丸いトマトに角がはえたような形になっており、他方は2つのトマトが合体した形になっている。いずれも通常、店頭ではみかけない形だ。

 このような規格外商品を普段はどうしているかといえば、規格品のトマトを買ってくれた方に無料で差し上げたり、場合によっては廃棄しているという。形がいびつなだけでもちろん品質には問題なく、味も変わらず美味しいだけに、いかにももったいない。そこで今回、ワクワク系的に考え、あることを行い、定価で販売してみることにした。そして結果として、見事全品を完売できた。

 何をやったのか。彼がやったことはネーミングだ。これら規格外商品に名前を付けた。「丸いトマトに角が生えたような形」のものは見た目の印象から「てんぐ」、「2つのトマトが合体した形」の方はズバリ「ふたご」である。やったことはそれだけ。しかし結果は定価で完売。「お客様はトマトを買ったのではなく、このトマトを通して『ワクワク』や『楽しさ』や『驚き』や『家族との話題』を買ったのだと思います」とは彼の談だ。

 この、彼の分析は正しい。と共に、この実践と結果からは、もうひとつ重要なことが分かる。このコラムでは写真をお見せできないのが残念だが、これら2つの規格外商品の写真をまず見て、次に袋に貼られた「てんぐ」「ふたご」という名前を見てから改めて見直すと、印象がまったく変わる、なんだかこの2種のトマトを、可愛らしく、ユーモラスに感じていることに気づく。商品はまったく変わっていないのに、だ。

 これこそが人の〝感性〟のなせる業。そしてこの観点からワクワク系では、常に「価値は創造できるもの」と考える。それは今回彼が実践したように、たとえ規格外でも価値を生むことができ、ひいては定価で完売できることにつながる。これが分かるようになると、商売には無限の可能性が広がっていることにもまた気づくのである。

 
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

 山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
 人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

 2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。 

 「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は最新刊『「顧客消滅」時代のマーケティング』をはじめ、新書・⽂庫化・海外出版含め40冊。

 九州⼤学非常勤講師、⽇本感性⼯学会理事。