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矢野修三

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33 ☆「ドッジボール」は素敵な教材!

日本語教師  矢野修三

 先日、雨上がりの歩道をのんびり歩いていたら、前方から車が近づいてきた。水たまりがあり、水しぶきが・・・。うまくよけきれず、少しズボンにかかってしまった。頭にきたが、歳を重ねるにつれ、反射神経の衰えも、ちょこっと感じてしまった。

 それはともかく、「よける」や「水たまり」、「水しぶき」などをテーマにしようと、この出来事をオンラインで授業している上級レベルの生徒に話した。案の定、彼はこの動詞「よける」は知らなかったが、「避難する」や「さける」はおぼろげに知っており、「さける」との違いは・・・?と、間髪を入れず、質問がきた。さすが上級者。

 確かに、「さける」と「よける」の違いは気になる。でも日本人は感覚的に何となく使い分けているが、説明するとなると、なかなか難しい。この漢字「避」は常用漢字で、音読みは「ヒ」で、「避難」などで馴染みがある。でも訓読みは「避ける」で「さける」だが、もう一つ、「よける」もあり日本人でもややこしい。「避ける」を「よける」と読める人は少ないと思う。

 それゆえ生徒には、「さける」や「よける」は漢字ではなく、ひらがな書きで教えている。そこで、彼にもこんな説明をした。「さける」は障害や嫌な事を前もって回避すること。例えば、「争いをさける」や「ラッシュアワーをさける」など。

 一方、「よける」は目の前にやってきたものを素早く、ひらりとかわす。例えば、「ボールをよける」や「水しぶきをよける」などで、反射神経が重要である。

 すると、彼曰く、英語にも同じような二つの動詞、「avoid」と「dodge」がありますよ。うーん、「avoid」はおぼろげに知っていたが、「dodge」は聞いたこともなく、どんな意味か尋ねると、彼はこんな例文を出してくれた。「dodge the splashes of water」。えー、これはまさしく、「水しぶきをよける」である。なるほど。

 ここで思わず小学校時代の懐かしきドッジボールを思い出した。そして、ハタと膝を打った。ひょっとして、ドッジボールの語源は「よける」の英語「dodge」からか? 今まで、語源など考えたこともなく、びっくり。

 それを彼に確認すると、もちろん「Dodge ball」はカナダでもElementary school(小学校)でやっており、当然、「dodge」 から出来た言葉、当たり前です。先生、なぜそんなに驚いているんですか?と不思議がられてしまった。 

 そこで、いろいろな日本人に語源を聞いてみた。ご存じの人はごく僅かで、多くの人は考えたこともないとのこと。中には「どっちのボール?」が語源では、と、のたまう人もおり、拙者のオヤジギャグを奪われてしまった。

 でも、確かに子どものころは「どっちボール」と言っていた記憶があり、子ども心に、そのように思っていたのかも。現在の正式とされる表記はカタカナの「ドッジボール」だが、なんとなく「どっちボール」のほうがいい感じ。

 このドッジボールは野球より少し遅く、明治時代の終わりごろに米国から伝わったとのこと。

 そして、ベースボールを「野球」と表記したように、このドッジボールも「避球」という漢字表記が作られたようだが、「ひきゅう」など聞いたこともなく、ほとんど知られておらず、またびっくり。

 さて、日本語教育では、基本的には英語など使わず、なるべく日本語で教えるのが良し、とされている。その通り。でもこの「さける」と「よける」は英語の「avoid」と「dodge」とほぼ同じなので、違いを教えるにはとても便利。生徒もすぐ納得。この歳になって初めて「ドッヂボール」が素敵な教材であることが分かり、日本語教師として、ハッピーな気分に。超遅すぎだが・・・。

 このように「避ける」は2つの読み方と役目があり、「さける」知恵と、「よける」反射能力。これをしっかり身につけておけば、これからの老後の旅路も、より安全に歩めるはず。

  水たまりは「さける」か「よける」か、どっちがふさわしいか? 懐かしきドッヂボールに思いを馳せながら、家族や友と語り合うのもまた楽しからずや。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano94canada@gmail.com
ホームページ:https://yanoacademy.ca

日本語教師として37年、81歳になって
初めて、平仮名「あいうえお」の
素晴らしさ、奥深さを悟りましたよ。

愛情、いっぱいで、生まれ
あ  い     う

笑顔で、終える。
え   お

素晴らしきかな「あいうえお」

32 ☆「堪える」は「堪えられない」?

日本語教師  矢野修三

 日本企業バンクーバー支店の駐在員、K氏が任期終了し、日本に戻ることになった。大学の後輩でもあり、かつてよくゴルフを一緒にした仲なので、軽くお別れ会を行なった。

 先ずはビールで乾杯。そこで、ゴルフ好きの彼から、「19番ホールのビールはこたえられません。でも最近の若者はこの言葉、ほとんど使いませんね。なぜですか?」。さらに、「今まで書いたことはなく、どんな漢字か知りませんでしたが、日本の友人に、バンクーバーの夏のゴルフはこたえられないと、メールしようとして、調べてびっくりしました」である。なるほど。

 そこで早速、この「こたえられない(堪えられない)」の勉強会を始めた。彼は中学のころから、国語が好きだったようで、言葉にとても関心あり。でも以前、「他人事」の読み方を間違えており、「ひとごと」と言わなければ、名だたる商社マンとしては恥ずかしいよ、と注意した。すると、えー、ずっと「たにんごと」だと思い込んでいました。忸怩たる思いですと、大いに恐縮させてしまった思い出がある。

 この漢字「堪」は常用漢字で、音読みは「カン」、訓読みは「たえる」だが、それ以外に、常用漢字外の読み方があり、それが「こらえる」と「こたえる」である。でも、漢字表記はすべて、「堪える」なので、ものすごくややこしい。

 意味はいずれも我慢する、辛抱するという雰囲気は共通しているがニュアンスは少しずつ異なる。例えば、①暑さに堪える(たえる)、②暑さを堪える(こらえる)、③暑さが堪える(こたえる)となり、確かに戸惑ってしまう。でも日本人であれば、使い方は助詞なども、さりげなく異なるので、なんとなく区別できる。

 でも可能形、特に可能否定形になると複雑さが倍増する。すなわち、「堪えられない」で「たえられない」、「こらえられない」そして、「こたえられない」と読み分けなければならず、「ら抜き」も絡んで、母語として、堪えれない。

 さらに、「こたえられない」は我慢できない、の意味が広がって、圧倒されるほどすごい、素晴らしいという意味も加わり、「風呂上りのビールは堪えられない」や、「ここからの景色は堪えられない」などなど。話し言葉として、こんな使い方もするようになった。

 しかし、メールなどで、これを「たえられない」と読まれてしまったら、まったく逆の意味になってしまう。めっちゃやばい。そこで漢字など使わず、ひらがな書きが分かりやすく簡単。それゆえ、漢字など知らないほうが逆に正解かも。

 まして、ネット世代にとって、こんな長くて面倒な「こたえられない」を使う必要性など、マジでなくなり、言葉は時代とともに、を強く感じるねと、彼と談笑した。

 確かに、日本語は奥の深い言語なので複雑だが、面白さもある。表題の「堪える」は「堪えられない」だが、「こたえる」は「こたえられない」と読んでもらい、「こたえる」は、極めて興味深い言葉だから、こたえられない、ということを書きたかった次第でござる。

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矢野修三(やの・しゅうぞう)
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メール:yano94canada@gmail.com
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31 ☆ 漢字「跪く」に、ひざまずく! 

日本語教師  矢野修三

 先日、久しぶりに日本が大好きな日本語上級者からお呼びがかかった。彼女、この春に日本に行って、大阪万博なども見学してきたとのこと。京都などの観光地も人がすごく多くてびっくりしたようである。さらに、こんな質問が続いて、こちらもびっくり。「先生、ひざまずく(跪く)の漢字に、なぜ危険の「危」が入っていますか?」である。

 彼女はとても漢字に興味があり、以前にも、いろいろな質問が。例えば、「玄米」と「玄関」、全然関係ないのに、なぜ「玄」ですか?や、「練習」の「練」は、なぜ「東」ですか?など。うーん、と思わず唸ってしまう。日本人では考えもしない質問で、先生泣かせの生徒でもある。日本でこの「跪く」という漢字を知って、質問を思いついたとのこと。

 彼女はクリスチャンなので、日曜日のお祈りに、教会で跪く(ひざまずく)こともあるようで、そんな神聖な動作の漢字に、「危」が含まれているのが、不思議に感じたらしい。なるほど。

 実は、同じような質問をバンクーバーに移住して間もなく、日系二世の方から受けた経験があり、当時はこの漢字「跪く」の読み方すら全く分らず、日本語教師として、とても困った、苦い思い出がある。

 確かに、この漢字は常用漢字ではないので、新聞などは、ひらがな書きの「ひざまずく」であり、普段、目にする機会はほとんどない。故に、日本人でも馴染みがなく、難読漢字。そんな漢字「跪」に、なぜ「危」が入っているなど、想像もつかない。そこで中国の友人や生徒に調べてもらった。諸説あるようだが、「膝をつく」姿勢はとても不安定で、危うい(あやうい)状態なので、足偏に「危」の「跪」ができたようである。なるほど。

 それより、世代にもよるが、多くの日本人はひらがなが気になる。つまり、「ず」と「づ」の違いで、語源は「ひざ+つく」なので、「ひざまづく」のほうがしっくりする。その通り。ちょうど「つまずく(躓く)」も語源は「爪+突く」なので、「つまづく」のほうが親しみを感じるのと同じかも。

 事実、歴史的仮名遣いでは、「づ」の「ひざまづく」や「つまづく」と書いていた。しかし現代仮名遣いになり、「ぢ」や「づ」は、連濁など以外は、基本的に使わないことにした。

 それゆえ、「ひざまずく」(跪く)や、「つまずく」(躓く)は1つの言葉として理解し、「ず」の表記が国の定めたルールとなった。日本語教師としては何となく寂しいが、でも一応、「ひざまづく」や「つまづく」も許容されているので、ノープロブレム。

 こんな余計なことまで、彼女に説明してしまったので、なぜ「躓く」の漢字に、「質問」の「質」が入っていますか?こんな恐ろしい質問が来ないことを祈りつつ。

 厄介な漢字などをチェックしようと、スマホなどを見ながら、歩くのはとても危険。特にお年寄りの方は、平らな、何もない道なのに・・・、つまずく恐れあり。くれぐれもご注意ください。

こんな川柳を。
・ 老いたかな 何もないのに 躓いた
・ 跪き 怪我などせぬよう 祈らねば

「ことばの交差点」
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