つながりを取り戻す教育へ——カナダ・インクルーシブ教育と主体性を育てる4日間
ノースバンクーバーを拠点に活動するAK Jump Educational Consulting Inc.の企画・主催で、ノースバンクーバー学区、バンクーバー学区、サレー学区の協力、さらにフロッグフォローネイバーフッドハウスやウエストバンクーバー・コミュニティセンターの連携のもと、日本の教育関係者を対象にした4日間の研修ツアーが実現しました。
全国から集まった参加者は、教師、教育委員会職員、学校カウンセラー、一級建築士、支援員、大学院生、研究者など多岐にわたります。共通していたのは、「教育現場を少しでも良くしたい」という切実な思い。2025年11月後半の連休を利用し、普段の現場を離れてカナダに集いました。中には勤務校からそのまま空港に直行し、研修後すぐ帰国、翌日には教壇に立った教師もいました。子どもたちの顔を一日でも早く見たい——その思いは、日本の教育現場の切実さと、希望を手放さない姿を象徴していたかのようでした。
学校だけでなく、地域全体が「多様な人を受け入れる場所」となること。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州のインクルージョン推進の共通ビジョンは、まさにこの考えに根ざしています。本記事では、学校・地域・文化施設、さらに先住民の世界観がどのように結びつき、誰もが安心して参加できる社会を形づくっているのかを紹介します。
研修のテーマ——インクルーシブ教育と主体性を育てる教室
今回の研修テーマは、「インクルーシブ教育」と「主体性を育てる授業づくり」。特に大切にされたのは、先住民の世界観に学ぶ「自然との調和」と「共存共生」の視点です。
日本では、小・中・高等学校における不登校の子どもが約41万人に上ると報告されています(文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」)。背景には、学力や制度だけでは説明しきれない、人や社会、自然とのつながりの希薄化があるのでは——そんな問いが研修全体を貫いていました。
子どもたちは、忙しさに追われる日常の中で、親とゆっくり話す時間、友だちと安心して過ごす時間、地域の大人と関わる機会、自然の中で心と体を休める時間を少しずつ失っています。教師もまた、授業準備や評価、保護者対応、書類業務、個別配慮や危機対応など多くの役割を抱え込み、相談する余裕がなく疲弊してしまうことがあります。

正解を学びに行くのではなく、自分たちの現場に持ち帰れるヒントを探す——そんな姿勢で臨んだ研修の中でも、特に参加者から高い評価を得たのが、Norm Leechさん(先住民元酋長・Stʼatʼimc民族の一部であるT’it’q’etコミュニティ出身)とその配偶者・鹿毛真理子さんによる先住民の世界観ワークショップです。自然や土地、人とのつながりを軸に、教育や支援の在り方を考える時間となりました。
学校から地域へ広がるインクルージョン

インクルージョンは、「特別な支援が必要な人のための仕組み」ではありません。ノースバンクーバー学区のハンズワース・セカンダリーやクイーンメアリー・エレメンタリーでは、ユニバーサル・デザイン・フォー・ラーニング(UDL)を軸に、すべての子どもが同じ教室で学べる環境づくりが進められています。IEP(個別教育計画)は学習支援教員を中心に、担任・専門スタッフ・管理職などがチームとして情報を共有し、子どもを支える体制です。
中等教育では、教室で学びながら支援を行う「プッシュイン」と、必要に応じて別の場で支援する「プルアウト」を、生徒の状況に応じて柔軟に組み合わせています。支援は段階的に提供され、ピラミッド型の多層的サポートとして整理されています。

特筆すべきは、フィジットツールや視覚支援ツール、防音ポッドなどが「特別な生徒のためのもの」ではなく、誰もが集中したいとき、落ち着きたいときに使える環境として用意されている点です。
その他に今回訪問した主な学校・施設の例
- サレー学区
BC州でも特にアクセシビリティに優れた学校を2校見学。校舎や教室の設計、設備の工夫は、一級建築士とともに実際に確認しました。 - ウエストバンクーバー・コミュニティセンター
人と人が自然に交わる空間。点字や表示がなくても、スタッフや地域の人がさっと助けてくれる余裕のある環境でした。 - バンクーバー学区
「Building Thinking Classroom」と呼ばれる教室では、対話や発想を促す授業を見学。生徒たちは意見を出し合い、考えを深めながら学びます。日本でも導入したいと、多くの教師がメモを取りながら熱心に見学していました。
地域プログラムが支える「生きやすさ」
学校だけでなく地域でも、インクルージョンを支える仕組みが進んでいます。ノースバンクーバー市では、自閉症理解トレーニングの警察・消防への導入、博物館での感覚フレンドリー時間や感覚ルームの設置、観光協会による感覚サポート・バックパック貸出、4月の「自閉症受容月間」公式認定など、多面的な取り組みが行われています。
出張型感覚ルーム(Sensory Van)や医療情報入りIDブレスレットの普及、カレッジ・大学と連携した職業プログラムも含め、本人が「自分で自分を守る力」を育て、家族だけに負担が集中しない社会を目指す実践が広がっています。
文化施設と先住民の知恵
ノースバンクーバー博物館(MONOVA)では、スコーミッシュ族やスレイワチュース族の歴史と文化を、当事者の声を通じて学びました。ウェルカムサークル、言語やアート、レジデンシャルスクールの歴史と「真実と和解」の取り組み——過去を直視し、語り継ぐこと自体がインクルージョンの一部です。
博物館は自閉症当事者や家族と協働し、感覚フレンドリー・プログラムやセンサリースペースを整備。文化へのアクセスを特定の人だけに限定しない姿勢が貫かれています。
「つながりの感覚」という哲学
研修キーノートで語られた先住民の言葉が印象的でした。
「孤独は切断から生まれ、癒しはつながりから始まる。」
人は大地・祖先・コミュニティと円(サークル)でつながっている——その感覚が、人を支える力になります。

研修では、参加者が先住民のコミュニティで使われる、サークルに参加し、教育現場での悩みや志、個人的なチャレンジを共有しました。ノームさんは「Give it to the Land(大地に委ねる)」という考え方を紹介。身体に溜まったストレスや重さをイメージして地面に置くと、大地は祖母のように受け取り浄化してくれる——という考え方です。支援者が燃え尽きずに続けるための知恵でもあります。
日本への問い——私たちはつながりを取り戻せているだろうか
カナダで見たインクルージョンは、「特別支援」や「配慮」を超え、人と人、人と土地、人と学びを結び直す営みでした。
管理・評価・効率重視の教育は成果を生んだ一方で、子どもや教師から「つながりの感覚」を奪ってきたのかもしれません。不登校や孤立の増加は、その歪みの現れとも言えます。
問いはシンプルです。
- 子どもたちは、誰かと、どこかと、ちゃんとつながれているだろうか。
- 教師自身は、孤立せずに教壇に立てているだろうか。
この4日間の研修は、答えを持ち帰る旅ではなく、問いを持ち帰る旅でした。日本の教室や学校、地域にその問いをそっと置き、新しい対話が始まることを願っています。
追記:
写真や参加者の声は、研修報告HP(本記事で紹介できなかったセルフコンパッションワークショップや主体性を伸ばす保育園の見学の様子もご覧になれます。他研修スケジュール詳細、写真、参加者の感想掲載)の研修報告ページからご覧いただけます。
筆者も椎間板の不調と16年間向き合いながら、本研修を実現することができました。研修運営企画におき伴走してくれたスタッフの佐々木千晶さんをはじめ、支えてくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。
AK Jump Educational Consulting Inc. 代表
高林美樹
ピラミッド型の多層的支援
1.Tier 1(全員への支援)
- 授業の工夫、学習環境の整備、基本的な行動ルールの提示
- すべての子どもが学びや生活で困難を避けられるようにする
2.Tier 2(少人数への強化支援)
- 小グループでの学習補助、短期集中指導、行動支援
- 軽度の困難を早期に解決
3.Tier 3(個別・集中的支援)
- 個別指導、専門家による相談・介入、特別支援教育
- 深刻な学習・行動の困難に対応

合わせて読みたい関連記事


























