カナダの教育から日本を変える!「答えのない教室」との出会い

「答えのない教室」の様子
「答えのない教室」の様子

 カナダに来てから早17年。ワーキングホリデイを使って長くても一年、おそらく半年くらいで帰るだろうと思って初めての海外を経験したのが2007年。縁があって、語学学校から学童保育(デイケア)でボランティアする機会を得て、それがきっかけでデイケアで働くことになった。のちに永住権をとり、支援員(Educational Assistant)として学区で働き、働きながら大学に行き、高校の数学教師となったのが2019年。一つ一つの経験は意図したものではなかったが、今置かれた状況でより自分に向いているもの、自分がワクワクするものを追い続けた結果が今だと思う。

Building Thinking Classrooms
Building Thinking Classrooms

 教師になってからもより生徒に数学の楽しさを感じてほしいなと思っていた。数字や図形の間にいろんな関係性があって、どんなストーリーがあるのかを伝えたいと思っていた。でも多くの生徒はその楽しさには気づいていないようだった。表面的な解法を覚えるばかりでつまらなそうだった。どうしたものかともどかしさを感じていたけれど、どうしていいかわからないまま教員一年目を終えた。そんな時に出会ったのがBuilding Thinking Classrooms(答えのない教室)だった。

リリヤドール教授
リリヤドール教授

 これはSFU(サイモンフレイザー大学)の数学教育で著名なリリヤドール教授が開発された教授法。14のステップを通してより多くの生徒がより自然な形で考えることを楽しむ授業を実現できることを謳っている。幸運なことに2020年の末にこの教え方が書かれた本が発刊され、この教え方に精通している先生がおられた学校での勤務が決まった。本を読みながら実践しながら、また同僚の先生に相談しながら、はじめはおぼろだった「答えのない教室」ははっきりとした輪郭を描いた。

「答えのない教室」で授業が激変!

「答えのない教室」の様子
「答えのない教室」の様子

 一般的なクラスでは、先生がクラスの中心で、生徒が整頓された机に座って先生の方向を向いている。例題から演習を繰り替えし問題をこなしていく。だが「答えのない教室」ではどうだろう?生徒はまず立った状態で授業が進む。縦掛けになったホワイトボードに向かって3人ずつのグループでワイワイと騒がしい。それぞれのグル-プが自分たちのペースでそれぞれの問題に取り組んでいる。3人だからこそ、お互いに質問をしあい、わからないところはわからないと言いあえる空間がある。三人寄れば文殊の知恵ということわざがあるが、アイデアはアイデアを誘い、気が付けば理解は深まっていく。先生はただ教え込むのではなく、生徒がより考えられるように導く役割をなす。考えれば考えるほど先生頼りだったクラスはより自立したクラスへと変容していく。

「答えのない教室」の広がり

 この教え方は、算数・数学教育からスタートして小中高大学へと広がっている。北米だけでなく、英語圏、西欧、北欧へと驚くペースで広がっている。英語の原著になる本はすでに7か国語(デンマーク語、ノルウェー語、スウェー デン語、ポーランド語、トルコ語、中国語、フランス語)に翻訳されている。教育関係者で作られたFacebookのグループではすでに5万人以上の方が参加され、日々の実践を報告したり質問をしあうサポート体制が自然な形でできあがっている。

 算数・数学教育からスタートしたものの、考えることをより自然にする仕組みについて解かれた教授法なので、他教科への応用も可能。小学校はもとより、中高においても理科(特に物理)は言うまでもなく、国語や社会、家庭科など幅広い実践がなされている。

なぜ「答えのない教室」を広めようと思ったのか

 2020年、コロナの影響もありオンライン授業が増えたころ、日本でもウェビナーがかなり増えた。それまでそこまで興味はなかったが、日本で行われる教育関係のウェビナーに参加するようになった。そこで生徒主体な学び、協働的な学び、探究学習などカナダでもよく聞く話をたくさん聞いた。世界でもインクルーシブ教育最先端のカナダで実践している「答えのない教室」が日本で必要とされているかもと感じた。

 その感覚だけを頼りに日本の教育関係者とつながり、2022年の夏に小中高大学や教育関係者向けに「答えのない教室」模擬授業を開催した。10を超える会場で実践する中で、感覚は確信になった。忖度でもなく、丸暗記でもなく、生徒自身が自立して考える、探究する授業は「答えのない教室」に答えがあると思った。

「答えのない教室―3人で「考える」算数・数学の授業」
「答えのない教室―3人で「考える」算数・数学の授業」

 最初は原著になる「Building Thinking Classrooms」を翻訳することも考えたが、日本での実践本をまずは先駆けとして出版する運びとなった。それが「答えのない教室―3人で「考える」算数・数学の授業」(2月24日発売)である。14のステップのコアになる仕組みや、カナダでの実践や日本での実践で得られた普段の授業への導入方法、世界での実践者へのインタビューや共著者で日本での実践を実現してくださったデンマーク株式会社の有澤和歌子さんの視点でこの教え方を日本に取り入れたい思いなどがつづられている。

これからの展望

 この教え方をもとにカナダそして日本の両国での教員研修や教員養成に取り組んでいきたいと考えている。私一人の力でサポートできる生徒は1年に多くて200人程度。一人また一人と感化することで、より多くの先生の昔ながらの教え方で抱えているもどかしさを解消する手助けをし、そこからより多くの生徒の考える楽しさにつながればと思う。この教え方を取り入れだして早5年がたとうとしている。生徒がより考えるようになるだけでなく、私自身も教師としてより考えるようになったと思う。当たり前に疑問を持ち、より生徒にとって有意義な学びとは何かこれからも試行錯誤し続けたいと思う。

梅木卓也(うめきたくや)

バンクーバー学区公立高校教師
兵庫県加西市出身。2007年度よりワーホリをきっかけに、カナダで学童保育や障害児サポート等に携わり、19年度よりバンクー バー市の高校数学教員となる。 現在サイモンフレイザー大学にてリリヤドール教授の元、数学教育の修士課程在学中。「答えのない教室」著者兼認定講師。海外で先生になりたい人たちを応援するサロンを運営。カナダと日本両方で教員研修や教員養成に関わることが現在の目標。趣味は読書とカフェ巡り。双子の父。著者についてはこちらからtakuyaumeki | Twitter, Instagram, Facebook | Linktree