終活は新しい大人のマナー
叶多範子
「遺言を作るのに高いお金は払いたくない」
「ノートなんて作らなくても、誰も困らないでしょ?」
そんな声を、今でも耳にします。しかし実際にそのまま人生を終えたとき、“放置の代償”は想像以上に大きくなるのです。
今回は、私がこれまでに見てきた現実の例をもとに、 遺言やノートを作らなかったことで起きる困難や負担についてお話しします。
遺言がないと、裁判所の手続きが複雑に
ある日、カナダ国内で日本人の男性が急逝。配偶者や子供はおらず、血縁者は全員日本に住んでおり、現地では友人が手続きを手伝うことになりました。
彼には遺言がなかったため、まずは裁判所で 「誰が遺産管理人になるか」を決める手続きから始まります。申請に必要な情報を調べ上げ、各金融機関へ連絡し、裁判所に書類を提出する——。そのプロセスと最終的な遺産分与までには数十ヶ月〜数年に及び、弁護士費用だけで100万円超えになることもあります。
遺言は「本人のため」というよりも、「残される人のため」のもの。だからこそ、亡くなる直前に家族が弁護士を病院やホスピスへ呼び、急いで遺言を作成するケースも少なくありません。
しかし急な依頼では、書類の準備や時間外対応などで通常の3〜5倍の費用がかかることもあります。「もっと早く準備してくれていたら」そうした後悔が残る場面を、私は何度も見てきました。
友人に頼ったとしても、限界がある
現地に家族がいない場合、頼れるのは友人です。最初は「世話になったから」「生前に頼まれていたから」と、善意で奔走してくれる人もいます。
しかし、何ヶ月にも及ぶ複雑な手続きや日本の親族とのやりとりに疲れ果て、 途中で「もうやめたい」と思ってしまう人も少なくありません。
しかも、その友人は遺言で相続人に指名されていない限り、どれだけ尽くしても遺産を受け取ることはできません。裁判所や金融機関から見れば「ただの第三者」であり、報酬も基本的にはなく(場合によってはあり)、苦労だけを背負うのです。
迷惑をこうむるのは、遺産を受け取る血縁者よりも、むしろ身近な友人であることも少なくありません。これも「準備をしないこと」の現実です。
ノートがないと、探し物から大混乱
遺言があっても、エンディングノートがないと別の問題が起きます。
・いくつ口座があり、どの銀行にあるのか?
・スマホのロック解除方法は?
・オンラインの明細やサブスクの「ログイン情報をどこに保管しているか?」
・加入している保険や会員サービスは?
まさに「知らないこと」だらけで、残された人は困り果ててしまいます。さらに、本人の希望がわからないことは、大きな負担となります。大切にしていたコレクションをどう扱うか。お墓やお葬式の希望はどうだったのか。判断に迷い続けることで、家族や友人は精神的に疲弊し、「これで良かったのだろうか」というモヤモヤを抱え続けることも少なくありません
一方で、ノートに思いや感謝の言葉が残されていれば、それだけで救われるご家族も少なくありません。「大切な人が最期に何を望んでいたのか」それを知ることができるのは、大きな支えになります。
“準備しないリスク”は、お金だけではない
遺言やノートを残さなかった場合、負担になるのは手続きや費用だけではありません。
大切な人の心に、迷いや争い、そして後悔を残してしまう。これこそ、最も見過ごせないリスクです。もちろん、準備には時間やエネルギーが必要です。しかし「何も残さないこと」の方が、まわりの人にとっては、より大きな負担になるのです。
今日のまとめ
遺言がなければ裁判所の手続きに時間と費用がかかり、ノートがなければ探し物や希望の不明確さで家族や友人が疲弊してしまいます。残さなかったこと、準備しなかったことが、結果的に大切な人を苦しめることもあるのです。
あなたの代わりに、誰かが泣きながら走り回る前に。小さな一歩から準備を始めてみませんか。
Let’s 海外終活!
「やっておけばよかった」と思わない未来へ。
終活とは誰かのためだけではなく、自分自身がこれからを楽しく悔いなく生きるために取り組むもの——。私はそれを「私活」と呼んでいます。
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「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。
叶多範子(かなだ・のりこ)
グローバルライフデザイナー/海外終活アドバイザー
カナダ・バンクーバー在住。
カナダで親しい友人を突然亡くしたことをきっかけに、終活の大切さを実感。
相続専門の弁護士アシスタントとしての経験をもとに、海外を含むさまざまな場所で暮らす日本人の終活を、学びの視点から支えている。
エンディングノートの活用や家族との対話を通じて、「自分らしくこれからを生きる」ヒントを共有する活動を続けている。
「終活」を、これからの人生を見つめ直す機会ととらえる——そんな“私活(わたしかつ)”という考え方も、大切にしている。
家族は、カナダ人の夫、2人の息子、愛猫1匹。
ホームページ:https://www.shukatsu.ca