日本語教師 矢野修三
いきなりですが、「おじが二人います」と聞いて、「伯父」か「叔父」か、どちらの漢字を思い浮かべますか?
実は、日本語教師養成講座を受講した卒業生から、連絡が入った。「日本にいる『おじ』が亡くなったので、急に日本に行くことになりました」。さらに、「おじの漢字は『伯父』と『叔父』と二つありますが、その使い分け、日本ではすごく大事ですか?」、である。
なるほど、とても気になるのであろう。彼女は中学の途中で、家族とバンクーバーに移住してきたので、こんな細かなことなど分からないのは当たり前。でも今では、バンクーバーで日本語を教えている立派な先生である。
確かに、「おじ」の漢字は「伯父」と「叔父」があり、ややこしい。会話では同じ発音だから、問題ないが、メールなどに書く場合は、どっちを書けばいいか、一瞬迷ってしまう。さらに、親族以外の一般の年配男性の呼称として「小父さん」もあり、なかなか複雑である。
でも、これは漢字の意味を理解すれば簡単。「伯」は年長の人を、「叔」は年少や若い人を表わす漢字なので、本人から見て、父や母の兄が「伯父」で、弟が「叔父」である。これは「おば」の「伯母」と「叔母」も同じ関係。つまり父や母より、年上か年下かの違いである。
そこで、この使い分けについて、いろいろな人に聞いてみた。二つあるのは知っているが、違いは微妙・・・、ちゃんと学んでいない人も多く、さらに、父方か母方かの違いかと、など様々な意見があり、世代や個人環境によっても異なる感じで、致し方なし。
実際のところ、履歴書などの公式文書でもない限り、「伯父」と「叔父」の漢字を書き分けの場面などほとんどない。あえて漢字書きにすれば、「叔父」に。理由は「おじ」とスマホなどに打ち込むと「叔父」が最初に出てくるから・・・。なるほど!
だが、中国では、驚くほど詳細な親族名称があり、「年齢の上下」はもちろん、「父方か母方か」も厳密に区別されており、とても複雑で大変とのこと。
日本でも、昭和の初期ごろまでは、両方ちゃんと分類されていたようだが、時代とともに、だんだん変化し、「父方や母方」の区別はさりげなく消えてしまい、「伯父」と「叔父」の年上、年下の使い分けだけに。さらに、昨今は形式にとらわれず、簡単で便利な、ひらがなの「おじ」で済ませてしまう傾向にある。正に「言葉は時代とともに・・・」の一例であろう。
でも、きちんと学んだ年配の方、その本人宛のメールなどは「伯父」か「叔父」か、注意しなければ失礼になる。無論、新聞記事などは明記しているようで、この違いが分かれば、小説など読む際にも、登場人物の人間関係がよく分り、役立つはずである。
その点、英語はあっさりしている。単に「uncle」であり、よほどの理由がない限り、年上か年下など、必要もなければ、区別もしないとのこと。
シェイクスピアの「ハムレット」で、ハムレット王子が「叔父」に復讐する。そして「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」と悩むが、もし彼がこれを読んだら、迷わず「伯父か叔父か、そんなの、問題じゃない」と、のたまうであろう。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca