日本語教師 矢野修三
前回の「訪ねる」と「訪れる」のエッセイを読んでくださった日本のある方から、もっとややこしい「労る」と「労う」も記事に・・・との依頼があり、早速掲載する運びと相成りました。
うーん、確かに、この「労」も送り仮名によって読み方や意味が変わるので大変ややこしい。「労る」は「いたわる」、「労う」は「ねぎらう」である。漢字そのものはやさしいが、難読であり、読み方を尋ねられて、戸惑う日本人、かなり多し。でもこれにはちゃんとした理由あり。
この「労」という漢字は小学校で習う常用漢字。「労働」や「苦労」など・・・。でも読み方は複雑。音読みの「ロウ」は常用漢字内だが、訓読みの「いたわ(る)」や「ねぎら(う)」は常用漢字外の読み方であり、学校では習わない。それ故、読めないのは当たり前。
大人になって、「いたわる」や「ねぎらう」を話し言葉として覚え、使うようになるが、まさか漢字がこの「労」だとはなかなか想像できない。なぜなら、前述のごとく、訓読みの「労る」と「労う」は常用漢字外なので、公文書や新聞などには使えず、ひらがな書きにしなければダメであり、これらの漢字表記を目にすることはほとんどないので、馴染みがないのは当然である。でも読書好きな人は目にする機会も多く、すんなり読めてしまう。ごもっとも。
日本語教師として、もちろんこの漢字の「労る」や「労う」は上級レベルでも教えないが、万が一、読み方など質問されたら困るので・・・、一応頭の中に入れておかねば。
先ず、「労る・いたわる」だが、「労る」が正式な表記。でも読みやすくするために「労わる」でも問題なし。基本的な意味は「優しくする」「親切にする」や「大事にする」であり、「お年寄りを労わる」や「疲れた体を労わる」など。某(それがし)もこんな使い方を・・・。「久々のゴルフだったが、結構いいスコアーが出たので、クラブに感謝、きれいに洗って、いたわってあげた」。なかなか粋な言い回しなり。
一方「労う・ねぎらう」。これも感謝の気持ちを示す表現だが、ご馳走するなど具体的な行為を伴うのが一般的であり、さらに目上の人に用いるのはタブーとされている。部長が部下の努力をねぎらってご馳走する、いわゆる慰労会などである。なるほど。
すると、年寄りとしては「いたわってもらう」よりは「ねぎらってもらう」ほうがもっとうれしいかも、ご馳走になれそうで・・・。いずれにせよ、「ひらがな書き」が基本であり、漢字よりも柔らかさも感じるのでお勧めである。
おまけに、形容詞の「辛い」もややこしい。同じ送り仮名で読み方が二つ、「からい」と「つらい」があるので教えるのも辛い。「あの店の料理はとても辛かったので、とても辛かった」。こんな文を作って、少しふざけながら楽しく教えている。ただし、「つらい」は常用漢字外であり、基本的にはひらがな書きだが、個人的なメールなどにはノープロブレム。
すると、上の文の二つの「辛かった」、日本人は文脈から容易に判断できるが、さて、今注目のAI翻訳機、貴方様はどう読んで、どのような英語に訳すか、いと興味深いことなり。
「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca