バンクーバーの動物福祉を考える(後編)「BC SPCAを北米最大の動物保護施設に成長させた成功秘話」

 北米最大の動物保護施設BC SPCA(The B.C. Society for the Prevention of Cruelty to Animals)。ブリーダーや動物保護施設などからペットを引き取るのが主流となっているブリティッシュ・コロンビア(BC)州で、その核のような存在を担っている。

 8月21日、バンクーバー市にある施設を訪ね、BC SPCAの代表を務めるJodiさんに話を聞いた。 前編では現在のバンクーバーのペット事情やBC SPCAの活動について紹介した。後編では北米最大の動物保護施設に成長させたJodiさんの成功秘話を紹介する。

BC SPCAバンクーバーオフィス。動物たちが保護されている建物の一つ。政府からの寄付により新しく建て替えられる予定。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito
BC SPCAバンクーバーオフィス。動物たちが保護されている建物の一つ。政府からの寄付により新しく建て替えられる予定。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito

北米最大の動物保護組織に成長させ、社会全体の意識を変えたBC SPCA

 「時間はかかるけど、情熱があれば必ず実現します。何年か前、私がこの仕事を始めたばかりの頃、何かを変えられるだろうかと考えていたのを覚えています。でも変わります。ただ時間と情熱と努力が必要で、それを助け、始めようとする人たちのグループが必要なのです」

 JodiさんがトロントのSPCAからバンクーバーに移ってきたのは19年前。その頃は、猫の過剰繁殖により十分な飼育スペースがなかったことから、殺処分を余儀なくされる深刻な状況だったという。現在のバンクーバーには野良犬も野良猫もいない。保護施設での命の期限もなくなった。

 動物が守られ、生きる権利が保証された今の環境ができるまでの過程には、Jodiさんらの絶え間ない努力があった。

 現在BC SPCAは北米最大の動物保護施設に成長し、BC州の動物福祉に大きな影響を与えている。19年前に代表に就いて以降、さまざまな変革を起こしてきたJodiさんは、どのように動物福祉に取り組んできたのだろうか。

子どもたちから意識を変えていく

 BC SPCAの軌跡を辿る上で注目したいのが教育と募金活動だ。Jodiさんは毎年夏休み期間中、サマーキャンプを企画し子どもたちに学びの機会を提供している。

 「子どもたちはなにかを学び、家に帰ると興奮して親に動物の世話について話したくなるんです。年齢にもよりますが、年長の子どもたちは、動物の倫理的な扱いや食料源、生息地について学びます。動物がどのように感情や気持ちを表現するのかや、動物に囲まれている子どもたちの安全についてなどを学びます。サマーキャンプ中は、動物を安全に扱う方法を学ぶツアーも行います。動物たちのために小さな家を作り、家に持ち帰る前に動物に何が必要かを学びます」

 サマーキャンプは5歳から12歳の子どもたちを対象で、5歳から8歳まで、9歳から12歳までと年齢に合わせた2つのグループで動物との関わり方を学ぶ。子どもたちはそのサマーキャンプを楽しみ、学んだことを家庭に持ち帰り、両親も子どもから学ぶことができるという。

 Jodiさんは、一度築かれた価値観は大人になると変わりにくくなってしまうため、子どもを通して社会全体の意識を変えていくことに取り組んだ。

大きな目標も初めの一歩から

Jodiさんから話を聞いた後、施設内を見学。寄付をするとスポンサーとして名前を掲示することができるサービスも。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito
Jodiさんから話を聞いた後、施設内を見学。寄付をするとスポンサーとして名前を掲示することができるサービスも。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito

 SPCAは寄付金で運営されている非営利団体。一般市民に呼びかけ寄付金を募っている。またサマーキャンプのほかにも、ガラ・抽選会・オークションなどさまざまなチャリティイベントを開催し、運営資金としている。

 どの企画も初めは小規模から始めるのだと言う。「資金集めのために初めてオークションを開催した時は、チーズやクラッカー、果物や飲み物だけを用意しました。それで7,000ドル集まりました。大きな金額ではありませんでしたが、このようなイベントを開催したのは初めてだったので、とてもうれしかったです。かかった費用は500ドルだったと思います。翌年はビュッフェスタイルのディナーとドリンクを用意しました。最初の年は30人くらい、2年目は150人くらいだったと思います。それから口コミで広がって、最終的にはゴルフ場のグラマラスナイトを開催することになりました」

 最初から大規模で始めるのではなく、「小さいことから始めて、徐々に大きくしていけば、どんどん良くなっていきます」とJodiさん。しかしそれだけが成功の秘訣ではない。その企画力も光る。

 過去には「ドッグウォーク」というイベントも開催。犬の散歩や小さなドッグレースなど、さまざまなアクティビティを行ったり、多くの団体がテントのスポンサーになったりして、一般の人たちに動物保護や犬・猫の応急処置などを教えた。

 運営資金を得るためのチャリティイベントに教育を組み込むのがJodiさん流だ。

仲間を募り、次なるゴールを目指す

 BC SPCAで行われている多くのイベントは大規模に成長している。サマーキャンプも今では毎年予約開始間もなく定員になるほど人気だが、最初の年の参加者は10人だったという。それでも翌年には、参加したいという子どもたちが集まり、2週間のサマーキャンプを行うことになった。継続する力が必要なのだ。

 Jodiさんは19年前の、全てを始める前の状況をよく覚えている。「私を助けてくれる人たちの多くは、同じような考えを持った人たちです。だから私たちは集まって、何をしたいのか、何から始めたらいいのかを話し合うんです。募金活動であれ、教育であれ、ゴールを考え、そのゴールを達成するためにどうすればいいのかを計画するんです」

 さまざまな企画や試みは、継続しながら規模を拡大し、現在BC SPCAはBC州の動物福祉を担う重要な存在となっている。今年は政府から12万ドルの支援金が提供された。

 「(動物福祉における)変化を起こすには何年も何年もかかり、私たちは今でも改善を続けています。動物福祉を向上させるための取り組みは永続的なものであり、絶えず進化していきます」。そう話すJodiさんは、エンターテイメント用に飼育されているクジラやイルカなどの海洋動物についても、まだ理解が広まっておらず今後さらに改善が必要だという。

 「動物は私たちの娯楽のために存在するべきではありません。ただし、団体としては小さなステップから始めて、徐々に進歩していかなくてはいけません」

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 動物福祉が進んでいない日本について話すと、現状に失望することなく情熱を持って、変化を起こせばいいのだと力強い言葉をかけてくれたJodiさん。バンクーバーと日本、動物たちが置かれている環境に違いがあるのはなぜだろう?地域住民の動物に対する価値観や知識、施設の取り組みなど、さまざまな角度から動物保護を考えさせられたとともに、まだまだ動物福祉が進んでいない日本でも、目の前の小さなことから取り組み、よりよくしていけるのだと気づかせてくれた。

BC SPCAウェブサイト: https://spca.bc.ca/

代表Jodiさん、取材が終わるのを辛抱強く待っていてくれた愛犬のBiggieと一緒に。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito
代表Jodiさん、取材が終わるのを辛抱強く待っていてくれた愛犬のBiggieと一緒に。2023年8月21日、BC SPCA Vancouver。Photo by ©Koichi Saito

(取材 池田茜音/写真 斉藤光一)

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