第65回 しっくりしない「国葬」

 社会に大変な衝撃を与える事件が発生した後は、日を追うごとにメディアによって次々に詳細が明るみに出るため、しばらくの間人々はそのニュースを追うことに必死になる。

 6月28日にDuncan市出身の双子の兄弟が、ビクトリア市内のモントリオール銀行に押し入った強盗事件の時も例外ではなかった。だが犯人たちは現場で警官に射殺されたため、彼らのバックグランドが分かるまでにはしばらくの時間を要した。その間当地の人々はその話で持ち切り。日系人や移住者の間では、事件の銀行がよく名の知れた日本食料品店の真横であったため驚きも一塩だった。

 数日後犯人たちの写真がメディアに流されたのだが、二人共一見は爽やかでハンサムな22歳の白人の若者であった。多くの人が「何故?」という疑問を持っても不思議ではなかったためか、カナダ社会では口には出さないまでも、そのショックはひと際大きかったようだ。もし彼らが有色人種か先住民であったなら、きっと違った反応であったろう。

 北米社会での銃撃事件は余りにも日常茶飯に起こる。だがそうは言ってもこの風光明媚で穏やかな町での銀行強盗である。「ビクトリア、お前もか?!」と思った人は多かったのだ。

安倍元首相の銃撃事件

 同じように安全神話が崩れたと思われた出来事は、日本の参院選2日前に奈良で起こった安倍元首相の殺害事件。日本はもとより、世界中の国々がニュースとして採り上げた。

 事件直後には「言論の自由に対する挑戦、民主主義の危機」等とコメントした有名なジャーナリストもいた。だが真相が日ごとに明るみに出るに従い、そんな視点はピント外れで、犯人が抱える個人的な何とも痛ましい動機であったことが分かって来た。

 建設業を営んでいた父親が急死し、母親が心の拠り所を信仰宗教に求めて入信。その後支えていた祖父も亡くなり、多額の献金を母親が継続したため食事にも事欠くようになった生活苦。子供心にもその宗教団体(旧統一教会=世界平和統一連合)をどれ程恨み、憎しみが助長して行ったかは容易に想像出来る。

 とは言え、銃殺などは決して許されるものではない。だが情報によれば、安倍氏は同教会のイベントにメッセージを送ったことがあるとか。犯人はそれ故に安倍氏と教会の関連を見たのか?真相は今後何処まで明かされるかは疑問である。

 信仰宗教の甘い勧誘に乗せられて一人の人間が正気を失い、そのあおりで家族が崩壊する。今更説明するまでもなく、麻原彰晃のオウム真理教のようにその恐ろしさは良く知られている。

「国葬」に相応しい?

 岸田首相は事件から数日後、費用は全額国費で安倍氏の葬儀を国葬とし秋に実施すると表明した。外国からの参列者や物価高を考慮すると2億円はかかるとか。

 告別式を迎えた4日後に、安倍氏の棺を乗せた車が数多くの人々に見送られながら総理官邸や国会を巡って最後の別れをしたのだが、これでは十分ではない様である。

 勿論どの国の総理大臣や首相でも完璧な人はいないのは分かるが、安倍氏も負の側面の大きい政治家だった。「森友学園」を巡る疑惑では、財務省による公文書改ざんや記録破棄もあり、職員が自殺に追い込まれた。また「桜を見る会」前日の夕食会問題では、国会で事実と異なる説明を100回以上も繰り返したと言われている。

 岸田首相の「民主主義を守り抜く決意」と何処かチグハグの感が否めない。

 それにしても今回何度もニュースに出て来る安倍氏夫妻の豪邸には誰もが驚いたようだ。家系図を見れば、祖父(岸信介)、父親(安倍晋太郎)、親戚にも政治家が多く裕福な家庭に育ったことが伺える。

 こういう人が地道にコツコツ働く庶民の代表として「天下国家」を論じていたのかと思うと、そのチグハグさに何か鼻白む思いを感じるのは私だけだろうか。

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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