176 「変えられない認知症のリスク−男性であること」

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

 「認知症の12のリスク要因を改善することにより、認知症の発症を遅らせたり、発症を約40%予防する効果が期待できる」

 この報告は、認知症を研究対象とする「ランセット委員会」(医学雑誌「ランセット」の調査研究委員会のひとつ)が、2020年に、認知症と診断されるリスク要因について行なったものです。この報告では、「12のリスク要因」が挙げられ、年齢層によりリスクが高いとされる要因が異なります。まず、45歳未満では「教育レベル」、45歳から65歳では、リスクが高いものから、「難聴」、「頭部外傷」、「高血圧」、「過度の飲酒」、「肥満」、同じく66歳以上では、「喫煙」、「うつ病」、「社会的孤立」、「運動不足」、「大気汚染」、「糖尿病」が、認知症の発症のリスク要因とされています。同委員会は、これらのリスク要因を改善することにより、認知症の発症を遅らせたり、発症を約40%予防する効果が期待できると報告しています。

 これらのリスク要因は、改善することのできるリスク要因ですが、認知症の発症リスクには、変えることのできない要因もあります。前回のコラムで、認知症のリスク要因で変えられないものとして、性差による要因は影響が大きいと考えられていることをお話ししました。認知症の種類のうち、最も発症例が多い 「アルツハイマー型認知症」は、圧倒的に女性が多く、カナダ・アルツハイマー協会の報告によると、65歳以上の認知症と診断された人のうち、65%を女性が占めていること、男性の発症が比較的少ない理由として、男性より女性の平均寿命が長いことの他に、女性ホルモンである 「エストロゲン」の一生涯の分泌量との関係が明らかにされてきていることにも触れました。

 反対に、その種類により、女性より男性が発症しやすい認知症もあります。そのひとつが、「脳血管性認知症」です。「脳血管性認知症」は、「アルツハイマー型認知症」に次いで、その診断を受ける人が多く、認知症全体の2割から3割を占めるとされています。「アルツハイマー型認知症」に比べると、男性の有病率は女性の2倍近くとされています。

 「脳血管性認知症」は、脳血管障害がきっかけとなって発症します。脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など、脳血管障害の種類や、それが起こる脳の部位や障害の程度により、症状は様々です。「脳血管性認知症」の場合、いろいろな認知機能が全体的に少しずつ低下するのではなく、脳血管障害を起こした部位の機能が低下します。症状の現れ方は特徴的で、突然症状が現れたり、しばらく落ち着いていると思うと急に悪くなることを繰り返したり、日時やタイミングにより、症状に波が見られることもあります。また、できることできないことの差がはっきりしているため、「まだら認知症」とも呼ばれます。その進行速度は緩やかですが、脳血管障害が再発するたびに、症状が悪化します。

 また、「脳血管性認知症」と診断される人の場合、脳血管障害を患ったことがある他に、高血圧、糖尿病、心疾患など、もともと脳血管障害の危険因子を持っていることが多いのも特徴です。すでに脳血管障害を患ったことがある人が、重度の脳梗塞や脳出血を起こすと、認知症が急に悪化しますが、小さな脳血管障害を繰り返して、少しずつ認知症の症状が進む人もいます。

 「脳血管性認知症」の他に、「レビー小体型認知症」も男性のほうが発症しやすい認知症です。男性の有病率が女性の約2倍とされ、多くが老年期に発症し、高齢者の認知症の約2割を占めています。記憶障害を中心とした症状と、パーキンソン症状、繰り返す幻視が見られます。幻視は、発症初期から現れる症状で、他の認知症と「レビー小体型認知症」とを区別する、特徴的な症状です。脳の神経細胞が減少する性質の認知症では、「アルツハイマー型認知症」に次いで多く、他の認知症と比べて進行が早いのも特徴です。

 パーキンソン病に似た運動障害であるパーキンソン症状のため、体が固くなり動きづらくなる、動作が遅くなり転びやすくなる、手が震える、急に止まれないといった症状があります。そのため、 転倒する危険が高く、寝たきりにもなりやすくなります。

 次回も引き続き、認知症の変えられないリスク要因についてお話しします。

参考:
 “Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission”
The Lancet Journal
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)30367-6/fulltext

「脳血管性認知症」
健康長寿ネット
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/nou-kekkansei.html

「レビー小体型認知症」
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/ninchishou/lewy.html

*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。

ガーリック康子 プロフィール

 本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。